第4部:幼少期編 —— 掟(ルール)
プロローグ:中断された解体ショー
一本松の下での惨劇は、唐突に幕を下ろされた。
ルナがアキラの陰茎を切り落とし、さあこれからどう料理してやろうかと胸を躍らせていたその時、アキラの絶叫を聞きつけた大人たちが駆けつけてきたのだ。
血まみれのアキラと、切り落とされた肉片。そして、返り血を浴びて恍惚とする幼い少女。
その地獄絵図を前に、大人たちは即座に介入した。アキラは治療のために運ばれ、ルナは両親によって引き剥がされた。
「……惜しかったぬ」
ルナは家に連れ戻されながら、ふてくされたように唇を尖らせる。
罪悪感など微塵もない。あるのは、遊びを中断された子供の不満だけだ。
「夢中になりすぎたニャ……。次は、もっと誰も来ない奥地へ攫ってから、ゆっくりやればよかったぬ」
彼女は反省していた。
「やったこと」に対してではなく、「やり方」についてを。
1.大人たちの不文律
その日の夜。
ルナの家に、血相を変えた村長が押し寄せてきた。
トバリの父親でもある、この集落の長だ。
「――どういうことだ、『牙』! お前の娘は、アキラの腕と……その、男としての未来を奪ったんだぞ!」
怒号が狭い部屋に響く。
ルナは部屋の隅で正座させられていたが、話の内容がいまいち要領を得ず、退屈そうに自分のしっぽの先をいじっていた。
なぜ怒られているのか。アキラが先に手を出してきたのに。
激昂する村長に対し、ルナの父と母は、冷めた紅茶をすするように冷静だった。
「村長。……アキラくんにとって不幸な事故が起きたことは、我々も遺憾に思います」
父が静かに口を開く。
「ですが、お忘れですか? この抜け忍の里にある『不文律』を」
「な、なに……?」
「『子供同士の争いに、大人は一切手を出さない』。……いつから、その掟はなくなったのですか?」
父の言葉に、村長が言葉を詰まらせる。
この集落は、組織を追われた荒くれ者たちの吹き溜まりだ。
いつ誰が殺し合いを始めてもおかしくないこの場所で、唯一秩序を保っているのが、厳格な掟と不干渉の原則だった。
特に、次世代の「忍び」を育てるという名目のもと、子供たちの喧嘩や殺傷沙汰は「修行の一環」として黙認されてきた歴史がある。
「しかし、限度というものが……!」
「すべては、ルナと子供たちの問題です。我々大人が感知すべきではない」
父は淡々と、しかし有無を言わせぬ圧で告げた。
「もちろん、親として行為がエスカレートしすぎないよう、指導はします。ですが、最後は本人の意思だ。……それが、里の掟でしょう?」
村長は顔を真っ赤にし、次に青くし、最後は苦虫を噛み潰したような顔で黙り込んだ。
掟を破れば、秩序が崩壊する。村長という立場上、それを自ら破るわけにはいかなかった。
「……チッ。覚えておけよ、外れ者どもが」
捨て台詞を残し、村長は乱暴に扉を閉めて出て行った。
2.父の教え、掟の利用法
静寂が戻った部屋で、父がルナに向き直った。
ルナはビクリと肩を揺らす。怒られると思ったのだ。
「ルナ」
「は、はいニャ……」
「お前、この村の『掟』を調べたかい?」
予想外の質問に、ルナはキョトンとする。
「ルール……? 知らないぬ」
「そうか。……ルナ、集団生活をする者は、必ずルールを作り、その中で生きている。紙に書かれた法律もあれば、今の話のような『暗黙の了解』もある」
父はルナの目線に合わせてしゃがみ込み、諭すように言った。
「いいか、ルナ。もしお前が、この村のルールから外れたことをしていたら……今頃、処刑されていたかもしれないんだぞ」
「しょ、しょけい……?」
ルナの背筋が凍る。
パパ殿は脅しているのではない。事実を言っているのだと、その真剣な目で分かった。
「だが、お前は助かった。なぜなら、この村には『子供同士の揉め事、暴力、犯罪は子供同士で解決する』という絶対のルールがあったからだ」
アキラへの傷害も、見方を変えれば「子供同士の喧嘩」の範疇。
だからこそ、親も村長も手出しができなかった。
「ルナ。これからは、自分のいる場所の掟を調べなさい。そして、ただ守るだけでなく……活用し、利用するんだ」
「りよう……?」
「そうだ。ルールという『盾』があれば、お前はもっと自由に、もっと効率的に狩りができる」
父の言葉が、ルナの脳内でカチリと噛み合った。
ルールは縛るものではない。自分を守り、敵を追い詰めるための武器なのだ。
「……わかったぬ! 次はちゃんと調べるニャ!」
ルナは目を輝かせて頷いた。
3.次なる標的
翌日、ルナは早速、集落の広場に掲げられていた古い看板を確認した。
そこには『里の十ヶ条』が記されていた。
一、里の秘密は、漏らすべからず
二、童の遊びは、止めるべからず
三、他人の過去は、探るべからず
四、見事な盗みは、罰すべからず
五、己の弱さは、嘆くべからず
六、弱者の言い分、聞くべからず
七、外からの敵は、生かすべからず
八、裏切りの血は、残すべからず
九、無益な情けは、かけるべからず
十、殺しの証拠は、残すべからず
(なるほどニャ……。子供同士なら、何をやっても『お咎めなし』ってことだぬ)
ルナは口元を歪め、ニヤリと笑う。
アキラは壊した。再起不能だ。
ならば、次は誰と遊ぼうか。
ルナの脳裏に、ターゲットリストが浮かぶ。
【ターゲット:ヤヨイ(11歳・女・人族)】
細身で、愛想のない顔。親に甘え、忍びになりたくないと愚痴っていた意志の弱い少女。
(次は、女の子だぬ)
アキラのように体を壊しては、すぐに終わってしまう。
もっと長く、もっと深く遊ぶにはどうすればいいか。
父の教え――「ルールの中で生きる」。
殺さず、壊さず、けれど一生消えない傷を刻む方法。
「……そうだぬ。『A案』がいいニャ」
ルナは懐から、森で捕まえたばかりの、緑色にうごめく大きな芋虫を取り出した。
うねうねと動くそれを、愛おしそうに指で撫でる。
近くの焚き火に少しだけ近づけると、熱がった芋虫が激しく身をよじった。
「体には傷を残さない。……でも、心にたっぷりと、あたしの色を刻んであげるぬ」
ルナは恍惚とした表情で、苦しむ虫の動きを楽しんでいる。
これからこの虫を使って「何」をするのか。
それはまだ、ルナの小さな胸の内だけに秘められた、とびきり背徳的な秘密だ。
(よし、準備完了だぬ)
ルナは音もなく木の上から飛び降りた。
獲物は、すぐそこにいる。
路地裏を一人で歩くヤヨイ。
ふと、背後でカサリと音がした。
「……誰?」
ヤヨイが振り返る。誰もいない。
だが、足元の草むらから、チロチロと奇妙な音が聞こえる。
不審に思ったヤヨイが一歩踏み出した、その瞬間だった。
バチンッ!
「きゃっ!?」
仕掛けられていた「くくり罠」が作動し、ヤヨイの足首を強烈な力で締め上げた。
ワイヤーに引かれ、バランスを崩して無様に地面に転がるヤヨイ。
「痛っ……な、なに……?」
「捕まえたぬ」
闇の中から、ルナが姿を現す。
手には麻縄を持っていた。
「ルナ……!? あんた、何を……」
「暴れると、もっと痛くなるニャ」
ヤヨイが悲鳴を上げようとしたが、それより早くルナが馬乗りになり、慣れた手つきで猿轡を噛ませ、手足を拘束していく。
狩猟で獲物を縛る手順そのものだ。
「んーっ! んーっ!!」
もがくヤヨイを、ルナは満足げに見下ろした。
「お持ち帰りだぬ」
ルナは縛り上げた少女の体を、自分の体よりも大きな荷物のように軽々と担ぎ上げた。
目指すは、集落の外れにある暗い洞穴。
誰にも邪魔されない、二人きりの実験室へ。
(第4章 完)




