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影踏みのルナ ~地下世界の猫族少女は、五歳で血の温かさを知る~  作者: 猫寿司
第1章:幼少期編 —— 緋色の指先とぬるい臓物

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第4部:幼少期編 —— 掟(ルール)

プロローグ:中断された解体ショー


 一本松の下での惨劇は、唐突に幕を下ろされた。

 ルナがアキラの陰茎を切り落とし、さあこれからどう料理してやろうかと胸を躍らせていたその時、アキラの絶叫を聞きつけた大人たちが駆けつけてきたのだ。


 血まみれのアキラと、切り落とされた肉片。そして、返り血を浴びて恍惚とする幼い少女。

 その地獄絵図を前に、大人たちは即座に介入した。アキラは治療のために運ばれ、ルナは両親によって引き剥がされた。


「……惜しかったぬ」


 ルナは家に連れ戻されながら、ふてくされたように唇を尖らせる。

 罪悪感など微塵もない。あるのは、遊びを中断された子供の不満だけだ。


「夢中になりすぎたニャ……。次は、もっと誰も来ない奥地へ攫ってから、ゆっくりやればよかったぬ」


 彼女は反省していた。

 「やったこと」に対してではなく、「やり方」についてを。

1.大人たちの不文律


 その日の夜。

 ルナの家に、血相を変えた村長が押し寄せてきた。

 トバリの父親でもある、この集落の長だ。


「――どういうことだ、『牙』! お前の娘は、アキラの腕と……その、男としての未来を奪ったんだぞ!」


 怒号が狭い部屋に響く。

 ルナは部屋の隅で正座させられていたが、話の内容がいまいち要領を得ず、退屈そうに自分のしっぽの先をいじっていた。

 なぜ怒られているのか。アキラが先に手を出してきたのに。


 激昂する村長に対し、ルナの父と母は、冷めた紅茶をすするように冷静だった。


「村長。……アキラくんにとって不幸な事故が起きたことは、我々も遺憾に思います」


 父が静かに口を開く。


「ですが、お忘れですか? この抜け忍の里にある『不文律』を」

「な、なに……?」

「『子供同士の争いに、大人は一切手を出さない』。……いつから、その掟はなくなったのですか?」


 父の言葉に、村長が言葉を詰まらせる。

 この集落は、組織を追われた荒くれ者たちの吹き溜まりだ。

 いつ誰が殺し合いを始めてもおかしくないこの場所で、唯一秩序を保っているのが、厳格な掟と不干渉の原則だった。

 特に、次世代の「忍び」を育てるという名目のもと、子供たちの喧嘩や殺傷沙汰は「修行の一環」として黙認されてきた歴史がある。


「しかし、限度というものが……!」

「すべては、ルナと子供たちの問題です。我々大人が感知すべきではない」


 父は淡々と、しかし有無を言わせぬ圧で告げた。


「もちろん、親として行為がエスカレートしすぎないよう、指導はします。ですが、最後は本人の意思だ。……それが、里の掟でしょう?」


 村長は顔を真っ赤にし、次に青くし、最後は苦虫を噛み潰したような顔で黙り込んだ。

 掟を破れば、秩序が崩壊する。村長という立場上、それを自ら破るわけにはいかなかった。


「……チッ。覚えておけよ、外れ者どもが」


 捨て台詞を残し、村長は乱暴に扉を閉めて出て行った。


2.父の教え、掟の利用法


 静寂が戻った部屋で、父がルナに向き直った。

 ルナはビクリと肩を揺らす。怒られると思ったのだ。


「ルナ」

「は、はいニャ……」

「お前、この村の『ルール』を調べたかい?」


 予想外の質問に、ルナはキョトンとする。


「ルール……? 知らないぬ」

「そうか。……ルナ、集団生活をする者は、必ずルールを作り、その中で生きている。紙に書かれた法律もあれば、今の話のような『暗黙の了解』もある」


 父はルナの目線に合わせてしゃがみ込み、諭すように言った。


「いいか、ルナ。もしお前が、この村のルールから外れたことをしていたら……今頃、処刑されていたかもしれないんだぞ」


「しょ、しょけい……?」


 ルナの背筋が凍る。

 パパ殿は脅しているのではない。事実を言っているのだと、その真剣な目で分かった。


「だが、お前は助かった。なぜなら、この村には『子供同士の揉め事、暴力、犯罪は子供同士で解決する』という絶対のルールがあったからだ」


 アキラへの傷害も、見方を変えれば「子供同士の喧嘩」の範疇。

 だからこそ、親も村長も手出しができなかった。


「ルナ。これからは、自分のいる場所の掟を調べなさい。そして、ただ守るだけでなく……活用し、利用するんだ」

「りよう……?」

「そうだ。ルールという『盾』があれば、お前はもっと自由に、もっと効率的に狩りができる」


 父の言葉が、ルナの脳内でカチリと噛み合った。

 ルールは縛るものではない。自分を守り、敵を追い詰めるための武器なのだ。


「……わかったぬ! 次はちゃんと調べるニャ!」


 ルナは目を輝かせて頷いた。


3.次なる標的


 翌日、ルナは早速、集落の広場に掲げられていた古い看板を確認した。

 そこには『里の十ヶ条』が記されていた。


 一、里の秘密は、漏らすべからず

 二、童の遊びは、止めるべからず

 三、他人の過去は、探るべからず

 四、見事な盗みは、罰すべからず

 五、己の弱さは、嘆くべからず

 六、弱者の言い分、聞くべからず

 七、外からの敵は、生かすべからず

 八、裏切りの血は、残すべからず

 九、無益な情けは、かけるべからず

 十、殺しの証拠は、残すべからず


(なるほどニャ……。子供同士なら、何をやっても『お咎めなし』ってことだぬ)


 ルナは口元を歪め、ニヤリと笑う。

 アキラは壊した。再起不能だ。

 ならば、次は誰と遊ぼうか。


 ルナの脳裏に、ターゲットリストが浮かぶ。


 【ターゲット:ヤヨイ(11歳・女・人族)】

 細身で、愛想のない顔。親に甘え、忍びになりたくないと愚痴っていた意志の弱い少女。


(次は、女の子だぬ)


 アキラのように体を壊しては、すぐに終わってしまう。

 もっと長く、もっと深く遊ぶにはどうすればいいか。

 父の教え――「ルールの中で生きる」。

 殺さず、壊さず、けれど一生消えない傷を刻む方法。


「……そうだぬ。『A案』がいいニャ」


 ルナは懐から、森で捕まえたばかりの、緑色にうごめく大きな芋虫を取り出した。

 うねうねと動くそれを、愛おしそうに指で撫でる。

 近くの焚き火に少しだけ近づけると、熱がった芋虫が激しく身をよじった。


「体には傷を残さない。……でも、心にたっぷりと、あたしの色を刻んであげるぬ」


 ルナは恍惚とした表情で、苦しむ虫の動きを楽しんでいる。

 これからこの虫を使って「何」をするのか。

 それはまだ、ルナの小さな胸の内だけに秘められた、とびきり背徳的な秘密だ。


(よし、準備完了だぬ)


 ルナは音もなく木の上から飛び降りた。

 獲物は、すぐそこにいる。


 路地裏を一人で歩くヤヨイ。

 ふと、背後でカサリと音がした。


「……誰?」


 ヤヨイが振り返る。誰もいない。

 だが、足元の草むらから、チロチロと奇妙な音が聞こえる。

 不審に思ったヤヨイが一歩踏み出した、その瞬間だった。


 バチンッ!


「きゃっ!?」


 仕掛けられていた「くくり罠」が作動し、ヤヨイの足首を強烈な力で締め上げた。

 ワイヤーに引かれ、バランスを崩して無様に地面に転がるヤヨイ。


「痛っ……な、なに……?」


「捕まえたぬ」


 闇の中から、ルナが姿を現す。

 手には麻縄を持っていた。


「ルナ……!? あんた、何を……」

「暴れると、もっと痛くなるニャ」


 ヤヨイが悲鳴を上げようとしたが、それより早くルナが馬乗りになり、慣れた手つきで猿轡を噛ませ、手足を拘束していく。

 狩猟で獲物を縛る手順そのものだ。


「んーっ! んーっ!!」


 もがくヤヨイを、ルナは満足げに見下ろした。


「お持ち帰りだぬ」


 ルナは縛り上げた少女の体を、自分の体よりも大きな荷物のように軽々と担ぎ上げた。

 目指すは、集落の外れにある暗い洞穴。

 誰にも邪魔されない、二人きりの実験室へ。


(第4章 完)

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