第3部:幼少期編 —— 犬と好奇のメス
1.学習と恍惚
その集落は、暴力で呼吸をしていた。
「抜け忍」たちの里。そこはプロの殺し屋や傭兵崩れが身を潜める要塞であり、力こそが唯一の正義とされる場所。
子供たちの社会もまた、大人の縮図であった。
トバリを中心とした集団によるルナへの暴行は、日に日に陰湿さを増していた。
殴る、蹴る、泥水を飲ませる。
だが、彼らは知らなかった。
痛めつければつけるほど、その少女の中で「何か」が育っていることを。
ルナは、自室の粗末なベッドの上で、ずきずきと脈打つ鼻を押さえていた。
痛い。息をするたびに、鉄の味が喉に広がる。
けれど、ルナの瞳は潤み、頬は桃色に染まっていた。
「……んぅ……っ」
痛いのに、熱い。
殴られた瞬間の衝撃。自分の体が壊される感覚。
それは、獲物を解体する時とは逆の、自分が「生き物」であることを強烈に実感させられる体験だった。
(これが、痛み……。これが、屈辱……?)
初めて味わう感情の奔流に、ルナは恍惚として身悶えする。
そして同時に、冷徹な計算機のような思考が動き出す。
この素晴らしい「初めての経験」を、どう処理するか。
考えただけで、股の奥がキュンと疼いた。
「……まずは、知ることだぬ」
狩りの基本は観察だ。ルナは、自分を囲んだ獲物たちの情報を整理し始めた。
【ターゲットリスト】
リーダー:トバリ(10歳・男・フクロウ族)
村長の息子。首謀者。プライドが高く、ルナを敵視している。一番の「ご馳走」は最後まで取っておくべきだ。
子分B:ヤヨイ(11歳・女・人族)
細身で愛想のない顔。親に甘えているのを見た。忍びになりたくないと愚痴っていた。意志が弱い。
子分C:イマイ(10歳・男・人族)
弱そう。ただの腰巾着。脅せばすぐに裏切りそうだ。
子分D:タケ(12歳・男・犬族)
一番腕っぷしが強い。身体能力はルナに近いが、思考が単調。自分が強いのは年齢のせいだと気づいていない裸の王様。要注意。
子分A:アキラ(12歳・男・人族)
小太り。食い意地が張っている。家では厳格な父に怒鳴られてばかり。ストレス発散でルナを殴る力が一番重い。
そして――。
「……あいつだ」
ルナの唇が、三日月の形に歪む。
アキラはいつも自慢していた。自分の家で飼っている、獰猛な闘犬「ボス」のことを。
『俺の言うことなら何でも聞く最強の相棒だ』と。
「まずは、お前からだぬ。……アキラ殿」
社会の成り立ち、ヒエラルキーの崩壊実験。
その第一歩として、ルナは標的を定めた。
2.喪失の朝
数日後の早朝。
集落の一角に、少年の絶叫が響き渡った。
「う、うわあああああああッ!!」
アキラだった。
彼が日課の餌やりで犬小屋を訪れた時、そこに愛犬「ボス」の姿はなかった。
残されていたのは、千切られた血だらけの首輪と、地面が吸い込みきれないほどに溜まった、赤黒い血の海だけ。
「ボス! ボスッ!!」
鎖は刃物で切断されていた。争った形跡はない。一撃だ。
アキラの両親が駆けつけてくる。
状況を見た父親は、青ざめた顔で息子に告げた。
「アキラ……あの猫族の娘に謝ってこい」
「な、なんでだよ父ちゃん! あいつがやったんだろ!?」
「そうだ。だが、あいつは……あのガキは異常だ。あれは怒らせていい相手じゃない。」
プロの抜け忍である父親の本能が、ルナという異質な存在への恐怖を訴えていた。
だが、アキラは許せなかった。
厳格な父からのプレッシャーの中、唯一心を許せた相棒。それを奪われた怒りが、恐怖を上書きした。
「ぶっ殺してやる……!」
アキラは父の制止を振り切り、木刀を握りしめて家を飛び出した。
形相は鬼のようだ。
ルナの家へ押し入るが、もぬけの殻。ルナの両親に詰め寄るも、彼らは「娘の遊びには関知しない」と涼しい顔で受け流すだけ。
「どこだ! 出てこいクソアマ!!」
アキラは集落中を探し回った。
3.一本松への誘い
昼下がり。
アキラは、集落外れの田畑のあぜ道を歩いていた。
怒りで呼吸が荒い。
――トン。
不意に、肩を叩かれた気がした。
「誰だ!?」
素早く振り返る。木刀を構える。
だが、誰もいない。
風が稲穂を揺らす音だけが響いている。
キョロキョロと周囲を見回すが、人影ひとつない。
(気のせいか……?)
そう思い直して前を向いた瞬間、耳元で、甘い毒のような囁きが聞こえた。
『返してほしければ、一本松の下に一人で来いぬ』
「ッ!?」
ルナの声だ。
アキラが再び振り返った時には、やはり誰もいなかった。ただ、猫のような足跡が一つ、ぬかるんだ土に残されているだけだった。
4.好奇心の解剖実験
集落から離れた丘の上。そこに、樹齢数百年と言われる巨大な「一本松」がある。
アキラが息を切らせて近づくと、地面に異変があった。
点々……。
赤いシミが、一本松の方へと続いている。血だ。
アキラは走った。心臓が早鐘を打つ。
「ボスーーッ!!」
一本松の下に辿り着いた瞬間、アキラの足が止まった。
そこには、太い枝からロープで中吊りにされた、愛犬ボスの姿があった。
喉から腹にかけて一直線に裂かれ、色鮮やかな臓物がダラリと地面まで垂れ下がっている。
完全に、解体されていた。
「あ……あ、あ……」
カラン。
手から木刀が滑り落ちる。
腰が抜け、その場にへたり込む。股間が生温かくなり、失禁した尿がズボンを濡らした。
その背後に、音もなく影が立った。
「――隙だらけだぬ」
ゴッ!!
鈍い音。
ルナが振り抜いた棍棒が、アキラの側頭部にめり込んだ。
アキラは蛙のような声を上げ、血だまりの中に転がった。
「んふっ……♡」
ルナは下腹部を押さえ、恍惚の吐息を漏らす。
目の前には、絶望と恐怖に顔を歪めるアキラ。その表情は、極上の調味料だった。
「そんなに悲しいのか? たかが犬一匹だニャ」
ルナは棍棒を捨て、愛用の解体ナイフを取り出した。
「おしっこまで漏らすとは、さぞ驚いたのだなぬ。……そんなに嬉しいか? 年下の、力の弱い女に殴られて。ふふふ」
ルナは、人間の感情を理解し始めていた。
羞恥、屈辱、意地、恐怖。
どうすればその反応を引き出せるのか。まるでデータを収集するかのように、彼女はアキラを見下ろす。
「う、うぅ……」
アキラが側頭部から血を流しながら、呻き声を上げて這いずろうとする。
ルナは迷わず、その顎の先端を靴底で蹴り上げた。
ガッ!
脳が揺れ、アキラの視線が定まらなくなる。
力が弱くても、急所を的確に狙えば効き目がある。その事実に、ルナは無邪気な喜びを見せた。
「お前なら、あたしでも殺せるのぬ」
ルナがアキラの体に馬乗りになる。
ナイフの切っ先が、アキラの喉元ではなく、股間に当てられた。
「ひっ……! や、やめ……」
「パパ殿のお風呂で見たけど、お前のはどうなってるんだ?」
ズボン越しに、ナイフの腹を股間に這わせる。
冷たい金属の感触と、死の恐怖。
何度も、何度も行ったり来たり。
極限の緊張状態。人間の生存本能のエラーか、それとも倒錯した刺激のせいか。
アキラの股間が、次第に膨らみ始めた。
「ほう……」
ルナの猫の瞳が、ランランと輝く。
「じゃあ、見てみるかぬ」
「うああっ! は、離せ!」
アキラが半狂乱になって、右手でルナを振り払おうとした。
その瞬間。
シュッ。
風切音と共に、鮮血が噴き上がった。
ルナがアキラの右手の筋を、外科手術のような手際で切断したのだ。
「ぎゃあああああああッ!!」
だらんと力なく落ちる右腕。
ルナは素早く止血帯を取り出し、アキラの腕を縛り上げる。
死なれては困る。実験はまだ終わっていない。
喚き散らすアキラの口に、泥と血の混じった草を詰め込み、強制的に黙らせる。
そして、ズボンと下着を一気に引き下ろした。
そこには、恐怖と刺激で充血し、真っ赤にそそり立った {もの} があった。
「……お前、なんで普段大きくならないのに、こんな時に大きくなるんだ?」
ルナは不思議そうに首を傾げ、それを指先でツンツンと突く。
脈打つ血管。熱を持った {もの}。
それを見ていると、ルナ自身の体も熱くなる。
なんだか、ドキドキする。不思議な感覚。
(パパ殿とママ殿に、今度聞いてみよう。……その赤いの、どんな味がするんだ?)
異様な好奇心は、留まるところを知らなかった。
食欲、性欲、そして破壊衝動。全てが混ざり合った衝動が、ルナの右手を動かした。
「焼いて、食べてみよう」
ザンッ。
迷いのない一閃。
アキラの絶叫が、詰め込まれた草の隙間から漏れ、意識が闇へと落ちていく。
切断面から、噴水のように鮮血が溢れ出した。
「あ、止血しないとな。ギュッと抑えないと、死ぬんだったなぬ」
ルナは手際よく、切断部を布で圧迫止血する。
その横の地面には、切り落とされた{もの}が転がっていた。
本体から離れ、血を失い、次第に小さく萎んでいく肉塊。
「……ちぇ。小さくなっちゃったぬ」
ルナはそれを悔しそうに見つめる。
だが、その残酷な光景の中で、彼女は自分の太ももの内側が、甘く疼いているのを自覚していた。
それは、五歳の少女には早すぎる、そしてあまりに歪んだ、性の目覚めだった。
(第3章 完)




