第2話:聖域の蜘蛛、鉄の聖騎士
1.招かれた鼠
深夜。
セントラルシティは深い闇に沈んでいた。
その闇を縫うように、三つの影が大聖堂の尖塔を駆け上がる。
「……変だぬ」
先頭を行くルナが、屋根瓦の上で足を止めた。
眼下に広がる大聖堂の中庭。そこには松明の明かり一つなく、警備兵の姿も見当たらない。
あまりにも静かすぎる。
「ルナ様、やはりこれは……」
「ああ、罠だにゃ。分かりやすすぎて欠伸が出るぬ」
トバリの懸念を、ルナは鼻で笑い飛ばす。
だが、その瞳は笑っていなかった。
罠だと分かっていても、進むしかない。アガサという「餌」がそこにあり、復讐という「目的」がある以上、引くという選択肢は彼女にはない。
「行くぞ。……ヤヨイ、震えるな」
「は、はい……」
最後尾のヤヨイは、ガチガチと歯を鳴らしていた。
彼女の動物的な本能が、この先に口を開けている「絶望」を敏感に感じ取っているのだ。
ルナたちは通気口をこじ開け、大聖堂の内部へと侵入した。
2.磔の聖女
カツーン、カツーン……。
石造りの回廊に、ルナたちの足音だけが響く。
迷うことはない。微かに漂う血の匂いと、アガサの残り香が道標だった。
辿り着いたのは、地下深くに位置する円形の儀式の間。
その中央。巨大な十字架に、アガサが磔にされていた。
「……あ、あぁ……」
アガサは意識があるのかないのか、虚ろな目で宙を見つめている。
裸の体には無数の管が繋がれ、何やら怪しげな薬液が注入されていた。
胸元の『L』の刻印が、薬液の影響か、不気味に赤黒く変色している。
「あらら、随分と愛されてるにゃ、聖女様」
ルナが祭壇に飛び降り、アガサの頬をぺちりと叩く。
「……っ!? ひぃッ!?」
アガサが弾かれたように意識を取り戻し、目の前のルナを見て悲鳴を上げた。
だが、次の瞬間、彼女は必死の形相で叫んだ。
「に、逃げろ……!! ここは……ここは駄目だ……!!」
「は?」
「奴らは……私ごと、お前たちを……!」
その警告を遮るように、天井から拍手が降り注いだ。
3.異端審問局長バルガス
「素晴らしい。感動的な再会だねぇ」
儀式の間のバルコニーに、スポットライトが当たる。
そこに立っていたのは、真紅の法衣を纏った小太りの男、バルガス枢機卿だった。
「ようこそ、汚らわしいドブネズミ諸君。私がこの聖域の守護者、バルガスだ」
「お前が親玉かぬ? ……趣味の悪い服だにゃ」
ルナはクナイを構え、殺気を放つ。
だが、バルガスは余裕の笑みを崩さない。
「減らず口もそこまでだ。……見よ、これが神の叡智と古代の技術が融合した、最強の兵士たちだ!」
バルガスが指を鳴らすと、周囲の壁がせり上がり、隠されていた格納庫が露わになった。
そこから歩み出てきたのは、10体以上の**「鉄の巨人」**たちだった。
身長3メートル近い巨躯。
全身を覆うのは、鈍く輝く重厚な装甲。
関節部分からは蒸気と油の臭いが漏れ出し、兜の隙間からは、電子的な赤い光が不気味に明滅している。
中身は人間なのか、それとも機械なのか。
古代遺物の技術を悪用した、対亜人殲滅用パワードスーツ部隊だ。
4.通じない牙
「排除開始」
機械合成された無機質な声と共に、鉄の巨人たちが一斉に動き出した。
その速度は、巨体に似合わず恐ろしく速い。
「チッ、図体ばっかりデカくて!」
トバリが先手を打つ。
数本のクナイを投擲し、巨人の目と関節を正確に狙う。
カキンッ、カキンッ!
だが、クナイは硬質な装甲に弾かれ、傷一つつけられない。
「なっ……!?」
「硬いにゃ!」
ルナが懐に潜り込み、装甲の隙間を狙って毒塗りの短剣を突き立てる。
しかし、刃が届く前に、巨人の腕から高圧電流が放たれた。
「――ッ!?」
バチチチッ!
ルナは咄嗟にバックステップで回避するが、静電気で全身の毛が逆立つ。
触れることすら許されない。
「無駄だ無駄だ! その鎧は古代の特殊合金! 貴様らの錆びた鉄屑など通じぬわ!」
バルガスの高笑いが響く中、一際巨大なハンマーを持った個体が、ヤヨイに向かって振り下ろされた。
「ひっ……!」
「ヤヨイ!」
トバリが割って入り、背中の刀で受け止める。
ガギィィィン!!
凄まじい衝撃音が響き、トバリの膝が折れそうになる。
「ぐ、ぅぅ……ッ! 重い……!」
力押し。技術も速さも関係ない、圧倒的な質量の暴力。
忍びの戦い方が、根本から否定されていた。
5.捕食される影
「……ルナ様。詰み、です」
ヤヨイが、感情の抜け落ちた小声で呟いた。
泣き叫ぶことも、震えることもない。ただ事実として、彼女の動物的な本能が「死」を確信していた。
ここは狩り場ではない。処刑場だ。
ルナたち「影」は、光の下に引きずり出され、より強大な「鉄の影」に飲み込まれようとしていた。
「逃がすかよ。……網を絞れ!」
バルガスの号令で、機械兵たちが包囲網を狭める。
退路である入り口は、すでに巨大な盾を持った個体によって封鎖されていた。
逃げ場なし。勝ち目なし。
ルナが次の一手を思案しようとした、その時。
ズンッ。
一体の鉄の巨人が、おもむろに腕を伸ばした。
その巨大な手は、逃げ惑うヤヨイを無造作に鷲掴みにした。
「あ……ぐっ……!?」
悲鳴を上げる間もなく、ヤヨイは宙に持ち上げられた。
巨大な指が彼女の胴体に食い込み、ミシミシと嫌な音を立てる。握り潰されるのは時間の問題だ。
「……チッ」
ルナが舌打ちをする。
それを見下ろしながら、バルガス枢機卿が愉しげに問いかけた。
「さて、そこの猫。どうする?」
その問いは、降伏か、それとも従者の死かを選択させる、悪魔の囁きだった。
(新章 第2話 完)




