表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
影踏みのルナ ~地下世界の猫族少女は、五歳で血の温かさを知る~  作者: 猫寿司
第3章:潜入・喪失編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/21

第1話:穢れた伝言板と、重たい空気

1.解放


 湿った洞窟の入り口。

 ルナは、泥と汚物にまみれたアガサの背中を、無造作に蹴り飛ばした。


「行けにゃ。……お前はもう、自由だぬ」


 アガサはよろめきながら、森の闇へと投げ出される。

 身に纏うものは、無残に切り裂かれた下着と、胸に刻まれた鮮血の『L』の文字、そして全身に染み付いた屈辱だけ。

 聖騎士の誇りは、洞窟の奥底で徹底的に陵辱され、砕け散っていた。


「……殺せ。いっそ、殺してくれ……!」


 アガサが掠れた声で懇願する。

 だが、ルナは冷酷に微笑むだけだった。


「殺さないぬ。言ったはずだにゃ。お前はあたしの最高の『伝言板』だと」


 ルナはアガサの耳元で、死の宣告よりも恐ろしい言葉を囁く。


「セントラルシティの教会で待ってるにゃ。……お前が最も大切にしている神の家を、お前の目の前で、あたしが壊してやる」


 アガサの碧眼が見開かれ、絶望と恐怖、そして微かな狂気が宿る。

 ルナはそれを見届けると、興味を失ったように背を向けた。


「さあ、走れ。尻尾を巻いて、飼い主の元へ逃げ帰るんだぬ」


 アガサは叫び声を上げ、逃げるように、あるいは何かに憑りつかれたように、闇夜の森を駆け出した。

 その後ろ姿を見送りながら、ヤヨイが虚ろな瞳で呟く。


「……壊れましたね。あの方も」

「ああ。いい音だったぬ」


 ルナは伸びをすると、トバリとヤヨイに向き直った。


「さて、あたしたちも行くにゃ。……パパ殿たちの弔い合戦。派手にやるぬよ」


2.セントラルシティ


 地下世界アンダーワールドの中心、セントラルシティ。

 この都市は、堅牢な城壁の内側に、貴族や教会関係者が住む特権階級の居住区と、国の中枢機能が集約された行政区を抱える、地下世界最大の権威都市だ。


 白亜の城壁。整然と並ぶ石造りの家々。

 そして、都市の中央に聳え立つ、威容を誇るヘスティア教総本山の大聖堂。


 その門前、多くの巡礼者や商人で賑わう広場に、三人の旅人の姿があった。

 フードを目深に被った小柄な少女、長身の無口な男、そしてどこか焦点の合わない目をした侍女風の女。

 変装したルナたちだ。


「へぇ……ここがセントラルシティかぬ。随分と綺麗な檻だにゃ」


 ルナはフードの下で、猫の目を細めた。

 行き交う着飾った人々も、威圧的な建物も。この街全体が、巨大な権威と欺瞞で塗り固められているように見える。


「ルナ様。……臭います」


 背後のトバリが、誰にも聞こえない声で警告した。


「ああ、分かってるにゃ。……焦げ臭いぬ」


 街の空気には、微かだが確実に、不穏な気配が混じっていた。

 聖騎士団の巡回が多い。それも、ただの警備ではない。殺気立った、何かを探すような目つきだ。


(あのアガサとかいう駄犬、ちゃんと伝言を伝えたみたいだぬ)


 ルナはニヤリと笑った。

 自分たちが来ることを知り、敵は待ち構えている。

 それはつまり、獲物が巣穴で震えているということだ。


3.アガサの帰還


 その頃。

 大聖堂の最奥、一般信徒が決して立ち入ることのできない**「異端審問局」**の地下牢。


 そこに、一人の女が吊るされていた。

 アガサだ。

 彼女はルナの元から生還した後、英雄として迎えられることはなかった。

 「部隊を全滅させ、おめおめと生き恥を晒して帰還した無能」、そして何より「亜人の穢れを受けた不浄者」として、味方であるはずの教会によって拘束されていたのだ。


「……あ、ぅ……」


 アガサのうわ言が漏れる。

 その体は、ルナに受けた傷よりも酷い、新たな拷問の痕で埋め尽くされていた。


「それで? その『影踏みの猫』とやらは、ここに来ると言ったのかね?」


 闇の中から、粘着質な声が響く。

 現れたのは、真っ赤な法衣を纏った小太りの男。異端審問局長・バルガス枢機卿だ。


「は、はい……来ます……必ず……」

「クックック……愚かな亜人風情が。飛んで火に入る夏の虫とはこのことよ」


 バルガスはアガサの胸元、ルナが刻んだ『L』の傷跡を杖の先で突いた。


「だが、礼を言おうか、アガサ。お前のおかげで、長年目障りだった『忍び』の残党を一網打尽にできる。……お前は、そのための素晴らしい**『餌』**だ」


 バルガスの背後には、古代の遺物アーティファクトと肉体を融合させたような、異形のパワードスーツを纏った兵士たちが控えていた。

 発掘された電子基板が血管のように走り、不気味な駆動音を立てるそれは、アガサが率いた騎士団とは比較にならない、教会の「真の戦力」だった。


4.死の予兆


 宿屋の一室。

 ルナたちは、今後の作戦会議を開いていた。


「正面から乗り込むのは下策だぬ。……まずは情報収集にゃ。アガサがどこにいるか、教会の警備体制はどうなってるか」

「承知しました。私が夜、空から探ります」


 トバリが即座に応じる。

 だが、ヤヨイだけは様子がおかしかった。

 彼女は窓の外、大聖堂の尖塔をじっと見つめたまま、小刻みに震えている。


「ヤヨイ? どうしたぬ?」


 ルナが声をかけると、ヤヨイはビクリと肩を震わせ、蒼白な顔で振り返った。


「ルナ様……行かないで……」

「は?」

「あそこは……駄目です。あそこには、ルナ様でも勝てない……『何か』がいます。私の本能が、そう叫んでいるんです……!」


 ヤヨイはルナに縋り付いた。

 彼女は戦闘能力こそ皆無だが、狂気と隣り合わせに生きたことで、時折、動物的な勘のような予知を見せることがある。

 その彼女が、これほどまでに怯えている。


「大丈夫だぬ。あたしらは強いにゃ。……それに、もう賽は投げられたんだぬ」


 ルナはヤヨイの頭を撫でて宥めたが、その胸中には、一抹の不安が黒いインクのように広がっていた。

 この街の「重苦しい空気」が、今にも押し潰してきそうな気がしてならなかった。


(新章 第1話 完)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ