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影踏みのルナ ~地下世界の猫族少女は、五歳で血の温かさを知る~  作者: 猫寿司
第2章:少女編 —— 錆びついた鳥籠と赤い風

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第5章:少女編 —— 聖女の屈辱、猫の戦利品

プロローグ:猫の品定め


 目の前には、白銀の鎧を着た人間たちがズラリと並んでいるにゃ。

 数は200ってところかぬ。

 普通なら震えて逃げ出すところなんだろうけど……不思議だぬ。あたしの心臓は、恐怖じゃなくて歓喜でドクドク鳴ってるにゃ。


 パパ殿たちはもういない。里も焼けた。

 あたしは全部失った「負け犬」のはずなのに。


(……おいしそうだぬ)


 そう思っちゃうんだから、やっぱりあたしは壊れてるのかも知れないにゃ。  整列した兵士たちが、あたしには高級な食卓に見える。  あの鎧を剥いたら、中はどんな味がするんだろう。  あのすました顔の女騎士アガサを泣かせたら、どんな声で鳴くんだろう。


 損得勘定は終わった。

 ここからは、純粋な「遊び」の時間だぬ。

 さあ、たくさん遊んで、たくさん壊して、最後は骨までしゃぶり尽くしてやるにゃ。

1.蹂躙の森


「不浄なる亜人よ。ここが貴様の墓場です」

「墓場なんていらないぬ。……死体は土に還って肥料になるのが一番エコだにゃ」


 アガサの宣言に対し、ルナは不敵に笑い返した。

 それが開戦の合図だった。


「殺せ! 一匹たりとも逃がすな!」


 アガサの号令と共に、包囲していた精鋭騎士たちが一斉に襲いかかる。

 だが、ルナたちは逃げなかった。

 むしろ、獲物を見つけた肉食獣のように目を輝かせた。


「トバリ、ヤヨイ。……『食事』の時間だぬ」

「「御意」」


 3つの影が弾ける。

 トバリは闇夜に紛れて上空へ跳躍し、ヤヨイはゆらりと前へ歩み出る。そしてルナは、真正面から敵陣の最も厚い場所へと突っ込んだ。


「遅い、遅いぬ!」


 突き出される槍を紙一重でかわし、その柄を駆け上がって兵士の顔面を蹴り砕く。

 密集した敵の数こそが、彼女にとっては最高の足場だった。

 右の兵士を盾にして左の兵士の剣を受けさせ、混乱した隙に両者の喉を掻き切る。


 ルナが通った後には、鮮血の道ができる。

 精鋭であるはずの「メネシス」騎士団が、たった一人の少女に翻弄され、次々と肉塊へと変わっていく。


2.空と毒の挟撃


 混乱する戦場に、さらなる恐怖が降り注ぐ。


 ドォォォォンッ!!


 上空からトバリが投げた黒煙弾が炸裂し、視界を奪われた騎士たちが狼狽える。

 その頭上から、音もなく死の雨が降る。

 羽根手裏剣だ。

 眉間、喉、心臓。鎧の隙間を正確に射抜かれ、騎士たちが声もなく崩れ落ちる。

 どこから攻撃されているのかも分からない「見えない恐怖」。


 一方、地上では別の恐怖が進行していた。


「お、女だ! 捕まえろ!」


 煙の中でヤヨイを見つけた騎士たちが、彼女を取り押さえようと殺到する。

 だが、彼女は逃げない。

 ただ、懐から取り出した粉末をふわりと撒き、自らの血がついた手で騎士の頬に触れただけだ。


「……汚れますから、触らないでください」


「ぎゃああああッ!! 顔が、顔がぁぁッ!!」


 触れられた箇所から皮膚が焼け爛れ、肉が溶け落ちる。

 彼女の呼気、汗、血。すべてが猛毒。

 ヤヨイが歩くたび、周囲の騎士たちは毒に蝕まれ、苦悶の絶叫を上げてのたうち回る。


 空からの不可視の攻撃と、地上の触れてはならない毒華。

 森は瞬く間に、阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。


3.聖剣と猫の舞


 部下たちが次々と無力化されていく光景に、アガサの表情が憤怒で赤く染まった。

 ルナには、彼女の理性が焼き切れる音が聞こえた気がした。


「ええい、退け! 私がやる!!」


 アガサが叫び、自ら前線へと踊り出る。

 抜き放たれた剣が、闇の中で青白く輝いた。聖剣だ。


「貴様のそのふざけた命、私が神に代わって断ち切ってあげましょう!」


 踏み込みと同時に放たれた突きは、確かに速かった。

 先ほどの雑兵たちとは次元が違う。風を切り裂き、ルナの心臓めがけて一直線に迫る。


 だが、ルナの目には、その軌道がはっきりと見えていた。


「……にゃっ!」


 ルナは上体を柔らかく反らし、鼻先数センチのところで聖剣の切っ先をやり過ごす。

 風圧で猫耳の毛が揺れるが、それだけだ。


「逃げるな! 卑怯者!」

「当たらないのが悪いにゃ」


 アガサの顔が鬼のような形相に変わる。

 彼女はなりふり構わず剣を振り回し、光の檻のようにルナを囲い込もうとする。

 しかし、その連撃は空を切るばかりだった。


 ひらり、ひらり。

 ルナは剣の腹をトンと蹴って宙返りをし、木の幹を蹴って頭上へ逃れる。

 重厚な鎧に身を包み、必死に剣を振るう聖騎士の姿は、ルナにとって滑稽な踊り子にしか見えなかった。

 重力に縛られた人間と、それを嘲笑う猫。勝負は見えていた。


4.背中の悪魔


 アガサの息が荒くなる。焦りが剣筋を鈍らせた、その一瞬。

 ルナは足に力を込め、視界の端へと姿を消した。


「なっ……どこへ!?」


 アガサが狼狽して周囲を見回す。

 その無防備な耳元へ、ルナは吐息がかかるほどの距離で囁いた。


「ここだぬ」


 アガサの肩が大きく跳ねる。

 気づいた時にはもう遅い。ルナはアガサの背中に、ぴったりと張り付いていた。

 それはまるで、人間に憑りつくおんぶお化けのようであり、獲物を捕らえた豹のようでもあった。

 人間の背中。そこはいつだって、最大の死角だ。


「はなれ……ッ!?」


 アガサが暴れようとするが、ルナの指先はすでに仕事を終えていた。

 隠し持っていた鋼糸がアガサの両手首を背後で絡め取り、瞬時に締め上げる。

 カラン、と高い音がして、自慢の聖剣が地面に落ちた。


「大人しくするにゃ。……暴れると、この綺麗な指がポロリと落ちるぬよ?」


 ルナは逆手に持ったクナイを、アガサの首筋にピタリと当てた。

 指先から、ドクドクと脈打つアガサの恐怖が伝わってくる。

 ルナはその感触を楽しみながら、盾にした聖女ごと、混乱する騎士たちの方へ向き直った。


5.聖女の値段と逃走


「た、隊長!?」

「貴様ッ、アガサ様を離せ!!」


 形勢逆転。

 絶対的な指揮官が、薄汚い亜人の小娘に背後を取られ、無様な姿で捕縛されている。

 騎士たちの動きが完全に止まった。


「動くなぬ。……一歩でも近づいたら、この女の喉笛を噛み切るにゃ」


 ルナはアガサの耳元でわざとらしく舌なめずりをし、クナイの刃先を少しだけ食い込ませた。

 白い肌から、一筋の血が流れる。


「くっ……撃て! 構わず私ごと撃ちなさい!! 異端を逃がすな!!」


 アガサが屈辱に顔を歪ませながら叫ぶ。

 だが、忠誠心の厚い近衛兵たちに、主君を撃てるはずもなかった。彼らにとってアガサは信仰の象徴であり、失うわけにはいかない存在なのだ。


「賢い犬だぬ。……トバリ、仕上げだにゃ」

「御意」


 ルナの合図と共に、木の上に潜んでいたトバリが手を振るった。


 ドォォォォンッ!!


 トバリが投げた複数の煙玉が、兵士たちの足元で一斉に炸裂した。

 森全体を飲み込むような濃密な白煙と刺激臭。


「ぐわっ!? なんだこの煙は!」

「前が見えん! 隊長はどこだ!?」


 視界を奪われ、咳き込む騎士たちの怒号が飛び交う。

 その混乱の只中、ルナは拘束したアガサを米俵のように担ぎ上げた。


「ちょ、ちょっと! 離しなさい! 不浄な手で触るな!」

「うるさいぬ。お前はもう、あたしの『戦利品』だにゃ」


 アガサが抗議の声を上げ、足をバタつかせるが、ルナはお構いなしに木々を飛び移り、闇夜の森へと疾走する。

 背後からはヤヨイも続き、トバリが殿しんがりとして追っ手を牽制する。


 煙が晴れた頃には、そこにはアガサの聖剣だけが寂しく残されていた。

 指揮官を奪われた騎士たちは、ただ呆然と森の闇を見つめることしかできなかった。


(第5章 完)

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