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影踏みのルナ ~地下世界の猫族少女は、五歳で血の温かさを知る~  作者: 猫寿司
第2章:少女編 —— 錆びついた鳥籠と赤い風

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第4章:少女編 —— 毒と蜜、そして別離の森

プロローグ:残り火と計算


 戦いの喧騒が去り、不気味な静寂が里を支配していた。

 パチ、パチと焦げた木材が爆ぜる音だけが、耳障りに響く。

 夜明け前の薄明かりの中、ルナは血で濡れた石畳を一人歩いていた。


 周囲には、彼女自身が積み上げた死体の山と、破壊された故郷の残骸が広がっている。

 だが、その瞳に涙も感傷もなかった。

 彼女はまるで壊れた玩具を検品するかのように、周囲の損害を冷静に「査定」していたのだ。


(里は機能停止。戦力は残り1割未満。再建は不可能……だぬ)


 結論は一瞬で出た。  この里はもう終わった。 ならば、次はどうするか。 いかに高い代償を支払わせてからここを去るか。


「……元は取るにゃ。きっちりと」


 ルナは小さく呟くと、崩れかけた本邸の瓦礫をまたぎ、地下への隠し扉に手をかけた。

 その顔には、獲物を狙う猫の冷徹な笑みが浮かんでいた。

1.損得の血脈


 半壊した屋敷の地下、隠し部屋。

 湿った土とカビの臭いが漂うその場所に、ルナと両親の姿があった。


「……ゲホッ、ゴホッ……」


 父である村長『牙』が、大量の血を咳き込む。

 全身に受けた矢傷と、火薬の爆風による火傷。すでに助からないことは、誰の目にも明らかだった。

 その傍らには、母が静かに控えている。彼女もまた深手を負い、短剣を握りしめたまま呼吸を整えていた。


「ルナ、よく聞け」


 牙が、血に濡れた手でルナの頬を掴む。

 それは親愛の情というよりは、最後の命令を下す指揮官の手つきだった。


「我々を見捨てろ。ここから先、親子の情などという無駄な荷物は捨てていけ」

「……パパ殿?」

「お前には、私の全てを注ぎ込んだ。技術も、知識も、この里の秘伝も……全てだ。お前という『最高傑作』さえ生き残れば、我々の血と歴史は絶えない。……わかるな?」


 牙の瞳にあるのは、娘への愛ではなく、自身の作品を守ろうとする執念だった。

 ルナは、その瞳を真っ直ぐに見つめ返し、そして小さく頷いた。


「わかったぬ。パパ殿たちの命、無駄にしないにゃ」


 涙はなかった。

 ルナにとって、それはあまりにも合理的な提案だったからだ。

 彼女は両親に背を向け、影へと溶け込むように地下室の出口へと向かった。

 背後で、母が「行きなさい、化け猫」と優しく、そして誇らしげに呟くのが聞こえた。


2.静かなる毒


 夜の闇が、森を深く覆い尽くしていた。

 一時撤退したメネシス軍は、里から少し離れた河原に野営地を築き、勝利の前祝いに沸いていた。

 篝火が焚かれ、酒と肉の匂いが漂ってくる。


 その上流。

 闇に紛れ、二つの影が動いていた。


「トバリ、準備はいいかぬ?」

「……完了しています。ルナ様」


 トバリが差し出したのは、里の奥深くに自生する猛毒のキノコと、痺れ薬を調合した黒い液体だった。

 即効性はないが、一度体内に回れば神経を焼き切り、緩やかな、しかし確実な死をもたらす遅行性の毒。


「ふふっ、たっぷり飲んで、いい夢を見るにゃ」


 ルナは楽しげに、毒液を川へと流し込んだ。

 黒い液体は清流に溶け、見えざる死神となって下流の野営地へと運ばれていく。

 さらにトバリは、音もなく敵の兵糧庫へ忍び込み、干し肉やワイン樽に毒粉を混入させて戻ってきた。


「さあ、パーティーの始まりだぬ」


 ルナの瞳が、月明かりを受けて怪しく光った。


3.腐った果実と腹上死


 野営地の中央、一際大きな将校用のテント。

 そこからは、下卑た笑い声と、布が擦れる音、そして押し殺したような嗚咽が漏れていた。


 中では、数人の将校たちが車座になり、中央の獲物を貪っていた。

 ヤヨイだ。

 粗雑な手つきで衣服をむしり取られ、毛皮の上に無造作に転がされる。


「ひゃはは! いいザマじゃねえか、このメス豚!」


 男たちの視線が、露わになった白い肌を舐め回す。

 だが、怯えているはずのヤヨイの様子が、どこかおかしかった。


「いやぁ……やめてぇ……んぅッ……」


 彼女の口から漏れたのは、恐怖の悲鳴ではなく、脳髄を痺れさせるような甘く艶っぽい声だった。

 嫌がっているようでいて、その仕草はどこか男を誘っているように見える。

 さらに、彼女の肢体からは、ムスクのような濃厚で甘い香料の匂いが立ち昇っていた。


「なんだこの女……すげえいい匂いがしやがる……」

「たまんねえなオイ!」


 男たちの理性が、その香りと声によって溶かされていく。

 ヤヨイは虚ろな瞳のまま、自身の豊満な胸から秘裂へと指を這わせ、大げさに身をよじらせた。

 その妖艶な姿は、男たちを死地へと誘う、甘い毒の花そのものだった。


「俺が先だ!」「いや俺だ!」


 テントの中は一瞬にして欲望の坩堝と化した。

 兵士たちが色めき立ち、我先にとヤヨイに群がる。


 一人、また一人。

 男たちは獣のようにヤヨイを貪り、果てては満足げにテントの隅で酒を煽る。

 だが、ヤヨイは壊れてなどいなかった。


(……8、9、10……)


 彼女は虚ろな瞳の奥で、冷静に数を数えていた。

 幼い頃からルナによって施された「玩具」としての訓練。それは精神的な耐性だけでなく、肉体的な頑健さも植え付けていた。たかが十数人の男に抱かれた程度で、彼女の心身は摩耗しない。

 


 そして、11人目の男が彼女の上に覆いかぶさった時だ。

 テントの隅で、事後の余韻に浸っていた最初の男が、突如として喉を掻きむしった。


「う、ぎ……ッ!? あ、がぁぁッ!!」


 快楽の声ではない。苦悶の絶叫がテントを引き裂いた。

 男は目を白黒させ、口から泡を吹いて転げ回る。

 痙攣する体。股間からは大量の血と、黒ずんだ膿が垂れ流される。


「おい、どうした!?」

「な、なんだこれ……血!?」


 騒然とする男たちの中で、ヤヨイだけがケラケラと壊れたように笑っていた。

 彼女の胎内――その秘裂の奥には、猛毒を塗った無数の針と、粘膜から吸収させる毒液が仕込まれていたのだ。

 常人なら触れるだけで爛れる劇薬。だが、ヤヨイは幼い頃からその毒を微量ずつ摂取し、体液そのものを毒へと変えるほどの耐性を獲得する訓練を受けていた。

 彼女自身が、生きた猛毒の壺となっていたのだ。


4.殺戮の蹂躙


「……汚いにゃ。掃除するぬ」


 混乱するテントの入り口が切り裂かれ、冷ややかな声とともにルナが入ってきた。

 その光景は、地獄そのものだった。

 全裸で泡を吹いて死んでいる男たち。

 苦しみながらのたうち回る半裸の男たち。

 そして、その汚物と死体の中で呆然としているヤヨイ。


「ル、ルナ……さま……?」


 ヤヨイの目が、わずかに光を取り戻す。

 ルナは鼻をつまみながら、まだ息のある将校の頭を踏みつけた。


「んッ」


 グシャリ。

 熟れた果実が潰れるような音がして、男の頭部が弾け飛ぶ。


「あーあ、床が汚れちゃったにゃ。ま、いっか」


 そこからは、一方的な蹂躙だった。

 毒で体が痺れ、剣を握ることもできない兵士たち。

 ルナは歌うように、踊るように、彼らの急所を確実に刈り取っていく。


 抵抗できない相手を殺すのは、戦闘ではない。作業だ。

 首を刎ね、心臓を突き、眼球を抉る。

 テントの内壁に、鮮やかな血の飛沫がアートのように描かれていく。


「ひ、ひぃぃ……悪魔……!」

「悪魔じゃないぬ。猫だにゃ」


 最後の男の喉笛を噛み切り、ルナは口元の血をぺろりと舐めた。

 そして、死体の山の下からヤヨイを引きずり出す。


「帰るにゃ、ヤヨイ。……ちょっと臭いけど、あとで洗ってやるぬ」

「あ……ああ……うあぁぁぁ……!」


 ヤヨイはルナの足にしがみつき、壊れたように泣き崩れた。

 それは恐怖か、歓喜か。あるいはその両方か。


5.燃える森の包囲網


 ヤヨイに将校のマントを巻き付け、ルナとトバリは野営地を脱出した。

 外でも、毒入りの酒や水を飲んだ兵士たちがバタバタと倒れている。

 阿鼻叫喚の混乱に乗じ、森へと逃げ込む算段だった。


 だが。


「……計算通りですね。汚らわしいネズミが一匹、罠にかかりましたか」


 凛とした、しかし氷のように冷たい声が響き渡った。

 それと同時、森の暗闇が突如として昼間のように明るく照らし出される。

 無数の松明が一斉に掲げられたのだ。


 その光の中心。

 整然と並ぶ重装歩兵の列が割れ、一人の女が優雅に歩み出てきた。

 アガサだ。

 白銀の聖騎士の鎧には一点の曇りもなく、揺らめく炎を反射して神々しくすら見える。

 彼女は長い金髪を煩わしそうに指で払うと、汚物を見るような目でルナたちを見下ろした。


 森を取り囲むように展開していたのは、彼女が率いる本隊だった。

 彼らは用心深く、川の水にも現地の食料にも口をつけていなかったのだ。


「あらら、バレてたにゃ」


 ルナは足を止め、ヤヨイをトバリに預けて前を向いた。

 包囲網は完璧。

 逃げ場のない森の中で、完全武装の聖騎士団と、毒殺魔の少女が対峙する。


 アガサは腰の聖剣に手をかけ、侮蔑の笑みを浮かべて宣告した。


「不浄なる亜人よ。ここが貴様の墓場です」

「墓場なんていらないぬ。……死体は土に還って肥料になるのが一番エコだにゃ」


 絶体絶命の窮地。

 しかしルナの顔にもまた、嗜虐的な笑みが張り付いていた。

 森という立体的な迷宮。そこは、猫が最も輝く狩り場でもあるのだから。


(第4章 完)

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