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影踏みのルナ ~地下世界の猫族少女は、五歳で血の温かさを知る~  作者: 猫寿司
第1章:幼少期編 —— 緋色の指先とぬるい臓物

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第1話:幼少期編 —— 緋色の指先とぬるい臓物

天蓋の下の鳥籠

 その世界に、本当の「空」はない。


 頭上を覆うのは、果てしなく続く巨大な岩盤。

 ここは地底世界アンダーワールド

 遥か古の時代、何者かによって大地の下に穿たれた、巨大な「岩盤の空洞ジオ・フロント」である。


 人々が仰ぎ見るのは、岩の天井に張り巡らされた古代の遺物――発光素子の星々だ。

 それらは管理されたプログラムに従って明滅し、この地下世界に「偽りの青空」と「偽りの太陽」を演出している。

 決して沈まぬ太陽。循環するだけの風。

 ここは、神に見捨てられた箱庭であり、逃げ場のない鳥籠だ。


 中心には、欲望と秩序が渦巻く巨大都市『セントラルシティ』が鎮座し、

 その周辺には、剣と魔法、そして錆びついた機械技術が混在する、歪な文明が広がっている。

 文明レベルは、西暦1600年代後半――動乱と革新の過渡期に似て、しかしどこか決定的に狂っている。


 これは、そんな閉ざされた世界の東の果て。

 光の届かぬ深い森の奥で生まれた、一人の少女の物語である。


 彼女の名はルナ。

 後に、王国の闇を駆ける「影」となる、幼き猫の物語だ。


【読者の皆様へ:閲覧上の注意】


本作は「異世界失格」の世界観を共有する外伝作品ですが、本作単体でお楽しみいただけます。 世界観の表現として、以下の要素が含まれます。苦手な方はご注意ください。


微エログロ・猟奇的表現: 年齢制限(R18)にかからない範囲ですが、内臓描写、流血、幼い少女が死に触れる背徳的な描写、フェティシズムを感じさせる表現が多々含まれます。


倫理観の欠如: 主人公や周囲の人間が、現代の倫理観とは異なる価値観で行動します。


可愛らしい猫耳少女が、過酷な地下世界を「血」と共に生き抜く物語です。 闇の住人たちの生き様を、どうぞ見届けてください。

1.偽りの太陽の下で


 セントラルシティの東。文明の光が届かぬその先、鬱蒼と茂る「奥の木の森」。

 その岩山の中腹に、湿った風が吹き抜けていく。


 見上げれば、岩盤の天井に張り付いた巨大な発光素子の集合体――「人工太陽」が、無機質な明滅を繰り返している。

 熱を持たないその冷たい光が、森の輪郭をぼんやりと浮かび上がらせていた。


 その薄明かりの下で、幼い影が一つ、地面にうずくまっていた。

 

 ルナ。猫族の娘、五歳。

 

 人間と変わらぬ愛らしい丸顔に、ふわりとした癖っ毛。

 頭頂部には、特徴的な猫耳がついている。右耳の先端は雪のように白く、左耳は闇のように黒い。

 お尻から伸びたしっぽは、白と黒のぶち模様を描いて、ゆらゆらと楽しげに揺れていた。


2.解体という名の遊戯


 その日は、朝から両親と共に狩猟へ出かけることになっていた。

 ルナは、動きやすいように膝下までたくし上げた半ズボンに、子供用の小さな皮のジャケットを羽織っている。その出で立ちは、小さくとも一人前の狩人だ。


 道中、彼女はその愛らしい見た目からは想像もつかない身体能力を見せつけた。

 轟音を立てて流れる濁流、その川幅は五メートル以上ある。だがルナは、助走をつけることすらなく、まるで道端の水たまりをまたぐかのように「トンッ」と軽々と対岸へ飛び越えてみせたのだ。

 そのまま彼女は、険しい山道を一足飛びに駆け上がり、大人でも息を切らす急勾配をあっという間に踏破して山頂へと到達してしまう。


 岩山の中腹から山頂にかけては、「岩蜥蜴イワトカゲ」が群生する格好の狩場となっていた。

 人工太陽の光が降り注ぐ日中、変温動物である彼らは、熱を求めて岩場へと這い出してくるのだ。

 無防備に日向ぼっこをする獲物を前に、ルナの猫の瞳が怪しく輝いた。


「見つけたぬ……おっきい」


 岩陰から覗くルナの視線の先には、体長一メートルを超える巨体が鎮座している。

 鋼鉄のように硬い鱗。丸太のような太い尻尾。五歳の少女が挑むには、あまりに危険すぎる猛獣だ。

 けれど、ルナの喉奥からは、恐怖ではなく、甘い吐息が漏れた。


「ハァ……ハァ……。あの鱗の下、きっとすごく『温かい』に違いないにゃ」


 心臓が早鐘を打つ。それは獲物への恋焦がれるような殺意。

 ルナは音もなく岩を蹴った。

 風のような一足。気配を完全に殺した「獣」のような足取りが、距離を一瞬でゼロにする。


 ギシャアッ!?


 殺気に気づいた岩蜥蜴が、遅れて巨大なあぎとを開く。

 噛み砕こうと迫る牙。だが、ルナの体は既にそこにはない。

 彼女は蜥蜴の突き出した鼻先を軽やかに踏みつけ、宙へと舞い上がっていたのだ。


「遅いぬ」


 空中でくるりと回転しながら、ルナは愛用の解体ナイフを逆手に握る。

 スローモーションのように流れる時間の中で、彼女の瞳は冷静に獲物の「継ぎ目」を探していた。

 硬い鱗と鱗の間。首の付け根。動脈が拍動する、柔らかい場所。


「そこ……だぬ」


 着地と同時、ルナの小さな体が蜥蜴の背に乗る。

 暴れる巨体。振り回される遠心力。ロデオのように揺さぶられながらも、ルナは恍惚の笑みを浮かべていた。

 楽しい。壊れる前の、この暴れる命の振動が、たまらなく愛おしい。


「動かないで……今、楽にしてあげるからニャ」


 囁きと共に、刃が一閃する。

 力任せに突き刺すのではない。鱗の隙間に刃を滑り込ませ、神経を断ち切るように優しく、深く。


 ズブリ。


 その感触が、ルナのてのひらに伝わる。

 命の灯火がフッと消える瞬間。筋肉の緊張が解け、重たい肉塊へと変わる手応え。


「……とれた……にゃ」


 ルナの愛らしい唇から、吐息のような声が漏れる。

 彼女の頬は興奮で桜色に染まり、瞳は熱に浮かされたように潤んでいる。まるで、大好きな人形を与えられた子供のような、あるいは恋を知った乙女のような表情かお


 彼女の足元には、事切れたばかりの巨大な「岩蜥蜴イワトカゲ」が横たわっていた。

 鋼鉄のように硬い鱗に覆われているはずのその腹は、まるで熟れた果実のように、喉元から股下まで無惨に切り開かれている。


 力任せに引き裂かれたのではない。

 鱗と鱗の極小の隙間、防御力が皆無となるコンマ数ミリの継ぎ目。そこに切っ先を滑り込ませ、ジッパーを下ろすように「ツーッ」と撫で切ったのだ。

 それは解体というよりも、冒涜的な外科手術に近い。


 ジュグッ、ズズ……。


 湿った音が、静寂な森に響く。

 ルナは、自分の顔ほどもある蜥蜴の開かれた腹腔に、小さな両手を躊躇なく突っ込んでいた。


「パパ殿、ママ殿。……見て。これ、とっても綺麗だぬ」


 ルナが引きずり出したのは、紫がかったピンク色のはらわただった。

 とぐろを巻く管が、ルナの白く華奢な指に絡みつき、ぬらぬらと粘液の糸を引く。


 鉄の匂い。生き物が物へと変わる瞬間の、濃厚な獣臭。

 普通の五歳児ならば泣き叫び、嘔吐するような地獄絵図だ。

 けれどルナの瞳は、宝石のように澄んだまま、うっとりと細められていた。


 その異様な光景を前に、両親は息を呑んだ。

 だが、それは恐怖によるものではない。


 父は、持っていた弓を取り落としたことにも気づかず、ただ立ち尽くしていた。

 限界まで見開かれた瞳孔が、小刻みに揺れている。口元が、引きつったように三日月の形に歪んだ。

「……は、ハ……ッ」

 言葉にならない吐息。父は震える手で、ルナの小さな頭を鷲掴みにするように撫でた。指先が食い込むほどの強い力。それは、愛娘への称賛であると同時に、未知の「怪物」に触れるような畏怖を含んでいた。


 母もまた、泥と血にまみれた娘の元へ、ふらりと吸い寄せられるように歩み寄る。

 彼女はハンカチで拭うこともしない。自身の素手で、ルナの頬に散った生温かい返り血を愛おしげに拭い取った。

 そして、その赤く染まった指先を、自らの唇へと運ぶ。

「……ん」

 鉄の味を確かめるように舌なめずりをして、母は熱に浮かされた瞳でルナを見下ろした。

「……ゾクゾクするほど、綺麗よ。ルナ」


 彼らは引かなかった。

 この狂った地下世界では、異常性こそが生存への切符であり、何よりも美しい才能なのだから。


3.才能の萌芽


「あったかい……ん」


 ルナは、血に濡れた指先を自らの頬に押し当てた。

 真っ赤な鮮血が、白磁のような肌に毒々しいべにのように広がる。

 その光景は、背徳的なまでに妖艶だった。死の汚れと、幼子の無垢。相反する二つが混ざり合い、見る者の理性を揺さぶる。


「上手に皮を剥げたぬ。……血管、一本も傷つけなかったん」


 彼女は血塗れの手を掲げ、誇らしげに振り返る。

 両親の歓喜に満ちた視線を浴びて、ルナはさらに胸を張る。


「えへへ……ありがとニャ」


 ルナは褒められたことが嬉しくて、破顔した。

 その笑顔は天使のように可愛い。手元で、蜥蜴の内臓を握り潰してさえいなければ。


「あたし、ここの『芯』を切ると、獲物が動かなくなるの、わかったぬ」


 ルナは小指の爪で、蜥蜴の脊髄神経をピン、と弾く。

 死んでいるはずの肉塊が、ビクンと反射で痙攣した。

 その反応を見て、ルナの喉がゴクリと鳴る。股間がキュンと熱くなるような、ゾクゾクする甘い痺れ。


 それは、彼女が生まれながらに持つごう――「捕食者」としての、冷徹なサディズムの目覚めだった。


4.招かれざる客


 狩りを終え、獲物の入った袋を背負って隠れ家に戻った時だった。

 いつもは静かな森の入口に、見慣れない人影があった。


「……?」


 ルナの片耳がピクリと動く。

 この山奥で生まれ育ったルナにとって、家族以外の「他人」を見るのは、これが生まれて初めてのことだった。

 父が警戒するようにルナを背に庇う。しかし、その客人は敵意を見せることなく、ただ静かに佇んでいた。


 くたびれた灰色の外套マントを纏った、長身の男だ。

 フードを目深に被っており、その表情は見えない。


「……久しぶりだな、『キバ』」


 男が低い声で、父に話しかけた。

 父は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに険しい表情で何事かを話し始めた。


 ルナは、父の足の間から、こっそりとその「来訪者」を観察した。

 珍しい。パパ殿ともママ殿とも違う匂い。違う服。

 最初は好奇心で目を輝かせていたルナだったが、次第にその猫耳がぺたりと頭に張り付いていった。


(……なんだか、怖いぬ)


 男の声には抑揚がない。まるで、さっき殺した岩蜥蜴のように冷たい。

 そして何より、両親の様子がおかしい。

 さっきまでルナを褒めてくれた余裕は消え失せ、顔を青白くして、小刻みに震えているようにも見える。


「――それで、あいつらが動いたのか?」

「ああ。リストに載った。……時間の問題だ」


 交わされる言葉は、ルナには難しくてよく分からない。

 けれど、その場の空気が、肌に突き刺さるように痛い。

 しっぽが、勝手に縮こまる。

 本能が警鐘を鳴らしている。これは、良くないことが起こる前兆だ。


 やがて男は、一通の羊皮紙を父に押し付けると、風のように森の奥へと消えていった。

 後に残されたのは、重苦しい沈黙だけ。


「……あなた」

「ああ、分かっている」


 父が振り返り、ルナの小さな肩を強く掴んだ。その瞳には、今まで見たことのない焦燥と、決死の覚悟が宿っていた。


「ルナ、よく聞け」

「パパ殿……? 痛いぬ」


 父の指が食い込む痛さに、ルナは顔をしかめた。


組織ソシキにバレた。……俺たちの居場所が」

「そしき……?」

「ここにはもう居られない。すぐに逃げるぞ」


 母もまた、慌ただしく荷物をまとめ始めている。いつもの穏やかなママ殿ではない。


「どこへ行くのニャ?」


 不安げに尋ねるルナに、父は低い声で告げた。


「『抜けぬけにん』の集落だ。……そこなら、まだ生き延びられるかもしれん」


 ルナは意味も分からず頷いた。

 ただ、縮こまったしっぽの震えだけが、これから始まる逃避行の過酷さを予感していた。

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