火龍
大きく開いた上下の顎。その口内にはびっしりと鋭い牙が例の毒交じりの唾液で濡れ光っていた。
「こいつを喰らいな」
散弾銃を強化。…星村あかり謹製の液体窒素封入弾…12G凍結弾・ジャックフロストが火龍に襲い掛かった。
「 何ッ!? 」
火龍の燃え盛る鱗に降りかかると、それは炎を一瞬だけ凍り付かせようとするもすぐに溶け落ちた。
「 クソォ、ちょこざいな技を使う! だが、そんなもので…! 」
「どうだ、今からでも降参すれば交渉の余地はあるぞ?」
二射目を撃ち込むと、それでも体表の炎が勢いを弱め始めた。…効いているが、それでも火龍は身をくねらせて氷を剥がしつつ、大淵へと突進してくる。
三発目を撃とうとして視界外から迫る尻尾の敵意に気付き、素早く飛び退った。…避け様に四発目を撃ち込む。…五発目を装填した所で火龍の動きが止まった。
「 …そうか。そっちがその気なら… 」
火龍が恨めしげに大淵を睨んだ。しかし凍結弾を撃たれると顔を自分の胴体で隠し、そのまま蜷局を巻き始めた。
全弾を撃ち尽くして追い打ちをかけたが、火龍は全身の各所を凍結させられながらそのまま動かなくなった。
…その間に次の凍結弾を八発詰め、大淵は散弾銃を構えたまま動かない蜷局に向かって近づき、至近距離から止めを刺そうと全ての凍結弾を撃ち込んだ。
「…」
手応えが無かった。…だが、死んだ訳でもない。まだ微かな敵意が蜷局の中に残っていた。
これまた星村試作のスラッグ弾を散弾銃に詰めた。
…鋭い敵意を感じ、一発詰めたまま跳び退った。…取り落とした残りの弾丸は全て切り裂かれていた。
「…こっちの方がやりやすいか?旦那様?」
蜷局の中から突き出された剣…古代日本で使われていたようなタイプの両刃剣が弾丸を切り裂いていた。剣に続いて逞しい腕が覗き、更に筋骨隆々とした半裸の大女が現れた。…一応、猪の毛皮で体を覆っているが…
「…なんつー格好してやがる」
原始人のファッションじゃあるまいし…大淵は呆れ半分、忌々しさ半分で身構えた。
…生憎と色気を感じるような手合いでは無かった。そこらの男よりよほど屈強な生物が、脱皮したように…実際、脱皮したと言って良いのか、蛇の抜け殻を背に立っていた。
赤銅色の肌と炎のように輝く髪…藤崎よりデカいだろう、二メートルはある体躯に、女らしさという言葉がナンセンスに思えるほど屈強な筋肉の鎧。 …猪の毛皮も、最早その表皮なのではないかと思いたくなるほど似合っていた。
「へへへ、嬉しいか?昨日喰った猪の体がいくつか、丁度あったんでな」
「…」
…一発しか装填されていない散弾銃をそっと背に戻し、紫電を抜き払った。
どちらからともなく、駆けだしていた。紫電と相手の剣が切り結んだ。
「今度はお前が痺れやがれ!」
…しかし相手の剣に流れた電流は、その剣から発された炎に押し返され、再び紫電に戻った。
「なに…!?」
「おお、旦那様も剛毅な業物持ってんだなぁ! 俺のは自分の尻尾みたいなもんだがな!」
「奇遇だな、コイツも雷獣って妖怪の尻尾だったモンだよ!」
…となると鍔迫り合いは単純なパワーマッチになる。…これがとんでもなく強い。化物怪力女め…!
「へっへっへ… ちったぁやるじゃねぇか、それでこそ俺の旦那様だ!」
…相手はそれでも余裕な様子である。…体格差があるとはいえ…
「…ちょいとズルをさせてもらうぞ…!」
外骨格システム起動。エーテル油力式アクチュエーターがジェット機のエンジン始動音のような高く響く音を立て、紫電が相手の剣を押した。
「ドンと来いよ!何をしようが捻じ伏せてやるぜ!」
火龍の腕にこれでもかと血管が浮かび、互いの力が拮抗した。…まさか人型サイズで独尊のパワーに付いてくる敵がいようとは…!
「…更にもう一丁ッ!」
全身を強化し、拮抗を破った。弾き飛ばされた火龍は吹き飛ばされながらもすぐさま姿勢を立て直し、大淵の追撃に対応した。
「こ、こっちだってぇッ!」
相手も全身の力を使って大淵を押した。…それでも独尊と強化の力を使う大淵には敵わない。
「く、クソッ強いな… …強いのは良いが、腹立つ!」
「大人しく降参しろっての…!さもなきゃくたばれ!」
独尊の外骨格システムを支えるエーテル油圧ケーブルの微かな振動…肩甲骨から脇の下を潜り、胸部を繋ぐ重要なケーブルだった。…アーマーも流石にしんどいか。しかし、こちらが優勢だ。このまま押し倒して説き伏せるか首を刎ねるか…いずれにせよ終わりにする。
「…」
火龍が一瞬、何かを見つけたように黙り込んだ。…途端に獰猛な笑みを浮かべ鍔迫り合いから逃れると、思わぬ機動を見せた。
「しまった…!」
相手を組み伏せるつもりでいた大淵は出鼻を挫かれ、対応が遅れた。側面背後に回られた事を敵意で察し、咄嗟に防ごうと紫電を構えたが…
「チッ…!」
突き出された剣が脇の下を掠めていた。…エーテル油圧ケーブルから青緑色のエーテルを液状化させたエーテルオイルが溢れ、異形の血のように滴った。
「しまった…」
…今度は逆に航空機がエンジンを止めるように…徐々に力を失う駆動音と共に、外骨格・魔力補助システムが共にダウンする。
…これでこの怪力女に対抗するには自身の力と、強化の力しかない。…そして強化は時間制限付きだ。
…折悪しく、強化が解除された。
「…ッ、こんな時に…」
それを知ってか知らずか、火龍が突進してくる。圧倒的な力の差に受け太刀一方となる大淵に顔を近づけ、火龍は口元を歪めた。
「…どうした?力が出なくなったか?」
「…テメェ、馬鹿みたいな顔してるくせにちったぁ頭が回るらしいな…!」
一瞬の隙を突かれ、胸倉を掴まれた。そのまま高々と放り飛ばされ…壁に叩きつけられて意識が跳びかけた。
…朦朧としかける意識…向かってくる人影…状況を思い出し、慌てて起き上がろうとするが紫電を切り払われて刀が岩に突き刺さった。
振り下ろされる剣を蹴り払い、これも壁に深々と突き刺さった。空間に収納している武器を取ろうと伸ばした手を掴まれ、組み伏せられた。
「は、放しやがれ…!」
(こいつはやべぇ…!)
…自身を強化して何とか互角。…しかし体制は圧倒的に不利。…無論、こうした状況を想定した超至近距離格闘訓練も倉田から散々叩き込まれているが…
「ほーら、振り払ってみろよ?」
…身体強化が解ける度に不利になっていく。形勢逆転して勢いづいたか、火龍は疲れを忘れたように力任せに圧してくる。
「…それにしても美味そうな匂いだなぁ」
…見せつけるようにギザギザと鋸のような鋭い歯と、異様に長い舌を伸ばして見せた。…どちらも人間のソレとは明らかに違う。
「どれ、味見させてもらおうか」
…抵抗虚しく、左首筋に鋭い歯が突き立てられた。
「ぐっ!」
腕で押し返そうとするが、ビクともしない。…HPのみならずSPまでが血と共に吸い取られていき、ステータス警告が浮かんだ。
「や、やめ…!」
「…血でこんだけ美味いんだ。…肉は更に美味いんだろうなぁ?」
再び、ギラついた歯が大口を開けた。
…ここまでか…?
…達人の域へ達しつつあると自負する格闘術…それさえ捻じ伏せる圧倒的な力で組み敷かれ、このまま食い尽くされて果てるのか…大淵は力なく天井を見上げた。
岩に突き刺さる紫電を見た。…それに向かって左手を伸ばす。
ワイヤーアンカーを射出し、剣に引っかけた。…本来なら高速で引き寄せる事が出来るが、どうにか手繰らねばならない。
「おっと、そうはさせねーよ」
当然、火龍に左腕を取り押さえられた。…そして、ガントレットを奪い取ろうと両手を使った。
…一瞬だけ自由になった右手で即座に背中の散弾銃を引き抜きながら強化し、驚愕してこちらを見下ろした火龍の腹に押し当て、引き金を引いた。
12G Fスラッグ…グリムリーパー。 着弾と同時に標的の隊内で無数の破片を散らばせる。…その名前通り、これを受けてまず、助かる生物は居ない。…実際、その特性から猟ではなく駆除・猛獣への護身用として用いられる。
火龍の胴体に大穴が開き、口から血を吐いた。
「…何か…言い残したいことはあるか?」
大淵はよろめきながらも紫電に辿り着き、刀を引き抜いた。
ゴボッ、と血で噎せながらも火龍はゆっくりとこちらを向いた。…これだけ無残な殺され方をしても、穏やかな表情だった。
「…ん~、ねぇかな。…強いて言うなら楽しかったなぁ」
…それだけ言うと火龍は満足そうに笑みを浮かべながら目を閉じた。
大淵はその場で深い疲労を感じて座り込み、手を動かすのも億劫だったが首筋の傷を手当てした。…鋭い歯型が幾らか残っていたが、あの状態で噛まれても毒にはならないらしい。
治療を終えて振り返ると、未だ炎を纏って輝く剣が壁に深々と突き刺さっていた。
「…形見に貰って行くぞ」
大淵はその炎の剣を引き抜いた。
…刃渡りは120程。やはり紫電同様、ミスリルと互角の材質でできており、見た目よりも軽い。
「いいけど、代わりに何かくれよぉ」
「…」
…洞の中に大淵の悲鳴が響いた。




