灼熱の閨
天高く飛んでいたそれは、黒く濁った空を背に、大淵らの元へ降りてきた。
「…近すぎるし、場所が悪い。…全員…」
後退命令を出そうとした瞬間、敵意を感じて大淵は紫電を構えた。 …炎竜が鋭くも重厚な牙を剥いて…仲間達の方へと向かう気配。
阻止しようと向かったが、それが無防備過ぎた。…敵意を当てにし過ぎた。炎竜はぐるりと胴を曲がりくねらせ、Uターンするように大淵に襲い掛かった。
…速い!
「マオ、下がれ!ヤバくなったら日本の拠点に逃げ…」
それだけ言うと、大淵は紫電で切り払うも炎竜を切る事は叶わず、両肩を咥えられる形で捕らえられた。
「チッ…!?」
…思わぬ形で、緑豊かな九州の肥後平野を望みながら大淵は上空数百メートルまで連れ去られた。…そのまま、火口へ向かって炎竜は降下を始める。
…いくらステータスが高かろうが上等なアーマーを着込んでいようが…溶岩の中で生きていられる自信は無い。
「く…クソッ…冗談だろッ!?」
なんとか口から逃れようとするが…全く押し返せない。アーマーの外骨格システムを起動し、何とか口を抉じ開けようとすると、長い舌で更に絡め取られ、大淵は焦燥のあまり舌打ちした。
大淵の体は炎竜に連れ去られるまま、火口へと真っ逆さまに落下していく。
「ちょ、ちょっとォ~!?炎竜様、お話が違うくありませんかねぇ?ねぇ?ネェ!?」
…どこから現れたのか、銀ピカ頭が…往年の特撮巨大ヒーローの巡行ポーズ…或いは水泳の飛び込み直後の潜航体勢で並走しながら炎竜に話しかけていた。
「…相変わらず元気そうだなッ…」
「あぁ、ダイス様!また一皮と言わず、百皮くらい剥けたような凛々しい御顔立ちになられて!玉葱も真っ青でございますよ! 私としましてはキュン死案件なのですが、今はそれどころではございませんので!」
「…テメーが仕組んだ事だろうが…!」
…腕の戦闘服に食い込んだ牙から、微かに毒を仕込まれたらしい。痺れが上腕を登り…太い血管を伝って…心臓を犯そうとしてくるのを感じた。…毒状態のステータス警告が出ない辺り、それは辛うじて自身のステータスか何かの加護によって防がれているようだが…
「ノノノン!まさか炎竜様までダイス様に一目惚れするとは思いませんでした!…え?何々…?……祝言は熱い言葉で頼む、と…? いえいえ、炎竜様~!?ですからお話が180度とちょっと違いますよ~!?」
「…畜生めッ!」
「あー、ダイス様、アフターケアとしてはアレですが、一時的に耐熱と不死の超高等魔術をお掛けしますので、何が何としても炎竜様の愛の巣から脱出しちゃってください!いえ、こんな所でダイス様に唐揚げになられてはこちらとしても死んでも死にきれませんので!」
「…補償代わりに見返りを寄越せ。…今すぐ、あの二人を元に戻せ」
「はい!はい!いう通りに致しますから、くれぐれも生き…」
溶岩の中に連れ込まれた。…とんでもない熱さ。アーマーの各インジケーターが赤と緑で点滅し…やがて両方とも消えた。…それでも黒竜の鱗をそのまま加工して作られたアーマー自体は、無傷で残っている。
…熱射病もこんな感じなのだろうか…茹でられながら大淵の意識は真っ白になって消えた。
…無性な暑苦しさで目を覚ますと、部屋の中央から溶岩がコポコポと音を立ててのように湧き出る、高校の教室二つ分程度の広さの空間にいた。…自分はその溶岩に片足…アーマーのブーツを浸けて眠っていた。
「熱ッ…!」
…独尊でなければ今頃、片脚は無くなっていただろう。…あの野郎の不死性の魔術とかいうもののお陰かも知らんが…
「…いきなり酷い目に遭ったぜ…」
腕に仕込まれていた毒も抜けたようだ。…HPが半分ほどにまで減っていたが、何とかなる。
…しかしあのクソ竜め、馬鹿犬よろしくじゃれついてきやがって……意識を失っている間に食い殺されなかった辺り、ただ殺すのが目的では無さそうだが…
…武器もそのまま装備している。 無線機は…独尊なだけにお釈迦になっていた。仕方なく、収納から取り出した中距離無線を試してみるが…これも全く反応なし。…溶岩と分厚い岩石に阻まれて、地上の仲間とは一切連絡が取れない状況だった。
唯一の幸いは、独尊自体は溶岩にも耐え、インジケーターやモーター、電源や電子機器などはイカレてしまったものの、耐久値と、電子機器類を使わない外骨格アシストシステム自体は無傷だということだ。…なるほど、これをレイスに壊されてあかりに呆れられた訳が尚更分かった。
…こうなった際…最悪の状況も当然想定し、その後の行動指針について黒島と斎城にそれぞれ伝えてある。 内容は要するに、直ちに任務を放棄し、戦闘を極力避けてより安全なポイントへの段階的撤退。
…気を失っていたのは数時間程度だろう。ならば今頃は、アカネの里まで戻ったか、向かっている最中かもしれない。
バイクは残してくれてある筈だ。…無事なら使える。
部屋の中を隈なく見渡した。…硬質な岩石の壁に覆われている。…どのくらいの深さに引きずり込まれたのか…
思い出してあかりマップを起動させてみるが、やはりこれも溶岩の熱で配線か基盤が溶けたか、破壊されていた。
…この分ではワイヤーアンカーのモーターも焼き切られている事だろう。射出自体は超強力なスプリング式であるため、二回までは使える筈だ。…巻き取りが出来ないので、使いきりだが。
…文字通り命綱になる装備だ。使い所を間違えば確実に詰む。
因みに外骨格システムの補助無しであれば、自分のジャンプ力はせいぜい20メートル程度だ。…因みに23式を装備している尾倉で12メートルである。 …人間やめていると言われても反論できない。
「…下手に壁を壊して溶岩が流れ込んで来た、なんて嫌だしな…」
30メートルほど上…天井の一角に黒々とした穴があった。そこから溶岩が零れ落ちて来る様子もない。
「あれくらいなら…」
…外骨格アシストシステムを起動し、垂直に跳び上がってみた。穴に飛び込み、適当な岩壁に拳と脚を突き入れて体を引っかけた。
ふう、と溜息を吐きながら上を見やった。…何も見えない。だが、深々とした井戸のような穴が上方に向かって続いているのは確かだ。探照灯も死んでいる為、暗闇に鳴らした目と手探りで進むしかない。
「いや、待てよ…」
収納を確認すると、暗視装置とフラッシュライトがあった。
「備えあればなんとやら…」
救われた想いでそれらを身に着けた。探索が天と地ほども違う。当面の食料等にも困る事はない。…この収納にはこれからも半永久的に助けられるだろう。
更に道具類の中からピッケルを取り出し、より快適に縦穴を登り切った。天井に突き当たると横方向に伸びる穴があった。 …これも元はおそらく溶岩か水が浸食してできた物なのだろうが…
その穴へ潜り込むとほぼ同時に、下から大声が聞こえてきた。
「 どこへ行ったァ!? 」
…女の苛立たし気な問いかけ。大淵は再び収納に手を入れると、そこで散弾銃を取り出した。
「 …上かぁ、今捕まえてやるから待ってろ! 」
…そう言われて大人しく待つ奇特な御仁が居るだろうか?
急いで横穴を這い進んだ。…横穴の終わりが見えた頃、背後に嫌な気配が迫っているのを感じた。手を止めぬままちらと振り返ると、横穴の入り口に真っ赤に煌々と光る炎竜がいた。全身に炎を纏わせ、大淵と確かに目が合った。
「ククク…鬼ごっこかぁ? …こんな狭い穴でそんな事をされると、愛しさの余り食い殺してしまうかも知れねぇぞ?旦那様?」
捕食者の本能を刺激するのだろう。 …その姿を見ればよく分かる。
「結納金を家に忘れてきたんだ。取りに行かせてくれ」
そう嘯きながら大淵は横穴を飛び出した。
幾分広くなったが、下を見て辟易した。…溶岩の大河に点々と頼りない岩が不規則に並んでいる。…並の人間ならここからどこへ行くことも絶対不可能だ。 …あの岩々を足場にするとしても、一番近いもので20メートルある。…自分の力だけで行けるギリギリだ。
…ケチって熱湯ドボンをやらかしたくはないので、全身に強化を施した。…万一の時、体が一瞬でも溶岩に耐えられるかも知れないという期待も抱きながら。
「なんて嫌なアスレチックだ…こんなの、今時のハリウッドだってやらないぞ…」
跳び過ぎてもアウトである。…だが、もたもたしているとあの蛇もどきにパクリとやられてしまう。…思い切って最初の足場…恐らく五十センチも無い、丸っこい岩に飛び移った。
ふわりと浮遊し、落下する。…距離の目算が正しい事を祈りつつ落下地点に足が掛かり…足が滑りかけて焦ったが、岩に咄嗟にしがみ付いた。…岩を抱え込んだ両手が溶岩に当たり、熱湯を触ったような痛みに顔を顰めた。
…本当に一瞬だけなら火傷にならない程度のものだ。流石に大自然の力の前ではステータスも微々たるものか。
…諸行無常を感じている場合では無かった。さっさと進まねば沙羅双樹の花になってしまう。…足元の岩も、ようやく溶岩流に耐えているのに、全重量百キロにもなる迷惑な来訪者を疎むように、その周囲からマグマの気泡を吐きながら…徐々にだが沈み始めていた。
ふと、対岸を見てみた。…200メートルほどもあろうか…その先に一ヶ所、丁度よく人が数人は立てそうな岸辺があった。その岸辺の奥に、黒々とした大きめの穴が開いていた。
…あと100メートルも進めば、外骨格と強化で100メートルは余裕を持って確実に跳べる。つい一昨日の牛鬼戦で実証済みだ。
…岩が沈みかけ、足元に熱気を感じた。次の岩場は…30メートル程離れた場所に、ポツンとある。広さは一畳近くある。
(クソッ…20だの30メートルだのなんて、感覚が慣れねぇからな…!)
いっそ、全力で飛ぶだけなら楽なのだが。…ただ、今それをやると、流石に距離が足りずにマグマにドボンだ。
「ふッ!」
神経を研ぎ澄まし、30メートル先の岩に跳び進んだ。…さっきので感覚が慣れてきたか、目標が広かったお陰か、スムーズに着地できた。
…ただ、この岩はその見た目に反してあからさまに崩れ始めた。思考を停止し、次の岩場を見た。…20メートル先に…バスケットボールほどの足場。
(ふざけろッ!)
「逃げんなよォ!」
蛇女房も追いついてきた。横穴から這い出て、自分がこうして四苦八苦する溶岩の中をすいすいと…蛇が水田や小川を進むように泳ぎ渡ってくる。
「追うなよォ!」
泣き顔になりつつもはた、と思い付いた。
(…考えてみたら、跳びながら風神騎槍を使えばいいんじゃねーか?)
…今まで散々使っていただろうに、こんな肝心な時にその存在を忘れるとは…
…散々探し物をしていた物を人に訊ねたら「手に持ってるじゃん?」と指摘された時のような、なんとも情けない気分になった。
…だが、ありがたい。
今度は目測しなくてもいい。あの穴にさえ飛び込んでしまえばいいのだ。
「いっちょ頼むぜ…」
ストームランスを収納から取り出し、全身強化。外骨格システム起動。…背後に気配が迫るが、知ったことではない。
大淵が跳ぶと同時に、その虚空を蛇が喰らった。
…やはり80メートル程足りない。独尊のガントレットに内蔵される50メートルのワイヤーアンカーを使っても足りなかった。
失速を感じると同時にストームランスのブロワー。一気に浮力が生まれ、背後から迫っていた炎竜が重い風のスクリューパンチに殴られて吹き飛び、マグマの中に没した。
「待てぇ、ゴラァッ!!」
大淵は暗闇の中に転がり込んだ。
「出口は…」
…その空間はちょっとしたグラウンド程の広さこそあったが、どこにも次に進めるような穴は見当たらなかった。
「…そいつぁ無いぜ…」
…入口からズルズル、と巨大な物が這いずってくる音。
「もう逃がさないぜぇ?」
全長30メートル、大きさは二メートルにもなる巨大な胴体が部屋を回るようにして、大淵を取り囲んだ。…相変わらず炎を全身に纏っているが、炎を吐くというよりはその蛇同様の体を活かして相手を捕食するタイプに見える。
「…炎竜ってよりかは火龍だな…あの狭い横穴をどうやって通ってきたんだよ?」
「帰りは旦那様も楽々通れるぜ?…さぁ、大人しく俺と一緒に閨に戻るなら甘噛み程度の仕置きで赦してやる。…まだオイタをするなら、ちぃーっとばかし痛い思いをしてもらう事になるな」
「…そっちこそ、散々人々に悪さを働いたようじゃないか。俺を放っておいて、二度とここから出てこないと誓うなら見逃してやる。…さもなければ、すこーしばかり痛い思いをしてもらう事になるぞ」
「へへへへへ」
火龍は嬉しげに不気味な笑い声を上げた。
「…やっぱりな。昨日、妖怪共に風の噂で聞いたんだ。牛鬼を倒したとんでもない妖怪殺しの化物が海を渡ってこの火の国に来たってね。 …お前なんだろう? …いや、お前しかあり得ない。一目でわかったよ。 俺はとにかく強い男が伴侶としても食い物としても大好きなんだ。 さぁ、俺が火傷するくらい熱く抱いてくれよ、鬼神・大淵大輔!?」
「…討伐させてもらうぞ、火龍」
大淵は静かに散弾銃を構えた。




