牛鬼襲来
静寂そのものであった山村に途轍もない砲声、銃声が響き渡った。二台の高機動車から黒島と浮田が12.7㎜重機関銃を発射し、二号車に牽引された40㎜機関砲座から射方が40㎜砲を連射した。…隊で唯一その装填法を熟知する尾倉が射方につき、装填手として給弾口から四発挿弾子を黙々と装填していく。
敵意を感じて一早く駆けつけた大淵が見たのは、闇夜の中で銃砲火に晒され、探照灯に晒されて怯み、よろめきながらも、こちらの耳を圧する咆哮を上げる体長20メートルを確実に超える超大型妖怪…牛鬼だった。
…HPは測定不能。砲兵として優秀である射方の40㎜機関砲、そして銃士としては上位にもなり得る浮田の重機関銃と、黒島の重機関銃…これだけの火力を集中されながら、牛鬼は田を踏みつけながら集落へと迫って来ていた。 …距離は100メートルも無い。
大淵は.50口径対物ライフルを構え、銃身ごと銃弾を強化した。
深紅に染まった弾頭が激しいソニックブームを周囲に巻き起こし、一発で銃身が過熱気味になってしまう。
それまで銃弾のシャワーを鬱陶しげに浴びていた牛鬼は、その銃弾が放たれた瞬間にとても予想できない速度で身を屈め、銃弾は牛鬼の片角を衝撃波で切り裂くに留まった。
「「…そうか、お前か。世間の妖怪共が恐ろしい武者が来たと言っていたが…そうか、お前が!!」」
…不快なノイズを纏う嗤い声に顔を顰めた。 …まさか銃撃を躱すとは。しかも自分同様、ヤバい物を瞬時に直感・見定められる厄介な能力も持っているらしい。
「桜と藤崎は一番奥の家へ!待機組と村人を避難させている。しっかり守ってやってくれ!」
隣に並んだ斎城を見た。
「…無茶しないでくれよ?」
「…大輔君が言う?」
斎城に冷やかされ、周囲を見回すと…小隊のメンバー全員が「うんうん」と斎城に賛同して頷いていた。 …尾倉、お前もか
「…まぁ、これも俺ができることだからな。皆も引き続き、皆が出来ることをしてくれ。…それが結果的にいつだって、どこぞの無茶な隊長を生かし続けてきたんだからな」
持っていた対物ライフルをメノムに渡した。
「それじゃあメノム、教えた通りに頼むぜ。…そう緊張するな。間違って俺のケツを撃たんでくれよ?」
「う、撃ちませんっ!」
「うん、頼りにしてるぜ」
大淵は空間から散弾銃を取り出し、青色のシェルと赤色のシェルを交互に八発詰めた。
「さて…牛鬼さんよ。見ての通りこちらは腕利きが大勢いる。…二度と人を襲わないと誓って去るならお互い穏便に済むと思うのだが?」
「「ああ、そうしよう。二度と人を喰わんから、さっさと女子供だけ置いて去れ。…そう言えばお前は信じるか?」」
「…だよな」
アーマーのシステムインジケーターがオレンジ色…外骨格システムの作動を示し、大淵は鋭く宙へ跳び出した。
…元々距離は100メートルも無い。50メートルまで近づければ、手持ちの銃でも剣でもすべてを有効範囲に出来る。
…出し惜しみしていて勝てる相手で無い事は先刻証明済みだった。…流石、日本の妖怪の中でも恐ろしさと凶暴さでは誰もが認めるトップクラスの妖怪だけある。
…しかも、相当名のある侍を喰ったらしい…途轍もなく濃密な気配を感じた。ステータスこそ見えないが、この一体だけで先日のエーデンベルト戦以上の苦労を強いられる事は確定していた。
…だが、こちらにも救いがある。今回は味方からの援護を期待できるし、相手は一体だ。
距離…50
地上への落下を感じながら散弾銃を構えた。
「喰らいやがれ」
12G、ブラッドレイン。赤い雨が牛鬼の巨体に吸い込まれていく。
…これなら流石にさっきのようには避けられまい。…それでも避けたなら…
…驚いた事に、ブラッドレインの散弾の雨を掻い潜り、牛鬼は大淵に肉薄していた。…巨大な左拳が視界の右下から迫っていた。 …回避からカウンターまでの速さと精度が、格闘家や武術家のそれだ。
再装填を済ませ、二射目を放った。
12G R・スラッグ…ジャガーノート。 …そのカウンターごと圧し潰してやる。
…流石に牛鬼は驚いたようだった。幾ら牛鬼だろうが、ジャガーノートに敵うものか。…あのキリスト宣教師ですら「止められない力」と翻訳して本国に報告した、かのインド神話の存在を冠する弾丸は伊達じゃない。…勿論、大淵の強化スキルに頼る所こそ大きいが。
ジャガーノートは抵抗に遭えば遭う程破壊力を増す特性を持つ。…避けられないなら大人しく受けた方がまだ身のためだ。
牛鬼の振り上げた左拳が溶岩でも殴りつけたように消えて無くなった。
「「グヴウゥッ!」」
牛鬼が反対の手を振り上げた。…その手を40㎜機関砲と12.7㎜機銃・ライフルによる集中射を受け、右こぶしは深々と何も無い虚空を振り下ろし…法面を大きく削った。
大淵は既に着地し、衝撃を殺しながら既に真紅に染まりきった風神騎槍を構えていた。
「くたばりやがれッ」
時速三万…秒速8000メートル超えの風の刃が乱舞する死の嵐が牛鬼を襲う。
「「チィッ!?」」
死を察知した牛鬼はやはり卓越した反応速度で上体をひねった。 …水力発電所の巨大な落水パイプ…あれ程もある巨腕が風に容易く捥ぎ取られ、瞬時にミキサーに掛けられたように血飛沫と化す。
「…本当によく躱してくれやがる…ッ!」
出し惜しみせず、もう一度死嵐を使うか…
牛鬼は口の端に笑みを浮かべながら自分と仲間達との間に立った。…味方からの砲撃、強化された銃撃すら保険の掛金代わりだと言わんばかりに耐えている。
…そして恐らく…それは正解だった。
「…やってくれる!」
大淵はストームランスを戻し、ツヴァイハンダーを抜いた。長大な剣身が深紅に染まる。
牛鬼目掛けて跳び上がった。…どうせ、両腕はもう無いのだ。あのまま生かしておくのも酷という者だろう。…一思いに頭部を斬り落としてやろう。
「「ヴォオオッ!」」
牛鬼が空に向かって吠えると、牛なわれていた両腕が、CGかと疑いたくなるほどに瞬時にして再生した。間合いに入りかけた大淵を即座に払い退け…仲間の元へと身を翻した。
「…テメェ、どこに行くつもりだコラァ!?」
強化したワイヤーアンカーを即座に撃ち込む。 高性能モーターが高速でワイヤーを巻き取り、宙から牛鬼の背に追いすがった。
…しかしその巨大な手が、慣れぬ射撃に専念していて反応を遅らせたメノムに迫った。
「メノム、逃げろッ!」
メノムと掌の間に巨大なラウンドシールドを構えた藤崎が割って入った。
「この盾騎士、藤崎海の目が黒い内は好き勝手にさせんぞォ!」
「「邪魔だッ!」」
もう一方の手で藤崎を払い退けると同時に、肩に飛び乗った大淵の渾身の一撃がメノムを捕らえようとした右腕を再び肩口から切り落とした。
「「えぇい、鬱陶しい!」」
「だったらとっとと往生しやがれ! 永遠の静寂がお前を待ってるぞ!!」
振り払おうとした手を避けながら飛び込み、牛鬼の顔面にフライングキック。
20メートルのビルのような巨体が横倒しにゆっくりと倒れ始めた。大淵は転倒に付き合わず、その場で垂直に高々とジャンプした。
倒れ込んだ巨体が集落周辺に自身を起こした。
「
…すっげーな、地震だったら震度3…いや、四はあるな」
車体にしがみ付いて衝撃に対処していた黒島が驚嘆の声を上げた。
「す、スゲェ戦い…。 …怪獣に顔面フライングキックかよ」
浮田が半ば呆れながら呟いた。
「おい、藤崎、生きているか!?」
黒島と尾倉が駆け寄り、仰向けに倒れて意識を失いかけていた藤崎を助け起こした。
「う…う…む…」
「…良い奴だったよ。…最期は女の子を守ろうとして…懇ろに弔ってやろうぜ」
…尾倉は構わず、レッグポーチに詰めた包帯を取り出して尾倉の後頭部を手当てし始めた。
「オマケだッ」
垂直落下してきた大淵が仰向けに倒れた牛鬼の心臓に剣を突き立てた。どす黒い血が噴き出すが、それで牛鬼も意識を取り戻し、大淵を振り払おうとしたが、大淵は悠々と手から逃れた。
「「…許さん…皆殺しにしてやる…村人諸共皆殺しにしてやるぞッ…!」」
しぶとく牛鬼が立ち上がり、心臓に手を当てて出血を止めた。…しばらくして手を放すと、傷口にはあらたな組織が出来上がり、血は完全に止まっていた。
「そうはさせねぇよ。…お前はここで退治されて死ぬんだ」
「「どうかなッ…!」」
牛鬼が大声で牛のような鳴き声を上げた。
「…大人しくしていろ、楽にしてやる」
大淵は紫電を抜き払い、その刀身が美しく青白い光を帯びた。
「…何か聞こえません?」
俯角が足りずに一旦砲座から離れた射方が、夜闇に耳を澄ませた。
「…ああ。大量にな」
尾倉が応じると、周囲の茂みから体長1.5メートルから3メートル近いものまで、あらゆる蜘蛛型の妖怪が襲い掛かってきた。
「…夜来る蜘蛛は凶の兆し…だっけか?」
黒島が後退りながら頬を引きつらせた。
…森の闇は…頭部だけ牛鬼のそれで体は蜘蛛という、異形の妖怪で溢れ返っていた。




