花の国へ 参
湾内にゆっくりと進んだ零番艦・キングオブノーチラスと五番艦・フラワーの二隻に向け、湾内から小型の船が接近した。30ミリほどの口径の手持ち大砲を構えた甲冑姿の足軽らしき姿と、薙刀や槍・そして刀や弓を携えた侍が一隻の小舟につき五人ずつ乗り込み、それとは別に褌一丁の真っ黒に日焼けした男が両手に握った櫂で器用に船を漕いで向かって来る。
当然、リノーシュから全兵に一切の攻撃を禁じるよう命令が下されていた。
リノーシュは甲板から身を乗り出し、「御苦労!最高責任者は私だ!」と男達に呼び掛けた。するともう一隻の小舟もこちらに進路を変え、船の下に漕ぎ付けた。
水兵に命じて縄梯子を掛けさせると、男達が縄梯子を軋ませながら登ってきた。
「どこから参られたか?」
一人だけ羽織袴姿に刀を差した役人らしき男が前に出て一行を眺めながら訊ねてきた。
甲板に甲冑姿の十人の男が並んだ。…平均的な身長は150程か。一人だけ170程の、その中では大柄な男が槍を持っている。…時代劇でみたように、渋く味のある顔ばかりだ。恐らく同じ日本人だろうが、明らかに現代の日本人とは骨格も顔の作りも違う。
(食い物の違いとかで変わるんだろうか…?)
…ステータスも決して高くはない。HPは2000。力300 耐300 スピード500…連れてきたパープルハートや蒼船海兵団の兵よりも若干低い。 ちょうど、日本の平均的なギルド戦士のステータスだ。
「東の大陸にあるブレメルーダから来ました。私が国王のリノーシュです」
「…お、お若いですな!?…いえ、失礼しました。 …スルガ領港湾監督、遠田重信と申します。…それではリノーシュ国王陛下、この度はどのようなご用で我が領湾へ?」
巨大な軍艦二隻で来られて、相手も警戒の色を隠し切れていなかった。
「貴国…花の国との国交を結びたく、突然で不躾な来訪とは思いましたがこのように参りました」
「…しかし、海坊主も出るというのに、よくご無事でしたな。さすが、立派な軍艦をお持ちだけある。…先ほどの砲声はやはり?」
「…ええ、初めて見る海洋モンスターでした。しかし、砲は効かなかった為、この弓と…こちらの勇士が退治してくれました」
「もんすたぁ?…ああ、妖怪の事ですな。 それに…貴殿らは…同じ花国人ではないのか?」
遠田は大淵を怪訝そうに見つめた。
「…厳密には違うという事になるのかもしれませんが…何とも言えませんね。しかし同じ人間であることには違いありません。どうぞよろしくお願いします」
「う、うむ。…しかしこの大船をあの小さな港に入れるのは困難だ。今、迎えを寄越すので、こちらの持つ舟に乗り換えて来られるが良い」
中型船に乗り換えながら、大淵は遠田に銀ピカ頭の様相を伝え、知らないか訊ねたが、空振りだった。…カメラ映像をプリントアウトするつもりだったのだが、あの悪魔は大淵の映像には一切映っていなかった。…捕らえられ、問答をしていた時でさえも大淵が一人で虚空に向かって喋っているだけだった。
…赤の他人が見れば間違いなく自分がどうかしているとしか思われないし、立場が逆なら自分でもそう思う。
…考えてみれば、奴を直接見ているのは俺だけか…?リノーシュは気配だけ察したと言っていたが。ラナとパルムも意識を失った前後の事は覚えていないという。…ただし、あのお菓子の家だけは事の始終が収められていた。…あの一連のシーンだけは完全に削除しておいたが…とことんふざけた悪魔だ。
「…海坊主を倒したとおっしゃっていたが?」
「え? …あ、ああ。この火筒で。ちょっとした仕掛けがありまして」
「…それほどの腕をお持ちなら…これも天祐か…」
…また何かに巻き込まれそうな雰囲気だが、これもあの銀ピカ野郎の仕掛けなのか?…だとしたら、あの野郎だけアウターデーモンとかいう連中の中でもとびっきりタチが悪い。
一晩、町の旅館に泊まらされ、そのまま翌日も宿で待たされた。
「…ダイス、暇だ」
膝の上で猫のように寛ぐマオが何度目かの台詞を呟いた。
「…もう少し我慢してろ」
壁にもたれ掛かりながらこちらも何度目かの台詞を返した。…仕方ないとはいえ、この軟禁状態がマオには息苦しいらしい。…もっとも、軟禁されて気にならない者もそうは居ないだろうが。
大淵が与えられた部屋はリノーシュに次いで上等な部屋で、広々とした十二畳もの清潔な座敷部屋に立派な家具や工芸品が並んでいる。…本来なら品格と風情に満ちた、殿様部屋だっただろう。
…しかしそこにマオは元より、大淵小隊の全員とリノーシュ、更にはクロエや三バカ娘も押し掛けて来るので、品格も風情も無かった。
…実に16名が思い思いに寛いでいる。飲み食いしていないだけで、さながら宴会の席のような賑やかさである。
…何故か藤崎がその場でスクワットをしようとして川村に叩かれ、心外そうな顔をしている。
…自分の脇には「護衛」と称してラナとパルムがくっついている。
お前らが護衛すべきはリノーシュだろう、と窘めると、その光栄な役職にはメノムとクロエが相応しい、と言って譲らなかった。…メノムとクロエにも事情は説明してあるので、リノーシュ含め三人とも何も言わず見守ってくれている。
(…もう少しだ。すぐに元に戻してやるからな…)
自分に寄り添う二人を痛ましく思いながら夕食を待っていると、外が何やら騒がしくなった。
「…大淵…み、皆様お揃いのようで…」
襖を開け、室内の喧騒と熱量に遠田が面食らいながらも部屋の戸口に立った。
「我がスルガ領主、大岩影家様が面談のため別邸に到着されましたので、是非お越し頂きたい」
「…言ったろ、もう少しってな」
マオの頭をポンと叩き、大淵は立ち上がった。
大岩の邸宅に向かってリノーシュは収納で連れてきた白馬に跨り、大淵らは徒歩で続いた。…バイクで徐行速度でわざわざ走る必要もない。 …対抗している訳では無かろうが、マオは自分の肩に跨って腕組みしている。
…女児に良い様にこき使われている勇士がよほど珍しいらしく、遠田は困惑気味に自分とマオを見ているが、マオに鋭い視線を向けられて目を逸らした。
…コイツはコイツで最近、ラナとパルムが自分に急接近するものだから対抗心を隠そうともしない。
…夫と決めた自分を徹底して信頼してくれる、大人顔負けの鋼の意志を持ちつつも、まだまだ子供っぽい所も外見相応に残っている所が可愛らしくもあるが。
「…こちらです」
立派な塀が続く一角が見えてきた。塀の外には警備の侍が間隔を置いて立っており、リノーシュは物珍しそうに大陸とは明らかに違う侍達の装いを観察している。
「陛下はこちらへ。皆様はこちらでお待ちください」
付き添いとしてクロエが同行を許可され、大淵らは屋敷内の囲炉裏がある土間へと通された。女中が玉露の茶を全員に淹れてくれた。
「んー、落ち着くな」
傍から見ればのほほんと寛ぐ大淵だが、大淵自身は最近、「敵意」に対しては極めて敏感になっていた。…もし、何らかの悪意ある行動があればそれは不快感となって警告してくれる。…お互いに緊張はあるが、今の所そんな気配は皆無だった。
「アリッサ、この屋敷であれやってみたいデス。障子や襖ごと敵を斬る殺陣!」
緑茶を啜りながらアリッサが無邪気に片手で刀を振り回す仕草をして見せた。
「…それをやる時は最悪の状況だよ」
…二時間近く待たされた後、奥の部屋からリノーシュ、クロエ、遠田の三人が土間へと顔を出した。
「お待たせ。…無事、こちらの用事は済んだよ。これで取り合えず僕達の自由なんだけど」
「それじゃ、宿に戻って今後の方策を考えるか」
「それなんだけど…大岩殿から気掛かりな話を聞いてね。…帰り路で話すよ」
「…今から四日ほど前の晩、陽気で良く喋る一人の年老いたローニン?…が大岩殿の本邸を尋ねて来たらしい。ローニンは剣の腕を見せて家来を見込ませて、大岩殿に取り次いでもらったと。…大岩殿もその浪人の剣の腕と話が気に入って、すぐに意気投合したらしい。そこで浪人に大岩殿の悩みの種である、樹海に潜む雷の妖怪退治の話をしたら、その浪人は「今に異国からそれに適した、我々と似た顔姿の、不思議な力を持った剣士がやってくる」…とだけ言い残して大岩殿の元を去ったらしい。…これ、君の事と、君にまとわりつくあの悪魔だよね?」
「…九分九厘間違いないな。…タイミングもバッチリだ。…魔法石でも持ってんのかな。それにしてもとんでもない手際だが」
…やはりラナ、パルムらを拉致し、そのまま花の国へ来て仕掛けを施して行ったらしい。
「…他に手掛かりがない以上、その樹海に行ってみるしかねーな」
「だね。…その樹海はあの山の下にあるらしいよ」
…見事な三角形を描く山。日本の象徴とも言える山が、茜色の空に黒いシルエットとなってこの世界にも聳え立っていた。
「…明日、早速向かってみる」




