花の国へ 弐
零番艦・キングオブノーチラスの甲板で散弾銃を背負いつつ、大淵は穏やかな夕焼けの海を眺めた。
ポーションのお陰で斎城や藤崎、川村、射方らも船酔いから解放され、今は快適な船旅を楽しんでいた。
「ずーっと見ていて、飽きないのかい、君は?」
背にリノーシュの軽やかな声が掛かってきた。
「ああ。昔から風景を眺めているのは好きでな」
「…丁度いいから話してよ。いきなり花国へ行くなんて言い出してさ。…第一君は、どんなに酷い目に遭っても相手に自分から対価を求めるような、まともな人間じゃない」
「…ひでー言い草だな」
苦笑しながらも図星である。
「あはは、後半に至っては本当の事だからしょうがないよ。…君は良くも悪くも普通じゃないから」
「…全否定できねーのが辛い所だな」
縁に背を預けてリノーシュを振り向いた。高級感のある、弓用の革胸当てをしている以外はパープルハート同様の、手足を守るアーマーだ。…ただし、リノーシュの物の方がより材質が良く、白銀の鎧も薄く青みがかっている。
肩には例の弓をかけ、腰には全てミスリルで作られたサーベルを下げていた。…リーチと刃の厚みこそこちらの方が大振りだが、材質自体は自分の騎兵刀と同等品ということだ。
「…何?気になる? …えへへ、大輔と旅に出られるからって、小遣いを叩いて色々買って来たんだ。偶にはいいだろ?」
「ああ、よく似合ってるよ。…花国の事だが…これはまだクロエにも他の仲間にも言っていないんだが…」
事情を説明すると、リノーシュは目を瞬き、なるほどと頷いた。
「…道理でね。君らしい動機だ。…教え子と言っても、ふとしたきっかけで知り合った他人に過ぎないだろうに」
「…まぁな。…先に言っておくと、あいつらが子供だから無条件で助けるとか、俺はそんな聖人じゃない。…でも俺は少しでも一緒にいれば愛着が湧いちまうんだ。…ましてや、俺なんかを先生、先生なんて慕ってくれたバカたれ共だ。…可愛くて仕方ないよ。…それを見捨てて、残りの人生で飲み食いする飯や酒が美味い訳ねーだろ。…仮にどんな幸せが訪れようと、俺は一生自分を恨み、嘲笑い続けるだろう。…俺自身がそれで破滅したくないだけだ」
「…そうだね」
「肌寒くなってきたな。…そろそろ船内に戻ろうぜ」
リノーシュを促し、船内へと向かった。
「…しっかし、お前らまで全員付いてこなくとも良いだろうに」
大淵小隊の全員が付いてきていた。…勿論、嬉しいは嬉しいのだが…
「大輔君、私達の間じゃない! そんな事言わないでッ!」
…黒島の馬鹿が身をくねらせながら抱きついてくるので、咄嗟に左腕を盾にして距離を取った。
「…ねぇ、黒島君。もしかして…間違いだったらいいんだけど…それ、私の真似してるつもりだったりする?…するよね?」
…斎城が…陰のある笑みを浮かべて黒島を問い詰めた。…178の長身が途轍もなく巨大に見える。 尾倉と藤崎が頬を強張らせ、それとなく食堂の壁際へと椅子・食器ごと避難する。 …川村はちらと彼我の距離を確認し、自分に被害が及ばないと知ると食事を続けた。
…瞬間…黒島の表情が切実な物に変わり…本能的に大淵も盾としていた腕をガッチリと黒島の肩から首に回して掛け、逃走を封じ…斎城の前に引っ立てた。
「…清算しろ、己の罪を」
「いやだぁ~ッ!!」
「…大輔の隊は暇しなくていいね」
…気持ち、いつも以上に無邪気に話しかけて来るリノーシュに頷きつつ、大淵は夕食の煮込み料理を平らげに掛かった。
「確かに若干一名、賑やかで退屈しないぜ。なぁ、星村?」
「ハイ!…ところで黒島さんは今度は何をやらかしたんですか?」
「乙女の尊厳を踏みにじる発言をした」
「それは…一遍死んで戻ってきた方が良いですね!」
「一遍死んだら九分九厘戻れないんですけど~、あかりさーん!?」
…しぶとくも、関節技を極められている黒島の声が聞こえてくる。…1厘戻れるなら充分だろう。
「…気にするな、あいつも妹同然のお前に会えて嬉しいのさ」
「私も嬉しいです、また皆さんと一緒に旅ができて!」
星村も自分達同様、小柄な戦闘服に21式メイルアーマー改を装備して飛び跳ねるような勢いで喜んでくれた。…たった一人、チームメイトから一ヶ月近く離れていた彼女の気持ちは察するに余りある。
「…それにしても大淵さん、何かありました?」
「なにが?」
「あー、その…ステータスが凄い事に…」
…既に自分のステータスはスピードと幾つかの詳細スペック以外…竜騎兵二人分を合わせた総量よりも高くなっていた。
日々、その過程を見慣れているチームメイトの皆は良いが、このまま日本に帰ってギルド戦士が自分を見れば…それこそ化物呼ばわりされても仕方がないレベルだ。
…勿論、ステータスはあくまでカタログスペック的な目安に過ぎないが…
「…まぁ色々あってな…それより学校生活はどうだ?」
「順風満帆ですよ!補習も終わっています」
「でもまだ春休みじゃ無いだろう?」
「…今回は私のわがままです。政府から与えられている優遇特権で、テキトーな建前の作文書いてこっちに来ちゃいました」
「…たまには、人に迷惑かけない程度に悪い子になっちまえ。一度限りの青春だ」
…細かい事を言い出せば、他人に迷惑を微塵も掛けないで生きていける人間など存在し得ないのだが。
「さ、さすが悪い子のお手本が言うと説得力があるな!」
「なんだ、もう復活したのか」
「…それより大淵、お前なんかやっただろう?」
黒島が星村から大淵を遠ざけつつ食堂の隅を目だけで振り返った。…大方の予想はついていたが、自分も付き合って振り返ると… やはり、ラナとパルムがこちらに視線を送っていた。ぼんやりとした二人の様子をメノムや部下の少女達が心配そうに声を掛けるが、そうすると二人は我に返ったようにいつも通りに振舞うので、誰もそれ以上に不審がる者は居なかった。
…だが、この黒島はそんな些細な変化にも目敏く気付いたようだ。…事情さえ知らなければ特に気になる事も無い筈なのだが…
「…実はな、そもそも今回の花の国へ行く動機がだな…」
「…なーるほど。そりゃーあんないたいけな乙女をこんな悪い奴に惚れさせたままにしておく訳にはいかねーわな」
「…少々引っ掛かるが、まぁそういう訳だ。…どんな島だか知らないが、さっさとそのハートを見つけ出して…」
「着いて見たら日本だったりしてな。 …でもよ、まさか宝箱に入って地中に埋めてある訳じゃ無いだろう?…そうだとして場所だってどこだか…」
「なーに、野郎の方から出しゃばってくるさ。…そういうアフターサービスだけはしっかりしていやがるからな」
…奴の悪ふざけのレベルはちょうど、この黒島と良い勝負だろう。雰囲気もどことなく似ている。…人の命を何とも思わない所だけが決定的に違うが。
甲高い金属音…警鐘が鳴り響いた。…近い。五番艦フラワーでは無い。 この旗艦・キングオブノーチラスが攻撃を受けようとしているのだ。
「海洋モンスターの襲撃です!」
水兵長が食堂へ転がり落ちるように降りてきて、号令の掛け合いで鍛えられた良く通る声で報告した。
同乗していた海兵の分隊が一早く甲板へと駆け上がった。その少し前に味方とこの船からの無数の砲声が響き渡り、衝撃で船が不快に微振動した。
「…大輔、すまないが手伝ってくれるかい?」
「ああ、海洋恐怖症の身としては絶対に海には落ちたくないからな。全員甲板に集合! 射方、浮田、ついでに黒島は俺に続け」
リノーシュに続いて甲板に駆け上がると巨大な黒々とした…顔…らしきものがこちらを覗いていた。
黒々しているのは夜闇に色を吸われた海水だった。…海水が直径5、60メートル、高さもそのくらいの、半円の円柱となって夜の海面に盛り上がっていた。…さらに数が増え、三体の顔が海中から伸びあがった。
「な、なんだありゃ…」
「対魔砲弾装填! …て―ッ!!!」
各艦の砲兵が一斉射を食らわせるが、それは砲弾を貫かせつつ、依然として黒々とした海水の山となって佇んでいた。
「だ、ダメだ、大砲が…通常弾も対魔砲弾も効かねぇ!」
砲兵長が砲身を叩きながら怒鳴った。
巨大な顔から手が生え、海中に向けて伸びていった。
「く、来るか…!?」
艦の真横で巨大な水音が聞こえた。全員が振り向くと、巨大な…海水を湛えた巨大な柄杓があった。その柄杓は甲板に大量の海水をぶちまけた。
「うわぁぁあっ!」
海兵や水兵が縁や砲座にしがみ付き、思わぬ荒波に海へ攫われぬよう、必死に耐えていた。
大淵も瞬時に動き、足を取られかけた星村を抱えて取っ手に掴まった。
「くっ!…やってくれるね…見てくれ、折角買った旅装も濡れネズミになってしまった!」
そう言って体を見せると…隠しきれない身体のラインが露わになっており、大淵はどぎまぎとした。
リノーシュが水浸しになりながらも弓を取り、船が傾く中でも正確無比な一射を放った。「海坊主」が一体、海水に還って爆散した。
柄杓による浸水攻撃も止み、屈強な水兵達が専用のバケツや器具、足りずに海兵から借りた兜まで使って排水を急いだ。
「…どうやら砲兵や銃士とは相性が悪いようだな。ちょっと行ってくる」
星村を取っ手に掴まらせ、大淵はアーマーの外骨格システムを起動した。
「大輔、無茶は…」
「程々にするよ」
距離は三百メートル程。…二百メートルまでは強化無しで行ける。それで十分だ。
散弾銃を取った。…既に装填は済ませてある。
大淵から良からぬ気配を感じ取ったか…海坊主は海水へと溶け込んで、全く見分けのつかない平らな海面となった。
「無駄だッ」
高度100メートルから海面に落下していきながらも海面に向けて散弾銃を立て続けに三発放った。射撃後即座に風神騎槍に持ち替える。
大淵によって強化されて放たれた専用弾丸は、本来なら発射時に導電性のペレットを撒き散らし、雷管から伝わったエネルギーを静電気に変えるだけの、エアガンに毛が生えた程度の殺傷能力しか持たない弾丸だった。…しかし大淵によって強化されて放たれた場合はその程度ではなくなる。
”12G・サンダーボルト”は海面に着水後、凄まじい電撃の波となって周囲の海面を一秒間、明るく照らした。…その海面が僅かに盛り上がり、そのまま再び海水に戻った。
海面に落下する前にブロワーで人間ロケットよろしく船へと帰還する。…独尊はその無茶苦茶な重力下機動を行う、アーマー重量込みで100キロ近い重量体の甲板への衝撃を完全に相殺させる。
「取り合えず終わらせてきたが、船の方は大丈夫か?」
事も無げに散弾銃に再びサンダーボルト弾を補充し、散弾銃を背負う。
「ご、ご無事ですかっ、ダイス先生!?」
ラナとパルムが真っ先に駆け寄り、目を潤ませながらその腕に縋りついた。
「ちょっ、ラナ、パルムまで…!? やめなさい…!」
メノムが二人を窘めに入った。クロエも慌てて割って入る。
「あ、あぁ、大丈夫だって!…相変わらず心配性だなぁ、お前らは!」
…二人に奇異の目が向かないよう、大淵は不器用なりに精一杯にフォローした。
(…やはりあの銀ピカの言う通り、日に日におかしくなっていくのか…)
「な、何だお前らはッ!一々私のダイスにくっ付くな!」
優に先を越されたマオが地団駄を踏むが、大淵はリノーシュと複雑な顔を見合わせて微かに頷いた。
「…ああ、こちらは大丈夫。食堂が少し掃除する羽目になっただけで、船室も浸水するほどでは無かったよ」
「ならよかった。びしょ濡れのベッドでなんて…」
「島が見えました!花の国です!」
観測手の声が上がり、全員が観測手の指す方角を見た。
…数キロ先に、ぼんやりと朧げながら暖かな光があった。空の星の光とは違う、もっとハッキリした小さな光。
その光の上に、黒々とした…これもまた晴れ渡った星空の下で雲とは明らかに違う、巨大な山岳のシルエットが現れた。
「…おい、あの形はまさか」
「スルガ湾の港に入港します!」
…迫ってくる陸地の遥か彼方に…小さいが確かに朱色の鳥居が見えた。




