花の国へ
…苦渋の決断の末、少女達は目を覚ました。菓子の家から出て振り返ると、そこには何も無かった。
街道を進むと、夕焼けを背に土埃が見えた。
「総員、構えッ!」
真っ先にパルムとラナが大淵の左右に立ち、それぞれ剣を構えた。
大淵もストームランスを構え、その正体を見極め…程なくして騎槍を下ろした。
「…遅くなってすまなかった、大輔!…君達が大軍に囲まれる未来を見て急ぎ駆けつけたんだが…」
見事な白馬に跨ったリノーシュが青い長髪を靡かせ、各騎士団から大隊をかき集めた、2000からなる集成旅団を率いていた。
「なぁに、こいつらが…紫心騎士団がよく戦ってくれた。…聞いて驚くな、紆余曲折会ったが死者ゼロで乗り切ったぜ」
「損失…ゼロで…!?」
リノーシュも流石に目を剥いて驚きを露わにした。
「なーに驚いてやがる? …お前の読み通りだったじゃないか」
「…そうだね。しかし…これだけの敵軍をたった500のパープルハートで…?」
「あー…これは殆ど俺がやったんだが、セレイアでは2000の敵をパープルハートだけで殆どやったし、ここでも一万の残党軍を相手に蹴散らしてこの通り存在ゼロだ。…対人戦に関しては十分すぎるほど実戦経験を積んだと思うぞ」
10式雪上車が後方からやってきた。
「おーい大淵ぃ!」
居残り組のメンバー全員が搭乗していた。
「おう、黒島。久しぶりだな」
「へっへっへっ、可愛い子ちゃんたちに囲まれて、お前が悪さをしていないか心配になってな。…どうだ、ちゃんと良い子にしていたんだろうな?正直に白状しろ!?」
「…当たり前だろう。誰一人手なんて出してねーよ」
「…」
黒島の表情が一瞬、固まった…。
「…ははは、冗談だよ、ジョーダン! ごめんな、お嬢さん方、品の無い野郎トークで。とにかく、全員無事で何よりだったぜ。とにかく、日も落ちてきたし、積もる話はお互いにあるが、こんな所でいつまでも話し込んでいる訳にもいかんよな」
「うん。それではまず、旧シバ城に向かおう。じき夜になる。…寒さを凌がないとね」
「…よーし門番ご苦労。お前もどこへなりと行け」
大淵は城門を塞がせていたタランテラのワイヤーを解き放ち、クレセントレイクを騎兵刀で示した。
タランテラは他の兵には目もくれず、大淵だけを悍ましい化物でも見るように斬られた手足をばたつかせながら湖へと逃げていった。
…討伐には練度の高い兵士が、最低3個中隊は必要と言われる強大なタランテラの有様に続く兵達が言葉を失っていた。
「…君は呆れた奴だなぁ。どこまで強くなるつもりなんだい?」
リノーシュがさして驚いた風でもなく、冷やかすように馬上から大淵を見下ろした。
「どこまでもずーっと」
とぼけた口調で嘯く大淵を、リノーシュは笑いながら叩く真似をした。
…滅多に…いや、大淵以外には絶対見せない仕草と言動に、周囲の兵もまた言葉を失っていた。
「…あぁ、鉄柵も落としていたんだった。ちょっと離れて待っていてくれ」
そう言うと大淵は軽々と跳び上がり、鉄柵の上部から切断して鉄柵を破壊した。…その全体で数トンにもなる鉄の構造物を、アーマーの力を借りながら湖へと押し込んだ。
「…ま、漁礁になるかもな」
続いて再び高々とジャンプし、矢倉内に飛び込んで、開閉装置を操作した。門が開かれ、大淵は再び空中で身軽に回転しながら飛び降りた。
…独尊の真価を知ってから、これらパルクールが楽しくて仕方なかった。新しい玩具を買い与えられた幼子のように熱心にアーマー性能と機能を使いこなし、徹底的に研究していた。
「…まるでサーカスの曲芸師だな」
黒島が呆れて呟いた。
「同じことを誰かさんにも言われたよ」
「だ、ダイス殿、ご無事で!?そ、それに彼女らは…!」
クロエがわたわたと駆け寄ってきた。
「…ああ、無事だった。後で詳しく説明するが、激しい戦いで気を失っていたらしい」
「く、クロエ団長。ラナ・テルベン以下中隊員十二名、只今帰還いたしましたっ」
「同じくパルム・ロラースタ以下中隊員二十名、只今帰還いたしました!」
それぞれがクロエに帰還を報告した。
「おお…!お前たちィ!!」
クロエは二人を抱きかかえると泣きながら頬ずりをして、二人と部下達の生還を心から喜んだ。
「だ、ダイス殿!なんとお礼申し上げたらいいか…! あっ、へ、陛下!?失礼いたしました…!」
「何が失礼な物か。良き部下に恵まれたな、クロエ。…だがそれも、君の人徳と教えの良さ故だね」
「も、勿体ない御言葉です!」
「…さぁ、君達と大淵達を精一杯労わないとね。…ああ、パープルハートの後続大隊は、仲間達と大淵達の為に上等なフロアを見繕ってくれないか? 各大隊もそれぞれ、食事と宿営の用意を!三階から下のフロアは各大隊で整え、平等に割り当てるように」
各隊の隊長が号令を下し、素早く取り掛かった。
「先に行っているよ、大輔。5階で待っているから」
「ああ、また…」
「…また、妙な事をされたね?」
「…お見通しか」
「うーん…何か妙な気配がするくらいしか分からないけど。…なんだかクロエの部下…ラナとパルムだったか…あの二人からも妙な感じがする」
「…後で話すよ」
リノーシュを先に行かせ、大淵は黒島達を連れて小隊員を探した。
中庭に尾倉達の姿を見つけ、大淵は歩み寄った。
「…待たせたな」
「…お帰りなさい」
香山と斎城が笑って迎えてくれた。
「ブー、大淵、アリッサ置いて行きましたネ」
アリッサが珍しくふくれっ面を見せた。…足手まとい扱いされたとでも思っているのだろうか?
「ああしないと、お前もどうせ出て来ただろう?…無茶させたくなかったんだよ。お前らに」
「ふん…どうせあの小娘共が死んだと思って、気負って居ったのだろう。お見通しだ」
「それにしても見事な戦いぶりでしたな、ダイス!」
「よう、お久しぶりだな、諸君!」
「元気にしていたか?様子を見に来たら酷い事になっていたようだな」
「スケ~、元気にしてたか?ブレメルーダの港で面白いタコが手に入ったから皆でタコパしようぜ!」
「…食えるタコなんだろうな?」
「ん~、何か黄土色と青色の綺麗な奴!地元の漁師に聞いたら多分大丈夫だと思うって!」
「…やめておけ」
尾倉が溜息交じりに突っ込んだ。
呆れ顔の大淵がふと視線を感じて目を向けると、ラナとパルムがこちらを見つめていた。
…あの野郎め。…保護してくれたのは感謝するが、ろくでも無い事をしやがって。
二人にメノムとクロエが話しかけ、我に返ったように二人も促されて階上に向かっていった。
「…花の国…花国へ行きたい?」
城の五階…シバ家の上級騎士や親衛隊が主に使用していたフロアで、大淵小隊と…ポンコツ団長以下三バカも含まれたパープルハートの第一大隊の面々、そしてリノーシュ以下各騎士団団長を交え、ささやかな祝宴を開いていた。
「ああ。…今回の任務のご褒美として所望したい」
「…それ自体は全く構わないのだけれど…」
リノーシュは食事の手を休め、隣席に控える将官を見た。 …臨時に艦隊長を務めている二番艦スノー艦長、レデ・ランザスを見た。
説明を求められ、レデはリノーシュと大淵に一礼し、大淵を見た。
「お答えいたします。…まず現状、我が国と花国は国交がありません。しかし戦争状態にある訳ではありませんし、海図もありますので、向かう事自体は可能です。…ただし、相手国への刺激を控える為にも、護衛は軍艦二隻までにした方がいいでしょう」
「…どんな国かはわかりますか?」
「…私も船乗りから聞いた噂でしか…私は根っからの軍艦乗りでしてね。王国の海戦や周辺海域の事でしたら分かるのですが…ピリ殿、そういえばあなたは元船乗りでしたな。花の国についてなにか御存知では?」
「…昔、酒の場で耳に挟んだ程度には。その国は四方を海で囲まれた島国で、美しい光に包まれ…そして…呪われていると」
「…呪いとは穏やかじゃないね。どういう事なのだろうか?」
リノーシュが興味をそそられたように身を乗り出した。
「…あくまで噂ですが…その島に立ち入った外国人は、マナ…SPを使えなくなると。そして現地には恐ろしく強い蛮族の戦士と、この大陸のそれとは違うモンスターに溢れていると」
「…すごい島ですね」
相槌を打ちながらも大淵は「あの野郎なら宝を隠す場所に選ぶだろう」と納得した。…しかし、高々一日でどうやってそこまで行き来したというのか…いや、日本製品を当たり前のように持ち込んできていたような奴だ。自分達と同等…いや、それ以上の未知なる力を持っていると考えるべきだろう。
…一つ確かに言えるのは、あの銀ピカ悪魔に対して、俺の常識など糞の役にも立たないという事だ。
「…しかしどうしてその島を次の目的地に?」
「…どうしても行かねばならない理由がありましてね。知人の姉妹を救うのに、その島にある薬が必要だというのです」
「レデ艦隊長、五番艦…フラワーを貸してくれ」
リノーシュが静かに声を上げた。
「て、提督…まさか…?」
レデが顔面蒼白になりながらリノーシュを凝視した。…他の団長もフリーズしてリノーシュを見ている。
「そのまさかだ。…僕も零番艦で行くよ。今回ばかりは誰にも譲らないから」
「…政ごとはどうなさいます!?」
「政務長官に書簡を出す。必ず送り届けるように。護衛はクロエ、君に任せる。人員は一個小隊のみで。ピリ、君の海兵団からも精鋭一個小隊を同行させてくれ」
「お、おい、お前が居ないとマズいんじゃないか…?」
「何がマズい事がある?…明日にも僕が病で倒れるかも知れないんだ。皆には良い予行演習になって、僕は知的好奇心を満たせる。一石二鳥だろう? …いや、この機に花国との国交も結ぶんだ。一石三鳥じゃないか!」
などと、取って付けた大義まで持ち出して正当化しはじめた。
各団長とレデ艦隊長は一斉に責める様な視線をピリに送り、ピリは(私のせいか!?)という顔で狼狽した。
見かねた大淵がリノーシュを窘めようとするが、賢王から完全に駄々っ子モード全開となったリノーシュを止める事はできなかった。
「ダメだ!僕の同行が最低条件だ。さもなければ大輔も行かせないし、この目で見てくるまではブレメルーダにも帰らない!」
…結局、誰もが認めるしかなかった。
…ともあれ、こうして大淵は花国への移動手段を手に入れたのである。




