エーデンベルト防衛戦
「…」
夜が明け、大淵の傷心を嘲笑うように晴れやかな青空が広がり始めていた。
陣地構築・築城技術に関しては尾倉の方が遥かに造詣が深かったため、城の防壁修復含め、騎士団の配置指示など全てを任せてきた。
…代わりに自分は横になれと言われ、テントの中で横になって天幕を見上げていた。
テントの風よけが軽く三回、叩かれた。顔を向けると朝日に照らされた人影が佇んでいた。
「…ダイス先生、お休み中ですか…?」
「いや、眠れないから横になっているだけだ。…どうぞ、メノム」
「あの、ダイス先生、尾倉様からこれを…」
メノムの手には皿に乗ったサンドイッチが六切れあった。…さすがに一人分では無かろう。
「ありがとう。…折角のいい天気だ。外で一緒に喰おうぜ」
外に出て東の方角を見ると、ちょうど対岸に昨日自分達が陣を敷いていた街道の合流点が見えた。…昨日まであった残雪もほとんどが消え、気持ちの良い暖かな気温を感じられた。
…敵にとっても最高の進軍日和だろう。
「…あのベンチの上にするか」
眺めの良い中庭に幾つか設置されたベンチにシートを敷き、そこに一緒に腰掛けた。メノムが膝上に持つ皿の上にある一つを取った。
それぞれツナマヨ、レタスとハム、タルタルにした卵など、三種類のオーソドックスな具材だった。
ツナマヨのサンドイッチを頬張りながら朝日を受けて輝くクレセントレイクを眺めた。
…最悪の可能性として、援軍が敵に追いついて不期遭遇戦をやらかして全滅している…という懸念があったが、最早自分にはどうしようも無かった。敵が現れたとして、そいつらが味方をぜんめつさせたかどうかを知る術は無かった。…まさか、「俺達の仲間見なかった?」などと間抜けに聞く訳にもいくまい。
…或いは誰かを偵察に出すか。…現状、最高戦力となっている自分が抜ける事はあり得ない。出すとすれば尾倉だが、それとて尾倉に危険を冒させる事になる。
(…もうこれ以上仲間を失いたくない…)
…いっそ、転移の魔法石で香山達と残りの騎士団を日本に避難させようか…俺一人なら何とかやり過ごして、援軍が来たらある程度の戦力となって挟撃の形は作れるかもしれない…そんな弱気な考えが過った。
「…ダイス先生、悩んでおられますか?」
隣に座るメノムが問いかけた。…そう言うメノムは親友だった二人を失って、それでも冷静でいるように見える。
「…お前の前で強がっても仕方ないな。…ああ。近しい人が居なくなったのは初めてだ。しかも自分の無茶な指揮でな…軟弱な先生だろ?」
「…だからあんなにくどく生き残れと?」
「それもある。…だが、俺の確たる戦術方針でもあるし、無茶ではあったが、俺の判断は間違っていなかったと思っている。…犠牲も後悔はしていない」
…逆に、自分で犠牲にしておきながら後悔している、などと抜かしたら、誰かに殴ってほしい。…後悔するくらいなら最初からやるな、と。
後悔する資格があるのは犠牲者と、それに近しい者達だけだ。
レタスとハムのサンドイッチを取り、残りの四切れをメノムに返した。
「師匠命令だ、後はお前が食べろ。 沢山食べて大きくなれ」
「…先生、私は勿論後悔なんてしていませんし、悩んでいませんよ」
「…お前は強いな」
「いいえ。 私達は強いですから」
「…ああ」
ふと、メノムの装備が変わっている事に気付いた。やはり銀と紫色に塗装されたランスを傍らに置いている。
「…ランスにしたのか?…予備が無いようだが」
「あ、はい。戦いの最中に剣が折れてしまって…」
「予備が無いのは良くない。なら…」
空間から騎兵刀を取り出し、メノムに手渡した。
「…半年くらい前まで俺が愛用していた騎兵刀だ。 …リーチは短いが、扱いやすい筈だ」
「…いいんですか?」
「…頑張れ、未来の騎兵隊長。あの遺跡での活躍といい、もうお前は一人前だ。…卒業証書代わりだ」
軽く頭を叩いてやると、メノムは耳まで真っ赤にしながらも立ち上がって騎士の敬礼をして見せた。
「あ、ありがとうございます!」
「うん」
…不意に無線が鳴った。
『…敵だ。…どうやらサプライズ付きらしい』
尾倉の抑揚のない声が淡々と敵の到来を告げた。
「…ああ、ここからも見える」
…街道の合流路…三叉路の広場に勝ち誇った顔の兵達と、大量の魔物が並んでいた。
『…俺の予想では残党が5000。…厄介なことに魔物が二万は居る。…新種の大型種が目立つが…これは騎士団には太刀打ちできないだろう…俺と香山も、あれに対抗するには火力不足だろう』
不確定な憶測をわざわざ言う男では無かった。…本当に人魔連合の三万の大軍なのだろう。
「…気配は感じられないが、西側に広がる城下町は無人なのか?」
『…明ける前に軽く偵察してきた。…浮浪者が住み着いていたが、避難を勧めておいた。…危機には聡い筈だから心配は無用だろう。…実質無人だ、憂慮する必要はない』
「わかった。…クロエに言って、全員を中庭に集めさせてくれ。」
『了解』
通信を終え、立ち上がった。
「…さて、行くか」
「はいッ」
「…全員揃ったな?…これより最後の戦いに臨む。 …賭けてもいいが、普通の戦争と違って今日一日で決着はつくだろう。理由はどちらも強大な戦闘能力を持った勢力同士だからだ」
…強力な力を持った者同士の戦いは、スポーツであれ真剣勝負であれ、得てしてその白熱する対戦カードに比べて呆気ない程短期決戦で終わる。…それだけ無駄が無く、強力故に一撃一撃が致命的だからだ。
「第一の門は俺が壊してしまったために大した防壁にはならんが、第二正門は閉じてある。これは人間の兵には突破は困難な筈なので、敵の残党兵はゴブリンのように城の周りから侵入路を探して背後から襲ってくるか、大型魔物を前面に立ててやはりその突破後にゴブリンのように嫌らしく襲ってくるか…まぁ、相手がアホでない限り、その同時進行で来るだろう。 この城に抜け穴は無いように見えたが、この城の情報は俺達より奴らの方がよっぽど詳しい。…万一に備え、皆にはあの正門が突破されるまでは、城内の警備に重点的に当たってもらう」
…恐らく、正門を突破された後、騎士団はすり潰されるように消耗していくだろう。最後は城の上階に逃げ込んで時間を稼ぎ…命を一刻でも長らえさせることしかできないだろう。
…これ以上の犠牲を一人も出したくなければ、大型魔物を含めた3万の大群相手に、臆病熊の弓も無しに、あの正門を最後まで守り切る必要がある。
…それはどんな夢物語よりも、更に果て無く遠い幻想に思えた。
…懐かしい光景が脳裏を過った。思えば、第33ゲート坑内でギガントや魔物達を相手にしていたあの時、自分含めた人類の防衛隊は必ず、突破を許していたのだ。
ステータス恩恵の無いマテリアルでしかない防壁や門は、例え戦車や爆弾に耐えられる程剛健な物でも、圧倒的なパワーを持つ大型魔物の前では薄い木の柵でしかなかった。
そんな見かけにもよらず華奢な物体を守り切るのがどれほど困難か…限りなく不可能に近い事だろう。
…だが、失った少女達…ラナやパルムを思えば、矮小なニヒリズムと敗北主義に浸る気にはなれなかった。
…逆説的に言えば、クレセントレイクを迂回して北から伸びるあの一本道からこの正門さえ守り切れれば、もう二度と少女達を犠牲にせずに済むのだ。
少女達の未来を奪ったのが自分なら、生き残った少女達の未来を守るのも自分であるべきだ。
「なお、敵の攻城主軸となる大型魔物は4メートル…2ロディオ半もあるメガントを始め、4ロディオ近くあるハイパーデーモン、そして6ロディオもあるタランテラだと判明した」
…流石に騎士団の少女達が息を呑んで絶句した。 …当然だ。男の騎士団とて、すぐにでも逃げ出すだろう。この世界の人間には基本的に相手のHPやステータスが見えないが、それでもその巨大さから人間が敵う相手では無いと理解できる。
…メガントこそHPは5000しかないが、それでも一人前の成人騎士が数人がかりで倒すべき相手だ。ギガントより小型な分、足も速く十分な攻撃力を備えている。香山や尾倉、騎士団の少女達が相手に出来るのはここが限界だろう。
…ハイパーデーモンはHPが40000。 そしてタランテラは90000という始末だ。…正直、自分の射撃で削り切れるのか確信は持てなかった。
「…それでは各自、配置に付いてくれ。…もし、正門が突破されたら城内に逃げ込んでくれ。 …そして尾倉達の指示に従え」
…その時はプランBだ。
尾倉と斎城に転移の魔法石を全て持たせてある。五組のポータルは全て拠点へと繋げてあるため、一度に五人ずつ避難できる。・・・小一時間以内には逃がし切れるだろう。
…その分援軍との挟撃時に戦力が減り、その分援軍のリスクが高まるが…仕方ない。彼女らは十分に戦った。ここで死ぬべきではない。
「…では総員、配置に付け!残党共だけが知る秘密の抜け穴が無いとも限らん。十分に警戒しろ!」
クロエが兵に指示を飛ばした。
「さて…大淵小隊、集合ー」
香山、斎城、アリッサ、マオ、リザベル、尾倉…六人が大淵の前に並んだ。
「…既に尾倉と斎城には話してあるが、いざという時…正門が突破されて大型モンスターが雪崩れ込んで来たら、すぐにはあいつらを守りながら一緒に日本の拠点に避難してくれ。…優しい隊長さんからの命令だ」
「…アリッサは命令系統違いマスから、約束はできマセンねぇ~」
…その時は尾倉と斎城にアリッサを拘束して逃がすよう打ち合わせ済みだ。
「…多分俺とは最期の別れになるだろう。愛しの大淵隊長に愛の告白タイムが欲しい奴は手を上げろ」
悲壮感を打ち消す為、敢えて軽薄にからかってみたが…なんと香山が号泣しだし、大淵は狼狽した。
「あ~あ」
…珍しく、斎城とアリッサの声が被った。
「お、おい泣くなよ桜…ほんの冗談だって…」
「揃いも揃ってバカな奴らだ。お似合いだな、この馬鹿共は」
マオが呆れかえっていた。…隣でリザベルまで頷いている。
…尾倉は我関せずと無表情だった。
「あ~、悪かったよ、桜!また後でお詫びするからさ!…ああ、クソッ、動き出しやがったな…とにかく、良いかお前ら、危なくなったら逃げろよな。俺一人ならゴキブリ以上にしぶとく生き延びられるんだからな!」
アーマーの外骨格システムを起動させ、軽々と正門上の矢倉に立った。空間に手を入れ、ありったけの銃器類と濃緑色の弾薬ケースを並べる。
…微かな地響きが遠くから聞こえて、巨大な魔物がクレセントレイクを迂回して北側へと回ってきていた。
「…こいつぁいい」
屋台の射的よろしく、一列に並んで横を移動している。超大型のタランテラなど、止まっているような物だ。まずは…
…スキル・発動…
往年のハリウッド俳優が乱射したり、名作ベトナム戦争映画でお馴染みの機関銃…の最新改良バージョン。その銃身と、給弾口から覗くベルトリンクごと銃弾まで深紅に染まる。
…この能力が失われなかった辺り、これは勇者のスキルではなく、自分の力…若しくはこの世界の自分に起きたイレギュラーのようなものだったのか…?
何れにせよ、この力には最後まで助けられる事になりそうだ。
「踊れッ!」
腹の底に響く重低音と共に、赤い閃光が雨となって敵集団目がけて襲い掛かった。ギガントをサイズダウンした容姿のメガントが蒸発し、全身黒色の甲冑を着たような禍々しい姿のハイパーデーモンがよろめくが、持ちこたえている。…HPは一発当たるごとに一万減る。頭部に当てると一発で仰け反ってそのまま動かなくなった。
「よし…いいぞッ…!」
これならやれるかもしれない…いや、やるんだ!
だが、タランテラは一発ごとに5000しか削れず、頭部らしい部分へのダメージも同じだった。…一体につき18発…二十近くの弾を必要とする。100発装填の状態としても一度に五体までしか倒せない。
…タランテラの割合は少なめだが、それでもその数は十や二十では無かった。
「それなら…」
機関銃を置き、対物ライフルを取った。
…自分の武器適性がある銃器では最大の威力を誇るライフル。それを手に取って強化し、タランテラに向けて一発放った。
…張本人ですら雷鳴かと聞き間違える程の轟音。
そして雷撃のような一撃。
九万のHPを誇る巨大な蜘蛛型の魔物が胴体に大穴を開けられて崩れ落ち、二度と動かなくなった。
「果てやがれ!」
新たな標的を次々とレティクルに捉え、タランテラの第一陣が殲滅されていく。距離は二キロ以内。それも湖の上を通過する。…本来なら苦手な数学…複雑な弾道計算をしなければならないところだが、大淵によって強化された銃弾は地球の重力と物理法則すら無視する。
放たれた弾丸そのものが執行者として、標的をただ純粋に滅する存在となる。
強化をされている以上、レティクルに捉えられた時点で、その運命は決定的な物となる。
そして…刈り取られた命が着実に次の一撃を更に強化していた。
「行ける…行けるぞ!」
自身が更に強化されている事にも気づかず、大淵は忙しくそれぞれの銃器のリロードを始めた。
「チッ…!」
…強いて言うなら、現状ではこれが最大の敵だった。リロード作業に手間を取られている間に敵が湖を迂回し終え、一本道を渡ってこちらに向かってくる。
…そう遠くない内に機関銃の銃身も交換が必要になるだろう。…銃身の替えは、保守部品程度にしか用意していなかった。
「ダイス様!」
メノムが見事なジャンプを併用しながら矢倉へと上ってきた。
「め、メノム、お前、持ち場はどうした!?」
「…そもそも、まだ人間の兵は来ておりません。ダイス様の光の雨や矢を見て、我々以上に動揺して、尻込みしています!」
モンスターや大型魔物ですら蒸発するか一撃で即死なのだ。 …人間が受ければ、掠めただけで間違いなく消滅するだろう。
「私もダイス様のお手伝いをしたいのです!どうか、どうか使って下さい!」
メノムは大淵の前に跪こうとして、慌てて大淵に止められた。
「あー、そんな事するな。…勿論歓迎するさ。丁度、助手が欲しかったところだ。…ただ、そのダイス様ってのはやめてくれんか? …卒業させといてなんだが、やっぱり先生呼びの方が好きだな、俺は」
「は、はいっ!」
「…いいか、やり方を教えるから…それと、この筒には絶対触るな、そのグローブだと火傷するかもしれん」
大淵は一通りの武器の装弾手順を教え込んだ。…銃身交換はまだ良い。その時に説明した方が良いだろう。
「…頼んだぞ、メノム」
「はい、ダイス先生!」
大淵は再び機関銃を取ると、迫っていたメガントとハイパーデーモンを掃射した。




