エーデンベルト攻略戦
「…まずは折角眠っていた所を起こしてすまない。…話は既に各隊長から聞いている事だろう」
深夜11時… 微かな星明りの下、少女達の輪郭が朧げに浮かんでいた。
「現在、敵の残党と魔物の連合軍が我々の背後から接近中だ。…その数は一万。この先にある最後の敵残党拠点にも一万の敵兵。…このままだと俺達は挟み撃ちになり、成す術なく圧殺される。…助かる道は一つ。ここにいる500の大隊でこの先にあるシバ城に籠る敵1万を攻略し、城を乗っ取る。…そして俺達を見捨てないであろうリノーシュ王からの援軍を待って守り、然る後に援軍に呼応して反撃に移る」
少女達には夜闇の中でも同士討ちや遭難等の事故を防ぐため、左腕に蓄光テープを巻いていた。
「…セレイアの村では皆、良くやってくれた。ハッキリ言って俺の想像以上だった。あの時は一人の死者も出さずに全員が帰って来れた。…だが今回はあれ程甘くない。…これが最期の別れになる者もいるだろう」
…少女達がどんな表情をしているかまでは分からない。ただ、静かな緊張感だけが伝わってきた。
「…クロエ団長に半ば騙されて君達の前に現れた時、俺が滔々と偉そうに語ったのを覚えているか?…死ぬくらいなら逃げろ、逃げてしぶとく生き延び、勝つまで何度も生き延びて戦えと。…だが、今回ばかりは逃げ場は無い。…だから俺はこう言わねばならない。…死ぬまで戦い続けろ、と」
…時計を見た。…三分。少し喋り過ぎたか。…だが、これだけは伝えておかないと。
「…この夜襲は勢いと侵攻速度が成否を決定する。…当然、敵も反撃して来る。その中で君達の何割かが脱落し、敵中に取り残されるだろう。…だが、危機に陥った味方を救うために足を止める事…ましてや戻って助け出そうとすることは厳禁とする。…足を止める者が一人増えれば、それだけ進む味方の命を敵に売り渡す物と思え。…例えそれが親友であろうと、姉妹同然に育った者であろうと」
言うべきことは言った。
「だが…どんな手段を使ってもいい。 どうか…どうか一人でも多く生き延びてくれ。…姉妹達よ」
…後をクロエに譲った。
「…総員、騎乗!」
おあつらえ向きに城までの街道は民間人や先のシバ軍の行軍のお陰で雪も殆どなく、今は自分達の為にあるようなものだ。
道中で星村に転移で届けてもらった…修復を終えたばかりの独尊を着込んだ大淵もバイクに跨った。…やはり後ろには魔王化したマオを乗せている。
三台のバイクに跨った竜騎兵と汎用騎兵が先頭を往く。
それを合図に、暗い街道沿いに街灯が灯ったように煌々と白色光が灯った。
先行していた尾倉が既に数か所のポイントや曲がり角に探照灯を設置し終えていた。それぞれのポイントの発電機を起動して回っているのだ。
「行くぞ!」
香山は斎城のバイクに、リザベルはアリッサのバイクに同乗していた。
三台のバイクが大淵を先頭に走り出した。騎馬隊は遅れてやってくるが、それでいい。
湖を迂回するように街道を走り、シバ城の北側…城下と城への一直線の大通りへと左折した。…第一の防壁が見えてきた。
「…いいか、マオ、教えた通りこのスロットルを押さえていればいい」
「うむ」
マオにバイクのスロットルを預け、その隙に散弾銃を抜いた。
城壁の門扉に向け、強化した散弾銃を向ける。 距離は100メートル… 特殊強化済みの12Gバックショット・ブラッドレインを撃ち込んだ。一発目で鉄扉の片側が粉々に吹き飛び、二発目で反対側もハリボテのように吹き飛んだ。
「…よし、もういいぞ」
マオからコントロールを戻し、城内へと侵入した。
「死にたくない奴は武器を捨ててとっとと逃げろ!」
強化を解き、弾丸を抜いてバードショットに詰め替えた。
それを強化せず、空間から余計な武器を取って更にデバフを自身に掛ける。…その上で寝ぼけ、或いは仰天してこちらを見る離れた敵集団に向け、バードショットを次々浴びせた。
…本来なら五十メートルも離れれば殺傷能力はエアガン並にまで落ちる弾種だ。それを更に弱体化させても尚、打たれた者は針で刺されたように血を流して悲鳴を上げた。
「警告はこれが最後だ!死にたくなければ逃げろ!…もし色気を出して戻ってきたり、これから来る女達に指一本触れたら遠慮なく皆殺しにするから、そのつもりでな!」
…実力があり、勘の良い者ほど取る者も取り合わず、着の身着のままで兵舎や天幕から飛び出して寒風吹きすさぶ城外へと逃げだして行った。…それでも逃げ出したのはせいぜい500人。
…後の兵は今の地位を手放したくないのか、大淵の警告を拒否した。
「…なら、遠慮は無しだ」
…バレればどうなるか分からない、重大な犯罪だが…仕方ない。
再び弾を詰め替えた。…12G・ブラッドレイン。装備ペナルティも解いた。
…後から来る姉妹たちの中にはクロエは勿論、メノムやラナ、パルムもいる。
「…すまんが、命の優先順位だ」
…彼女らへのリスクとなるのなら、可能な限り排除させてもらうしかない。
けたたましい銃声と共に赤い雨が人間達を襲った。 鎧を着ていようと、その体は魔物以上に脆かった。そこかしこで先程のバードショットのソレとは比較にもならない、血飛沫と人肉のミンチが飛び交った。
向かってくる者はおろか、城の奥へ逃げ延びようとする者も全て肉片と血飛沫に変えた。
…右後ろに控える斎城と香山が、凄まじい殺戮の嵐に息を呑む気配。
現代最新の兵器を使ったとて、核でもない限りは今の大淵の殺戮に勝る兵器はないだろう。
(…あの悪魔が喜ぶかもな…だが…)
…それでも大淵は自分の意志で、抵抗を決めた敵を撃ち続けた。
手近な敵を片付けてバイクとマオを収納し、本城の正門へと駆け寄った。
放たれて来る矢と銃弾を騎兵刀で切り払いつつ、独尊の外骨格システムを起動。システムインジケーターが緑からオレンジへ発光する。
冴え渡った夜空に炭色の甲冑が高々と跳び上がり、橙色の軌跡が尾を引いた。
軽々と三十メートルを超える城塞内に飛び移られ、中で悲鳴と怒号が入り乱れた。…程なくして、正門の扉が重々しく両側に開かれた。
大淵が再びバイクとマオを取り出した頃、最初の防壁にパープルハートの騎士団が殺到し始めた。
「行けぇ! 容赦はいらん、敵を一人残らず叩き出せ!」
大淵も再びバイクにマオと共に跨り、より地位の高い物…腕の立つ連中が陣取っている本城内にバイクのまま突入した。
二騎のバイクがそれに続く。
敵の集団が寝床を引き払い、武装して大淵の前に立ち塞がったが、騎兵刀で薙ぎ払い、バイクで蹴散らし、ストームランスで高い天井や壁に叩きつけて次々と敵を無力化していく。城の外へ逃げる者は追わないが、奥へ逃げて籠城する構えを見せる者は優先的に殺害した。
…何人やっただろうか
100人か、もっとか…?戦果を確認している暇は無かった。
「…手足を折って無力化したモノもいれれば、2000は下らないだろう」
「…なら少しはあいつらが生き延びやすくなるか」
…敵の生き残りや城内から現れた敵によって足を止められた者達が交戦を余儀なくされ、下の中庭から騎士団の少女達の柔らかながら凛々しい喊声が聞こえてきた。
…張本人が止まる訳には行かない。浮足立つ敵を見つけては蹴散らし、斬り捨て、城内に陣取る敵に切り込んだ。
とうとう城の三階でバイクを降りざるを得なくなった。フロアから押し寄せて来る敵集団と切り結ぶ。周囲でもアリッサと斎城がバイクから降車し、同乗者も含めて六人で城内に陣取る敵主力集団と交戦に入った。
ここは特に広いホールだった。…ステータスを見る限り、そこそこ強力な兵が、最も多く配置されているらしい。
「侵入者は魔物含めたった六人だ!取り押さえろ!!」
馬鹿め、たった六人でここに辿り着いている意味がまだ分からないのか。
ストームランスの強制連射で大半を無力化し、それでも耐えて向かってくる哀れな敵はツヴァイハンダーでまとめて叩き斬る。
それでも流石の物量差で、これだけ倒してもまだ階下から、階上から、新手が押し寄せて来る。
「マオ、リザベル、下から来る奴を押さえてくれ!…味方に注意してな。 桜と日菜子は俺に続けッ」
それぞれの返事を背に受けつつ、ツヴァイハンダーで敵を分隊単位で叩き伏せ、散弾銃…ブラッドレインで幾十と知れない兵が蒸発する。
「こ、コイツ…人間じゃねぇッ…!」
「…死にたくなければ窓から武器と同鎧を捨てて立ち去れ!今なら間に合うぞ!」
更に五百人近くが抵抗を止め、武器・防具を捨てて投降の意志を現わしたため、城から追い出した。
すっかり手薄になった城内を突き進み、玉座の間を探し当てた。
「も、もうこんな所まで…!?」
地元貴族の男が護衛の部隊に守られながら待ち受けていた。
「…城を明け渡せば殺しはしない」
護衛が次々と武器を捨て、貴族の男も無念そうに項垂れた。
それでも悪あがきを続ける頑固者は、ストームランスで文字通り外へと掃き出して片付けた。それを見て中庭で戦闘を続けていた敵兵も全て蜘蛛の子を散らすように街道から思い思いの方角へと逃げ去っていった。
未明…大淵小隊とパープルハート騎士団の五百余名は、エーデンベルトに於いてシバ城の一万の大軍を蹴散らし、シバ城を制圧するという奇跡にも等しい歴史的快挙を収めた。
中庭へ辿り着くと、クロエの姿があった。クロエの前には騎士団が整列して、点呼を終えた所だった。
「…無事で良かった、クロエ。…被害報告を」
「ダイス殿と皆さんもご無事で。…未帰還34です。…よく、戦ってくれました」
……ダメだったか……!
大淵は感情を殺し、努めて平静を保った。騎士団の顔ぶれを見渡した。…大怪我を負い、仲間に庇われている者もいる。すぐに香山が負傷者の手当てに取り掛かってくれた。
…どこかで、また全員無事で居てくれるのではないかと強く期待してしまっていた。
…自分の判断に後悔など一片も無いが、自分の決断で少女達を未帰還にしてしまった事…自分は一生、この事実を背負って生きて行かなければならない。
「…待て…ラナとパルムは?」
「…未帰還です」
…そんな…
…フローズィアのダンジョンで受けたパルムの張り手や引っ込み思案な顔…小生意気なジト目顔…ラナのまんまと罠を起動してしまった姿…あの暖かなオットリ顔…それらが浮かんでは消えた。
…だが、誰より辛いクロエや彼女らの同期たち、何よりメノムが耐えているのに、作戦を指揮した張本人が哭いている資格はない…
「…皆、良くやってくれた。だが、これで終わりじゃない。…すぐに城内へ。休息と手当てを済ませ、敵の主力に備えてくれ」
…主人の帰らぬ馬達を眺め、大淵は深い自責の念に苛まれた。
…空は無情にも白み始めていた。




