暴君 vs 狂戦士
無線を聞きつけた大淵が宿の目の前まで辿り着くと、二階部分が爆発したように吹き飛んだところだった。
「な、何だってんだ!?アレが尾倉の言っていたモンスター化した…」
…だが、破壊者は一体だけでは無かった。
二階隅で暴れていたそれらは、窮屈な木造宿の二階から飛び降りる…というより、もつれあって転落すると、その姿が瓦礫の中で露わになった。
…どちらも人型だが、それぞれ三メートル近い巨躯と禍々しいまでに強靭な肉体を誇る巨人だった。筋肉の付き方は人間のそれとは明らかに異なっている。
…だが、一方は見覚えのあるアーマー…今日、尾倉に支給したばかりの23式メイルアーマーを着込んでいた。そのアーマーも装着者の異常な体型変化に突き合わされ、強制パンプアップした状態ではち切れんばかりに金属の軋む悲鳴を上げていた。
「大輔君!」
宿の方から宿の経営者と、血だらけの従業員を抱えて避難してきた斎城達が大淵の姿を認めて駆け寄ってきた。…星村が予想した通り、斎城達は23式よりもチューンナップした21式を愛用していた。
離れた建物に避難した香山が軒下に女性を寝かせ、ヒールを開始した。
…聞きたいことはあるが、俺も指揮官としてすべきことをしないと…!
「クロエ、騎士団をまとめて、町民の避難と防衛線を張れ。…住民が襲われたり、建物の倒壊に巻き込まれないようにな!」
「は、はいっ! メノム、ラナ、パルム、行きますよ!」
「は、ハッ!」
「おい、日菜子…アレが尾倉と千川なのか…!?」
「…間違いない。大輔君は初めてだと思うけど、一回だけ…私達も見た事がある」
「そ、そうか…じゃあ、尾倉を援護してやろう!」
「ダメ!…あの状態だと、目に入った生き物全部に襲い掛かるの。…あの千川さんが倒れるか、HPとSPを使い果さないとあの状態は解けないの」
「ま、マジかよ…それってつまり…」
「…可哀そうだけど、千川さんは助からないかも。…そもそも、あれが狂暴化のスキルかどうか、可逆的なものなのかどうかさえ分からないけど」
「…あちゃちゃちゃッ!?」
雪洞…かまくらの中に甲高い悲鳴が響き渡る。
豆炭炬燵の熱された鉄籠に足先が触れ、銀色頭は思い切り炬燵を蹴り上げた。…拍子にミカンが乱舞し、緑茶がテーブルの上で大洪水を引き起こした。
「あぁ、こんな所で洪水伝説が始まるとは!? あー、雑巾…じゃなかった、台ふきん…」
タキシードの胸ポケットからハンカチを一つ、二つ、三つ…と十枚ほど取り出すと、それで緑の洪水を食い止めた。
「いやぁ~、ウネウネくんはあの道化師を選びましたか。いや…うん、あの中では他に選択肢は無いか。結構結構。…怪獣対決は私の趣味では無いのですが、ダイス様たちには一つ、怪獣映画に欠かせない名脇役…自衛隊役になって頂きましょう! シッブイ指揮官役を頼みますぞ、ダイス様!」
ウネウネくんは人間にのみ寄生する。 鋼鉄の鎧も物ともせず、鎧に一ミリほどの穴を開けて潜り込み、皮膚に触れた瞬間人体に溶け込む。虫よけスプレーも虫下しも効かない、最強の寄生虫くんである。
ただ、悪意の弱い人間やダイス様やレイス君のような別格の存在の前では文字通りミミズでしかない。
…だからあの道化師を宿主に選んだのだろう。ダイス様のお仲間は仲良しクラブだし、氷の顔だけアイドル擬きは心底ヘタレの小心者だった。…選択肢は実質一択だ。
もうあの道化師は人間には戻れない。チャンスは二度もあったが、彼はそれを掴み取る事が出来なかった。一度目はダイス様に助けられた時。あの恩を素直に受け取れば良かったものを、妙なプライドと虫の居所が悪かったために蹴ってしまった。…二度目は町へ帰還した後の行い。これはかなり難易度が上がるが、全面的に自分の非を認めてダイス様に一言「ごめんなさい」していれば、今頃ウネウネくんは朝の大便と共に排出されて死んでいただろう。
が、あーなってしまわれた以上はもう二度と分離は不可能だ。…ダイス様の剥奪をもってしても、存在自体を消す事くらいしかできないだろう。 …アレは兄弟である泥のアウターデーモンのように別個の存在ではなく、呪術そのものだから。…でなければ、鎧に穴を開けて皮膚に触れた瞬間皮膚浸潤する存在などあって良い筈がない。
「いやぁ~、まだ二十歳にもならない、未来ある若者だったのに…残念ですなぁ!シクシク!」
哀しい哉、人間はそう簡単には変われない。あのまま生きていれば早晩、宿のご婦人に働いた事…あるいはそれ以上のことをやらかしていただろうに。
代わりに空間からコーラとポップコーンを取り出し、再び画面に見入り始めた。
「あちゃちゃちゃッ!? …ン~、大人しく電気炬燵にすれば良かった…!」
「…斎城は俺と一緒にいてくれ。いざとなったらお前のドラゴンで尾倉を凍り付かせよう」
「それが良いと思う。…小倉君のスキルにあった不死性は、あの状態で効果を発揮するらしいから。一回くらいなら多少の無理をしても大丈夫だと思う」
「…よし、俺は一応、お前にやったように千川を剥奪で助けられるか試してみる」
「…もし、ダメそうだったら?」
「…楽にしてやるさ。あんな状態とはいえ、尾倉に人殺しはさせたくない」
「…自分だったら汚れ役を引き受けてもいいの?」
「…まだそうなると決まった訳じゃない」
斎城を残し、派手に爪や拳で原始的かつダイナミックな殺し合いを繰り広げる尾倉と千川に忍び寄った。
千川の背後から、尾倉の死角を意識して接近した。
(確実にするためにも、ゼロ距離で…!)
取っ組み合いをして力が拮抗する巨人の背後から迫り、手をかざした。
(剥奪… 存在を消す? だけ…?)
消費SPは500 /1000。 …相変わらず高い消費量だった。
逆説的に、自分の力で他に助ける方法が無い事を意味していた。…だとすれば、これ被害を野放しにして以上思い悩むことは、決断する者の甘えでしかない。
「…悪く思うな。言いたいことがあれば地獄で待ってろ」
選択肢は二つあった。
一つは存在を消す事。これなら自分の手はあまり汚れず、千川の存在自体が自分含め全ての人から忘れ去られるかもしれない。
…もしくは自身の手で殺すか。これは自分の手を汚し、千川の知己…家族は、彼の事を覚えたままでいるだろう。 …自分は彼らに呪われるかもしれない。
ろくでもない奴だったが、何も恨みがあった訳じゃ無かった。…死んでいい人間だとも思わなかったが…
騎兵刀を薙ぎ、首を斬り落とした。巨体が仰向けに倒れ込むが、敢えてその巨体の下敷きになりながら尾倉の視界から逃れた。
「「ヴオォオオオオッ!!」」
尾倉は殺し足りないと言わんばかりに周囲を見回し、数歩歩いて回るが、付近の住民は全て騎士団によって避難済みだった。斎城も物陰に身を潜め、いざとなれば大淵の支援に回れるよう様子を窺っていた。
…次第に尾倉の鼻息が収まってくる。
(…そろそろ収まるか…?)
そう思った矢先、不意打ちのように千川の死体に拳が叩きつけられた。
「なッ…」
左腕があらぬ方向へと折れ曲がった。
(ぐっ…!)
声を出さぬよう必死に耐えるが、尾倉は更に千川の死体を殴りつけようと拳を振り上げてきた。
…独尊でもあればまだしも、これ以上体を壊されては堪らない。
大淵は右手で騎兵刀を握ったまま、斎城に通信を送った。
「すまん、ヒナ…プランBだ!」
「わかった…!」
尾倉の鋭いハンマーパンチを片手の騎兵刀で受けるが、全く体重を受け止められず、十メートルほども吹き飛ばされた。
「畜生ッ…!」
口の中を切っていた。血を吐き捨てながら顔を上げると、目の前に尾倉が立っていた。
再び振り下ろせるハンマーパンチを跳び退って避けると、地面を叩きつけた尾倉がそのまま氷竜のアイスブリザードで氷漬けにされていく。
「「ヴォオオオ!」」
雄叫びを上げながら氷を引き剥がそうとする左腕にワイヤーアンカーが巻き付いた。
「…頼むから大人しくしててくれ…!」
大淵がアンカー・アーマーごと全身を強化して尾倉の半身を封じていた。
…程なく、尾倉は完全に氷漬けになった。
直ちに騎士団総出でぬるま湯を沸かしにかかり、足りない分は共同浴場から湯を貸してもらってバケツリレーで尾倉の封印を解いていくと、やがて怪物の体が縮んでいき、尾倉の体に戻った。
すぐさま香山がヒールで回復させ、尾倉は目覚めた。そして、半身を起き上がらせて周囲の惨状を見回す。大淵から先に声を掛けた。
「よう、正気に戻ったか?」
「…迷惑を掛けたな」
「大したことじゃないさ。…二度とお前とはやり合いたくないがな」
大淵は骨折した左腕を見せつけて力なく笑った。




