悪夢の土産
「…しっかし…わずか三日で現代最新最強のアーマー・独尊を完全に破壊する大淵さん、あなたは一体何者なんですか…これ、装着者が居ない状態でも、どんな最新戦車よりよっぽど頑丈なマテリアルなんですからね?」
セーラー服の上に白衣を羽織った星村は、大きく破損して機能停止した独尊を見ながら、呆れ果てて声を上げた。独尊は23式と違い、アーマーが大破…装着者が死亡するのが先かどうかという最後の最後まで各機能が持つように設計されている。
「面目ない」
大淵は素直に謝った。
「…それにしても、一体何と戦ったんですか?…シミュレーションでは憂国烈士団の各隊長との戦闘データを収集して耐久値をテストしましたが、最も攻撃力の高かった一番隊隊長が装着者ステータスの無い、無抵抗な鎧を一時間かけてようやく破壊できるという結果でしたよ?」
「レイスって言う、俺の中に居候していた勇者の末裔だ。…とあるダンジョンで受肉しやがってな。戦う事になっちまった。…コテンパンにやられちまった」
香山、斎城、アリッサらは久しぶりに星村と再会してひとしきり世間話をした後、クロエやメノムら三人組を連れ、拠点一階の売店で何やら個人的な買い物をしているようだった。尾倉も調味料と簡単な食材を買い求めに売店へと向かったようだ。
その間に大淵はアーマーの修理と交換を星村に依頼した。
「うまく使いこなせてやれなかったが、間違いなくこの防具のお陰で命拾いしたよ。…ありがとう」
「…と、とにかく、23式の修理が終わっているので、代わりにどうぞ。…大淵さんの事だからこんな事もあろうかと、修理ついでに装甲の強化処理もしておきましたから。…それと、皆さんの分の23式が配備される計画があったんですけど、23式、総じて女性戦士からの評判が総じて悪いんですよ。…そこで、女性達には21式の改良型も用意しておきましたので、一緒に持って行ってあげて下さい。…もし体に合わないとかあったら調整しますので、私の所まで来させて下さい」
「ありがとう。毎度、助かるよ。 …学校の方はどうだ?」
「うーん、来月から二年生なんだなって。あ、最近学校でよく大淵小隊の様子を聞かれますね。男の子なんか特に気になっているみたいで。でもウチの隊の様子を話すと、皆意外そうにしてます。もっとシビアに…格闘マンガの強さランキングみたいのがあるんじゃないかと思ってるらしくて」
「なるほどな…」
「だから大淵さんなんかは座敷の奥でドンッ、て座っている強面のおじさんのイメージで、黒島さんなんかはその右腕としてとんでもない戦闘能力を持つ人って事になっているらしいです」
ブッ、と噴き出してしまった。…俺が大ボスでアイツが組織のナンバー2の腕利き? …憂国烈士団とでも勘違いしているんじゃないのか?
「…楽しそうで何よりだ。あー、そうだ。前にダンジョンでいくつかガラクタを見つけてな。…一応使える物が無いか調べてみてくれないか?」
「わかりました!暇つぶしに良いので喜んで。今月下旬から来月上旬まで春休みになるので、そうなったらまた皆さんと冒険に出られます!」
「ああ、こっちも楽しみにしてるよ」
戻ってきた香山達を連れ、再びスノーダリアの宿へと戻った。
「どうだった、日本のコンビニ…雑貨店は?」
店員や買い物に居合わせた自衛官・警官は21式メイルアーマーではなく本物の甲冑姿の四人を見てさぞかし仰天した事だろう。
パープルハートの制式鎧は特に機動力において重要な下半身の負傷を重視し、金属鎧のウェイトを胸部から下へと置いている。上半身は手甲と二の腕を守る革甲、革のショルダーアーマーと気持ち程度…弓士用も兼ねた薄革の胸当てくらいで、「バイタルゾーンである上半身くらいは剣術で守れ」という戦術思想だった。
これによりフルプレートタイプよりも遥かに機動力が高く、セレイアにおける野盗戦では負傷者は出したものの、誰一人捕らえられたり殺されずに全員が帰還している。
…もっとも、その為に自分はパルムの張り手を食らうアクシデントにも見舞われた訳だが。
クロエに話しかけると、クロエはレジ袋から顔を上げて応えた。
「は、はい!…細々としたものが多種多様に陳列されていて驚きました。…あの世界では全ての国の雑貨店があのように大量の商品を置いているのですか?」
「うーん…海外の商店をあまり知らないから分からないが、テレビなんかで見る訪日外国人の反応を見る限りだと、日本ほど細かい商品を置いている国はそうは無さそうだがな。…もっとも、あらゆる零細企業が不景気で廃れてきてしまっているから、今後はそうでもなくなっていくかもしれないけどな」
ただ、この世界では微妙に違っていたりする。自分の元の世界ではとっくに絶滅していた懐かしの駄菓子が今も残っていたり、逆に嫌と言うほど見かけていた菓子や飲料が発売すらされていなかったり。…そんな違いを見かけないと、日常生活においてはこの世界が元の世界と殆ど変わって見えない。
相変わらずアリッサは暖炉の前で留守番をしていた。
例の遺跡から脱出した翌日だった。アリッサと斎城、大淵もすっかり回復し、例の冒険者二人のうち、岸川は懲りたのか自分達の指示に従って、素直に帰って行った。 …問題の千川はこの宿の一室を借り受け、まだこの先へ冒険に挑むつもりのようだ。
…どの道自分に千川を止める権限もないので、放っておくことにした。それこそ、自分が話しかければ何を言っても逆効果になるだけだろう。
今は二階の、尾倉の部屋から空室を三部屋開けた角部屋にチェックインして部屋に籠っている。大淵達は大量に補給されている食材を利用して三食の自炊を行うため、顔を会わせる事は無かった。入浴もスノーダリア中心部にある小さな共同入浴施設で各小隊ごとに済ませる為か、やはり会う事は無かった。
…そも、お互い話す事など何もない上、入浴時には身長181・体重90の、全身これ筋肉で覆われた強面の尾倉と共にいる自分に、わざわざ話しかけて来る物好きもいないだろう。
「おかえりナサーイ」
アリッサは長い足先で器用に薪を掬い上げると、それを暖炉の中に放り込んだ。それに火が一瞬揺らされ、炎の赤い舌が炉から飛び出した。
「はい、アリッサの」
「ありがとうございマース!」
斎城から渡されたカップコーヒーと、同じくカップに入ったスイーツコーナーのチョコチップスコーンを受け取り、その場でコーヒータイムを始めた。
「さて…」
今は正午を過ぎたばかりで、これから町を出て何かするにも半端すぎる時間だ。今日は特段目的もない。…次の目的地について情報収集でもしてくるか。
「どこか行くのか?」
部屋の壁際から窓の外を眺めていたマオが、出入り口に向かう大淵に声を掛けた。
「すぐに戻るよ」
「私も行く」
「わ、私達もお、お供致しますっ」
…三人娘まで駆け寄ってきた。
「…あのなぁ…お前ら、俺の護衛にでもなったのか?…ただの物見遊山だ。お前達は部屋か暖炉で暖まっていていいから」
「そうだ、大人しくておれ」
マオが嵩にかかるように言った。
「…お前もな」
「何故だ!?私はお前の妻だぞ!?」
「…でも、それって自称ですよね…?」
三人娘の誰かが…恐らくラナがおっとりと…またも天然地雷を踏んだ。
「誰だッ、今何か言ったのは!?」
「止めんか、お前達ッ」
さすがにクロエが騎士団長らしく窘めに入ってきた。三人娘はシュンとして項垂れ、大人しくなった。
…やるじゃないか。ちょっと見直したぞ、団長殿。
「まったく。…だが、気持ちはわかる。魔王…マオ陛下も支配者たるならば、慎んでいただきたい。…無論、あんな事があった直後だ。各々がダイス殿の身を案じるのは一騎士として痛い程分かる。…そこで折衷案として私が代表としてダイス殿の護衛に付こう。それでよろしいですね、ダイス殿?」
そんな事を、この上なくキリッとした凛々しいドヤ顔で宣う。
…前言撤回、引っ込め、へっぽこ団長。
パン、とクロエの脳天に丸めた地図を叩きつけた。
「い、いたい、何をするのですか、ダイス殿!?」
「…自分で考えろ。ついてきたい物好きは勝手についてこい」
マオは当然というように続き、三人娘も団長を尻目に続いた。
「お、おい、お前達ぃッ」
慌ててクロエも後に続いた。
「チッ…うるせぇ奴らだ…」
大淵達が宿から出て行った直後、不機嫌顔の千川が二階の手すりから忌々しげに正面玄関を睨みつけた。
尾倉は一瞬千川に他意の無い視線を向けるが、再びテーブルの上で家庭料理本を開き、夕飯の献立を吟味し始めた。
斎城と香山も関わらないようにしている。
「アオーン」と、暖炉前のアリッサが何やら動物の鳴き真似らしき声を上げ、コーヒーを啜る。
千川は悪態を吐くと再び部屋に戻っていった。
「グゥウウウ…!」
部屋に向かう途中、空き部屋の一つに拳を叩き込んだ。…木片が手に突き刺さり、客室の壁には大きな穴が開いた。
無性にムカつく。…あの大淵とか言う調子に乗った陰キャ野郎の事なんかどうでもいい筈なのに…あの迷宮に入り込んで、奴らに取り込まれてから…何もかもが面白くない。
何とか自我を抑え、部屋の中に入った。…調度品は全て、この抑えきれない憤怒を紛らわすために粉々に解体してしまっていた。
…何でもいいから壊したい。…できれば、一発殴るごとにヒィヒィ泣いてくれるような…
…さもなければ…この腹に溜まった怒りのマグマが内臓を溶かしてしまう…!
あの三匹のガキが一人になるのを狙っていたが、ついぞ一人にはならなかった。…出来る事ならあの陰キャ野郎をぶちのめしてやりたかったが、腹の中に巣食った何かがそれを許さなかった。「より弱い者を」と脳内の選択肢に選んでくる。
「…すみません、ベッドのシーツを交換に上がったのですが…お隣の部屋の壁について、何か御存知ありませんか?」
宿を切り盛りする30代の女だ。 …腹の虫が、「これ」と強く渇望した。
「…あぁ、入ってくれ」
メキメキ、と全身の筋肉が巨大なミミズ…大蛇が這うように肥大化した。
「あの…新しいシーツを…」
女が部屋の惨状を見て息を呑む。巨大な掌でその小さな顔を鷲掴みにして引き寄せた。
「…」
宿の女従業員が二階に上がってから五分ほど。…宿は静かなままだが、尾倉は微かな振動に気付いた。
「豚ひき肉詰め蓮根」のページから顔を上げ、天井を仰いだ。
「…なんか揺れました?」
アリッサも同時に気付いたらしい。
「…」
確信が無いので黙っておいた。
ただし、妙な胸騒ぎがあった。何の気なしに二階へと向かった女従業員を探すが、どの部屋も扉が閉まっている。
…従業員はどこへ行った?
…現在宿に泊まっているのは…あの千川と自分達だけだ。
ドン、と明らかに大きな物音が聞こえた。
まさか、と思い、大股で一番奥の突き当りにある部屋…千川の部屋に向かう。…その途中で穴の開いた部屋の壁を見つけて、予感は確信へと変わった。千川の部屋を開け放とうとした。…鍵が掛かっている。
声を掛けノックを、などという作法は完全に頭から消えていた。その場で瞬時に一回転し、回し蹴りで木製ドアのヒンジを破壊しつつ扉を開け放った。
室内には体長3メートル程にまでなった千川…だったものらしき怪物が、これまた女従業員…らしかった血だるまの体を持ち上げている所だった。
…武器を料理本と共にテーブルに置いて来た迂闊さを呪いながら、千川の足にタックル。
代わりに、星村が預けてくれた23式を着慣らしの為に既に着込んでいたのはこの上ない幸いだった。筋力アシスト…80%。横から相手の手足を抱き絞って足止めした。
「逃げろ」
タックルの衝撃で手から解放された女に呼び掛けるが、ピクリとも反応しない。
「…こちら尾倉。宿にて千川がモンスター化した。至急応援を願う」
『待ってて、すぐに行く!』
一階から早くも気配が近づいてくる。
「尾倉!? コレは一体…」
「女を頼む!」
一瞬、後ろを向いた隙に相手の右手が拘束から逃れ…鋭い爪が尾倉の頭部を直撃した。
…致命傷だった。自分の脳から、出てはいけないものが出ていると感じた。
それが、尾倉の最期の意識だった。
「い、いけない…店の人を運び出すのを手伝って!」
「で、デモあの怪物を倒さないと!」
「いいから急いで!ここから離れて!」
従業員を連れ出そうとする斎城と香山に向け、怪物が襲い掛かる。アリッサがその爪を受け止めた。
「ノー、半端ないパワーデス!?」
アリッサの視界には23式の過負荷警告が悲鳴のように上がっていた。
「食らえッ…」
その長い脚を活かして回し蹴りを食らわせ、どうにか怯ませた。その隙に瀕死の従業員を運び出し、部屋から逃れた。
「お、小倉君が…!」
「今は無理!とにかく逃げて!私達の方が危ないから!」
その瞬間…怪物の背後で尾倉が立ち上がった。




