死者と生者
騎兵銃を片手で構え、強化。 そのままフルオート射撃。
赤黒い曳光弾のような弾幕の嵐を余裕で掻い潜り、魔神が迫る。
切り払われたロングソードの切っ先が騎兵銃の銃身を竹槍に変えてしまった。騎兵銃を収納に放り投げ、騎兵刀で応じた。
「…つまらんオモチャなんぞ使いやがって」
「んじゃこんなオモチャはどうだ!?」
筒を投げつける。
星村によって改造された閃光手榴弾が、本来のそれとは比べ物にならない音響と閃光をレイスに向かって撒き散らした。
「チッ…」
レイスが一瞬だけ立ち眩んだ。
間髪入れずに突進し、騎兵刀で切り込む。
だがレイスは目に微かな光の焼き付けを起こしながらも瞬時に対応し、その一撃を受け止めた。
あらゆる角度から斬り付けるが、どれも完璧に防がれてしまう。
「…乱れ切りのつもりか知らんが、お前の剣は軽いな」
受け止めた騎兵刀を片手で掴み取り、大淵の体を軽々と宙に浮かせた。
「うぉお…」
驚愕する大淵を騎兵刀ごと高々と放り上げた。
「どうせ、空中戦の経験も無いだろう?」
翼竜との戦いすら経験していないガキだ。…少々大人げない気もしたが、格の違い…厳しい現実というものをガキに教え込んでやるのも大人の責任だろう。
巣から落ちた雛鳥のように宙できりもみする大淵の死に体を目掛け、一直線に跳び上がった。
…手加減してやったとはいえ、こちらの初撃から心臓を守った鎧。 …自分の冒険歴を振り返ってもこれほど強靭な鎧は思い当たらない。…そんな大した鎧を着込んでいるようだが、宝の持ち腐れだ。
流石に、空中で一刀両断されれば持つまい。
「くっ!」
凄まじい殺気…命の危険に肌が騒めき、大淵はワイヤアンカーを肉壁に向かって撃ち込んだ。…レイスが小動物目掛けて急降下する猛禽類のように迫る。その瞬間、ワイヤーを高速で巻き取って一撃を逃れた。
「ほぉ、曲芸師としてはまぁまぁだな?」
「どうせならアクション映画俳優って呼びな!」
壁を蹴って地面に戻り、空中から急降下して来るレイスを待ち受けた。
そのレイスに向け、ナイフを投擲。当然、難なく手で払われた。その隙に風神騎槍を取り出した。…流石にナイフが目眩ましになったか、レイスはその場から動いていない。
「食らえ…!」
ストームランスを突きつけて突進しつつ、ブロワーで吹き飛ばす。
ブロワーの使用と共に、魔力サポートシステムが機能し、アーマー各所のシステムインジケーターが緑色に発光する。オーバースキル…剥奪を除くSPの消費量が半減される。
レイスの体が逃れられず、ホールの肉壁に叩きつけられた。…軟質な壁のせいで、衝撃によるダメージは期待できないだろう。ストームランスを突き付けたままブロワーを追加使用し、片手で騎兵刀を抜いて迫った。
特殊強化。騎兵刀とアーマーが深紅に染まる。
「亡霊はあの世へ帰りやがれッ!」
筋力アシスト…いや、外骨格システム起動。
これまでのようにアーマーがパンプアップする事は無く、微かな駆動音と共にアーマーの随所にあるシステムインジケーターが緑からオレンジ色に発光する。
騎槍を空間に投げ捨て、まだ動けずにいるレイスに向けて両手で騎兵刀を叩きつけた。
ゼロバーストアタック。
ダンジョンそのものを揺らす衝撃。軟質な肉壁でさえ衝撃を吸収しきれず、壁からどす黒い血を撒き散らしながらレイスと大淵ごと深く切り込まれていく。
「…まぁまぁ成長したようだが、どいつもこいつも過大評価し過ぎだな」
レイスは大淵の一撃をしっかりと剣で受け、嘲笑った。…無傷…
「…だが面白い技だったな?…こんな感じか?」
肉壁の井戸の中で、下に倒された姿勢から片手を伸ばし、反応する間もなく大淵の顔面を鷲掴みにした。
衝撃。岩砕ハンマーで叩きつけられ、顔面から後頭部へ突き抜けるようなダメージ。
「気に入ったか? これも拳闘士からくすねた手品の一つだ」
大淵の両手がだらりとノーガードに下がった。…騎兵刀だけは震える手でしっかりと握り締めている。
「ガードしなくていいのか? 今度こそ死ぬぞ?」
大淵は痙攣しているだけで答える事すらできない。
大気をも揺らす一撃。耐久値を示すインジケーターが青から黄色を飛ばし、赤に。…そして消えた。
吹き飛ばされた体が地上…肉の床の上に倒れ、転がった。
「…何といったか…ゼロバーストアタック…だったか?」
井戸の中からレイスが軽々とジャンプで地上へと降り立った。
「…こんなものか」
ステータスだけは初期とは比べ物にならない程上がったが、やはりこの男はいかんせん甘すぎる。…これまでの戦いでも、殺して糧とすべき命をあまりに多く見逃し過ぎた。
…魔王をはじめ、これまで戦って来た全ての敵や人間。それら全ての経験値を殺して取り込んでいれば、少なくともこの三倍にはなれていただろうに。
…それでも自分には遠く及ばないが、もう少しはスリリングなゲームを楽しめただろうに。
「…」
大淵が剣を杖にして片膝をついた。
「…さて、もう少し見込みがあればお前を今しばらく泳がせてやっても良かったが…ハッキリ言って失望したよ」
あの牝王…コイツが俺より潜在能力を持っているなどと仄めかしていたが、とんだ目の節穴だったな。
…大層な賢王のようだが、恋はいつでも乙女の目を曇らせ、盲目にするものだ。…所詮奴も女に過ぎなかったという訳だ。
その証拠に今、コイツは俺の止めを待つばかりとなっている。
…だがまぁ、育ててやった分、いささかばかりの経験値にはなる。ここから先の俺の役に立つかは怪しいが、門出の祝いとして貰っておいてやろう。
その首目掛けて剣を振りかざして…異物の存在に気付いた。
向こう岸に巨大な氷塊があった。…問題はその氷塊に反射する自身の身だしなみを整え直す巨体だ。
「…フム」
赤と青の、派手なテールコートに身を包み、透明な蝶ネクタイの位置を整え、自身の身だしなみに満足したように鼻を鳴らすと、レイスと視線を合わせた。
「…終わったかね?」
「…今、首を取って終わらせるところだが」
「それは困る。…彼にはまだ一つ借りがあるのでね」
「だったらどうする?…糞オーク風情が。貴様に見合う雌豚でも探していろ」
「おやおや、品が無いな?…私を見習えとまでは言わんが、少しはデューク大淵を見習い給え。…女性には特に品格と敬意を持って接するものだ。そんな事では舞踏会にも呼んでもらえないぞ?」
指先に氷のバラを作り出し、それをジャケットの左胸ポケットに挿した。
「生憎とヘタレ貴族のお遊戯会には興味無いんでな。 女も詰まる所、所詮は性欲と種のはけ口でしかない」
「…悲しい生き物だな、君は。いや、冗談や皮肉ではないぞ? …私のようなモンスターと魔物の間の子にまで哀れまれている事実を重く受け止めるべきだ」
既に興味を失った対象である大淵を蹴り倒し、もう少しは楽しませてくれそうな対岸のオークに向けて剣を突き付けた。
「御託はいい。掛かって来いよ、糞オークが」
「…では…フローズィア・ボアホッグ」
「レイスだ。せいぜい楽しませてくれ」
フローズィアが地面に拳を叩きつけると、肉壁の地面が氷結し、浅瀬だった地形に氷の橋が架けられた。レッドカーペットならぬアイスカーペットの上を優雅に滑走しながらフローズィアは一気にレイスの元へと肉薄した。
「ハッ、さすが猪だな!勢いが良くていい!」
レイスの一撃を手の甲から氷結させた氷のガントレットで受け流し、追撃の一撃を足に同じく氷結させた脛当てで蹴り払った。
そのまま巨躯を空中に跳び上がらせ、ダイナミックな胴回し蹴り。レイスが防御するも、その体は大きく地面を滑っていく。
「なに…ィ…!?」
いつの間にか床が薄らと凍結させられており、衝撃を受けたレイスの体は摩擦0の氷上を後退し続け、池の底に沈んだ死体の中に転落した。
「クソッ!」
死体を蹴り散らし、跳び上がった。
…しかし既にフローズィアはおろか、大淵の姿すら無かった。…出口であるトンネルには分厚い氷が幾層にも渡って張り巡らされていた。
…肉壁に包まれたホールに、レイスの罵り声が響いた。
「無事かね、大淵?」
悠々と歩くフローズィアに一歩遅れて、大淵がツヴァイハンダ―を杖代わりにして続いていた。
「…ああ。お陰でな」
「この遺跡の裏側にある川辺でフィッシングキャンプをしていた所、突然開いたトンネルから君のお仲間が現れてね。…フロイライン・サクラ、メノムの御両人に頼まれたものでね。…マジェステーテン・マオは決して私に頼まなかったが、流石に君を心配していたよ」
「…これで貸し借りなしだな」
「まぁそう言うな。我々は既に戦友では無いか。貸し借りなど、どうでもいいことだ」
「…」
「時に大淵よ、君は異世界人らしいな?…君の世界で最強の生物は何だ?」
「最強の生物…」
熊とかライオンとか…いや、そう言う猛獣よりも人の命を奪う毒虫…毒蛇や、地球で最も人類を殺した蚊なんかも候補に挙げてもいいだろう。
「ふむ…翻って君達人間をそこに足したらどうなるだろうか?」
「どうなるって…」
人間には動物のように強靭な身体もパワーも、鋭い爪も牙も、毒も羽も無い。…全生物ごちゃ混ぜの「蟲毒」なんかやらせれば、きっと真っ先に消えていく運命だろう。
「…では君達人間は彼らに駆逐されているか?」
「…いや、まったく逆だ。…申し訳ない程多くの動物たちを絶滅に追いやってきた」
「良くも悪くも、それが君達人間の力の真価だ。…君はレイスとのパワーマッチに負けて落ち込んでいるように見えるが、それにも言える事だ」
「…奴は動物と違って格闘技も武器も使えるぞ」
「ああ。無欠の猛獣だな。 …だが獣だ。獣はいずれ狩人…君に狩られる運命にある」
「…そんな簡単には」
「それと、君と奴を隔てるもう一つの決定的な違い。…戦いに死にたがる死者と、戦いを生き延びようとする生者であるということ。その意味をもう一度よく見直す事だな。…なに、特別な修行などいらんよ。君はもう既に必要な素質を贅沢なほど持っているのだから」
「…まったく実感が湧かないが」
「恵まれた者は自分を恵まれていると思わないものだ。 …ほら、見て見ろ」
川岸でこちらを待つ香山とメノム、マオの姿があった。
「…さぁ、さっさと乙女達を連れてここを離れた方がいい。 私も、あの手の魔獣顔負けのケダモノとは極力関わり合いになりたくないのでね」
「お前は?」
「同じくここを離れて、別の場所で数百年ぶりの観光を楽しむよ」
「…世話になったな、フローズィア」
「縁があったらまた会おう」
そう言うとフローズィアは雪景色の中に消えていった。




