廃棄遺跡
「オルァッ!ボーナスステージッ!」
鉄拳が振るわれ、岩壁が一つ、また一つと砕け、崩れていく。
「…」
それをよそに、入念にコンパクトで自身のメイクとヘアスタイルを確認し終える。丁度今回の協力者、「てっけんチャンネル」の千川豪が、拳闘士ならではの芸当を披露し終えた所だった。録画した映像に編集で、「※地元部族の許可を得た上でダンジョンの出入り口を突破しています」とテロップを付けるのは忘れないようにしないと、間違いなく炎上するだろう。
「しゃあッ!余裕ッ!」
「いやー、半端無いですね、千川君」
「いやいや、もっとデカい奴普段からやってるから、このくらいじゃ全然」
千川は苦笑しながらこちらを振り返った。
「岸川君こそついにフォロワー2000万っすよね?いいなぁ」
「千川君だって、一発乗ればすぐですよ。今だってもう1000万行くところじゃないですか」
「…だよねぇ…まっ、世の中にはあくせくしてもたかだか十何人とか一桁とかいう可哀そうな底辺も居る事だし、贅沢言ったらバチ当たるってか」
「そうそう、それに、僕たちはソロ探索者上級者としての自覚も持たなきゃですよ」
「上級者っつーか…俺ら以外にソロでここまでやってるガチ勢なんていないっしょ?」
確かに。…となると自分達はパイオニアにして最上級者だ。
「…大淵小隊とかいるけど、あっちは当たりメンバーで固めてるだけだし、何なら政府におんぶしてるだけだしなぁ……そうだね、ソロでやれるのなんて僕らしかいないですね」
「…そんじゃその最強タッグでいっちょ、やりますか。…前人未踏のダンジョン探索」
この場所を教えてくれた町長さんには感謝感激だ。炎上しないよう、彼とのやりとりを記録した映像も、ダンジョンへの侵入許可を得たくだりもしっかり記録してある。
「ええ。…台本は何と言っても命懸けのぶっつけ本番。…心の準備OKですか? …それじゃ、録画開始十秒前。 …三、二、一ッ」
「どーもっ、てっけんチャンネルの豪と…!」
「どーも皆さん、レイくんチャンネルの岸川冷でーす!」
二人のハイティーンの若者がそれぞれのポーズを付けながら岸川の高性能自撮りカメラに向かって挨拶を始めた。
…折角次なる仕掛け餌を見つけたと思えば、なんという茶番か。
放棄された遺跡…いや、廃棄遺跡の前では、二匹の子ザルが珍妙奇天烈な無人ショーを始めている所だった。
…ふむ、これを見て喜ぶおサルさんたちが二人分しめて3000万もいるのか。まったく、愉快な世界だ、ダイス様のお生まれの故郷は。
「いけませんなぁ…折角の仕掛け餌が… それは君達の為に用意したものでは無いというのに…!」
かぶりを振りながら、胸の奥から吹き荒ぶ怒りの嵐に煽られ、銀色頭は遥か彼方の雪原の上でブレイクダンスする事でその怒りを表現した。
「ファッキンボーイズッ!なーにが3000万ですかッ、脳味噌カラッポの動物園じゃアリマセンかーッ!」
超自然的な速度で回転するあまり、そのまま浮力を得て宙を舞い始めた。
「よろしいッ、そんなに命を賭けたいならそのまま罠の一部に組み込んで差し上げましょうッ! ダイス様ッ、また安っぽい演出と脚本になっちゃってごめんなさーいッ!!」
100メートルで低空飛行しながら、ポイ、と一匹の黄色とオレンジ色の斑模様が特徴的な線虫を、雪原に投下した。…その線虫はにょきにょきと健気に尺取り虫のように身をくねらせて廃棄遺跡に入っていく二匹の子ザルを追いかけていく。
放棄された遺跡を敢えて廃棄遺跡と呼ぶのは、あの遺跡が不完全故に放棄…廃棄されたものだからだ。
当然、廃棄物故にボスも居なければ大したお宝も無い。金銀細工の類とまぁまぁ希少な魔法石の存在は感じるが、聡明な者なら天秤にかけ、それらささやかな宝よりも命を選ぶだろう。
そう、この遺跡は強いモンスターでどうこう…という趣旨ではなく、ひたすらトラップで探索者を苛めようという趣向の遺跡だった。自分の趣味では無い訳では無かったが、少々味が淡白すぎる。
「せめて、良いお出汁になって下され♪」
…怒りは次第に膨らむ期待へと変わっていく。いつでも駄作には可能性という原石が埋もれているのだ、あの愚かな二人組のように…
それに、ダイレクトにアタックし過ぎたせいか、ダイス様は少々お冠のようだ。このまま嫌われてこちらの誘いに乗ってもらえないのは困る。 …ゼルネス様に至ってはあのお歳で今更シャイになったのか、あれ以降気配を消して自分に顔を見せようとしない。
…まな板の上の鯉ならぬまな板の上の恋…今の自分は風船のように風に左右されて空を飛んでいるが…正にそんな切なく淡い存在だった。
…三日三晩、風船ごっこをしていると、遥か下方に人工的な光が見えた。
「おはようございます、ダイス様!ダイス様のフィアンセ・銀色頭からささやかなプレゼントでございますッ!」
「…なんか怖気がする」
雪上車の中で、不機嫌顔で大淵にくっつくマオを宥めながら、背筋を伝った悪寒に顔を顰めた。
「ふん。どうせお前に焦がれる小娘共の思いでも感じ取ったのだろう」
…リザベルの奴め…マオの部屋の外で立ったまま警護しているとは思わなかった。すぐさまマオに告げ口され、置いて行かれそうになった事を知ったマオに早朝から散々怒鳴られ、非難された後だった。
「こんな怖気を送ってくるような子なら御免被りたいがな。愛が重すぎるぜ」
斎城は運転席に着き、自警団の兵から道を案内されながら雪上車を進ませていた。
「…見えました、管理小屋です。あの先に出入り口があります」
静まり返った管理小屋から、雪上車の物音を聞きつけたか三人の兵が慌てて飛び出して来た。そして早朝から現れた見た事も無い車体を見て、茫然自失としている。
「俺だ!心配するな! こちらはツラーク町長の依頼を受けたブレメルーダ軍の方々だ!遺跡を調査しに来られたんだ。案内してくれ」
「し、失礼しました。…こちらです」
雪上車を収納し、装備を検めた。 騎兵刀は勿論、今回は風神騎槍、そして騎兵銃を装備している。…土中から出てきた遺跡という事で、氷雪系モンスターの巣窟だった前回とは様相が違うだろう。
香山、斎城らの予備武器も収納に仕舞ってある。
「ここ三日間警戒していますが、我々が到着してからこれまで、人の出入りはありません」
「それなら良かった」
…封印を破った侵入者は手早く用を済ませて出て行ったのだろうか…それとも…
自警団員達がバリケードを撤去し、道を開けてくれた。…フローズィアのダンジョンのような寒さは無く、毛皮も必要ないが、遺跡の奥からは微かに生臭い空気が流れて来る。
「行ってみるか… メノム、俺から離れるなよ。それと、俺より前に出ないように。最後尾はアリッサ、頼むぞ」
「は、はいっ!」
「OKでゴザル!」
遺跡は土壁で、基本的に扉などの人工物は少なかった。ただ、人が通るのにちょうどよい大きさの横穴が空き、単純ながらも入り組んだ広大なダンジョンとなっていた。
「…あかりマップを活用しよう」
(クソ…思ったより遥かに広大だ…この中に人が迷い込んでいたら探し切れないぞ…)
…気配。
自分に向かって人影が大股に迫って来ていた。
「人か?だったらそこで…違うか」
気配が人間のそれでは無い。しかも、今の今まで気配を殺していた。
騎槍を突きつけ、待ち受けた。…果たしてそれは全身を黄土色の泥で塗り固めた人型のモンスターだった。迷いなく騎槍で貫くが、ズブズブと胴体に空いた穴を広げながらバンプレート…こちらに向かって迫ってくる。
マッドマンHP・14000/20000
…HPはこちらに向かってくる過程で今尚1000ずつ削れているが、少なくとも刺突攻撃は相性がイマイチらしい。
「何が雑魚ばっかりだ、町長の言葉も当てにならんな…!」
騎兵刀を抜き、頭部を切り払った。…残りHP・6000
「厄介な…」
頭部を踏み潰しても意味は無し。胴体を薙ぎ払うとHPを100残して尚も動き続ける。
瞬時に滅多切りにすると、微かな手ごたえがあり、そうしてついに倒れ込み、全てのパーツが黄土色の液状土となって溶けていった。
「体の中にクルミ大のコアがあるようだ。…恐らく人間でいう胃の辺り」
「それ以外は有効打にならないんですね」
メノムが真剣な面持ちでメモを取っていた。
…今後ともここ以外でこの手の手合いが出てこないとも限らない。土産話程度でもいいから、仲間達に情報共有すればいざという時に生存率を分けるだろう。
「…くっ!?」
声が聞こえて振り返ると、音もなく現れたマッドマンにアリッサが組みつかれていた。 アリッサも押し返そうとするが、泥の体がヌルヌルと腕や足を伝い、アリッサの体に移動…転移するように体を覆い始めていた。
「で、デンジャー…デスッ!」
「アリッサ!」
騎兵刀を手に駆け出した。
と、泥の体が凍り付き、泥の侵蝕が停まった。その隙にアリッサは凍り付いた泥を引き剥がし、見事なバックステップで一気に距離を取って身構えた。
「…ご無事ですか? …今のは冷皇剣・氷結斬です」
砕け散っていくマッドマンの背後から、目の下に隈を浮かべながらも余裕の表情を浮かべる小柄な美少年が立っていた。
「…君は…」
…見覚えがある。テレビに出て、コップの水にカッターナイフを突き入れると凍結させ、氷の花火を披露していた。
「何とか…チャンネルの」
「どうも、レイくんチャンネルの岸川冷です。…このダンジョンは危険です。すぐに引き返して下さい」
「そうしたいのは山々だが、生存者が紛れ込んでいる可能性が1%でもある以上は、完全に見回らないと」
「…生存者はいません。さぁ、出入り口へ戻りましょう」
「本当に?…それに、君はいつから入ったんだ?」
「三日前ですよ。町長から頼まれて、この遺跡を調べに来たんです。…ひどいものです。一緒にいた探索者も殺されてしまいました。皆さんもそうなる前に…」
「…本当に奥に誰も居ないんだな?」
「いません。断言します」
「…わかった、それじゃ…」
大淵は何か腑に落ちないモノを感じつつも出入口の方角を振り返った。
「きしかわ~・・・!」
…通路の奥から男の野太い、助けを求める様な泣き声が聞こえてきた。
「…どういう事かな?」
大淵は呆れながら困惑顔の美少年を振り返った。…ついでに何なんだ、その青髪のヘアエクステは?
「あ、あー…いや、完全に手遅れだったんですよ、僕が見た時は!」
「…わかった。俺が見てくる。斎城、すまんがここを頼む」
このアイドル坊やのお守りも頼む、と付け加えたい気持ちを抑え、ツヴァイハンダ―から取り回しの良いバスターナイフへと切り変えた。
「私も行った方が…」
「…いや、手薄になる。なんだか妙な胸騒ぎがするんだ。…気を付けていてくれ」
…そもそもこのダンジョン、入った時から気色の悪い雰囲気があった。…前のフローズィアのダンジョンが聖なる遺跡なら、ここは下水・糞尿のはけ口だ。…あらゆる人々の排泄物…汚いだけでなく、醜悪な憎悪まで宿しているかのような…
土壁を覆うツタのような模様…これも良く見ると気色悪い。…余程素肌を擦り付けない限りは特に害は無さそうだが…微妙に蠢いている。
…このダンジョン自体が生物で、自分達はその糞入りモツの中を歩き回っている…そんなイメージが浮かんだ。
「きしかわぁ~、助けてくれよぉ~っ!」
「残念、岸川くんじゃないんだ。…代わりで悪いが大淵という者だ。今助けるから…」
…なんだ?命特有の気配が無い…
人間誰しもが多かれ少なからず備えている機能…気配の察知が反応しない。
ふと振り返った先に人がいて驚いた…それは偶然ではなく、その人間が持っている他の生命体への一種のレーダーなのだ…脚色はあろうが、時代劇などで背後から忍び寄る敵を返り討ちにするシーンは、大昔の侍なら本当にできた芸当だろう。
それが、これだけ大声を出している相手に反応しない。
騎兵刀を抜いた。
「おおふちぃ~、助けてくれよぉ~っ!」
「馴れ馴れしく呼ぶんじゃねぇ」
探照灯の前に現れた顔は、確かにハイティーンの男の顔で、その口元は恐怖と苦痛にへの字に歪ませた口を動かして大淵の名を呼んでいた。…しかし、その目線はあらぬ方向を向き、瞳は濁りかけていた。
…どう見ても生きている人間の顔ではない。よく見ると元気よく動いている口も、その口内はたっぷりと泥を含み、泥に油分を奪われた唇はささくれ立っていた。
「…岸川が正しかったようだな。今、楽に…」
…いや、剥奪のスキルを使えば助けられるか…?
手をかざしてみた。…SP消費、400/900… くそ、やけに高い命だな…
…万一、この洞窟の中で他に同じようなトラブルが発生したら、ソイツを助けられなくなる…さっきアリッサが捕まりかけたように、それは起きないと断言できない。
(…迷うのは後だ、さっさとコイツを助けて、脱出してしまえばいい)
…大淵は死んだ男を生き返らせ、死の泥を剥ぎ取った。
「…レトロゲーは良いですな、昨今のゲームは出来が良ければ良い程、却ってストレスが溜まります。おかしなものですなぁ?」
銀色頭は自作の雪洞内で炬燵にミカンを置き、その向こうにブラウン管テレビと大昔のゲーム機を繋いで、往年の名作ゲームをピコピコと楽しんでいた。
「…んン?」
ふと、自分の左手側に置いた総額20万を超える高性能ゲーミングモニターを振り向いた。
「…おやおやおやぁ~!? ダイス様、いけませんなぁ! そういう中途半端な慈愛は身を滅ぼしますぞぉ?貴方が抱えられるのは、せいぜい貴方様が愛して止まないフロイライン達だけなのです。…出来損ないの屑を助けたこのツケは、大きいですぞ~?」
おサルさん達も馬鹿にしたものではない。ドロドロくんも非常にいい仕事をしてくれた。見事、足手まといを作り出してくれたものだ。…あとはウネウネくんがどんな仕事をしてくれるか…それとも今頃もう踏み潰されているか…何にせよ、取り合えず面白い展開が来た。
ゲームオーバー画面が点滅しているブラウン管テレビを無視し、銀色頭はモニターに齧りつくように見入った。




