紫心騎士
…周囲を雪山に囲まれた山村。…この村の特徴を一つ挙げるとしたら、宿屋の主人が冷えた旅人を持て成すために、とある異国を訪れた際の自身の経験を元に作ったという、フロなるものがある、ということくらいだ。
一度目の襲撃でそのフロなるものがどんな値打ちのあるものかと思い、宿屋に押し入って見たものは、実に下らない木でできた穴だった。
あまりのくだらなさに破壊してやろうとした所、宿屋の娘が止めに入ってきたのでありがたく頂いていく事にした。 仲間共々散々楽しませてもらったが、今もその辺の茂みに転がっている筈だ。
…元はと言えばあの糞領主が戦に負けやがったのが全ての運の尽きだった。ブレメルーダの攻撃が激化する中、出来の悪い拷問を受けたような領主を全員で叩き殺し、その後ここまで逃げてきたは良いものの、まだ今月分の報酬さえ受け取っていなかったことを思い出した。
リーデは無人と化し、何一つ残っていない。
領民から巻き上げる事に抵抗があった甘ちゃん共は馬鹿な事に…あの氷の遺跡へ踏み込み、氷モンスターのお仲間になったようだ。
男と仲間達は、味を占めてまたこの村に戻ってきた。…他の連中は次の村か町に別れていったが、自分達はここを「狩場」にすることにした。
運が良い事に…ほぼ無傷で退却に成功していた腕利きの旅団と合流し、更に近隣から流れてきたならず者も何人か自分達と意気投合して加わり、2000を数える大軍に膨れ上がっていた。
勿論、こんな大所帯を喰わせるには食料が必要だ。
そこで、最後の総ざらいに村を訪れて見れば…何という事か、軍隊が居た。
それも、一個大隊。
…だが、何より驚いたのはそれが憎きブレメルーダの、女だけで組織されているというあの紫心騎士団の小娘共だった。
…これはもう、その身を捧げに来たようなものだ。
こいつらのせいで自分達は軍という仕事も金も失い、酷い目に遭っている。
…その身でたっぷりとツケを払ってもらうとしよう。
たかが小娘、それもたった500。逃げられはしない。…食い物のついでに、凄惨な饗宴を開かせてもらおう。
2000の大軍が、夜陰と舞い始めた小雪の中を移動した。
「て、敵襲です!…あの、ダイス様、本当にこの陣形でよろしいのでしょうか…!?」
副団長が大淵の部屋に飛び込んで来た。
「よろしいのです。副団長、落ち着いて。敵の数が倍くらいでしたか?」
大淵は既に星村から渡されたメイルアーマー・独尊に身を包んでいた。
主な素材が黒竜の鱗であるためか、それまでのメイルアーマーの無機質な雰囲気とは明らかに違い、どこか生物的な外骨格となっていた。肘の隙間や膝裏から剥き出しになった、金属繊維で包まれた人工筋肉の筋や束が、不気味ささえ感じさせる。…隊の男性用チームカラーであるチャコールグレーで装甲を塗装していなければ、敵と言った方が納得できるほど、それまでの大淵のアーマーとかけ離れていた。
副団長も大淵の異形とも言える出で立ちに困惑しかけながら、言葉を続けた。
「…倍どころではありません。2000の軍団になってやってきました!こうなった以上、隊を極力密集陣形にさせて…」
「なんだ、たったそれだけですか」
大淵は事も無げに言うと、優しげに微笑んだ。
「そんな事をしたら却って破滅するだけですよ。…大丈夫、あなたの部下達を信じなさい。フィールドを広く持てば持つほど、俺との訓練を活かしてくれる筈です。…それに、それぞれの隊の密度自体は高まっているでしょう?」
「は、はい…しかし…」
「…因みに俺達小隊員は今回、原則として戦いません。 …俺達が戦うとしたら、それはパープルハートの実力に失望した時です」
頼みにしていた梯子を外されたような顔をして、副団長は絶句した。
「…言ってみればこれは卒業試験ですね。…メノムは今回参加できなくて可哀そうですが、俺が見ておきます」
…黒竜の鱗の影響か、それともこの名前が原因か…
アーマーに袖を通した時から、妙にサバサバ…或いは清々か…そんな気分になっていた。
独尊…確かお釈迦様が生まれた時、天地を指しながら唱えた有名な一説の…現代風に訳すれば「果たすべき尊き使命」といった所か?
…少なくとも今の自分にはヒントがある。あの病院のベッドで死んだ時に来世に誓った事…
「どんな敵が相手だろうと最期まで戦い抜いてやる」
…我ながら中々欲張りな使命だ。敵とは今、この村、この可愛い後輩たちを狙ってくる下衆共の事でもあるし、それによって村人や後輩達を失う事を恐れる…そんな自分の弱さでもある。
今、副団長を諭したように、自分こそが彼女らを信じなくてはならない。…教えた本人が信じてやらないで、他に誰が信じるというのか?
もし、自分の判断が間違っていれば、後になって自分が助けに動いた所で何人か…或いはもっと大勢が辱められ、死ぬだろう。
だがそれでも動かない。…今後、彼女らが危機に陥った時、毎回自分が助けられる訳がないのだから。
だから、卒業試験だ。
クロエ団長の指揮する第一中隊200人が正面の800人を、ラナの指揮する第二中隊150人が右翼を守り、600人を、バルムの指揮する第三中隊が左翼で同じく600人を迎え撃っていた。…敵の方が実戦経験も自分達より遥かに豊富で、屈強なならず者たちだった。
パルムは指揮官と言う重責から逃げ出したい気持ちを抑えつつ、中隊に指示を下した。
「お、怯えなくて大丈夫だ!ダイスせ…様の教えを思い出しながら戦うんだ!」
…本当は怖かった。…捕まれば殺されるだけでは済まない…悍ましい事をされると確信があった。
ステータスもパワーと防御は敵の方が高めだ。…組み敷かれてしまえばか弱い乙女達に勝ち目は無かった。…そんな獣の群が先頭に立つ自分目掛けて迫ってくる。
(怖い…怖いよ、ダイス先生…助けて!!)
…だが、何かが違う事に気付いた。
遅い。そして鈍重だ。
散々やった「鬼ごっこ戦争」…ダイス先生は攻めて来る時も逃げる時も、恐ろしく速かった。そして、攻守を切り替える瞬間も全く分からなかった。…だが目の前のこいつらは…
「わ、分かれッ!」
先鋒の隊を二分し、攻めて来る敵軍をすり抜けた。…このままいくと、先鋒の自分達は敵の先鋒から中衛の中に飛び込んでいく形になってしまう。自ら捕まりに行くようなものだ。
敵はそれをパニック行動と取ったか、落ち着いて押し包みに掛かってきた。
「下がれッ」
「今更逃がすかよ!」
敵軍が執拗に追いかけて来るが…やはり遅い。
こちらの中衛、後衛があの鬼ごっこを覚えているなら…
敵軍の側面を中衛が突いた。多数の敵を殺傷した瞬間、それ以上の戦果を放棄してさっさと先鋒と共に元の陣に戻っていく。
「あの小娘共、速い…!」
残っている敵軍の真後ろから迂回し終えた後衛が突き崩した。
「こ、こっちに来やがった!!」
「また戻ってきやがったぞ!?」
たった二度の側面・背面攻撃で半数近くまで数を撃ち減らされた挙句、中隊に大隊が包囲される形に成りつつあった。…力技で何とか少女達に反撃こそすれども、それ以上に何かをする余裕など微塵も無かった。…盗賊の大隊は壊滅への道を着実に進んでいた。
狩る側から狩られる側へ。
「叩き潰せっ!」
百人ほどが味方を犠牲にしつつ逃れた。他の大隊も時を同じくして同じように百人単位ずつでの脱出に成功していた。
…そこで一点、大きな穴に気付いた。
あの女共は隊を大きく三分していたが、一ヶ所、完全にケツを向けているのだ!
逆襲だ。…500にまで撃ち減らされているが、女共はまだ逃げ遅れた男共を殲滅しようとこちらに尻を向けたままでいる。
待っていろ、今文字通りお前らを背後から…
「…ならば」
副官は大淵を咎めた。
「ならばなぜ、あんなハイリスクな陣形に!?もし、あの穴を敵に勘付かれれば…」
隊は一転攻勢を受けて逆包囲を返され、嬲り尽くされることになるだろう。
「全滅するだろうね」
大淵は少女達の戦いを見守りながらことも無く言った。
「それが分かっていながら、なぜですか、ダイス殿!?」
「それは…俺の親馬鹿、ってやつだね」
「…おやおや、ここにも…可哀そうに」
背面奇襲の為、森を抜けようとした一行の前に、雪の中で蠢く巨体が見えた。
「まだうら若いのに…何があったかは知らんが…この花で許しておくれ」
並べられた六人の少女の遺体に布面積の多いスーツの上着を裂いて被せ、その手に氷の花を持たせるモンスター。
「ば、化物…!?」
「おや、君達が言うかね?」
フローズィア・ボアホッグの剥き出しの筋骨と巨躯を前に、盗賊軍は怯んだ。
「び、ビビるな、所詮はオークだ!」
「おお、良く分かったな。 その通り。私は元はオークだ。…ただ、人間にもその不思議な力があるように私には氷の力があり、人にもその差があるように他のオークより少しだけ知性があり、少しだけ武芸の嗜みがある…それだけだ。 …さて… …私は魂の美しくないコレクションは取らない主義でね。…君達には受け入れがたい事かもしれないが、趣旨を理解していただけるかな?」
拳の骨を鳴らしながら一匹の紳士は前に進み出た。
「…その穴に突っ込んだ奴らは、最も後悔するだろうな」
動きの無くなった戦場を見つめ、大淵は静かに断言した。…少女達は負傷者こそ出したようだが、死者が出た様子は無かった。




