セレイアの村
冬山の麓にひっそりとした村があった。壊れかけ、用を為さない木柵が雪に埋もれ、その奥に看板だけはしっかりと佇み、「セレイア」と村の存在を示していた。
紫心騎士団の少女騎士一個大隊は、副団長と尾倉が村長の元に出向いて交渉し、村の広場を間借りしていた。
自衛隊から借りてきたオリーブカラーのテントの下で、食材の下拵えに取り掛かっていた尾倉が気配に気づき、顔を上げた。
「…災難だったな」
今までになく疲れ切った一行を見た尾倉は、苦笑のつもりか…微かに口元を緩めた。
全員の鎧は極度な温度変化のせいで痛み、大淵のアーマーに至っては首元に取りつけられた黄色いランプが消え、筋力アシストシステムの完全停止を意味していた。…自衛の為だったのか、マオに至っては一時的に成体化している。
…自分には及びもつかない、想像を絶する死闘を繰り広げてきたのだろう。
「ああ…酷い目に遭ったぜ…」
「アレには白い死神も真っ青デスね…」
「しもやけになりそう…」
「…そこの宿屋にお前らの分の部屋を確保しておいた。…小さいが、一つだけ風呂もあったようだ」
「お、お風呂…」
香山が渇望するように小さく呟いた。
「…それと、これを持っていけ」
そう言うと、人数分のスープジャーを示した。
「助かる。ありがとう、尾倉。…それじゃ皆宿へ入ってくれ。入浴は一人につき20分以内で頼む」
尾倉自身は数人の騎士にエプロンを掛けさせて手伝わせ、夕飯の支度に取り掛かっていた。
また、冬季野営用のテントが張り巡らされ、手の空いたパープルハートの騎士達に村の周囲を警戒させていた。
「…警戒が厳重めだが、何か問題が?」
「…村長に交渉しに行った所、困惑されてな」
「まぁ、大隊が野営するとなればな。」
「…女だけというのが問題らしい」
「失礼。私からご説明いたしますので、尾倉殿はどうぞそのまま」
副団長の騎士が大淵の前に出た。
「…ハルトン・シバの没落により、正規軍崩れの盗賊が各地で出没している模様です。…この村も既に略奪の被害に遭っており、いつまた襲われるか分からない状況です」
「それでか…」
女だけの騎士団…魅力的な獲物だろう。…しかも全員が十代か二十になったばかりの若い少女ばかりだ。侮られもする。…勿論、侮った者は後悔する事になるだろうが。
「だがまぁ、問題ない。パープルハートは元から十分精強だし、心配はしていない。…メノム、ラナ、パルムはダンジョンでも大活躍してくれたよ。…メノムは負傷してしまったが、もう大丈夫だ」
「聞きました。…私からも感謝を。メノムは騎士団きっての努力家で、仲間達からも慕われております。…助けて頂いてありがとうございました」
「なんの。俺としても可愛い後輩ですから。…それでは警戒の方はお任せします」
「はッ」
宿屋に入り、風呂の順番が来るまで部屋で寛ぎ、尾倉から渡された薄味コンソメスープで温まった。
「お~い、ダイス、一緒に入るぞ~!」
…扉の外からマオが呼びかけてきた。
風呂は一般家庭の湯船程の広さがあり、仲良くくっつき合えば大人二人でも十分入れる。何組かのペアを組んで入浴し、入浴時間を倍にして温まっているようだ。
「リザベル~、マオが風呂に入るそうだから任せたぞ~?」
即座に大淵はそれを覆い被せる声でリザベルに呼び掛けた。
「はッ!」
「なにっ!?ち、ちが…放せ、こら!」
「普段のおチビちゃんならまだしも、ダメに決まってマス」
…リザベルとアリッサに連行される物音が聞こえた。
スープを飲み干し、フローズィアから渡されてた魔法石を眺めた。
「一体何に使えるんだか…この魔法石は…」
今度のは美しい翡翠色だ。収納では無い。…星村にでも見てもらえればすぐに分かるのだが、星村は日本の拠点に居る。
ふと、微かに回復した魔力…SPを込めてみた。
翡翠色の結晶が眩く輝き出した。
「…なに…?」
見慣れた風景。拠点の執務室に立っていた。 自分達が居ないせいか、殆どの部屋の電気は消え、薄暗い。時計の音と、非常灯だけがぼんやりと灯っていた。
「な、何だこれは…俺は夢か幻でも見ているのか…?」
だが、あの魔法石はしっかりと持っている。
ともかく、拠点内を歩いてみた。
ここは三階だ。…隊員オフィスと隊員の個室には気配はない。
念の為、一人この世界に残っている筈の星村の部屋に向かってみた。…鍵は閉まって、気配もない。
続いて二階に向かってみた。装備庫、座敷部屋も当然無人。そして…星村の工房には明かりが灯っていた。ドアの天井部にあるガラス窓から室内の明かりが漏れている。
「ほ、星村?」
扉をノックしてみた。
中でガタガタ、と物音がした。
「だ、誰ですか!? 守衛さん!?」
「違う、俺だ。大淵だ」
「お、大淵さん!?…ほ、本当だ…なんでここに!?皆さんも帰って来てたんですか!? でも、政府からの連絡には何も…」
憂国烈士団との戦闘後に新設された、部屋の出入り口に仕掛けられたセキュリティカメラの映像を見たのだろう。
「…どうやらワープが出来る魔法石を手に入れたらしい。魔力を少し込めて見たらここに来れた」
扉が開けられ、白衣姿が可愛らしい星村が顔を出した。
「お、大淵さん…本当に…」
「…よ。三週間ぶりくらいだな。色々あったぜ、こっちは…」
「う…ううう…」
嫌な予感がして、大淵が青褪めた時には既に遅く、星村が大粒の涙をこぼし始めた所だった。
「うわぁああああッ! 寂しかったですぅ~!」
「お、お、落ち着け星村…」
「毎日毎日、学校から帰ると誰も居なくて! 自衛隊や政府の人に聞いても皆さんが行った所は連絡網も整備されてないから安否すらわからなくて!!」
自分に縋りついて大泣きする星村の頭をポンポンと軽く叩いた。
「あー、よしよし…すまんかったな、心配かけて。…俺らも連絡要員くらい出せば良かった。だが、皆元気だから安心しろ。特に黒島の奴は、もうちょっと元気が無くなってほしい位にな。…だが、コイツを解析してくれれば今度は、星村も自由に行き来できるようになるかもしれん」
星村に例の魔法石を見せた。
「…」
星村は泣き止むと、まじまじとその魔法石を見つめた。
「…わかりました。ちょっと解析して見ますね」
工房の端にある小さな冷蔵庫のような機械にそれを入れ、モニターの前に着いた。
「…任せても良いか? 折角だから俺も少し用事を済ませたい」
「あ、ああ、政府の人と連絡を取るのも三週間ぶりですもんね。どうぞ!」
「ありがとう」
執務室に戻り、自分のデスクに据え付けられた電話を使用した。首相補佐官の一人に繋がっている電話だった。
『…大淵さん!?いつ戻られたんですか?』
「ご無沙汰です、平井さん。…訳あって偶然、こっちの世界に戻って来ましてね。まぁ、異世界ゆえの超理論パワーだと思って下さい。…何分、首相直属の組織なのにこちらとの情報交換手段が無いものですから、もし特段の情報や指令などあればと思いまして」
『…しょ、少々お待ちください。すぐ首相に取り次ぎますので…』
「いや、そこまでしなくとも…」
『いえ、首相が直接声を聞きたいと』
…程なく、岩田の落ち着いた声が受話器の向こうから聞えてきた。パソコンのモニターにも連動して岩田の顔が映された。
『お久しぶりですね、大淵さん。小隊の皆さんはお元気ですか?…現在、アルダガルドの拠点機能を強化することに手一杯という事もありまして、連絡が遅くなってしまって申し訳ありません。…アルダガルドとの国交交渉もあり、ドタバタしていまして』
「小隊員は全員壮健です。…幸か不幸か、またお忙しくなりますね。 我々は故あってブレメルーダ国王と親密になり、ブレメルーダ国王も日本との国交を望んでいます。…ブレメルーダはこの世界随一の海軍国家です。…俺に報告できるのはこのくらいですかね。あとは黒島の方が上手にご報告できると思いますので、本格的にこちらとを行き来…連絡できるようになったら改めてご報告申し上げます」
『…大淵小隊、またしても異世界を快進撃…ですわね。またも朗報をありがとうございます。…こちらとしては現時点で大淵小隊への特段の指令はありません。引き続き、大淵さんのご判断でご自由に行動なされてください。…今後とも益益の御健闘をお祈り致しております。 …あぁ、一つ。…大淵さんの待遇ですが、これまでの功績を鑑み、大尉から少佐への昇進が決定されました。おめでとうございます』
自衛隊の階級では無いのは、自衛官では無いからである。
「階級などこちらとしては今のままでもいいのですが」
『そう言わず。…お給料も相応に上がりますから』
「それは率直にありがたいですね」
通信を終え、椅子にもたれ掛かった。とりあえず当分、自分の自由にできる。…久しぶりに売店に行って何か買ってくるか…
(…おっと、向こうの世界じゃ俺は行方不明になっているんだった。…大騒ぎになる前に戻らねーと)
腰を浮かし、星村の元に戻った。
「あ、大淵さん、色々わかりましたよ!」
「教えてくれ」
「この魔法石、このままの大きさだと持ち手の魔力を10消費してイメージした所に行けるみたいです」
「一人だけ行き来できるのか」
「これを分解すると…多分五個くらいが限界ですけど、ポータルコネクションが出来ます。例えば、一つをこの拠点の休憩室に置いておいて、もう一つを大淵さん達の今の拠点においておけば、定期的に魔力を流し込んであげるだけで、コレに触れるだけで誰でも何人でも行き来できます。…行き先にこの石が無いか、所持していない場合はそこから現地解散になっちゃいますから、それは注意しないといけませんけど」
「…持っている限りどこにでも行けて、場所に設置すれば人が行き来できるようになるのか。 …す、すげぇ…!…よし、早速そうしよう。この拠点の休憩室に一つ、念の為この工房に一つ備えておこうぜ」
「わかりました! …ただこれ、まだあまり外部には漏らさない方が良いかもです。…私、黒島さんみたいに政治には詳しくないけど、コレがあればマスコミの人だって、政府の事を良く思わない人だって…例えばこの間の憂国烈士…いえ、スキピオのように…あっちの世界に行き来できてしまう事になりますから」
「…む、そうだな…その辺は黒島と、首相のおばさまと相談するよ。とりあえず一つはこの拠点に置いておこう。一組は星村の工房の金庫に保管しておいてくれ」
「わかりました!」
「こっちは今、盗賊退治や、無法地帯になった国の治安をどうにかしている所でな。一段落したらみんなを連れて会いに来るから。…それまでは俺が持ってるから、どうしても会いに来たくなったり何か伝えたいことがあったらいつでも来てくれ」
「はい! あ、ちょっと待ってください!?アーマーが破損してるじゃないですか!?」
「ん?ああ、そうだった…ちょっとあってな」
「まーた無茶したんですね?この破壊神!…でも丁度良かったです。私が一人ぼっちの内にフラストレーションをぶつけて作った、試作アーマーが完成しているので、代わりに持って行っちゃって下さい!」
星村は作業台の隣のロッカーに厳重に保管されたアタッシュケースを抱きかかえた。
「…これは私が完全個人製作した、大淵さん専用のワンオフモデルなので他のアーマーのようにナンバリングはありません。アーマー銘は「独尊」です。…前に大淵さんが大量に持ってきた、黒竜の鱗を苦労して素材化したものです。…何せ、ダイヤモンドでも硬質魔法石でも削れない物でしたから、鱗同士を削り合わせるという原始的な方法で加工しました」
アタッシュケースを開けて見ると、漆黒のアーマーがどこか凶暴な雰囲気を漂わせていた。…軽さは23式と大差ない。
「あと、ワイヤーアンカーを左ガントレットにも増設しました。大淵さんならダンジョン探索に打ってつけでしょう。…他にもユニークな機能を搭載しているので、また色々試してみてください」
「ありがとう。さすが世界一の天才魔術工芸士だ」
「えへへ!」
大淵は魔法石に魔力を込めると、元の宿屋をイメージした
「あ、あれっ、ダイス殿!?」
「だ、ダイス先生が見つかりましたっ!」
宿屋の中は軽いパニックになりかけていた。
部屋の中にはクロエ以下パルムとラナ、そして他のメンバーも宿屋のロビーに集まり、捜索の為に出撃する直前だった。
「お風呂が空いたのでお部屋に呼びに行ったらいらっしゃらなかったので、本当にびっくりしました!」
クロエが言い募った。
「あぁ、すまん。例の魔法石を起動させてしまってな。…日本に戻ってきた」
「そ、そんな事ができるんですか、あの魔法石…!?」
香山が驚きを露わにした。
「星村にも会って来た。…可哀そうに、寂しがっていたよ。だが、これで今度からは自由に拠点と行き来できるし、星村に新しいアーマーももらえたから結果オーライだ」
手早く入浴を済ませて着替え、大淵が食堂に行くと夕食の海老雑炊と豚しゃぶ入りキャベツサラダが用意されていた。 寒冷地で野営する少女達の為、献立は高カロリーを意識しているように思えた。この他に各自いつでも自分で加熱して暖かいスープが飲めるよう、飯盒に500㎖ずつ与えてあるという。
夕食を終えると、警備の騎士が一人の老人を案内してきた。
「ダイス様、村長をお連れしました」
「…この度は食料をお分け頂いてありがとうございました。村民を代表してお礼を申し上げます。…情けない事に今、この村には食料だけでなく金品も不足しておりまして…文字通り、言葉でのお礼しかできません」
どういうことかと思いながら尾倉を見た。
「…盗賊に食料と金品、娘達を奪われたと。…小隊としてブレメルーダで仕入れていた食料を、俺の独断で分け与えた」
「それなら全く問題ない。俺の収納にも十分な量がストックされている。いずれは俺達の後を追って補給隊も来るはずだしな。…冷蔵庫いらずで腐る事も、菌が繁殖する事も無いってのが不思議な気分だが」
改めて60代後半の村長に向き直った。
「はじめまして。この遠征隊の司令を務めている大淵です。…盗賊に狼藉されたようで、お悔やみを申し上げます」
「…元はシバ軍だった正規兵が崩れて、盗賊に…情けないやら悔しいやら…安全の為、奴らに払っていた税は一体何だったのか…」
「盗賊の規模や武装などは分かりますか?」
「100人規模です。弓を持ったものが一人二人は居ましたが、あとは剣や槍でした」
「ダイス殿、100人のシバ兵であれば、パープルハートは60人も居れば事足ります」
クロエが自信たっぷりに応じた。
両者を実際に見た大淵としても、そのくらいの兵力差を覆すだけの実力が今のパープルハートにはあると断言できた。50人でも良いくらいだが、念の為にという事だろう。
「…クロエ、警備部隊を集めてくれ。一つ、注文しておきたいことがある」
「は、はぁ…?」
大淵に頼み込まれて、クロエは不思議そうに小首を傾げた。




