prepare
「いっやぁ~…派手にやりましたねぇ」
星村が呆れ声を上げた。
星村の工房に持ち込んだ23式メイルアーマー…あかりスペシャルは、見た目こそ少々ひび割れたり装甲が欠損しただけのように見えるが、内部は酷い有様だという。
「よく筋力アシスト機能が持ってくれたものですよ…さすが私。でも一回オーバーホールして本格的に修理しないといけませんね」
「おかげで助かったよ。これが無ければ間違いなく死んでた」
大淵はアーマーに向かって手を合わせた。左胸に掘られた猫の肉球マークがいぶし銀に光っている。
「あかりスペシャルは二日もあれば治ると思いますが…20式騎兵刀はダメですね。愛刀だったのに残念でしたね」
騎兵刀は見事なへの字型に折れ曲がってしまっている。それでも、あの硬いコドモドラゴンを切っても刃毀れもせず、最後まで折れることも無かった強靭さには目を見張る。名刀でもこうはいかないだろう。
「20式騎兵刀は…やはりどこのショップも在庫無しですね。ちょっとメーカーを当たってみますね」
そう言ってくれると小走りに棚に駆け寄り、小箱を取り出した。箱の中には刃渡り30cmほどの銃剣…自衛隊員たちも着剣していた物を渡してくれた。
「21式銃剣です。騎兵刀に比べると心許ないでしょうが、とりあえずこれで。スキル無しで着剣して使う時は、上手く扱わないと騎兵銃自体も痛めてしまうので、気を付けて下さい。できれば、自衛隊の方に手解きを受けるのが一番ですが…」
「すまんな」
「念の為に予備の騎兵銃も探しておきますね。もっとも、チューンしないと今までのような威力にはならないんですが…」
「そうなのか?」
「この大天才、あかりの組み込んだレールガンシステムと雷の魔法石あってのものですから。あのコドモドラゴンの装甲をスキルや職種ステータス無しで削れるライフルなんて、他にありませんよ。だから、万一鉄砲がダメになっても、銃把内に埋め込まれた魔法石だけは絶対に回収してきてくださいね?それ、今の所うちの工房…ギルド内でもURドロップですから」
「…わかった」
手元の騎兵銃をまじまじと見つめ、頷いた。
工房を後にし、オフィスに戻った。星村以外の全員が各デスクに着いている。黒島が行儀悪くデスクに足を投げ出して、手の代わりに片足を上げた。
「昨日は大変だったな。まさかあんな規模のスタンピードが起こるとは思わなかった。…だが、苦労したのはお前達だけじゃなさそうだぜ」
顎をしゃくる先…皆が注視する先には、窓側の休憩スペースに設置された40インチの液晶があった。
「…世界中でスタンピード発生?」
(日本以外にもゲートがあるのか)
LIVE表示の下、テレビスタジオで民放キャスターの他に著名人や芸能人のゲスト、そして専門家として…<○○チャンネル・ゲート探索者>なる肩書を表示された男と、この中央クランの広報担当者、更に自衛隊のOBが招待されていた。
『昨日、この都内でも発生したスタンピードですが、それに続いてスコットランド、香港、アメリカのサウスカロライナ州、そしてオーストラリアでも日本時間の今日未明、スタンピードがほぼ同時刻に発生したとの事ですが、これは一体、世界で何が起こっているのでしょうか?」
キャスターに尋ねられ、広報担当者が応じた。
『まずは昨日、避難にご協力いただいた都民の皆様に感謝と、ご不便をお掛けした事へのお詫びを、勝手ながらこの場をお借りして申し上げさせていただきます。そして、スタンピード阻止のため、危険を顧みずご尽力いただいた自治体・自衛隊・警察・消防、各ギルドチームの皆様にも感謝を申し上げます』
広報担当者が深々と一礼して続けた。
『さて、この件につきましては関連性の有無含め、我々中央ギルドでも現在調査中ではありますが、ゲート内部の調査が完了しておらず、ここでお答えする事はできないというのが現状であります』
『内部の調査が完了しないのは何故ですか?』
著名人が質問する。
すると番組スタッフが拡大されたスチール写真をボードに張り付け、スタジオ内に展示した。
集団で迫りくるスプリットワームと、怪獣映画のワンシーンのようなコドモドラゴンの容姿、そして動画でも見た、ゲート内部の写真。写真下には「提供・ギルド連合東京本部」とあった。
『五日前、国内で三年ぶりに代々木公園に出現して犠牲者を出し、昨日スタンピードが発生したこの第33ゲートは、その内部が広大かつ複雑に入り組んでおり、更に凶暴な巨大生物…モンスターと呼ばれる敵性生命体が潜んでおり、容易に立ち入れないのです。五日前にも私共のギルドに属するチーム…クランが救助活動の為に出動し、重傷者を出す事態となりました』
『…あれっ?ニュースでは亡くなられたと報じられていたように記憶していたんですが…』
芸能人が疑問を呈する。
クランメンバーの全員に視線を向けられ、大淵は苦笑を浮かべるしかなかった。
『…直後のスタンピードもあり、現地の情報伝達に混乱があったようです。現在は退院し、ギルド業務に復帰しております』
『しかし、日本に続いて世界中でほぼ同時にスタンピードが発生するとは、何か関連があるように思えてしまうのですが、どう推測されますか?』
キャスターが再び質問を戻した。確かにそれは視聴者の誰もが知りたい所だろう。自分だってそうだ。
『先に申し上げた通り、現状ではそれを推測し、判断する材料に乏しいのが現状でございます。モンスターは非常に強力であり、人命第一の観点からも、調査を強引に進めることはできないのです』
『このモンスター…巨大な芋虫と恐竜みたいな奴ですね。このモンスターは自衛隊の鉄砲や戦車でやっつけられないんですか?』
芸能人の素朴な質問に自衛隊OBの壮年男性が写真を振り返りながら解説を始めた。
『芋虫型のモンスターはスプリットワームと呼称されています。巨大な物は4メートルにも達し、また最高時速20キロにもなる突進で襲い掛かってきます。各地のゲートにも稀に出没してニュースでご覧になられた方も居るかと思いますが、このゲートには相当数がいるようですね。 こちらはゲート付近に配備される自衛隊の最新主力小銃・21式騎兵銃、および既存の小火器で十分に対処可能です。 …しかし、こちらの恐竜…コドモドラゴンは初めて見られる方が多いでしょう。 射撃関連の職業スキルを持っていない限り、21式騎兵銃以下、小火器が全く通用しない極めて強靭な装甲…鱗で覆われています。そのため、84㎜無反動砲若しくは30㎜以上の機関砲など、大掛かりな武器で対処するしかありません。…また、ゲート所在地が東京都の中心部という事から、原則的に戦車は使えません。機関砲なども二次被害を及ぼす可能性があるため、緊急時以外は極力使用を控えています』
やけに詳しいようだが、現地の自衛隊や駐屯部隊からも情報を仕入れたのだろうか?
そんな事を思っていると、著名人が不安そうな顔で尋ねた。
『では、市街地でそのバズーカを撃つしかないのですか?』
『そこで、僕のような特殊能力…スキルを持った探索者が、協力要請に応じて出動します』
例のソロ探索者が自信たっぷりに応じた。アイドルのように中性的な顔立ちをした美男子だ。
『もっとも今回のように、出動するのは僕たちのようなフリーランスではなく、広報担当者さんのお話にあったようにギルドに属するクランのチームが主ですが。違いは企業契約をしているかどうか、ですね』
『どんな特殊能力が使えるんですか?火を吐いてあのドラゴンをやっつけるとか?』
芸能人が無邪気に尋ねる。
『僕の場合は冷気の力を宿した剣…「冷皇剣・氷結斬」です。剣が触れると、モンスターを瞬時に凍り付かせるんです。…よろしければ応用して、簡単なマジックをお見せしますよ?』
スタジオが気を利かせ、小さな事務用カッターと水の入ったコップを持ってきた。
男がカッターを握り、コップの中の水に突き立てると、その先端から水が凍り付いていき、スタジオが驚愕しているうちに全ての水を氷に変え、遂にはコップごと評決してテーブルの上で砕け散った。スタジオが感嘆の悲鳴を上げる。
「必殺!冷皇剣・氷結斬!」黒島がコーヒーの中にマドラー棒を突き刺す。
…それを斎城が、それこそ氷結しそうな眼差しで見ている。
(夏には色々と便利そうだな…温くなったビールを…いや、汚いか)
盗らぬ狸の皮算用では無いが、自分に無いスキルの活用方法に思いを巡らせてみた。
「そういえば、俺達のようなスキルを持った奴ってのは、全国で何人いるんだ?」
誰にともなく尋ねる。確か、ゲート探索者人口は5万人近いと聞いた気がしたが、探索をする以上、当然彼ら全員がスキルを持っているのだろう。
「現時点で推定六万人だそうだ。一万人以上はスキルを持っていながらゲートに関わらず生きている。 …スキルには日々の生活にこそ役立つようなものもあるし、超能力に目覚めたからって、政府の奨励にホイホイ従ってギルドに加入しない奴もいる。或いは、そんな危険を犯さなくても順風満帆な生活を送っているか、体の自由が効かないか。色々な理由があるだろうな」
黒島が応えてくれた。
「ちなみに世界全体では40万人だそうです」
香山がスマートフォンの画面を見せてくれた。国際的な統計機関による発表だった。
「さて、今の番組の続きじゃ無いが、明後日、ゲート調査に向かう。各自、準備をよろしく」
黒島が宣言した。
(そういや、三日後にパーティをなんとか…って電話で話してたな)
「人選はどうする、隊長?」
ゲート内が危険なのは嫌と言うほど分かっている。可能な限りフルメンバーで臨むべきだろう。
「星村には残ってもらって…俺、香山、斎城のチーム。黒島をサブリーダーに川村、藤崎、尾倉のチーム。これで行こう」
「了解」
「…そういえば黒島、お前も銃は扱えるのか?」
黒島勇人…「軽装歩兵」(天駆・短)…初めて見るスキルがあった。名称から察するに空を短時間飛べるのだろうか?
「ああ。この中で飛び道具を使えるのは俺とお前だけだ。職種ごとに使える武器の性質があってな。例えば藤崎や川村に銃を持たせても、それは銃本来の性能のままだし、職業・スキルの恩恵も得られないから、スプリットワームはともかく他には通用しない。逆に、俺達が持てば職業ステータスの分が相乗されるし、お前であればスキルとの相性が抜群だろう」
(騎兵は騎兵でも、竜騎兵は飛び道具を使えないのか)
「じゃあ、俺の汎用や軽装ってのは、どういう意味があるんだ?」
「軽装歩兵は字の通り身軽な歩兵だ。メリットと言えば他の歩兵系よりも素早いって事と、騎兵系よりも防御系ステータスが高めなことと、武器への縛りが無い事くらいだな。…完全に騎兵の下位互換だ。 汎用騎兵であれば歩兵系よりも素早く、攻撃力が高めのステータス。他の騎兵に比べてステータスがバランス型、って所だな。そう考えると大体、重・軽の差が分かって来るだろう?」
「なるほど」
「さて、少し早いが昼飯にしないか?午後から自衛隊の担当と明後日の任務について簡単な打ち合わせがあってな」
時計を見ると十一時十四分。だが、早い分には良い。どうせこのオフィスにいても、ネットでこの世界に関する情報を仕入れる事くらいしかできない。可能なら黒島について行って自衛隊と接点をつくり、機会を見て銃剣術を教えてもらえるかもしれない。
「そうだな」
「それじゃ各自、休憩に入ってくれ。今日は四時を過ぎたら適当に上がってくれ。休息と調整に時間をあててくれたまえ」
そう言い残し、黒島はオフィスを後にした。自分も後に続く。
ビルを出て、駅方面に二分も歩いた場所に大衆食堂があった。
「フレンチが良かったか?」黒島が冷やかすように振り返る。
「まさか」かぶりを振って返す。
まだ早い時間だったが、客が六人ほど居た。テーブル席に着いた工事作業服姿の四人組と、一人ずつカウンターに離れて座った客が二人。カウンター席は椅子が八脚、四人掛けのテーブル席が二つ。六十か七十代の夫婦が営む小さな食堂だ。
「大分慣れてきたようだな。まだ少し硬いが、根っこは本来のお前だ」
「…そうだな」
だとすれば、黒島のおかげだろう。彼の毒気を抜く人懐っこさには救われている。彼がやたらと自分に絡むのも、幼馴染だという事もあるだろうが自分が少しでも記憶を取り戻せるように、或いは不安を感じさせないようにと気遣っての事だろう、と解釈していた。
それに、いくら違う世界と言っても自分は自分だ。容姿こそ違えど、基本的な精神性は似ていたのかもしれない。
黒島はさんま焼き定食を、大淵は地方ブランド豚の生姜焼き定食を注文し、再び向かい合った。
「そうだ、お前が意識を失った時の報酬なんだが」
「ああ」
現金が無い訳にはいかないと、初日の宴会後、自宅で黒島と自分の財産を再整理した。幾ばくかの現金と通帳を見つけ、通帳にもそこそこの預金がある事、そして現在の家賃・光熱費等の支払い状況を確認してきた。ギルド業がどれだけ生業として成り立つか知らないが、今後の生活の為にも報酬はあるだけ助かる。
「死亡保険はそもそも振り込まれる前だったから問題にならないが、労災分がこの期日にお前の口座に振り込まれる。一応確認しておいてくれ」
人目をはばかるように小声で、明細書を見せた。
「…十分だ」
「それと別にミッションの報酬だ。これも振り込みで良いか?」
当座の現金は十分に下ろしていた。豪遊に縁のない自分なら余裕だ。
元々、金にも縁が無かったが、三十代を過ぎてから趣味らしい趣味も無くなったのだ。
あのゲームを遊んだのも膨大過ぎる暇を紛らわすための一つだった。…寂しさを紛らわすためとはいえ、金にしか関心のない異性に相手してもらうのも余計に惨めに思えて、最後まで手を出さなかった。
「ああ、頼む」
「はい、お待たせしました」
焼きさんまと豆腐の味噌汁の、香しいまでの匂いが漂ってきた。
そっちにすれば良かっただろうか…などと浮気心が持ち上がった所に、生姜焼き定食が運ばれてきた。
芳醇な豚肉と生姜の匂いが鼻腔を圧し、浮気心は吹き飛んだ。
「所で、午後の自衛隊との打ち合わせなんだが、俺も連れて行ってくれないか?」
「銃剣の事か」
充実した満腹感に睡魔が襲う。眠気を熱い茶で追い払いつつ、黒島に頼み込んでみた。
「本当ならショップでお前の手に合う物を探すべきなんだろうが…今からショップに買いに行っても、オーダーメイドか…昨日の今日だ。もう碌な物は残ってないだろうな」
悔やんでも仕方ない事だが、今になってあの騎兵刀の素晴らしいバランスと威力、扱い易さが恋しくなる。それに比べると、あの銃剣は余りにも心許ない。
「…確かに時間がどれだけかかるか分からん。例え付け焼刃でも、知っておくだけで大違いだろうな。分かった、向こうの都合は分からないが、ダメもとで頼んでみようぜ」
「恩に着る」
店を後にし、地下駐車場に戻ってからSUVに乗り込み、練馬区へと向かった。
国道254号線を進み、西門から駐屯地のゲートへ誘導され、黒島と共に身分証を提示した。正面には五階建ての横長な建物が構えている。車を駐車場へと停め、案内に従って建物の一つに入り、待合室に通された。
間を置かず、連絡調整担当の自衛官が現れ、黒島と共に挨拶を交わした。黒島と担当の自衛官…太田は既に何度も打ち合わせで顔を合わせている仲だった。
「いつもお世話になっています。今日は突然身内を連れてきてしまって申し訳ありません。実は、個人的にお願いしたいことがあるとの事で」
「そうなんですか? お話を伺いましょう」
急な無理にも関わらず、太田は嫌そうな顔もせず、日に焼けた顔を大淵に向けた。
「本日はお時間を割かせて申し訳ありません。 実は、事情があって、明後日のゲート探索の際、銃剣でモンスターの対処にあたる事になりまして。しかし、銃剣を扱った経験がなく、エキスパートである皆さんにご指導頂けたらと思い、非常識ながらも今回、このように不躾なお願いに上がりました次第です。 …その…命に関わる事ですから」
今更ながらビジネス会話の経験が少ない自分を恨んだ。言葉が拙いのは百も承知だ。
だから、最後に拝み倒しを付け加えた。
「そうでしたか…。 自分の独断ではすぐにお応えしかねますので…失礼。少々お待ちください」
太田は出入口横の内線に駆け寄ると、どこかに電話をかけ始めた。さほど手間取った様子も無く、二分ほどで受話器を置き、戻ってきた。
「それでは大淵さん、許可が下りましたので、この隣の談話室にてお待ちください」
「あ、ありがとうございます!」
「とびっきりの鬼軍曹をお願いします」
承諾を知って黒島が冗談を飛ばす。太田も笑いながら再び黒島との打ち合わせに戻った。
談話室は自販機が二つと長テーブルが八つほど並ぶ、教室を二つ合わせた程度の広さの部屋だった。ドアに近いテーブルに着席して待つと、ほどなくして足音が近づき、迷彩服姿の自衛官が入室した。
「初めまして、大淵と申します。御迷惑をおかけして申し訳ありません」
「とんでもない。ああ、座ったままで結構ですから。倉田と申します。よろしくお願いします」
倉田は綺麗に剃り上げたスキンヘッドに略帽を被り、朗らかな顔で対席に座った。
「銃剣術を教わりたい、という事でよろしいですか?」
「はい。是非」
「分かりました。こう見えても私、格闘の指導官なんですよ」
そう言うと誇らしげに、いぶし銀の地の上で月桂樹の葉に輝く、金色の盾と剣を合わせた徽章を示して見せた。
「そこまで誠意を以てご依頼頂いたんですから、こちらもそのつもりで、早速明日からビシバシ鍛えさせて頂きますよ」
…こんな形で黒島の悪い冗談が現実になるとは思わなかった。
「お、お願いします!」こういう時は元気よく声を出すのが体育会系のお決まりだ。
まだ五時だが、晩秋の夕暮れが迫っていた。打ち合わせを終えた黒島とビルに向かう途中、自宅前で下ろしてもらい、別れた。
当初は勝手がわからず、黒島に自分の生活をサポートしてもらったが、それも分かってきた。生活に必要な電化製品は揃っていたので、そろそろコンビニ弁当と外食三昧から卒業しなければならない。
一人暮らしだった為、レパートリーは乏しいが簡単な物なら作れる。
バックパックを背負い、部屋を出た。歩いて五分の場所に古びたスーパーがあった。余程築年数が経っているのか、薄暗い店内には昭和を感じさせるポスターや小物、果てはもう絶版されているであろう、マニアが喜びそうな古い玩具まであるが、置いてある食品類は全て新しいものであるのが何ともミスマッチな雰囲気だ。
(さて、何を作るか…)
昼は肉を食べたことだし、煮物にするか…ちょうど大根、人参の美味い時期だ。厚揚げとがんもどき、はんぺん…ついでに目についたインゲンを買い物かごに放り込み、レジに向かうついでに酒類もいくつか買い込んだ。 …念の為、失敗した時にひもじい思いをしないよう、カップ麺とインスタントラーメンも買った。
たしか調味料は一通りキッチンにあったな、と忘れ物が無いか振り返ってみるが、どうせ自分の事だ。家に戻って、足りないというその時になるまで思い出さないのだ。
会計を済ませ、レジの中身をバックパックに全て詰め込む。
買い物を済ませて自宅に戻ると、電気を点け忘れた薄暗い玄関前に人影があった。
(…さては黒島か。何か渡しそびれた物でもあったか?)
もしかすると自分が車内に何か落とし物をしたのかもしれない。 声を掛けようとして思いとどまる。 …日頃、からかわれている仕返しだ。…少しばかり驚かせてやろう。
悪戯心から童心に返り、足元の重心を意識して暗殺者よろしく忍び寄り、頭に軽くタッチしてやろうと手を伸ばした。
(アイツ、こんなに低かったか?)
相手の正体を疑問に思った時には遅く、絹細工のような触り心地の髪…ボブカットに触れていた。
「ふわわっ!?」
「か、香山!?」
「いやー、すまん。黒島かと思って悪ふざけをな…(ん?…みりんが少なすぎたか?)」
乗り遅れのみりんを小さじに舐める程度に足し、再び煮込む。先ほど自分が買った食材が小鍋の中でぐつぐつと煮えている。インゲンの緑がアクセントになり、味は未知数だが、立ち上る煙は食欲をそそり、一端の料理に見えてくる。
「いえ、びっくりしましたけど…こちらこそ急に押しかけてすみません」
はにかんだ顔は十代の少女を思わせるあどけなさだった。
隣に立つ香山は、先ほど自分が気まぐれで買ってきたインゲン、そして冷蔵庫の中に忘れかけられていたカットキャベツ、ツナ缶にマヨネーズをあえたサラダを手早く作り終え、卵焼き器の中で半熟になっている生地の上にピンクの明太子を一列に並べ、その上に細かに刻んだネギを散らしていく。
「なに、俺も午後から自衛隊さんの所へ押しかけてきた同士さ。武器の扱い方を教わりにね」
「じゃあ、明日から?」
「ああ、早速稽古をつけてもらう予定だ。…優しい人だが、相当な鬼教官らしい。今から楽しみだよ」
レンタイ再選人…上級曹長…だったか? あれは恐らく剣道時代に見覚えのある…一切怒鳴らない代わりに、「笑顔で可愛がってくれる」タイプだ。
「銃剣道でしたっけ?…薙刀だったら少しくらいは教えられたんですけど」
「薙刀をやってたんだ?確かにこの間も見事な活躍だったな」
率直に褒めると、香山は手元をやけに忙しく動かし、声を裏返らせかけた。
「と、とんでもないです! …とても大淵君や斎城さんのようには戦えません」
「ああ、斎城も凄かったな。俺も昔、剣道はやってたんだが、アレには敵わない。スキルがあるとはいえ、明らかに達人の体捌きと太刀筋だった」
「えっ?大淵君、剣道やってたんですか?」
初耳と言わんばかりに、香山は元々大きな丸い目を瞬かせた。
しまった…矛盾が生じたか?
この世界の自分も同じ生き方をしていたとは限らない。もう少し慎重になるべきか。
「あー、やったといっても、中学だか高校の授業でやったような気がしたってだけで…いや、何かの記憶違いかもしれん。…忘れてくれ」
「そうですか? …でも、この間は凄く格好良かったです」
香山はそれ以上追及する事も、訝しむ様子もない。
安堵する気持ちと褒められて気をよくしたのとで、大淵は照れ隠しに苦笑して見せた。
「そ、そうか?なんというか、無我夢中だったから。 …それより悪いな、御馳走してくれるなんて」
「いえ、差し出がましいかな、って思ったんですけど、もし料理の記憶まで無くなってたら大変かなと思って。でも、余計な心配だったみたいです」
「とんでもない。思わぬおかずにありつけた。明日の弁当にもできる。…またいつでも来てくれると嬉しいんだが」
「…じゃあ、その時はこのくらいの時間にお邪魔しますね」
「本当にいいのか?ありがとう」
冗談半分、本気半分以上だったが、期待以上の返事だ。内心では快哉を叫んでいた。
「お礼にと言ってはなんだが、良かったら飲んで行ってくれ」
「じゃあ、遠慮なくご馳走になります。私、料理が趣味なんで、お任せしちゃってください」
香山は屈託のない笑顔で応じた。
…その笑顔の裏でガッツポーズを堪える香山を、大淵が知る由もなかった。




