異変
王城で一夜を明かした大淵は、珍しく早起きして早朝の中庭を散歩していた。普段はどちらかというといくらでも寝過ごすタイプである。しかしごく稀に、こうしてお年寄りのように早起きしてしまう事もあった。
…朝も早くから、熱心な騎士達が壁際に設置された草臥れた鎧兜…稽古用の標的に向かい、木剣や棒を手に鍛錬に精を出している。
…どれ、自分も一つやってみるか?
傍らに設置された樽の中に突っ込まれた幾つもの木剣や棒から、木剣を引き抜いた。
その自分が空いた標的の前に立つと、騎士達の視線が集まった。密やかに「オルカの…」と囁く声が聞えて来る。
(…なんか緊張するな…)
騎士達が見守る中、標的に向け木剣を正眼に構えた。
呼吸を整え、裂帛の気合と共に標的の兜に向け、剣を振り上げ…
…慣れない早朝練習の為か、足が縺れた。
「あッ~!」
みっともなく前のめりに倒れ、見当違いな間合いから振り下ろされた木剣は兜に「カン…」と小さく虚しい音を立てた。…のど自慢の鐘一つの方が余程荘厳だ。
ばつが悪そうに大淵が立ち上がり、膝に付いた土を払った。
「…これからは、もう若い者達の時代だな…」
負け惜しみにもならない謎の迷言をその場に残し、すごすごと木剣を元の場所に戻して退散した。
困惑して大淵の背中を見送る騎士達をよそに、カラン、と乾いた音が響き渡った。
騎士達が振り返ると、その鎧兜が真一文字に分断されていた。
(いやー…調子に乗ってダッセェの見せちまったなぁ……あれ、後で城中で笑われるんだろうなぁ…)
ナチュラルに落ち込みながら城の客室へと向かって歩いていた。
「大輔君?」
振り返ると、斎城が歩み寄ってきた。右眼の泣き黒子…もう元通りにはならない、赤い目。 人によっては不気味だと思うかもしれないが、自分からすれば良いと思う。 本人曰く、酷く消耗した時や、以前アウターデーモン…ポットに取り込まれてエナジードレインされた時などには黒目に戻っていたらしい。
…あの透き通るような黒目も好きだったが。
「ヒナか。おはよう。早いな?」
「おはよう。大輔君こそ、今日は早いね?」
「あー…朝の散歩だ。たまにはな。そっちは?」
「朝の鍛錬に行こうかと思って」
斎城の左手には彼女の愛刀…無銘の打刀があった。素振りでもするつもりだったのだろう
「予定変更して、一緒に散歩しちゃおうかな」
「ん?いいけど…城の中うろうろするのもあれだしな…」
廊下の窓から、海に向かって大砲を向ける砲台と連絡通路…防壁が見えた。
「あそこに行くか。眺めも良さそうだ」
「賛成♪」
砲兵とすれ違いながら通路を進み、大口径砲台に出た。砲兵の邪魔にならないよう、砲台の縁に座った。
「塩風が気持ちいいね」
「そうだな。 …今日も晴れやかな天気になりそうだ。…港でのんびり釣りでもしたい」
…ちなみに、レイスが破格の金額で買い上げたボートは、奴の魔物釣りで海の藻屑と消えていた。
「大輔君も魚、捌けるの?」
「ん?…いや、そういや釣っても捌けないな。…こう、口から串刺し公にして丸焼きするとか…」
「良かったら捌いてあげるよ。大輔君が釣って、私が調理って役割分担」
「ところが帰ってみたらボウズだったりしてな」
二人で談笑していると、不意に無線機が鳴った。
『ダイス、私を置いてどこにおる!?朝飯だ、さっさと戻って来んかッ』
「…いかん、お姫様がお怒りだ」
「もっと怒らせちゃえば?」
「それも面白そうだが、後が怖いからな。…そろそろ朝飯だそうだから、一緒に行こうぜ」
「うん」
食堂にはメンバーの全員が集まっていた。給仕係が料理を運び、城のメイドが全員に牛乳か紅茶か、水かを選ばせながら回っていく。
マオは不機嫌に牛乳を飲み干し、大淵と斎城を妬ましげに睨みつけていた。
…香山と一緒にいる分には何も言わないが、斎城といると何故かマオは忽ち不機嫌になる。
「おお、お二人さん。丁度よかった。…城で仲良くなったメイドさんから気になる情報があってな」
「気になる情報?」
メイドに水を入れてもらいながら続きを促した。
「ここから南に行った漁村と連絡が取れないそうだ。…その村はとある領主の所有する領土の一つで、リノーシュ王としても調査したくても勝手な真似はできない、って事でな。メイドさんはその村に友達がいるらしいが、二週間前を最後に一切便りが返ってこないそうだ」
「…正義だからって、リノーシュは無理やり軍を派遣する人間じゃないしな」
「それをやったらどこぞの大国とどこぞの大国達だよ。…何かがあったと考えているようだ」
「…それだけではなんとも。その情報提供者と会えるか?」
「…ああ。ちょうど今、お前にサンドイッチを配ってくれている子だ」
純朴そうな小柄、丸顔の少女が、人見知りしたように目を伏せた。…まだ十代半ばだろう。
「…御客人にこんな無礼を…どうかお許しください。でも、友達のラーマからもう二週間も便りが無いんです。何かあったとしか思えなくて…あっ、失礼しました。…私はヤーナです」
日に焼けた薄褐色の肌の少女が頭を下げた。
「…では、どうして何かがあったと君は考えるんだ?説明してもらえるか?」
「はい…」
…三週間前、南の漁村・リーデに住むラーマから手紙が来た。
「領主様が豊かになれる産業を生み出したと言っている。これから忙しくなりそうだ。こっちに来て、領主様の下で一緒にその仕事をしないか?」
しかし城での仕事は待遇も充実していた。…それに、その豊かになれる仕事というのもなんだか怪しい気がした。
ヤーナは断ったが、それからラーマは彼女を執拗に誘う事も無く、漁村で領主が始め出した仕事の内容について手紙を寄越して来ていた。…郵便が行き来し、相手の変身が届くのにはおおむね2日間掛かる。
それからも二度、仕事の内容を書き記した返信が届いたものの、二週間前にこちらが送った手紙に対して、今に至るまで一切返事が無かった。
「…どんな仕事だと?」
「蒸気の中でカプセルを運んで…とか、漁船で沖合に行って、とか…そんな仕事の話を書かれていました」
「船で沖合に…?漁で無いなら、何のために?」
「わかりません。…それを聞こうとしていた折に、私だけでなく彼の村自体と連絡が取れなくなりました。」
「おはよう、諸君。…話は聞かせてもらったよ、ヤーナ」
リノーシュが青髪を靡かせ、ヤーナの隣に立った。ヤーナは恐縮するのとリノーシュの凛々しい美貌に圧倒されるのとで、その小柄な体が消滅してしまうのではないかと思うほど委縮してしまった。
「気に病まないでくれ、ヤーナ。…この件は私も察知していたが思うように調べられなくてね…」
そして何かを察してくれと言うように大淵を見た。
「…俺達にその村の様子を見てきて欲しい、と?」
「…そういう事だ。勿論、聞き流してくれても構わない。
「…親友の悩みを見過ごせるかよ」
「…ありがとう、大輔」
「…そういう訳だ、諸君。いつでも出撃できるよう、準備をしておいてくれ。
「了解」
(まったく…俺はお悩み相談係か?)
内心でぼやきながらも、現地住民の無事を祈らずにはいられなかった。




