蒼王強弓
全行方不明者を救出してブレメルーダに護送する間、大淵は香山による二時間にもわたる懸命なヒール治療を受けた。その甲斐あって、辛うじて完全失明は避けられた。…視力も問題は無くなったが、ごく間近で見れば、漆黒に近かった左目の虹彩色素が若干褪せているのが分かる。しかし大淵本人に一切の不便はなく、本人も外観には頓着しなかった。
「だ、大輔君…」
香山は大淵の眼を覗き込んだ後、わなわなと震え出した。
「すまなかった、桜…怖かっただろう。…完全に俺の…」
「ごっ、ごめんなさいっ!私が捕まったせいで…眼も…!」
「お、おいおい…だから、捕まったのは俺の判断ミスのせいだ。それに、眼も失明せずに済んで良かった。桜のお陰じゃないか」
「だ、だって色が…」
香山がレッグポーチからコンパクトミラーを取り出し、大淵の眼を見せた。
「…フッ。 これで一層、露も滴るいい男になっちまったな…」
気障ぶって顔を傾げて見せる。
「…それ、水も滴るいい男…ですか…?」
「…と、とにかく、これはコレでありだろう? …どうだ、桜、この俺がなんちゃってオッドアイになったくらいで不細工に見えるか?」
「み、見えませんっ、か、格好良いです!」
「なら良し。食堂に行って夕飯にしよう。それと、アラクネに一緒に礼を言いに行かなきゃな。今回のMVPだ」
「は、はいっ!」
「桜、ダイスッ、!私にも感謝しろ!私もお前らを助けたんだぞ!」
「ん? お前、何かしたっけか?」
「私がしたといったらしたんだ!」
「あぁ、確かに奴に来いと言われて一緒に巻き込まれてくれたもんな。マオも偉い偉い」
「マオちゃんもありがとう!」
二人で頭を撫でてやると、マオはまんざらでもなさそうにされるがままになっていた。
甲板に向かうと、マストに張られたシュラウドを蜘蛛の巣代わりに寛ぐアラクネの姿があった。
「おーい、アラクネ」
「だ、ダイス様!」
器用に七本の足でシュラウドを降りて来ると、大淵の前で恭しくお辞儀をした。
「御無事で何よりでした。…私、初日にダイス様…いえ、レイス様がお独りで出られてしまって、レイス様を探す内に道に迷ってしまいまして…早朝の魔海賊騒動の折、魔物の死骸にダイス様の武器の痕跡があったので、それから港湾で身を隠してお待ちしておりました!…密かに船に潜り込んでおりましたが、お帰りが遅いので様子を見に行きましたらあのような事に…」
「そ、そうか。すまなかったな、苦労掛けて。…それと、桜を助けてくれてありがとう。今回ばかりはお前が居なけりゃ、俺も桜もダメだっただろう」
…あの下衆野郎の事だ、抵抗しても勿論、言いなりになっていても結局は香山を殺していただろう。…自分は時間を稼ぎ、何かしらの隙を狙っていたが、結局アラクネの助けが無ければ二人とも殺されていただろう。
…あの時、キャラバンを皆殺しにしたアラクネを見逃した判断がこんな形で返ってくるとは…こんな因果応報もあるのか。
「アラクネさん、ありがとうございました!」
「滅相も無い、当然の事を致したまでですわ」
「何かお礼がしたいんだが…」
「…そういう事でしたら…香山様にはお手すきの時に魚料理を頂きたくございます」
「勿論です!」
「…ダイス様にはまた後程お願い致しますわ」
「あぁ、なんでも言ってくれ」
食堂で海鮮シチューを御馳走になっていると、甲板から警鐘がけたたましく鳴り響いた。
共に食事を摂っていた海兵達もシチューを飲み水のように流し込むと、テーブルに上げたり立てかけたりしていた武器を引っ掴み、慌ただしく飛び出して行く。
「…やれやれ、夕飯すらゆっくり食わせてくれんのか」
大淵もシチューを飲み干して立ち上がると、率先して甲板に向かった。
階段を駆け上がる最中、船が激しく揺れ、咄嗟に手すりに捕まった。
「…クソッ、ヤバいんじゃないか…?」
大淵は急いで甲板に出た。
丁度船体から巨大な触手が引き抜かれ、海中に戻る所だった。探照要員がせめてもの抵抗と言わんばかりに、その巨大な犯人の姿を漆黒の海の中に照らし出した。
見覚えのある赤い斑模様…確か、スティングレイとか呼ばれていたか。
「蒸気機関がやられたぞ!」
左舷の巨大な外輪が、ゆっくりと停止した。…それだけでは済まず、船体に穴も開けられているようだ。
「し、浸水している!全水兵、防水作業に当たれ!」
城の晩餐会で蒼船海兵団団長のピリと会話する機会があった。ピリによれば、最強の海洋モンスターとされるシャチとの遭遇はここ十数年無いという。
むしろ、シャチより実質的に海の支配者として君臨するのは、このスティングレイだという。こちらも遭遇率は極めて低いが、小型ボートに乗って漂流した漁民を見逃したという王の風格も持つシャチと違い、このスティングレイは人間を見ると殺すまで襲ってくる凶暴性と海中戦闘能力を誇り、海軍学校でも「遭遇したら僚艦が撃沈され、仲間が海に投げ出されようと一隻だけでも逃げ帰れ」と教えられているという。
直近では五年前、夜間哨戒に当たっていた当時の二番艦と三番艦がこれの襲撃を受け果敢に交戦。…しかし三番艦・ワームが撃沈、艦長以下全乗組員死亡、二番艦・スノーが中破しながら命からがら帰還という大惨事に終わったという。…それでもスティングレイは倒せなかったと。
(ってことはこれ…俺達このまま置いてかれるんじゃないのか…?)
左右を並行する一番艦と十一番艦からは、今すぐにでも逃げ出したいという畏怖の念が痛い程伝わっていた。
その証拠に、探照は向けられているものの、まだ一発の砲弾も撃ち込まれていないからだ。…撃てば、獰猛なスティングレイはすぐさま反応し、その船が沈没するまで破壊を止めない。援護する事は自分達を生贄として差し出すのと同義だ。
それでも逃げ出さないのは、その補給艦に国賓である大淵一行が乗り込んでいる事…そして、先の海戦や海魔討伐で名を馳せている大淵なら何とかしてくれるのでは、という期待からだった。
大淵としては巨大しゃもじに二本の触手を伸ばした…と思わせる外観の、30メートルものスティングレイから、鋭い触手がもう一度、ハーベストの船体に向けて繰り出された。
「させるか」
弓を取り出し、射線付近に味方がいない為、全力で放った。スティングレイごと海面が弾け飛んだ。
…元凶は葬ったが、船の傾きは止まらない。
「非常ボートを下ろします!お乗りください!」
「ありがとう。しかしこちらは、他の非常手段があるのでご心配なく」
「アリッサ、お前も収納の魔法石持ってたよな?」
クリフェに案内され、黒竜を倒したダンジョンで、アリッサには自分よりデカい、中くらいの魔法石を渡していた。
「持ってマース」
「皆を収容してペガサスで脱出だ。…アラクネも頼む。それと、ボートに乗り損なった人がいたら支援してやってくれ」
「アイサー!」
「斎城はあのドラゴンを頼む」
「うん、わかった!」
ハーベストが物悲し気なSOS汽笛を最後に鳴らし、夜空に救難弾を打ち上げた。
…しかし、ウルフとビーバーは救助に向かう余裕は無かった。
海面が盛り上がり、探照に照らされた巨大な影が幾つも、岸壁のように立ち並び始める。
クラーケン・オクトー…クラバーなる、巨蟹の鋏も見えた。
「…奴の置き土産か?」
ともすれば、島へ向かう途中の襲撃は島に追い込む為、今は逃がさぬ為、か。
斎城と共にブルードラゴンに乗り、オクトー・クラーケンの集団に囲まれ、絶体絶命のウルフに向けて跳んだ。
「アリッサはビーバーの方に行って蟹を頼む!海面から出てる鋏さえやっちまえば、後は無害だ」
「蟹鍋~♪」
「多分毒だから食うなよ」
弓を番え、ウルフを巻き込まぬよう加減して放った。 船体表面を破壊していたクラーケンが蒸発し、オクトーは触手一本残して消滅。
「…ごめん、大淵君、私のドラゴンは発動時間短いんだった」
「えっ」
「え、SPはあるから、強制消費でしばらくは飛んでいられるけど…」
「…最大時間でおよそどのくらい?」
「…一時間」
斎城のドラゴンは燃費が悪かった。…アリッサのユニコーンが高級カーなら、ドラゴンは戦車のようなものか。
「…まぁいざとなれば誰かの救助船に乗せてもらうか、アリッサに便乗して…」
一際大きな波が上がったと思うと、スティングレイが現れ、ウルフに触手を突き放った。
…当たり所が悪かったらしく、ウルフは反撃の大砲を撃ち込みつつ、船を傾けた。
「…だめだ、角度が悪くて狙えん!!」
「移動するね!」
斎城が気を利かせて移動するが、スティングレイは海中に潜航しつつ、ウルフの船底から触手を貫通させた。 …一気に船が沈みこみ、乗組員たちが我先にと海面に飛び込んだ。…何名かが沈み込む船の際で発生する水流に巻き込まれ、引きずり込まれていく。
「…畜生…!」
スティングレイが姿を現すが、またも船の陰になっていた。
…と、あり得ない角度から探照が焚かれ、スティングレイの姿が逆光になった。
幻獣の悲鳴かと思うけたたましい音と共に、スティングレイがビクリと動きを止め…そのまま海中に沈み込んでいった。
「陛下…陛下だ!」
海面で芋洗いよろしく漂う乗組員の中から歓声が上がった。
一隻の軍艦の探照が次の海洋モンスターを探し求め、海面に逃げ延びた乗組員を捕食しようとしていたオクトーを明々と照らし出した。
再び怪鳥の悲鳴…いや、自分の放つ矢の音に似ている…
「まさか、リノーシュか…!?」
「凄い威力…」
斎城が感嘆の声を漏らした。
大淵自身、これほどの出鱈目な破壊力をレイスや自分の神造武具以外で見るのは初めてだ。
(高位弓士ってのは、皆こんな芸当ができるのか…!?)
大淵の臆病熊の弓には遥か及ばないが、その分気兼ね無く撃っている。
その軍艦に向かう二体のスティングレイも、一射ないし二射で仕留めていく。
大型モンスターはリノーシュと思われる攻撃に任せることにした。大淵は騎兵銃に持ち替え、強化した状態で細々としたシャークや触手を処理していった。
唐突に戦闘は終了し、斎城と大淵、アリッサは静かな海面に佇む旗艦、キング・オブ・ノーチラスの甲板に誘導され、降り立った。
甲板には既にリノーシュが出迎えていた。
「すまなかった、大輔!それに皆さんも…! 帰りが遅いから嫌な予感がして、こちらに向かっていたんだが…救難信号を受けて、急いで来たが…まさかこんな酷い事になっているとは…」
両舷からボートが下ろされ、慌ただしく救助活動が始まっていた。水兵達の荒々しい怒号がそこかしこで響き渡る。
「なに、助かったよ。…島で悪さをしていたのは、俺達とも縁浅からぬ奴だった。ある意味、巻き込んだのは俺の方だ」
「ともかく中へ。…救助活動が終了し次第、このまま王国へ戻ろう」
「賛成だ。…それにしても、あの攻撃は矢によるものだったようだが、リノーシュか?」
「うん。ちゃんと味方に当てないよう、加減はしていたよ。大輔も凄い矢を放つんだね?」
…あれで手加減しているのか…
「…じゃあその弓は神造武具か?」
「はは、まさか。でも、我が国の職人達が作り上げた、王国一番の強弓さ。…神造武具なんて、お伽噺にしか…」
「ここにあるぞ?」
弓を見せてみた。
「…本当に? …少し交換してみようよ?」
二人は弓を交換してみた。
「矢は?」
「弦を引くと魔力を消費しながら出て来る。」
大淵はリノーシュの弓矢を番えた。…無人の残骸に向けて放って見ると、確かに貫通はするが、リノーシュのそれには及ばない。
「…だめだ、引けないよ!…弦を引くと、(お前じゃない)って言われたよ」
「そうか…」
(逆に、こっちの弓矢は強化しようとすると弓矢が壊れそうになってしまった…)
救助活動を終えた部隊が撤収してきた。 …ウルフとハーベストが沈没し、ウルフの乗員18人が犠牲となっていた。…艦長は部下の避難を見守る中、戦死していた。
最早沈没船の影も形も無くなった夜の海を見渡し、リノーシュは呟いた。
「…ウルフとハーベストには悪い事をした。だが、よく戦ってくれた」
「…勇敢だったよ」
リノーシュの肩を叩いてやった。




