地底奸獄
走るような大股で医師に迫ると、その首を掴んで軽々と締め上げた。…殺さないよう、筋力アシストは切ってある。
「…桜はどこだ!?…」
「うぐっ…み、皆とお家にいるよ…楽園のお家…こどももいっぱい…」
「…頼むから…俺を怒らせないでくれ…!」
医師は口から泡を吹き始めた。
「大輔君、ダメッ、殺してしまう!」
「ノー、大淵!操られてるんデス!」
「…取り乱してるなぁ、人間?」
白目を剥き、泡を吐きながらも、医師が嗤った。
「…ゼルネスとかいう奴か?」
医師を放した。ベッドにもたれ掛かりながら医師は虚ろな目で大淵を見た。
「…この女が大事なら、魔王を連れて二人で北坑道に向かえ。…宴を用意してある。…もし、招待した人数に過不足があれば…この娘が前菜になるだろう」
それだけ言い終えると、医師はぐったりと倒れた。
「…聞いての通りだ。…すまんがマオ、巻き込まれてくれ」
「うむ。桜を見捨てられん…巻き込まれてやる」
「アリッサと斎城は、黒島達の応援に向かってやってくれ。…そっちが片付く頃に終わらせてくる」
「わかりマシタ。…約束デスよ?」
「…気を付けてね」
「クソッ、一体なんだってんだ!?」
悪態を吐きながらも黒島は、ゾンビのように迫って来る海兵を峰打ちで一人ずつ坑道不能にしていた。
海兵はいずれも体のどこかに怪我をしていた。…原因はその怪我としか思えないが、問題は一体何にやられたのか、だ。
「た、助けてっ」
取り囲まれた射方が悲鳴を上げる。
…だめだ、海兵の新手に対処する為、藤崎と尾倉は自身も敵に取りつかれ、タックルを受けながら持ちこたえている。
川村とリザベルも、剣身で叩き伏せ、徒手格闘で何とか対処している状態だ…
「うおぉっ!」
浮田が射方を襲う一人にタックルして引き剥がす。もう一人に騎兵銃の銃床を叩き込んだ。
その隙に射方が逃れた。再び浮田がタックルして最後の一人を抑えつけた。
不意に、尾倉と藤崎の拘束が解かれた。
「斎城、アリッサ!? 来てくれたか! けど…香山とマオ、大淵は…?」
「…香山さんが、この間の…街道で襲って来た悪い奴に捕まってしまって…大輔君とマオちゃんの二人に何か恨みを晴らそうと企んでいるみたい…」
「…なんてこった…」
「私達が行ったら香山さんが危ないって…」
「…あの卑劣なゴブリン擬きめ!」
「…どうやら、これが原因らしい」
尾倉がメディカルポーチからピンセットを取り、倒れた海兵の背中…鎧の隙間にある傷にピンセットを突っ込んだ。
…ずるりと、糸状のモノが引きずり出された。一見すると白いミミズのようなそれは、地面に落ちると消えて無くなった。
「…寄生か?」
「…ああ。背後から襲って…口からか?」
倒れている別の海兵に近づき、使い捨て手袋を苦労して手にはめ、舌を検めた。…唾液腺を刺激すると、鋭い棘が五センチほど、舌から伸びる。…傷口からミミズを除去した海兵の舌は正常に戻っている。
…感染経路と仕組み、除去方法は大まかには分かった。あとは…
大淵…無事に戻って来い… 尾倉は、人質を取られた大淵を案じた。
…あの男が可愛がっているこの娘に…素敵なプレゼントを残す目論見は失敗に終わった。…忌々しい事に、女は神官騎士だった。その対魔の力が、魔物にとっては超高温に炙られた鉄板の装甲のように相手を近付けない効果がある。
…あてがった男が女の素肌に触れようとすると、忽ち大火傷をして退散してしまう。
…まぁ良い、殺すこと自体はできる。
女は高い岩棚に縄で縛り付け、鎧も剥ぎ取っておいた。男達の殴打によって気を失い、今は動く様子もない。…仮に目が覚めても、武器も防具も無く、柱に括りつけられてどうにもできまい。
…男の仲間が来ないよう、このホールに通じる通路全てに操った男共を配置し、目を光らせている。…約束を違えれば、すぐにでも女を殺し、いざという時は最後の切り札…四体目のアウターデーモンを使う用意もある。
…しかし、仲間がいないにしても、あの異常な戦闘能力を持つ男を殺せるだろうか…?
…いや、大丈夫だ…奴の破壊力を封じる為、わざわざこの場所を選んだのだから…
…アウターデーモンの中でも特段の戦闘能力を誇っていたベヒモスゾンビを、恍惚の笑みを浮かべて切り刻む男の姿が脳裏を過り、身震いした。
…いや、今度はアウターデーモン二匹だ。…それに、今のところ、あの男は交渉に応じている。
…今度こそやれるはずだ…
まずは魔王の前で徹底的に打ち据えてから、最後に手足を一本ずつ全て切り離し、臓物を引きずり出してやる。
死ぬ前に女の死に様を見せつけ、男も始末するだけだ。…魔王は魔力だけ頂いて、男達に辱めさせてから殺すとしよう。…命乞い次第では奴隷くらいにはしてやってもいいが…
…来た。見張りの男達の視界が、ゼルネスの脳裏に情報として直接投影される。
「…随分楽しそうな妄想をしていたらしいな。ここからでもニヤケ顔が良く見えた」
眼下に男と魔王が立った。 ゼルネスは女に近寄り、力無い女の半身を起こさせて、口の端を切って血を流す顔を見せてやった。
…男から凄まじい殺気が放たれる。 だが、攻撃できないと分かっていれば、これほど心地良い殺気も無い。
「この通り少し傷物にはなったが、生きている。…君の誠意次第だがね?」
「…」
傍らに進み出てきた男達に、収納の魔法石を手渡し、騎兵刀とツヴァイハンダ―、短機関銃…アーマーも渡した。…正真正銘の丸腰だ。
「よろしい。では宴を始めようか」
ドン、と天井から降り立ったのは、どす黒いトカゲの頭部にデスマスクを張り付かせたようなグロテスクなモンスターだった。 …二足歩行で、体長は3メートルに満たない程度。目らしきものは無く、威嚇するように開けた口からはびっしりと並んだ長く鋭い牙が剥かれ、伸びた舌は針状に鋭く、卵管のような孔も穿たれていた。
「…この世界のトカゲは、ベビードラゴン以外二足歩行がトレンドなのかねぇ…?」
「男共を人形にしたのはこのヴェノムだよ。…ああ、君には使わんから安心して欲しい」
「そりゃどう…」
言い終わる前にどてっ腹に衝撃。
「ごッ…!」
打ち上げられた体が地に着くことも許されず、そのまま宙で頸を掴まれ、壁に叩きつけられた。…並の人間なら最初の一撃で内臓花火になっていただろうし、今なら脳漿花火になっていただろう。…しかし、高すぎるステータスが大淵に即死を許さなかった。
…嬲り殺しにはもってこいの、気の利いた肉袋という訳だ。
大淵の意識が飛びかけ…体は防衛本能から、無意識の内に拳を握り締めていた。
「抵抗したら、その分この女に傷をつけよう。…すまんが私は非力なので、代理人を立て、ナイフを使わせてもらおう。…最初はどこを殴る? …顔か?腹か?…どちらも人間の女には大切だろうなぁ?」
「…ッ」
意識を取り戻し、大淵は握りこぶしを解いた。
…その顔面に渾身のハンマーパンチが叩き込まれた。
…やはり大淵の尋常ならざる耐久値が、即死を拒んでいた。…想像を絶する激痛と傷と引き換えに。
「やめろ、ゼルネス!」
「言葉にお気を付け下さい、陛下?…私の気分を害せば、この女は元より、可愛い飼い犬の健気な献身も無駄になりますぞ?」
「くっ…私にこれを見せる為だけに…!?」
「そう、陛下には最後まで見届ける義務があります。…あのまま私に飼われていれば、今も王城で幸せに暮らせたものを…」
誰がお前のようなゴブリン以下の屑に…!
目の前で、大淵が一方的に蹂躙される光景を、魔王は歯を軋ませながら見ているしかなかった。
全く素晴らしい復讐劇だった。男はあれだけの力を持ちながら、娘一人の為にむざむざ死のうとしている。どうやら、この人間は命の価値を計算することもできないらしい。
…なにより愉快なのは、あの気丈な魔王が、人間のHPがじわじわと減り、いよいよ1000を切ると口を開け、深い絶望の顔を見せてくれたことだ。…これだけでも十分に釣りが来る投資だった。
無抵抗な男はヴェノムに腕を噛みつかれ、その無数の牙で腕をルワールサボテンのように串刺しにされ、苦悶の声を上げている。
…素晴らしい饗宴だが、一つ…些細ながらたった一つ…いや、致命的に気に入らない事があった。
どんな宝物だろうが美しい王妃だろうが…そのど真ん中に汚物を一盛りするような嫌悪。
それは、この男が盛大な悲鳴を上げない事だった。…もっと泣き喚き、命乞いをしてくれれば完璧だというのに。
絶望する魔王とは対照的に、この男は未だ、隙あらば女をどうにかできないかと女に…片目を潰された今ですら、視線を送り続けている。
…自分にも、ヴェノムすら眼中に無いのだ。
…これが癪に障る。
自分の復讐劇を、とるに足らない児戯だと吐き捨てられているようで。
…この男が絶望し、命乞いするにはどうしたらいい?
…簡単だ。女に何かしてやれば…
香山に向け、ナイフを持った男が近づいた。
「おい」
底冷えする声に肝を抉られ、ゼルネスは悲鳴を上げながら眼下に視線を戻した。ヴェノムに頭部を鷲掴みにされた男が、その指の隙間からゼルネスを見据えていた。…憎悪すら感じさせない、無機質な眼で。
「…手ェ出したら、トカゲ諸共いい加減殺すぞ?」
男の目は狂気を湛えていた。…瀕死にあって、尚もこれだけの殺気を放つ…
膝が震え、恐怖に顔をだらしなく歪めている自分に気付き、ゼルネスは屈辱と恐怖に打ち震えた。
…だが、本当に…この女に手を出した瞬間、自分がどんな手を尽くそうとこの男の言葉が確実に執行されるだろう…予感があった。
…今は大人しく、このまま男を殺すしかない。
恐怖で興も醒めてしまった…男のHPもいよいよ500を数えた。…それでもスプリットワームとは密度が違うが、そろそろ八つ裂きにしなければ途中で死んでしまう。
何もできないダルマにした上で、女を殺してやればいい。
ヴェノムに命じ、大淵の体を締め上げさせた。
「…ぐっ……!」
「だ、ダイス…!」
(すまん、マオ…嫌なもの見せる事になりそうだ……せめてお前だけは逃げて…)
…残された片眼も潰れかかっていた。視界に違和感がある。それでも泣き顔のマオに向け、安心させようと何とか苦笑いして見せた…つもりだ。
締め上げられ、微かな酸素を求めて天井を仰いだ大淵の片眼に、何かが映った。
…水色の異物がふよふよと天井を這い、香山とゼルネスの上に辿り着く。…そこからその物体はするすると降下し…
(…アラクネ!?)
…そういえば、王城内で見かけないと思っていたが…船か港の海中に隠れ潜んでいたのか?
アラクネは香山の戒めを手刀で切り捨て、その体を自分の腹の上に乗せると糸で自身と括りつけた。
ようやく気付いた男がアラクネに斬り掛かるが難なく糸玉で制圧され、それにゼルネスが気付き、悲鳴を上げる。
「ヴぇ、ヴェノム!この牝蜘蛛を殺せぇっ!」
ヴェノムが忠実に向かおうとするが、勿論そうはいかのなんとやら。
「余所見してんじゃねぇぞ、このトカゲ野郎」
渾身のストレートがヴェノムの横顔を襲い、何本もの牙が氷柱のようにへし折れて宙を舞った。
「…武器が無くたって、てめぇら如き解体できんだよ」
…かつて倉田から教わった古流の殺人武術。あの時の自分では一パーセントも使いこなせなかったが、今はお手玉より遥かに簡単だ。
ストレートの衝撃から復活できずにいるヴェノムを掴み起こし、右腕から「解体」を始めた。鈍く爽快な音がホールに響く。
これも防衛本能か、ヴェノムは甲高い絶叫を上げながら暴れ、もう片手を叩きつけてきた。
「いい子にしてな…」
囁くように言い聞かせ、その手を軽々と掴んでまた解体。鈍い骨折音が響き渡る。 続く悲鳴に構わず、背を踏みつけ、両腕を軽く引っ張ると、両腕が肩の付け根から千切れ、骨と血肉が内臓のようにだらりと垂れ下がった。…そのまま頭部を踏み割った。
「アラクネ、桜とマオを頼む!」
「はい!」
ゼルネスの操作で襲い掛かる男達をものの二分もかからず全て制圧し、装備を回収しながらも…ゼルネスから目を離さない。
「…こちら大淵。アラクネが桜を取り戻した。残りの作業員も全て北側の坑道にいる」
…やはり片眼では不便だった。距離感が絶妙に狂い、アーマーを着込むのに手間取った。
「さぁて…やっと二人っきりになれたなぁ?…今日ばかりは仏の大淵も激おこだぜ」
…収納空間から切れ味のいいサバイバルナイフを取り出す。…仲間達が到着するのに少なくとも三分は掛かる。 …十分、たっぷり楽しめる
「ヒッ」
「…散々ボコってくれたことは良い。…目ん玉を抉られた事もまぁ、良い。…だが、桜を傷つけ、マオを苦しめた事は許さん」
一歩ずつ、片眼の死神がゼルネスに迫った。
「本当の解体を味わわせてやる…」
「お、おの…」
ゼルネスが取り出した石板を、手ごと切り捨てた。
「ぎゃぁあああッ!」
「まずは俺にしようとしたダルマからだな」
ナイフを肩口に通そうとした所、強い力で止められた。
(…邪魔するな。今更人道主義者か?)
レイスが大淵の行動を阻害していた。
(まぁ待て。ソイツには褒美をやりたいんでな。…このまま最後のアウターデーモンをお前に封印されちゃ困る。ここじゃ俺は戦えんしな)
(どけ!)
(嫌だね。これだけは譲らん。…コイツの処刑は次までお預けだ)
大淵がフリーズしたその僅かな隙を逃さず、ゼルネスは石板を拾い上げ、壁へと辿り着くと何事か呪文を呟き、そのまま壁の中へと溶けていった。
ゼルネスが逃げ去ったのを確認すると、レイスも大淵を解放した。大淵が舌打ちをすると、足音が聞こえて海兵を引きつれた黒島達が駆けつけた。
「大淵、無事か!?」
「…ああ、生きてる」
「おま…目…」
「…大丈夫だ。取り合えず、先にここを出よう」
大淵自身も重傷だった。しかしふらつきながらも、倒れている男達に肩を貸してエレベーターへと向かった。




