孤王歓待
確かにベイエッジ王城の晩餐会は、お伽噺で絵にかいたような、呆れるほどの贅沢はしなかった。国民の税を贅に変える事を好まない人物だった。
…だが、そもそも港町。無駄金を払わずとも海の幸は間違いなく、調理時には料理人としての好奇心を刺激された尾倉と香山、斎城らが城の厨房に押し掛…「見学」に行ってしまったほどだ。
赤身魚のムニエルを堪能しながら、隣に座るリノーシュからワインを勧められた。…リノーシュの前には尾倉の捌いた物であろう、刺身の盛り合わせと醤油皿がある。 大淵もリノーシュに日本酒を注ぎ返した。
尾倉は東京動乱以降借り続けている魔法石…収納空間に調味料一式や調理道具一式、食材保管庫、調理用を兼ねた酒類を用意しているようだった。
そこから用意された甘口の日本酒をリノーシュにと渡されていたのだ。
…自分の収納空間を使わないのは、酒類が無くなると思っているからか…さすが、賢明な判断だ。
隣のリノーシュは口に手を当て、声を上げて笑っている。
席を立ち、わざわざ口下手な自分の代わりに、「大淵大輔武勇譚」なる、これまでの活躍を面白おかしく、吟遊詩人顔負けに語って聞かせている。
…多少の誇張には目を瞑るとして、こうして聞かされると濃密な時間を過ごして来たものだ…晩秋に死の淵から目覚め、ここに至るまで四ヶ月…まだ四ヶ月しか経っていないのに、これだけの戦いを経てきたのか、自分は…
「あはは、面白い男だな、黒島は。大輔、君は本当に良い友を持って幸せだな」
「もっと言ってやってくださいよ、自分がどれだけ恵まれているかって!」
「…毎日付き合ってれば、陛下も少しは印象を変えますよ」
「こいつめ!…いいだろう、陛下にバラしてやる、お前のふしだらな女性関係をな!」
「ご、誤解を受ける様な事を言うな!さっさと戻れ!」
…二ホンザルのように身軽に飛び跳ね、黒島は「抗議のポーズ」なる謎の意思表示をしながら退散していった。
「へぇ、ふしだらなのか、大輔は?」
リノーシュが悪戯っぽく問い詰める。
「…ご勘弁を」
「ははは、いいじゃないか。こっちの世界に来ないか、大輔?一国の王になれば何人でも妻を持てるぞ」
「…自分は、王の器ではありませんし、なりたいとも…」
本音を滑らせ、慌てて口を噤んだ。
「し、失礼しました。…その、大変なお仕事ですし」
リノーシュはクク、と喉で笑った。
「遠慮するな、お互い様だ。…実は僕も王になりたくはなかった」
「は、はぁ…?」
「…年の離れた義兄はとても優秀で、実力も人格も王の器だったし、本人もその気があった。国王も王妃も、全国民も善政が続くことを信じて疑わなかったよ。…義兄が死ぬまでは」
「…」
「…誰もが絶望した。…予備である腹違いの幼い姫に期待する者などいなかった。…でも国王や母、城の者や民の塞ぎ、嘆く顔が嫌で、その日から僕は男として生きる事に決めた。武芸、戦略、帝王学、地政学…学ぶ事が多くて、最初はそれこそ幾度となく投げ出そうとしたけどね」
「…本当は何に?」
「…植物学者。旅をしながら、この世界のあらゆる植物を図鑑に収めて見たかったな。…新種が発見されては、図鑑が変わる事に怒りながら、嬉しく思いながら…」
遥かな夢を悔やむように、リノーシュはシャンデリアを見上げながら寂しげに笑った。 そして、グラスの日本酒を飲み干した。
「…うん、美味しいね。これは何から蒸留するんだい?」
リノーシュに代わりを注いでやりながら答えた。
「…稲です。品種は酒によって色々ありますが、俺達の国で最も代表的な主食でもある植物です」
「…そうか…見てみたいな…」
「…皆の為に、よかれと思って始めた事が…いつの間にか自分を縛る呪いに…」
唐突に、リノーシュは憂鬱そうに呟いた。
「…え?」
「…いや、いつか見てみたい。日本に国交を結びに行く時は、是非案内してくれ、大輔」
「ええ、必ず」
「それと、一つ頼んでも良いか?」
「何なりと」
「…僕の友になってくれ。 だからもう敬語も禁止だ」
それで、少しでも自分の夢を追えなくなった王の慰めになるなら。
「…わかったよ。リノーシュ」




