蒼王謁見
…結局、「通りすがりの謎の戦士が助けてくれた」という大淵の誤魔化しは通用せず、海洋モンスター討伐の件は大淵の手柄としてブレメルーダ国内に広まってしまった。それも、ブレメルーダ王国軍の顔である海軍…それも海洋モンスターを最も多く屠ってきた、海軍最精鋭と名高いウルフとハンターの艦長からの証言という事で、噂どころでは済まなかった。
酷い目には遭ったが、王城内でようやく大淵小隊の面々と久方ぶりに再会できた。
「馬鹿者め!あんなデタラメ勇者などに乗っ取られおって!」
真っ先にマオが飛びついてくる。
「いやー、すまん。 お騒がせしたな。 皆、変わりないか?」
「おかえりなさい、大輔君!」
「おお、やっと帰って来やがったな。良かった良かった」
「さ、災難でしたね…」
「おう、お前がいない間は平和だったが、退屈だったぞ!」
仲間達から口々に帰還を労われ、ようやく人心地着いた。
「海洋恐怖症の身としては酷い目に遭ったぜ…ちなみに海洋モンスターの殆どは猛毒を含んでいて、喰えないらしい」
「巨大タコ焼きやイカ焼きにはできないって事か。…それにしてもお前、またスパルタレベルアップさせられたみたいだな…ほれ、そこに並んでみろ」
黒島に言われ、アリッサと斎城に挟まれる形で並んでみた。
斎城日菜子…HP3200 SP320 アリッサ・ダーリング…HP3000 SP260
大淵大輔…HP3000 SP650…
これに、今は装備していない各自アーマーの単純耐久値が上乗せされる。斎城の21式は+800 アリッサと大淵の23式は+1500。
「…とうとう竜騎兵並になっちまったか。…いや、詳細ステータスを見て見ろ」
詳細ステータスは多項目があり、普段は目を通さない。 全てを一々比較する気にはなれないが、殆どのステータスで似たり寄ったりな数値が並び合っていた。…つまり拮抗しているという事だ。
「特に単純かつ重要なのは力と耐久、スピードだ。…これは十の位から下の端数が切り捨てられるから、額面だけ見て一概には言えない所もあるが…」
斎城…力:600 耐:600 スピード:700 アリッサ…力:700 耐:500 スピード:600
大淵…力:800 耐:800 スピード:500
「は、800!?」
川村が素っ頓狂な声を上げた。他の皆も困惑を隠せずにいた。
…竜騎兵を追い越している。世間の一般常識が変わるようなものだ。
…例えるなら戦車に対して装甲や突進力が勝っている軽トラックが現れたと言われるような、俄かには信じられない事実となる。
参考までに確認すると、パーティ中最も高い防御力を誇っていた藤崎が耐:600 スキル使用時に700
シールド補正が+100となり、最大800だ。
また、ロキにおいては攻防のステータスが300~200と低いものの、スピードは桁違いの1200。
そして勇者…レイスに至ってはスキル評定不能であり、HPが6000、スピードが700という事だけしか分かっていない。
勿論、これらはカタログスペック…目安に過ぎない。 …状況や本人の戦闘スキル次第でその数字を実感できない事もあれば、数字以上のパフォーマンスを発揮する者もいる。 ロキなどはその好例だろう。
「こうして見ると勇者…レイスもだが、お前も大概だな」
「ああ。恐らくレイスのステータスに引っ張られているんだろうな」
応接間で待たされる間、仲間達と雑談をしていると、紫色の宮廷用ドレスを着込んだクロエが訪ねてきた。
「やはりレイス殿でしたか! よくぞご無事で…」
「あー、初めましてクロエさん。…自分はそのレイスと極めて酷似していますが、レイスではありません。…そっくりな別人です」
「何を言って…いや…?しかし…ほ、本当なのですか? …それに何故私の名を…?」
「…紫心騎士団団長と名高かったので」
「な、なるほど…そうでしたか…しかし…こうも似ている別人など、在り得るのでしょうか…でも確かに、昨日とは全く… …しかし、三十以上の大型海洋モンスターを倒されたとか」
「…そういう事に仕立て上げられてしまいました。俺は否定したんですがね。…恐らく、小舟で通りがかって俺を助けてくれた剣士が、そのレイス殿でしょうね。俺にソックリの背格好でした」
「しかし、レイス殿は貴方をそのまま海域に放置してどこかへ行ってしまったのですか?」
「ええ、そのようですね」
…放置してどこかへ行ったなどというレベルではない! 都合が悪くなったら海洋恐怖症の自分を海に放り込んでトンズラするような脳筋・ポンコツチーター野郎だ!
…聞こえているぞ
聞こえるように言ってんだよ!
「それでは皆様、こちらへお越しください。」
大淵は今一度、身に着けているジャケットタイプの儀礼服の身だしなみを検めた。
…海水に浸かってずぶぬれになった戦闘服の着替えにと、逗留中に渡された物だ。青に近い紺のビロード地に、銀のエポーレットや袖飾りが仕立てられたデザインで…個人的にはかなり気に入っていた。
…これを全員分、今回同行していない星村の分まで国王から送られていた。…採寸はきっと、誰かが教えたのだろう。
因みに、女性用は下が白のスカートタイプだった。
…しかし、藤崎の分はオーダーメイドだろう。職人も苦労したろうに…
「…大輔君、よく似合ってます」
「桜も良く似合ってるじゃないか」
「ダイス!私だって似合ってるだろう?」
「あぁ、ピカピカの新一年生だ」
「…どういう意味だ?」
「…輝いているって意味だ」
「きひひひひひ! ダイスにしては味な表現をしおって!」
ホールにはカラフルな騎士団の精鋭部隊が整列していた。紫の甲冑はクロエの騎士団だろう。その他に黒、青、白銀の騎士団が整列していた。先頭に立つ団長だけが礼服姿で、兵は全員甲冑姿だった。
クロエと別れ、クロエは紫心騎士団の先頭に立った。自分達はその隣に一列に整列した。
「ベイエッジ国王陛下がお見えです」
他の騎士団に倣い、大淵らも頭を下げた。
…微かな足音が近づいてくる。
「待たせてすまなかった、諸君。…顔を上げてくれ」
女の声…? 大淵が顔を上げると、そこには王というより王子様と言った方が遥かに納得できる、青髪の若い美少年…女王が立っていた。
所謂…王子様系女子とでもいうのか……確かに美人だが、女らしさより辛うじて凛々しさ・雄々しさが勝って、その声を聞かねば美男子と勘違いしてしまう。…どこか斎城にも通じる雰囲気があった。
「君が海の死神…オルカの化身と噂されている戦士だね。 初めまして。ブレメルーダ国王のリノーシュ・ベイエッジだ。 聞いたよ、30体以上の海洋モンスターを討伐したと。ウルフとハンターの艦長から聞かねば、僕も信じなかっただろう」
「…恐れながら陛下。自分はその戦果を一貫して否定し続けております。それは通りすがりの謎の剣士が…」
「…うん、確かにやったのは君では無いのかもしれない。…だが、君にもできたはずだ。…違うかな?」
「…それは…」
「まて、君とは後でゆっくり話したい。…勲章を」
「オルカ勲章の褒章式を執り行います。 …大淵大輔…殿」
驚いた事に、次第を読み上げる家臣が苦労しながらも自分の名を正確に読み上げた。
リノーシュの前まで進み出て、その勲章を授かった。…金地に二頭のシャチが、銀剣を咥えて交差させている。その剣の上に降り立つ死神が、青の宝石で象られていた。
「続いて、我が騎士団を紹介しよう。 …クロエとはもう十分に知り合っているね?ではまず、白銀星騎士団のヴェルガ・オットー。黒獅子騎士団のハンス・エデレット。…そして蒼船海兵団のピリ・オアンドフ。何かあったら彼らを頼るといい。 ささやかながら茶会を設けている。 クロエも来なさい」
「はっ」
堅苦しくない、テラスの茶席が用意されていた。
王城から西に広がる大海原が晴天の下、眩い程に輝いていた。彼方の沖合に二隻の軍艦が哨戒に当たっていた。
「礼服は気に入って頂けたかな?…その制服にオルカ勲章はきっと良く似合うだろう。…本来は軍艦が何年もかけて戦い、30体以上のモンスターを狩りつつ生き残り、ようやく各艦に授与されるものだ。…ウルフですら、時には沈没の危機に瀕しながらも2年の激戦を経てようやく授章できたのだ。個人で手に入れたのは王国史上、君が初めてだな」
「恐悦至極です。 …しかしここまでしてもらって、旅人の身で何とお礼したら良いものか困っております」
「君達はアルダガルドの大切な客人…使者でもある。寧ろ、もてなしに贅が無くて心苦しいと思っている次第だ。 …いや、堅苦しいのはなしにしよう、大淵大輔」
「…さっきの読み上げもそうですが、こちらの世界でまともに呼ばれる事は滅多にありません」
「君には他にも名があるな。…ロキ、そしてレイス…不思議な男だね、君も」
給仕長が自ら全員に紅茶と茶菓子を配膳して回った。
「…僕は高位弓士で、保有スキルは千里眼なんだ。…効果は見た対象の名前と詳細が読める。…そちらの小さい子は…そうか、なるほど… 彼女が私の与えた服に袖を通しているとは、何とも不思議な因果だね。…知れば知るほど、君は数奇な運命に好かれているね、大輔」
「…恐れ入りました。 …マオは最早人類の敵ではありません。どうかお見逃し下さい」
「恐れ入らないでよ。…北の大陸の同胞は気の毒だったが、それとこれとは別だ。…それに、君とは仲良くなりたいだけなんだ。…きっといつか、また君に助けてもらわねばならない時が来る。…クロエ、その時は、何があっても大輔をここに連れて来てくれ。…いいね?」
「ベイエッジ様…畏まりました」
「買い被り過ぎですよ。…確かに、俺には常識外れの力を持った別人格もあるが、一方で大海原で遭難死寸前だったところを陛下の海軍に救助された、ささやかな身です」
「そのささやかな身が、いつの時代も誰もが奇跡と呼ぶような大事をしでかして来たんだよ。…得てして英雄とはそういうものだ」
紅茶を啜りながら、視界一杯に広がる大海原を眺めた。 …正体を見抜かれているとも知らず、マオは手すりから身を乗り出し、無邪気にカモメをからかっている。皆と同じく礼服姿のリザベルがそれとなく魔王の傍に立ち、不測の事態…転落に備えている。
「今日は王城に泊まって行ってくれ。 …なに、盛大にもてなそうというんじゃない。君達の旅の話を聞きたいだけだ、気兼ねなく滞在して行って欲しい」
…リノーシュに重ね重ね誘われ、断れない雰囲気だった。 黒島を横目で見ると、ドライケーキを頬張りながらもそれとなく頷いている。
「…それでは、遠慮なくお邪魔させて頂きます」
「よかった!」
リノーシュが心から嬉しそうに笑った。




