勇者再臨
…久方ぶりの空気。懐かしさに涙がちょちょぎれそうだ。…下らない。
体は騎兵刀で串刺しにされ、肺をやられ、動ける残り時間は無い。…まずは自身の闘気を物質化させ、傷口と血管を無理やり縫い付けて応急処置とした。
…足元では道化が鼾をかいている。
…頭上には振り下ろされんとする二メートルもの拳。
取り合えず、邪魔な道化を足で放り上げ、仲間共のいる方へ放り投げた。
「待っておれ、ダイス!今…」
…魔王が魔力を解放し、成熟する気配。
「止めておけ」
ハンマーパンチが振り落とされる。…左手をいい加減に突き上げた。
地面に膝まで埋め込まれる。
「お前が成熟した姿になれば、俺は自動的にお前を襲う。…これは呼吸と同じ生理だ。止めようは無い。…こちらとしては歓迎だが」
大淵の姿をした何かの正体と雰囲気に、魔王が怯えを露わにした。
「お前が…勇者か?」
「…なぁに、そう怖がるな…お前に怨みなんぞ塵ほども無い。…どうせ退屈していた人生だったし…人々にも興味は無かったんでな」
…仲間共も気付いたようだ。
ハンマーパンチを殴り返した左腕の小手が耐え切れず、粉々になった。
「ガァアアアアア!」
生の拳で突き出た釘でも打ったかのように、ベヒモスが拳を抑えて後退った。
「どうした?痛いか?…いくら修復できても痛覚は残ったままか」
臆病熊の弓を拾い上げた…懐かしい武器だ。 …まだ幼かった頃、コレを一国の王から下賜されて喜ぶ…どこぞの誰かにもそんな人並の時代があったのだが…
弓を軽々と引き、放った。
ベヒモスをすり抜け、崖の上に。
岩山に閃光が走ると、轟音を立てて派手に倒壊した。
「ヒィィッ!」
「ははっ、見ろよ、あんな所にはぐれゴブリンが飛んでいやがる」
弓を空間へと仕舞い、好みの武器を選んだ。
ツヴァイハンダー…晩年に愛用した武器だ。これより一つ上等なものだったが、これはコレで古い女のように愛で甲斐のある、気の利いた武器だ。
「そう怯えるな、どうせまだ死なんだろう?…じっくり遊ぼうじゃないか。大層な英雄共に封印されたようだが、それが霞むような栄光の前に、お前はいるんだぞ?」
自分が一歩進む度、ベヒモスが唸りながら後退する。
逃げるなよ、ちゃんと相手してくれ
お仕置きを兼ねて、軽く撫でてやった。半身が千切れ、一撃でHP:0 MP:200
…馬鹿め、加減を忘れた。…まぁ、すぐに生き返ってくれるだろう。
案の定、すぐにベヒモスは起き上がった。…怯えを露わにして。
闘志を引き出してやろうと、殺さない程度に腕を斬り落としてやった。
ベヒモスは慟哭を上げながらもう片腕を振り上げ、勇者に叩きつけに掛かった。
…全くやる気を感じない…失格だ。もう一回
それを切り上げた。 ベヒモスは仰向けに倒れた。
…いくら待っても、ベヒモスが生き返る様子は無かった。
「まさか…」
勇者は愕然とした。
「おい…おいッ!」
ベヒモスの死体を蹴るが、それはもう肉の塊に過ぎなかった。
無駄に高いステータスとHP・MP表示が消えていく。
まだMPはあったのに…自ら死を選びやがった…
…結局これだ。やっと遊べそうなオモチャを見つけても、すぐに壊れてしまう。…今また一つ、伝説とされた相手が永久に失われた。
…だーれも、俺を満たしてくれない。
…いつからだったか。…15過ぎか? 全てのステータスが成長を止めたのは。…それまでの俺の唯一の趣味らしい趣味が永久に失われた時から、この虚しい牢獄のような世界は始まった。
無感動な毎日が繰り返される。
…戦いも女も…何も…
「図に乗るな、人間…!」
…はぐれゴブリンが遥か彼方で何か吠えている。
「…お前なんかどうでもいい…ゴブリン擬き。…放っておいてくれ」
ウンザリ顔で顔を背けた。
「アウターデーモンの力を見るが良い!」
ゴブリン擬きが石板をかざすと、それまで雲一つなかった晴天に突如として暗雲が立ち込め、夜のように暗くなった。
興醒め気分でその大道芸を眺めていると、分厚い雲を割って…ふよふよと、なんともチープな花瓶のようなモンスターが現れた。 壺…半透明で生物的な、直径一メートル程度のポットだ。それが空を飛びたての幼鳥のように、仲間共の上で頼りなく浮遊している。
失笑して剣を収めた。…もう奴に替わってやるか…
振り向き様に腰の騎兵刀を抜き払った。
抜け目なく伸びて来ていた二本の透明な触手を切り捨てた。
…お仲間共は全滅したようだ。魔王まで捕まっている。
ただ捕まえただけでなく、その命とマナを吸い上げて、養分として成長するらしい。空気同然の透明度を誇る触手で捕らえた獲物たちを、次々と壺本体に取り込んでいく。…獲物が取り込まれる度、ポットは巨大化していった。捕らわれた得物共が中で藻掻くが、無駄に体力を消耗するだけだ。彫刻のような男だけが、諦めたようにじっとし、あの竜騎兵の女は隣の…あの女を庇うように抱き締めている。ご立派な事だ。 魔王は特に芳醇な力を持っている。アレは成熟した時以上の力…相当な養分になる筈だ。
…ちょうどいい。あれが育ち切れば少しは面白いモノになるかもしれない。
一度は氷のように萎えた気に、ふつふつと好奇心が沸き上がった。
…暴れても喚いても無駄だ。俺に頼るという事はそんな夢物語のように甘い事ではない。…徐々に体の支配権の割合も変わっていく。
一番初めにくたばったのは大砲持ちの女のガキだった。…その次に鉄砲持ちのガキ。次に小柄な大剣も血の女。男共。そして金髪の竜騎兵の女、魔族の女、魔王…ついでに巻き込まれた蜘蛛。…いよいよ庇い合っているお二人さんだ。
…せいぜい、美しくも扇情的に果ててくれ。
ふざけんな!さっさと日菜子おかーさんや皆を助けろ!
やっちまえ、ロキ!
ゾッとして見ると、左腕だけが支配から免れていた。左腕は胸に刺さった騎兵刀を迷いなく抜き捨てた。
限りある命がカウントダウンを始める。
「クソ馬鹿どもがぁッ!!」
クソッ、してやられた!
…まぁいい、概ね育っただろう。
お楽しみの時間は限られていた。迫る触手を切り払い、本体に迫った。
本体は更に、アメーバ状になりながらベヒーモスの肉に取りつき、それを力としつつ、自身の強靭な骨格として再利用した。
(糞ッ、コイツとなら少しは遊べたかもしれないものを…!)
テメーの遊びなんか知るか、さっさとやれ!
そうだそうだ!
(ええぃ、五月蝿い奴ら!)
振り下ろされる高速の腕を斬り払った。…素晴らしい手応え。
惜しみながらも残り時間を計算しつつ、ベヒモスゾンビの肩から袈裟切り。
巨体が再び、今度は縦に真っ二つにされた。
素晴らしい事に、ベヒモスゾンビはそれでも尚、勇者である自分をも取り込もうと捕らえ、引きずり込んで来た。
仲間共と共にゼリーの中に沈む。…ふん、居心地は悪くないな。…あのむさ苦しい男共と一緒というのを忘れれば。
…竜騎兵に守られ、僅かに意識がある女に触れた。
女…桜に自らの傷を指し示す。
桜は苦しみながらも迷わず傷口を癒した。 …頭を撫でてやった。
反対の手をゼリーにかざす。…こちらも別の意味で撫でてやった。
特殊強化アレンジ…支配。
イトミミズの群体が穴の中に一斉に逃げ込むように、ゼリーが引いていく。解放された仲間達が咳き込みながら無事を確かめ合う。
「…万全ではなくなっちまったが…仕上げと行こうか」
自分から見れば見る影もなく弱体化してしまったベヒモスゾンビに向け、騎兵刀を抜き払った。
果敢にもベヒモスゾンビは再び勇者を取り込もうと手を伸ばしてくる。
「いいな!死んでからの方が、馬鹿だがガッツはあるじゃないか!」
軽々と手を蹴り払い、指を一本だけ落としてやった。ただ取り込むことは不可能と理解したか、反対の手でハンマーパンチ。
すり足一歩で見切りつつ、刃を流し入れる。…強靭な骨肉をまとめて捌く快感が手の内に伝わり、勇者は束の間、頬を緩めて恍惚の笑みを漏らした。
「ギイイィイイイイ!」
…素晴らしい悲鳴。 …国王に招待された宮廷の演奏会より、凱旋のファンファーレよりも好きだった…魔物やモンスターを捌く時の絶望の悲鳴。
それも、しぶとく手強い者ほど良い。…だが、そんな者には一年に一度、会えるかどうかだった。
良い…久しぶりに生き返った気分だ。
久方ぶりに与えてくれた快感に感謝しつつ、最早悲鳴を上げるだけの楽器となったベヒモスゾンビの脳天に向け、騎兵刀を指揮棒に見立てて切り上げた。
心地良い余韻に存分に浸った後、思い出して振り返った。
「…無礼を謝るよ。中々良かった。何か褒美をくれて…」
…ゴブリン擬きは既に居なかった。
「…なんだ、もう行ったか」
振り返り、仲間達を見た。
…ふん、あからさまに俺を警戒しているな…だが、かつて旅を共にして疎遠になっていった仲間達とも違う顔つきだ。 …面白い。 思い起こしてみれば、こいつらほど行く先々で災難に遭う連中も珍しい。
久々に体が旅の風を求めていた。…そうだ、萎えたらこいつに戻せばいいだけの話だ。
…うるさい。二度分の貸しと言ったはずだ。…お前も黙っていろ。…わかった、母親には目を掛けてやるから。…色々とな
不安げに自分の顔色を伺う仲間達に向け、とびっきりの笑顔を向けてやった。
「…どうした?早く先へ行こうぜ?」
「むむっ…お前、ダイスじゃないな…」
「何だ魔王?臆したか?…史上最弱の魔王とは本当だったか」
「むっ!お前などスプリットワーム程も怖くないわ!」
「あ、あのっ…先へ行く前に、このドロドロ、気持ち悪いんでなんとかしませんか…?一旦アルダガルドに戻ってハサムさんのお屋敷でお風呂とか…」
「そのくらい我慢しろ。…それか、裸になってそこの川に飛び込めば済むだろう」
「え…えぇ…」
香山は泣きそうな顔になった。
「…レディに酷いコト言うのね。大輔くんならそんな事言わないのに」
斎城が見咎めるように腕組みし、抗議の視線を送った。
「…ちっ…… おい、キングオーク、オーガ、収納に油を入れた半端な缶があっただろう?…ソイツの中身を使い切って、蓋を外して幾つか湯船にしてやるぞ。…手伝え」
…早速面倒だ…だが、これはこれで良いか…?この体は自分と違って、まだまだ成長してくれる。…久しぶりにレベルアップを楽しむのも悪くない。
…極限まで強化したコイツと、なんとか秘術を見つけて…受肉した自分とで殺し合えないだろうか…?
…そうだ、それこそ面白そうじゃないか!
…嬉々としてガソリンのドラム缶を引きずり出した大淵…勇者を、尾倉と藤崎は薄気味悪く思いながらも作業を手伝った。




