愚王賢王
2月17日。
浮田柊真は項垂れながら一階談話室脇にある臨時の待合所で自分の番を待っていた。 顔を上げ、自販機と丸椅子の立ち並ぶ休憩スペース…臨時待合所には、大淵小隊の募集に応募した銃士と砲兵が十人ほどひしめき合っていた。
銃士・砲兵ほど極端な扱いを受ける職種も少ないだろう。
大抵のギルドにおいて、両者は冷遇されがちだ。…性格上、狭いダンジョンでのモンスターとの白兵戦が多い中、術士のように大量の敵を攻撃できる訳でも無い、射撃武器専門の両者は、敵に押し込まれた時ほどお荷物になる。
また、賛否は分かれるが砲弾・銃弾が無ければお話にもならない。異世界には絶対にこれら砲弾薬が存在しない為、自衛隊のベースや他ギルドから融通してもらわなければならなくなる。…だからといって弾薬をケチれば、それだけ存在感は希薄になる。
よほど特殊なスキルでも持ち合わせていない限り、ギルド内で肩身を狭めて生きて行くしかない。
逆に、自衛隊では大歓迎される。理由は語るまでもない。
…だが、自分が入りたいのはギルドだった。ギルドの一員として、非現実的なあの世界を仲間達と共に旅してみたい…
…ソロの探索者が単独で異世界に入り込むことは、まだ規制が厳しかった。余程政府に認められる程の実績と実力が伴っていれば、代表的な動画配信者である岸川冷のように単独で異世界探検に出られる者もいるが、そんな人間はごく少数だ。 …少なくとも自分には絶望的だ。
隣を見ると、セーラー服にダウンを羽織った少女が、スクールバッグを掛けたまま入念にメイクを直していた。
…スカートは目のやり場に困るほど短いが、それ以外は飾り気らしい飾り…ピアスや髪染めなどはしていないようだ。…膝立てで座っていなければ、大人しそうな美少女に見える。
「…なに見てんだよ?チー太郎」
…前言撤回。…チー太郎ってなんだ?
「ご、ごめん」
…一名の定員に対し、応募したのは十六名。周りの者は全員、少なからず緊張の色を見せているというのに、この少女にはそんな素振りが見当たらない。
受かるのはこの子だろうな。 ふと、そんな予感がした。
「ほんじゃ、射方怜奈さん、どぞ~」
同じく緊張感の無い男の声が響き、隣に座っていた少女が談話室へと向かっていった。
…一人になり、また物思いに耽っていた。
…というより、取り返しのつかない後悔の念。
「浮田柊真君、どぞ~」
慌てて立ち上がり、談話室へと向かった。
「はい、お疲れさん。 大淵小隊の総合担当兼マスコットの黒島勇人くんだ。 リラックスしてどうぞ。 俺、堅苦しいの嫌いだから、面接のお行儀は良くも悪くもポイントにならんからさ」
「は、はぁ…」
なんだか変わった人だな、と思いながらパイプ椅子に座った。…親父だったら、きびきびしてて、礼儀にうるさかったけどな…
「…この拠点も東京動乱の時、憂国烈士団の強襲を受けてな。…ホラ…君の足元にも…」
ゾッとして足元を見ると、大きな四角い蓋になっていた。
「その下が首相官邸に繋がっていてな。首相が逃げてきて、追手もそこから出てきたんだ。どうだ、感慨深いだろう?君は今、歴史の上に座っているのだよ」
「そ、そうだったんですね…それは大変でしたね…」
「ああ。俺なんて片足を串刺しにされてな。まぁ、仲間がヒールしてくれて、何の後も残っていないが。…さて、質問良いかね?」
「は、はい!」
「何かあったのかね?…プライベートで」
「…」
いきなり心臓を鷲掴みにされたようで、目の前の飄々とした男を凝視した。
「…嫌だったら他の質問に変えるが」
「…あの、本当に下らない事なんですけど」
九日前…東京動乱の最中、父親が死んだ。
…それも、最悪な別れ方だった。 …あの日、立て続けにギルドへの応募に落選し、むしゃくしゃしていた時だった。テレビで報じていた烈士団の蜂起を見ても、ざまぁ見ろとしか思わなかった。
…世の中の何もかもが嫌になっていた。
そんな時、父親が出掛けにいつものように小言…説教じみた注意をしてきた。
普段なら聞き流すのだが…その日は特に虫の居所が悪かった。
「うるせぇ糞親父!とっとと行けよ!」
…人生でたった一度きりの、父親への暴言になった。
解放され、組織自体が混乱していた警察から電話が来たのは、翌朝になってからだった。
火災現場に急行していた父親が武装勢力によって銃撃され、殉職した、と。
…なんでよりによってあの日だったのか…
…こんなことになると分かっていれば…
「…人生って、そんなもんだ。 …不幸はアポなしでやって来る」
黒島は椅子から立ち上がり、浮田の肩を叩いた。
「…結果は明日にもメールで通知する。帰ってゆっくり休みな」
翌朝、メールの着信音に気付き、寝ぼけていた目を開け、急いで画面を開いた。
…どうせダメだろうと思いつつも、一抹の期待を抱かずにはいられなかった。
「浮田柊真様 考査の結果、採用を決定いたしましたので通知致します。 大淵小隊へようこそ」
メッセージの最後には何故か黒猫の絵文字が添えられていた。
父親の遺影と骨壺の前に行き、泣きながら報告した。
無理もないが、現金なもので、他のギルドに受かった時は不安げな反応しか見せなかった母も親類も、大淵小隊と知った途端に諸手を上げて祝福してくれた。
それだけ、あの東京動乱で憂国烈士団を食い止めた大淵小隊の名は知れ渡っているのだ。それも、総理大臣直轄の公式な特殊部隊であるため、食い扶持に困る事は無い。
昨日とはまた違った緊張感を抱きながら大淵小隊駐屯所の玄関に向かうと、守衛の警官と共に黒島が待ち受けていた。
「やぁおはようさん。これがお前さんの仮IDだ。行こうぜ」
共に正面の階段を上った。
「そう広くない施設だから、俺は案内しないぜ。女の子の部屋と風呂・洗濯室にさえ侵入しなければどこに侵入しても結構だ。上記の禁止区域に侵入すると、我らがハーレム王によって斬首刑にされるからそのつもりで。…ここだけの話、既にそんな不埒な男が十人以上、ゲート向こうの異世界の土になった」
「は、ハーレム王…?」
「見れば分かる。…お前も死にたくなけりゃ、ここの女には手を出さない事だ…」
「は、はい!」
黒島の作話に、浮田は生真面目に頷いた。
三階北西隅に、全隊員のデスクとオフィスがあった。…歴戦の猛者を思わせる屈強な男達が並び、金髪の美女と、凛々しい顔立ちの美女、そして何故か…十代前後の幼い少女も退屈そうに座っていた。 端に真新しいデスクが向かい合わせに二つ並び…一つには昨日の少女が着いていた。
「あーっ!? なんでチー介が!?」
…チー太郎じゃ無かったか…?
「おや、お知合いかな?…まぁ、ぶっちゃけると正規採用は射方ちゃん。で、特別採用は浮田くんだな。あぁ、給与や待遇には一切関係ないから。まぁ、こっちの用事が済むまでちょっと座ってて」
そう言うと黒島は部屋から出て行った。
「よろしくデース、浮田♪」
いかにもなダイナマイトボディを誇る金髪美女に微笑まれ、浮田は一瞬鼻の下を伸ばしかけ…黒島の警告を思い出した。
「よ、よろしくお願いします!」
黒島がドアの隙間から談話室内を覗いて見ると、高田が親しげに、しきりに斎城と香山に話しかけていた。星村はこの手の有害な大人に会わせたくもなかったので、学校に行かせていた。
話しかけられた斎城と香山は中央にぬぼーんと気の抜けた表情で座る大淵に、身を寄せるようにして引きつった愛想笑いを浮かべて応対していた。
(…アレで諦めないガッツを生かしたのが…今の地位なのかねぇ?)
ドアを開け、談話室へと踏み込んだ。
「…いやー、お待たせして申し訳ない、高田さん。…わざわざ御足労頂いても、結果は既に申し上げている通りなのですがねぇ…」
長テーブルの対面には高田裕也と、両隣に弁護士と秘書らしき男が座っていた。高田は…数十万円はしそうなダークグレーのスーツに身を包み、サングラスに金髪…これ見よがしに、下手をすれば億にもなる最高級腕時計を見下ろし、遅刻を非難するように黒島を見て溜息を吐いた。
「…黒島さん。いい年をした大人を捕まえてこんな事は言いたくないのですが…言わざるを得ない。 ビジネスにおいて時間がどれだけ貴重で有限か、分かっておいでですか?…それに、私は良いですが、きちんとした応接室すら無いんですか、ここは? 信じられませんよ」
(だったら来んじゃねーよ、成金野郎、こちとら人生のエンジョイタイムをテメーに割いてやってるんだ)
…などと子供じみた反論はしない。ここは穏便かつウィットに返すのが大人だ。
「えぇ、勿論。たった今、ウチに応募してくれた未来ある若者たちを迎えてきた所です。…高田さんは私より五歳ほど年上でしたね。であれば、この意味をお分かり頂けるものと思います」
「…良いですよ、些細な事です。 時間が惜しいのはお互い様なので、本題に入りましょう」
(些細な事なら言うなよ、口だけマシンガン)
高田の秘書が数枚の冊子やパンフをテーブルの上に滑らせた。
「大淵小隊収支改善案」 「人材コストの最適化と有効活用」 「風の旅団 改善実績とノウハウ 高田裕也」 「竜騎兵・斎城日菜子 神官騎士・香山桜 魔術工芸士・星村あかり 眠れる宝石とギルド運用実績世界トップクラス・高田裕也による化学反応…人材覚醒」
(…オイオイ何だこりゃ、ここでプレゼンごっこ…というよりカルト宗教の説法でも始めるつもりか?小一時間じゃ終わんねーぞ、絶対。これこそ時間の無駄だろ!)
大淵と香山、斎城も書類のタイトルを見て察したか、全員青ざめ、身を引いた。
「まず黒島さん。不躾で申し訳ないがあなたのギルド運用はどんぶり勘定が過ぎる。 私なら、無駄を排して必要な投資をするだけでこんなにも…」
「あー、遮って申し訳ないが、用件は斎城と香山、星村とそちらの人材のトレード交渉でしたよね?」
「…せっかちですね…もう少し、落ち着きを持って下さいよ」
どの口が言うんだか…コイツはケツにも口が付いてるのか?
冊子類が片付けられ、六枚のプロフィール票がテーブルの上に並んだ。
「汎用剣士を二名、術士を二名、重歩兵を二名。彼女らの代わりに。…本来は二倍の給与が必要な所ですが、半額はこちらで負担しましょう。つまり、実質そのままの給与で戦力が二倍になります」
感謝してくれ、と言わんばかりに高田は得々と語った。
(何の冗談だ…? プロフィールステータスを見るだけでも戦力ダウンじゃねーか…最高級車をくれてやって、ジャンクで組み立てたポンコツ車を二台買うようなもんだ…ここまで酷いか…? 大体、魔術工芸士の代わりはどうした?)
「…いやー、全く素晴らしい条件ですな。 …さて、一番肝心な斎城くん、香山くん、君達の意志はどうかな? 俺としても是非、風の旅団で新たなステージを目指して欲しいと思うのだが?」
「斎城さんと香山さん、それに星村さんの給与と待遇は、今の三倍からをお約束しますよ」
高田は二人に余裕のあるスマイルで笑いかけた。 …嫌味で言ったつもりだが、高田には伝わらなかったらしい。…もはや病気だ。
「…折角ですが、お断り致します」
「…私も、このチームから離れたくないので」
…当然、二人の返事は変わらなかった。しかし高田はまだ諦めない。…これで諦めてくれる常識人ならここまで来ないか。
「…黒島さん、彼女らに何か言いつけてありますね?これはギルド職員の不当拘束に抵触する可能性があります」
高田に促され、弁護士が眼鏡を光らせた。
「…ギルド労使法第3条の…」
「…冗談はよしこちゃん、かよこちゃん。…客観的なショーコちゃんを出してからにして欲しいですね」
これ以上ない時間の無駄だ、と言わんばかりに黒島はポケットに手を突っ込み、椅子に行儀悪くもたれ掛かって、バランス遊びを始めた。
「ですが、これは…」
「…弁護士さん……第一、ギルド労使法は非戦闘職ギルド職員の保護法でしょう?…ちなみに、星村は非戦闘職ですが、未成年特例措置で、前身の日本ギルド連合東京本部中央クランの時から所属しています。…未成年特例措置のギルド会員は、尚更ギルド間で勝手にトレードなんてできないんですよ。んな事したら、未成年の人身売買と同じです。アンタらは勿論、俺までお縄になっちまうでしょ。星村が行政とマンツーマンで手続きしない限り、どこにも移籍できません」
戦闘職は文字通り命を賭けて戦わねばならぬ性格上、その意思が何よりも最優先される。プロスポーツ選手のように、一団体がビジネスの対象として契約で拘束する事などできないのだ。
「…」
「…他に、ご用件はありませんかね? …若き新人たちの歓迎会を開いてやりたいのですが」
「…御宅の隊長は、随分と女性を侍らせているようですね?…週刊誌が嗅ぎつけなければいいですがねぇ?…最悪、小隊の解体とか…新人さんが可哀そうだなぁ?」
大淵がギクリと動揺を露わにし、香山と斎城に見つめられている。
…結局、下半身から来たか。本性見たり、だな。
…確かに大淵はこれでもかと女に好かれて、誰かしら連れている。…少なからぬ関係もあるだろう。…が、誰かに迷惑を掛けた訳でも、未成年に手を出した訳でも無いし、女達も同意の上だろう。
「そうですねぇ。お互い、痛くもない腹は探られたくないものですねぇ…あっと、手が滑った!」
テーブルの上に数枚の写真が無造作に散らばった。
…金に物を言わせた高田の醜態の現場が、あられもなく撮影されていた。…海外か、中には未成年に見える少女も見られる。勿論、センシティブな部分や少女達の顔は全て黒塗がされていた。
「おおぅ…」
「あらあら」
大淵は別世界の「王様の遊び」に慄き、斎城は冷ややかに笑い、香山は顔を真っ赤にして背けた。
「どこの誰かは存じませんが、せめてウチの隊長くらいの慎みは持って欲しいものですなぁ…」
「こっ、こんな貧乏ギルド、潰れちまえ!」
高田は写真を全て回収し、足音も荒く談話室を出て行った。気まずそうに弁護士と秘書も続いて出て行った。
「ギルドじゃなくて小隊でござい…ってな。 いやぁ~馬鹿を相手にすると疲れるな。行こうぜ。可愛い新入りを盛大に歓迎してやろう」




