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転生先はパラレルワールドだった  作者: こぶたファクトリー


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悲恋士進

「…本当にすまない、秋山…。 団長とファーストの決定には逆らえない。…残念だ」

 ギルド退会通知書を手渡された。

「仕方ないさ。…今までありがとうな、河内」

「…元気でな」

 オタク仲間としてよく気が合った河内亮平との別れだった。「魔術工芸士」としてギルドに欠かせない彼は、このままクランで、今のような雑務をこなしながら活動を続ける。

 …通常の手続きとはいえ、自分の親友であった河内に退会通知書を手渡させるのは、何らかの悪意を感じずにはいられなかった。…被害妄想と言われればそれまでだが。 


 受付カウンターの前を通りかかると、相変わらず魅力的な曲線ボディを誇るギルド受付嬢の宮間が、どこか寂しげな表情で待ってくれていた。

 

「…辞めちゃうんですね、雷人くん」

「…はは、お恥ずかしながら実力不足でね。…今までありがとう、由香さん」

 

 …既に冷や飯食い扱いを受け、肩身の狭かったギルドの退会以上に、この宮間との別れが辛かった。


「…気が向いたら、遊びに来て下さいね」


 それは無いだろうな…。 宮間や河内には会いたいが、ここにはもう苦痛の記憶しかない。

「…ありがとう。それじゃ、宮間さんもお元気で」


 正面玄関から出て、未練がましくギルド拠点を振り返った。

 

 中世を舞台にしたRPGから飛び出して来たような、ログハウス調の洒落た拠点。周辺の詰所や施設もそれらしく仕立てられ、周りには郊外の静かな風景と森林が広がっており、本当にゲームの中に入り込んだような気分になる。 

 …初めてここに来た時は、あんなに輝いて見えたのに、今は掘立小屋に見えてしまう。

 


 私立ギルド「風の旅団」は、戦士100名、事務管理員20名の総勢120名という、日本有数の大規模ギルドの一つだった。…120名で旅団?…などと無粋なツッコミはこの際、置いておこう。

 …元は20人規模の小規模ギルドだったという。 

 第33ゲートが出現するまでは地元の小さなゲートを調査・管理していたが、第33ゲート出現後は団長が目敏く行政に売り込み、一早く現地防衛部隊にギルド要員を送り込み始めた。


 そのビジネスセンスは本物で、現在は日本有数の規模にまでのし上がった。マスコミの取材も受け、あの、フォロワー数1580万人を誇る人気ソロ冒険者で配信者の「冷くんチャンネル」とコラボした事もある。

 今現在も、現地派遣人数は全国ギルド中、最大数を誇る。これに加え、一早く異世界調査隊への参加を名乗り上げ、今も20人のファーストメンバーが現地で活動している筈だ。

 

 ギルドには能力と実績順にファースト、セカンド、サードと戦士が分けられる。…当然、原則として新規入団者はサードから始めて実績を積み重ねる訳だが…自分のように、いつまでも実績を上げられない者は新規入団者と入れ替えに退会させられるのだ。

 

『悪いけど秋山くん、こんな実績じゃ、ウチではもうこれ以上養ってあげられないよ。…やる気が無いんなら、可哀そうだけど他の、もっとヌルいギルドに迎えてもらってくれ』


 まだ20代の若社長でありながらギルド経営者であり…旅団長である高田裕也は、ご自慢の高級ワンボックスカーを洗車しながらそう言い渡した。

 …実績を上げられない以上、その背中に何も言い返せなかった。


 魔王軍による第一次強襲時…目の前で人が無残に殺されるのを見ながら、軽歩兵である自分は敵モンスターを牽制し、自分の身を守るので精一杯だった。

 …その戦闘でファーストメンバーの一人が、無残にも全身を折り畳まれて死亡してしまった。

 …決して言葉にして言われた訳では無いが、その日から、自分のせいで死んだのだと言われているような…明らかにそれまでよりも風当たりが強くなった。

 そして陰で付けられたあだ名が…チーランナー。

 

 …秋山が俊敏な機動で敵を翻弄し、味方への圧力を低減させ、味方に反撃のチャンスを与えていた事実は、誰も評価どころか考慮すらしなかった。…秋山自身も、それを自己評価すらしなかったが。

 

 そもそも、攻撃力が低く、スピードと防御力以外のステータスも軒並み低い軽歩兵や軽騎兵に他の白兵職種のように最前列で戦い続ける事を求めるのは、死ねと命じるような物だ。

 …或いは戦闘機や戦闘ヘリに、離陸せずに地上の敵と戦えというような物だ。素早く移動して敵を翻弄しつつ奇襲を織り交ぜて戦う…ヒット&アウェイが軽歩兵や軽騎兵のセオリーとされる。


 隣を白の高級ワンボックスが通り過ぎ、中から高田が降り立った。高級ブランドのスーツに身を包み、数千万するという超高級時計と高級鞄という大人の男の憧れアイテムで身を飾り、堂々と玄関に入っていく。

 …出入り口ですれ違った自分など覚えてすらいないようだ。


 高田は宮間に親しげに話しかけ、宮間も自分に普段見せたのと同じ笑顔で応じている。

 …信じたくはなかったが、宮間は高田の女だというのが、男性団員間での常…認識だった。


 項垂れながら、荷物を背負い直す。

 …唯一まともな装備である20式歩兵刀。…防具はゴブリンの石ナイフを辛うじて防げる程度のスポーツ用プロテクター。それらと私物を詰め込んだバッグを背負い、自分の唯一の移動手段である中古の原付に跨った。


 我が身を嘆いてばかりも居られない。ささやかな報酬すら断たれてしまった。…またどこかのコンビニか飲食店でアルバイトをしなければ食っていけない。


 …唯一の励みは、サードの報酬よりもアルバイトの方が金になるという事だ。…セカンドになればアルバイトと同等。ファーストになればちょっとした企業の正社員並みに貰えるのだ。


 …だが、本音はギルドでもっと活躍したかった。…自分には才能が無いと思い知らされながら。


 世の中の圧倒的多数は自分のギルドと似たり寄ったりだろう。 


 …あの中央クランなどは極めて異質な成功例に過ぎない。

 …高田はあのクランの黒島という、運営者らしき男をやたら敵視し、事あるごとにこき下ろし、自分が代わりにクラン支配人になれば、あのクランを今の数十倍の規模に出来ると取り巻きに豪語していたが、秋山は全く信じていなかった。


 …むしろ、その黒島という男が余程優秀な人格者なのだろう、と推察できた。


 …もし自分が中央クランに居られれば、と妄想してしまう。


 慰労パーティの動画で見た、この世のものとは思えないほどの竜騎兵の美女や他の美少女、そして屈強な男達に囲まれた、あの垢抜けた男。 仲間達との雰囲気も、こちらとは大違いで…実際の所はどうか知らないが、動画で見る限りは固い絆を感じた。

 …自分の持てなかった物を全て持っている。それも、たった十人程度の最小規模クランでありながら、今や日本ギルド最高戦力とまで言われている。…どこぞの百人も抱える成金ギルドが情けなく思える。


(あんなギルドに入りたかった…)


 …それに比較して希望一つ見えない自分の今後について、ぼんやりとあれこれ考えていると……衝撃。


 前のめりに飛ばされ、車の後部ガラスをヘルメットで突き破ってしまった。


「…」

 車内に突っ込んだ首をゆっくり動かして見ると、厳つい初老の男に見下ろされていた。車内後部座席と老人の着物には、細かいガラス片が無数に散らばっていた。…運転席からはサングラスを掛けた男達が驚愕の表情を憤怒の表情に変え、荒々しく車から飛び出す所だ。

「あ……ああ…あのッ…あのッ…」

 頭が真っ白になった。

 自分は事故を起こした。…それも一番最悪な相手に。

 …保険は最低限の自賠責しか入っていない。どう見ても、財布内の7000円ではクリーニング代にもなるかどうかすら分からない。

「す、すみませっ…ボーっとしてて…!」

 後部ガラスを突き破って這いつくばるという間抜けな姿勢のまま、涙目になりながら… 無表情で自分を見下ろす老人に謝った。


「ン何がボーっとしてじゃ、こんクソガキがぁ!」

 運転席と助手席から降りてきた強面の男達が、自分に掴みかかろうとした。


「何故ボーっとしていた?」


 老人の静かな声に、男達がピタリと静止した。


「あの…えと…今日、ギルドをクビになって…」


「…軽歩兵・スキル…超視力・弱…」

 ボロい空財布でも拾ったかのように、運転手の男が無感動に呟いた。


「…すみません…弁償は…すぐにはできないけど、働いて、いつか必ず…」


 歯の音が合わない。こんな高級車の修理にいくらかかるのだろうか……このまま捕まって殺されて…臓器を売られるんだろうか…


「…身分証を出して、これからきっちり働いて返すか?…利息やらは取らんが、一円たりとも負けてやらん」

「は、はい…必ず…」


「それか、我らと共に来るか。…使い物になれば、金は一円もいらん」


「…えっ?」

 予想外の申し出に、秋山は泣き顔を上げた。

「生半可では無い。…だが、お前が辞めない限り、今度はクビにはされんぞ」


 厳つい老人が、髭の上にもガラス片を乗せたまま頬を綻ばせた。


「選べ。一度きりだ。…二度と受け付けはせん」


 …絶対に関わってはいけない人種だ。…だが…どうせ自分にはもう、失うものが無い。


 弁償の事は置いておいて…これから先、フリーターとしてなんとなく生きて行くか?それともまた、どこかの半端なギルドに入って、また同じように捨てられるか…そんな生活はこの連中と付き合うのと違って、安全ではあるが、ループしたように同じ景色を繰り返し…年を取っていくだけだ。

 そして、いつまでもそんな生活はできないだろう。


 …だったらいっそ、新しい世界の扉を叩いてみるか。…例えその先に待つものが地獄でも、新しい景色には出逢える。


「…」

 


 


 道着が湿って…いや、ぐっしょりと濡れていた。温まりかけた体を、晩秋の冷気が襲う。

 裾を雑巾のように絞ると、饐えた臭いと水滴が滴った。

 手拭で手をしっかりと拭いて乾かし、再び白樫の木刀を握る。

 同じように、二百人以上の男達が屋外での木刀稽古に精を出している。


 老人について行った先は憂国烈士団なる…いかにもその筋の方々が運営する団体だった。そこでは自分のような二十代前後の青年たちが明けても暮れても自身を鍛え抜くことだけに精を出していた。


 意外にも戒められていたのが、自主的な筋肉トレーニングだった。筋トレは団が週に三度実施する時間のみ許された。代わりに、ランニングや付近の山深い山林での野外行動、市街における市街戦シミュレーションは奨励されていた。また、その為の衣服なども支給されていた。


 土日平日を問わず、無作為に週に一度、休日が与えられた。与えられる休日の数は同じだが、誰と同じタイミングで休日になるかは分からず、必ずしも親しい者と共に行動できる訳では無い。しかし烈士団は、普段交遊が無い者達と共に町へ繰り出す事を推奨していた。その為の交通費と少なくない奨励金…遊ぶための資金が提供された。

 当然、町での暴力沙汰は厳禁されていた。…万一絡まれたら、どんなに侮辱されようが一方的に殴られようが、必ず逃げて帰って来い、というのが絶対の規則だった。

 

 また、講義もあり、そこでは憂国烈士団の思想と理念を修身する。国体の崇敬はもちろん、公民と献身、清廉な思考とバランス感覚を説かれる。…時には血潮の熱い団員候補と教官が喧々諤々と議論する事もあった。

 

 心技体の徹底した修練。同志との血の連帯。

 これを本義として日々を同年代の熱い青年達と過ごし、気付けば12月も終わりに差し掛かっていた。

「…まさかあの時のクソガキが、こんなに化けるとはなぁ…」


 自分をここに連れて来てくれた老人…國繁勝美(くにしげまさみ)の右腕であり、自分を殴ろうとしていた運転手…どう見てもパンチパーマのヤの付く人にしか見えない、増岡が笑いながら自分の隣を歩いていた。

「はは…あの時はもう…死んだと思いましたよ」


「この調子でどんどん、戦士としては勿論、人間としても強くなってくれよ? …お前ら若者がこれからの主役なんだからな」


「…あの、車の弁償は、いつか自分でしたいです。…まだ一ヶ月ちょっとだけど、俺、ここにきて本当に良かったです」


「そんな事はするな、親父…団長が怒るぞ。約束を違えさせるつもりか、ってな。 …本当に良かったと思うなら、ここで手に入れた物を大事にしておけ。それに、まだお前らはこれからが大変なんだからな」


「はい!」


「…お前、うどん食えるか?」

「…はい?…食えますけど」

「んじゃー、また来年な。俺はこれからうどんが有名なとある場所にチビ共連れて、年明けまで里帰りさせてもらう。土産に持ってきてやるから食え」

「そうでしたか、ありがとうございます!お気を付けて」

「あと、年末年始だからって羽目を外し過ぎるなよ?お前、筆頭候補なんだからしっかり頼むぜ」

「はい!」





 

 …それが増岡との別れになった。




『…この事故で、乗用車に乗っていた東京都在住の増岡慶晴さんとその妻の美代さん、長男で9歳の湊くん、長女で6歳の愛華ちゃんが…』



 高速道路で横転し、炎上したワンボックスカー。…焼け焦げた、ドリームランドの兎のマスコットキャラクターのぬいぐるみが映し出された。


 …年明けの朝、他の候補と共に立ち尽くし、食堂のテレビ画面に釘付けになっていた。

  

 なんで…事故?…どうして…


 重要幹部であった増岡の死を受け、全ての訓練が中止となり、全員が待機を命じられた。

 …ただ、教官たちだけが殺気立っている。

 

 …苛立ちや不機嫌では無い。自分達が報告で話しかけたり、すれ違うといつもと変わらずに応じてくれる。 そんな彼らが纏う殺気は、明らかに復讐心を燃やす殺気だった。


 …やはり、増岡は殺されたのだ…家族ごと…



『ン何がボーっとしてじゃ、こんクソガキがぁ!』

『…まさかあの時のクソガキが、こんなに化けるとはなぁ…』

『あと、年末年始だからって羽目を外し過ぎるなよ?お前、筆頭候補なんだからしっかり頼むぜ』



 …俄かに、抗い難い殺意が湧き上がってきた。


 …誰だ。

 …誰が殺った!?


(絶対に許さねぇ…!) 


 夜、夕食後にそのまま全員に事件の真相について知らされた。

 烈士団は警察内にもシンパを持っており、極秘の捜査情報がもたらされたのだ。

 それはニュースでも取り上げられなかったが、車体と遺体には銃痕と、剣で切り裂かれた跡があった、と。


「…増岡を慕う者もいるだろう。だが、復讐心だけに身を窶すな。…我々は大義の為、戦わねばならん。…もし、それが守れないのであれば…退団を命ずる」

 教官も忸怩たる思いを滲ませつつ、断固として言った。

 …苦しんでいるのは自分だけではない。同志たちもだ。…そう思う事で怨嗟の炎に砂を掛けた。


『この調子でどんどん、戦士としては勿論、人間としても強くなってくれよ? …お前ら若者がこれからの主役なんだからな』


 増岡さん…きっとあなたも、犯人への復讐は望まないでしょうね…


 その代わり、対抗手段として、烈士団内で計画されていた首都同時強襲作戦の前倒しと、それに伴う団員候補の繰り上げ入団が行われる事となった。


 …筆頭候補である自分は、これから200人の新団員を率いる事となった。…隊番号は十一。

 士…侍。これ以上ない、烈士に相応しい番号だ。


 烈士団の制式戦闘服。 明治以降の軍服を想起させるデザインの漆黒の戦闘服に身を包み、これも黒一色に塗られた21式メイルアーマーを着込む。 …最も戦闘能力が優れた者が選抜される各隊長の戦闘服は、襟元に金糸が一条、輝く。


 …まったく、皮肉な事だ。 

 かつてギルドを役立たずとして追われた男が、ここでは最強の11人の中の一人とは。

 …だが、どちらが自分の正当な評価か…それに迷いは無い。ここで…同志達と共に過ごした二月にも満たない時間が、どれだけ熱く輝いていた事か。


「十一番隊隊長、秋山雷人!」

 

 大先輩の団員達が荘厳に見守る中、登壇した秋山は袴姿の國繁勝美から一振りの儀礼刀を授かった。


「…見事、約束を果たしてくれたな」

「…増岡さんにも見せたかったです」


 増岡さん…見てますか?

 あの時のクソガキが、必ずや貴方の分も立派に戦って見せますから。

  



 作戦行動前に、全ての新団員に三日間の自由日が与えられた。…この機会に家族と、最後になるかもしれない時間を済ませてこいという心遣いだ。



 …作戦前最終日、秋山は実家の家族と二日間を過ごし、夜の市街を駅から屯所に向けて歩いていた。


「…雷人くん?」


 懐かしい声に視線を向けると、宮間がいた。 …誰かとの食事の後なのか、美しく着飾っていた。…懐かしい、良い香りがする。




「…こんばんわ、宮間さん」

 物憂げに苦笑しながら振り返る秋山は、二ヶ月の間に別人のようになっていた。

 元から小柄ではあったが、全身が引き締まり、逞しい印象を受ける。…何より、歩き方や姿勢、覇気が全く違っていた。

 …前がかわいいチワワだったなら、今は闘犬…いや、紳士的の姿に化けた狼だ。


 …実際に見た訳ではないが、明治辺りから戦前までの軍人の雰囲気…死が当たり前の日常に身を置く侍の末裔達が、こんな感じだったのではないだろうか…そう思わせる魅力が、今の彼にはあった。

 元々、微かながら好意はあった。その時の彼は優しい人だった。

 …だが今は…それこそ青年将校のような、何か思い詰めた危うさ…大人の物憂いを帯びていた。

 

 胸の高鳴りを感じながら、宮間は自分に口がある事を思い出し、声を続けた。


「ひ、ひさしぶりだね。…なにかあったの?」

 …同時に、その物憂いがただならぬ事だとも理解していた。…今、彼を止めなければ、きっと二度と彼に出会う事は出来ない…そんな強い予感があった。


「…ううん、なにも。 それにしても、宮間さんが相変わらず綺麗で驚いた」

 優しく微笑み、自分を褒めてくれるが、その言葉が空虚である事は明白だった。


 …彼は、自分よりも遥かに大切な物を見つけてしまったらしい。今も、目は自分の目を見ているが、それを透過して何か壮大な目標を直視し続けているように思えてならない。


 …それが二人を隔てる決定的な距離感となっていた。

「…ねぇ、何があったの?教えて?」

「…久しぶりに会えて良かった。 …さようなら」


「待っ…」


 秋山の姿は夜闇の中に一瞬で溶け込んだ。…今の一時が幻覚だったのではと疑うほどに。

 宮間は切なく込み上げる感情に打ちひしがれ、その場に立ち尽くしていた。





 …宮間の声を聞いて、自分の覚悟が揺らぐのが怖かった。


 …もし、あの日…ギルドをクビになった時、宮間が積極的に自分を引き留めて居たら、自分は烈士団に入団しなかっただろう。

 …それで幸せになれたかどうかは永遠に分からない。


 少なくとも自分は今、士として生きる事を選んでいるから。


 



 代々木公園を封鎖する警官隊と自衛隊に迫る。

 軽歩兵である自分の俊足の突進に、防衛隊は全く反応できていなかった。同志…部下達すら遥か数十歩後ろを必死に追いかけている。


 …軽歩兵をヒット&アウェイでしか戦えないと思い込んだのは、自分の軟弱で凝り固まった固定観念だった。

 …()()()()()()()()()()()()()なら…その可能性は、他の職種に無い物として無限大に開けてくる。


「諸君らを傷つけるつもりはない。武器を捨て、投降せよ!」

 

 勇敢にも、警官隊が発砲し、それに呼応して自衛隊も威嚇射撃をしてきた。

 

 …だが遅い。そして半端だ。

 圧倒的な力が無いのなら、相手を殺さずに制圧する事などできない。…殺すしかないのだ。最初から自分達に危害射撃すべきだった。

 その決断ができないのが、警官、自衛官の致命的な弱点だった。…だから、一人たりとも殺す訳にはいかない。


 スキル・超視力で銃弾を見切り、最適な経路へ身を進ませる。速さを極めた自分なら、超視力発動の十秒間、弾丸の雨を余裕で避けられる。

 …超視力を持たない者には、シャワーのように降り注ぐ銃弾を身動きせずにすり抜ける奇術に見えただろう。


 愛用の20式歩兵刀…騎兵刀より長い、刃渡り70㎝の打ち刀を一薙ぎした。

 放たれた銃弾を切り払い、自衛官の持つ銃剣付き騎兵銃を両断。更に警官らの構える空挺仕様の89式小銃も全て一刀で斬り捨てる。

 部下達が両隊を取り囲んで武装解除させ、公園南側を制圧した。 更にゲートへと向かう。


 騒ぎを聞きつけたギルド戦士が困惑したように立ち尽くし、自分達を見ている。

 …見覚えのある顔も何人か見当たる。…ファーストの連中だ。全員が自分の姿を認め、驚愕と戦慄を露わにする。 …視察にでも来ていたのか、よく見知った顔があった。「高位騎士」の高田。…余程目立ちたいのか、何やら相変わらず派手な装備をしている。


 軍隊では戦場で目立つことは死を意味する為、指揮官は極力他の兵と見分けが付かない格好をするものだが、この男にその思考は無いらしい。

 …或いは、それだけ狙われてもやり過ごせる自信があるか、狙われる理由すら無いか。


「武器を捨て、投降しろ。諸君らに勝ち目はない」

 能面のような無表情のまま、武装解除を促した。

 元より私情など無い。自分を退会させたのも通常の手続きを踏んだ、合理的な判断だったのだから。 

 宮間の事も、元より自分の与り知ったことではない。


「…お前、秋山か?」

 高田の恐怖した顔が、自分の姿を認めて幾分か余裕を取り戻したように見えた。

「…やっぱあの秋山くんか!ははは、なんだよ、俺に首にされたからって、腹いせのつもりか?」


 確かに皮肉な巡り合わせだ。自分を首にした者を武装解除させる機会など、中々ある事ではない。

「それとも何?宮間を取られちゃったのがそんなに悲しかったのかな?…みっともねー、女々しい奴だな!」


 …この男は何を言っているのか?

 尚も秋山は彫像の如く堂々と佇み、心から不思議そうに高田を観察していた。周りの部下達は高田の言動に一瞬だけ困惑の気配を見せたが、すぐに察したか、再び無表情な兵へと戻っていた。


 …それにしても、この困惑しながら震えているのがあのファースト達か…給料は烈士団員の数倍だが、それだけだったのか。

 …こんな事なら、烈士団に入って本当に良かった。こんな子羊の群に加わる事を一瞬でも夢見ていた自分が情けなく、馬鹿馬鹿しい。


「再度言う。武器を捨て、投降しろ。諸君らに勝ち目はない」

 

 無機質な声で高田たちに再度投降を促した。

 自分の態度がそんなに気に入らないのか、無感情な自分に対し、高田はますます感情を高ぶらせていく。

「女取られてクビにされて、腹いせにテロ右翼に入団とか、マジ、ウケるんですけど!?」


 見かねた団員の一人が進み出る気配。それを目で制した。

  

 …戯言はどうでもいいが、宮間の名誉を考慮するなら、そもそも二人が付き合っているという客観的な証拠は一切ない。あくまで噂話として聞いただけの事だ。

 今となっては否定する気も無いが、もし、勝手に付き合っている事にされているとしたら、それは流石に気の毒過ぎる。


「秋山君!」 

 

 …声の方向を向いてしまった。未練は断ち切ったとばかり思っていたが、体は微かに本能に忠実だった。

 高田はその隙を見逃さず、見事と言えば見事なまでの奇襲を仕掛けてきた。

 抜き放たれた装飾過多なロングソードが秋山の首に向かった。

 …さすが高位騎士。 ステータスだけは軒並み高レベル補正だ。超視力が無ければ危なかったかもしれない。…だが、それをもってしても自分の速さには及ばない。


 即座に伏せてやり過ごし、続く追撃の剣を素手で払い、そのまま首筋に手刀を放った。


 喉仏を潰されかけ、声にならない声を上げながら高田が尻もちをついた。すかさず後ろに回り、瞬時に腕を捻り上げて武装を解き、手錠で後ろ手に拘束した。

 宮間と仲間達の前で随分とみっともない姿を晒す事になるが、仕方ない。

 どうやって手に入れたのか、やたらと凝った装飾が施された23式メイルアーマーまで着込み、その華美な高級装備に対して無様な姿が一層痛々しい。


「…諸君らのリーダーは指揮不能だ。武器を捨て、投降した方が身のためだ」

 ようやく、頭を失ったファーストの面々が武器を下ろし、部下によって拘束されていった。


 宮間を振り返った。昨日よりもシックなグレー基調の装いだ。


「…ここは危険です。民間人の方はお引き取りください」


 公園は既に部下によって制圧されている中、何故宮間がここまで入れたのか謎だが、ここが危険なのは本当だ。


「時に…こちらの方の関係者ですか?」


 事務的な口調で、自分の足元で拘束されて転がる高田を示す。

「…はい、上司です」


 一切の迷いない生真面目な返事に、周りの部下…同期達が含み笑いを漏らした。


 …そんな事だろうと思った。昨夜会った時も、全く男の匂いがしなかったから。


「このアマ…空気読めよ!」


 勝手に情婦扱いされるとは何とも気の毒だし、この男も相当危険な輩だ。…今に逆上して、彼女に何かしなければ良いが。


「…私は部外者ですが、この男だけはお勧めしかねますね。…可能なら転職をお勧めします」

「あの、じゃあ…雇ってもらえたり、できませんか?」


「…それは無理な相談ですね」

 部下達に事後処理に関する指示を言い置き、出口に向かって歩き始めた。


「ど、どうしてですか?」

 宮間が小走りに付いてくる。


「我々は民間企業ではありません。…いずれは…大義を全うした暁には全員が国家権力によって裁かれる運命にあります」

 民間人には手を掛けていないが、標的には和平に賛同する議員や閣僚が上がっている。…売国の権力者とはいえ、人殺しは人殺しだ。大義を果たした後、罪から逃げる訳には行かない。


「あ、あの、そうじゃなくて…どうしてそんな他人行儀な喋り方なんですか?」


 …自分の思考とは的外れな、宮間のあまりに純粋な疑問に、思わず足を止めて宮間をまじまじと見てしまった。 …宮間の顔が微かに赤らむ。


「はは、確かに。…口ではどう言っても、どこか緊張していたのかな。…けど、もう俺達に関わらない方がいい。下手をすると、宮間さんも好奇の目に晒されるか、罪に問われないとも限らない」


「…私も連れて行って下さい」


「…それはできない。…もう帰った方がいい」

 それだけは断固とした声で告げた。

「…ただ、もし良ければ河内と仲良くしてやって欲しい。アイツは、他のギルドでもきっと重宝される筈だから」


 振り返らず、出入り口へと向かうと、何やらスピーカーからやる気のない声が聞こえてきた。


『…これも報告書に書いておいたから知っていると思うが、未知の魔法石をたっぷりと仕入れてきたんでね。…例えば収納の魔法石は収納された人間が自ら出る事はできないが、これで永久に閉じ込めておくこともできる訳だ。…忘れられて、そのまま数百年後に誰かに出してもらうまでそのまま…なんてことが無いとも限らないぜ? あぁ、安心しろ、うちの天才の調査で餓死や老衰、窒息死は無い事がわかっている。素敵な人間タイムカプセルになれるぜ?』


 これはまた骨が折れそうだな、と思いながら声を聞いていた。

 

「…すみません、勝手に婦人を通しました。秋山隊長を知っていると言われて…」

 出入り口で分隊を任せていた同期が頭を下げた。二ヶ月以上共に過ごしてきた同期だが、作戦中は部下と上官の関係だ。部下の肩を軽く叩いた。

「気にするな。…戦況は?」

「はっ。この公園管理拠点は今のところ、包囲したまま攻めあぐねていますが、敵もまた出入りできません。籠城戦になりました。…応援が必要となるのは首相官邸か、中央合同庁舎4号ですが…今しがた、大淵大輔と魔王には逃げられた模様です…」


「…官邸か。守っているのは特戦群二名と言ったな?」

「…はい。人外レベルだとか」


「そちらに向かうと伝えてくれ」


 背に宮間の視線を感じた気がした。…だが、もう振り向くことはできない。

 今度こそ、さようならだ…

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