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転生先はパラレルワールドだった  作者: こぶたファクトリー


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壮烈乱華

 官邸のオペレーションルームには、刻一刻と深刻化する状況が映し出されていた。


 岩田弓子内閣総理大臣は、例の中二階となっている指揮所の専用椅子に力なく身を預けていた。赤く染まっていく東京都地図を眺め、無力感に打ちひしがれていた。


 それでも取り乱さずに居られたのは、幾つかの希望があったからだ。

 

 一つは、この官邸や国会周辺にも突如として湧いて出たように現れ、警備要員を即座に包囲・拘束して強襲を仕掛けてきた憂国烈士団の最精鋭部隊を、群長の独断で予め警備に当たらせていたS…特殊作戦群隊員…コードネーム・大根武者なる、ふざけた二名の隊員が、それ以上にふざけた獅子奮迅の活躍を見せ、烈士団精鋭部隊を一時後退させてくれた。そのおかげで、辛うじて自身と大半の閣僚が無事に官邸内に立てこもり、難を逃れた事だ。

 …国会と、周辺の他の全ての建物は完全に制圧下に置かれたが。

 

 ここも敵中に浮かぶ、陸の孤島だ。たった六名の拳銃を装備した警備要員と二人の特戦隊員、そして、他の建物よりは幾分か頑丈かつセキュリティシステムが多いこの官邸が手持ちの戦力だ。


 …捕まれば、自分は売国・賊の首領と断じられ、間違いなく斬首されていただろう…未だ健康に脈打っている首筋を擦り、隣でにこやかに立つ隊員の一人を見上げた。


「いやぁ、驚きましたな。まさかこんな大勢で来るとは想定外でした。 ああ、申し遅れました。自分は高位騎士の村田恋夜と申します。…変わった名前でしょう? 因みに相棒は…総理には不吉な職種でしょうが、暗殺者で大場京介と言います。 …もうご安心ください。連中は総理を捕らえ損ねました。それで勝敗は決したようなものです。…まぁ、核でも落とせるなら話は変わってきますが、流石に連中の武器庫には無いでしょうな」


 岩田の緊張を解すようにそんな軽口まで言ってのけた。

 

 スッキリとしたスーツ姿で、今は官邸内の見回りに出ているもう一人と共に、官僚や議員、警備要員に化けて紛れていたらしい。 

 激しい戦闘を繰り広げたにも拘わらず、所々スーツが擦れた程度で怪我一つ負っていない。また、その体つきは岩田が想像する、アメリカ映画で単身テロリストを殲滅する主人公とはかけ離れ、その辺のサラリーマンと全く見分けがつかない。

 

 趣味は週一のジム通いです、と言われても、ああ、と納得できる程度だ。

 ただ、今は腰に二振りの騎兵刀を差している。…この男が見せた阿修羅の如き二刀捌きは、素人の岩田から見ても神業だった。


「第33ゲート及び公園、一個小隊規模の憂国烈士団に完全制圧されました!現地駐屯部隊は武装解除されまたが全員無事との事です!」


 今となっては和平締結により、せいぜいがはぐれモンスター警備を主任務とするギルドの戦士達は、突如として背後から武器を向けられて投降を促されて、恐怖よりも先に困惑した事だろう。…憂国烈士団の脅威を共有しているのは、ごく一部のギルド情報関係者と中央クラン…改め、大淵小隊の面々くらいだ。




「ゲート管理拠点・大淵小隊駐屯地、包囲され孤立! 捕虜にされた警官、及び売店・食堂運営スタッフの無事は確認できました」


 二つ目の救いは憂国烈士団が、投降した者や標的以外の非戦闘員は決して傷つけない事だ。


 だが、岩田にはこの一斉蜂起が無血のまま終えられると信じられる程、ロマンチストでもなかった。


 都内を襲っていた通信妨害は、午後4時にほぼ全てが憂国烈士団によって自主解除された。…その直後、昼過ぎに中央合同庁舎四号館にて大淵大輔と魔王が報告書の提出を求められて登庁し、その庁舎にて銃撃戦が起き、怪我人まで出たという、ショッキングな報告が遅れて入った。

 無論、自分達の指示した事ではない。…微かな隙と油断を突いた、極めて単純な罠に、まんまとクイーンとキングを掠め取られたのだ。


 …もっともこの場合、キングとクイーンの性別は逆だが。

 いずれにせよ、キングを殺されれば戦争再開は確定で、クイーンを殺されれれば魔王軍に対抗できる唯一の矛を失う事になる。


 まだ庁舎…現地は混乱しており、大淵と魔王の安否含め、それ以上の詳しい情報が入ってこなかった。


 と、もう一人の特戦隊員、大場京介が入って来た。…まだ未成年だろう。18前後か…あどけないが、弥勒像のような穏やかな顔立ちの村田とは対照的に、なるほど暗殺者らしく猛禽を思わせる鋭い顔つきだ。

 大場は岩田に目礼すると、村田に何か耳打ちした。村田は表情も変えずに小さく頷くと、共にオペレーションルームを出て行った。


 画面を見つめている不動防衛大臣が、苦虫を嚙み潰したように歯軋りをしている。


「…こちらの使える駒はもう無し?」

 不動はちらと岩田に視線を移し、それから考え込むように目を閉じた。

「…練馬駐屯地はじめ、都内の駐屯地は飛行隊含め、完全包囲されました。…他県の駐屯地でも謎の通信障害が発生している模様です。連絡が取れるのは、埼玉の32普連と静岡の34普連です…が、相手はスキル保有者のみで構成された極めて有力な武装集団であり、これに正面から有効に対処できる部隊は現在、警察と自衛隊には存在しません…。 また、両連隊を市街戦に投入するという事は、首都を破壊し、少なからぬ犠牲を自衛官…はともかく、都民にも強いる事になってしまいます」


 下手をすれば、自分と自衛隊が手を汚す事になり兼ねない。…スキル保有者でない以上、動かす事はできない。


「…先手を打たれた時点で私の負けって訳ね」

「…特戦群は群長の指示で、彼ら以外も既に行動に移って居ります。…彼らを信じるしかありません。烈士団の主要な実働部隊が壊滅すれば、駐屯地を包囲している集団も退却せざるを得なくなります。…実際、駐屯地を包囲しているのは未成年や、SNSで集まった者が殆どです。これは、正規の烈士団が包囲している警察署が解放されれば、逮捕・強制退去が可能な筈です」

「…わかりました。 夏間長官、そっちは任せていいのね? あと、そちらの飛車角のお二人さんは?」


「はっ。所轄さえ解放されればすぐにでも。 例の飛車角は現在、大淵大輔大尉及び魔王陛下救出の為、中央合同庁舎4号館に向け急行しております。 付近に点在する烈士団主力の一部を制圧したようです」


 オペレーターが気を利かせ、都内各所に配置されているライブカメラの一つにアクセスした。

 大画面に、交差点から歩道にまで倒れる、烈士団の構成員らしき男達が映っていた。今もまた、画面の端で刀を悪鬼の如く振り回す男と、拳一つで烈士団の猛者を閉め落として制圧する、往年の俳優じみた渋い男が映っていた。


 更にカメラが切り替わり、代々木公園管理拠点が映し出された。 二個小隊分の烈士団に囲まれているが、侵入も許していなかった。鉄筋コンクリート3階建ての、元はデイサービスも請け負っていた施設(未払いにより経営難だった)が、今は難攻不落の城だと言わんばかりの緊張感を放っていた。


 …彼らも救いの一つだ。立て籠って時間を稼いでくれるだけでも、烈士団の戦力を分散・釘付けすることができる。

 そして、事あるごとに世間話と称して自分へのお世辞を並べ立てた後、大淵小隊隊員の待遇改善と大淵大輔への「特例処遇」を唆してくる黒島勇人…あの男は、そこいらの政治家よりよっぽど狸…いや、もはや大妖怪の類だ。この遅滞行動とて、黒島は分かってやっているのだろう。


 …それにしても、これほどの精鋭かつ戦力を整えるとは…年末に留学生によって重要幹部を殺害されて、それでもこれだけの戦力を蓄え、鍛え上げてきた烈士団の士気と練度には畏怖さえ感じる。


  …特戦群や公安の二人、市街でささやかに抵抗して敵戦力の分散と遅滞行動を取る自衛官や警官達、敵ながら高潔な精神を持つ烈士団、そして、未知数の力とセンスを持つ大淵大輔やその仲間達。…これだけの要素が味方になって、ようやく今の状況がある。

 …だからこそ、彼らにも和平の意義を分かってもらい、共に歩んでもらいたかったのだが…



『武器を捨てて投降しろ!お前達のリーダーは預かった!憂国烈士団の名において宣言する。投稿すれば、お前達の隊長もお前達も、決して傷付けない!!』


『だったらあのアホ面小隊長を見せな。話はそれからだ。…入りたきゃどこからでもどうぞ。ただし、こちらはこのような事態を見越し、素敵なトラップを既に設置済みだ。…一階から素直に上るのはお勧めしないな。各階の窓から侵入する事をお勧めする。まぁ、それも罠なんだが』


 スピーカーから黒島の特に緊張した様子もない、ハッタリか本当かも分からない声で心理戦を仕掛けているのが確認できた。


『なにせ、これも報告書に書いておいたから知っていると思うが、未知の魔法石をたっぷりと仕入れてきたんでね。…例えば収納の魔法石は収納された人間が自ら出る事はできないが、これで永久に閉じ込めておくこともできる訳だ。…忘れられて、そのまま数百年後に誰かに出してもらうまでそのまま…なんてことが無いとも限らないぜ? あぁ、安心しろ、うちの天才の調査で餓死や老衰、窒息死は無い事がわかっている。素敵な人間タイムカプセルになれるぜ?』


「…」

 勇敢にも一人の構成員がポイントマンとして入っていった。…そして慎重に玄関に入り込み…悲鳴も無く消えた。

『一名様タイムカプセルごあんなーい。はい、次~?』

 …後に続く者は居なかった。


「…見なさい、非常勤公務員の皆さんがあれだけ頑張っているのよ。まだまだ希望はありますね。…さぁ、私達も出来る仕事をやりましょう」


 一刻前まで打ちひしがれていた自分を棚に上げ、岩田は指揮所の縁から手を叩き、全員に激を飛ばした。




「参ったぜ…」


 二階への踊り場から覗き込みながら、一本目の弾倉を交換した。予備は残り一本。

 やはり憂国烈士団などと、大仰な名前を名乗るだけの事はあって、その正規構成員は明らかに訓練を受けていた。…まさか全員が全員、自衛隊や警察上がりではなかろうが、間違いなく本職が何人もおり、そいつらが適性のある新人を選抜し、徹底的に鍛え上げたのだろう。 …少なくとも、敵に素人はいない。

 

 射撃に関しても本職と同等か、それ以上を自負する自分の射撃も、遮蔽物や援護射撃を巧みに利用して…一方的にと言えば言い過ぎだが……徐々に後退を余儀なくされているのは事実だ。

 …それでいて、敵の被害は今のところ確認できない。こちらが射殺しないように気を遣っている事もあるが、それは相手にもある事情だ。

 連中は魔王を殺したいが、自分の…勇者の持つ力は欲しい筈なのだ。

 …それにしても当てられない。 一発外せば確実にその隙をついて一人、庁舎内に侵入し、自分を捕らえようと距離を詰めてくる。


 …既に五人は庁舎内に入っている。元からいる奴も最低一人…もしくはそれ以上。

 しかも暗殺者は気配を察するのが困難と来ている。…これに何とか耐えている自分を褒めたたえてやりたくなる。

 …だが、銃弾の切れ目が運命のターニングポイントだろう。 マオは収納で守られているとはいえ、自分が拘束されてしまえば、自分の体に魔法石が埋め込まれている事は知られている。…遅かれ早かれ何かしら、魔法石を腕から取り出す方法を解析され、マオも引きずり出されてしまうだろう。

 引きずり出されたマオが首を斬られる…涙を浮かべたマオの顔が…俺を見る…ダメだダメだダメだ…!!

 …それだけは絶対にさせない。 絶対に…だ…


 ふと、狂気が自分を覆いかけた。「そんな事になるなら、先に皆殺しにしてやる」…ダメだ、やめろ!…そ、そうだ、落ち着け…! …つまらん狂気に吞まれるな…連中だって、根は悪い奴らではない…。


 一層あからさまな制圧射撃が踊り場を襲い、我に返った。 十人単位の烈士団員が踊り込み、立て続けに何かを投げ込んで来た。

 ダクトテープで留められたアルミ缶のようなものが踊り場に幾つも転がった。その端部には導火線の火が中に入り込もうとする所だった。

 咄嗟に手すりの物陰に飛び込むと、アルミ缶が破裂し、周囲が赤く染まった。

「…ぐ、ぐぇーっ!! …な、何てことしやがる、俺は熊か!?」


 OC…オレオレジン・カプシカムガスの洗礼を受け、顔面の粘膜という粘膜が悲鳴を上げる。涙と鼻水塗れになり、咳き込みながらも……階下からここぞとばかりに階段を駆け上がって来る気配に反応する。落ち着いて腰に下げた手製護身具を探り、抜き取った。

 黒島から散々、憂国烈士団の危険性を口酸っぱく説かれていなければ、用意していなかった。


「倍返しだ、この野郎共!」

 塩ビパイプで作った筒を階段に転がし、銃創のある足を庇い、這いつくばりながら階上へ逃げた。

 駆け上がって来ていたガスマスク姿の相手は、慌てて階段の手すりから飛び降りた。


 …静寂。


 階段の下に団員たちが警戒しつつも集まる。 ブラフで足止めされる事ほどマイナスポイントとなる事は無い。

「ブラフか…?」

「…俺が行く。援護を頼む」


 一人の銃士がドイツ生まれの高性能短機関銃を構え、階段に転がったまま微動だにしない筒に注視しながら、階上からの奇襲に警戒して進んだ。

 …250ml缶程度のサイズの、塩ビ筒だ。両端はしっかりとダクトテープで封じられているが…導火線や起爆装置らしい物は見当たらない。ただ、ベルトか装具に吊るしていたであろうカラビナがテープと紐で括りつけられているだけの…筒だ。

 …ブラフか…

 まんまと騙された。…しかし、両端をご丁寧にわざわざ塞いであるのは何故なのか?

 拾い上げて匂いを嗅いでみた。…100%、火薬などは使われていない。…ただ、振ってみると何か固形状の物が入っている。…サイズ的に、駄菓子の景品で手に入る人形や、大昔の巨大特撮ヒーローのソフビ人形のようなサイズの…

 

 少なくとも殺傷性のあるものではない。好奇心から、ダクトテープを剝がしてみた。


「おい、そんな事をして大丈夫かよ…!?」

「心配するな、ただのブラフだ。火薬じゃない」

 サソリだったりしてな…しかし、動く気配もない。

 味方が自分の代わりに警戒しつつ、階上に向かい始めた。最も危険な一番槍を務めたのだから、このくらいの道草はご愛嬌だ。

 …と、中から、人形が落ちてきた。

 

 干からびた大根に手足が生え、天を仰いで苦悶の顔をしたような、極めて悪趣味な人形だ。 まだ去年末に入隊したばかりの団員がそれを見て、同じような顔真似をして思わずその場の全員を笑わせた。


 …と、人形が眩しそうに眼を震わせたかと思うと、バッチリと目が開いた。あまりの気色悪さに人形を取り落とすと、人形が地面に落ちた瞬間、けたたましいサイレン…悲鳴が鳴り響いた。


「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛」


 今度はこちらの全員が苦悶の表情に変えられ、必死に耳を塞いだ。

「ぐぁああッ!!み、耳が…」

 自分のその声も、この人形が張り上げるサイレンめいた叫び声に掻き消される。

 

 冗談抜きで、鼓膜がおかしくなる寸前だ…!耳深くに指を突っ込んで塞いでも、鼓膜が破かれそうになっているのがわかる。…いっそ、このまま指を突き抜いて耳を潰したくなる…!! それほど酷い声だ!


「つ、潰せ!人形を潰せェ!」

「い、嫌だよ気持ち悪りぃ!ぐぇぁあああ!!誰か、耳切ってくれェ!」


 …確かに呪われそうで気色悪い。自分でも躊躇ってしまう。

「つ、筒だ、筒に戻せ!」

 誰かが当たり前ながら妙案を思いついた。


 誰かの声が掻き消されかけながら聞こえた。

 …自分の不始末だから、と覚悟して両手を耳から離し、人形を掴んだ。

 …と、人形が鳴き止んだ。…代わりに今度は邪悪な…卑しい笑みを浮かべて。

「フフフフフフフ」

 などと嗤い出す。

 「クソッ、とことん気色の悪りぃ奴だな…!」

 筒に押し込めると、やがて笑い声も聞こえなくなった。



 大淵謹製のマンドラグレネードは見事、追手に深刻な聴覚ダメージと精神ダメージを与えたのだった。



 遥か階下からのおぞましい悲鳴を聞き流しながら、大淵は最上階のオフィスにあった冷蔵庫を漁り、誰かがコンビニで買ったサンドイッチを頬張り、遅い腹ごしらえをしていた。


 既にトイレで目や鼻、喉をしっかり洗い流し、痛みは大分引いていた。

 …隠れ、避けていてもこれだ。 …直撃していたら今頃、本当に拘束されていたかもしれない。

(砲兵…いや、あの軽歩兵だな…歩兵も、戦い方一つでこれだけ厄介にもなるのか…)

 仮にも、歴戦の猛者である自分を、ハズレスキルと揶揄される歩兵達が捕縛一歩手前まで追い詰めたのだ。天晴れとしか言いようがない。


「…食うか、マオ?」

 くれ、と内部から返事があり、サンドイッチを半分収納してやった。


 しかし本当に参った…

 同じく拝借したペットボトルの水を喉に流し込み、これからの方策について思案した。ペットボトルの水も半分、収納してやった。

 

 …訓練された人間相手の対人戦がこれほど厄介とは。マンドラグレネードのお陰で何人かは戦意を喪失したか、聴覚を一時的に失ってくれたかも知れないが、敵を大幅に後送するには至っていない。まだ、三十人以上の敵が自分を包囲したままだ。


 …勇者にバトンタッチするのは論外だ。良くて四肢欠損、最悪皆殺しにしてしまう。…奴には相手を拷問し、嬲り殺す為の手加減しか存在しない。


 …ロキにバトンタッチできれば…

 あのトリックスターなら、この規模の敵なら無傷のまま戦闘不能にもできるだろう。奴はパワーこそ低めだが、対人戦でこそ真価を発揮する。

 

 …帰国後、斎城とのデートで、喪失感に苦しむ彼女を励ます為にロキに変わる事は出来た。…だが、それは人格だけだ。体は11歳の、年相応に無力な自分というだけで、ロキの戦闘能力は全く引き継がれていなかった。


「…泣き言行っててもしゃーねーか。とにかく、何かいい手は…」


 何気なく、収納を意識してみた。マオが元の姿に戻り、あるモノを椅子代わりにして緊張感もなく足をぶらぶらさせていた。

「ダイスよ、それにしてもさっきのお前の顔は不細工だったな」

「…そりゃどーも」

「…あんな顔では他の女共も、お前に愛想を尽かすだろう。だが安心しろ、お前には私が付いているからな。…これからは私に好きなだけ甘えて良いぞ」

「…ちょっと待て…」

「ななな、なんだ、いきなりか…!?」








 再び階上へと移動を始めた烈士団の先頭は、何かの音に気付いた。…さっきのクソ大根のお陰で、まだ耳がギンギンうるさく鳴っていて、自分も本調子ではない。だが、後続の連中にはもっと酷い者もいるのだ。


 ドラムか何かの打楽器のような…いや…機械音か?


 そうと気付いた瞬間、それが階段の上に現れた。



「退けぇぇ!」


 大淵がオフロードバイクで強引に階段を駆け下って来る。

 団員が慌てて壁に張り付くと、間一髪跳ねられずに済んだ。


「い、いかん!」

 言いかけて冷静になった。…そうだ、一階には後詰めが待ち構えているのだ。ここから呼びかけて、また催涙弾を御馳走してやればいい。


「そっちに行ったぞ!催涙弾で動きを封じろ!」


 …しかし鼓膜をやられた団員たちはぼんやりとこちらを見上げるか、玄関の外を見張ったままだ。


「やられた…」

 

 大淵は悠々と味方の間をすり抜けて玄関を抜け出し、封鎖した車両を見事なバイク捌きで乗り上げて逃走してしまった。




 庁舎の包囲網を強引に突破した大淵は、拠点に向かって進んでいた。

「…本当に厄介な奴らだ。…こんな事なら星村に、対人用の非殺傷性ショットガンとか作ってもらえば良かったぜ…」

(ダイス、もういいだろう?そろそろ出せ。お前の後ろに乗る。…乗りたい!)

「…もうちょっとまて。なんだかビルの上に嫌な気配を感じる」



「お、おい!」

 通りすがりに手を上げられ、ゆっくりと減速して振り向いた。抜身の同田貫を握った男と、屈強な体つきの…香山の古い家で会った男…。 二人の出で立ちを見て、背負っていた騎兵銃をおもむろに手に取った。

「お、おい、俺達は味方だぞ!?」

「君の救援に向かうよう言われたんだ、信じてくれ」

「静かに…分かってます…」

 大淵は銃口を堀に向ける仕草をしながら、ゆっくりとビルの上に向けた。

 スコープ付きのライフルをこちらに構えていた男が、顔を引きつらせた。距離は200メートル程。撃たれたが顔を捻って避け、その肩を撃ち抜いた。男は倒れ込んだか逃げたか、そのまま出てこない。


「…今のは……烈士団なのか?」

 大淵は困惑して呟いた。


「…恐らく別勢力だろう。スキピオとか名乗る、欧米の新興宗教団体を母体とする勢力だ。こちらも民兵や軍人上がりで手強いぞ。…烈士団と違って、自衛隊員もギルド戦士も民間人だろうが構わず殺す、極めてろくでもない連中だ」


「…本部、サイコロと接触。負傷している。…ヴィーナスはどちらに?」

 もう一人の刀を握った強面の男が、インカムでやり取りを始めていた。


「…日本政府側と烈士団、泥棒集団、そして俺達の四ツ巴ですか」

「君らは政府側じゃないのか?」

 堀が冷やかした。

「一応半分以上民間人ですから」

 苦笑して応じた。

 強面の男がこちらに戻ってきた。


「…遅ればせながら自己紹介を。…新潟の山で会ったな?堀一郎だ。こっちは親友の…」

「太刀川善勇です。どうも初めまして…今後ともよろしく」

「…もうとっくにご存じでしょうが、大淵大輔です。それと…」

 人間姿に化けたマオを出した。

「お初にお目にかかります、陛下」

 二人が頭を下げると、マオは鷹揚に頷いた。

「見事な闘気を纏っておるの。…こちらの竜騎兵共に近いな」


「…その竜騎兵…アリッサさんが、香山さんをこちらに連れて向かって来てくれているそうです」

「ハイハーイ♪イケオジサマ、お久しぶりデス!」

「その節はどうも」

 バイクで駆け付けたアリッサに向かい、堀もにこやかに応じた。リアシートには香山が跨っていた。

「大淵君、大丈夫ですか!?すぐに治療しますね」

「うまく走れないが、見た目ほど痛くないよ。ありがとう」

「また狙撃されては敵わん。先に車に乗ってからにしよう」


「しかし車って…」

 二人は徒歩だった筈だが…


「お兄さん、この車、少しの間お借りできませんかね?…えぇ、勿論、日本政府が責任を持ってお返ししますよ。万一の時には補償致しますとも」


 …見ると、黒塗りの高級車の運転席にもたれ掛かった太刀川が、同じくらい強面の運転手に交渉を持ちかけている。

「オーケーだ、乗ってくれ。こちらの方の仁…厚意でな」

 渋々と運転席から出てきた男が、歩道に下がった。


 後部座席でマオと共に座り、香山に治療されていた。アリッサはかなり前を先行している。


「…しかし、そっちも襲われたんじゃないか?よく包囲網を脱出してきたな?」

「…あの、アリッサさんがお昼に珍しく私をご飯に誘ってくれて…そしたら大淵君が危ないからって言われて、一緒に…」

 連中の情報を予めキャッチし、自分を助けに来てくれたのか。

「俺達の拠点に行くんですか?」


「いや、そちらも包囲されたままだ。…ああ、君の仲間達は全員無事だ。立て籠もって、敵戦力を足止めしてくれている。 とりあえず我々が都内に幾つか持っているセーフハウスの一つに向かうよ」


 車が徐行速度にまで落とされた。見ると、長々と車列が続き、渋滞している。…渋滞の先には憂国烈士団の、黒字に白で「憂国烈士」と書かれた団旗がはためいていた。 その脇で、黒塗りの高級ワンボックスを街宣仕様に改造した車が停まり、男がアジテーションに熱弁を振るっていた。


「重ね重ね、無辜の市民の皆様には不便をお掛けし、心苦しく思う。…しかしこれは、我が日本国の尊厳をかなぐり捨て、魔界などと国交を結ぼうとする売国政権を正す為の試練なのだ!既に多くの若者の命が奪われたというのに、政治家の老人共は自分達が傷つかないからと、和平を結ぶなどと言う世迷いごとを吐く始末だ!…諸君らも他人事ではない!いずれ、魔王の手下が勢力を回復した暁には、和平を破って向こうから日本に攻めこむ事だろう!その時後悔しても、死ぬのは若者達なのだ!今、あの売国政権に加担する者が、未来の若い命を無責任に死に追いやるのだ!それはまだ見ぬ、君達の子や孫なのだ!何故それが分からない!?」


「よく喉が持つなぁ…」

 大淵は妙な所に感心してしまった。

「根は悪い奴らじゃないんだろうがね。…だが、戦えば結局、未来だけではなく、今を生きる若者まで死に追いやる事になる。…そこに思い至らないのがな」

「私は戦争などせぬというのに。 先代魔王の決めた家訓は絶対だ。私が決めれば、誰も破りようが無い。…そもそも勇者もいなくなり、私の寿命の方が当分の人類より長いしな」


「えっ、じゃあお前のご先祖に、勇者を抹殺しろとか人類を皆殺しに、とか、そういうのは無いのか?」

「勇者に最大限警戒しろとはあったが、皆殺しにしろとは無かったな。…私は大陸で、自らの安寧の為にやってしまったが…」

「…」

 マオの肩を軽く叩いた。

 …その苦悩は魔王が一生、背負っていくだろう。

 …コイツのこんな姿を見たら、連中は何を思うだろうか。それでも殺すと言うのだろうか?

 …無論、絶対にそうはさせないが。


「まずいな、検問してやがる」

「俺達警察のお手伝いとは恐れ入る。…前席の俺達は大丈夫だろうが…」

 政府内に内通者がいて、大淵小隊の情報を外部に流している者がいる以上、マオや自分達の顔は割れていると考えた方が良さそうだ。

 アリッサが車に並走し、運転席まで来てバイザーを上げた。


「ドシマス?Uターンするなら目立たないのは今の内デスね」

「或いは強行突破か…まさか警察署まで全て抑えられるとはな…最も、警官が出てきたとして、すぐに武装解除されちまうが…」


 …と、近くの商業施設で銃撃が起こった。 派手な連射音に続き、街宣車の屋根に設置されたスピーカーに数発の弾丸が命中した。


「敵襲!」

 烈士団の団員達が商業施設に向かったいき、検問が手薄になった。

 

 見ると、商業施設の窓から誰かが手を振っていた。太刀川が手を振り返すと、その人影はすぐに隠れてしまった。

「…運が良い。俺の仲間が一部の自衛官や警官を率いて、各所に潜んでいると聞いたが…」

「今の内、デスネ」

 アリッサが再び先発し、検問のバリケードをぶち破っていった。 俄かなバリケードでは、騎兵スキルで強化されたバイクと騎兵を止める事はできない。

「突破するので、しっかり何かに掴まっていてください」

 両脇から魔王と香山に掴まられた。…いや、俺に掴まってもしょうがないと思うが。


「…」

  

 右腕に香山の柔らかな温もりを感じながら、しっかりとシートベルトを締め直した。


 検問所の団員がアリッサに気を取られている内に、車もすり抜けて走り去った。


「おお、やっぱり高級車だなぁ! いいなぁ、これ、借りパクしていくか」

「ヤーさんも車泥棒されたら、警察に泣きつくのかねぇ…」


 

 …走り去る車を、一人の団員が見送っていた。スマートフォンのカメラで捉えたナンバーを確認し、他の団員の元へと走って行った。


 西に広がるベッドタウンまで逃げ、とある空き物件の前で停まった。鍵を持っているらしく、自動で車庫のシャッターが開いた。…そこへ借り物の車とアリッサのバイクを収納してシャッターを閉め、一行は空き物件の中へと入っていった。


「ようこそ、セーフハウスへ…っても、見た目は普通の一軒家ですがね。 …大淵さん、こう、ディスプレイがいっぱい並んでいる通信室とか、壁がスライドして銃がズラーっと並んだのを想像してがっかりしてませんか?」

「はは、それはまぁ、ロマンですから。…贅沢を言うなら、騎兵銃の弾があればありがたかったんですが」

「申し訳ありませんが、ここには包丁くらいしか武器になる物はありませんね。ただ、建物自体は見た目以上に頑丈に作ってあります。連中もまさかこんな住宅街の一つに隠れているとは思わんでしょう。

何のサービスもできませんが、コンビニ弁当と食材を適当に買ってくるので、皆さんはどうぞゆっくり休んでいてください。あぁ、良ければお風呂もどうぞ」

 早足にそれだけ言い置くと、強面が目立つからか腕が立つからか、太刀川は残り、堀は車庫から持ち出したママチャリを軽快に漕ぎ出して行った。


「そういう事ならお言葉に甘えて…少し休ませて頂くか」

 

 香山のヒーリングで傷と疲れまでかなり癒えたが、横になりたい誘惑には勝てなかった。

「ここに三部屋、3階にも部屋が二つありますので、お好きな部屋をどうぞ」

 

「なんとやらと煙は高い所が好きなのだ」

 大淵が階段を上ると、探検隊のようにマオと香山、アリッサもついてきた。そして、角の部屋に入ってみた。子供部屋程度の広さに標準的なサイズのベッドが二つ、後は備え付けの電話と古い卓上メモとペンの置かれたデスクが一つ。見晴らしはまぁまぁ。小さな河川敷と住宅街の穏やかな明かりが見える。…反対の部屋も同じようなものだろう。

「俺ここー」

 子供のようにベッドに寝転がって、寝床を確保した。

「アリッサここー」

 もう一つのベッドにアリッサが大の字になった。

「我ここー」

「ぐぇっ」

 大淵の胸を枕に、マオが横になった。

「むぅ…」

 香山は無念そうに見つめていたが、仕方なくもう一つの部屋に行った。


「しかし今日は酷い目に遭った…まぁ、あの連中も、明日になればちっとは浮足立つだろう。いつまでもこんな事を続けられる訳が無いんだからな…」

 

「大淵はスイートデスね。ああいう手合いは諦めが悪いからあーなるんデス。まぁ、捕まりサエしなければ比較的紳士的な連中デス。もうしばらくは付き合ってあげる覚悟でイナイト」

「嫌だなぁ…」



 新月の下、明かりの灯った三階建ての空き家。

 

 …その前に人影があった。

 その人影はゆっくりと玄関に向かって歩き出した。

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