烈士強襲
2月8日。
正午だというのに曇り空の下、都心は薄暗く冷え込んでいた。建物内部の明かりが煌びやかな分、対比して一層暗く感じさせた。
「お寒いねぇ」
男と連れ立って歩きながら、サングラスを掛けた肌黒い男が呆れたような口調で呟いた。
「…予報では雨だったが、名残雪が降るかもな」
堀一郎はコートの襟を高く掛け直しながら、吹き出しのように白い息を吐いた。
見ようによっては、お忍びで遊び歩いている大物俳優とプロ選手…もしくは格闘家…といった雰囲気が二人にはあった。また、そんな著名人が居てもおかしくはない六本木の歩道を歩いているものだから、通りかかる通行人がチラチラと二人に目をやっては、どちらも著名人では無い事に気付いて立ち去っていく。
…この悪目立ちする体と雰囲気は、本来なら自分達の職業としては失格モノだ。だが、ことスキル保有者を相手にしなければならない昨今、そんな自分でも必要となるのがこの仕事でもあった。
公安二課所属「高位騎士」である太刀川善勇と歩いていた。180の体躯と厳めしい顔…やはり、プロ選手にしては厳つ過ぎる。せいぜい格闘家か、下手すればヤー公にしか見えない。
だが、今日本国内で最も危険な勢力…憂国烈士団の暴走を食い止めるための、自分と並ぶ猛者でもあった。…年の瀬に烈士団主要構成員が家族ごと不審な事故死を次々起こすという、あからさまな事件を受け、急遽陸自のSから無理矢理引き抜かれてきた戦士だ。
…Sからの引き抜きが成功したのは魔王軍との和平成立が大きかった。一時は限定的戦闘状態などと言う誤魔化し言葉で表現されていたが、事実上の絶望的な戦争状態に陥った日本。 その際に陸自として、一早く人材を確保していたのがS…特戦群だった。魔王軍幹部の暗殺や魔王の拉致、破壊工作を担うチームとして整備されていたが、大淵大輔の活躍もあって和平は成立し、魔王軍は当面の仮想敵ではなくなった。
…逆に、国内で和平に反対する過激派勢力を抑えるための戦力拡充が急務となり、また、憂国烈士団の戦力拡充が当初の見込みより大幅に伸びており、これが内閣と警察庁の最大の懸念となっていた。
自衛隊から公安への引き抜きは異例ではあるが、当然と言えば当然の異動であった。
太刀川とは年が10近くも離れていたが、旧知の仲だった。…趣味のキャンプで知り合うと同時に意気投合し、登山、釣り、そして何より飲み仲間として今でも都合さえ合えば交流を続けている。
敬語も初対面の時からお互いの同意の上で禁止していた。
「連中の様子はどうだい?」
堀は釣果でも尋ねるように声を掛けた。
「…留学生のお陰で、戦力の拡充は大分衰えた。上澄みは、な。今、メディアで騒がれてるのは、殆どがヤンキーのノリでお祭り気分のガキンチョ烈士団さ。直にボロボロ問題を起こして補導されるか逮捕されるよ。…警察に補導、逮捕されれば運が良い方だがな。最悪、規律を乱したとして文字通り斬られる奴もいるかもしれん」
やはり、SNSで話題になり、若年層の入団が急速に増えているというのは本当だったか。
「…ただ、玉石混淆ってな。舐めてると、…ごく…ごく稀にだが、バケモンが混じっている事がある。この間も和平派の議員が殺される寸前だった。SPが命を顧みず割って入ってくれたおかげで命拾いした。…大昔、警察官僚を批判していた議員ってのがなんとも皮肉だがね」
「…SPごと殺さなかったのか」
「奴らの信条らしくてな。例え警察や自衛官であろうと、余程の事が無ければ傷付けない方針らしい。もちろん、民間人には絶対に手を出さんと来ている。…標的は奸賊認定した議員。大なるは閣僚・首相、最大目標は魔王ってな。…じき、お前の護衛対象にも隙をみてアプローチして来るだろう」
「…そうならんように、そっちから人を寄越してくれよ。お前でもいいよ。魔王はサイコロにべったりなんだろう?お互い一緒にガード出来てwin‐winじゃねーか」
「…もうちっと戦力があればな…何やら、アメリカの新興宗教を母体にする泥棒野郎共も参戦して、もう何ツ巴の戦いだか訳が分からねーよ。…そっちはお前らの仕事だしな」
「…だから組織の垣根を越えて協力しましょうって訓示があっただろ。 …人をくれ」
「こっちにもくれたら、な」
大手コーヒーチェーンに入り、二人でそれぞれコーヒーを注文した。自分はホワイトフラット・スノースペシャル。太刀川はシンデレラキャラメルマキアートラテ。…ヤー公もどきの顔でなーにがシンデレラなんちゃらだ、ハイカラかぶれめ。
「で、留学生はサイコロをどうしたいんだ?…初期の計画見込みじゃ、どさくさに紛れて持ち逃げするつもりだったそうじゃないか?…何を企んでいる?」
「…ああ。脚本では今回の現地調査で一定の成果を収めた後、英雄殿は仲間達を庇ってヒロイックに戦死し、その後モンスターに喰われて六分割のサイコロにされて別の新大陸に運ばれる予定だったらしい。…実際のところ、留学生はその気になればそれを実行できるだけのチャンスに恵まれていたらしいが、悉く何かしらのアクシデントで失敗しているそうだ。…ま、サボタージュだわな。…罰しようにも罰せられる人材は無し。あちらさんも気の毒にな。」
堀は、あの大晦日の夜、小雪の中を血臭を漂わせながら香山宅にまでやってきた留学生を思い出していた。
…あの時、留学生とやり合っていれば、良くて自分は半身不随で勝利・岡田死亡…悪ければ岡田共々バックカントリー中の事故で死亡していただろう。
…そして当時、首相…日本政府からは、留学生が来てしまった際は「警告して帰らせるよう努力し、それでも押し通ってきたら抵抗せず通すように」とのお達しだった。…アメリカの邪魔はできない。つまり、最初から自分達はハッタリだったのだ。
ギャンブルを嫌っていたようには見えなかった。むしろ、自分達が居たことで「口実」を得たように引き返して行った。…もしかするとあれ以降、あの留学生はサイコロの守護者になったのではないか?
「…いずれにせよ、今は敵ではないと考えて良さそうだ。問題は…」
ビルの上を見上げた。…やはり何かいやがる。
憂国烈士団とスキピオ…エージェント・サボタージュのせいで実質退場気味のCIA、…そして問題の大淵大輔と魔王。
この東京で何かが起こる…それを自分は止める事はできないだろう。…自分に出来るのは目の前に現れた敵を叩きのめして、少しでも被害を抑える事だけだ。
「…今日はわざわざ御足労をお掛けして申し訳ありませんでした。改めて初めまして。私、電話でお話しました、内閣情報調査室国内部の塚田詩帆と申します。…早速ですが、報告書を見せて頂いてもよろしいでしょうか?」
ボリュームのあるベリーショートにパンツスーツ。20代後半だろうか。奥ゆかしくも怜悧な印象のある女性だった。…覗いた耳周りからうなじにかけて漂う色香を、大淵は感じ取っていた。
「ええ。これです」
大淵は書類入れに収めた約一ヶ月分の報告書を提出し終え、肩の荷が軽くなった気分だった。隣ではマオが足をパタパタさせながら退屈そうに中央合同庁舎の応接室の中を見回していた。
「…しかし、合同庁舎なんて初めて見ましたよ。…正門の前にあるあの名前が彫られた石とか入っている部署の看板はニュースとかでよく見かけますけど」
「…申し訳ございません。本来ならこちらから出向くべきかと思ったのですが…わざわざ来ていただいて…せめて、帰りは車で送らせて下さい」
「いやー、そんなお気になさらず。その辺の店をコイツ…マオを連れて寄り道してから帰りますから」
「うむ!さっき見たあの店に寄れ、ダイス!」
「…マオ様もご足労頂いて申し訳ありませんでした」
「よい。…時に、何をそんなに緊張しておるのだ?」
「…は。実は魔王様にお会いするのはオペレーションルームを含め、今回で二度目なのですが、やはりオーラと言われますか…魔王様はカリスマが違いますね。どうしても緊張してしまいます」
「きひひひひひ、カリスマと来たか。そう、私はカリスマの塊だ」
「…」
隣の大淵が表情を消して口元をにやけさせている。
「むむっ、ダイス、何やら失礼な事を考えていないか?」
「何を言うんだそんな訳ないだろう」
完全な棒読みをする大淵に魔王が詰め寄る。
「…あの、それでも送りの車をご利用ください。…憂国烈士団という名を御存知ですか?」
「ああ、和平を快く思わない連中ですか。なにやら物騒なニュースをチラホラ見聞きしますが」
「…魔王様の抹殺と、大淵さんの誘拐・勧誘を狙っているようなんです。…用心に用心を重ねて下さい」
「…わかりました。そういう事でしたら、是非お願いします」
「良かった! こちらです、ご案内します」
庁舎内を先導する塚田だったが、外部へ繋がる通路で盛大に躓いて転んでしまった。
「ふにゃっ!」
奇妙ながら可愛らしい悲鳴を上げつつ、書類を盛大にぶちまけ、何枚かが宙を舞った。
「だ、大丈夫ですか!?」
前に回り、手を差し伸べた。
「す、すみません…まだ買ったばかりのヒールで…ありがとうございます…」
大淵の手を握り返しながら軽々と起こされた。
「…手、おっきいんですね」
「…そうですかね?」
…実際、幾多の戦いを経て、主に剣で戦う大淵の手はごつく、マメで分厚くなり始めていた。剣道時代とはまた違う擦り剝け方をしているようだ。
…そんな風に褒められて悪い気はしない。
「…書簡を拾わんでいいのか?」
壁にもたれ掛かり、マオが面白く無さそうに不貞腐れ顔で言った。
「そ、そうだったな」
全ての書類を拾い集め、再び塚田に返した。
「最初から最後まですみませんでした…私、見てもらった通りドジなんです…。 あ、車はこの先の玄関にもう待たせてあるので、どうぞ」
再び塚田が案内した。
裏口には二人の警官が立ち、運転手が運転席側に立って自分達を待ち受けていた。
(大袈裟だなぁ…)
警官の腰には何と.38口径ではなく、アリッサと同じようなポリマーオートの9㎜拳銃を装備している。
(妙だな…)
違和感を覚えた。…オリンピックやサミットの時は、街頭警備の警官が腰に差している事もあったようだが…
警官や運転手のステータスを確認した。一般人なら何も見えない筈だが…
…何も見えない。だが、一人の警官の手が動くと共に、瞬時にステータスが表示された。
「暗殺者」
魔王を抱え、庁舎内に飛び込んだ。…幸いにも避難したのか、塚田の姿は無かった。
消音器でも付けているのか、ガチャガチャとうるさい連射音が響き渡り、裏口玄関のガラスが粉々に砕け散った。窓ガラスが砕け散る音の方がうるさかった。
(マシンピストルかよ…!)
庁舎内ではどよめきが広がりつつあった。
「大丈夫か、マオ!?」
「う、うむ。お前こそ無事か、ダイス?」
「ああ…しかし…」
暗殺者…初めて見る職種だが…嫌な予感がした。ステータスは軒並み低かったが、殺気を放つ直前まで素性を隠しているとなると、極めて厄介だ。
…本来なら拳銃弾などでスキル保有者は殺せないのだが…それでも、あの豆鉄砲である筈の銃撃に悪寒を感じていた。
角から裏口を見るが、警官達がやって来る気配はない。…だが、ノーマークになったとも考えにくい。
真昼間の都心のど真ん中でこんな騒ぎを起こして、すぐに逃げ帰るほど無計画な連中ではあるまい。
「くっそぉ…メイルアーマーは修理中だし…戦闘服は着ているが…」
正直、戦闘服だけでスキル保有者の攻撃をどこまで凌げるか…いや、期待せず、あくまで「無いよりマシ」くらいの考えでいるべきか。
収納で、使用後に放り込んだままにしてあった騎兵銃と予備弾倉二つを取り出した。…武器を武器庫に片付けないだらしなさが、こんな所で役に立つとは。
「…マオ、すまんがしばらく収納スペースの中で待っていてくれ」
「…よかろう。我が手を出せば何かと面倒になるだろうしな」
マオを収納。
「…安心しろ。必ず切り抜けてみせるさ」
(元より案じてなどおらん。 …あの日、お前に助けられてからお前の力を疑った事は一度として無い。これからもな)
「…光栄だ。とりあえず黒島達に連絡するか」
裏口を放置し、片手で騎兵銃を構えたまま、二階階段へと戻り、階段陰からスマートフォンを操作して黒島を呼び出した。
『…お使いの番号は現在、ご利用できません』
「…じゃあ警察は」
『…現在、システム障害が発生しており、サービスの一部がご利用いただけない状況となっております。復旧作業を進めておりますので、ご不便をおかけいたしますが、今しばらくお待ちください』
「…早めに頼むぜ、おい」
…背後に気配。 庁舎内部にも既に入り込んでいるのか…!?
階段踊り場から離れると、吹き矢のようなものが自分の居た場所に放たれていた。麻酔針か。
「猪や猿じゃねーんだからよ!」
「大淵大輔、武器を捨てて投降せよ。我々は憂国烈士団だ。…君を傷つける気はない。和平など、平和ボケし、犠牲者の死を顧みない奸賊のまやかしだ。即刻破棄すべきだ。 …政府の犬でいるのはもうやめろ。我々と共に行動しよう。我々は君や君の仲間を歓迎する準備がある。…政府は君をアメリカから守ってくれないが、我々は違うぞ」
階段の上からは小銃を構えた覆面姿の男が呼びかけていた。
「…俺を買い被ってくれるのは一応礼を言っておくが、和平破棄など冗談じゃない。魔王軍とまともにぶち当たってみろ。全人類がかかったって敵いやしないぞ。…第一、対等な和平交渉が成立したのに、どうしてそこまでして戦争しなきゃならんのだ?」
職員が逃げ惑う中、柱の陰へと移動した。
「…開戦以来、少なからぬ命が魔王軍によって奪われた。…大淵大輔、君はその犠牲に目を瞑って、自分だけ仲間との生を謳歌し、魔王と平和を結ぼうというのか?」
「…俺も目の前で味方が殺されるのを見た。犠牲者の事は本当に悔しいし、残念に思う。だが、ここで戦争にしてしまえば、それこそ犠牲者がただの犬死になっちまうじゃねーか。…俺たちだって魔王軍の魔物を大量に殺した。 魔王はもう争いは十分だと言っている。俺達だって十分じゃないか?」
「臆病者め、それでも魔物殺しの英雄か!?」
「臆病者上等。どうしてもやりたければ、自分達だけでゲートを越えて、魔王軍に挑んでみれば良いじゃねーか」
「国益を考えてみろ!…殲滅とは言わなくとも、このまま弱腰外交で魔王に屈するより、貴様の力で奴らを叩きのめして、より優位な条件で交渉を進めれば良いのだ!」
「結局他力本願じゃねーか、それじゃ。 …第一、アメリカにすら勝てないってのに、どうしてアメリカより強大な魔王軍に対してそんな強気になれるんだ?…世の中甘く見過ぎだよ、お前ら」
「見損なったぞ、敗北主義者め!」
コイツとは話すだけ無駄だ。だが、殺す訳にも行かない。柱を離れ、窓から飛び出ようとオフィスに飛び込んだ。
テロ対策のセキュリティか、窓にはシャッターが下ろされ、職員が部屋の隅でバリケードを作って隠れていた。…武器のつもりか、何本かサスマタが伸びている。
窓に近づき、収納から騎兵刀を取り出し、紙細工のように鋼製シャッターを切り破った。顔を覗かせて左右を見渡すと、誰も居なかったのでそのまま地面に跳び下りた。
…途端に気配。
「またかっ!」
瞬時に跳び退り、気配を消して隠れていた警官姿の暗殺者のナイフをやり過ごした。
パン、と乾いた音がして、左足に火傷に似た痛みを感じた。 脹脛に銃弾を受けていた。植込みの中から警官姿が拳銃を構えていた。
「くそ…!」
やはり、暗殺者は視界外からの不意討ちに補正があるのか?…ステータス的には、まともにやり合えばこちらがやられるような数字差ではない。
「もう一度聞く。我々に投降し、魔王を渡せ。…お前が妙なスキルを持って、魔王を隠している事は既に知っている」
「…」
両手を軽く上げ、ゆっくりと地面につくフリをした。
「…!、避けろッ!」
警官姿二人は反応しきれずに避け切れなかったが、運転手は予め知っていたように大淵の「強化支配」を逃れた。
…自分や大淵が事前に上げていた随時報告書の内容が全て筒抜けになっている事は確定だ。
媒体をセットしている暇はない。二人分の身動きを一時的に封じただけで充分。
騎兵銃を片手で撃ち、拘束された二人と、運転手の足を撃った。大口径弾の為、ダメージは自分の比ではない。さっさと撤収して本格的な病院に行かなければ、切断にもなり得る。
怒号が響き、三人の男が倒れ込んだ。…だが、こちらも足を撃たれて思うように動けなくなった。
(…香山に助けてもらわねば…しかし、この通信妨害下でどうやって…)
しかも、ゲート公園近くにある拠点周りにはこいつらの仲間が巧妙に隠れて張り込んでいるだろう…
下手をすれば、仲間達が人質に取られていないとも限らないが、それを確かめる手段も無い。
(奇襲とは言え、いきなりここまでやられるとは…)
暗殺者という奇襲に特化したした存在。自分達の情報は敵に筒抜け。パトカーや救急車のサイレンが鳴り響く中、大淵は次の一手を考えあぐねていた。
駆けつけたパトカーや救急車、そして一般の車両までが端に避ける風を装って各出入口を塞ぎ、庁舎を封鎖するように取り囲んで人の出入りを封じた。
狙いは俺とマオ…魔王か。…連中がどれだけ自分を買い被っているかは知らないが、自分は殺されないだろうなどと高を括るつもりは無かった。
相手の規模は一個小隊か、それ以上か… 訓練された動きで車両バリケードの間に見え隠れする烈士団の気配に注意しつつ、ロビーへと後退した。




