一時帰国
往復で六日間。アルダガルドに戻ると、城の手前で二頭牽きの馬車…戦車に従者と共に乗ったハサムと、高機動車に乗った黒島達が出迎えてくれていた。
無線が通じる範囲内で既に連絡し、街道を封じていた怪物を退治した事、生存者はいなかった事、これで日本に一時帰国する方針は黒島に伝えてあった。当然、その旨の内容はハサムにも伝えてあるだろう。
「よくぞ無事に帰って来てくれた!…キャラバンの者達は残念だったが、これでまた両国の連絡も回復する筈だ。…帰る前に、現国王が君達に挨拶と今回の討伐へのお礼をしたいと。是非、王城に寄って行ってくれないか?」
「迎えの飛行機が来るまで、まだ三時間以上かかる事だし、王様たっての希望を無碍にはできねぇよな」
黒島が捕捉した。
「そういう事なら喜んで。ただ、慌ただしく帰る無礼を許してくれるのなら」
「勿論だ。是非、来てくれ!」
せめてとハサムの拠点に戻り、身だしなみを整えた後、王城までの五百メートル程の道を汎用騎兵隊の先導に従って進むこととなった。
「ダイス!アリッサ!」
すっかり身ぎれいになったクリフェとカナが駆けつけてくれた。…謁見が追われば、このまま一度、二人とはお別れになる。
「…よう、クリフェ。まさか、お前に初めて会った時はこんな事になるなんて思わなかったが…良かったな。ここで沢山学んで、鍛えて、どんどん偉くなってくれよ?」
「お、俺…なんて礼を言ったらいいか…」
「泣くなよ、男だろう?…礼ならそうだな、偉くなったら可愛い子でも紹介してくれ」
「だいにー!」
「おう、カナ。兄貴を助けてやってくれ。あと十年くらいしたら俺の所に嫁さんに来てくれてもいいんだぞ? …あとお前ら、元気でな!」
「クリフェー、カナちゃんと頑張って下サーイ!」
ハサム邸から出発した。
前を行く汎用騎兵たちの装備はランスを手に持ち、ショートソードを腰に下げ、弓矢を背負っている。…自分と同じようなものだ。
王城への門を潜ると、中は質素ながら堅実な要塞としての構えをしていた。
(装飾や造園より防衛重視か…)
ただ、ステンドグラスや風見鶏など、ささやかな物にはアクセント程度に煌びやかな装飾や意匠が施されていた。王城内に入ると、ホールには…パラディンと言うのか、明らかにそれと分かる高位騎士がずらりと待ち受けていた。騎兵たちはホールには入らず、高位騎士達に先導を譲ると、中庭へと下がった。
「ダイス…オーフティー殿。ようこそおいで下さいました。 自分は案内役を務めさせていただきます第Ⅰ近衛騎士団団長のクラフ・モーソンであります。 …こちらへどうぞ。陛下がお待ちです」
クラフの後に続き、ホールの階段を上って行った。五階まで上がると謁見の間があり、恭しくそこに通された。
…50代だろうか?現国王は小柄で、隣に座る妃が4、50代に見えるので、恐らく50代だと推察できるが、60にも70にも老いて見えた。
…例の七家の王族だろうか。王族一家と思われる十数人ずつの集団が左に三つ、右に四つ、別れて座っていた。
クラフに並んで進むハサムや他の高位騎士に倣い、大淵一行も片膝を付いて姿勢を低くした。
「現国王オルデンス・ナイ・コロン陛下からのお言葉である」
神官か僧侶か、段下に立った聖衣姿の初老の男が声を張り上げた。
「…オルデンスである。…二ホンとの国交の足掛かりとして働いてくれた事、心より感謝を申し伝える。…並びに、この度の街道における事件解決、誠に大儀であった。…本来であれば舞踏会に饗宴でもてなすべき所、其方らの都合もあるとの事で、このように簡易ながら顔合わせの場と相成った。…せめて、褒美を持たせたい」
財宝が乗せられたワゴンが幾つか運ばれてきた。
「全て持って行って欲しい」
大淵達の前にワゴンが置かれた。 …皆、顔を見合わせ合っている。
大淵は金銀宝石の中一本だけある、黒鉄に金の装飾が施された鋭いランスを持ち上げた。
「そういう事なら遠慮なく頂いて行こう。皆、好きなものを一つずつ選んで行け」
遠慮がちに皆が宝石や金銀の細工を一つずつ選んでいき、まだたっぷりとお宝を乗せたワゴンをそっと戻した。
「…我が褒美は気に入らんかったか?」
言葉とは裏腹に国王は初めて、厳めしい皴だらけの顔を和らげた。
「とんでもない。欲張らせて頂きました。…街道の怪物退治は、元はと言えばハサム殿の家で食客になっていた恩返しに過ぎません。これ以上頂く道理が無いのです」
「…ではハサム、お前が持っていくか?」
「ありがたきお言葉です。では、民草を心から案じておられる陛下の善政に使われる事を望みます」
王の高笑いがホールに響き渡った。
「…二ホンの騎士達よ。其方らの後釜が来るらしいが、其方らも是非、また来てくれ」
「ありがたき幸せです」
閉会を宣言され、一行がクラフに従って帰ろうとすると、国王が思い出したように声を掛けた。
「おお、時に…二週ほど前、市街にて腕の立つ女剣士が見事な剣劇を披露したと聞く。…町娘が皆、夢中になっているとな。…お陰で女子騎士団の入隊がこれまでで最も多くなったと参謀長も誇っておった。…それ以降その女剣士は見られていないそうだが、誰ぞ心当たりは無いか?」
メンバーが一斉に斎城を見た。
…ロキとのデートの際のアトラクションにおける大立ち回りは、アリッサの録画と写真でしっかり残されており、隊内では周知の事実だ。
「…」
斎城は微笑のまま顔を青褪めさせ、首をふるふると小刻みに左右に振った。
「…誰も存知ないそうです。しかし、それほど腕の立つ女剣士なら、またいずれ、必要な時にその姿を現す事でしょう」
「そうか。もし見つけたら、ハサムにでも伝えてくれ」
「はっ、必ずや」
オスプレイの座席で揺られながら、反対側で大口を開けて眠る黒島、川村、藤崎を眺めた。
こちら側では自分の隣に香山とマオが座り、それぞれ自分の肩や膝を枕代わりにして寝ていた。
…香山の隣に斎城がおり、左手にはめた銀のブレスレットを撫でている。…同じく、自分の左腕にも最大限に調節したブレスレットがあった。
…ロキを喪失してから、斎城も傷心の色を濃く見せるようになった。…本当に子を喪った母親のように物憂げな顔をして遠くを見ている事が多くなった。
…あのアトラクションでの映像は、普段の斎城からは想像もできないはしゃぎようだった。多分、自分とデートをしてもあんな顔は見せないだろう。妻が子に見せる顔と夫に見せる顔が違うのと同じ理屈だ。
ン…?勝手に妻にしてるみたいだな…
とにかく、全員に十分な休暇を取ってもらおう。世界の特殊部隊が聞いたら何ともお気楽な行動だろうが、国交樹立の足掛かりを作ったのはそこそこデカい筈だ。…次は、メンバーを絞って行くのも一つの手だろう。星村には学校での生活もエンジョイしてもらいたいし、斎城には少し休んでもらった方がいいかもしれない。黒島も下手して過労死でもされたら敵わない。
「まーた色々考えてる?」
斎城が笑いかけていた。
「まっ、リーダーですから…君達と違って、色々考えているのだよ」
「ふふっ、黒島君と違ってごまかし方が不器用なんだから」
「…それは否定できん」
「でも、そんな嘘をつけない不器用さが可愛い、かな?」
「うーん、俺だって、嘘は巧い方だと思ってたんだがなぁ…」
「…でも、大輔君には嘘は上手になってほしくないな」
「まぁ、嘘吐きなんて詐欺師だからな、要は」
「…そうじゃなくて、優しい嘘吐きになりそうだから。…皆に心配かけないように、辛い事を辛いって言えない嘘吐きとか…必ず帰って来るって言って帰ってこなくなったりとか…そういう嘘吐き」
「…」
「…大輔君、前科持ちだし…」
ジト目で冷やかされた。
「うっ…痛い所を突くな……斎城こそ、辛かったらそう言ってくれ。…俺は単純だから、目の前に冒険や仕事があるとすぐに周りが見えなくなるところがある。…俺の分までお前らがしっかりしてくれ」
「…うん。しっかりしておく」
三週間ぶりに日本の地を踏んだ。…随分懐かしく感じられた。
代々木公園を出て、バイクを乗り回す平原が無いとなんとも違和感を感じてしまう。腰に差すべき騎兵刀もツヴァイハンダーも、メイルアーマーも、その重みが無いとどうしても不安になってしまう。
「…これも一種の職業病かね…」
「そういや自衛官ってそういう職業病にならねーのかな?…打ち合わせの時に聞いてみれば良かった」
自分以外の面々も、多くが感じていた。
「…って、ここに元自衛官がいるじゃねーか! 尾倉、ちったぁツッコめよ!」
「…俺の場合は、無かった。自衛隊とはいえ、四六時中フル装備で居る訳では無いからな…寧ろ、平均すれば銃を持たない時間の方が長いかも知れん」
「ふーん…まぁ、何かと災害出動してるし、あっちの方が本業みたいになりつつあるもんな」
川村が納得したように応じた。
「…ここで解散。各自、好きにしてよし。追ってまた連絡する」
「スケー、たまには皆で遊ぼうぜ。カラオケとかボーリングでさ」
「ふむ。ダイスよ、カラオケとボーイングとは何だ?唐揚げのことか?私はあれが好きだ」
「…唐揚げと旅客機じゃねーよ。まぁ、行きたい人は付いてきなさい」
魔王が行くために自動的にリザベルも続き、香山と斎城、アリッサも続く。
…ただ一人、別方向へ行こうとした尾倉を藤崎と川村が連行する。
「…何をする?」
心外だと言わんばかりの尾倉に川村が食って掛かった。
「逆に、何をするつもりだったんだよ、ミッチーは!? えぇ!?」
「帰る」
「別にやる事ねーんだろ、ホラ行くよー」
「尾倉、お前だけ居ないなんて俺は許さんぞ!」
「…」
二人に引きずられ、尾倉は観念したように一行について行った。
歩幅を落としたアリッサが尾倉の背後に付いた。
「フフフ…逃げられませんよ、ミスター・オクラホマ?」
自然、何やら歌手の話題で熱中しだした川村と藤崎と離れていく。
…この女が自分に話しかけてくるのは初めてだ。
「…何だ?」
そっけない返事も気にする風でも無く、アリッサは自販機の前で立ち止まり、緑茶を買った。
「ンモゥ、とぼけチャッテ!…気付いてたんデショウ?」
「…」
仕方なく、違和感がない様に自分も無糖コーヒーを購入した。傍からは小柄な金髪女と屈強なその手の男が、寂れた自販機前で談笑しているだけに見える。…最後尾の藤崎と川村が交差点の角を曲がり、仲間達の姿は見えなくなった。
「…狙いは大淵と魔王だろう?…何故俺達全員にマークが付いている?」
「ンー…実は、面倒な事にナリマシテ。Newcomerが入りマシテデスね…」
「…お前らの国だろう?」
「国籍は、ね? …アッ、何デスか、その顔!?ジャア、アナタ方は海外で日本人がテロしたら、日本人=テロ民族でOKデスか?」
「…」 別にそうは言っていない、と言おうとしたが、口を動かすのが面倒なので黙っておいた。
「トニカク、今は不用意に動かないでクダサイ。本当にメンドーなんデスから。アッ、またそんな顔シテ!メンドーにしたのは大淵なんデスからね!? 彼はスーパーウルトラ・トラブル・メーカーデス!」
「…それには同感だ」
初めて尾倉も笑みを零した。
作り笑顔でコーヒーを啜りながら目線だけ上を仰ぐと、ビルの屋上で微かに動きがあった。
「ワタシ、皆さんの安全は保障デキマセン。でも、大淵だけは守りマス。…ミスターは単独で動かず、皆さんと行動してガードして下さい。この中で対人が出来るのはユーとワタシだけデスから。…ワタシ、大淵に殺さないでとお願いされてますカラ、パワー-40%デスし」
「…名前は?」
アリッサは空のボトルをゴミ箱に放り投げ、尾倉の胸板を指でなぞってから皆の後を追った。
…スキピオ?
そのまま振り返ることなく、自分も皆の後を追った。
…振り返るか見上げれば、不細工な割れたスイカが出来上がるから。




