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転生先はパラレルワールドだった  作者: こぶたファクトリー


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39/56

 大淵小隊はアルダガルドの大英雄・ハサムの屋敷に迎えられ、一週間の時を過ごしていた。


 英雄である彼の豪邸で過ごしながら、彼を訪ねてやって来る様々な人に出会う機会があった。

 …分かった事の一つとして、少なくとも王城や大英雄を尋ねて来る程の著名で聡明な術士や戦士、学者でも…何よりハサムでさえも、魔王やリザベルの変身は見抜けなかった。


 また、ハサム邸に逗留する間にこのアルダガルド…というより大陸の全容について、ハサムや彼に紹介された学者からも説明を受け、この王国で知り得る全ての情報を手に入れることができた。

 それによると、このアルダガルドはこの大陸でも特に有力な王国であり、ここからそれぞれ250キロ、600キロ離れた地に友好都市がある他…最も遠く、この王国と同程度に栄えている同盟国が、東に5000キロも離れた一大港湾国家があるという。


「5000キロ…バイクだと2週間前後か?」

「途中でどんなトラブルが起こるか分からないよね…」

 香山、斎城を連れ、今後の方針について考えていた。


 あの後、自分達の手元に残された闘技場の優勝特典は、黒島も加えたハサムとの協議の結果、ハサムの所有する私有地に拠点を構えるという事で決定した。これは、後にこの大陸に日本政府の窓口…大使館の下地とする為の措置だった。日本という国との国交についてこの国に考えさせるため、ハサムに高機動車やバイクを見せ、実際に広い敷地内を乗せて体験させた。これによりハサムは日本が技術大国であると認め、王政府にこの事を伝えた結果、政府側窓口…外交武官として国王から勅命を受ける事となった。…外交武官というのはなんともアレだが、どうせ日本側も、外交官より先に自衛隊が来ざるを得ないのだ。…言い方は悪いが、お互いに丁度いいだろう。

 何より、自分達は、極めて友好な関係を築いていた。

 

「あの…片道5000キロってなると、いくら大淵君の収納があっても、補給に問題が出ますかね?」

「うーん…そこらへんは黒島が今、仕事の合間にシミュレートしてくれているが…まぁ、往復分はどうとでもなると思うんだが、このアルダガルドに補給品が届かないと、結局尻切れトンボになっちまうんだよなぁ…」

 燃料に限った事ではないが、補給品とは「往復で二本使うから二本あればいいよね」という単純な物ではない。理想はその数量が極端に増減することなく、一定量を保たせるようにするのが理想の補給だ。…そしてその綿密に手配された補給品を必要な場所に配達するための物流体制が必要不可欠となる。

 補給品を筋肉とするなら、物流は骨格、戦闘部隊が剣だ。…こっちのモンスターや魔物はさておき、人間は骨だけ、筋肉だけ、剣だけでは役に立たない。


 …こうして考えると、戦闘以上に補給がいかに大事かを痛感させられる。…かつて、疫病が蔓延する孤島のジャングルや極寒・酷暑の過酷な大陸奥地で補給を軽んじられたまま力尽きていった日本軍がいかに壮絶な最期を迎えていたか、容易に想像できる。


 ただ、こちらはそれほど弾薬を必要としない分、楽は楽だ。

 …そもそも、一個小隊の標準定数すら満たしていないこの規模でヒィヒィ言っている時点で、自分にその資質が無い事は明らかだ。…これが本当の軍隊だったらこうは行かない。

 ともかく、肝心なのは食料と水…(それはあかりやクリフェ達に教えてもらい、現地で殆ど調達できるようになったが)…何よりタクシー一つないこの大陸を渡り歩くためのエネルギーだ。

 リディーネのベースを出発する際、200Lの軽油を10本、ガソリンも10本持ってきた。まだそれらが満タンで8本ずつは残っているが、これで充分にアルダガルドまで戻って来れるか、そして、戻ってきたとして、その頃に後続の補給体制が整うのか…その連絡を取る手段が無い。


 …かといって、ここでいつまでもぶらぶらしているのも芸が無い。この大陸における一大国家内に合法的に拠点を設けるという快挙を成し遂げておりながら、大淵はその成果の大きさを過小評価していた。


 もっとも、一週間でこの国での観光…もとい、視察を終え、手持無沙汰になった事も大きい。さすがに一週間も経てば、あのリディーネのベースキャンプもちょっとした拠点となり、今頃は一般のギルド所属戦士もこちらに向かう準備をし始めているか、もう向かっている頃かもしれない。


「…黒島と何人かを連絡要員に残して、俺達はその港湾国家に向かってみるか」

「わ、私も付いていきますね。…衛生兵ですから」

「じゃあ私も」

「まぁ二人は俺のお守りに外せんな。あとは…どうせマオは付いてくるだろうし…」


 連絡の為、高機動車は残していきたい。また、バイクも補修部品類と共に予備が二台収納されているが、これは非常事態の為に取っておきたい。…香山は斎城に便乗するとして、後は多くても一人…。 正直な所としては技術者である星村を連れて行きたい所だが、たった六人で向かう以上、戦闘行動になった際に備え、戦闘要員のみで固める必要があった。


「…リザベルに声を掛けてみるか」

 

 マオは桁違いに強力な魔術を使えるが、その幼さ故に近接戦闘に関しては全くダメだ。それをカバーできる戦闘要員は尾倉かリザベル、川村のいずれかになるだろう。

 尾倉に至っては重量的にアウト。…川村も重剣士ならではの補正によって扱える、50㎏にもなる大剣の重量がネックになる。

 その点、リザベルは重量的に問題ない上、実力も申し分ない。


「…結局また皆女の子で固めちまうのか。…また黒島にからかわれるんだろうな」

「あ、あはは…黒島くんがもう一人いたら良かったのにね」

「…香山さん、それ本気?」


 黒島が二人…実務的には万々歳だが、嫌だなぁ…

 

 …自分の周りをハゲタカのように囃し回る黒島を想像しただけでゲンナリしてしまう。

 自身の言葉の意味を理解したか、香山も頬を引きつらせている。


「俺がもう一人欲しい?香山も大胆だねぇ!」

「…毎度毎度、お前はリアルエゴサでもしてるのか?」

「そんな事より、俺をもう一人増やして何をしようってんだ?変なプレイか、それともチーム分けか?」

「…いずれここに後続部隊が来るだろうから、その時にお前に仲介役をしてもらおうと思ってな。俺達は例の港湾国家を見に行こうと思っている」

「…冒険家だねぇ、お前も。…まさに勇者だよ。ポイントは十二分に稼いだんだし、俺は後続部隊と一旦バトンタッチして、日本に帰って少し休暇でも取りたいよ」

「大袈裟な。まだこっちに来て二週間だぞ?」

「…そういやそうだったな。 でも週休返上だぜ?…首相直属の特殊部隊ってのも給料と待遇は良いが、忙しいもんだな…ま、世の中に楽して稼げる仕事なんて一つもねーか」


 …各方面に出向いて様々な担当部署の人間と打ち合わせを行い、事務処理を全てほぼ一人でこなしている。…挙句にはこうして危険な現地へ出向き、サブリーダーまで努めて自らも武器を取って皆を指揮する。…忙しさで言えば黒島に敵う者はそう居ないだろう。…この馬鹿には本当に頭が下がる。


 そして、黒島の言った通り、自分が冒険好きだというのは本当のようだ。…勇者ではないが、新しく見る景色にガキのように心躍らせているのは確かだ。…その面倒ごとは全て黒島に押し付けているに過ぎない。


「すまんな。…俺といつものメンバーと、リザベルを連れて行こうと思う」

「まー、高機を残して二ケツして行くなら、それしかねーわな。アレは500ccのオフロード寄りだしな」

「早速ハサムに相談してみるよ」



「そうか…ブレメルーダに行くか…」


 夕食後、改めて話を持ち掛けた所、応接間でハーブ入り蒸留酒を振舞われながらの話し合いとなった。

「…実は、こちらとしてもありがたいのだが、気になることがあってな…既に話したとは思うが、ブレメルーダとの距離は33000レディカもある。毎月、キャラバンが隊を成して交易と連絡を交わしていたのだが、それがこの二ヶ月、こちらに来る者はおろか、帰って来る者すら居なくなってしまったのだ。…お陰で今月のキャラバン隊は全員恐れてしまい、互いに連絡が途絶えたままとなってしまっている。ブレメルーダは決して野蛮な真似はしない。道中で何かがあったのだろうと、王軍の出動が計画されていたのだが…君達にお願いしても良いだろうか?あの鉄馬なら我々より早く現地を調査出来るのではないかと思ってな」


 独特な…好みの分かれるであろうハーブ酒を飲み下しながら、大淵は頷いた。

「それで恩を少しでも返せるなら喜んで。どうせ行きがけですから、任せて下さい」

「それは助かる!…すまないが、任せたぞ」

 

「あの、大淵さん!」

 応接室を後にして客室に戻る途中、星村に呼び止められた。手には茶色の紙袋を抱えている。

「ああ、星村?どした?…つーかお前は巻込んで悪かったな。初期調査だけのつもりだったのに、どさくさに紛れて奥地まで連れてきちまった。…学校生活だってあるのに」


 彼女だって学校での勉学は勿論、彼女を待っている友達や、友達との生活がある筈だ。 …出席日数や単位だってある……その限られた貴重な時間を考えてやらず、帰還命令を出し忘れたのはリーダーとして弛んでいたと責められても仕方ない。


「いっ、いえ、出席と単位は国からも要請があって、先生たちもかなり考慮してくれていて。完全に公欠扱いです。 …そりゃ友達は恋しいですけど…やっぱり皆さんとも離れたくないって言うか…と、とにかく、今回の任務に一段落付けて、一旦皆で日本に戻りたいですね!」

「星村…」

 …冒険心とやらにかまけて浮かれていた自分を恥じた。…さっき、黒島が日本に帰りたいと言ったのは、暗にこの事を示唆していたのだろう。 …今回はそのキャラバンの安否確認と、ルート上への燃料補給ポイントの設置…それで一旦アルダガルドに戻り、日本に帰還するとしよう。

「あぁっ、シリアスな会話で忘れる所だった…! えと、これ…」

「?」


 渡された紙袋を覗いて見ると、新品の戦闘服らしき衣服が入っていた。…素材が現行のものと違う…?


「…ロキ君くらいの体型でも着れて、なおかつ大淵さんでも着られるようにと、特殊素材で作ろうとした物だったんですけど…当然間に合わなかったんですけど、未完成のまま終わらせるのも嫌で。あれからこの国のお店で見つけた素材も組み合わせて、ようやく完成したんです…」

「…ありがとう。使わせてもらうよ。 …きっとロキの奴も喜んでくれる」

 あれからロキの人格は眠ったままだった。 …また自分のSPがマイナスになれば発現するのかと思ったが、勇者曰く、「偶然、過ぎた力の代償に選ばれたのがSPだったからあれで済んだが、HPだったら全身が一気に老化し、醜悪な死に方をしていた」という一言で、二度と試す気にはならなかった。

 …そんな事で死んだら、仲間達やロキの奴に会わせる顔も無い。







 左手に王国の遥か東の山脈から流れて来る雄大なロナレ川を眺め、右手にはタリエラ山を望みながら進む。この山にも例の大賢者伝説が残されており、それによればカーバと大英雄コロンが共闘して、死闘の果てに封印した魔神が眠っているという。 …あまりお近づきにはなりたくないものだ。 


 まさか、今回の行方不明事件に関係があるとは思いたくもないが…


 王国を発って三日が過ぎていたが、未だキャラバンの消息を知る手がかりは得られずにいた。伝令の騎兵たちはまだ遥か後方を走っている事だろう。

「ふむ。それにしても、あの天空の大賢者がこの大陸でも大活躍していたとはな」

「ああ。…それにしてもでけー川だな…向こう岸が遥か遠くだ。テレビで見た中国の大河みたいだ」

 この豊かすぎる水量をアルダガルドの南側から引きこみ、生活は勿論、農業と工業に利用しているのだ。

 

 沈みつつある太陽が、雄大な川を穏やかに染めていく。右手の山陰によって自分達に差す光は無くなり、肌寒さを覚えた。…そろそろ夜営ポイントを探すか…


「…ん?」

「どうした、ダイス?」

「んー、何か……ッ!?」

 ツヴァイハンダーが咄嗟に前に回り、シルバーにロイヤルレッドの鞘から銀剣を抜いた。刃に斬られ、蜘蛛の糸のような超極細のワイヤーが、鈍い破断音を立てて両断された。


 急ブレーキ。


 後続の二人も目敏く異変を察知し、即座に車体のスピードを殺した。並のバイカーならとっくに振り落とされるか、バイクごと転倒しているだろうが、騎兵である大淵には無縁だった。

「ま、マオ、大丈夫か!?」

「…う、うむ」

 マオはしっかりと大淵に抱きついていた。


「そっちは無事か…!?」


「私達は大丈夫!」

「リザベルが私のヘルメにちょっとぶつかりましたが、大丈夫デース」

「…」


 …ワイヤーに気付けたのは殆ど奇跡…神を信じてもいいレベルだった。これだけ日陰になっているのに、丁度その一点だけ…大振りな赤い蝶が止まっていたのだ。

 光の煌きも無い為、まず察知のしようが無い。…どこぞのゲームかショート動画で見た、バイカー殺しの悪質トラップだ。 しかし…


 糸に囚われていた蝶をそっと放してやった。…微かに粘ついている。

「…ふむ。蜘蛛の糸だな。…人の首を刈り取れる程の強度を持った…」


「あらあら、ようやくお客様が。…今夜は御馳走にしなくては」


 山側にある茂みから、ずんぐりとした影が現れた。

「ご機嫌よう。どうか大人しくなさっていてください。暴れられるとストレスで、肉が硬くなってしまわれます」


「…アラクネさん?」

「あら、私を御存知で?…しかし初対面の殿方とお見受けしますが?」


 …オルド山脈にある岩窟爺の洞窟で世話になった、白のアラクネと全く同じ姿と声…喋り方まで殆ど同じだった。…ただしこちらは、全身ほぼ白一色だったアラクネと違って…淡い水色の体色をしていた。…赤い眼だけは共通していたが。


「別のアラクネとお間違えでは?…初めまして、私は水のアラクネと申します…今際の時に思い出し下さいませ」

 周囲に人がいない事を確認し、マオが魔王へと姿を戻した。

「水のアラクネよ。我は北の地から参った今代魔王である。我らに道をあけよ。…この峠で人に害を為していたのは其方か?」


「お初にお目にかかります、魔王様。 …しかし私は魔王様に忠誠を誓う者では御座いませんので、どうぞ悪しからず。私はそちらの人間達に用がありますので、どうか御手出し無用に」


「…やはり、大陸が違えば我が支配は及ばぬか」


「しかし、魔王様のお願いとあらば吝かでは御座いません。…その牡を一体だけお渡し頂ければ、道中の御安全をお約束致します」


「戯け。これは未来の我が夫である。牝蜘蛛よ、道を開けぬと言うならこの者がお前を退治するだろう。…もう一度言う。 道を開け、この峠で消えた人間共の所在を申せ」


 辺りが暗くなった。…気温の低下もあるだろうが、肌寒いものを感じる…。大淵はバイクから降り、ツヴァイハンダーに手を掛けた。


「…食事は私の唯一の幸福なのです。どうか、お目こぼしを」

 悪びれもせず、にこやかな笑顔で返した。

「魔物は喰わずとも生きられる。…お前が言うのは、そっちの幸福であろう? …なら、他の人間は」


 困ったような、照れ笑いのような笑みを浮かべたまま、水のアラクネは自分のなだらかな腹部を愛おしそうに撫でた。


「…とっても美味しゅうございました…」


 それを合図に、周囲の山際や茂み…なんと川の中からも、一メートルほどの水蜘蛛のモンスターが無数に湧き出てきた。

「魔王様、食事が終わるまで暫しのご無礼をお許しくださいませ?」

 

 大淵の脇を何かが掠めた。

「くぁッ!?…ぶ、無礼者!!」

「ま、魔王様ッ!?おのれぇッ!」

 背後を振り返ると、バイクの上に座っていた魔王がバイクごと糸玉にされて捕らわれていた。

「マオッ!?…クソッ!」

 よそ見した迂闊さを呪いつつ、アラクネに向き直った。

 直線的な糸玉は辛うじて避けた。が…そちらに意識をやりすぎた。 


 目の前…!


 手刀の風圧が顎を掠めた。迷わず跳び退り、ツヴァイハンダーを抜き払って脇に構えた。


「子蜘蛛の糸に気を付けろ! それと、毒を持っているかもしれん!」

「キャー、アリッサ、蜘蛛嫌いデース!」

「なんて数なの…香山さん、離れないでね!」

「は、はい!」


 円陣を守るように他のメンバーが周囲から無数に迫る子蜘蛛に対峙した。

「だ、ダイス殿ッ、魔王様を頼む!」


「ご安心下さい、魔族さん。魔王様には手出ししません。…貴女も、不干渉を誓うなら手は出しませんよ?」


「ならぬぞ、リザベル! ダイス達を守れ!」

「…ハッ!」


「ふふふ…では、私の子らと遊戯をお楽しみくださいまし」


 再び大淵に向き直った。…目は最初から、一貫してこちらを見ていたように感じたが。


(厄介そうだ…弓を出しておけばよかったか…?)

 弓はバイクのホルダーで、魔王と共に糸玉にされてしまっている。…諦めるしかない

「しっかし…」


アラクネ…MPは200だが… HPが3000…0…!?

(アラクネさんの三倍かよ…!?)

 まず、騎兵銃では倒し切れないだろう。

「どうしてそんなに怖い顔をされているのですか?」

「そりゃ…」

 

 糸玉ッ…


 首を捻って躱した。頬に微かな粘り気。


「ふふふ…とってもいい匂い…最近、食べ過ぎてしまったからかだぁれも来なくなってしまって。寂しかったんですよ?…寂しがる淑女を慰めるのが、紳士の務めだとはお思いになりませんか?」

「…白のアラクネさんみたいな、真っ当な淑女が相手ならな」

「ああ…道理で。白は最弱の色ですから。だからアラクネと出会って生きていたのですね?」

「最初から友達だよ。…御宅と違って慎みを知る淑女だからな」

「女性を比べるなんて…酷いお方」

 クスクスと、さも談笑を楽しむ貴婦人のように品良く笑った。


「あっ、・・・うぅっ・・・」

「香山さん!?」


 横目で見ると、香山が足を噛まれたか、力なくよろめいた。

 その隙を目敏く子蜘蛛たちが糸を吐きつけ、香山は糸塗れにされて捕らわれた。…戦力ダウン。

「か、香山ッ…!」

 もたもたしていれば全滅しかねない…アラクネに向き直り、突進した。


「お前さえ切れば…!」

 ボスさえ倒せば雑魚は消えると相場は決まっている。…そうでなくとも、自分のリソースを他に振り向ける事が出来る。


「短絡は短命の元ですよ?」


 糸玉…これは避けれる。

 

 また糸玉。 …これも避けた。

 

「掛かった!」

 アラクネが嬉しげに叫んだ。

 三度目の糸玉を避けようとして…糸玉が散弾のように分裂した。


「ぐっ!?」

 避け切れず、左腕が地面に繋がれてしまった。

「な、なんの…!」

 …筋力アシスト・フルモード。

 警告を無視し、力任せに糸を引きずってアラクネに迫った。

「なっ!?」


 引き剥がされた地面がべりべりと塊になって引きずられ、巨岩ほどの大きさの土塊を手枷のように引きずりながら突進。

「わ、我が子よッ!」

 子蜘蛛達に助けを求めると、アリッサとリザベルに向かっていた子蜘蛛が振り返り、大淵に追い打ちの糸を吐きかけた。


「ぐぐぅッ…!!」

 アーマーのモーター警告が見たことも無い、激しい点滅をしていた。


「…ヒッ…!」 


 それでも、恐怖に顔を引きつらせた水のアラクネに、渾身のツヴァイハンダーを叩き下ろした。


 




 …あと一歩…足りなかった…



 川の中から現れた子蜘蛛達が、大淵の足を糸で捕らえ、後一歩の踏み込みを許さなかった。


 ツヴァイハンダーは水のアラクネの豊かな胸元に微かな掠り傷を付け、前脚の一本を両断しつつ地面に深々と突き刺さり、衝撃で周囲の土を破壊していた。 巻き上げられた土がアラクネの体に掛かっているのがご愛嬌だった。

 残りHP…29500。

 モーター警告は既に消えていた。…筋力アシスト用のモーターが焼き切れ、筋力アシストも既に死んでいるからだ。


「…」

 アラクネは自分の首筋から胸元、下腹部をなぞった。…剣が届いていれば、間違いなく両断されて即死だった筈だが、掠り傷と脚一本で済んだ事が信じられない、という、放心した顔だった。


 …途端に凶悪な笑みを浮かべ、もう片方の鋭い前脚で、捕らわれた大淵の自由な片脚を貫いた。


「ぐぅ…!」


 騎兵刀を抜かれ、放り捨てられた。 ツヴァイハンダーも弾かれ、武器は無くなった。


「お、大淵君…!?」

「大輔君ッ!!」

「さ、斎城ッ、ここは私とリザベルで抑えます!大淵をッ、早く!」


 応えるまでもなく、斎城が跳び出して来た。

「だめだ、逃げろ!」

 斎城達に向かって叫んだ。…最悪、アラクネの宣言が事実なら、自分が死んでも魔王は助かる筈だ。


「…よく見たら赤い眼…混じりモノですね。美味しくありません。子らよ、()()()()なさい。食べるなり殺して苗床にするなり、好きになさい」


 夥しい水蜘蛛が川から這い出て、斎城の前に立ちふさがった。 …斎城の超人じみた剣捌きをもってしても、水蜘蛛の物量は突破できなかった。


「さて…」


 アラクネは悠々と大淵に向き直った。

「…あら?」


 スキル、発動…


 …大淵は真顔のまま、アラクネの顔に向け、赤黒く変色した右手…ガントレットを差し出していた。


 バシュッと、ワイヤーまで赤黒く染まったワイヤーアンカーが、ガントレットから凄まじい勢いで射出された。

 

 アラクネは殆ど捻る事も無く、その飛び道具を避けた。


「…年頃の男の子らしく、面白いオモチャですね?」

「だろ?」

 手で押すまでもない。意識してスイッチをオンに。


 アンカーが急速に折り返しつつ巻き取られる。ガントレットのモーターは元々別物だ。


「あら…」

 アラクネの細い首にワイヤーが巻き付き、ガッチリと絡まった。


「うぐっ!?」

「…たまには糸で巻き殺されて見るのも悪くねーだろ?」

 高性能モーター、フル回転。アラクネの巨体が引きずられ、大淵の眼の前に引きずり出された。その巨大な腹の上に跨り、後ろから細い首をしっかりと締めあげた。

 子蜘蛛達は母蜘蛛の危機を察知するが、大淵に密着されているためか、手出しできずに遠巻きに取り囲むだけで何もできない。

 香山が助け出され、自らにヒールを施して解毒している。それをみて安堵しながらも、アラクネには冷酷な狩猟者の目を向けた。


「…幸運な事に、お前にはこれから三つも選択肢がある。ここでアへ顔晒した獄門打ち首になるか、この山か川に帰って二度と人を襲わないと誓うか。 …それか、約束を破って俺に捕まるか。…俺はどこまでもお前を追い詰め、必ず捕らえるぜ。 …そうしたらその脚を四本にまで剪定して、アルダガルドの闘技場に売り払って、見世物になるだろう。 …余興試合で繋がれて、キングゴブリンやトロールの群と熱い試合をさせられ続けるかもな? …弱体化させられて、屑みたいな人間にも辱められたりしてな」

「ひ…ひぃぃッ…」


「…どうする?個人的なおススメとしては…誓う振りをして破る、かな。 で、俺に取っ捕まって、闘技場送りだな。…その時は観に行ってやるよ」


「に、二度と致しません…それだけは…どうか…」


「…よし、いいだろう。行け」


 ワイヤーを解き、腹の上から降りて解放してやった。

「…」

 自分の顔色を窺うように見ている。

「…とっとと行け。後ろから斬ったりなどしないから」

「…あ、あの、宜しければお名前をお聞かせ下さい…」

 なんでだよ…

 しかし、項垂れたまま動こうとしないアラクネを見かね、仕方なく名乗った。

「…大淵大輔。 もしくはダイスと呼ばれてる。…一つ聞いておきたいんだが、この道を通った隊商は本当に皆殺しちまったのか?」

「…はい」

「…向こう側から来た者も?」

「…はい」

「…お前以外にこの辺に、お前のような悪さをするモンスターや魔物は?」

「…おりません」

「…分かった、もういけ」


 水のアラクネは深々と頭を下げると、川の中へと消えていった。

 …赦すにはあまりに多すぎる罪だが…償わせるにも、人々の復讐の対象にしかならないだろう。…自分の言った通り、凄惨な復讐をされるに違いない。

 そうなると分かっていて人々に引き渡す気にはなれなかった。…偽善だろうが、これからは人に寄り添って生きて行ってくれると信じたい。

 お釈迦様とて鬼子母神を改心させたんだから。 …まぁ俺はお釈迦様どころかスーパー煩悩マンだが。


「…香山、大丈夫か?他の皆も…?」


「す、すみません。…なんとか。毒は治しました」


 リザベルはマオに張り付いた糸玉をナイフで慎重に剥がしている。

「こちらも大丈夫だ!」

 そう言いながらふくれっ面のマオの顔に付着した糸を、丁寧に布で拭り取っている。

「あの無礼者め…次に会ったら八つ裂きにしてくれる」

「お前は、大人しくなって丁度いいと思ったんだがな」

「って、大淵君が大怪我じゃないですか…!」


 駆けつけた香山が大淵の足に穿たれた穴にヒールを施した。

「うっ…そういやそうだった…」

「全く…無茶と怪我はロキくんより酷いんだから…」

 斎城が咎めるように言った。

「無い知恵を絞ってるんだ、大目に見てくれよ…」

「ダメ。甘やかすと貴方はすぐ自分の危険を忘れるんだから」

「あー、粘ついてイライラする! ダイス!何とかして風呂を作れ!そして一緒に入るぞ!」

「んなもん作れ…」

「ダメ!」

 …香山と斎城の声が重なった。

 …だから流石に風呂は作れねぇって…



 …まだバイクには糸が絡まっている。 星空を見上げ、大淵は溜息を吐いた。

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