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転生先はパラレルワールドだった  作者: こぶたファクトリー


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踏戯場

「29番、来い」


 自分の番号を呼ばれ、気怠く顔を上げた。

 …まぁ、ベーコンエッグよりはよっぽどマシな呼び名だ。


 もう一人の自分の能天気さに微笑ましさすら覚える。

 ベンチから腰を上げ、通路へと向かった。

 通路の向こう側、舞台裏となるスペースで、手枷をはめられたあの男が何やら喚きながら引き立てられていくのが一瞬、見えた。


(アンタか俺か、どっちが本物かなんて、正直どうでもいいんだ、俺は)

 さっきは嘲笑と同情の目で見ていた観衆が、先ほどの自分の実力を見て違う物に変わっていた。

(俺じゃ多分、アンタの大きな体を使いこなす事は出来ない。逆に、アンタもこの体を俺より使いこなす事は出来ない。だから、この体の内は俺に任せてくれよ)


 …分かった。お前は、さすが俺の過去だけあって、コイツよりは話ができそうだな。…頼むよ


 無関心に目を閉じて横たわる勇者を顎でしゃくり、もう一人の自分が苦笑した。


 相手方のマイクパフォーマンスが終わったらしい。目の周りに傷薬の後がある司会者が、こちらに駆け寄ってきた。 …相手の演説には興味ないので、聞き流し、代わりに斎城や香山らに手を振って愛想を振りまいていた。


 正直な所、背が高くてカッコ良い、甘やかし気質の斎城(さいき)…日菜子姉ちゃんは、自分の第二の母にしたいくらいだった。

「やぁ、お… ベーコン選手! 先程は見事な手並みだったな! だが、次の対戦相手はあのトロールのような大男だ!捕まったらお終いだが、意気込みの程は?」


「どうでもいいよ、そんなの。 おーい、日菜子姉ちゃん、いぇーい!」 

 得意げにピースサインをして見せる。



「…どうみても、人格破綻…いや、別人格だな。アイツはサラっとああいうおふざけができるタイプじゃない」

 黒島は出店で買ってきたジンジャーティーを含みながら断言した。

「…まさか」

「…心当たりがあるの?」

 危なっかしい大淵に気が気では無いながら、斎城が黒島の横顔を見た。

「…アイツ、ちょうどあのくらいの…小学校五年の終わり頃、酷いいじめをされていたんだ。…陰湿なタイプでな。俺も馬鹿だったから、他の友達と遊んでいて気付けなかった。…それで、ある日とんでもない事件を起こしちまったんだ」

「…な、何があったんですか…?」


「…クラスの女子の前で晒し物にされそうになった所を、いじめに加担していた連中といじめっ子を全員返り討ちにしたんだ。…半殺しとは言わないが、結構キツめにな。何人か不登校になったり…」

「…見せられていた女の子たちが?」

「いや、女子は…いや、何でもない。 …とにかく、今の大淵と何か関係があるとは思う」


 歓声が一際高まった。試合が動いたのだ。

 視線を大淵に戻すと、斎城、香山と…黒島も息を呑んだ。


 …リングの上では大淵が巨漢に捕らえられ、上から完全に抑えつけられていた…

  

「舐めてた割には口ほどにも無かったなぁ、お嬢ちゃん?」

 脂ぎった口臭に顔を顰めながら、大淵はウンザリした。

「…どいつもこいつも、相手の性別も見分けられねーのかよ?目ン玉腐ってんじゃねーの?俺のどこをどう見れば女に見えんだよ!?」


 …実際の所、この頃の大淵は自分では認めなかったが、最も美しく成長した時期であった。 …小柄な体型に合わせる為に調達した、女物のレザーアーマーもその色香を多分に引き立てているとはいえ、それを圧するまでの端正な顔立ちだった。 …少女と見間違えられるのも無理は無かった。


 会場からは無慈悲に「ひん剥け」「ヤっちまえ」という下卑た野次が大合唱になりつつあった。

 …自分の小生意気な言動のせいもあるだろう。


「…だとよ。一緒にオーディエンスに応えてやろうぜぇ?」

「やってみろよ?」


 両手をガッチリと巨大な片手で抑えつけられ、腰から下も男に跨られている足は、蹴り上げれば背中には届くだろうが、レザーのブーツでいくらその分厚い背を蹴ろうと、肩たたき程度にしかならないだろう。…しかも、相手は鉄板を巻いた鎧を纏っていた。 万一、ブーツに仕込みナイフがあったとしても、役に立たない。…誰がどう見てもお終いだ。 

 

 …にも拘らず、この男娼もどきは不敵な笑みを浮かべていた。

「…お望み通り、滅茶苦茶にしてやるよ! 生娘らしく啼きやがれ!」

 レザーアーマーを剥ぎ取った。続いて…

 

 下に誰もいない。


 目を離していなかったのに、ブレストアーマーを這いだ瞬間、そこから消えた。右手には確かに、剥ぎ取ったレザーアーマーがぶら下がっていた。左手にも…抑えつけていた手に掛かっていた、レザーの小手が残されていた。

「…さっきの調子でやっちゃうと、観客もつまんないだろうから、ちょっとサービスをね。 詰めが甘かったな。まぁ、プランBもあったんだけどさ」

 耳元から声。

 振り向くことも許されず、既に頸動脈に鋭いナイフが突きつけられていた。反対の腕にはショートソードが宛がわれ、完全に身動きを封じられた。


「止めときな、動いたら勝手に死ぬよ?…降参して取り合えず奴隷になった方がいいんじゃない?…それとも闘士らしく自死、逝っとく?」

 男はわなわなと震えていたが、降参、と小さく呟いた。司会がそれを聞き受け、試合の終了を告げた。

 そこかしこで少なからぬ賭けが行われていたらしい。罵声と怒号、歓声が飛び交った。


「ば、馬鹿野郎が…」

 黒島も大きく息を吐きながら座席に座り直した。 …完全にやられて、奴隷行きの未来を垣間見た。隣を見ると、魔王と尾倉を除く他の連中も…香山と斎城はもっと酷く憔悴していた。

「み、見て居られない…」

「大淵君…お願いだからそういうのやめて…」

「あ、アリッサも流石にハートショックデス…」

「うむ、まったく自信過多な道化だな。まぁ、実力は伴って居るが」


 リング上ではやはりミニ大淵がこちらに向かって手を振りながら退場していった。



 ゾクゾクした。…一歩間違えればやられていた。 …だが、そのくらいピンチの方が燃えるのだ。光の巨人やバトルヒーローだって、ピンチを必ず乗り切るからカッコいい。

 誰もが絶対にダメだと思う状況ほど、自分の闘争心と生存本能を爆発させた。

 今のもまだ余裕はあったが、スリルで言えばかなり良い刺激と準備運動になった。…さて、次はどうやって勝とうか。

 ホールでブーツの紐を検め、剝がされた装備を身に着け直す間、試合が終わったのか、別の対戦者が担架で運び出されていくのが見えた。

 担架には灰色のシーツが掛けられ、所々に血が滲んでいた。シーツから飛び出た手はだらりと垂れている。それを大会スタッフがごくごく普通の労働であるかのように運び去っていく。

 敗北すれば降伏して、命以外の全てを投げ出して一つの商品になるが、その選択肢すら与えられない場合も当然ながらある。…今見た者がそうだ。


 殺そうと思えばできない事は無いが、自分は別に殺したくてやっている訳では無いし、これはあくまで自分の命を賭けたゲーム…競技だった。

 目指すは常に最高得点。今の自分の成果すら、過去のものに過ぎない。過去の自分を脱皮のように脱ぎ捨てていき、どこまでも強くなる…それが自分の目指す、終わりなきゴールであった。


(…ン?そうして最終的に行き着くのはあの、パワーと武器使いは巧いが、モッサリした自分か、あの火力馬鹿みたいな勇者なのか…?……だとしたら嫌すぎる)


 …悪かったな、モッサリしてて


 …クソガキが、少しは口を慎め


「なんだよ、別に文句言った訳じゃないだろ。大人なら大人しくしててくれよ」


 そして、観客を楽しませるのも一つの楽しみだった。…エンターティナーというのか、客にも自分が感じているハラハラドキドキを追体験させ、楽しませてやりたかった。


 …特にさっき、自分が捕まった時の仲間達の反応は最高だ。

 日菜子姉ちゃんや桜姉ちゃんが心配してくれるのは嬉しいし、だからこそハラハラさせながらも最後は絶対に勝って、その成果を勝ち誇ってやるのだ。…とくにあの二人はリアクションが良くて、演じるこちらもついノッてしまう。




 危うい子供っぽさだ。…だが、今はこの体を、かつての自分以上に扱う事は決してできなかった。

 自分が封印し、永久に錆びついてしまった運動・戦闘センス…それら全てをこの自分は覚醒当時から持ち合わせたままだった。


 こうして観客として客観的に見ていると、冷静になるにつれて思考もまとまり、先ほどまで取り乱していたのが馬鹿馬鹿しくなる程単純明快な答えだった事が分かる。

 …とりあえず、過去の自分では呼び難いので、便宜的に「ロキ」と名付ける事にした。 …確か、北欧神話の悪戯好きの神だ。


 皮肉なことに、どちらが本物かなどどうでもいいと言ったロキの言そのものが正解と言わざるを得なかった。

 何らかの拍子で自分に入り込んでしまった…(厳密には自分もその仲間だが)勇者と違い、ロキは本来の自分自身の一部…過去の人格の一つだ。

 そして、このロキがこうして発現してくるという事は、元の世界同様、こちらの世界でも大淵大輔は陰惨ないじめに遭い、流血沙汰を起こしたのも間違いない。


 本来は封印されたままだったが、意識だけは解放されないまま、自分がこの世界で経験してきた記憶などはロキも共有・同期しているのだろう。それが、自分の無茶なスキル解放の拍子に幼体化したことで偶然、人格意識も解放された。

 …やたら好戦的で不遜な態度は自分の頃には見られなかったものだが、あの事件以降、自身の人格を封印しなければ…という事か。


 …またこの人格の空間に一人増えるが、すくなくともこの幼い体である内は、ロキ以上のプレイヤーは居ない。…ここは彼の言う通り、大人しく見守るのが最適解か。

 この年頃は諫めれば諫める程、反発心と対抗心をニトログリセリンのように起爆させて却って無茶をしたくなるものだ。…自分で失敗し、痛い目に懲りて学ぶ以上の良薬は無い。…ことこの場においては学んだ時には手遅れだろうが。


 だが、言うだけの事はある。

 傍から見ると危なっかしく、生意気で軽率な所はあるが、それは自分視点での外見や常識に囚われているが故の、こちらの目の曇りなのかもしれない。

 …現に、彼は自分に無いものを持って、自分とは違う成果を収めている。

 

 だから自分も決して口出しせず、一観客として見守ることにした。

 …だが、お節介なら焼ける。


 次の試合が始まる前に、軽い昼食と水分補給を済ませておいた方が良くないか?


(まだ早いし、そんなに腹減ってないよ)


 百数十人が参加しているようだが、既に二順を終えたという事は、ここから加速度的に試合が進むはずだ。 …つまり、今を逃すと飯を食う暇もなくなる可能性がある。


(…別に腹減ってないけど)


 空腹を感じた時にはもう手遅れだ。 …お前の実力は俺以上なのは認めるが、常に百パーセントを維持するつもりでいた方が良くないか? …パフォーマンスの為にもな

 余裕を持って予め済ませ、内臓を少しでも休ませた方がいい、と判断しての事だった。


(…それで何が変わる訳でもないと思うけど、そうするよ。売店はどっちだろう?)


 フロアの反対側だ。…そこの階段を無視して進んだ先にある。試合で喪失した奴の為に、武具屋とかも入っていた筈だ。


 参加を即決してきた分、大会のルールもしっかりと確認してきた。少しでも有益な情報を見逃して失敗するほど、自分は間抜けでは無い。


「それじゃ、飯を買ってくるか。勇者の剣とか、ドラゴンバスターとか売ってないかな?」

 …あくまで予備の武器だから、その辺で買えるような物しか置いてないだろうな


 武器屋の前を通り抜け、売店で軽食を買い求めた。ロキの嗜好に任せ、今はまたベンチに腰掛けて薄くスライスしたハムとケールのサンドイッチを食べている。


「サンドイッチもいいけど、優勝したら皆で宴会?したいよな」

 …そうだな。賞金も手に入るらしいし、クリフェとカナの前祝いも兼ねて、どこでもロキの好きな店を選ぶといい

「ロキ?俺の事か?」

 どちらも大淵大輔じゃ紛らわしいからな。いいだろう?神話の神様の名前だ

「ふーん? …けど、俺はこの世界の飯よりあっちの世界で飯食いたいな。オムレツとか、ハンバーグとか、ナポリタンとか喰いてー」

 ベンチの前を通り過ぎる参加者やスタッフが怪訝な顔をしながら立ち去っていくが、ロキは気にした風もない。

 …なら、俺の仲間に居る尾倉…不愛想な男に頼むといい。戦士であると共に、名コックでもある


 これまでの試合を見て、最早自分を侮る挑戦者は居なかった。…そんな有象無象はとうに蹴落とされ、ここからは強敵としか当たりようがない。

 …油断するな。ここからは敵も強敵ばかりだ。それに、お前の活躍を見て「サプライズ」が起こる可能性も無いとは限らん

「…何だよそれ?」

 飛入り乱入、とかだな。…ここに限らず、ポット出の選手に勝ってほしくない人間も多いのさ。あんまり一方的に勝たれてもビジネスに影響が出るからな


 …なんだか、普段の自分と黒島のやりとりみたいだな。


「…なんだか分からねーけど、勝ちゃいいだけの話だろ?だいじょーぶだって」

 …任せた



 「29番! …少し早いが、入りたければ入ってもいいとの事だ。…この大会の優勝候補が暴れている所だ」

 とうに食事を終え、手持無沙汰にしていたロキはベンチから勢いよく跳び跳ね、軽やかな足取りでゲートへと向かった。呼び出しの係員が小声で声を掛けてきた。

「…お前には今月分の賃金をかなり賭けた。優勝は無理だろうが、なんとか準優勝まで行ってくれ、頼む」

「知らねーよ、そんなの。けど、俺に賭けたんなら当たりだぜ」 


 ゲートをくぐると、既に勝敗が決しようとしている所だった。

 少しウェーブがかった長髪を背まで伸ばした、見事な体躯の大男が、屈強な男の首を片手で絞め上げ、リング外にゆっくりと下ろした。


「場外!さすが大英雄ハサム!ここでも彼の強さは底知らずだぁ!対戦者を余裕のリングアウト! 勝者、ハサム・O・ポッサム!」

 城内は大歓声に沸いたが、賭けは殆ど行われていないようだ。…大英雄相手に賭けは、魅力的ではあるが流石にまだ分が悪すぎるという訳だ。

 会場の大歓声とハサムコールを受けて回りながら退場しようとして…ロキとすれ違った。それまでの爽やかな英雄然とした表情を険しく曇らせ、自分を見つめた。

「…君が噂になっている少年か?…そんな年で参加して、一体どういうつもりだ?」

「まぁ、さる事情がありましてね。決勝戦でお会いしましょう…ってね」

 ロキは悠々と言ってのけた。

 

 敵意を示さない者には最低限以上の礼節もあるところが、憎めないところだった。


「…そうだな、説教を垂れる立場でも無かった。…ああ、決勝戦でまた会おうじゃないか!」

 藤崎並…いや、二メートル…以上あるかもしれない。 その強者ならではの迫力もあり、身長差は二倍近く感じてしまう。その巨大な手が伸び、握手を求めた。ロキも小さな手を差し出し、二人は右手を握り合ってから別れた。

「…へへっ、なるほど大英雄だ。…サイコーに熱くなってきたぜ。早く戦いたいから、今回は真面目にやるぜ」


「おお、機体の新星、ベーコン・エッグじゃないか!先程は見事な逆転劇を演じてくれたが、今度のサリバン選手は今までの相手とは全く別物だ。 さぁ、意気込みのほどは?」

 斎城達に向けて手を振るのだけは忘れず、今度は対戦者に向き直った。

 全身をカーキ色の外套で隠した、160ほどの比較的小柄な体格。 晴れ渡った空の下、その男の周辺だけがどこか揺らいで見えた。


「さっさとはじめようぜ」

 マイクパフォーマンスを一言で終えると、ロキはショートソードを抜いて身構えた。

 …相手は構えもせず、そのままそこに佇んでいる。


「それでは…はじめっ!」


 三人のサリバンが三方向から同時にロキに襲い掛かった。見越していたようにロキはふわりとジャンプして包囲網を逃れた。 


「ぶ、分身の術かよ…!?」

 黒島が唸った。サリバンが本当に三人に増えたように、そのまま三体が三体ともそれぞれ別個に動いてロキを襲う。


「へぇ、面白いじゃん!だったら…」

 三人のサリバンの攻撃を避け切りながら、一人を切り伏せた。 …分身。 反対側から斬り掛かってきたもう一人の刀を悠々と躱し、これも切り払う。…分身。

 最後の一人の目の前に捨て身で、密着するほどの距離に迫った。顔まで覆面で隠した相手の表情は分からないが、刀の間合いを取ろうと跳び退った。

 それに応じ、自分も全く同じ分だけ距離を詰めながら、背後のナイフを抜いて覆面を切り払った。


 これも分身。

「やっぱりね」

 振り向き様、ナイフを投擲。

「ぐっ!?」

 

 リングに鮮血が迸った。見る間に血の滴る輪郭…足が露わになった。

「透明人間みたいなもん?なんか気配があったからわかったけど。…どうする、まだやる?」


「…降参だ」

 同じようにローブ姿の男が両手を上げていた。

 職種は…「傀儡士」。透明になるのはスキルによるものか。


「こ、コイツはとんでもない超新星だーッ! このまま大英雄ハサムと雌雄を決するのは、この謎の少年・ベーコンなのかーッ!?」


 …またもや自分の活躍が城内の大勢の客の懐を潤し…または枯れさせたようだ。

 しかし、会場を揺らさんばかりの大歓声が響き渡った。


 対戦票が張り出され、自分の勝ち進んだ場所が見えてきた。

「…あと一勝で決勝戦か」

 



 挑戦者の殆どが「檻」に連行されてしまい、待合ロビーも大分スッキリしてしまった。


 このロビーのどこかに自分の次の対戦相手もいるのだろうが…


 …また会場の方で大歓声が上がった。


 (優勝後の御馳走、何作ってもらおうかな…)

 あらゆる好物を片っ端から思い浮かべている内、ゲートが開かれた。

「29番、来い」


 …何か嫌な雰囲気を感じた。

 

 …気を付けろ、恐らく()()()()()

 

「…上等だよ」


 ゲートへと向かった。


 リングには…次の対戦予定だった相手が、何とモンスターと戦っていた。


 …新種か…!?



 対戦相手は屈強な騎士だった。「重剣士」。巨大な大剣を振るい、巨大な…ゴブリンと渡り合っていた。

 …デカすぎる。 ゴブリンと言えば、ロキよりも低いくらいの貧弱な弱小モンスターで、蔑称の代名詞にさえされている。ところがこのゴブリンは、三メートルもの巨体に鋼鉄の鎧と兜を纏い、黄ばんだ目をぎらつかせながら重剣士の剣捌きを時には見切りさえしていた。重剣士がカウンターの手斧を受け、吹き飛ばされた。リングアウトは免れた。重剣士はすかさず体勢を整えようとするも、巨大ゴブリンはその巨躯からは想像もつかないスピードで迫り、重剣士に馬乗りになった。唯一の武器である大剣を払われ、そのまま手斧を高々と掲げる。


「くっ、!こ、降参だ!」


 …しかし命乞いした相手はゴブリンだった。斧は振り降ろされた。

 

 「コイツがそのまま俺の対戦相手って事でいーのか?」 

 

 振り下ろされた斧の柄だけが重剣士の顔の前を空振りした。


 「おおーッと!何という早業だ!? ベーコン・エッグ選手、キングゴブリンの処刑劇を妨害だぁ!」


 キングゴブリンの背後にロキが立っていた。


 キングゴブリンは剣士から立ち上がり、こちらを振り向いた。その隙に重剣士は大会スタッフに引きずられていく。

「へ…グヘッ…グヘへッ!!」

 自分の姿を認めたキングゴブリンは愉快そうに唾を飛ばして笑った。

「へへっ、まぁまぁやりそーじゃん」

 一瞬、また斎城達に手を振って余所見をした。

 

 斎城と香山の表情が恐怖に強張る。…来たな

 地面に溶けるように姿勢を超低姿勢に。すぐ頭上を、キングゴブリンの怒涛の突進が通り過ぎる。勢い余ってリングから落下するが、気にもせず、再びリングに乗り上がってこちらを振り返って向かって来た。

「ったく、ルール無視かよ。じゃーこっちも手加減してやんねーからな?」

 巨体の大会スタッフによって、キングゴブリンに向けて予備の手斧が放られた。それを見向きもせずにキャッチすると、キングゴブリンは再び大淵に突進した。


「エキシビジョン・デスマッチ、スタート!」


 向かってくるキングゴブリンを闘牛士のように紙一重で躱しつつ、その脇の鎧の隙間を切り払った。 

 雄叫びを上げながら巨腕を振るい、ロキを捕らえようとするが、逆に腕に切り傷を付けられるだけだった。

 

 ロキの動きは素早い、などという物ではなく、瞬間的に残像が出現しかけているレベルだった。キングゴブリンの闇雲に振るった手斧が手ごと切り落とされ、次は首にまで達した。


「グォオオオ!」

 それでもさすがキングの名を冠するだけあり、片腕を落とされ、致命傷を負いながらもロキを追い回した。

「…可哀そうだけど、生かしといても苦しいだけだよな」

 哀悼の言葉と共に、ロキがキングゴブリンの背後から一閃した。


 二歩、三歩と歩き、キングゴブリンは突っ伏したまま動かなくなった。 



 パチ、パチ、パチ、と、拍手の音が会場に響き渡った。

「…実に見事な手並みだった。…約束通り、お互いにこの舞台に立ったな、ベーコン・エッグ選手」

「「拳闘士」…ハサム・O・ポッサム…」


「休息が必要か、ベーコン?」


「…じゃあ、ほんの数十秒待ってくれる?」

「勿論だ」

 

 やはり斎城達の方を向くと、大きく深呼吸し、今度は両手でメガホンを作った。


「日菜子姉ちゃーん、桜姉ちゃーん、アリッサー、リザベルー、彩音ー、マオー、あかりー、クリフェー、カナー、…あとオッサンズー!よーく見てろよー!?  あっ、できればビデオに撮っておいてー!」

 呆気にとられるメンバーと、観衆に構わず、更に続けた。

「あとー、ハンバーグとナポリタン、オムライスと…クリームソーダが食べたーい!」


「あ、アイツ…」

 呆れ果てて黒島は観客席で苦笑するしかなかった。


「あとー、日菜子姉ちゃーん! …勝ったら…残りの日だけ、お母さんになってくれますかー!?」


 斎城が観客席から身を乗り出した。

「い、いい! いいよっ!」


「…気は済んだか?」

「ああ、ありがとう。…そんじゃ、お互い本気で行こうぜ!」

「おお!望むところだ!……ところで、取引したい」

「どんな?」

「…極めて異例だが、私が勝ったら是非、我が家に養子に迎えたい。君を育てたくなった。…なおかつ特典は君に与えよう」

「…それは嬉しいけど、俺、あと数日で元の大人の姿に戻っちゃうらしーんだよ。だから止めた方がいーよ」

「構わないさ。それなら歳の近い息子が出来てまた良い。君が勝ったら、私の特典と賞金も全て与えよう」

「…まぁ、どの道負けるつもりないから、いーよ」


「これより決勝戦ー!場外は無し!」

 石造りのリングがロキ達を乗せたまま、音を立てて地面に沈みだした。完全に平地となった。


「決闘…はじめ!」


 速い! ハサムの巨躯が瞬時に迫り、ロキは残像速度で相手の虚を突こうと脇に回った。

 なんと、ハサムは自分の高速についてきた。…恐らく、目では追えていない。気配と直感で自分の位置を先読みしているのだろう。

「ふんッ」

 強力なアッパーの風圧が顔面を掠めていく。

「くっ!」

 風圧に顔が殴られたように押し戻される。 …やはり相手は目で正確に追えている訳では無かった。もし、目で追えているなら、今の隙に一発ストレートを入れればこっちが終わっていた。


「つ、強ぇッ!!」

 アドレナリンが湧き上がり、ゾクゾクと鳥肌が立った。

「…凄まじい速さだ…とても目では追えん…だが、今のでパターンは一つ掴んだぞ」

 再び突進して来る。ショートソードで切り払うと、ハサムは手の甲で剣身を払い退けながらロキに迫った。


「捕らえたりッ」 

 

 ロキの剣を握る細腕を、ハサムの巨大な手がガッシリと掴んだ。

「ッ!」

 瞬時に小手を脱ぎ捨て、逃れた。 …ハサムに同じ手は通じないだろうな…

「くっ!もう少しだったものを…!」

 ハサムが悔しげに唸った。

 ハサムに捕まったら、雑魚共と違って本当に終わりだ。 …この男は正真正銘の大英雄だ。


「楽しみで仕方ないぞ、ベーコン・エッグ! 君を…例え大人の君であっても、更に鍛え上げれば間違いなく私を超えるだろう!…さぁ、決着をつけようか!」

「…っ」

 …ロキはとんでもない取引をしてしまった事を後悔しかけていた。


 …弱気になるな。お前なら出来る。 …勝て。勝って、最後に斎城に思いっきり甘えてこい!

 

「お前……ああ。ああ!そーだな!」

 

「はっ!」 

 ハサムの剛腕が振るわれた。…下手に掠めれば気を失いかねない。

 

 速い。


 だが、この体は…

 

 凄く、速い 


 ショートソードが砕け落ちた。

 

 背後でハサムが振り返る気配。


「…くっ……勝負、あったな…」

 ハサムがよろめき、片膝をついた。その腹には剣身で叩かれた痣がくっきりと残っていた。


「ななな、何という事だぁー!? 大英雄ハサムに膝をつかせたのは、まさかのベーコン・エッグ選手だー!」


「見事だ…約束通り、全ての戦利品はベーコン。君のものだ。…しかし君は何を望みにここまで?」


「…あー、ベーコンはやめてくれ。それはリングネームだ。 …ロキ。俺はロキだ。色々訳あって今はこんな体になっちまってるけど…アンタと戦えて本当に光栄だったよ、ハサム。 …望みは、あー…俺の仲間に孤児の兄妹がいて、そいつらの里親を探していてさ」

「ならば君は特典を使う必要はない。…私でよければ里親になろう。」

「ほ、本当か!?」

「誓って。…必ずその兄妹を幸せにすると約束しよう」

「そ、そうか…!それならこの上ないぜ!」

「クリフェー!カナー!」

「まぁ待て。 この際折角だ、よければ君の仲間達と共に私の屋敷に来てくれ。盛大に君の健闘を祝おうでは無いか。…君の食べたがっていたものも、我が屋敷の厨房を使うといい」

「それもそうだな! あー…そうしたらどうするかな、特典…」

「…そこで、今更見苦しいのだが…特典と賞金を返してはもらえないか?」

「…?ああ、それはいいけど」


 クリフェとカナの養子先が見つかった今、どちらももう必要はない。


 …俺達の特典で、今回の挑戦者達を解放してやらないか?

(さすが未来の俺だな。同じことを考えてた)


「我が盟友・ロキとの決闘を記念し、ハサムの名において今大会の敗退者全員に恩赦を与える!ロキに感謝を捧げるが良い!」

 ハサムは自分の分の賞金を大会側に返還し、声高に宣言した。


(…先回りされちまったな)

 …ま、さすが大英雄だな


 


 ハサムの大豪邸は王城に最も近い、最高の一等地に構えられていた。

 

 大淵小隊の面々は屋敷に招かれ、厨房を借り、尾倉、香山、川村を中心とし、屋敷付きの調理人やメイドがその補佐に回る形で調理を開始した。

 

 ハサムはクリフェとカナに対面し、二人を家族に迎え入れた。その後、クリフェとカナを家の中で自由に遊ばせ、黒島達からこれまでの旅の経緯を説明されていた。


 SP:-150

「…」

「…」

 闘技場での激しい連戦、そしてなにより大英雄ハサムとの激闘に勝利したことで、大淵大輔のSPは急速にレベルアップしていた。それに伴って回復速度も高まっていた。

 …持って、今夜一杯だろう…


 ロキと斎城は、屋敷の客間で明るみ始めた空を眺めながら、隣り合って座っていた。

 リングの上とは全く違い、斎城の前ではごく普通の少年だった。

「…あ、あはは!残りの日、なんて言ったけど、今日だけになっちゃったね」

 ロキが努めて明るく笑った。

「…うん」

「…ごめん。変な事お願いして。…消えるまでにしたい事って考えたら…真っ先に思い浮かんで…」

「ううん!嬉しかった…お母さんの代わりにしてくれるなんて」 

「…あー、あのさっ、まだ晩ご飯まで時間があるから、一緒に町で買い物しない?…日菜子…お母さん」

「…うん、それ、ナイスアイディア!行こっ」

 邸宅の厩舎から馬を一頭借り受け、速足で走らせた。


「す、すげぇ…馬も乗れるんだ!」

「ふふっ、お母さんはその気になれば、戦闘機だって動かせるんですから」


 市街地に着き、馬を繋ぎ場に留めて複合商業施設を見に行った。

「ほら、手、繋ごうよ?」

「うん!」


 手を繋いだ二人は親子にも、年の離れた姉妹にも見えた。魔法石売り場を見学し、土産物店で小さなガラス細工に見入り…アクセサリー店で調節可能な、お揃いの銀のブレスレットを購入した。


「あ、お母さん、あれやってみてよ!俺が姫役するから!」

 

 ロキが無邪気に指さす方向には、アトラクションがあった。海賊船に乗り込み、捕らわれの姫を救出するという設定のアトラクションだ。今は18歳くらいの少年が剣に見立てたスポンジバーを手に、魔法石で召喚されるモンスター相手に苦戦している所だった。

 …アトラクションの癖に難易度は極めてシビアで地形は跳んだり跳ねたりの激しい起伏もある中でモンスターの容赦ない襲撃を受ける。少年も必死に海賊帽をかぶったデフォルメ風モンスターを切り払い、恋人であろう、姫の元へ辿り着こうとするが…海賊船の半ばで取り囲まれ、柔らかいスポンジの銛で体をぷにぷに突き回されている。スポンジボウにはユニーク魔法…くすぐり効果が付与されているらしく、叩かれたモンスターも人間もその場で笑い泣きしながらダウンしてしまう。

 かなり人気のアトラクションらしい。野次馬…ギャラリーも非常に多く、今も失敗を囃す声や健闘を称える声が上がっている。


「え、ええ~っ?…こういうのって逆じゃないの…?」

「じゃ、俺待ってるからっ」

 ロキは姫役の方へエントリーしてしまった。 


 列が思いのほか早く進み、遂に斎城の番が回ってきた。


「お母さーん♪」


 …囚われの割には随分と呑気な姫が両手を振って助けを求めている。


「結構お似合いですよ~姫様~?」

 ロキを冷やかす斎城に、一振りのスポンジソードが渡された。

「…では、いざっ!」


 船上で外套を脱ぎ捨て、アリスブルーのメイルアーマー姿の斎城に、ギャラリーも息を呑んだ。

 斎城も何かが吹っ切れたか、歌劇女優のように華麗な仕草でつば広の日除け帽を投げ捨てた。

投げられた帽子は一人の少女の手に収まり、少女は斎城の凛々しい佇まいに頬を赤らめた。

 この国では珍しい、漆黒の長髪が夕空に映えた。


 跳び下り様に一体を切り捨て、迫る複数のモンスターを目にも止まらぬ剣捌きで返り討ちにしてしまう。わたわたと前後から湧き出てくるモンスターが銛を手に斎城に迫るが、悉く切り伏せられた。モンスターを倒しつつ船の上を見事に跳び行く斎城は、既に半分まで到達していた。このまま簡単にクリアはさせまいと、色違いの手練れのモンスターも投入されるが、それも斎城の前では無力だった。


 繰り出される幾多の剣や銛を掻い潜り、ついにロキ姫の前に立った。

「お迎えに上がりました」

 恭しく騎士風のお辞儀をした斎城が、ロキの腰を抱いて観客に向けてポーズを取ると、大歓声が上がった。

 …と、アトラクションから降りた斎城を怒涛の勢いで少女達が取り囲んだ。「お名前をお聞かせください!」などとしきりにせがまれている。

「ははっ、人気者じゃん!」

「あはは…ちょっと調子に乗りすぎたかな…」


「ヌフフフフ…」

 聞き覚えのある不気味な笑い声に斎城はビクリと肩を震わせた。

「母子水入ラズの所、お邪魔して申し訳アリマセン。しかしながら、ロキ君との思い出を残そうと思いマシて。…今の斎城サンの勇姿、しかと収めさせてイタダキマシタ!」

「お、アリッサじゃん!今の撮っていてくれたんだ!」

「イエス。さぁガールズ達!こちらの凛々しい竜騎兵のお姉様と一緒に肖像画に映りたい人は急イデ!お二人はお忙しいのデス!」

 十五人ほどの少女達との記念写真をプレゼントしてやり、その隙に斎城とロキを解放してくれた。


「…一つ借りね」

「へへっ、でも、やっぱり強くてカッコよかったよ、お母さん!」

「そ、そんなこと…あるかな?」


 …すっかり暗くなっていた。

「……あ、最後にあの展望台からちょっとだけ景色見て行こう?」

「うん、いいよ。行こ」


 高台にある展望台から、夜の中、煌びやかな明かりに包まれる王城と、その下で輝くハサムの屋敷が望めた。 空には満月が上り始めていた。

「…ありがとう。すっごく楽しかった」

「…私も楽しかったよ」

 …握った手が愛おしかった。短い間、自分の弟であり息子であったロキ…もうじき消えてしまうなんて…


 こんな短い時間で辛い別れになるなら会いたくなかったという後ろ向きな気持ちと、それでもこの小さな子に会えて良かったと思う前向きな気持ちが胸の中で鬩ぎ合っていた。

 …でも、この奇妙でささやかなデートで既に心は決まっている。

 

 …彼に、ロキに会えて良かった…


「…あっ!俺の大好物が出来上がってる頃だ、そろそろ行こうよ!」

「…うん、お腹空いたでしょ?大活躍だったもんね!」

 


 ハサム邸で尾倉達が食材をフル活用した料理の限りを尽くしてくれていた。

 満足そうに大好物を平らげ、殊更に明るく振舞ってハサムや仲間達と交流するロキに、深夜が近づいていた。

「…すげー眠い。…そろそろかな…」

 斎城はロキのステータスを見た。 SP:-15

「…俺が寝るまで一緒に居てくれる?」

「…うん、勿論」

 ベッドに横たわるロキの隣に寄り添った。

 …お願い、もう少しだけ…

  

 …引き留めてどうなる訳でも無いというのに、そんな事を願ってしまう。

 大淵大輔もロキも…どちらも大切な人だ。

 どちらも失いたくないのに…

「おかあさん…」


 ハッとしてロキを見た。既にその兆しが見えていた。細かった体は逞しさを取り戻し…元の、精悍な大淵大輔の顔が戻っていた。


「…消える時、アイツが…ロキが…ありがとう、って…」

「…おかえり、大輔君」

「…ああ。ただいま」

「…ごめん。…ちょっと泣く」

「…」


 自分の布団に突っ伏して嗚咽を抑える斎城の頭を、大淵はそっと撫でた。

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