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転生先はパラレルワールドだった  作者: こぶたファクトリー


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アルダガルド


 美しい青空の下、十メートルはある石造りの外壁がどこまでも続く。百万人を守る城塞都市の物々しくも勇壮な姿があった。



「で、でけぇ…伝説では黒竜の鱗十枚とこんな巨大都市を交換できたのか…」

 大淵は目の前に待ち構える巨大な外壁と、その向こうに見え隠れする小高い丘に這い上がるような家々、そして一際高い場所に立つ荘厳な王城を見て唸らされた。


「…まぁ、所詮伝説だけどな。どうせ大袈裟な話に決まっているよ。 …だけど本当に凄ぇよな!こりゃー大陸一…いや、全大陸一だろうな!」

 クリフェが誇らしげに笑った。

「フン、我が王城の摩天楼に比べればこん…」

 マオの隣を歩いていた香山がマオの口を塞いだ。

「むっ!?」

「そういえばダイスは黒竜の鱗、200枚くらい持ってたよな? どうする?この二十倍の王国の王様になれたら?」

「…うーん…俺はそんな立派な王様にはなれないし、ならなくていいよ。…ここでリーダーやってる今が一番、俺の人生の中で最高の時だと思う」

 

 大淵のその純朴な言葉は、マオ達とクリフェ達以外の全メンバーの胸に響くものがあった。


「いや待て、ダイスよ。こんな国の王になぞならんでもいいが、お前は私の夫となり、次期魔…」

「ああ、マオ様!お顔に汗がっ! 私としたことが至らず…」

 流石に空気を察したリザベルがマオの汗を拭くフリをしながらマオの口を塞いだ。

「むむッ!?」

 

 まったく…

 …それにしても気になるのはアルダガルドを見つけ、平原を歩き出してから…斎城が自分の左手を繋いだまま離さない事である。…それも、今までになくご機嫌である。

 …モンスターもまだ見当たらず、それで不都合がある訳では無いが、一向に放す気配が無かった。…もちろん、相手が斎城である以上、嫌な気分などする訳がないが…まるで親子か年の離れた姉弟のようで気恥ずかしい。

 反対の手には対抗するように魔王が手を掴んでいる。…それを香山がどこか羨ましそうに横目で見ている。

 とにかく斎城だ。…自分がこの姿になってから、過保護とも言えるほどくっ付いてくる。…よほどこの姿が彼女の母性本能を刺激したのだろうか…だったらクリフェにでも…いや、それはそれで今度は自分が嫉妬しないとも限らないか?


 …いっその事、全員で一列に手を繋いで仲良く行進するか?…いや、さすがにそれは矢を撃たれ兼ねないか…

 

 万一を考え、リザベルとマオには自分の収納に収まってもらう事にした。この大陸に2人の変身を見抜く者がいないとも限らない。

「無事、城内に入ったとして、ドウシマスか?」

「…先ずは城下町で情報収集だ。差し当たってはクリフェとカナの生活拠点を確保する。幾ら栄えている都市だからって、誰にでも住み易いとは限らんしな。 …できれば、良い里親が見つかれば一番良いと思うんだが」

「…」 

 城門が近づくにつれ、クリフェも流石に緊張の色を隠せずにいた。

 城門前には盾と槍や弓で武装した重装歩兵隊が整列していた。…この世界の軍隊を見るのは初めてだが、身のこなしや規律を見ればある程度の練度は分かる。…自衛隊に負けないレベルの精鋭だろう。

 …ただ違うのは、自衛隊の銃火器と違ってこの軍隊の攻撃は全て職種スキル・ステータス効果により、こちらに少なからず通用するのは間違いない。


 万一争いになれば、双方とも悲惨な結果は免れられない。いや、こちらは尾倉と藤崎を除く全員が武装を解除し、大淵が収納している為、こちらの方が凄惨な目に遭うだろう。…それだけは絶対に許されない。


「…いいな、打合せ通りだ。ここからは黒島がキャラバンのリーダーだ。頼むぞ」

「任せろ、元演劇部・背景の木役の実力を見せてやる」


 兵達の間から帯剣した役人らしい男が一歩前に出た。


「…見ない顔だな。隊商のようだが、荷車も持たずにどこから来た?」

「どうも、旦那。俺達は数年前にエベラの港からこちらに向かって出航したんですが…途中で船が嵐で転覆しちまいまして、とある無人島で今まで幾らかの品物を守りながら生き延びてたんですよ。まぁ、幸い木の実と魚だけは豊富な島でしたんで、今まで生き残れました」

 

 随分壮大な話になったが、確か現実の世界でもそんな漂流物語が幾つもあったような気がする。


「そ、それは難儀だったな……しかし、その無人島からどうやってここまで?」


「心ある外国の商船が救助してくれましてね。そこで、その航路で最も近かったリディーネ地方の砂浜に、小舟で送ってくれたんですよ。そこからフラムス平原を歩き…ようやく…数年遅れてこのアルダガルドに到着しました。ここで必要な物を揃え、本部に連絡に向かわなくては」 

 

「そうか、リディーネを経由して…しかしよく、あのアンクラーの蠢く危険地帯を馬車も無く抜けてきたな?それに、隊商にしてはやけに子の姿が多いな?」


(アンクラー…?モンスターの事か?)


「…子の姿が多いのは、病気で死んだ前の隊長が奇特な方でしてね。身寄りのない孤児をよく引き取って、手伝いとして同行させていたんです。…モンスターに関してはこの男が。我がキャラバンきっての用心棒と、トロールの棍棒を奪って返り討ちにしたこともある、怪力自慢の荷運び男でさぁ!」


 2メートル近い、モンスターと見紛う巨体の藤崎と、歴戦の猛者の風格を持つ尾倉を前にして、重装兵達も微かに身じろぎした。


「な、なるほどな。 とにかく大変だったな。…その様子で通行証を出せと言うのも酷だな。入ってよし。ただし、武器だけここで全て預からせてもらう。それとお前のサインを。…そして、コレが肝心なのだが、通行料を。…子供の分は除いて、大人一人100ベル。しめて800ベルだ」

 星村とアリッサくらいの背丈になれば大人として認識されるらしい。だが、こちらは文句を言える立場ではないし、言うつもりもない。

 貨幣の価値は既にクリフェから教えてもらっていた。黒島が滞りなく支払いを済ませ、尾倉と藤崎の武装を解除し、兵に預けた。…北の大陸で調達した、古いロングソード二振りだ。二人の本来使用する武器や盾は、既に大淵が収納していた。



「…やれやれ、助かったぜ」

 跳ね上げ式の巨大な木造橋を歩きながら、黒島は小声で呟いた。

 城内に差し掛かると、内側からマオが出せ、出せと五月蝿く催促し始めた。

「…まぁ、いいか」

 いつまでも閉じ込めらているのも苦痛だろう。城内に入り込んだ後、物陰でマオとリザベルを出してやった。

「ふぅ、なんとも落ち着かん場所だったわ。…しかしあの口振りからするとあやつら、我のせいで北の大陸にもう人が居らぬことを知らぬようだったな」

 

「…無理もない。そんなに国交が盛んじゃないんだろう。それに、情報伝達も遅いだろうしな」

 黒島が応じた。


「とにかく、情報を集めよう…まずはこの都市の大まかなマップが欲しいな。…これじゃ迷子続出だ」

「…ナンデアリッサ見るんデスか?」

「何故私を見る、ダイスよ?見惚れたか?」

「…極めて心配だからだ」


「取り合えず、全員でぞろぞろ歩くと悪目立ちするな。…二手か三手に別れよう」

 当然のように相変わらず自分の両手はマオと斎城が握っている。おずおずと自分の傍に寄った香山を…「スキアリッ!」と押し退け、アリッサが大淵の首に抱きついた。 …泣くな、香山…


「Foo~~♪」

 大淵を囃す黒島の奇声に、通りがかった通行人がギョッとして振り返り、そそくさと離れていく。


「…言っている傍から悪目立ちするな…!」


「いつもお前らばっかりスケをキープしてズルいぞ!」

「そーよ!そーよ!」

 黒島が気色悪く腰をくねくねさせながら便乗する。 …さっさと堀に叩き落とした方がいいか…

「…そっちの引率は任せたぞ、藤崎、尾倉、リザベル、星村。クリフェとカナはこっちへ」

「おう!任された!」

「ダイス殿ッ、何卒…何卒、マオ様をお頼み申す!」


「大淵さん、通信は勿論ですけど、あかりマップを活用してくださいね!あと、私達の方角も表示されますから…って、あ…」

「…そう、俺は今使えないから。まぁ、斎城と香山がいるから大丈夫だろう」

「アレ?アリッサは?」

「ダイスよ、何故私を頼らぬ?水臭いの~」


 バカコンビを無視してカナとクリフェを振り返った。

「クリフェはアリッサと手を繋いでくれ。カナはほら、そっちの優しいお姉さんと。…各自、絶対に迷子にならんようにな」

 

 人混みをすり抜け、市街の賑やかな方へと進んだ。

「何というか、東京の人混みを更に立体化させたような感じだな…いや、良い勝負か」

 三十分程歩いてみて感じたのは、都市そのものの地形の起伏…坂道が多いという事だ。これは東京にも言える事だが、こちらは更に中心部に向けて小高い山となり、その斜面にへばりつくように…恐らく身分の高い者や王族が住む、瀟洒な住宅が並び立っていた。遠目に見ると、東京の住宅街の建物にも見劣りしない、モダンな建築物に見える。…流石に近づけばそんな事はなかろうが…。

「イエス。北の大陸で見たルーヴァリスやトゥエカ、エベラ…規模を別としても、明らかに異質で、大繁栄してマスね」

 アリッサがキョロキョロと物珍し気に景色を見回すクリフェを連れながら応じた。


 香山もカナを連れ、日避け帽の下から街を眺めて感嘆したように息を呑んだ。

「その…王様って、その伝説に出て来る英雄コロンさんの子孫、ってことなんですかね…?」

「…順当に考えればそういう事になるな」


「えーと確か、英雄コロンは王国を作った後、七人の女神を妻にして子孫繁栄したって。その七人の女神の子孫が各家系の王族なんだって。だから、その七家の王族が代々王族会議でその代の王様を決めているんだって。それがその代のコロン王になるんだって」

「七人の女神ねぇ…」

 大淵は天を仰ぎ見た。女神を七人も妻にするなんて、余程武勇や経済にも優れた、強くて甲斐性のある英雄だったんだろうな。


「誰かさんの未来の姿だったりしてね」

 斎城がご機嫌に笑った。

「…いいなぁ、そんな幸せ者になりたいモンだ…」


「きひひひひ!ダイスは有象無象の女神なんぞ眼中に無い。私という、この上ない美しい妻が相手と決まっているのだからな!あと1000ね…」

「ははは、馬鹿言うなよ、マオ。 ダイスが元に戻ったら、こんな綺麗なお姉さんたちをお嫁さんにするに決まってるじゃないか。勝ち目ないって」

 クリフェの悪意無い、無邪気な一言がマオの脳天に勇者レベルの稲妻を叩き落とした。


「イエス!ユーライト! クリフェは人を見る目がアリマス!将来ユーボウデス!」

 …香山と斎城まで強く頷くのを、大淵は見逃さなかった。

「なななななな何を言うか、この大たわけ共がーッ!!」

「ほら、そういう所だよ。もっとお姉さんたちを見習わなきゃ」

「ぐぬぅ!」

「…そうだぞ、マオ。強者の余裕と淑女の嗜みを忘れるな」

「むむむっ…見ておれ…そのうち、目に物見せてくれる…吠え面をかくなよ、ダイス!」

「そうそう、その調子その調子」

 

「ん?良い匂いがシマスね。食べ物屋サンデスかね?」

「昼時だな。どこかで腹ごしらえするか。ついでに飯屋で情報収集だ」

 匂いに誘われて辿り着くと、坂道から街並みを一望できる食堂があった。

 サンドイッチを人数分注文し、それが届いた際に斎城が店員に話しかけてみた。

「すみません。この街で子どもの福祉に関して相談できる場所はありませんか?或いは、役所の場所を教えて頂きたいのですが…」

「子どもの…?そうねぇ…」

 中年の女性店員は考え込み、王城のある小高い山の麓を指さした。

「王城のある小山の下…丸く堀が囲んでいるでしょう?堀を背にして、この北東居住区画の格行政施設が立ち並んでいるから、そこに相談に行くといいわ。…この子たちを?」

「…ご家庭の事情があって。せめて、良い里親に巡り合えればと思って」


 店員が去った後、改めて王国の様子を一望した。よく見ると、王国の面積は一辺が約20Kmずつ…およそ400㎢。 おおむね八角形の城壁に囲まれ、水路が独特の形に流れている事に気付く。アナログ時計で言えば「6時00分23秒」の形に、王城エリアを挟んで南北を縦断しつつ、北西エリアも分断するように流れていた。


 縦断されている方はコンパスを取り出しながら見て見ると一目瞭然だった。縦断された水路を挟むように、その周りには緑や小麦色、そして赤色の豊かな植物の色が見て取れた。日の出から日の入りまで、日光が一日中当たり、城壁に邪魔されない位置。王城の南北は農業エリアに違いないだろう。

 

 そして一ヶ所だけ水路がある北西エリア……小学校の社会科の記憶が蘇る。工場は必ず海や河川などの水辺にある…恐らく工業地帯だろう。南西エリアは恐らく見た目からして、ここと鏡合わせにしたような住宅街だろう。…とすれば、南東側の煌びやかで賑やか…何やらテーマパークを思わせる大掛かりな地形や施設も見える場所は商業地帯だ。どちらの住宅エリアからも、住人の仕事場になるであろう農工商、全てのエリアにアクセスできる訳だ。

 

 隣に座るマオに自分の推察を説明してやると、感心したように街並みを見入っている。

「ならダイス、商業地帯に行くぞ!お前達の世界のあれと見比べてやろう!」

「まぁ待て、マオ。まずはクリフェとカナの件だ。…役所はここから目測で三キロくらいか。食べ終わったら歩くぞ」

 はしゃぐマオを宥め、ケールにしては甘みのある葉物野菜と…例のタイガスブル肉・豆ペーストのサンドイッチを口に運んだ。パンもコーンを焼いたパンで、全体的な風味は前にアリッサと食べたタコスに似ている。

 ついでに思い出し、ステータスを確認した。HPは…フォッシルを倒してレベルアップでもしたのか、400に。SPは…-1600に。この調子なら、多くともあと三晩ほどで0以上に戻れるのではなかろうか。

「…良い感じだ。三日後あたりにはようやく、この不便な身体ともお別れだ」

 タコス風味のサンドイッチを平らげながら、大淵は満足そうに独り言ちた。


 …対照的に斎城と香山は複雑な表情である。

「うむ、さっさと戻れ。そしてお前は下僕らしく、我を肩に担いで移動するのだ!」

 …なんでもいいが、夫なのか下僕なのかどっちなのか…


 昼食を終え、全員で北東住宅区の役所に向かって歩いた。家々の間には小さな用水路が流れており、清掃人が木のバケツを手に掃除と手入れをしてくれている。…特に悪臭はしないので、飲用以外の生活水…掃除やメンテナンス、家庭菜園に使うような用水路なのか。


「しかし高度な水路技術だな…明らかに窪地になっている場所もあるが、低地で溢れることなく一定の速度で坂を上って流れているぞ…そういう魔法石でも仕込んであるのか?」

「或いは妖精ギルドでシたっけ?そこの技術の賜物デスかね」


 住宅は古く薄汚れた木板で建てられた家屋もあるが、赤い煉瓦と白壁作りの上、ガラス窓付き、更に庭まで持つ、現代家屋に近いような豪邸もある。…まぁこのくらいは現代でもある格差だ…特段珍しいものでもない。しかしこの王国内に居る限りは最低限以上の生活が保障されているように見える。

「全体的に潤って見えるな」

「行政が良いのかもね。ほら、あれじゃない?」


 斎城に手を引かれ、出入り口に衛兵の立つ三階建ての石造りの堅牢な建物があった。やはり治安機能と行政機能を兼ね備えているのだろう。

「行こう。斎城、悪いがまた頼む」

 この姿ではまず相手にされないだろう。リーダーとしては歯痒いが、ここは…この中で最も常識と経験がありそうな斎城に頼むしかない。無論、香山も常識人だが、自分に似て押しに弱い所がある。



「…別々にされて、それぞれ売買される…?ふざけているんですか?」

 …結果は到底受け容れられる内容では無かった。それは事実上の人身売買の商品となる事だ。

「永住権を持たない、どこの馬の骨とも分からんガキの兄妹にまともな里親が現れる訳が無いだろう。里親を待つにしても、それまでの間は何かしらの役割を与えられなければならん。…そいつらに割り当てられるその役が、それしかないと言うだけの話だ…おい、そんな…目で俺を見るな。俺がそうしている訳じゃない。これが規則なんだから、当然だろう?いくら金を持っていようが、ダメなものはダメさ」

 斎城の赤い瞳に睨まれ、担当職員は動揺した。


 言葉と態度は最低だが、言っている事は至極もっともだ。ここでのルールがそれなら、従うしかないだろう。…だが、それならこちらから願い下げるまでだ。

 そう斎城に提案しようとした所、職員は小馬鹿にしたように付け加えた。

「まぁ、お前らに可能な、現実的な道筋としては…そうだな、お前ら女戦士のようだが、闘技場にでも出て優勝か準優勝でもできれば、優勝・準優勝特典として、特例措置を選択する事が出来るがな」

「じゃあ…」


「ただし、掛けるのは金だけじゃない。全財産は勿論、体も全てだ。参加する闘士たちは全員、文字通り自分の全てを賭けて全てを奪いに挑む。…戦利品をがっぽり担いで帰れるのは、全参加者中、上位二人だけさ。…どうだ?女衒の方が遥かに安全に稼げて、いずれは永住権も得られるぞ?」

「…」

 斎城は特に動じた風でも無く、にこやかに微笑んだ。

「…なんだ、あるじゃないですか。直接、闘技場に向かえばいいんですね?」

「あ、ああ…」

 担当者の男の方が度肝を抜かれたように動揺していた。

「それでは、ありがとうございました。優勝したらその節はよろしくお願いしますね?」


 そう言い置くと、斎城は呆気にとられる周囲も気にせず、踵を返して役所を後にした。


「斎城、カッコイイデスねぇ! さすが、クールビューティデス!」

「…言っておくが、俺が出るからな」

 大淵は断固として言った。

「ダメ。私が受けたんだから」

「まだ受けて居ないだろう、ここは闘技場じゃないんだから。…俺が出る」

 斎城に向き直り、50センチも高い彼女を見上げた。

 赤い瞳が険しく光り、大淵を見咎めていた。…だが、そんな目で見てもダメなものはダメだ。

 斎城の力を信じていない訳では無いが、万一にも彼女が全ての人権を剥奪されるような可能性がある以上、絶対にさせられない。

 …そんなことになれば、俺は絶対に狂うだろう…。


「イインデスか?大淵はリーダーなんデスよ?味方を残して死地に赴くのが大淵のリーダー像デスか?」

 アリッサの声は大淵の行為を咎めるものではなく、その信念を質すものであった。

「…指揮官ってのは普段から威張っていてもいいんだ。自分本位に判断し、選択してもいいんだ。…その代わりそのツケをきっちり自分で払うのが、俺の考える指揮官像だ。 …斎城、指揮官命令だ。この件に関しては俺に任せてくれ。 …さもないともう、俺と手を繋ぐのを禁止するぞ?」


 最後の一言は茶化しながら言ってやった。

 斎城は険しく大淵を睨んでいたが…ついに根負けしたか、表情を和らげて苦笑した。

「…ほんっと、なまいきになっちゃったなぁ、大輔くん……折角、可愛い弟ができた気分で居たのに…」

「…俺も斎城のようなお姉さんが欲しかったがね。…まぁ、元々悪ガキだったからしょうがない。いずれ、俺の輝かしい頃の武勇伝を聞かせてやるよ。 …まずは闘技場で新たな伝説を作ってやるか」


「ま、待ってくれよダイス!お前達がこんな事する必要ねーよ!…お前ら、まだどこかに行くんだろ?その途中の村とか町で下ろしてくれればいいからさ!」

 クリフェがカナの手を引きながら中断を訴えた。

「…それも一つの手と言えば手だが、その町や村がリディーネと同じような状況だったらどうする?また今度も俺達が通りかかって協力できるとも限らない。 …俺はむしろ、これが運命というか、チャンスだと思っている。…ここならお前達兄妹が確実にやっていけると思うんだ。その手伝いを出来るのは、恐らく今回が最初で最後だ。…手伝わせてくれ」

「ダイス…お前、なんでそこまで俺達に…」

「…俺自身がそうしたいからだ。…実をいうと、あの時斎城が断っていても、俺がやるつもりだった」


 自分こそ、クリフェを弟のように思っていた。…逞しい彼にはこの国で、立派になっていって欲しい。この世界の未来がどうなっていくか…今は全く想像もつかないが、その時にクリフェのような存在が世界の鍵となる気がした。


「じゃ、じゃあ、せめて大淵君が元の姿に戻るまで…」

「…闘技場が毎日のように開催されているか分からないが、確認してからだな。まだ日も高い。このまま商業エリアに行こう。香山、アリッサ、引き続き兄妹を頼む」

 

 北東居住区から南東の商業区へ入ると、この区域全体が活気に包まれていた。北東エリアから入った一行を迎えたのは、壁側に立つ、あらゆる小売り・サービス産業のアーケードと、王城側に広がる大きな広場だった。広場は普段、イベントに使われるのだろうが、今は思い思いに遊ぶ子供たちや、あらゆる屋台が出店して賑わっていた。また、堀を回る水上バス乗り場も見えた。その区画を歩いて抜けると、巨大な円形の建物が見えてきた。…おそらくアレだろう。

 ドームの周りでは大勢の作業員が飾りつけを行っている真っ最中だった。…とすると、近日行われる予定なのだろう。

 屈強な男達が並ぶゲートがあった。…あれが受付か。

(さすが、見るからにガラが悪そうな奴らばかりだな…まぁ、その方がこちらとしてもやりやすくてありがたいが…)


「それじゃ、皆はちょっとここで待っていてくれ」

 少し離れた場所で待たせ、列に並んだ。自分に気付いた男が定番の決まり文句を浴びせて帰るよう促すが、腕を組んだまま敢えて無視した。

(斎城や香山が母親だったなら帰ってもいいんだが…)

 そんな下らない事を考えて時間を潰そうとしていると、いきなり男に腹を蹴飛ばされた。…無視されたことが余程癪に障ったのだろう。

「…」

 騒ぎを起こして出禁になどなったらそれこそ目も当てられない。服を手で払い、再び腕を組んで並んだ。

 やはりその態度が気に喰わないのか、今度は手を伸ばして来た。


 …いい加減にしろ


 …さすがこんな所に来るだけあって、少しくらいは野生の本能が残っていたのか。男はビクリと手を止め、悪態をつきながら地面に唾を吐いた。


 待ちくたびれさせられた後、ようやく受付机の前に立った。…当然と言うべきか、目線の高さに居ない客を不審がっていた受付人の男が大淵に気付き、目を丸くしてから大笑いした。

「おいおいボウズ、良い子に並べるのは偉いが、ここはアイスバーの列じゃねーぞ。さっさとママん所に帰りな」

「まぁ、そう言わず。リングネームはそうだな…ベーコン・エッグで」

 そう言って受付手数料をテーブルの上に置いた。男はそれを鼻で笑いながら受け取りつつ…自分の受付を登録しないまま、次の挑戦者を受け付けようとした。

 …そうか、下手に出るとそうなのか。


「おい」


 小さな体から発せられるにしては余りに大きく鋭い声に、周囲の喧騒が静まった。

「テメーの仕事を果たせ、糞漏らし野郎。 ベーコン・エッグ様だ。…スペルも教えてやろうか?」


 スキンヘッドの強面が見る間に憤怒に染まり、乱暴に書き連ねた名前を見せつけ、受付票を放り投げた。

「これで満足か、クソガキめ!俺の情けを無駄にしやがって!明日、ここへ来ればお前は丸裸にされて奴隷商行きだ!」

「余計なお世話だ」

 受付票をキャッチし、踵を返した。


 なんともフレンドリーな受付を終え、待たせていた皆の元に戻った。

「大丈夫だった?」

「ああ、明日も仲良くやれそうだ」

「…明日?」

「…案内所に張り出されたスケジュール表や案内をしっかり確認したんだが、月に一回だけ開催される闘技場イベントが、ちょうど明日だなんてな。 これも何かの思し召しかな」

「ど、どうするの…大輔君、明日にはまだ…」

「このままだな」

 事も無げに言った。

「ちょっ、何言ってるんデスカ!?ドーイウ事か本当に分かってルンデスカ!?」 

 今度はアリッサまで取り乱しかけながら大淵の襟元を掴み、前後に揺さぶった。斎城も香山も顔面蒼白・茫然自失である。マオだけは…状況が分かっているのかいないのか、平然としている。

 …そう言えばマオだけは、あの救出以来自分の実力を疑った事は無い…


「ま、待て、勝算ならある」

「…ナンデスか、ソレは?」

 …本当はそんなモノは無い。妙な自信だけがあった。

「…今は言えん。まぁ、見ていろ。それより武器屋に行かせてくれ。武器が無きゃ勝てる物も勝てん」

 

 やはり、武器・防具屋は闘技場の受付ゲート脇に群がるように店を構えていた。

 何となく気分で、一番閑散とした店を選んだ。

「お邪魔するぞ。俺に合った武器と防具はあるだろうか?」

 店主の男は不愛想に大淵を見つめていたが、立ち上がると幾つかの装備を持ってきた。


 女物だろうか、かなり小ぶりな、革製のブレストアーマー一式。それにショートソードとナイフ。

 …ピッタリだ。防御範囲は狭いが、重くて動けなくなれば最悪だ。用意された女物のスパッツのような上下の丈夫なアーマーインナー。…これもサイズは合いそうだ。

「…受付票」

 差し出された手に受付票を手渡した。 店主はその受付番号を書き写すと、受付票と許可証を大淵に渡した。

「どうも」

「…死ぬなよ」


 荷物をバックパックに詰め、剣は店が発行した闘士帯剣許可証があれば帯剣してもいいという事なので、腰に差した。

「待たせたな。…どれ、暗くなる前に一旦黒島たちと合流するか。どの道、宿はこの商業区域にあるようだしな」

 大型アーケード街の方に、宿泊所を示す看板が幾つも見えた。…看板の脇に何やら名前と誰かの顔を描いた看板も目立ち、その宿は特に賑わっているような気がする。

 今買い物をした背後の武具店を振り返ると、店先には何も張り出されていないが、他の武具店は看板や店の壁に名前と顔を描き出してある。

 どうやら、闘技場の優勝者・準優勝者の名と顔を描き出してあり、それにあやかろうとする客で賑わっているらしい。


「面白い。なら俺は敢えてそういうのが無い宿を選ぶか」


 通信で黒島たちを呼び出し、全員分の宿を確保している内に暗くなったため、近くの飲食店で待ち合わせた。リゾート地にあるような洒落たテラス席となっており、そこから明日の準備に追われる闘技場の明かりと下の公園の明かりが見渡せた。その先に随所に火の明かりが灯った王城の美しい姿も望めた。

 

「…お前、気は確かかよ…」

 黒島は開口一番、大淵の無謀と言わざるを得ない選択を咎めた。

「…皆に知らせず勝手に決めたのは悪かった。だが、もう決めたんでな」

「…勝手すぎやしないか?…負けたらゴメンナサイじゃ済まないぞ」

「負ける事は考えていない。…俺は必ず戻って来ると約束する」 

「…お前も何とか言ってやってくれよ、尾倉!」

「…俺は大淵を信じる」

「…じゃあ藤崎!」

「うむ。決意は固いな。…なら約束を果たしてくれ、大淵よ!」

「スケ、絶対帰って来いよ!万一負けたら助け出しに行って大騒ぎにしてやるからな!」

「まぁ大淵さん、無茶はしますけど、なんだかんだ約束は守ってくれる人ですから」

「お、お前らなぁ…」

 黒島は参った、と両手を上げた。


「…わーかったよ。俺も信じる。…必ず戻って来い」


「ありがとう、皆。まぁ、大船に乗ったつもりでいてくれ。 …それじゃ早速、今日は盛大に前祝いと行こうじゃないか! じゃあとりあえず俺はエール…」

「お前はダメに決まってんだろーが!」





 翌朝早朝、閑散とした宿の前に大淵以外のメンバーが揃って待ち受けて居た。

「…これで寝坊して間に合わなかった、とかなら笑って済ませられるんだがな…」

 黒島が未練がましく言った。

 大淵はどちらかといえば、よく朝寝坊をするタイプだった。

「一度決めたら…ね」

 斎城が応じた。

「おお、もう待ってくれてたのか!?」

 大淵が勢いよく宿の階段を駆け下りてきた。

 スパッツタイプのアーマーインナーで細い手足を包み、ブラウンの革製アーマーで胸部と腰回り、手足を、そして革のブーツで足元を固めていた。 …香山達のメイルアーマーよりも防御範囲は狭いが、動きやすさを最重視した軽装備だった。

 腰の後ろにはナイフをしっかりと固定し、左腰には身の丈に合ったショートソードを携えていた。


 額と首に巻いたバンダナ…手拭は本格的な藍染の剣道用品で、侍が刀で切り合っていた時代には止血用品としても懐に忍ばせられていた代物だ。


「大淵、ベリーキュート&クールデス!  …斎城サン?香山サン?大丈夫デスか…?」

「だ、大丈夫……大丈夫…」

「か、かわいい…!」


「ぐっ…可愛いはねーだろ…」

 自分としてはかなり格好良さを意識した出で立ちだけに、軽いショックを受けた。


「大輔きゅん、きゃわゆぃ~♡」

 …両手を組んで腰をくねらせる黒島に、殺意に似た物を抱いた。…同じ思いか、尾倉と藤崎も寒気を感じたように黒島から後退る。

 

「ちょいとお待ちな!」

 宿を切り盛りする初老の夫人が、焼いたパン包みを紙に包んで持ってきた。

「ウチは素泊まりだからね。餞別だよ。この時間じゃどの店も開いてないからね」

「おお、どうもありがとうございます」

「…まったく…こんな幼いのになんて命知らずな事を…」

「なぁに、勝ってきますよ」

 自身満々に請け負う大淵を見下ろし、夫人はかぶりを振った。

「…その小さな体で、その大きな自信は一体どこから来るのかねぇ…」



 会場で仲間達と別れ、挑戦者達の待合ロビーへと立った。

 パン包みの具はスライスしたゆで卵と炙りベーコンだった。それを飲み下し、水筒の水を飲んで流した。…不思議と緊張感はなく、微かな高揚感すらあった。

「…なんかおかしいな、俺…」

(こんな好戦的だったか…?まさか勇者…)


 勝手な思い込みだ、俺は何もしてない


(…だよな…)

 

 …テメーが忘れていた、お前の地の性格だろう。どんな人間も、幼少期から一貫して生き続ける奴なんてそうは居ない


(ああ…そういう事か…ありがとうよ、先生)


 …せいぜい、仲間の目の前でカマを掘られないようにするんだな


「俺が恋しくて来ちまったか、お嬢ちゃん?」

 昨日絡んで来た男が、仲間らしき男と共にこちらに向かって歩いてくる。ペアでの出場は不可能だが、仲間と共に出場して勝率を上げることはできる。誰かが準優勝以上できれば、賞金と共に特典を消費して仲間を助けられる。…このどちらかがそうなったとして、相方を本当に助けるかは甚だ疑問だが。

 仲間を助けるためには特典を消費しなければならない。…見捨てれば、賞金の他にボーナスも付く。

 …まぁ、それこそ余計なお世話か。


「…リングの上まで「待て」も出来ないのかよ? …ほれ、お座り」


 男達が殺気を放ちながら寄って来るが、ロビー内を見回る警備兵に睨まれ、捨て台詞を残して去っていった。

「29番、入れ!」


 警備兵に呼ばれ、大淵はリングへ通じる通路へと向かった。


 既に対戦相手がリングの向こう側に立ち、司会者がこちらに向かって来て紹介を始めた。

「…北ゲート、ベーコン・エッグ選手!…名前も変わっているが、随分と小さなお嬢さんだな!?さぁ、意気込みは、お嬢さん?」

「…何でもいいが、俺はお嬢さんじゃねぇぞ?」

「わかった、お嬢さん!ではここのルールは分かってるかい…」

 司会者の両目に、手加減した目つぶし。

「オオゥッ!?」 

「もち」


「…よう、お嬢ちゃん。会いたかったぜぇ?」

 あの男が鉤爪を両手に光らせて向き直った。

「おや、感動の再会はいいが、本当に犬になっちまったのか?…すまん、忘れてくれ。犬に失礼だった」

「…気にすんな。たっぷり刻んで、野良犬の餌にしてやるよ」

「はっ、はじめぇッ」

 立ち直った司会者が開始の合図を下した。


 何千…いや、何万人の観客を収容しているんだろうか?一人一人から1000円ずつ料金を取ったら、幾ら位になるだろう?

 観客席の中を探すと……いた。アホっぽい顔とおっかない顔のオッサンたちに守られるようにして…()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()も不安そうに見ている。…まったく、馬鹿みたいに心配性なんだからな。

 そちらに向かって手を振ってやった。


「…どこ見てんだ、クソガキがぁッ!?」

 視界外で男がようやく動き出した。…こっちのセリフだよ。

 身を委ねるように宙に放った。

 自分以外の全てがスローモーションだ。 空中で宙返りした自分の真下を、馬鹿ノッポがゆっくり走っていく。

 …スキルとかアーマーとか、そんな面倒なのいらないし。ステータスだって最低限あれば、ジューブンなんだよ。そうでなくてもこの体は…

 男の後ろを通過する際、首をトン、と剣の柄頭で軽く叩いてやった。


 最高に速い。


 背後で男が崩れ落ちた。…これならいじめっ子の奴の方がまだ手応えあったかな。…まぁ、あのいじめっ子みたいに泣きながら漏らしてないだけマシか。


「どした?死んだか?」

 振り返りながら男を見た。前のめりに倒れ込み、体勢が悪かったか自分の鉤爪が一本、頭をつついていた。薄ら血は出ているが、死ぬような傷ではない。…運が良いんだか悪いんだか…

 見事にケツを突き出した間抜けな姿勢に吹き出しそうになる。 敵ながらあっぱれだよ。


「フォロス選手、戦闘不能! 勝者、ベーコン・エッグ選手!」

(…しかしなんでこんなダッセー名前にしたんだよ…?)

 片腕を上げさせられながら、大淵はなんともやるせない顔で溜息を吐いた。




「…また乗っ取られ…いや…しかし…」

 尾倉はリングから退場する大淵の背中を見つめ、困惑を隠せずに独り言ちた。

「おいおい、何だよ尾倉、何か知ってるなら教えろよ。アイツは一体どうしちまったんだ?」

「…知っている訳では無いが…また戦い方が変わった」

「そりゃーわかる。あんなの初めて見たしな。つーか、スキルやメイルアーマーも無しに、あんな身体能力を発揮できる訳が無い。…あれが勇者なんだろ?」

「それは違う」

「じゃ、じゃあ誰だよ!?」

「…それが分からんから戸惑っている」

「…ホンットにアイツは…」




 待合ロビーの木製ベンチに腰掛けながら、ささやかな余韻に浸っていた。…だが、余韻に浸るにはあまりに呆気なく、弱すぎる相手だった。…次はもう少しまともなのが欲しい。

 斎城姉ちゃん達に武勇伝を聞かせてやるって約束…


「ああ…思い出した…」

 忘れていたんじゃない。 

 自分に忘れさせた記憶。

 

 セピア色のイメージが朧げに浮かび上がってきた。


 自分をいじめていた、いじめっ子たち。他に覚える事がいくらでもあったから、名前なんてもう覚えてもいないが…顔と容姿だけは薄らと覚えている。

 ほぼ毎日のように、給食後の昼休み、校舎裏にある森の中に連れて行かれ、服を脱がされて下着だけにされ、殴られ、オモチャにされていた。

 …なんでそんなことをするのか、理解できなかった。

 自分が何か悪い事をしたからなのか。それともこれは誰でもやる遊びの一つなのか。

 …だが、そのどちらも心当たりは無かった。

 もし仮にそうだとしても、いつまでこんな事を続ければいいのか。


 いじめが「レベルアップ」と称してじわじわとエスカレートしてきた。

 そんなある日、遂にその時がやってきた。

 …クラスの女子達を観客に見立て、「ストリップショー」をさせられた。

 八人の男子に囲まれ、まず上を裸にさせられた。

 女子の何人かは最初こそやめるよう口出ししていたが、それも小さく、聞こえなくなっていった。

 …女子の中に、好きだった子がいた。

 ズボンに手を掛けられた途端、自分の中で…何かが切れた。

 僕はずっと我慢していた。…ずっと泣いて、我慢していたのに…

 

 おまえらがわるい


 ズボンに手を掛けた奴の足を払った。地面に這いつくばった所を、顔面に蹴りを入れてやった。

 茫然としている取り巻きの一人の、タマを蹴り上げてやった。凄い声で女の子みたいに泣きやがった。

 初参加の奴には顔面パンチで済ませてやった。…やはり泣き出した。

 ようやく取り押さえに来た奴には軽く屈んでやると、勝手に跳び箱を跳び損ねたみたいに転がったので、わき腹を蹴ってやった。

 …気が付くと、あっという間に取り巻き全員が片付いていた。…残すはたった一人の大ボス。


 なんだ、簡単じゃん


 今までの我慢は何だったのか…


 無駄な時間を無意味な屈辱で浪費させられてきた事に、一層腹が立ってきた。


 最後のいじめっ子は杉の木の枝を構えて怒鳴っていた。威嚇。だが、追い詰められた被捕食者の最後の抵抗に過ぎなかった。…言葉としてそう認識した訳では無ったが、()()()()()()()()()()という事だけは理解できていた。


 …お前は簡単には終わらせない…


 マイマイカブリって知ってるか?


 いじめっ子に近づきながら、そんな事を心の中で問いかけた。


 図書室で大好きな虫の図鑑を見ている時に、偶々見つけたんだよ。長い首して、カタツムリが殻の中に隠れても、顔を突っ込んで、強靭な顎で噛みついて、隠れ込んだカタツムリを溶かしちまうんだってさ。

 

 接近を拒絶するように、大振りな杉の枝が振り回されるが、ドッヂボールより簡単に躱せた。


 …なぁ、その時のカタツムリの気持ちってどうなんだろうな?


 でっぷり太った体に膝蹴り。嘔吐くいじめっ子の手から枝を奪って放り捨て、顔面にもう一発パンチ。

 倒れた巨体に跨り、もう一発。 

 派手な放屁音のような音が聞こえて、悪臭が漂い出した。

 お母さん、お母さんと大泣きする声があちこちで合唱し始め、気が萎えた。


 あれだけ人を苦しめておいて、このザマか

 お前達は一日…たったの一回で済むのか


 糞漏らし野郎から離れ、自分のシャツを着た。

 

 思い出して、女子の方を見た。

 …好きだった子は、恐ろしい怪物でも見たようにしゃがみこんで泣いていた。

 …まぁ、女の子ならそうだよな。

 …当然、他の女子もそうだろうと思って見上げると、異変に気付いた。

 

 まるで本物の白馬の王子様でも見たのかと思うように自分に見惚れていた。

 足元に無様に転がるクラスの男子達など眼中になく、ただ自分だけに視線を奪われていた。


 …子供ながらにその異様な光景に寒気が走った。自分が一番好きだった子は自分を見て泣きじゃくり…それ以外の女子は自分に…狂おしい程の視線を向けている…


 なんだ、これは…

 俺のせいじゃない…あいつらが…でもあいつらはもうとっくに倒れて…



 無我夢中でその場から逃げ出した。

 

 勿論、騒ぎになった。


 犯人として自分の名が上がり、学校に呼びつけられ、両親、学校と被害者の親が集まり、自分の裁判でも開くような雰囲気だった。そんな中、突如としてクラスの女子達が乱入してきて、いじめっ子たちのしようとしたこと、日頃自分にしたと吹聴していたいじめの内容を、全て告発した。


 まるで印籠を見せられたように形勢が逆転し、学校側はそれまでの態度を翻し、逃げるように「和解」を両者に強く勧めてきた。



 …自分が失敗ばかりでやんちゃだったから、クラスの女の子たちがお姉さんのように自分の面倒を見ていた?

 

 現実は、その日から…荒々しい牡の暴力性に魅せられた牝のように…クラスの女子達が自分を求めて奪い合い始めた。…幼い歳に明らかに不相応なその生々しい求愛に耐え切れず…自分は記憶を改ざんした。

 大好きだった子は純真ゆえに冒されなかったのだろう。 …クラスの女子達を狂わせてしまったのは、明らかに自分だった。

 …そして、今度こそ「いい子」でいようと誓い、この自分を永久に封印した。…はずだった。


 これが斎城に話そうとした、()()()()()()()()()の顛末だった。



 …だが今、こんな体になった事がトリガーとなり、その時の自分が目覚めてしまった…


 なぁ、どっちが本物だろうな?


 …嘘だ。大淵大輔は…俺だ。女好きで馬鹿で、無鉄砲で…それでも、暴力を嫌う大淵大輔だ!


 今、自分で思い出しただろ。封印したって

 

 それは…


 お前の周りに都合よく女が大勢いるのも、そういう事なんじゃねーの?

 

 ……分からない…どっちが自分なのか…分からなくなってしまった…


 …俺にも分からねーよ






  …難儀な奴だ


 対岸の下らない火事を眺め、勇者は再び眠りについた。

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