生意気
大淵がバイクに乗れなくなり、駄々をこねる魔王をなんとか宥めて高機動車に乗せることになった。
その際、魔王とリザベルに関してはクリフェと妹であるカナに配慮し、人間に化けてもらう事にした。また、魔王と呼ぶわけにもいかず、臨時に大淵が魔王にマオと、極めて短絡なネーミングを施した。
「ま、魔王に名を与えるとは何事か!?」
…言葉とは裏腹にこれが魔王は甚く気に入ったらしく、ご機嫌を取り戻す事となった。
カタログスペック上は最大10人乗れる高機動車だったが、大柄な藤崎と尾倉を前部座席に乗せ、子供や小柄な女性達が乗るとはいえ、人数ピッタリであった。…必然的に一人、自分が余る。
全員を車両に乗せ、その事実に気付き、それでも後部座席に収まれるかと試そうとしたところ、背後から斎城に軽々と抱きすくめられた。
「車はもう一杯だから、仕方ないよね。私のバイクへどうぞ」
「なっ!?まだ乗れるだろう!?」
魔王あらためマオが後部ハッチから身を乗り出して抗議した。
「ダメダメ。ちゃんと決められた乗員数を守らないと、危ないから。…ね?」
…俺に聞くのか?
「ダメだー!コラーッ、戻ってこーい!」
機転を利かせたか呆れたか、尾倉がゆっくりと発車しはじめた。後部側に座るリザベルと黒島に抑えられ、魔王は引き戻された。
ヒュウ、と口笛を吹き、アリッサが冷やかすように斎城を見ていた。
「斎城、強引デスねぇ?」
「強引なんかじゃないよ。大輔君に何かあったらチームが終わりなんだから。元に戻るまでは、この中で一番強い私が守らないと」
アリッサの片眉がピクリと…長く付き合った大淵にだけ分かる程度に、微かに反応した。
「…それは聞き捨てナリマセンが、今はヨシとシマショウ。…デスが、斎城にその能力がないと判断したら、ワタシが大淵を預かりマス」
「お、おいおい、お前らそうとんがるなよ…クソッ、やべぇな。戦闘服は縛ったり留めててなんとかするとして、メイルアーマーは装備できないぜ」
バイクのヘルメットを被って最小に調整し、自分のバイクとメイルアーマーは収納した。
武器の類は辛うじて持てるが、刀剣類はこの体で扱うにはどちらも巨大すぎた。振る速度は落ち、下手すると隙を作って危険だろう。…まともに扱えるのは騎兵銃だけだった。しかしそれも、強化が使えないのでどこまで通用するかわからない。
「そうだ、弓…」
空間に手を入れ、弓と騎兵銃を交換した。…射撃武器は一つしか持てないのが辛い。それでもこの空間収納のスキルのおかげで、実質武器を大量に持ち歩けるのは助かる。
「あっ、しまった…これもSP消費武器か…」
項垂れながら騎兵銃と交換し直した。
…再び元の騎兵刀や銃剣の世話になることになりそうだ。騎兵刀は55㎝という小太刀のような短刀身なので、この体なら最適だろう。…いや、結局、攻撃が通らなければ意味が無い。スキルどころか筋力アシストすら望めない今、通常の銃剣や騎兵刀ではかなり厳しいだろう。
この幼すぎる体で、ヴェルン製の騎兵刀とツヴァイハンダーを上手く使うしかない。
未練がましくステータスを確認した。HPは鎧を失ったこともあり、元の1600からたったの300。…ゴブリン以上スプリットワーム以下。SPに至っては元が150だったのに…-2312。 因みに隣に立つ斎城はHP2500・SP300。 アリッサはHP2400・SP250。 二人共、竜騎兵だけあって常人より軒並みのステータスが高い。ただ、アリッサの方が攻撃に傾いたステータスで、斎城は高バランス型だった。
「大丈夫、大輔君は戦わなくても、私が守って見せるから」
そう言って自分の頭を撫で、抱き上げてリアシートに乗せる。…どうやら自分の姿が斎城の琴線に触れたらしい。…そう言えば、元の自分の生涯で唯一のモテ期らしいモテ期が小学五年…ちょうど今くらいの年頃だったか。クラスの女子が、何かと失敗とやんちゃばかりしていた自分を気に掛け、面倒を見てくれたものだ。 …しっかり者のお姉さんタイプほど放っておけないとか?
「…行こう。アルダガルドへ」
「しっかり掴まってね」
バイクが走り出し、ぐいと高機動車を追い抜いた。…ツーリングした時は後ろに乗せた香山に気を遣っていたのだろうが、斎城も結構飛ばす。最初だけは自分も怖かったが、自分で運転する限りはどんなにスピードを出そうが無茶なアクロバティック走行をしようが、騎兵の特性によるもので恐怖を感じる事は無い。それこそゲームをしているような感覚だ。
…だが、他人の運転は別らしい。80㎞も出すと、バイクだと結構な体感になる。斎城の腰にしっかりと密着するものの、両脇を裂くように流れていく風と景色は、すぐそこに死の刃があるようで恐ろしい。いくら竜騎兵の斎城が事故を起こし様が無いと頭で分かっていても、体は恐れ戦く。
自分のしがみ付く力を感じたか、バイクのスピードが緩やかに落ちてきた。
自分の目の前に斎城の黒髪が揺れていた。…シャンプーの匂いか、物凄く良い香りがする。
(不便は不便だが…まぁ、たまにはこういうのも悪くない…)
二度目の夜を迎えた。収納していた野営用品を取り出し、キャンプの設営を始めた。この収納スキルは本当に便利だった。収納空間に発電機に繋いだ冷蔵庫や業務用ストッカーも収納できる。保存食だけでなく、生鮮食品も保存して携行できるのは非常にありがたい。
「…食材を取りに行かせてくれ」
「じゃあ俺達は燃料を取ってこよう」
テントの設営を手伝っていた大淵の前に、尾倉と藤崎、黒島が立った。
「ああ、そうだったな。頼むよ」
尾倉達に手をかざし、収納スペースへ招き入れた。
程なくして、三人からの声を内側から感じ、手をかざすと再び三人がそれぞれ食材と、各種燃料の入ったタンクを持って出てきた。
「しっかし軍用車ってのは燃料を食うな。…まぁこれだけ人間を乗せて、舗装されてない平原を走れば無理もないが…予備の燃料だけじゃ、いくら積んでもすぐに足りなくなって、今頃立ち往生していたな」
「…そういや、中で発電機を動かしているが、ヤバくないか?…換気とか、ガソリンとか」
「うーん、説明しにくいが、内部は四次元空間みたくなってるのかね?いや、教室くらいのスペースに置いてある発電機や冷蔵庫には普通に触れられるんだが、教室のように壁や天井がある訳でもなく、排気ガスが籠る事も無ければ、ガソリン缶が誘爆する事も無いだろう。…なんだか、時間が止まっているような気がする。…試す勇気はないが、冷蔵庫すらいらんのかもしれん。あの中に入った時点で時間から隔絶されているような…そんな感覚があった。発電機は動いているくせに、燃料はちっとも減っていなかった。…俺には分からんが、取り合えず放っておいて心配はなさそうだ」
黒島は神妙な面持ちでそう評した。
「…その気になれば人間ごと高機動車も収納できるだろう。星村が言った通り、兵を収容して敵地内で投入するという、究極の強襲・奇襲戦術も可能だ」
尾倉も応じた。
「…だが、これで俺もますます危険人物だな」
逆に言えば、いくらでも悪い事に使える。この空間に凶器や兵器、戦闘員を収納したまま、平和な日本の中でテロ行為を行おうとしたらどうなるか。…どんな特殊部隊にも太刀打ちできないだろう。
「お前がそんなことをする悪人じゃないのは分かっているが…世界中の犯罪組織や、それよりよっぽどヤバい憂国烈士団のような連中には絶対渡せない代物だな。…この魔法石は、最終的には封印した方が良さそうだ」
頭の中でスペースを計算してみた。高機動車なら六台は収まるか。16式戦車なら三台…まぁ、そんな兵器を用意できるかは別としても、十分可能だ。
テントの設営が終わる頃、魚の芳ばしい香りが漂って来た。見ると斎城と香山も尾倉の調理を手伝っている。中央クラン改め大淵小隊では、朝昼はレーションを、夜は尾倉や香山達など有志による炊き出しを基本としていた。…食べる側の本音としては毎食だって食べたいが、それでは所要時間や調理チームの負担が半端ではなくなるので、これを原則としている。
元々は尾倉、香山、斎城、川村が連名で提出してくれた案だった。その時は昼も手料理に、という内容だったが、流石にそれでは負担が重すぎるので訂正させた。活動が少なく、余裕のある時に調理班の裁量で、という形にした。
(焼き魚か…ちょうど最近、食べてなかったな…)
手空きの川村とリザベルは歩哨に立ち、岩の上に鎮座したマオは、同じ年頃に見えるカナに興味を持たれて何やら絵本…いや、板に描き込んだ絵を見せられているようだ。
周囲の暗がりに異変を感じた。
星村やクリフェ達を除くメンバーの全員が異変を察知したらしく、武器に手をかけていた。
「モンスターか…星村、クリフェ、カナ。料理している怖い顔のお兄さんの傍に行くんだ。顔は怖いが根は優しくて強いから安心しろ」
「…敵に手を出されたら料理が汚れる。フォローを頼む」
「安心しろ、料理には、じゃなかった、お前らには指一本触れさせねーよ」
暗視装置を起動した黒島が.50口径対物ライフルを構えながらおどけて言った。
「…両手に剣か?鋭い刃物状の武器らしきものを付けた人型。動きが結構早そうだな」と黒島。
「こっちからは図体のデカいのがやって来るぞ!岩から手足を生やしたような奴だ!」
それ、お前の事か?などと黒島が茶化して、藤崎に怒鳴られた。
「オールドロックか? ま…マオ、アイツらは自分から向かってくるタイプじゃ無かった筈だが?」
「こちらの大陸のモンスター事情は知らぬ。それに、亜種かもしれん」
大淵は自分の正面に続々と姿を現し始めたモンスターに騎兵銃の照準を合わせた。
「こちら側には…恐竜の骨か?どうやって動いてんだアレ…まぁ…そういう奴もいるか…」
「…取り合えず仮名を付けてやらないとな。両手剣野郎はツインソー、岩野郎はロックオウラー、恐竜の化石はフォッシル。新大陸だけあって新種のお出迎えだ。 気を引き締めていくぞ!」
この体で騎兵刀は抜きづらいので、騎兵銃の銃架代わりとして地面に刺し、ナックルガードから銃身を通した。
傍らに斎城と香山が大淵を守るように立った。
「警告する!それ以上近づけば攻撃する!」
一応、警告は発しておいた。
「…我の声にも反応せんな。遠慮はいらん、やってしまえ」
マオが岩の上に座ったまま、小声で呟いた。傍らにはリザベルと藤崎が立つ。
黒島、川村、アリッサはツインソーを中心とした集団に、マオ、リザベル、藤崎はロックオウラーの集団に、そして自分達はフォッシルの集団に対峙した。
大淵の発砲を皮切りに、全ての集団が襲い掛かってきた。
放たれた30‐06弾は強化無しでもフォッシルの頭骨を貫通し、着弾の衝撃で粉々に粉砕した。頭骨を粉砕されたフォッシルは倒れ、動かなくなる。
「…行ける!」
大淵の卓越した射撃センスは既に上級者の域に達していた。ましてや頭部が大きいフォッシルであればヘッドショットも容易だ。依託射撃のお陰もあり、面白い様に当たる。
香山と斎城を他のチームに割り振るべきか…?
次々と為す術なく崩れ落ちていくフォッシルを淡々と処理していきながら、そんな判断が思い浮かんだ。
フォッシルは自分の射撃によりワンショットワンキルが繰り返され、元の位置から殆どこちらに近付けずにいた。現に、香山と斎城も呆気にとられ、遊ばせてしまっている状態だ。
リロードはもう、見なくても体が自動的に済ませてくれる。弾倉交換の合間に、左右の戦況を手早く確認した。
ツインソーは確かに動きが素早く、前衛が川村とアリッサだけだと…確かに強力な戦力である二人だが、少々手が足りていないように見える。黒島の狙撃は強力な上、そこそこ命中しているが、いかんせん装弾数10発の少なさと、何よりツインソーのトリッキーな動きがネックとなり、前衛の二人が包囲されつつある。最も、二人の方が圧倒的に強く、包囲網は徐々に溶けるように崩れつつあるが、念の為、もう一人応援に行かせたい。
また、ロックオウラーはとにかく硬く、リザベルと藤崎が食い止め、マオが小さな雷撃を落として一体ずつ破壊するものの、少々押され気味だ。
「香山は黒島たちに、斎城は藤崎たちの応援に行ってやってくれ。ここは俺一人で十分だ」
「えっ…でも…」
二人が心配そうに自分を見下ろした。…いくら中身が成人の男だろうと、見た目がこれじゃあ、放っておき辛いのは分かるが…
「…心配してくれるのは嬉しいが、こんなチビ助になってもこの通り戦える。 そんなことより、万一にも怪我人が出る前に応援に行ってやってくれ」
「う、うん…」
「わかった…」
二人の気配が離れるのを感じつつ、既に次の目標に狙撃を行っていた。…思っていたより楽勝だ。早く片付けて、俺も他のチームを…
視界の端に違和感。視線をそちらに向けると、二本の剣がうぞうぞと地面から盛り上がってきた。体長140㎝あまりのモンスター…ツインソーが地中から這い出て来る所だった。
「コイツ…!」
照準するまでもなく、目測で二発、発砲。肩付けをしなかった為、衝撃をもろに抑え込むことになったがツインソーの胸部ど真ん中に二発とも命中。 …が、ツインソーは踊り狂ったように滅茶苦茶に腕を振り回しながら、なおも襲い掛かって来る。
「クソッ、しぶといなッ!」
メイルアーマーの無い体で攻撃を受ける訳にはいかない。かすり傷でも即・致命傷になりかねない。
あくまでノー・ダメージで勝つつもりで臨まねばならなかった。
身を翻して避けながら、赤いペンで落書きを刻まれた兜のような顔面に銃床を叩き込んだ。盛大に倒れたツインソーの頭部に向かってトドメの弾丸を撃ち込む。 背後に気配。今の戦闘の隙に、二十メートル先までフォッシルの集団が迫っていた。いくら単発で倒せるとはいえ、これだけ押し込まれるとキツい。
「チッ…!」
フルオートで前列のフォッシルだけ片付け、素早く最装填…
一体のフォッシルが他とは桁違いの速度で突進していた。何とか装填し終えて回避するが、敵集団が一気に押し寄せてきた。
(何があっても仲間の側面や背後を襲わせる訳には行かねぇ!)
大淵には知りようもないが、そこからの動きはまさしく神業だった。
騎兵刀を取りに行く事もツヴァイハンダ―を抜く事も諦め、先ずは自分に向かって爪を振り上げたフォッシルをゼロ距離射撃で撃破。
その体の小ささを逆手に取り、倒れ込むフォッシルに紛れ、敵集団の視界を切った。地面に這ったまま更に二体を撃破し、振り返り様に一体を撃破。再び迫りくる集団をその場に佇んで冷静に片っ端から撃ち減らしていく。…更に六体。振り下ろされた爪を掻い潜りつつ、再び地面を素早く駆け抜け、敵集団を欺く。背後から淡々と七体を処理され、ようやく振り向いた三体も間に合わずに撃ち砕かれた。
弾倉交換。背後から迫っていた一体の攻撃を躱し、ツヴァイハンダーを呼び寄せ、その長大剣を抜き払った。
流石に重く感じるが、両手間を開けてしっかり握れば振れないことは無い。フォッシルのスイングを余裕で見切り、ツヴァイハンダーで切り上げた。
…敵影、無し。
振り返ると、他のモンスターも全て仲間達によって撃破されていた。
「…どうだ、尾倉。料理は汚れなかったか?」
「ふっ…」
尾倉は小さく笑いながら、「余裕だ」と手を上げた。
「被害は?」
「こちら黒島チーム、異常ナッシング」
「こっちも全員無傷、完全勝利だ!」
「上出来。飯にしようぜ」
香山と斎城が戻ってきた。
「…な? 言った通りだろ」
二人の身長よりも遥かに巨大なツヴァイハンダ―を担ぎ、誇らしげに二人を見上げた。…気のせいか、二人の顔がやや赤らんで見えた。
「…あの、ちょっと危なくありませんでした?」
珍しく、香山が反抗的に異議を唱えた。
「うん、あの両手剣の奴ね。…それに、なんか大輔くん、ナマイキだなー?」
「そうか?」
斎城に言われて、手近なバイクのミラーを覗き込んだ。
…ふむ、自分だと思うとアレだが……生意気ながら、なかなか不敵で良い面構えをしているじゃないか。それに、ステータス弱体化&スキル無しでこれだけの敵を討伐したのは事実だ。
「でもこの通り無傷だったろ?…心配し過ぎだよ、二人は。 …?…どうかしたか、そんなに見て…」
「ダイス!夕食にするぞ、早く来い」
「おっ?おう」
マオに手を引かれ、大淵は皆が集まる広場に連れて行かれた。後には残された香山と斎城だけが佇んでいた。
「か、かわいい…!」
香山が思わず呟き、慌てて口を噤んだ。
「ねっ。…本当に堪らないくらい…」
この日、大淵は自身が思う以上の大戦果を挙げると共に…二人のうら若い女性を危険な嗜好へ導くという、功罪を残したのであった…




