新大陸
木造船からゴムボートを下ろし、砂浜へと上陸を果たした。
白い砂浜に降り立ち、内陸へ向かって移動を始めた。
「や、やっと陸地を歩ける…」
斎城は救われたように明るい顔で大地を踏みしめた。
「俺は猛烈に感動しているッ!大地がこんなに素晴らしいとはッ」
藤崎の騒音に耳を塞ぐ。…船に置き去りにすれば良かった。
大淵の後には香山と魔王、リザベルが続いていた。
何が起こるか分からない為、弓は船に残し、騎兵銃に変えてきた。そのままでは威力は圧倒的に劣るが、それ故に威嚇や援護など、あらゆる事態に対応できるのが騎兵銃だ。
「斎城、星村を頼む」
星村はこの中で最も非力だ。一般人よりは魔物に対抗できる程度だが、非戦闘職ゆえにステータスが極めて低く、何より幼すぎる。
「任せて」
それでも星村を連れてきたのは、現地調査に欠かせないからだ。今も星村はガントレットのコンソールに増設した端末を操作しながら周辺を探っている。
「あ、食べられる物ありました。記録・同期しますね」
「こいつは…本当に食えるキノコ…なのか?」
藤崎がドクツルタケによく似たそれを摘まみ上げ、不安げに星村を見た。
「ええ。なんて命名しますかね…」
「普通にアカリダケで良くねーか?」
「それでまた別の茸見つけたら、どーするんですか!?」
「うーん…アカリダケ2とか…」
確かにそうだな…
「ジャア、ダイスキノコとかドーデス?」
アリッサが赤い傘に白斑が幾つも入った、いかにもファンシーなキノコを掲げて見せた。
「うーわ、いかにも毒キノコだ」
大淵がそれを受け取り、あかりに見せた。
「毒だったらアリッサ・マッシュルームにしてやろうぜ。ピッタリだ」
「ヒドイデス~!」
「それも食べられますね。じゃあアリッサ・マッシュルームで」
「いやん、大淵、ワタシを食べナイデクダサイ!」
(馬鹿かコイツ…)
更に奥地へと進んだ。
「地面を掘れば魔法石らしき反応も多々ありますね…本当に、資源を全部調べて居たらキリがないです」
「大事なのは権利所有者がいるかどうか、だ。先へ進もう。星村、食料や飲用に適す水なんかは引き続き教えてくれ」
「りょーかいです!」
「ダイス殿、あの高台で何か動いたぞ」
リザベルが知らせた。
「モンスターか…?」
「分からん。一瞬だったからな…」
高台から見ていて、リザベルに見つかる前に姿を消したのなら斥候の可能性もある。
「…見に行くか。しかしバイクが無いからなぁ…」
「だったら私が…」
斎城のドラゴンか。しかし…
「斎城ノハ強力ですが、巨大で目立ちマス。私が呼びマス」
ロングソードを無造作に地面に突き刺し、両手を柄頭に置いて目を閉じた。
「カモーン…」
風が吹いたかと思うと、一頭の白い馬がアリッサの前に現れた。その頭部には一角の鋭い角。
「大淵も来マス?」
「ああ、それじゃ…」
アリッサが先に馬に跨り、後部に大淵を手招きした。
ユニコーンの鋭い視線が大淵を捉えた。
「えっ」
嫌な気配を感じた大淵は咄嗟に転がった。すぐ真上…頭部があった場所をユニコーンの後ろ蹴りが炸裂する。…一歩遅れていたらどうなっていた事か…
更にこちらを振り向き、角を突き出そうとしてきた。
「こ、コイツ…!」慌てて避けようと身構える。
「コラ」
アリッサがユニコーンの首を鋭く蹴った。一角獣が嘶く。
「大淵を攻撃したら許しマセン。めッ、デスよ?」
一角獣は恨めしげに大淵を睨んだ。
「…まぁ仲良くしようぜ」
アリッサの後席に跨り、片手に騎兵銃を構えた。
「行きマスよー?」
ふわっ、と浮遊感を感じると、一瞬で五十メートル程の高さに飛び上がった。斎城のドラゴンも凄かったが、こちらは機動力重視か。大淵は堪らず、アリッサに抱きついた。
「あっ、ヘンな所触らないでクダサイ、訴えマスよ? それかケダモノって呼びマスよ?」
「す、すまん…。しかし思ったより高くてな…」アリッサの腰にしがみ付く。
「ァハ~ン…?」
良いオモチャを見つけた、と言わんばかりの悪い笑顔でこちらを振り返った。
「大淵、ジェットコースターとかダメなタイプデスね~…?」
「…」
「そういう事なら、さーびすシマス♪」
「何をするつもりだ……よせ」
ユニコーンの上昇が加速する。
「や、止めろぉ! 捜索が先だ!」
木造船が砂粒に見えるレベルの高さ…雲の水気が顔に感じられる程の高さにまで達し、アリッサのか細い腰を折ってしまうのではないかと思うほどにしがみ付いた。
「イェッサ♪じゃ、急降下しマスね~♪」
「や、やめ……」
「…今、大淵君の声が聞こえたような…」
「うん…」
香山の声に斎城も頷いた。
「うむ、私にも確かに聞こえたぞ。あの女狐に弄ばれて居るな」と魔王。
「お、お前…帰ったら覚えてろ…」
「大淵の命令に従っただけデース♪」
今は針葉樹林帯を跳び、針葉樹の先端に触れられる程度の低空から捜索を続けていた。
「…大淵は、この地の人類が滅んだと思いマスか?」
「…どうだろうな。いや、生き残っていなければおかしいと思う。いくら魔王軍が6億もの大軍勢とはいえ、地平線を埋めて人類を蹂躙した訳じゃ無かろう。あの大陸の人類は抹殺されてしまったのかもしれんが…。 …あの赤い空も、魔王の城から離れたら青空になった。あの空が人間の絶滅を現わすパラメーターってのは、嘘じゃないだろうが100%その通りって訳でもないと思う」
「…トイウト?」
「…例えば人間が持つ魔力…マナってのか。それがあの赤い空や、毎日曇りにしてくれるあの雲を退かしていたとか。 …或いは逆に、魔王軍のマナが空をそうしているのかも知れん。いずれにせよ、こっちで青空が拝めるということは、魔王軍の影響が無いか、少ないって事だ。…人間が居たとしても不思議じゃない」
「…トコロで大淵、大淵はアメリカで働く気アリマセン?」
「アメリカ?そりゃまた何で?」
「大淵の腕を見込んでいる超・大手ギルドがアリマス。…今の給与の四倍から与えると。更なる交渉も歓迎スルそうデス。私よりハカクのタイグー、デスよ?」
「…魅力的だが、旅行ならともかく、アメリカに行く気はないかな…それより、この世界の調査が完了するか、大きな仕事が来なくなったら、ギルド業を引退してもいいかな、って思ってる所だ」
「ホワイ?」
「…待て、あれ、町じゃ無いか…?」
「…ユーライト。適当な樹林で降りマス。リザベルが見た影も、あの町に向かったのかもデスね」
「この大陸の人類に関しても、答え合わせができそうだな…」
「大変だ!変な奴らが船に乗って北の浜からやってきたよ!」
スイングドアを押し開け、少年はバーに駆け込んで叫んだ。
赤ら顔の大人達は一瞬喧騒を止め、少年を見たが、また思い思いの談笑と飲食に戻った。
「またお前かクリフェ。今度は何だ、漂流したゴブリンでも見たか?」
「スプーティアを見て漏らしたのかも知れんぞ?」
他の客も巻き込んで大爆笑だ。
「本当だよ!人間だ!男も女もいた!デカい船から小舟でさ…百人以上いたかもしれない!」
「わかったわかった。後で誰か見に行くよ。…ビスケット食うか?」
「いらないよ!」
「お邪魔シマ~ス」
陽気な声に人々が振り返り、喧騒が止んだ。
「おお、西部劇に出て来るバーみたいだな」
アリッサに続き、大淵もバーに入った。
呆れるほど見事な湾曲ラインを見せつける女騎士と、呆れるほど長大な剣を従わせる騎士。色こそ違うが、どちらも同じ鎧を身に纏い、男の方は物珍しげに、そして感嘆したように店内の人々を眺め回している。
「…やはり、生き残っている人がいるんだな、この大陸は」
「大淵、大正解デスね!早速乾杯しマスか?」
「…生憎と、今は任務中だ」
大淵は改めて店内の客を見回した。全員、酒が入っているが泥酔している者はいない。全員、大なり小なり武器を携帯していた。ナイフからバスタードソード、ハルバード、弓まで。
「すげぇ女…」
男達の中から呟きが漏れた。
「聞き込みカラ始めマスか、大淵?ダッタラ、お酒飲まないと不自然で警戒サレマス」
「…それもそうだな」
空いているテーブルにかけ、騎兵銃だけ隣の椅子に立てかけた。
「エール二つクダサイ!あとおススメの料理一つ!」
長く、形の良い脚を椅子の上で組みながらアリッサは堂々と背もたれに体重を預けた。程なく、並々注がれたエールが運ばれてきた。
「ハイ、カンパーイ!」
「お、お疲れ」
打ち鳴らし合い、かなり癖と粘りのあるエールを呷った。
「そういえば金は…」
あちらの大陸の貨幣自体は持っている。廃墟となった町を物色して拝借してきた物だ。…ただしこちらで必ず使えるという保証は無かった。
「マ、おカンジョー時のお楽しみってコトで。イザとなったらアリッサが体でハライマス」
「か、体って…」
「お皿洗いトカ。…アれレ? 何を想像したんデスか、ムッシュ・大淵ー?」
「…からかうな」
再びエールを呷った。
…アリッサの肩越しに店内の客たちが横目でこちらを覗っているのが分かる。
魚のパイが運ばれてきた。切り分け、一切れ食べてみた。
(白身魚か…? ふむ、なんだか香草で包んである…美味いな)
「…マ、そういうオシゴトもいっぱいしてキマシタカラね。あまり抵抗はアリマセンが…。ソーダ、折角だから、後ろの連中が話しかけてくるまで、ワタシの身の上話でも聞いてクダサイな」
「…」
「初めに言っておくト、大淵。…大淵を初めて見た時、最悪デシタ。ファッキンぶっ殺してやりタイと思いマシタ」
にこやかな顔でとんでもなく汚い言葉を投げかけられ、大淵は困惑した。
「えぇ…そりゃまた何で…?」
「…ワタシ、15の時に両親が離婚して、父親がおニューになりマシタ。…屑親父デシタ。…自業自得もあるケド、母は身を持ち崩し、ニューダディーは機嫌が悪くなると…ワタシを色々な意味でサンドバッグにシマシタ。…ワタシが入隊するマデ続きマシタ。ワタシが出ていくと知ると、熱湯を浴びせられマシタ。…お陰でソイツは永久に刑務所デスがね。…デモ、今でも時々、夢に出マス」
「…」
…不甲斐ない事に、その壮絶なアリッサの過去に掛ける言葉も思い浮かばず、ただ黙って聞くしかできなかった。
「…俺がソイツに似ていると?」
「ノー。 糞ダディのオモチャにされてる頃、私に青臭い告白ヲしてきた…身の程知ラズなナードくんがイマシタ。…大淵にソックリでした。顔も、性格も。…ホント、大淵と初めて会った時、憎さ半分、任務半分デシタ」
「なんだよ、ソイツが何か悪い事したってのか?」
「ノー。 いつもDQNにいじめられて、時にはパンツ一枚にされてヘラヘラしてるダサい奴デシタ。…ケド、良い人デシタ。…今はちょっとしたシステムエンジニアとして順風満帆な、幸せな生活を送ってイマス」
その男の幸せを妬みつつも、祝福するような面持ちで笑った。
「…大淵を見る度思い出シマス。…あの時…あのナードくんについて行ったら…入隊しない道を選んでイタラ…大勢殺すことは無かったのカナ…って」
「…軍人なら、仕方ないだろ」
「そういうのジャアリマセン。…体を使ってダマして、後ろからグサリ。…中には反米的なだけの、非戦闘員も居ました。…国益に適わないからって理由ダケでキリング。 …因みにトシノセに、日本人である憂国烈士団のメンバーを何人か家族ごと始末してキマシタ。 …実は同時に大淵を拉致する指令も出て居マシタが、つよつよなオジサマが邪魔してきたので断念シマシタ」
写真家らしい男の顔が思い浮かんだ。
「アリッサはそんな血も涙もない女エージェントです。 …アイゾー…って言うんデシタっけ?…大淵にはソンナ思いがアリマス。好きだけど、ワタシの、取り返しのツカナイ人生の転換点を見せラレているヨウデ…」
「…」
「きゃっ、恥ずかしいコクハクしちゃった♪」
エールを飲み干し、更に二本分の追加を注文するアリッサ。
「あー、なんというか…俺にはそういう裏の世界は分からんし、お気楽に生きてきた俺には、お前の壮絶な人生は想像もつかん。だから、掛ける言葉も無いってのが正直な所だ。 ……ただ……とりあえず今は俺達の仲間で居てくれるか……アリッサ?」
アリッサの眼を見て言った。青い瞳が静かに見返してきた。
「……ええ。大淵が望む限りは、アリッサは大淵達の仲間デス」
「んじゃあ改めてよろしくな、アリッサ。ずっと味方でいてくれ。…できれば人殺しは、もう無しで」
グラスを突き出した。アリッサは面食らった顔をしていたが、いつもの、無邪気なにんまり顔で乾杯に応じた。
「おい、旅のねーちゃん、そろそろ俺達と飲まねーか?」
声がして、荒縄を思わせる大きな手がアリッサの細い二の腕を掴み上げた。油断した隙に、アリッサの背後に三人の屈強な荒くれ男が立っていた。
「あっ、痛ッ…」
背後から、しかも掴まれた場所が悪かったか、アリッサは忌々しそうに苦しんだ。
「商売女みてーな身体しやがって。さぁ、来…」
男の喉仏に、鞘の石突が付きつけられた。
「手を放せ、今すぐ」
「…何なんだ、テメェは!?」
男達が色めき立ち、こちらに近づく気配。他の席からも男達の仲間が加勢しようと立ち上がる。
(店内だ、ドタバタはいかんな… いくら馬鹿たれ共だろうと、町の中で怪我もさせられん)
それに、情報収集がまったく進んでいない。我ながら、アリッサにかまけ過ぎた。
…だが、アリッサの胸中が聞けて、よっぽど良かった。
(借りるぞ、勇者)
振られた腕を咄嗟に掻い潜りつつ、床に手を付いた。
スキル発動…アレンジ。
自分に向かってくる者達と、それらとを繋ぐ床面を意識する。…電子回路のように。
(六、七…14人)
伏せて回避した自分に、追撃しようと男の蹴り足が迫った。
「凍て付け」
赤い光がリヒテンベルク図形のように床板を這い、向かってくる男達に這い上がった。
「いッ…!?」
男達の身体に赤い筋が幾条も這い上がり、その場で石化したように動けなくなった。
「いくら薬や酒でラリってようが、神経を侵されちゃ何もできねぇだろ。 後は魔力と媒体を…」
コップの水を自分の掌の上から垂らし、リヒテンベルク図形の起点に溜まるようにした。
「大淵、コレハ…」
「泥縄の思い付きでもなんとかなるもんだな。…強化を応用した隷属化だ。五分は動けない筈だ。行こう。あぁ、五分したらあの悪趣味な模様も消えるから」
酒場を出ようとすると、まだ十歳になったかどうかという少年が出入り口の前で硬直していた。
…アリッサがニンマリと…悪い方の顔で笑った。
…被捕食動物の本能か、少年が脱兎の如く逃げ出した。
「キャーッチ♪ おねーさんとちょっとお話シマショー♪」
アリッサに難なく取っ捕まり、少年は町はずれに連行された。
大淵は騎兵銃を背負い、出されたエールを飲み干し、残りの料理を皿ごと手に持って荷物を纏めた。そして、怯えている女性店員に安心させようと笑顔で近づき…(今にして思えば逆効果だったろうが…)その手に大判の金貨を握らせた。
「これで足ります?」
店員がこくこくと首を縦に振ったので、礼を言って店を出た。周囲に警戒しつつアリッサの後に続く。
「ベイブ、ナンデ逃げようとしたんデスかぁ?」
町はずれの草陰で少年を解放し、アリッサは尋問を始めていた。
「そ、そりゃあんなもの見せられたら…お、お前ら北の大陸に棲む魔王の手下じゃないだろうな!?」
「すまんな、あんなもの見せて。 …俺達は怪しい者ではない。旅の者だ。 これ、一緒に喰わんか?」
魚のパイ包みを差し出すと、アリッサが一つを取り、少年もおずおずと一つ取った。
魔王の存在は隠しておいた。…仮にもこの世界の人々にとっては同胞を大量殺戮した、許されざる最高責任者だ。
「…変わった鎧だけど、どこから来たんだよ?」
「ノ~、質問するのはこっちデス、ベイブ。この町とアナタのお名前は?私はアリッサ。彼は大輔デス」
「クリフェ。このリディーネの町で暮らしている」
「お父サンやお母サン、ゴカゾクは?」
「…いない。戦争で死んだ。妹を一人、養ってる」
「10歳くらいデスカ?その歳で?タフですねぇ!」
「タフ?…まぁ、俺は11だけど、こんなの、よくある事だろ?」
「デハ、どうやってお金を稼いでイルンデスか?」
「町で手伝いをしたりするけど、この町でそんな仕事をくれる金持ちはオズボーンくらいしかいない。それじゃとても食っていけないから、町の東にある遺跡に忍び込んで、お宝やアイテムを漁ってくるのさ」
「ほう、遺跡ね…」
大淵は唸った。RPGの定番だ。
「危険は無いんデスか?」
「そりゃ危ないに決まってるさ。遺跡は幾層かのダンジョンになってる上に、下に行けば行くほど危険なモンスターやトラップが配置されている。…俺じゃ、どう頑張っても地下一階の出入り口付近にしか近寄れないよ。それだって命懸けなんだ。…妹を残して死ねない」
「それが最適解だ。死んだら終わりなんだから、生き残って何度でもリベンジするのが本当の戦士だ」
我ながら偉そうな事を言ってしまったが、実際その通りだと思った。クリフェの慎重な性格は賞賛に値する。
「…で、今日の収穫を換金しようと、ついでに晩飯の食材を探して森を歩いていたら、でっかい船と小さな三隻の黒い小舟が砂浜に上がってきたのを見たんだけど…誰も信じてくれなくてさ」
「…なるほど、それで俺達を北の大陸から来た、と」
「ダジャレデスか?」
「やかましい…」
「なぁ、船で来たのってアリッサ達の仲間じゃないのか?」
「どうデショウねぇ、アリッサわかりマセン。でも、北の大陸から人が来る事なんて珍しい事なんデスカ?」
「そりゃあ…どうなんだろう?でも、少なくとも俺はこの町で住んで物心ついてから、本物の船を見たのなんて初めてだよ」
ここが港町でない以上、船が直接立ち寄る事はないだろう。自分達のように小舟を下ろして上陸できる本格的な船で無ければ、立ち寄ることもできない。
大淵は襟元の無線機に触れながらアリッサに目配せした。
クリフェをアリッサに任せ、近くの背の高いススキに似た植物の陰で背部に取りつけた無線アンテナを引き延ばし、中距離無線に接続した。
「こちら大淵、藤崎、聞こえるか」
程なくして藤崎の大声が返ってきた。
『おお、大淵!どうした?』
「リディーネという、船から南に向かった小規模の町に到着した。…普通に人々が暮らしていたよ」
『なんと…!』
「リザベルが目撃したという人影も捕捉した。クリフェという、この町の少年だった。今、色々話を聞かせてもらっている。俺達はもっと情報を集めるから、お前達は海岸か森林帯にキャンプを作って待機していてくれ。そうだな、元自衛官の尾倉の指示に従ってキャンプ設営すれば間違いないだろう。それと、これからどうなるか分からんから、人手が余ったら星村を中心にして食材の確保をしておいてくれ」
『心得た!そちらも気を付けてな!…ああ、香山達からも気を付けて、と!』
「ああ、ありがとう。通信終わり」
再びアリッサとクリフェの元に戻った。
「待たせたな。まだ時間も早いし、暗くなる前にその遺跡に案内してもらえないか?」
「ああ、いいよ。ここからそう遠くない」
「ダンジョン内の危険なモンスターはよく外に出てこないな?出てきたらこの町だって危ないだろう?」
遺跡へ向かいながらクリフェに訊ねた。
「元々は天空の大賢者が世界各地で、危険なモンスター達を封印し、宝に目が眩む愚か者を罰する為に作ったのがダンジョンだって言い伝えられている。俺も一回、奴らに捕まりそうになって出入口から外に逃げ出したんだけど、奴らは外にだけは絶対に出てこなかった…あの時は流石にビビったね」
「なるほど…」
町から歩いて二十分。日本で言えば低山か、なだらかな山に迫っていた。
「あれがベルテ山。山麓にあるんだ。…あっ、まだ誰にも言っていないけど、誰にも言わないでくれよ、この遺跡の事は。…噂を聞きつけて大人の冒険者が来たら、俺の持ち出せるアイテムや宝が無くなっちゃうから」
「任せろ。絶対誰にも言わん」
山麓には鬱蒼とした林が生い茂っていた。クリフェに案内され、暫く進んでからようやくその洞窟の入り口を発見した。
「ここだよ」
「ほぅ…よくこんな恐ろしげな場所に、そんなナイフ一本で潜入したモンだな…」
蜘蛛の巣が垂れかかり、内部に空気が吸い込まれていく。…ダンジョン内のどこかに穴が開いているのかもわからないが、人の手で作られた物ではない、超常的な構造物であるという伝説も納得できる雰囲気があった。
同じ年の自分ならロングソードを与えられたとしても、恐ろしくて真似できないだろう。…今とて、ぞっとしないものを感じる。
「よし…」
「き、気をつけろよ?今日はなんだか特にモンスター達が苛立っているみたいだったから」
「アリッサ、後衛を頼む」
「了解デス」
石の階段を下り切ると、幅四メートルほどの広い通路が続いていた。少し進むと早速通路は三又に別れた。
「…ちなみにアリッサ、お前の方向感覚ってどのくらい自信ある?」
自分はほぼ皆無だ。カーナビが無ければ長距離の移動もおぼつかないし、迷路などゲームでした事しかないが、複雑な迷宮では延々と迷い続けていた。
「アリッサの方向感覚は渡り鳥並デース!」
「…よし。問題は俺だけだな」
ガントレットの内側コンソールを開き、「あかりマップ」機能をセットした。一度歩いた地形を3Dマップ化してくれる優れモノだ。
「手分けシマス?」
「…いや、何があるか分からん。クリフェがいる間は一緒に行動だ」
クリフェが壁際に駆け寄り、地面に屈みこんだ。
「ラッキー、砂金の塊だ。二人のお陰で儲かったよ」
「妹に美味い物食わせてやれるな」
「へへ、そうしたいけど、色々と金を使わないといけないから。…じき、町の取り立てもあるし」
「…そうか、苦労してるな」
先頭に立って埃っぽい通路を進むと、不意に重力を失った。
「えっ…どわぁっ!?」
重力に引きずられ、体が落下していく。
落下中にワイヤーアンカーを思い出したのは、生存本能という奴か。少なくとも自分の機転では無かった。右ガントレットを縦坑の壁面に除く石柱に向けて放つと、多少はズレていただろうが、赤外線誘導と自動制御により標的に絡みついた。反動で壁に叩きつけられる。
「クソッ!」
「大淵、大丈夫デスかー!?」
頭上からアリッサとクリフェが覗き込んでいた。
「ああ、なんとか!…だが、引っかける物が無いから、そこまで上がる事は出来なそうだな…」
上を見ると、その縦坑の深さから自分がおおよそ地下六階か七階あたりに居るのがわかる。下は奈落の穴が続いていて、どこに繋がっているのか…或いはどこにも繋がっていないのかも分からない。ただ、ある程度登っていけば、四階あたりに横穴が見えた。それ以外に自分が選べる道は無さそうだ。
「…四階らしき場所に出る。アリッサはクリフェを地上に送り届けてくれ。俺は何とか脱出する」
「…オーケー。気を付けて下サイ!」
アリッサはクリフェを連れて去っていった。
モーターでワイヤーを巻き切り、引っかけていた石柱からアンカーとワイヤーを回収した。石柱を足掛かりにして、例の横穴に向けて跳んだ。
「くっ…」
転がりながら横穴内を見回すと、いくつかの部屋があったが、どれもモンスターの巣となっていた。…勿論構いたくはないので、上に上がれそうな場所を探そうと、忍び足で先に進んだ。
「ギシャアアアア!」
猫が威嚇するような声が聞こえたかと思うと、背後の部屋からわらわらとレプティリアン野郎に似た二足歩行のトカゲが大量に出てきた。
「勘弁しろよ…」
背後に無数の叫び声を聞きながら走り抜け、曲がりくねった通路を出鱈目に走って視界を切った。そうして見つけた扉付きの部屋に逃げ込んだ。部屋の前を無数のモンスターが通過していくのが分かった。
一息つき、改めて部屋の中を見ると、いかにもな宝箱が置いてあった。
「…」
騎兵刀を抜き、切っ先を隙間に差し込んで開けようとすると、宝箱が思い切り退き下がった。…どこかに刃が当たったのだろう。
(やっぱりか…)
他に部屋の中に目ぼしい物は無い。
「…他の冒険者を襲ったら寝覚めが悪い。破壊しておくか…」
殊更聞こえるように言ってやると、宝箱が震え出した。
「ま、待ってください。本物の宝箱の在処を教えますから…」
「あと、人間を襲わなければな」
「わ、わかりました」
宝箱の中から骨の手が伸び、一枚の紙片を大淵の足元に置いた。
「…ありがとさん」
部屋を出て、下階へと向かった。モンスター達が走り抜けた先に通路と下への階段があり、下の階段を下った。更に地図に従い、奥へ奥へと進んでいく。あかりマップが無ければ絶対に戻れない自信があった。
(随分と広いホールだな…)
辿り着いた先は、市民グラウンド以上もある広さの空間だった。魔王の謁見の間を思い出させる。宝箱を置くには少々広すぎる気が…
「…まさか」
地響きが聞えたかと思うと、背後で重厚な石の扉が閉じ、退路が断たれた。
グルル、と唸り声が聞こえたかと思うと、奥の暗がりから巨大な物体が現れた。
「こいつは…また…」
黒竜…体に幾つもの古い剣が刺さり、それに錆や苔が纏わりついて体の一部となっていた。
「…コイツが宝箱ってか…」
体長二十メートル以上もの黒竜。その今までにない巨大な怪物が、耳を劈くような甲高い咆哮を上げ、左腕を高々と振り上げた。咄嗟に退くと、今までいた場所が深々と岩ごと抉られた。
騎兵銃を強化し、フルオートで頭部に全弾射撃。
痛がるような悲鳴は上げるが、今一つ。
(クソ…アレンジ応用はできても、威力自体は勇者の足元にも及ばんか…!)
ならばコレしかない。ツヴァイハンダーを抜き払い、黒竜の体を駆け上がった。
スキル、継続…
その長い首元に辿り着くと、高々と振り上げたツヴァイハンダーを振り下ろした。
ガキンッ
「何ッ!?」
強化したツヴァイハンダーが通らない!? …となると、あと通用する可能性があるのは騎兵刀しかない。
「畜生…この黒竜…流石に伊達じゃねーな…」
俄かに乾燥を感じ、顔を上げると、黒竜が天を仰いで口を「うがい」するように火焔を溜めていた。
…ドラゴンブレス…!
咄嗟に首元から離れ跳んだ。
熱気。サウナなんてモノではない…地獄の釜もこうかと思う灼熱地獄。これで火焔に当たれば、火を振り払う間もなく消し炭になるだろう。
…代わってやってもいいんだぞ
「…お前に頼ってばかりじゃ、元の俺に申し訳が立たねぇし、俺が居る意味がねーんだよ…!」
十分に役目を果たしているだろう
「…それに、どんな敵とだって…泥臭くたって戦い抜いて見せるってのが俺の死ぬまでのスタイルだ。…今回も逃げ場は無いしな」
…なら勝手にやれ
黒竜の爪を再び躱すと、横薙ぎに尾が振るわれた。
思わぬ追撃に対応しきれずにいると、ツヴァイハンダーを収めたロイヤルレッドの鞘が素早く割って入り、いくらから衝撃を緩衝してくれたが、強かに壁に叩きつけられ、ダウンしかけた。
「ぐっ…くそ…」
所詮、俺は勇者を呼ぶ媒体に過ぎないのか…?
取り落とした騎兵刀を拾い上げ、顔を上げると、再びドラゴンブレスを放とうと黒竜が天を仰いで火焔を溜めに溜めていた。
「……クソッ…」
それでも、一矢報いてやらなければ…
間に合わないと知りながらも、黒竜に向かって駆けた。
打算ではなく、意地でしかない無意味な突撃。
黒竜が溜め切った炎を…天井に吐きつけた。
「!?」
「大淵ー!やっぱりワタシ、大淵達の仲間ヤメマシター!」
アリッサが23式メイルアーマーの筋力強化をフルモードにしながら、黒竜の首に掛けたワイヤーを後ろに引いてドラゴンブレスを妨害してくれていた。
「へへッ…これで愛想が尽きたか!?」
「ワタシは大淵の…大淵だけの味方デス!」
ブレスを終えた竜の首筋までワイヤー巻き上げで飛びつきながら、アリッサの剛剣がその硬い首をぶち抜いた。
「同じトコロを!アナタなら出来るハズデス!」
首の一部を斬られた黒竜が更に激しく暴れ出す。大淵が黒竜に辿り着いた。
アーマーの警告音が出るまで筋力アシスト機能を全開に。
更に、スキル発動。全身に赤黒い模様を走らせ、騎兵刀も赤褐色に染まる。
「うぉりゃああぁッ!」
地面を潰して跳び上がり、アリッサが傷付けたその首に渾身の一閃。
黒竜は断末魔も上げられず、首を落とされた。
「はぁッ…はぁッ…」
騎兵刀を杖になんとか立ち上がった。
「やりマシタね、大淵!」
アリッサに抱きつかれ、よろめいた。なんとかアリッサを抱いて支えとする始末だ。
「あぁ…何とかなぁ…」
満身創痍ではあるが…確かにやった。…そして、無力感にも打ちひしがれていた。
「だが…やはり俺一人じゃとっくに死んでいた。…勇者に頼らなければ俺は、この程度だった。お前が来てくれなきゃ…今頃は…」
唇を塞がれ、目を瞬いた。
「…ワタシは前に言ったはずデス。アナタはスーパーマンにはナレマセン。アナタにしかナレナイヒーローになれ、と」
倒れた黒竜に目を移し、アリッサは確信した口調で続けた。
「…確かに勇者サンはスーパーマンでしょう。アナタではスペック的に敵わないデショウ。でも、ワタシは勇者サンにはついて行きません。大淵だから、死なせたくないから力を貸しマス。…香山や斎城、黒島…皆サンもソウデショウ。…それが、勇者サンにはナレナイ、アナタだからナレルヒーロー、デス!」
「…参ったな。俺自身より、お前の方が俺の事をしっかり理解してくれてるなんてな…」
「イエース、それが真のファンという物デス♪」
「それじゃ、これからも俺の味方で居てくれ、アリッサ」
「イエス。大淵は見ていて飽きないデスし。…ところでどうしてこんな所に?」
「…騙されたというか騙されてないというか…とにかく、何か戦利品が無いか探そう。クリフェにくれてやりたい」
「この竜の鱗、剥ぎ取って持ち帰りたいデスね。アーマーの素材にできたらベリーストロングデス」
アリッサと手分けし、竜の鱗やホールの中を徹底的に漁った結果、黒竜が出てきた空洞に小さな空間を見つけた。
「…ふん、まぁ嘘じゃ無かったな。破壊するのはやめてやろう…」
古びた赤い宝箱が三つ、小部屋の中に隠されていた。いずれも宅配便などで日常的に見る段ボール程度のサイズで、中にモンスターが潜むスペースも無い。
それを開けると、一つには金銀の硬貨が大量に、もう一つには古びた羊皮紙の地図が、もう一つには青いクリスタルの結晶が幾つかあった。
「綺麗デスねぇ」
「ほら、お前の取り分」
その中で中ぐらいのクリスタルをアリッサに手渡した。
「誰が隠した宝かしらんが、デカいのは残して行こう。後のはまぁ、頂いていく。金銀貨は半分、クリフェにやろう」
「…大淵はお人好しデスネ~」
「そんな俺が嫌いじゃないだろ?」
「…まぁ、好きデスケドね」
「…と、とにかく、ここを出ようぜ。帰り道は分かるんだろ?」
「へっ?何のコトデス?」
「…方向感覚が渡り鳥並だって…」
「あ~…そんなコト言いマシタっけ…」
「おい…冗談はよせよ…」
アリッサは舌を出しながら肩を竦めるだけだった。
…その後、それこそ二人は死ぬ思いをしながらダンジョンからの脱出を果たしたのだった。




