海上にて
1月15日。
雲一つ無い青空を見上げ、大淵は物思いに耽っていた。
極めて…極めて濃密な三週間だった。戦闘こそ無かったが、あれからやっとの思いで運び込んだという小型ヘリで首相が魔王城に降り立ち、各社マスコミがバイクであのトンネルを可能な限りの機材と人員を運び込み、戦没者追悼式典と平和条約締結セレモニーを盛大に執り行った。
…最も、間に合った書類は外務省が作成していた草案に色を付けたもので、無期限の即時停戦というものだった。しかし、国民とマスコミ向けには取り合えずそれで十分だった。
細かい条約はこれから詰めていくのだ。魔王と違い、生理的に文化への興味が希薄なこちらの魔物達が自分達の世界に来ることは殆ど想定されていないが、自分達の世界からこちらへと来たがる者は幾らでもいるのだ。
今まではスタンピードや魔王軍との戦闘により制限されていたが、それも和平によって状況が変わった。
それに、日本政府としては、国としてこの世界の資源を調査・採取するよりも、民間を早い内から投入して産業化したい狙いもあった。…遅かれ早かれ、外圧によって外資系企業も割り込んでくるなら、その前に日本企業の土台を造っておきたい、と。
魔法物質は既にレアメタル他の希少金属と置換…とまではいかずとも、十分それらの代替物質と成り得る存在となっていた。
この世界はかつてどこぞの国で起こったフロンティア開拓…ゴールドラッシュの舞台になるのだ。…勿論、魔王の配下や、存在するか分からないが現地民への狼藉があってはならない。
その為、魔王と取り決めたこの世界における暫定的な法を順守する事を大前提に、異世界への探索志願者の受け入れ準備を開始した。
…当然ながら、これまでゲート防衛に命を賭けてきたギルド加盟者らが最優先となった。
中には激しい戦いを経てトラウマを患った者も居り、そういった人々はその権利を政府に返還した上で政府から継続的な支援と傷病手当が支給される運びとなった。
なお、自分達は首相直轄の調査チーム…体のいい、直属の特殊部隊として再編された。東京ギルド連合本部も首相府からの強い要望には一切逆らえなかったと見え、名目上とは言え…実質自分達を手放す羽目になった。
ただしこれに当たって黒島と自分がチーム全体の意向を取りまとめ、その裁量権は極めて自分達に有利な物とし、岩田もそれを是とした。
「基本的に命令は聞くが無理はしないし無茶な命令は聞かない。緊急性のある命令で無い限りは野良猫のように自分達の自由に過ごす」 という、特殊部隊と言うには実に気ままなものだった。
だが、そのくらいの要求を聞き入れさせるだけの実力を持つという自負はあり、岩田もそれを見越して自分達を利用できると計算しての同意だった。
一羽のカモメが自分の顔を覗き込みながら遊弋する。
波頭を切り、木造船は穏やかに揺れている。 流石に最新の艦船は持ち込めなかった為、滅んだ港町・エべラで調達した…その港町で最も状態の良い木造船だった。
…甲板で海を眺めている自分は今の所、船酔いを起こす様子は無いが、海上が時化てくればどうなるかは分からない。しかし、仲間達の半数が船酔いへの耐性が低かった。昨日の出航直後から斎城、藤崎、川村、星村がダウンし、現時点でまともに戦えるのは自分と香山、アリッサ、尾倉…そして平気どころか、興味津々で船の縁から身を乗り出してはしゃいでいる魔王と、魔王の護衛としてついてきたリザベルだけだ。 黒島は、魔王代理として東京に駐在武官の体で赴任しているバルべスに実務補佐として付き添っている。
木造船という極めて旧時代的な帆船を運用するにあたって、その運用と非常事態に備え、海自関係からの助っ人達も乗り込んでいた。
香山は医官や看護官を手伝い、酔い止めと微弱なヒールで自分達のメンバー他、分乗している後方支援部隊でダウンした者の面倒も見ていた。
…あの後…盛大なセレモニーが終わった後は、年末年始という事で帰省する斎城、星村、川村、藤崎らメンバーを見送った。魔王と黒島は政府首脳との本格的な詰めの協議の為に官邸に泊まり込みとなった。
魔王は自分と離れたがらず苦労したが、首相から「協議が早く終われば資源調査の旅に同行できる」と、まんまと唆されていた。
アリッサは大使館に用があると言って去り、尾倉は個人的に行きたい場所があると言って去り、拠点には自分と香山だけが残された。
そんな香山から申し訳なさそうに頼まれたのは、自らの故郷である新潟への帰省に付き合って欲しいという事だった。とはいえ家族の住む家ではなく、無人となった祖父母の家の整理を手伝って欲しいという事だったので、快諾した。
香山の祖父母の家は驚くほど山深い所にあった。長野との県境だというそこは、既に雪に閉ざされ、一本の…それも軽自動車が苦労してすれ違い合うような険しい交通ルートしか存在しない、陸の孤島となっていた。 豪雪や雪崩によって、実際に集落が孤立する事もしばしば起こるという。
不快さではゴブリンといい勝負の…冬眠カメムシなるモンスター群との死闘を繰り広げながら、二人で年末を過ごしてた。 …不便に目を瞑れば、極めて居心地の良い家だった。
(あそこで暮らしたいものだ…引退したら、あの家を借りて…何か仕事を始めるか…)
その話をすると香山も大いに喜び、処分は今しばらく見合わせると言ってくれていた。…そうだ、自分が戦えなくなったらあそこで自給自足しながらの生活に挑戦してみたい。
…香山…か…
…あの小さな古い家屋で過ごした三日間が、無性に恋しくなった。
「敵襲ーッ!」
「大淵、クラーケンデス!」
ロングソードを片手に携えたアリッサに肩を叩かれ、物思いから現実に戻った。
甲板の縁に直径二メートルもの触腕が一本、二本とへばり付いた。
「ダメだな。やはり海の者とはまったく言葉が通じん。荒仕事は頼むぞ、ダイス」
「わかった」
ツヴァイハンダ―を抜き、片方の触腕を刎ねた。長さ4メートルもの触手が甲板上でビクビクと跳ねた。 反対側でアリッサも触腕を切り落とし、自身に伸びてきた触腕も切り払った。
「イカ刺しにするか?」
「イチオー食糧庫にイレトキマス?この船で漂流シタラ、食料、悲惨なコトにナリマスカラ」
「…ゾッとしないな」
触腕を斬られ、巨大イカの怪物が本体を現わした。コイツならダイオウイカも食ってしまうだろうという大きさ。海面から二十メートルを超える三角頭がまるで処刑人のように船を見下ろし、海面にはギョロリと金色の目玉が動き、自分達を捉えた。
船に積まれていた40㎜機関砲が火を噴いた。砲手は勿論砲兵スキル保有者だ。
元は黒色火薬の、海賊が砲戦をしていそうな大砲が六門積んであったが、長年手入れがされておらず、全て放棄した。代わりに前後に二門の40㎜機関砲を、そして船の両舷を守るために二人の砲兵が40㎜てき弾銃を装備している。
40㎜機関砲弾とてき弾がクラーケンの本隊に着弾して炸裂するが、執拗に船に迫って来る。
「船を破壊されたら敵わん…!」
大淵は騎兵銃の代わりに装備した弓…臆病熊の弓を構えた。 …矢は無い。
魔王城の地下宝物殿に封印されていたものを、魔王から与えられた。
矢を番えぬまま弦を引くと、大気中の光が吸い込まれるようにして一条の輝く矢を形作り、それを大淵が番えた事になる。
矢を放った。
大気を捻じ曲げるような耳障りな摩擦音。放たれた光の矢が、やはり大気を強引に押し退けた軌道を残しながらクラーケンに襲い掛かり…海ごと切り裂いた。
クラーケンの触腕の欠片どころか、血の一滴すら残さず、存在が無かったかのように消え失せた。巻き込まれて裂かれた海面はモーゼもこうかと思うように二つに割れていたが、思い出したようにぶつかり合い、再び元の穏やかな海面に戻った。
「す、すげぇ…」40㎜機関砲の砲手とデッキクルーが、呆気にとられて海面を見つめた。
「装備適正50パー・ノーマルでこれかよ…」
恐ろしい弓だ。伝説の英雄はこれを無限に撃ち続けられたというが、自分は今の一射で10のSPを消耗する。自分では一度に10射までしかできないという訳だ。…本来は勇者一族で無ければ扱えない神造武具であるため、たった10SPで扱えるだけでも破格の恩恵と言えた。自分に勇者が同居しているおかげで、半減化しながらも扱えるのだ。
(…というか、こんなものを100%でバカスカ撃ちまくってたら迷惑にも程がある…)
新手のクラーケンか、二百メートル先の海上に再び触腕が現れた。
「奴らの縄張りだろうか…」
「ソーみたいデスね。…水兵サーン、進路変更はできマスか~?」
「無理だ、例え総動員でオールで漕いでも間に合わん。海流と風にガッチリ捕まってる!」
船内の居住スペースで体を休めていた面々がふらつきながらデッキに上がってきた。
正直、あんなグロッキーな状態でまともに戦えるとは思えないが、船の危機にじっとしている事も出来なかったのだろう。…自分だって海の上で戦闘になれば不安になる。この頼りない木造船の下は底も見えず、あんな巨大な海獣の棲む大海なのだから。
「大丈夫だ、俺がやるから、皆は休んでた方が良い。 …まぁ、落ち着ける状況じゃ無いが…」
本体は水中に隠れたまま、素早く触腕を伸ばして来た。
再び弓を構えて光の矢を番え、クラーケンの本体をおおよその位置で狙いながら放った。
海中から巨大な水柱が吹き上がった。…やったようだ。アレだけ馬鹿みたいな攻撃範囲を持つなら、多少外れてもタダでは済むまい。
と、触腕が左舷方向の海中から天高く振り上げられた。それをハンマーのように船体に向けて叩き下ろしてくる。
咄嗟に構え、一射。光の矢が触腕を消滅させ、更に海中を目算でもう一射。巨大な水柱が今の触腕よりも高々と上がり、デッキ上のクルーを全員濡れネズミにした。
「キャー、水着にしとケバ良かったデス!」
大淵も海水を拭いながら新手に警戒した。
「あっ、皆サン、やっぱり帰らないでプリーズ」
見ると、大型の銛を手にした半魚人のモンスターが手すりを乗り越え、甲板に続々乗り込んできた。魚の身体に無理やり人の手足を描き足したような姿。背はそれぞれ160前後だが、動きが素早そうだ。所々使い込まれて錆びた銛を手に、悪意も善意も無い円らな魚眼で何を見るでもなく迫って来る。
「抜刀!ヤロードモ、海賊みたいにカトラスで戦いマショー!」
アリッサが駆け、一度に三体切り払った。
大淵も味方を斬らぬよう、騎兵刀を抜いてアリッサと並んで競うように半魚人を切り伏せて回った。背後からの一突きを避け、薙ぎ返すと、半魚人の背後で戦っていた味方の騎兵槍まで切り落としてしまった。
「ひぃっ!?」
「す、すまん!」
クソ…強力すぎる武器だらけってのも考え物だ…ナイフでもあればいいのだが、装備ペナルティーは食らいたくないし…
「…これだな」
手足に筋力アシスト…30%。これなら警告すら出ない。
迫る半魚人の横顔に軽いフック。魚顔の頭部が吹き飛んだ。背後に回し蹴り。吹き飛ばされた敵の体が海中に吹き飛んで行った。
突かれた銛を掴み止め、逆に奪って打ち据えた。
しかしすぐさまペナルティ警告が浮かぶ。…全ステータス60%減退。
(…いや、待てよ)
別に殺すことに拘らなければ、これでもいいのだ。自分は勇者ほど異常に高いステータスでは無いので、このままではパワー不足。しかしスキルを使わずとも、スーツのアシスト機能だけで充分補える筈だ。 適当に叩きのめして回ればいいだけだ。…味方にも危なくない。
勇者とは真逆の目的で同じ結果に至り、銛を振るい回した。極端に威力を下げられたため半魚人たちは死にこそしないものの、その分大淵に痛めつけられて戦意喪失したモンスターが次から次へと海中へと逃亡する。味方の大敗走を横目にした他の魔物も連鎖的に逃亡し、甲板上から敵が居なくなった。
「ヤリマスネー、大淵!」
「お前もな。他のモンスター…クラーケンは?」
「付近に新手の魚群は見当たりません!」
ソナー担当の隊員が答えた。
…翌日夕方、大淵達は約三日の航海の末、大陸を発見した。沖合に停泊し、翌日の上陸に備えた。




