決着
12月24日
リアシートに魔王を乗せ、魔王の城へと向かっていた。
驚いた事に、魔王軍は本当に全面撤退したのか、ベース1どころか、かつてベース2にする予定だった、ヒュバラ山麓にある町まで、ノンストップで進撃できた。自分と魔王の後方にはギルド戦士を分乗させた例のトラック、10式戦車を積載したトレーラー、そして施設科部隊の重機群などが続いていた。ギルド戦士は自分達の護衛に20人、後方支援部隊の護衛に50人を割いていた。
「…斎城、昨日の今日だが、本当に体は大丈夫なのか?」
ベース2予定だった町…トゥエカの町を望みながら、斎城に通信を送った。
『心配してくれてありがとう。でも、本当にもう何ともないから。…念のために香山さんにも見てもらったけど、やっぱり異常なしだって』
自分のスキル…剥奪。触れたものの事象…死さえもリセットできる…いわば一種のチートだ。あの後、黒島にのみ打ち明けたが、やはり現時点では世界中探しても見つからない新種のスキルらしい。
ただし、黒島に話す内、当然ながら弱点もある事に気づいた。一つは触れて居なければならない事。もう一つは、相当量の魔力…スキルポイントを消費するという事。
ステータス確認。…現在の自分の最大SPは103。消費量に増減があるのかは分からないが、斎城に施した致命傷のリセットとアウターデーモンの泥の排除…これには少なくとも90以上掛かっていた。
癪な事だが…これに関しては、自分の同居人である勇者に感謝しなければならなかった。勇者の特殊強化は微かな消費で自分では及びもつかないような全身強化・武器強化を実現していた。
勇者からの説明を自分なりに解釈すると、最新型車の燃費とビンテージ物の旧式車の燃費…それ以上の性能差があるのだとか。
とにかく、勇者が戦ってくれたおかげで乗っ取られた斎城を倒しつつ、救うためのSPを温存できた…そ
れだけは事実だった。
『こちら黒島。施設科さんが例の町に拠点を構えたいそうだ。念の為、偵察チームは町内外の安全確保を頼む』
「了解。斎城は俺と、アリッサは町の外周を頼む」
『了解』
『イェッサー』
後続の車列が速度を徐行まで落とし、アリッサは平原を大回りしながら町へと、自分と斎城は町の内部へと向かった。
相変わらず橋は架かっているが、木製の端に戦車はまず無理だろう。まぁ、その辺は施設科のいぶし銀の男達が吟味して、良いようにしてくれるだろう。
町の内部をざっと見て回るが、異常はない。
『町周辺、一周シマシタ。異常なしデス』
「町内部も異常なし。各車両が橋を通過できるかは、渡る前に施設科の責任者と相談してくれ。…俺は念の為、山脈を貫通するトンネルを見て来る」
『了解、気を付けてな』
斎城を連れ、崩れた壁から出て例のトンネルへと向かった。トンネル出入り口に斎城と魔王を非常時の要員として残し、自分一人でトンネルに入った。
「…気を付けてね」
「私を置いていくとは良い度胸だな、下僕め!」
「すまん、一時間くらいで戻るから。…ちょっと気になってな」
行き来した道だ。既に隧道内の全容は分かっている。スキル特性に頼ってやや高速で移動し、二十分ほどで出口付近に到達した。
(やっぱりな…)
見える筈の光が見えず、代わりに巨岩の岩肌が見えた。出入口までに十個以上、トンネル内に詰め込んで封鎖したのだろう。
(…ちょっと体を動かしたいんじゃないか?)
俺に奴隷のような労働をさせるつもりか?
(俺のスキル使用だと燃費が悪すぎるし、壊し切れる自信がない。…頼むよ)
まったく…
面倒くさそうに入れ替わると、つまらなそうに騎兵銃を取り、左手で構えた。
マットブラックの銃身に赤黒い筋が血管のように蔓延る。それを無造作に一連射した。
騎兵銃が悲鳴に近い炸裂音を上げ、岩石が粉々に砕け散った。ただ砕け散るだけなら瓦礫となって通路を塞ぐだけだが、銃撃された岩は一部が消滅しているのか、少ない瓦礫に姿を変えて道を作っていく。小銃の一マガジン分で、十数個もの巨岩が砂の絨毯と化した。
「相変わらずお見事」
出口を通過し、山脈を抜ける。
封鎖網でもあるかと警戒したが、魔物の姿はない。ただ、魔王城へ向かう途中に、数えきれない魔物の隊列が、文字通り壁を作って待機していた。
(一億はいないにせよ…数千万はいるかもな…あの大軍が、幾重かの横隊をとっている)
あれで何をしようというんだろうな。中途半端な戦力だ。
(お前ならあれを殲滅するのにどれくらいの時間がかかる?)
…一日ないし半日は見るな
しかし必ずしも戦う必要は無いだろう。敵が相当参ってくれたのは分かった。例のクーデター首謀は追われているし、後は魔王のシナリオ通り、大人しく勧告に従ってもらえば済むことだ。
この期間に魔物達がどれだけ理性を取り戻してくれたかにかかっている。…しかし、最も警戒すべき懸念は…アウターデーモンとやらだ。
泥のアウターデーモンは自分が永久に始末した。あれが首謀者の唯一の切り札であればいいのだが。
…お伽噺によれば、天空の大賢者カーバによって不毛の山・サベナに封印されたアウターデーモンは四柱だと聞いたが。
(…となると、あと三体か……にしても、天空の大賢者ね…どっかで聞いたような…)
まぁいい。移動ルートは確認した。じき夜になる。今日は一旦戻って、町まで戻ろう。
トンネルの出口では斎城がリアシートに跨る魔王と何やら親しげに言葉を交わしていた。が、洞窟から出てきた自分に魔王が気付き、手を振った。
「無事か、ダイス?」
「見ての通りだ。無事通れる。平原の向こう側には相当数の魔物がバリケードを作っていた。数百万…下手すると数千万は居るかもしれん。まともにぶつかりたくは無いな」
「安心せよ、今度こそ我が全軍を説き伏せて見せる。今からでも行くか?」
「…いや、今日は遅い。明日、頼むよ」
町に戻ると、橋の下に差し込むように戦車架橋が架けられ、補強されていた。トラックと資材、物資だけ町の内部に移動し、重機と戦車は町の外に置く事となった。
「今、アリッサはさらに周辺を偵察しに行ってくれている。こっちは夕飯の支度だ。野外浴場の他に炊飯車も出してくれたしな」
これは魔王に暖かい食事を提供すべきという配慮もあるだろうが、現政権は開戦以降、特に現地派遣されている自衛隊及びギルド会員への待遇に気を遣いに遣っていた。しかしながら当然、単なる思いやりだけではなく、現地派遣部隊の華々しい快進撃を大々的にクローズアップした戦闘映像や、戦車隊がギガントを撃破する様子を、映像作家でも雇ったのではないかと思う程見事に編集して媒体に配信していた。
これは野党から「侵略戦争を美化している」と猛烈に批判されてはいたが、マスコミはそろそろ現地へのメディアの介入を、と中立…やや政権寄りの中立を保ち、国民からは大反響の嵐となっていた。
お陰で今、自衛隊への応募とギルド加入者・ギルド開業者、及びその方面の投資は右肩上がりで伸びているらしい。目敏いギルドなどは、黒島にコンサルティングを依頼してきているという。
「何かと待遇が良くなって、こちらとしては助かるよな」
「ふん、あのおば…マダムはやり手だぞ。いつもニコニコしているが、中身は立派な古狸だ。斎城と香山、アリッサを自衛隊の募集ポスターに利用しようとしているし、戦闘映像は巧妙にお前以外のギルド会員たちや自衛隊の戦果にすり替えている。…それも、お前をあらゆる思惑から守る為のカモフラージュでもあるが。仕込みに無駄が無い政治家だ。状況を利用してなし崩し的に、当初からタブーだった日本単一での魔界との平和条約の締結にまっしぐらだしな。…勿論、最終的には国連との仲介役に落ち着くつもりだろうが」
「ふむ。確かにあやつと何度か顔を会わせて見て思ったのは、大した胆力と精神力があったという事だ。顔では我に恐縮しておったが、内心では次の手を考えてばかりおった。…強いて非を挙げるなら打算がすぎる嫌いはあるが、無理も無い事なのだろうな」
黒島が魔王を振り返りながら苦笑した。
「魔王には想像もつかないかもしれないが、俺達の国では…外国でも場所によってはそうだが、政治を司る長は隙を見せればすぐに批判され、引きずり落とされる孤独な存在なんだ。周りにいる閣僚…参謀にも下手に心を許すと、どこに敵がいるか分からないってな」
「むむ。それであのように老獪な人間になったのか…」
「うーん…俺は元からの性格もあると思うが、そうかもな」
大淵はバイクを町の出入り口空きスペースに停め、両手を上げて催促する魔王を抱き上げ、リアシートから下ろした。更にご命令に従い、背負った。
遠くからバイクのエンジン音が聞こえてきて、アリッサが城内に走り込み、大淵の前で停まった。
「付近10マイルを確認しマシタガ、敵影ナッシン。10体ほどのゴブリンの群れなら居マシタガ、この陣容なら脅威になりマセンね」
「…とすると、大型の魔物はどうやって山脈を越えたんだ?」
魔王を振り返るが、魔王も首を横に振った。
「わからぬ。魔物の侵攻は魔物達に任せていたからな。私があのトンネルを見つけたのは偶然だ」
「西に向かった先に、何か山道みタイなモノがありマシたよ?車両が通れるかハワカリマセンが」
「とにかくご苦労さん。夕食が配られ始めたらしい。並ぼうぜ」
戦闘でこそ自分達が主役だが、自衛隊の拠点設営能力には全く敵わない。おかげで、廃墟の町の空きスペースは綺麗に片付けられ、そこに配給所及び各チーム用のテントが建てられ、ギルド戦士・自衛隊員合わせて二百人規模の人々が活動し、まるでトゥエカの町そのものが復興したかのような賑わいになっていた。
「そう言えば魔王、あのアウターデーモンとかいうのはお前の手下じゃないのか?」
自分達にあてがわれたテント前で夕食の肉じゃが定食を頬張りながら、魔王に尋ねた。
「違う。アレは魔族でもモンスターでも無いもの…人間側の大賢者が封印したと噂される、古代にこの世界を暴れ回っていた怪物だ」
魔王は肉じゃがの糸こんにゃくを不思議そうにプラスチックフォークで刺して見ながら、それを口に運んだ。
「…む、美味いな」
「斎城を襲ったという奴か。黒い泥のようなものに気を付ければ良いのか?」
藤崎が尋ねた。
「アウターデーモンは全四種。それぞれ違う姿をしていたという。当時の勇者でも討伐には至らず、件の大賢者の協力を仰いだと聞くが、もしかするとその泥のように、捉えにくい形をしているのかもしれんな。…どうせ放ったのはゼルネスだろうが、類は友を呼ぶというやつか」
「俺は、斎城を襲ったアウターデーモンの正体は大淵説、に一票だな」黒島が悪びれもせずに言う。
「あら、そうだったの大輔君?」…斎城まで悪ノリする。
「勘弁してくれ…」
発電機車が稼働し、城壁の方々に取り付けられた探照灯が平原と夜空を照らし出す。山肌もライトアップされ、状況が状況でなければ何かのイベントでもはじまりそうな雰囲気だった。
自衛隊はこの町をそのまま拠点として利用する方針らしい。魔王による和平が現実味を帯びつつある今、矢鱈滅多にこの地にある資産を破壊するのは気が引けるということだ。
城壁の上から、歪ながらも明かりを取り戻した町を見渡し、大淵は水筒の水を飲んだ。
「ほら、やーっぱりスケだった!」
声の主を振り返ると、梯子を上って川村が顔を出していた。
「川村か。どうかしたか?」
「どうかしたかじゃないよ、最近、可愛い子に囲まれてばっかりで、あたしら全然話してなかったじゃん?」
「…そういえばそうだな」
「あ。あと、クロのアホとあかりんと、怖いお兄さん二人が来るから。今、缶コーヒー取ってきてる」
「誰がアホだって?」
「お前以外にいないだろ。早く上がって来いよ、打ち首された生首みたいだ」
黒島に続き、あかり、そして藤崎と尾倉も登ってきた。…古い造りにも拘わらずあの二人の体重に耐える木製梯子も大したものだ。
「本当なら酒が良いのだが、そういう訳にもいかんしな。これで我慢しようじゃないか」
藤崎がビニール袋の中から各種缶コーヒーを取り出し、床に置いた。
「結構荒れてるな。星村、うっかり落っこちるなよ」
「大丈夫ですよ!」
「なぁスケ、聞いてよ。この間の沖縄旅行でさー、商店街で会ったおばぁが…」
「わはは、ちなみに俺達は酒に酔った在沖米兵達とちょっとしたフレンドシップを深めてきたぞ!なぁ、尾倉!」
「…お前はもう少し穏便に済ませろ」
「まぁ、この二人はともかく、俺達の方は第二と第一の青春を謳歌してきたぜ。また行きてーなー、次は全員で行こうぜ、大淵? それとも、今度は四人とも連れて湯煙逃避行するつもりか?だとしたらその手の有力者御用達の会員制旅館を紹介してやるぜ」
「な、なんだそれは!?お前はそんな事を…!?」藤崎が反応する。
「議員さんとお付き合いした時に聞き出したんだよ。お前らと違って機会が多いからな」
「だーめ!スケは今度こそウチらと遊びに行くんだ! そもそも、あかりんが居る所でそんな話しない!ミッチーも止めろよ!」
「…」
大淵と尾倉は同時にかぶりを振った。
「…あ。なんか楽しそうなことしてる。私達は仲間外れ?」
斎城が梯子から顔を覗かせ、頬を膨らませるフリをした。
「お前と香山と魔王が、いっつも大淵を独占するもんだから川村がやきもち焼い…ブッ!」
黒島が川村の猫パンチを食らってコーヒーを噴いた。星村が悲鳴を上げながらその毒霧から逃れる。
「ま、まぁ上がって来いよ。香山達もいるのか?」
「いるよ? 香山さーん、こっちこっち!」
下から魔王を背負った香山が上ってきた。
「む。ご苦労だった。なんだ、こんな所で雁首揃えおって…密議か?」
「…まぁ、そんな所だ」大淵が仕方なく応じた。
「…それにしても、なんだかすごい事になってきましたね。私、クランに入った時はこんな事になるとは思ってませんでしたから」
「だな。33ゲートが出現してから何もかもが変わった。大淵は死にかけて一部記憶喪失になるし、スタンピードは起こるし、そのスタンピードの原因がこっちの世界での魔王軍によるパワーバランスの崩壊が原因だとはな。なんというか大淵、我が相棒ながら、お前の一件以来驚かされてばかりだぜ?」
「…」
尾倉が自分を見た。
…そうだな。頃合いだ。
皆に話すべきか。
「あー…実はな。…どうもその、俺は死にかけたんでは無くて、死んだらしい…それも…」
…あの時尾倉に白状したように、自分の知る限りの全てを皆に告白した。
静寂。平原から虫の声だけが聞えて来る。…そう言えば、自分達の世界は冬だが、こちらはそうではなないのだな、などと思った。
「…んー、今年、一番怖い怪談でしたね、川村さん」当然ながら、黒島が茶化す。
「いやー、スケが死んでたらねぇ。確かにアレは…死んでてもおかしくなかったけどさぁ。なぁ、ミッチー?」
「…」
尾倉は空いた缶コーヒーを置いた。
「…お前達も、薄々とは感じていた筈だ」
尾倉の静かだが、腹の底に響くような絶対的な声が場を支配した。黒島ですら、冗談の一つも挟めない。…或いは、その言葉に思い当たる節があるのか。
「洞窟内調査の時、大淵が俺に打ち明けた。 …謎の復活に関しては分からんが、大淵の今日までの言動と部分的な記憶喪失。 …そして、ここ数日で見せた力。大淵の話を信じればそれらの辻褄が合う」
尾倉にしては長く口を開いていた。空の缶を握り締め、一呼吸置いた。
「……何より、嘘をつく理由がない」
「だったら何で…」
言いかけた黒島が言葉を詰まらせた。
もっと早く教えてくれなかったのか…そう言おうとしたのか。
「…信じられたか?…いや…受け容れられたか?」尾倉の静かな声が返した。
「…黙っていてすまない。自分でも最初は信じられなかった。…だから、まずは皆に溶け込もうとした。そうしているうちに状況がこんな事になって…本当に悪かった」
「…マジかよ…」
黒島が言葉を失った。他の皆も同じようで、それぞれが深く衝撃を受けていた。香山も俯き、打ちひしがれている。斎城は薄々感じ取っていたのか、複雑な笑みを浮かべて頷いた。…魔王は…既に自分の思考を読んで知っていたため、動じていなかった。
「それでも俺達のリーダーを務め続けた訳だ。…さすが、異世界に来ても大淵大輔、だな」
見上げると、黒島が苦笑を向けていた。
「まぁ、複雑ではあるが、こんな状況になって俺達が生きていられるのも…お前のお陰なんだ」
「…うむ。よく話してくれた」
「でも…ウッ…」
「うう…大淵さん…」
「泣くなよ、川村、星村…ああ、香山まで…」
黒島がオロオロとして自分を見たが、自分を見られてもどうにもできない。
「いや、死者を悼んで送るのも生者の権利だ」
珍しく尾倉が割って入り、何か重い物を自分のバッグから取り出した。ウィスキーの瓶だった。
「…そして改めて迎えよう。大淵大輔を」
「用意周到だな。…だが頂こう」
「そういうコトでしたら私もご一緒してヨロしいデスか?」
通路の屋根からアリッサがぶら下がったかと思うと、通路内に飛び込んで来た。
「お前…いつから」
「最初からだ」
驚いて呟くと、尾倉が事も無げに応じながら瓶を開封し、アリッサも加えた人数分の紙コップに注ぎ始めた。
「大淵も不思議な因果と運命に生きてマスねー。ワタシ、マシマシ大淵のコトが気になってしまいマシタ!」
「…ふん。お前こそ、この機会に告白の一つもしていいんだぞ?」
「コクハク?大淵に愛の言葉を、デスカ?」
アリッサを無視し、盃を手に取った。…本来は絶対にご法度だが…異世界である事、極少量であることから星村にも特別に盃を回した。
「あー…これは俺がやった方が良いのか? …それじゃ、元の大淵大輔に」
全員が献杯を捧げ、一口飲んだ。
「…皆、改めてよろしくな」
香山を見た。泣きはらした目で、それでも笑顔を向けてくれた。
改めて仲間達に受け容れてもらえたんだ、と実感する。
「しっかし、一番のホラーは中身が五十過ぎの良いオッサンてことだよな」早くも気を取り直した黒島が陽気に笑う。
「ウッ…それは…」
「ナルホド…そしてヤングな星村や魔王サマを、ヨコハマな目で見ていた…と」
「ヨコハマ?」魔王と星村がハモりながら首を傾げる。
「ええぃ、馬鹿たれコンビめ、勝手な事を言うな。俺は断じてそういう奴じゃあ無かったからな!俺はこう…精神的にだな…」
「爛れた?」
「爛れてない! まったく…尾倉、こういう時こそ助け船を出してくれよ」
「…」尾倉は我関せずとウィスキーを傾けている。
まったく…これからも苦労できそうだ。
…この世界の俺よ、これでお別れだ。…お前の大事な仲間達は俺が責任を持って導いて見せる。大したことはできないが…せめて全員、何があっても生きて帰らせるよ。
琥珀色のウィスキーを喉に流し込んだ。
『こちら黒島。車両チームはアリッサが見たという山道らしき場所を捜索中。高機動車で偵察している所だ。…どうなるか分からんが、援軍は計算に入れないでくれ。そこにいる四人が最小にして最強の戦闘単位…って事で』
「それで、山道はどんな感じだ?キャタ…クローラー式車両の方が向いてるんじゃないか?」
大淵は魔王をリアシートに乗せ、トンネルを先行しながら尋ねた。
『それはそうなんだが、重量のある車体で事故を起こすと、その分ツケが怖い。何度もトラバースを繰り返して登るような斜面だ。あのギガントやハヌマーン、サイ…ホーンなんかはここを必死に上ったんだろうがな。こういう所は、二足歩行や四足歩行には敵わんだろうな ……オイこれ、最悪Uターンで戻れるんだろうな…?まさか今更バックで帰れとは言わねぇだろうな…?』
何とも不安そうな呟きが聞えた。軍用車両でも厳しいとは、余程酷い悪路なのだろう。
「…お前はともかく、香山達だけは無事に帰せよ?」
『俺も心配しろよ!…とにかく、お前も無茶するなよ?』
通信を終え、平原に飛び出た。相変わらず、魔王軍推定二千万の大軍勢が平原を埋め尽くして、さながら海のようになっている。
今更ながら騎兵銃を検めた。銃自体を新品に変え、星村謹製の魔法石も組み込んである。…使用したくは無いが、万一に備え、斎城とアリッサのバイクにも予備として騎兵銃と弾倉を積んで貰ってある。
…勇者の放つ騎兵銃は人間で言う所の速射砲レベルだ。状況をひっくり返すことも決して不可能ではない。…問題は本人がまともに協力してくれるかどうかだが。
人聞きが悪いな。今までどれだけ俺に助けられたと思っている?
(感謝はしているさ)
圧倒的多数を占める主力の魔獣に交じり、魔族騎士達も武器を抜き払い始めた。初めて見る、鉄塊を纏ったような四メートルもの巨人も多数見える。
「あれは…?」
「魔王城守備隊、鉄将ゴルゲの配下…アイアンゴーレムだ。アレを倒せるのは勇者とその一部の仲間だけだと名高い、最精鋭の守備兵だ」
草原を埋める魔王軍から途轍もない緊張を感じられた。
「こんな平原で一晩以上、岩みたいにじっと待っていたのか…それはそれですげぇな」
人間には絶対に真似できない芸当だ。寝食を必要としない魔物ならでは「24時間厳戒態勢」という訳か。
減速し、軍団の百メートル手前までゆっくりと接近した。後ろの二人もその三十メートル後ろを追従してくる。
おもむろにバイクを止め、自分に追従するツヴァイハンダ―を抜き払って高々と掲げた。
魔物達が後退り、緊張が極限に高まった。
「聞け!」
リアシートから飛び降りた魔王が声を張り上げた
「我の顔を忘れたか、同胞たちよ!」
真っ先にゴーレムたちが跪き、続いて魔族騎士、そして魔獣達が思い思いの姿勢で忠誠の証を示した。
「私は洗脳などされておらぬ! …私を陥れた奸賊は去った。この度の騒乱は不問とする。これより我が魔王軍は人間との平和条約を目指す。停戦だ」
魔王は深く呼吸してから続けた。
「もう戦ってはならぬ!良いな、もう…人間を殺すな! …我が命を理解した者から持ち場へ戻れ」
「魔王様…!」
魔物達が素早く道を空け、三体の巨躯を持つ魔物が駆けつけてきた。鉄のゴーレムを銀色にしたような立派なゴーレムと、筋骨隆々とした虎の獣人、そして以前、自分と剣を交えた魔族の将軍…バルべスと言ったか。自分と魔王の手前まで来ると、窮屈そうにその巨躯を屈めて恭しく跪いた。
「あのゼルネスの口車に乗り、魔王様に反旗を翻したこの度の愚行…悔いても悔やみきれませぬ。かくなる上は三将軍揃ってこの首を…」
「良い。死を選ぶくらいなら、恥を忍んでもこれまで通り我の助けとなり、働け。それがお前達の償いだ」
「…ははぁっ!謹んで賜ります」
バルべスが顔を上げた。
「…人間よ、お前が魔王様をお守りしてくれなければ、我々はあの奸賊の良い様にさせてしまう所だった。…感謝を」
他の将軍達も頭を下げた。
「バルべス将軍だよな?俺は大淵大輔。…魔王からはダイスと呼ばれているが、好きに呼んでくれ。あー、その事はいい。…こっちこそ、かなりの魔物を殺してしまった。…戦争だから仕方ないとは思うが…お悔み申し上げる」
「お互い様だ。ダイスよ…和解ついでに、一人、どうしてもお前を諦められない者がいてな。相手してやってくれぬか?」
「?」
バルべスの巨躯に隠れていて見えなかった騎士が姿を現した。
「げっ…」
確か、リザベルと言ったか…木剣を二振り抱え、微かに頬を赤らめながらこちらを睨んでいる。
「人間…ダイス殿、約束通り再戦を申し入れる!」
「不肖の娘だ。…魔王様、よろしいでしょうか?」
「うむ。女だてらに威勢が良くていい。流石、闘将の娘にして竜撃隊の三番隊長だな」
「恐縮至極にございます」
「いや、何を勝手に…」
木剣が放られ、反射的に受け取ってしまった。
(しまった…)
「始めッ」バルべスが合図した。
「最早、首を狩る事はできんからな…勝った方は相手の命を好きにできる、それで良かろう?」
「えぇ…」(実質的に変わらなくねーか、それ…?)
「行くぞッ」
まぁ、以前も特に勇者の力も借りずに勝てたし、何とかなるだろう…
…柄にもなく、そんな甘い考えが過った。
偶然、構えた木剣に相手の木剣が食い込んだ。 …全く反応できなかった。
「嘘だろオイ…」
木剣を振り返すが、リザベルは軽々とそれを躱して猛烈に攻めて来る。
(以前とは全く別人だ…!)
一体、どんな荒行をしたというのか? 打たれていくうちにこちらの木剣はあちこちへこみ、今にも破壊されそうだ。
(受け身ではダメだ…!躱さないと…)
が、太刀筋が見えない剣を躱す事などできない。たまらず跳んで距離を取ると、リザベルは逃がさず詰めて来る。
「なんて奴だ…!」
間一髪回避し、カウンターで振り上げる。が、空中で舞うように体を捻り、自分の真後ろに立たれた。
「この間のお返しだ…!」
背後から組みつかれ、地面に倒された。
「ぐっ!?」
互いの木剣が手から離れ、地面で組み伏せられた。
(危ねぇ…!だが、これならまだ…返せる!)
余裕もなく技を返して逃れ、素早く木剣を拾い直し、振り向き様に素早く小手を打った。
「うッ!や、やるな…流石だ…」
「そこまで!」
「親善試合」が終わり、大淵は天を仰ぎながら肩で息をした。
「お、お前…いや、リザベルか…とんでもなく強くなったな…?」
「父上や竜撃隊の同期に付き合ってもらったのだ…それでも勝てぬとは…!」
リザベルは声を絞り、大地を殴った。
「…約束だ。何でも命じてくれ」
「そうだな…ちょうどいい。魔界を案内してもらえるか?」
「…何?」
「だから案内役だよ。…まさかお前も魔王と一緒で、案内できないのか?」
「い、いや、可能だが…」
「じゃあ決まりだな。…そういやお前は、俺に勝ったらどうするつもりだったんだ?…荷物持ちとか?」
「…こ、答える義務はない!」
そう怒鳴りつけると、リザベルは豊かな髪を揺らしながら走り去っていった。
「何なんだアイツは…」
「大淵はホントに罪なオトコデスねぇ?」
アリッサはニヤニヤと笑いながら木の上で見物していた。
「チェシャ猫か、お前は」
起き上がり、黒島に通信を送った。
「こちら大淵。黒島、無事か?」
『…死ぬかと思ったがな。なんとか山脈を登り切って、今そっちに降りている所だ…くそ、ジェットコースターなんてもんじゃねー!』
背後で藤崎と川村の喧しい悲鳴と星村の絶叫が聞えた。…香山はきっと、震えて声も出せずにいるのだろう。…尾倉は相変わらず無言らしい。
「…こっちは魔王が軍を掌握した。停戦発効だ。そっちの無線で全部隊にそう伝えてくれ」
「日本政府にとっては、少し早いクリスマスプレゼントになりそうデスね」
アリッサが隣に降り立った。
「誰のプレゼントかなんてどうでもいい。とりあえず、これで一段落だろう?」
「相変わらず、お人よしサンデスねぇ、大淵は。まぁコレカラ忙しくなりマスケドね」
「ね、海がある!」
斎城が彼方に見えた海を指さした。
「ああ。…まだ別の大陸があって、人がいたりしてな」
「行くぞ、ダイス!城でお前達をもてなしてやろう」
赤い夜空を反射する海を見つめ、大淵は魔王と共にバイクに跨った。




