竜騎兵
12月22日
「汎用剣士」桑田一志は大欠伸をしながら曇り空を見上げた。
この世界の魔物は赤い夜空と曇り空ばかり眺めていて、憂鬱にならないのだろうか?…少なくとも自分は毎日見ているのは嫌だ。
工兵…もとい、施設科の神がかった築城技術により、坑内陣地と同等の堅牢な外壁が完成していた。町や城内に横たわっていた白骨は平原に埋葬され、今は城の一部を改修して仮初めの宿舎として使っている。そのため、気分はまるで中世ソードアクションゲームの主人公だ。
鼻歌を口ずさみながら得意のダブルショートソードを華麗に振り回し、簡単な朝の運動を終えた。
「危ないからやめなって、それ」
「汎用弓士」の今井香織が自分を見咎めて注意してきた。…こんな朝早くにわざわざ自分の元へ文句の一つも言いに来るのだ。自分に気があるのは間違いない。
持ち前の図々しいまでのポジティブさ…限りなくナルシズムに近い思考でテンションを上げた桑田は髪を搔き上げて苦笑した。
「俺なら大丈夫だから」
「…迷惑だから止めてっていう意味なんだけど?」
これだから女は…素直じゃ無いな…だがまぁ、そういう所も悪くない。顔も結構良い。ハイティーン向けの雑誌モデルとか向いてそうだ。…強いて言うなら、もう少しスタイルに肉付きが欲しい所だが、これはこれでアスリート体型で悪くない。今井は弓士だしな。
「…でも、悪いけど俺…」
残念そうに右手の薬指に光るシルバーのリングを見せる。
「…は?」
今井は異星人を見る目で指輪と桑田を交互に凝視する。
「…だから、ごめんて」
「…馬鹿なんじゃないの…?」
今井は呆れ果て、プレハブへと向かっていった。
「…やっぱ怒らせちまったか…」
ホント、モテる男はキツいぜ…
「良いなぁ、お前、彼女いんの?俺も欲しいけどなぁー」
馴れ馴れしく話しかけて来るのは重騎兵の上田直人だ。.50口径対物ライフルを背負い、予備のショートソードにラウンドシールドと馬鹿みたいに重厚な22式騎兵槍を装備した、この中で一番の重武装馬鹿だ。バカだが、良い奴なので気は合った。
あの坑内陣地での魔王軍による初強襲時、周りで十四人もの犠牲者が出る中、大した戦果こそ挙げていないが、あの怪力のハヌマーンに頭部を殴り飛ばされて生きていたという、何とも気の毒な戦歴を持つ男だ。まともなスキル保有者でも下手すれば首がもげている。コイツのスキル、超視力のお陰でなんとかなったのだろう。
というか、殴られた衝撃でアホになったんじゃないか、コイツ?
上田の方が2歳年上だが、馬鹿なので同等と見てタメ口で付き合っている。
「そんな良いモンでもねーって。…見たろ? …あーやって、女の子に夢見させちゃ壊しちゃうんだよ。これって切ないけど罪だよな…」
「うーん、すげぇなぁ。なんかお前の方が年下の癖に、大人してんなぁ。でも彼女は可愛いんだろ?」
「まぁな。…よく、ワン・4EBRの神尾ゆかに似てるって言われて、俺も彼女もすげー困ってる」
「神尾ゆかに!? 良いなぁ~、俺も神尾ゆかに会いてぇ~。お前、写真持ってる?彼女見せてくれよ」
「…たく。しゃーねーなぁ…ホラよ」
「おお!…おお?おお、似ているっちゃ似てるな!」
「フツーに瓜二つだろうが!」
「そ、そうだな…。じゃ、じゃあお返しに俺のお守りの女神様も見せてやるよ」
上田がごそごそと自分のメイルアーマーをはだけ、戦闘服の小物入れを探った。
「…お前の母ちゃんとか妹とかじゃねぇだろーな?」目の前のアホ面にリボンを乗せた顔を思い浮かべ、身震いする。
「俺は一人っ子だよ。ほれ」
「……え、誰、これ…生成AI画像か?」
「ほら、中央クランの竜騎兵。この前の慰労パーティで見かけたんで、拝み倒してツーショット撮ってもらったんだ」
「く、クソ…そのパーティーの時にはまだ配属されてなかったからなぁ…それにしても色々デケー女。ヒール履いてんのか?…お前よりデカいじゃん。親子写真かよ」
「まぁそれ以来会えて無いけど、作戦にはよく参加している筈だから、運が良ければ会えるかもな。…会えるって事は、大抵ヤバイ時なんだが…」
何をビビっているんだか。魔物は自衛隊の戦車隊にビビって魔王城までガチ逃げしたんだろう。
「まっ、何が来ようとこの俺が…」
基地内にけたたましいサイレンが鳴り響いた。
「や、やべぇ、何か来たらしい…」
上田が怯えながら身構えた。
「ビビんなよ。この俺が居るんだぜ」
双剣を抜き、壁の内側に設けられた階段を上った。
「さぁて、どんな魔物がやってきたのか…」
平原を見渡すが、地上に敵影は無い。…いや、影だけ薄らと映っている。
見上げると、頭上に巨大な鳥が一羽、基地に向かって迫っていた。曇天の曇り空から舞い降りるそれは、ただの巨大な鳥…ではなかった。翼を生やした二メートルもの巨人だった。
…コーヒー色の肌に、筋肉馬鹿よろしく筋張った厳めしい顔つきのハゲ頭が、仏頂面で自分達を睥睨している。
「なんだ、ガーゴイルってやつか? RPGなら最初の小ボスだな」
桑田は内心で拍子抜けしていた。ギガントでも来たなら、今日こそは自分が首を刈り取ってやろうと思っていたのだが。たかだか二メートルのハゲマッチョなど、屁でも無い。
「あ、あいつぜってーヤバいって。大ボスだろ絶対…」
…22の、大の男が歯の根をガチガチ言わせながら震えている。
「しゃーねーなぁ。お前はそこで見てろよ。俺がやってやる」
ちょうど、ギャラリーも集まってきた。たった一匹というのが盛り上がりに欠けるが、まぁ良いだろう。せめて、そこそこ強くて、自分の引き立て役になってくれればいいのだが…
駆けつけた20人のギルド戦士の中に、今井の顔もあった。今は不安そうに怪物を見上げている。
…いっちょカッコいい所見せてやるか。ったく、俺も罪作りな男だぜ。
「おいハゲワシ野郎、喧嘩を売りに来たんならとっとと帰りな。…それとも俺に遊んで欲しいか?」
左の剣…12万もした魔法石入りのショートソードを指の代わりに振った。
ハゲワシと勝手に命名した魔物は仏頂面のまま、声を発した自分を見据えている。
「おーい?お口にチャックでもしてんのか?…来ないならこっちから」
「おい、やめた方が…」
パンッ
乾いた音が響いた。目の前のハゲワシは「なんでやねん」のようなポーズをしている。…手を振ったのか?
「…あ?」
左手に持ったショートソードのヒルトから先…ガードと剣身が消えている。遥か彼方の城壁に、ガード付の剣身が刺さった。
その意味を理解し、桑田は咄嗟に下がろうとして「雛段」を踏み外し、無様に転がり落ちた。
「ぐぁあッ、クソッ!痛ぇえ!」
頭を抱えてもんどりうつ桑田を笑う者はいなかった。それどころでは無かった。
桑田の取り落とした、もう片方の剣を拾い上げた魔物は、無表情でそれを投擲した。
それは一直線に持ち主へと還り、その大腿を大地に磔にした。
桑田の悲鳴。
「ま、待ってろ、今助ける!」
「やめろ、来るな!こ、コイツはヤバい!」桑田が懸命に叫ぶ。
だからそう言っただろう…!
上田は内心で溜息を吐きながら、桑田の向こうに降り立ったハゲワシ…ガーゴイルを見た。
クッソ怖ぇ…
この間の死人が大勢出た襲撃も怖かったが、それ以上の恐怖を感じた。
…ガキの頃見た、少年向けバトル漫画の序盤のボス…あれを初めて見た時くらい怖い。
だが、怖がっていては桑田を救出できない。
「中央クランに応援要請を! お、俺があいつの気を引く!誰か桑田を助け出してやってくれ!」
「待て、俺達も戦う」
左右に六人ずつギルド戦士が立った。 今井含め、弓士・術士が七人、遠距離からの援護に回ってくれた。
「…助かる。今の所、コイツだけだ。一気呵成にやっちまおう」
魔物は赤い眼で誰を見るともなく、全体を見渡すようにぼんやりと立っているように見えた。
「行くぞ…」
スキル、発動。
しかし、相手が微動だにしない為、あまり意味が無いように思えた。騎兵槍で突くが、相手は超視力の中でも駆けるようなスピードで動き、ゆっくりとしか反応できないこちらにカウンターの抜き手を繰り出して来た。
(なんだよ、この速さは!?)
それでも、辛うじてラウンドシールドが相手の抜き手を払うのに間に合った。それでも鉄塊のような腕を払いきることはできず、自分の右眼を掠めて行った。激痛と共に、右側の視界が真っ暗になった。…掠めただけで失明…
…超視力が無ければ、今頃どうなっていたか想像もしたくない。
更に視界外から腹を蹴り上げられ、消化しきれていない朝飯と胃液を吐きながら這いつくばった。
横から電撃を纏ったハルバートで切り付ける戦士。ガーゴイルはそのハルバートをすり抜け、使い手の首筋を軽く払った。
蹴り飛ばされた物体がサッカーボールのように宙を舞う。
「この野郎!」
盾戦士が盾を押してタックル。敵の動きを封じようと試みるが、敵と衝突して微動だにできなくなる。
(パワーもあるってのか…!?)
口元を手の甲で拭い、立ち上がった。
逆に盾戦士は痙攣しながら膝から崩れ落ちる。
「え…?」
盾を貫通した抜き手が、盾戦士のメイルアーマーを易々と貫通し、脈打つ何かを握り締めていた。…それを盾戦士の上で握り潰し、破裂させた。
「ば、化物だ…」
何を今更…しかし、それ以外に形容しようが無い。
最早、誰も向かおうとする者はいなかった。人間にとってのエンジンを永久に失い、地面で震え苦しむ盾戦士を踏み越え、ガーゴイルが手近な戦士に迫った。
「ひっ」
腕が振り抜かれ、短い悲鳴を上げてその戦士も崩れ落ちた。
一方的な虐殺が始まった。
まるでプロレスラーと赤子だ…日本各地から厳しい審査をクリアして集められた戦士たちが、逃げる事も一太刀浴びせる事もできず、無造作に命を刈り取られていく。
鉄拳が頭部を血煙に変え、抜き手が刃物並の切れ味で臓物を外科手術のように摘出していく。蹴りをまともに受け、またサッカーボールが弧を描いた。
…悪魔だ…
…その悪魔と目が合ってしまった。…いよいよ自分の番だ。
…と、ガーゴイルが腕を素早く上げて何かを掌で止めた。…矢だ。
前衛の味方が極端に減った事で…味方の弓士が射線を確保しやすくなり、本格的な援護を開始した。術士も氷の魔術でガーゴイルの足元を凍らせ、動きを封じようとしている。
「…そうだ、遠距離から…」
前回、威力不足だった騎兵銃の代わりに新たに支給され始めた対物ライフルを構える。
「くたばれっ…!」
顔面に向け、立て続けに撃ち込む。
一発目は外してしまったが、二発目からガーゴイルの顔面に命中。四発の弾丸が頭部に命中した。
「…」
…かすり傷だった。皮膚を焦がしているがその程度。続いて放たれた矢も、その皮膚に刺さりもしない。
「何なんだよコイツは…」
足元を凍り付かせていた氷を気にするでもなく歩き出し、弓士に向かって動く気配。弓士が後退る。
超視力で反応し、全力で駆け付ける。
…もう、これ以上死なせてたまるか!
間一髪割り込み、横からガーゴイルにタックル。相手の一撃を外させたが、呆気なく振り払われ、助けた弓士の足元に転がった。
「だ、大丈夫っ!?」
弓士に抱え起こされる。
桑田と話していた…今井とか言ったか…クソッ、死ぬ前にこんな子と付き合ってみたかった…
せめて、死に際くらいはカッコよく散ってやろう…。
「き、君は皆を連れて逃げろ!俺が時間を稼ぐから」
そう弓士に促しながら慌てて起き上がり、ガーゴイルに向けて騎兵槍を振り回した。
それを無表情で、最低限の動きで回避していたガーゴイルだが、おもむろに槍を掴むと、いとも簡単に奪われ、逆に打ち据えられた。
「ぐうぅッ…」
肩から先の感覚が無くなり、その場でうずくまる。…無くなったんじゃないかと思う程の激痛を肩口周りに感じるが、腕は付いている。…ただ、どうしても動かなかった。息も苦しく、全身に力が入らない。
体がもうダメだと言っていた。
振り上げられた10㎏の騎兵槍。…この化物が使えば、ビルだって重機いらずで破壊するだろう。
(終わった…)
…と、化物が何かに反応した。空を見上げ、その槍を投擲した。
怪獣が唸るような鳴き声が響き渡る。
(新手か…!?)
今井に庇われながら声のした方向を向くと、コバルトブルーの鱗で覆われた竜…ドラゴンが、目も覚めるような真っ赤な翼を羽ばたかせながら飛んできた。首筋に騎兵槍を突き立てられながらも、憤然としてガーゴイルに突進していく。
「な…仲間割れか?」
いや…竜の背には人が乗っていた。
大気に流れる鮮やかな黒髪。長めの日本刀を手に、凛として全長十数メートルものドラゴンを駆る姿は、正に竜騎兵の名を現わしていた。
「さ、斎城さんか…?」
蒼竜が腕を振り上げ、無造作にガーゴイルへ振り下ろした。廃墟が大きく切り刻まれるが、ガーゴイルは翼を羽ばたかせて塔の上へと飛び上がっていた。
「行けッ!」
斎城が鋭く命じ、再びドラゴンは吠えながら塔の上のガーゴイルに向かって飛翔した。
ガーゴイルは何を思ったか、塔に抱きついた。
「なんだ…恐れたのか…?」
上田が訝しがる。今井が首を振った。
「ううん…あれは多分…」
抱き締められた塔に亀裂が入り、円筒状に…六メートルもの構造物を軽々と抱き上げた。…まるで幼い子どもが描くロケットそのものだ…更にそれを片手で無造作に振り、斎城の駆るドラゴンに向けて投擲した。
斎城が竜の背から立ち上がり、首の上を駆け抜け、頭頂を足場にして宙に跳んだ。跳ぶ際に竜に頭で押し上げさせており、前方に向かって大きく弧を描きながら跳躍し…塔を真っ二つに切り裂いた。
二つに裂かれた塔は竜に掠りもせず、平原に落下していった。
「す、すげぇ…!」
重力に引き戻される斎城の体を、ドラゴンが背で受け止める。仕返しとばかり、ガーゴイルに向けてドラゴンが息を吹きかけた。
炎でも出るのかと思いきや、氷雪…ブリザードだ。 それも、術士の氷結魔術より遥かに威力があるらしく、塔の上に立っていたガーゴイルは両腕を盾にして耐えるも、その全身が瞬く間に白く凍てついていく。
更に、ブリザードブレスで相手を身動き取らせないままガーゴイルまで接近すると、ドラゴンが再び右腕をスイングした。
ガーゴイルも流石に意を読んでいたらしく、左腕と左脚でガードの構え。ドラゴンの巨大な爪を辛うじて止める。
その瞬間には既に斎城が跳び、ガーゴイルに頭上から斬り掛かっていた。
ガーゴイルは右腕を盾にして頭上をガードするが、斎城の一撃を止める事は叶わなかった。腕を容易く両断され、その屈強な身体を唐竹割に切り捨てられていた。切り捨てられたそれぞれの半身は塔上から力なく落下していく。
「す、凄い…」
「や、やった!さっすが女神様だぜ!」
女神というより戦乙女か?何にせよ、最強にして最高の人だ!
生き残った兵達が歓声を上げて手を振り上げると、斎城は恥ずかしげに手を振り返した。歓声が一層高まった。
「さっすがだなぁ…」
私用で出かけていた所、救援に間に合わず、たった今決着がついた。平原の丘陵からその光景を見下ろしていた。
アレが竜騎兵たる所以の幻獣召喚か。…やっぱり最高にカッコいい女だ、斎城は。
だが、隠しているのはアレでは無いな。希少なエンシェントドラゴンではあるが、どうという事は無い。…やはりもっと追い詰められなければ奥の手は出さないか?
(…またお前か。いい加減にしろ。 …お前がやって良いのは、魔物やモンスターだけだ)
あの羽の生えた黒い奴はそこそこ面白そうだった。是非立ち会いかったものだ。…まだ生きていたりしないものだろうか?
(何を馬鹿な…真っ二つにされてたじゃないか。あれで生き返ったらギャグホラー…出来の悪い劇だ)
…出来の悪い劇が開演したようだが?
「ッ!?」
言い知れない悪寒を感じ、斎城は再び抜刀して身構えた。
二つに分かれた半身ずつが、スライムのように液状化した。
それは悍ましいまでの素早さで二方向から斎城に迫ってきた。
正眼に構え、気を集中させる。左から目にも止まらぬ速さで迫る黒いスライムを斬り払い、反対方向から背に向かって来たもう一体を薙ぎ払った。
黒い液体が血飛沫のように地面に飛び散り、液体は動かなくなった。
「……」
斎城はそれを警戒して見下ろしていたが、違和感を覚えて手を見た。
手が、真っ黒に染まっている…
「なっ…」
刀身を這い上がり、なおも黒い液体が斎城の腕を這い上がり続けていた。咄嗟にもう片手で薙ぎ払おうとすると、その手にも乗り移ってきた。
「い、嫌…」
見ると、いつの間にか地面の液体が足を這い上がって来る。瞬く間に全身を余すことなく黒いスライムが包み込み、胸を越えて首筋にまで伸びてきた。
…おやおや、思いのほか愉しそうな劇が開演したな?
「さ…斎城!!」
大淵は焦燥を堪え、アクセルを握り込んだ。




