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転生先はパラレルワールドだった  作者: こぶたファクトリー


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3/60

追憶

 カフェテリアの上品な軽食では、燃え滾る溶鉱炉と化したこの胃袋を鎮める事は出来なかった。

 大淵はミネラルウォーターを流し込んで空腹を誤魔化しながらアンティークな壁時計を見上げた。

 …現在四時十三分。中途半端な時間であったこともあり、五十代の感覚で腹八分目に遠慮したのがいけなかった。ため息交じりにもう一口、ミネラルウォーターの水を含んだ。腹の虫が水に圧し潰されながらもしぶとく抗議の声を上げている。

 五十代の身体の時は、少し食べればすぐに体の方が受け付けなくなるものだった。この体になって、改めて二十代の恐るべき底なしの食欲を思い出した。

 しかもこの身体は、文字通り死闘を繰り広げた後、三日間飲まず食わずだったのだから、無理もない。

 もう一度時計を見上げる。四時二十五分。 この調子では六時半まであと何回時計とお見合いをしなければならないか分からない。 だが、カフェや自販機に向かうという選択肢は封印していた。

 自分の生還祝いを兼ねて、と黒島たちが提案してくれた宴会の為だ。せっかく宴の席を提供してもらったのに、その前に矢鱈滅多に暴食するのも気が引ける。


 今でこそ静けさを取り戻しているが、あの後、オフィスは相当な騒ぎになった。 …正確には約一名が大騒ぎをしただけで、後の二人とは幾つかの質問をやり取りして、簡単な自己紹介を交わしてから事の経緯を説明できる範囲で説明しただけなのだが。


 ふと、斜め前に座る香山桜の視線に気づいた。反射的に目を合わせようとすると相手は慌てて目を逸らしてしまう。


 …あの後からこれだ。


 病院で最後に自分を世話してくれた看護師。最期に一目見たくて叶わなかった相手。

 現時点では何故かこの娘だけが元の世界から唯一知る存在だ。嫌が応にもこちらとしては気になる。

 ただ、こちらの香山桜は看護師ではなく、この東京中央ギルドの実働クランに所属する「神官騎士」という職種になっている。

 黒島曰く、何らかの加護とスキルを授かり、白兵戦闘も出来るタイプらしい。しかも、まぁまぁレアなタイプだと付け加えられた。


 わざとらしく視線を手元のPCに向ける香山から視線をずらし、その隣に座る黒髪長身美女…斎城日菜子…「竜騎兵」を見た。黒島が言うには「幻獣の召喚と使役ができ、自分でもかなり戦えて、乗った事も無い軍用車両等でも手足のように乗りこなせるオマケ付」

 世界でも三人しか存在しない内の一人というトンデモなレア度に加え、本人自体の基礎ステータスが極めて高い。その為、都内の他4ギルド、はては内閣直属のチームや海外の大手ギルドからも執拗にオファーが来ていて、中央ギルド上層部と、クランの総合担当である黒島にとってはある意味で悩みの種だとこぼす。


 …因みに自分も騎兵は騎兵だが、バイクや自動車など、一般的な乗り物に限り手足のように扱えるらしい。 

 …なんとも地味だが、バイクなど原付とママチャリしか縁がなく、半分ペーパードライバーであった身としては十分すぎる特典だ。

 と、一瞬目が合うと、斎城は垂れかかる髪を耳の後ろへかき上げながら微かに微笑んだ。

 あまりにも自然な仕草で、豊かな髪の匂いと色香が漂ってくるような気さえする。美容系CMのそれである。

 それに、なんだこの微笑は?

 無表情に閉じていた口元が辛うじてそうと分かる、心からの自然な微笑み。すると微かに険のある顔は全く別の顔を魅せる。曇天の物悲しい雪山を、眩い太陽が現れて照らし出すような……ダメだ。自分のボキャブラリーでは上手く言い表せない。 母親以外では唯一俺を可愛がってくれた女性……保育園時代、初恋相手だった三好先生だって、こんな女神のような微笑を見せたことは無かった。


(…魅了のスキルも持っているんじゃないか…?)

 俄かに頬が紅潮するのを感じつつ、真逆の方向に視線を逃がすと、部屋の隅でオモチャ…もとい補助アイテムの作成に勤しむ星村あかりの姿がある。 クラン内でただ一人、離れた別スペースにちょっとした設備を備える専用工房まで与えられている「魔術工芸士」。

 そうレアな職種では無く、どちらかと言うと技術者であるため、とても前線で戦えるタイプではない。が、若干15歳にして高校生活とクラン活動の掛け持ちを認められる程にはその手の業界で天才と名高い実力者。 このクラン…ひいてはこの中央ギルドの営業利益の、少なくとも40%は彼女のお陰だと言って過言では無いという(黒島談)

 こちらの視線に気付く様子も無く、真剣な表情で鮮やかなグリーンに輝く宝石…魔法石を鑑定していたかと思うと、他にも幾つかの鑑定済みの石と…ゾンビやら血まみれの手やらがプリントされたユニークなホラー工具箱を手に、腰まで伸ばしたおさげ髪を揺らしながらオフィスを出て行った。 例の工房に向かうのだろう。

 

「…それでしたら現在、こちらのエージェントが遂行中です。 ええ、明日の午前中には在庫含めてそちらに提示できます」

 オフィスの奥まった中央…教室で言う教壇や、課長やら部長が座るような場所には黒島がデスクに着き、時折思い出したように掛かってくる電話の受け答えをしていた。

 一件終えたかと思うと、間も置かずに新たな電話が掛かってくる。

「はい。 …わかりました、こちらでパーティーを編成しておきます。…では三日後の…」

 淀みなく繋がれる言葉は明瞭快活で、必要以上に肩肘を張る事も無い態度。電話の内容を聞く限りの相手とは全て、良好な関係を築いている事が容易に窺えた。 やはり営業マンが似合う男だ。黒島がこのクランのギルド内・外との連絡と経済活動、そして法務対応を一手に切り盛りしているという。

 超・有能眼鏡くんである。


 この他に戦闘メンバーがもう三人居て、そのチームが今、仕事をしているという。彼らも任務終了後、宴会に合流して互いの自己紹介を改めて行うという算段だ。 因みに黒島はその三人に自分が生存している事は伏せ、サプライズとするつもりらしい。

 肩を伸ばし、手元に開いたノートPC…この世界の自分が付けていた作業日報の続きに目を移す。

「読んでいれば何か思い出すかもしれないから」と黒島に渡されたものだ。

 そこにはこの世界の自分がこれまで辿ってきた日常…そして「ゲート」と呼ばれる異世界との出入口を巡る調査内容と、そこで現れるモンスターとの戦いの様子が記されていた。

 

 大淵としてはゲートやモンスターと呼ばれる敵性存在に関する情報が多く欲しかったが、この世界の自分にとってモンスターはあくまで駆除対象でしかなかったらしく、討伐したモンスターの名称と数がそっけなく記録されているだけだった。 新種モンスターに関しても得た・或いは与えられた情報が簡素なイラストと共に箇条書きで書かれている程度だ。 後はどんな物を拾ったか、そしてどんな物を特に回収すると喜ばれるかなど、星村からの要望ややり取りなどが細かに書いてあった。

 モンスターとの死闘や武勇伝などは全くと言っていいほど無い。


 代わりに黒島との交遊…バカ話や、クラン内の女性…香山達との出来事などが事細かに書かれている。この世界の自分にとって、日常と戦闘…どちらに比重が置かれていたのか良く分かる。 知らぬ名も三つあるが、それが不在の三人なのだろう。


 その内容はどれも、同じ年頃だった自分がどれだけ欲し、願っても…決して得られなかったものばかりだった。


 黒島からギルドの立ち上げを提案され、都内で解体予定前のボロアパートを何とか予算内で借り、雨漏りや謎の怪音も頻発するそこを拠点としてギルドの真似事から始めた事。


 ギルド共済保険をケチって探索し、自分がモンスターによって怪我を負って二人で大騒ぎしたこと。


 それぞれの得意分野を活かし、自分が探索・戦闘、黒島が事務を担当するようにして、それから初めて収入らしい収入を得た喜び。

 そのささやかな収入を焼肉屋での祝勝会にて一晩で溶かした間抜けな顛末。

 

 その店でナンパがてらと酔いの勢いに任せて誘った川村というソロ探索者を迎え、予想以上の彼女の能力のお陰で更に仕事の軌道が上向きになった事。

 

 その川村が知り合いだからと無断で呼び込んだ強面の屈強な男…藤崎と尾倉が二人で尋ねてきた時には、美人局だと早合点してボロアパートの二階から二人で大慌てしながら逃げ出した事。


 やがて、都内でも有名になりつつあった自分たちを尋ねてそれぞれソロ探索者であった香山、斎城、そして星村が加入し、彼女らが頭角を現すとともに少数精鋭ギルドとしてひとかどの存在になれた事。

 

 ギルド連合から直々の勧誘を受け、この中央ギルドに属し、仲間たちと大いに喜び合った事。

 

 ……見ているだけでこちらもにやけてしまうような話。我が身の事のようにさえ思える幸福な物語ばかりだ……そして、どれ一つとっても、元の自分のカビ臭さが漂うような人生とは全く正反対の、輝かしいばかりの追憶ばかりだ。

 

 …それだけに、日誌を読み進める指は重くなり、口元から笑みは消えていく。


 最後のページが近づいていた。

 

 日誌の内容もそれまでの順風満帆な内容から、まるでこちらの気分を反映したように翳っていく。


 日本で三年ぶりとなる、新たなゲートが自分達の担当区域に出現した。

 ()()()()()一部の探索者たちが規制線を張られる前にいち早く突入し、そのまま全員遭難してしまう。

 ゲート自体の管理は国だが、その運用と調査は各ギルドを中心として請け負っており、遭難者救助と支援は主任務であるため、行政からギルドを通して自分達に出動命令が下った。

 そこで先発隊として自分…大淵をリーダーとして藤崎、尾倉、そして高い回復スキルを有する香山が出動し、自衛隊・警察・消防の支援を受けながら明日、内部に突入する段取りだ…と。

 

 それで日誌の更新は途切れていた。

 当然、自分にその中で何があったのか詳細は分からない。ただ、この世界の自分がそこで命を落としたのは間違いない。

 そっと視線を上げ、香山を見た。相変わらず手元のPCを操作しているが、こちらに気付く様子はない。

 彼女ならその詳細を知っているだろうが、それを尋ねるのは気が引けた。最初の挨拶以降、ああして自分をどこか避けている事もあるが、それが凄惨な光景であったであろう事も容易に想像できるからだ。

 何人もの探索者が遭難した上、仮にも仲間が目の前で一度は死んだのだ。できれば思い出したいことでは無かろう。


 だからと言って、このまま知らぬままという訳にも行くまい。黒島なら当時の詳細を聞き知っているかもしれないが、できれば当事者達から直接聞くのが一番だ。

 日誌を見た所、藤崎、尾倉は付き合いが幾らか長い上、偉丈夫のようだ。彼らに聞くのが良さそうだ。

 あれ程飲んだにも関わらず軽い喉の渇きを覚えてペットボトルに手を掛けるが、中身は空になっていた。見上げると時計は午後六時二十分を回った所だった。

 すると黒島のデスクに置かれたスマートフォンが鳴り響き、黒島はすぐにそれを取りあげて応じた。

「ああ、お疲れ。全員無事? …オーケー、回収部に引き渡したらそのまま引き上げてくれ。それで、店と時間は…」


 それから二言三言会話を交わすと端末を置き、軽く手を打ち鳴らして部屋の面々に注目を促した。

「よし、各自、切りの良い所で上がってくれ。 …って、星村はまだ工房か。 店は久しぶりに椿館だ。間違わないでくれよ?」

 そう、よく通る声で皆に仕事終わりを告げた。 

「お疲れさまでした」

 二人の女性の返事が見事に重なり、斎城はPCの電源を落としながら荷物を纏めはじめ、続いて香山ものそのそと帰り自宅を始めた。

「時間は七時からな。 大淵、お前は俺が乗せていくよ」

「ああ、頼むよ」

「その前に星村に知らせないとな。一緒に来るか?」

 どうせ黒島の案内が無ければ自宅すらわからないのだ。エレベーターホールから外の景色を見ているよりは、その工房とやらを見てみたい。


「よし、行こうぜ」

 女性達に先立ってオフィスを出ると、夕方の各オフィスは人もまばらになりつつあった。

「ちょいと野暮用。そこで待っててくれ」

 途中、オフィスの一つに軽くノックして黒島が入っていく。

「どうも、実働の黒島です。 …すみませんがこれ、デスクに置いていくので厚田さんが来られたらよろしくお願いします」

「わかりました。お疲れ様です」

 愛想の良いやり取りを聞きながら待っていると、黒島はすぐに出てきた。

「悪ぃ悪ぃ。さ、ツアーの続きだ」

 再び黒島に案内され、自分達のオフィスから更にオフィスを挟んだ奥まったオフィスの前で止まる。

「星村、いるか?」

 黒島がノックしながら呼びかけると、しばらくして内側からドアが開かれる。ドアの隙間からそれこそタヌキのように大きな丸目で、愛くるしい顔をひょこ、と現した。


「どうしたんですか、黒島さん?」

「お祝い会やるって言っただろ?椿館で七時からやるんだが、仕事の方はどうだ?」

 傍から見ると兄妹のようにも見える。少なくとも黒島は星村を自分の妹のように思っているような様子だった。

「ああ、もうそんな時間ですか!? 大淵さんの記念すべき復活祭ですもんね、これは行かない訳には行きません」

 復活祭って…

 こちらが呆れて苦笑するのも構わず、星村は一方的に言い募る。

「こちらとしても大淵さんに話したいことがありますしね! ああ、仕事の方はもう終わって、次の仕事の下準備をしていた所です」

「さすが、手が早いな。助かるよ。 …今日は歩きか?だったら一緒に行くか?」

「それじゃあお願いします」


 ドアの隙間から工房の内部が一部覗き見えた。壁一面に何やらロボットのように見える設計図の図面が張り出され、長テーブルの上にずらりと同じ色の宝石が並んでいるのも見えた。

「あっ、まだ駄目ですよ!もうじき完成しますからそれまで我慢してください!」

 そう言いながら星村は両手足を大の字に広げ、頬まで膨らませながら大淵の前に立ちはだかる。まるで秘密基地を作っている最中の子供のような仕草に、思わず頬が緩んでしまう。

「だから、大淵は覚えてねーって。それとも覚えてるか、大淵?」

 首を振りながらも、星村の仕草が可愛らしいので、悪戯っぽく更に覗くフリをして見せた。

「あっ、コラ!」

 星村がややムキになって大淵を押し返す。その様子を黒島は笑って見守っている。

 この世界の自分も、こんなやりとりをしていたのだろうか? …ふと、そんな事を思った。


 地下駐車場に着き、あのSUVに向かおうとすると、こっちだ、と黒島に呼び掛けられた。

 振り返ると、黒島は星村と共に白のセダンに乗り込もうとするところだった。

「おお、凄い車だな?」

 車など生涯で中古の軽自動車を一台保有していただけの自分だ。車にもさほど詳しく無いが、エンブレムを見てもどこのメーカーの車か分からない。ただ少なくとも、日本国内のメーカーのエンブレムではないと分かる。

(新興の海外メーカーだろうか?)

 シートベルトを装着がてら振り返ると、星村は後部座席の中央に身を沈め、既にシートベルトを装着している。黒島は運転席に収まりつつ、得意げに答えた。

「コイツはこのギルドの工業部・車両開発クランが作ったモンだ。値は張るし大量生産はできないが、作った分は完売だ」


 驚いて車内を見回すが、素人の自分には普通の車とどう違うのか分からない。

 勿論、高級車などとは無縁の身だが、それでもシートの座り心地、居住性、インテリアの質感…それらは良い代物だと直感できる。

「コイツの材料の一部には俺達が収集した素材が。そして星村が精製した魔法物質が組み込まれてんのさ」

 再び驚いて振り向くとドヤ顔というのか、星村が誇らしげに腕を組みながら頷いて見せた。

「す、凄ぇな」

 黒島がエンジンスタートボタンを押すと、コンソールに光が灯った。デザイナーの意匠の賜物か、どことなく…いや、明らかにロボットSFモノのコックピットシーンを意識した雰囲気だ。

 カーナビらしきディスプレイが起動すると、黒島が操作するでもなく画面が動き出し、ある一点を映して[はい/いいえ]のアイコンを示した。黒島が[はい]をタップすると車体は静かに滑り出した。黒島はハンドルに一切手を触れず、運転席でタブレット端末を弄っている。

「もっとも、タイムスリップやワープできる訳じゃ無いがな。 だが、安全性は現行他社のどんな車よりも保障する」


 車は複雑に入り組んだ経路も、途切れることのない他の車とも絶妙のタイミングで呼吸を合わせ、危なげなく進んでいく。

 店自体はそう遠い場所では無かった。歩きなら渋滞に巻き込まれない分、十分もあれば余裕で着けるだろう。車が店の出入り口前の路肩に横付けすると、黒島も星村もさっさと車から降りていく。大淵もそれに続いて降車する。

 三人が降りると車はそのままどこかへ走り去っていってしまった。呆気にとられてその後ろ姿を見送っていると、少し離れた場所にある駐車場の空きを調べてから向かったのだと説明された。帰りは呼べばまた同じように来てくれるという。 これが本当の自動車か。


 椿館は純和風の外観をした三階建ての居酒屋だった。店の暖簾をくぐると厨房とカウンター席、テーブル席が並ぶやや広めな店内だ。

 魚の焼ける匂い…野菜天ぷらの芳ばしい油煙が漂ってきたような気がして、腹の虫が再びシュプレヒコールを上げた。見える限りの席はほぼ満席状態という店の賑わいと忙しさにも関わらず、厨房の中から女将らしき中年の女性が愛想の良い笑顔で迎えてくれた。

「どうも。予約していた黒島です」

「いらっしゃいませ!三階一番奥のカタシの間へどうぞ」

 女将の案内に従って階段を上ると、二階に出た。直線の廊下の片側に四室の座敷が並んでいるが、どれも座敷の前に靴がぎっしり並んでおり、相当な混み様だ。

「今日は第四土曜日前だからな。まぁ、運よく一部屋空いててラッキーだった」

 黒島が安堵したように言うと、隣にちょこんと立つ星村も満足げにうんうん、と応じた。

「大輔さんの事と言い、幸運が巡って来てますね」

「ああ、本当にな」


 二人のやりとりを聞きながらも内心には一抹の疚しさがあった。

 この世界の自分は死んでいるのだ。その代わりに今の自分が寄生虫のように乗っ取り、彼らの幸運に割り込もうとしているのではないか、と。 

 更に階段を上り、三階へと。

 やはりどの部屋も混んでいたが、一番奥の部屋だけ靴の数が少ない。あれがカタシの間か。

 進もうとする大淵の肩を掴み留め、黒島が小声で

「お前は香山と斎城が来たら、一番最後に入れ」

 と、悪戯心を隠そうともしない顔を向けた。

「こんなサプライズして、殴られやしないだろうな…?」

「大丈夫だって!安心しろよ」

「大丈夫ですよ。私、緊急包帯と緊急万能薬持ってますから!」

 …益益以て不安である。

 そんな大淵をよそに、黒島と星村は座敷へと入って行ってしまう。手持無沙汰に襖の外に立ち、聞き耳を立てていると、中から会話が漏れ聞こえてくる。


「しかしなぁ、あれからまだ三日…葬儀の段取りも終わっていないのに、こんな時に宴会など…些か不謹慎では無いか?」

 野太く堅苦しい口調の声が咎める。

「献杯って言うだろ? …俺達、あれから仕事を言い訳にアイツの事にちゃんと向き合ってなかったと思ってな。言うなれば今日の席はアイツの事を受け入れ、前へ進むための区切りだよ」

 勤務中さながらに良く回る舌である。

「うぅー…言うなよ。 …ウチ、アイツの事意識しないようにしてんのに…」

 ややハスキーがかった涙声。高校時代クラスに居た、なんちゃってヤンキー女がこんな感じだったか。

 靴の数からしてもう一人いる筈の男は黙したままだった。

 …しかしデカい靴だ。二足は30㎝前後はあるだろう。

(怒らせてこの足で蹴られなければいいが…)


「どうしたの?」

 低くも穏やかな声に尋ねられ、びくりと身を起こす。振り返ると斎城とその後ろの香山が、物問いたげな面持ちで自分を見つめていた。

「ああ…いや、黒島にね…」

 皆まで言う必要もなく理解したか、斎城は口に手を当ててクスクスと笑った。


 …これから夜の帳が落ちようというのに、窮屈そうにスーツに包まれたグラマーな流線形が目に毒だ。それに、改めてこうして近くで見ると、180はさすがに無いだろうが…スーパーモデル級の長身である。

 …こうなると自分もあと5、6㎝欲しくなってしまう。 …そんなスキルはないものだろうか?

(THE・魅惑のお姉さん、ってか)

 出来の悪いAVのようなタイトルを思い浮かべ、慌てて取り消した。


「なるほどね。それじゃ、行こっか」

 斎城は香山を先に入るよう促した。その際、ぼんやりしていて自分と香山の肩と肩がぶつかってしまう。

「ああ、ごめん…」

「あっ、すみませ…」

 香山は消え入るように謝る。やはり視線は俯き加減である。


(嫌われてる訳じゃないと思いたいが…)

 厳密には別人とはいえ、元の世界から唯一知る存在というのは何とも安心できる心の拠り所である。その顔を見るだけで、拭い切れない心細さを慰めてくれる。…できればこの世界では人並に仲良くしたい。

 香山はいそいそと部屋に入っていく。

「お、お疲れ様です」

「おっ、桜っちもお疲れ!」

 気を取り直した元ヤン女が香山を労う声が聞こえた。


「それじゃ、頑張って」

 斎城は悪戯っぽく片目を瞑って見せ、続いて部屋に入っていく。

「斎城、お疲れ!」

 その後ろ姿を見送りながら溜息を吐き、覚悟を決める。 …いざとなれば黒島を盾にすれば良い。

(ままよ…)

 斎城に続いて座敷に入った。


「よ、よぉ…」

 苦笑を浮かべ、きまり悪げに初めて見る三人に向かって軽く手を上げる。

『どうした?幽霊でも見たような顔しやがって』

 などという、ドラマか映画で見かけた颯爽たる登場も考えたが、気の弱い自分にはこれが限界だ。

 座敷の片側には筋肉質・屈強な男が二人、腕を組んだまま座っており、その間に挟まれて小柄な若い娘がテーブルに突っ伏すようにしていた。 …三人とも、誰かさん達と同じようにその姿勢のままこちらを凝視して固まっている。

「あ~…任務、お疲れさん。 …この通り、帰ってきままッ…来ました…(やべっ、噛んだ…)」

 おもむろに最も大型な男の方が腕を解き、こちらから視線を逸らさぬまま…冗談の欠片もない真顔のまますっくと立ちあがる。

 …2m近い。195はくだらないであろう。天井も近く、十畳の広々とした座敷部屋が一気に窮屈になった気がする。

 服の上からでもそうと分かる分厚い筋肉の天然装甲を全身に纏い、羆も逃げ出すであろう堂々たる猛獣である。その猛獣に見下ろされている。

(殺される…)

 黒島を盾にしなければと思うが、当の元凶は最も離れた席に着いて…生暖かい目でこちらを見守っている。…畜生め。


「おお…おおぉ!」

 キングトロールが迫ってくる。その迫力に圧倒されて立ち尽くしていると、がっしと暑苦しいベアハッグならぬ抱擁で迎えられた。滂沱と涙を流しながら男泣き。涙の滝から必死に顔を背けるが、続いて辺りを憚らない慟哭が耳を圧した。 その気迫に他の客の喧騒も一瞬止んだようだ。

「友よ…生きていたか!!」

 暑苦しい奴だ。この巨体でよくもこの背骨を圧し折らずに抱きつけるものだ、と感心すら覚える。


「スケぇ…」

 …スケ?スケさんか?

 呻くような声の主を見下ろすと、金髪少女の三白目が溢れんばかりの涙を湛えてこちらを見上げている。川村彩音。日誌によればこのメンバーの中でも黒島と自分の次に加わった古参だ。この顔だからかもしれないが、凶暴そうな目つきに似合わず人懐こそうな顔立ちだ、と思った。

「えと…川村か?…悪いな、騒がせちゃって…」

 …どちらかと言えば騒がしいのはこのキングトロールなのだが。そう内心で辟易する間にも少女の目から涙が盛大に溢れ出す。とうに嫌な予感は察知していたが、両腕の上から100キロ余裕超えの巨熊に組みつかれ、逃げる事も宥め賺す事もままならない。

「スケぇ…わぁあああーん!」

 膝にむしゃぶりつかれて号泣され、膝が濡れていくのを観念して受け入れた。上下至近距離から二つの慟哭…騒音に囲まれ、宴席開始前から最早満身創痍である。 

 

 とすると、もう一人が尾倉か。

 気を取り直し、やっとの思いで寡黙な男を見ると、男はほんの少しだけ…気のせいかもしれないが、表情を和らげて頷いてみせた。 

 狼を思わせる雰囲気。寡黙に口を引き結んでいる間は冷酷な強面だが、同時に古風で端正な顔立ちであることが分かる。病院や床屋の待合室に一冊は置いてある漫画… ハードボイルドな殺し屋を思い出す。

「…よく帰ってきたな」

 そっけなく短い一言。だがその一言で十分な気持ちが伝わった気がする。

「…ああ」


「あー、気持ちはよぉく分かったから、他人様の迷惑だから、そろそろ泣き止んでくれ、お二方。 …我らがクランの偉大なるエースにしてリーダーの、奇跡の生還を祝して乾杯しようじゃないか」

(元凶はお前だろうが)

 黒島に促され、ようやく身体から二人が離れる。注文を受けようとしてタイミングを逸していたアルバイト従業員の青年が、襖の影からこわごわと一連の悲喜劇を見守っている。その従業員を手招きし、黒島は注文をとりまとめ始めた。

 呆気にとられていると、不意に手に掴まれた。


「どうぞ」

 斎城の手だった。表現のしようも無く心地よい、ひんやりした手の感触。手を引かれるままに斎城の隣に腰を下ろした。

「生の人ー?…コラ!星村、お前はジュースだ!」

「ちぇー、今日くらいは無礼講でいいじゃないですかー。あっ、とりあえず野菜サラダ大盛二つと鳥唐揚四皿お願いします! …ライムってあります?」

 自分もソフトドリンクを、と言う間もなく、勝手にビールと決められてしまっている。どうやらこの世界の自分は下戸では無かったらしい。

 肘先に微かな衝撃。いつの間にか反対隣に香山が座っていた。 相変わらず視線は俯き加減だが、嫌っている相手の隣にわざわざ好き好んで座る物好きも居ないだろう。嫌われている訳ではないと知って内心で安堵した。


 黒島と星村の漫才劇を見物している間に飲み物とつまみが次々運び込まれて来る。星村を除く全員に生ビールジョッキ(一名ピッチャー)が配られると、黒島は星村の頭を抑えつけて大淵に視線を送った。

「それでは地獄から帰って…きままッ…来ました…大淵くん?一言ご挨拶を頼むよ」

「勘弁してくれ…」

 飲み会の挨拶などしたことは無いのだが…どこかの付き合いで参加した宴席で聞きかじった、うろ覚えの挨拶を思い出しながらジョッキを掲げた。

「あー…改めて皆、お騒がせしてすまなかった。…実はまだ、ショックのせいか記憶の一部が抜け落ちたままなんだ。だからこれから皆にも色々と協力してもらう事や迷惑を掛ける事もあるかもしれないが…今後ともどうかよろしく頼む。 …皆お疲れ様。乾杯!」

「「乾杯!」」

 グラスを打ち鳴らし合う軽快な音。皆が美味そうにビールを流し込む。


「…」

 指先が冷たくなる程に冷えたジョッキを覗くと、たっぷりと泡を乗せたビールが琥珀色に輝いている。

 元の世界では下戸だった。付き合いで半ば無理矢理参加させられた飲み会で、これまた無理矢理試させられたビールなど、口に含むとすぐに噴き出してしまったものだが……しかし今日は空腹と渇きのせいか、何故かやけに美味そうに見える。

(まぁ…舐めてみるだけ試してみるか)

 やはり飲めなければ体調不良だと言い訳すれば良いのだ。そう自分に言い聞かせ、ジョッキを傾けた。

 う、美味い!

 エナドリより美味い飲み物が存在したとは。ちょっとした感動だ。

 ちびちび飲む時間が惜しい。グラスを一気に傾け、飲み干してしまった。体の造りも違うという事なのだろうか?


「次、何にする?」

 斎城がメニュー表を掲げて見せる。サワー、カクテル、酒、ワイン…だが、どれも試したことが無いので、どんな味かも、それを今のビールと同じように飲めるのかどうかも分からない。またビールを頼むか迷っているうち、自分にしては妙案を思い付く。

「…俺って、前もこんな風に皆とよく宴会に出て飲んでたのかな、斎城さん?」

 名を呼ばれた斎城は漆黒の瞳に悲しみの色を浮かべながら微笑んだ。

「…前みたいに斎城って呼んで欲しいな」

「あ…すまん。 …斎城」

「日菜子、でもいいけど?」悪戯っぽく返される。

「…ま、まぁ、慣れたらね」

「うん。 …それで、大輔君はお酒ならなんでも大好きで、いつも皆と楽しそうに飲んでたよ」

 そう言うと斎城は優しく微笑んだ。 

 やはりこの世界の自分は絵に描いたような陽キャだったらしい。しかも、斎城の言動からするに斎城ともそれなりに親しい仲だったのは間違いないようだ。 …斎城だけではない。ここにいる全ての仲間達が自分を仲間としてとても大事に扱ってくれていたのが痛いほど分かった。

「…とりあえず、ビールのおかわりだな」


 黒島が適当に選んだつまみや大皿料理が次々と運び込まれて来る。その体格に恥じない大食い二人の為に、わざわざ二人分余計に追加されている皿もある。

 唐揚げを次々頬張り、湯葉のお造りをがさつに平らげ、出汁の味わいが絶品の卵焼きを食べ、新鮮な刺身の盛り合わせに舌鼓を打ったところでようやく腹の虫との示談交渉が一段落を迎えた。

 見かねた斎城が丁寧に盛り分けてくれたキャベツとトマトのサラダもありがたく平らげる。

 

 黒島がおかわりの取りまとめをしてくれていた。三杯目のビールを黒島に頼むと、キングトロールが二杯め2リットルのビールを呑み干し、日本酒の追加注文を付け加えた。 

「大淵…この俺、藤崎はお前の生還を心から嬉しく思う。 人生最高の日に乾杯ィ!」

 キングトロール改め藤崎海はむさ苦しく叫びながら空のピッチャーを高く振り上げた。

「…喜んでもらえて嬉しいよ」

 …恐らくだが、この世界の自分もこんな気分で対応していたのではなかろうか?


「だからウチは最初から言ってたじゃん!スケが死ぬ訳ない、って」

 梅酒サワーのグラスを叩きつけ、川村は背中まで伸ばした金髪を揺らして藤崎に言い募った。

「む。 しかし、川村こそ知らせを聞いた時は泣いていたではないか」

「それとこれとは別なの!」バンバン、とテーブルを叩く川村に藤崎が圧倒される。

 …どういう理屈だ…? 尾倉道行は我関せずと言わんばかりに黙々と、たっぷり油の乗ったアジの開きを肴に、今は丸氷を漂わせたウィスキーを傾けている。

 ドリンクが追加され、各々が次の酒を飲み始める。 大淵も新しいビールに手を伸ばそうとすると、隣の香山が身じろぎした。


「あの…ごめんなさい…」

 香山だった。

 向こうから話しかけてきてくれた事は嬉しいが、唐突に謝られても困る。香山は今にも消え入りそうなほどに肩を狭め、項垂れている。

「今日はどうかした? …それとも俺が何かしたのかな?けど、今日までの記憶が無いから分からないんだ」

 …そろそろ香山の不自然な様子を探るべきタイミングだろう。思い切って尋ねてみたが、香山は一層縮こまってしまった。

「あの…三日前の事…」

「ああ…日誌を見返したよ。新しいゲートが出現して…俺と…香山、藤崎と尾倉で出動したって」

 言い終わらぬうちに香山はビクリと肩を震わせる。 …賑やかな喧騒も立ち消え、部屋を静寂が包み込んだ。


 今はまだマズかったかな…と思いかけた矢先、一合升を置いた藤崎が腕を組み、天井を見上げながら応じてくれた。

「うぅーむ…確かにあれは酷かった。お前の事もそうだが、遭難した探索者たちは全員、助からなかった。 …金に目が眩んだ軽率な行いであったとはいえ、自業自得と割り切るにはあまりに…」

 藤崎の言葉を遮るように黒島が身を乗り出し、補足してくれた。

「遭難者は五人。いずれもソロで、クラン会員じゃ無かった。装備もキャンプにでも行くつもりかと思うほど貧弱すぎた。ゲートに入り込んでは収集物の他に動画を撮影して、動画投稿サイトに投稿して小遣いを稼いでいたんだ。 一例として…こんな風にな」

 そう言いながら香山にリレーしてもらい、タブレット端末を大淵に手渡した。


『ガチでヤバすぎ…!<入場許可必須> 死者続出の忌まわしいゲートに単独決死潜入!(閲覧注意)』

 投稿者らしき若い男が、薄暗い石造りの壁を背にしたサムネイルだ。下には十数万の再生回数が表示されている。

「…なるほど」

「それは今回のゲートじゃないし、タイトルほど危険な代物じゃ無いがな。 俺達のような大手ギルドが管理するゲートを除けば、国内のゲートのほぼ全てが探索済みで、思い出したようにごく稀に雑魚モンスターが現れたり、ささやかなお宝が見つかったりする程度のものだ。地域によっては熊や猪の方がよっぽど危険、って所もあるだろう」

「だが、このタイトルのように危険なゲートに入るのには許可がいるんだろう?」

「国が指定したゲートは、な」

「…だから規制線が張られる前に駆け込んだのか」

 国が正式にゲートとして指定・規制を張る前に入り込んでしまえば、世間一般常識から考えれば顰蹙ものだが違法ではない、という理屈だ。それで炎上したとしてもそれだけ再生数も大幅に稼げる。それも国…ギルドが管理する前の未知のゲートとなれば、好奇心が勝ってしまう視聴者も多い筈だ。命の危険は高いが、決して無視できない利益の蜜が滴っている。


「香山が同行したのは応急処置のためだが、そいつらは既に手遅れだった。そこで、お前達の任務をゲート内での警戒偵察に切り替えたんだ。お前たちがある程度安全を確保したら自衛隊と他クラン合同の討伐隊、そして警察と消防で結成される本格的な遺体回収チームを送り込む為にな」

 元の世界の常識からすれば、いくら超能力やらスキルを持っているとはいえ、警察や自衛隊の前に自分達のような民間人がしゃしゃり出て露払いまでするというのは、甚だ違和感がある。

「…そもそも組織の土壌も枠組みも違うのさ。自衛隊は外国に備え、警察は国内の治安維持に備えている組織だ。 あくまでその一機能としてゲートへの対処にサポートとして動くが、ゲートの調査やモンスター相手の戦闘は元々想定してない組織だからな。今は対策専門チームも充実し始めているようだが、それでも全国に五万人近くいる探索者…ギルド会員にはノウハウとマンパワーの面で全く及ばないのさ」


(消防団…いや、熊退治の猟友会みたいなものか…)

 しかもゲートを探索すればアイテムを収集し、小遣いも稼げる。現に、この世界の自分もその一人だったのだ。国は自分達を事実上の非常勤公務員にして、リーズナブルにゲート対策に組み込んでいる。自分達もそれに加えてゲートの探索で稼げるという訳か。

 

「だが今回は…いつもと違った」

 黒島は大淵と香山の間に割り込んで、端末を操作した。それから気まずげに二人を見比べた。

「…二人にとってはちょっとショッキングだから、無理して見るな」

 そう忠告しながら再生ボタンをタップした。


『…了解。だが、問題の元凶がまだ見つからない。もう少し捜索範囲を広げて索敵してみる』

 自分の声だった。視線の高さを考えると、香山視点の記録カメラだろうか?耳を澄ませてみると、微かながら緊張からか、浅い呼吸を繰り返す香山の小さな吐息を確認できた。 自分の通信相手はきっと親友であり、クランのサブリーダーである黒島だろう。

『…いや、万一にも後続部隊が不意討ちを受けるような最悪な事態は避けたい。もう少しだけ奥を見てみるだけだ。…お前が怖がってどうするよ?』

 黒島をからかう自分だが、鋭い眼は油断なく周囲に視線を巡らせ、どこに潜んでいるか分からない相手に備えている。


 例の作業服…戦闘服の上に、市内で自衛官が着ていた物と同じく見える全身タイプのボディーアーマーを身に着けていた。ただし、こちらは陸自迷彩ではなく、チャコールグレーのアーマーだ。ポーチなどは無く、流線型を多用したデザインと色も相まって、RPGの騎士の鎧を思わせるデザインだ。

 …ただ、それがマグポーチの代わりなのか、アーマーの胸甲部に文庫本サイズの弾倉を四本、ダクトテープで張り付けているのが、致命的にダサい。

 周囲は薄暗いが、堅い土の層を綺麗にくり抜いたような殺風景。イメージするダンジョンにあるような松明さえ無く、自分達のアーマーの肩部分に備え付けられた可倒式のライトスタンドと、自分達で設置したであろう投光器が光源となっている。

 肩のライトも投光器も十分な光量を持っているようだが、それでもその空間の全てを照らし切る事はできない。天井は見えず、数メートル以上の口を開けた巨大な横穴もあり、更には地下に繋がっているのか、下に向かって伸びるスロープも見えた。

 

 香山が移動する。視線の先に何かが見えてきた。土と穴ばかりの殺風景な景色の中では、その濃い染みは嫌が応にも目立った。

 血だまりだ。血だまりの中心に直径5㎝ほどの穴が空いたブランド物らしいバックパックが見えた。その下には、それを背負った男がうつ伏せに倒れている。バックパックの中の荷物ごと男を貫通したようだ。

 男の装いはキャンプに行くようなアウトドア系の私服だった。その上に、大淵や自衛隊のそれと比べると随分と心もとない防護面積のアーマー…大淵が知る軍や警察でプレートキャリアと呼ばれる物と同じ程度…だった。 香山は男の傍らに屈みこむと、慎重に男を仰向けにした。まだ二十代になっていないかもしれない、あどけない童顔だった。茶髪に染めた髪は一部が血で赤黒く汚れ、目は虚ろにあらぬ方向を見つめている。その胸に穿たれた大きな穴。香山はその穴に手をあてがうと、その手元に燐光が薄らと輝き出す。

 だが、それだけだった。傷口が塞がる訳でも、男の意識が戻る訳でも無かった。

 二分ほど続けただろうか。大淵が近づいてくる足音。

「香山…残念だけどもうダメだ。彼らを殺した敵がどこにいるか分からない。周囲に十分気を付けてくれ」

「うん…」

 香山は無念そうにか細い声を絞り出して応える。

 

 と、不意にこの世のものとは思えない金切声が響き渡る。

 香山の視点が音源に振り向けられると、投光器を踏みつぶしながら紫色の…グロテスクな年輪模様を全身に浮かばせた、全長4メートルはあろうかという巨大芋虫が迫ってくる。それも一匹だけではなく、後からも続いてくる。スロープ下からも続々と這い上がってくる。 これこそ〈閲覧注意〉だ。

「こいつらなのか…?」

 大淵は独り言ちながらも手にしていたライフルを構え、巨大芋虫に一発撃ち込んだ。余程強力な銃弾なのか、なんらかの魔法要素を使っているのか、あの巨大な芋虫がたったの一発で爆散した。

 映画で見かけた、対物ライフル…アレに近いサイズだろう。サイズから逆算できる重量を考えると、かなり重そうに見えるが、それも素材の力なのか、それとも鎧に仕掛けがあるのか、軽々と扱い、疲労も感じさせない。

 香山も手にしていた長柄の薙刀状の武器で迫る一体を薙ぎ払い、別の一体には蹴りを放つ。蹴られた芋虫は香山のアーマーに覆われた足を体液で汚しながら吹き飛ばされ、壁に激突したまま動かなくなる。

 新手の芋虫の先端がチューリップの花弁のように開口し、その中から伸びた触手が香山の左腕にツタのように絡みついた。香山の細腕を引っ張る気配。

 だが香山はそれを難なく引きちぎり、突進すると開口部からその内部へと一突き。長い脚で軽く横に蹴り払う。蹴り飛ばされた芋虫はやはり盛大な体液を巻き散らかしながら動かなくなる。

 

 思わず画面から目を離し、隣の香山を凝視した。

 …黒島から聞いて、想像していたよりも遥かに強い。自分がいなくても問題にならないであろう、明らかに余力を温存しつつも派手な大立ち回りを見せている。

 この世界の自分も異形の巨大モンスターに取り囲まれる香山を特に心配するでもなく、身軽に敵の攻撃を掻い潜り、伸びすぎた庭先の雑草を片付けるかのように淡々とモンスターを倒していく。

 弾倉交換も手慣れたもので、それが無限に発射できるライフルなのではないかと思いかけた程だ。無限に湧くのではないかと思う程の物量差で狂ったように突撃して来る相手に二人は一歩も退くことなく、香山の視点で見る限り、芋虫の体液にまみれながらも目立った怪我すら無い。

 銃火器で戦う分、大淵は殆ど汚れていない。その横顔は息も乱していない。

 あれだけの物量で押し寄せていた芋虫の方が息切れするように途切れ始めた。やがてその数もまばらになり、戦闘開始から約十五分。ついに静けさが戻ってきた。

 それから静寂の時間が三分続き、大淵が弾倉交換したライフルを肩に担ぎながら香山に向かって何事か軽口を叩く素振りを見せた所で、出遅れたのか一匹の大芋虫がスロープ下から顔を覗かせた。


「おっと」

 大淵は瞬時にライフルを構え直し、瞬時に照準を済ませて一発撃った。

 それまで通り、芋虫は体液を爆散させながら消える…としか思えなかった。

 爆散する瞬間、先ほどの香山へのそれとは比較にならぬ速さ、鋭利さで触手が一直線に香山に向かってきた。反応する暇さえなかった。


「桜ッ!」


 大淵は違った。明らかに香山の視点からでは分からない何かに気付き、既に動いていた。

 だが、触手と香山の間に割り込む大淵を、それを待っていたように触手が翻りながら貫く。

 

 香山の息を呑む声。


「い…嫌あぁぁあ!」

 大淵は糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。引き抜かれた触手が戻る先に、死神がいた。

 比喩ではなく、あの髑髏が外套を纏ったあの姿だ。ソレは大鎌の代わりに外套の中から伸ばした、脊髄にも似た触手を収納し終えると、香山には興味すら示さずに地下の闇へと消えた。

 画面の端に駆け付けてきた藤崎と尾倉が立ち止まり、驚愕の表情を浮かべていた。二人に気付かぬまま、恐慌状態の香山は大淵に駆け寄りすぐに傷口に手をあてがった。燐光が先ほどよりも強く灯るが、大淵は目を閉じかけたまま動かなかった。


 気まずそうな顔のまま、黒島が端末を取り上げた。室内も通夜の席かと思う程に静まり返ってしまっている。


「…私を庇って大淵くん…なのに私、助けられなかった上に死亡判定まで…」

 

 そうだったのか…

 ようやく大淵も得心した。

 勿論香山に非は無い。むしろ、よく自分を助けようと考えられる限りの最善を尽くしてくれたのだ。感謝こそすれ、責めるなど論外だ。

 だが、それはあくまで自分の気持ちだ。

 自分がもし、香山の立場だったらどうかはまた別の話になる。庇われた事、結果的にそれで相手が死んでしまった事、そして自分で死亡判定を下したのに、こうして病院の遺体安置所で目覚めさせてしまった事。

 それで自分を許せるか?…自分には断言できない。特に死亡判定に関してはむしろこちらの問題なのだが、それを言う訳にも行くまい。

「君は悪くない。感謝している」と慰めるのは簡単だが、それで本人が納得できるかは別だ。だが…

 

 それでも俺は彼女を慰め、感謝し続けよう。 

 香山の背負う罪悪感が無くなるまで。 …多分それが、この身体に入り込んでしまった自分にできる事だから。

 

「…だが、君の懸命の救助のお陰で助かった。…そのおかげでこうして、後から蘇生できたんだ。感謝してもしきれない」

 目に涙を浮かべながら香山が顔を上げ、確かに自分と視線を合わせた。

「そう…なの?」

「…ああ」

 …心から、そうであると信じたかった。



 二次会という雰囲気でもなく、そのままの流れでお開きとなった。それにどの道、15歳の星村を遅くまで連れ回す訳にもいかない。 

 川村、藤崎、尾倉の酒豪・大食トリオはもうしばらく飲んだ上で〆のラーメンを食べてから帰ると言って聞かず、残してきた。 飲み会自体の会計は黒島がクランの有り余る活動資金から既に支払い済みだ。

「車は駐車場を出発した。五分もしたら来るさ」

 軽い、心地の良い酔いを感じていた。店前の歩道で車を待っていると、斎城と香山が店から出てきた。

 香山は赤らんだ目を恥ずかしそうに伏せながらも、もう自分を避けようとはしなかった。


「…今日はありがとうございました。 …お休みなさい、大淵君」


 声にも覇気が戻ったように感じる。

「…うん。やっぱり元気な方が良い。…その、折角の美人さんが勿体ないからな」

 我ながら似合わない、臭いセリフだな、と苦笑交じりに後悔する。 …香山の顔が赤らんで見えるのは涙のせいか酒のせいだろう。


 皆と挨拶を済ませ、香山と共に家路に向けて歩き出す斎城とすれ違った。

「…ああ!」

 斎城はわざとらしく声を上げると、大淵の横で顔を向けた。香山も何事かと振り返った。

「私と一緒にツーリングに行ってくれるって約束も、早く思い出してくれないかなぁ…」


 …え、何それは…? 


 冷や汗が背を伝う。

 斎城はグラマーな長身を腰から挑戦的に屈め、悪戯な上目遣いで大淵の顔を覗き込んでくる。流れ落ちる濡れ羽色の髪から甘い香りが漂った。 

 同時に、行き止まりに追い詰められた蛙と蛇、というイメージが思い浮かぶ。

 自分を覗き込む斎城の後ろから、愕然とした表情の香山が凍り付いている。我に返ったのか口元を引き結び、何故か頬を紅潮させて自分を睨みつけているように見える。


 ヒュゥ、と黒島が口笛で冷やかしてくる。同時に車が到着した。

「あ、ああ、思い出すかもな!お休み!」

 救われた思いでドアを開け、助手席に逃げ込んだ。窓の外では香山が何やら決心したような思いつめた表情で大淵を睨み、その隣では斎城が余裕の笑みを浮かべて手を振っている。

「大淵さんも隅に置けませんなぁ」

 星村まで悪ふざけに加わってくる。

「全くですなぁ、星村さん。所で、大淵に話があるんじゃなかったのか?」

「ああ、そうなんです!明日のお昼ごろ、お時間空いてたら私の工房に来てくれませんか?お渡ししたいものがありますので」

「…ん?ああ、多分大丈夫じゃないかな」

 先の斎城では無いが、実際問題、日誌に記録されていなければ今や自分が誰とどんな約束や予定を交わしてしていたのかさえ分からないのだ。これは当面、何かと苦労するかもしれないな、と覚悟した。



 近接戦を主とする分、香山の汚れ様は自分の比では無かった。体液か臓物片か、紫や濃緑色をした粘度の高い液体に頬を濡らしながらも、その姿は凛として美しさを失わない。

 

 体型に無理なくフィットするアリスブルーのメイルアーマー。その上からでも分かる美しい肢体をグロテスクな体液で汚されている分、毒々しい扇情さえ掻き立てた。

 その劣情を振り払い、スロープから遅れて這い出てきた最後の一体に銃を向けた。

 黒島とギルド業を始めた頃から使い古し、星村が特殊改造してくれた21式騎兵銃・改だ。この近距離なら照準するだけ蛇足だ。片手撃ちでも十円玉にだって当てられる。


 だが、撃ってから気付いた。そのモンスター…スプリットワームは最初から死骸だった。

 着ぐるみを被るように、何かがそれを被っていたのだ。死骸の切れ目から虚ろな髑髏顔が覗いていた。

 新種。

 はみ出た外套の下で、その骨の手は確かに香山に向けられていた。

 何をするつもりかは分からないが、香山に何かあるまでそれを観察する気も無かった。

 地を蹴って割って入ったまでは良かった。だが、伸ばされた触手は器用にUの軌跡を描いて軌道を反転させる。宙で身動きも取れない自分は成す術もなく、せめて腕で頭部を守ろうとする。 …が、それを嘲笑うように胸を貫かれた。

 衝撃。冷たい地面に叩きつけられ、呻きとも吐息ともつかない声が勝手に漏れた。

 …香山は囮だった。狙いは最初から俺だったのか…

 …だが…何の為…に…?

 

 …香山が悲鳴を上げて駆け寄ってくる。

 泣くなよお嬢さん…

 別嬪顔が台無し…

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