大量破壊兵器
あの悍ましいまでの戦果を確認した後、オペレーションルームから飛び出し、方々に…それこそ、一民間人である自分の弟にまで頼み込み、なんとか拡散を抑えようとしたが、悉く失敗に終わった。
それでもようやく得た成果は「その謎のスーパーマンの本名を有耶無耶にする」という事だけだった。
休憩室のソファで額を抑えながら、不動大洋は疲労から溜息を吐いた。
体など、殆ど疲れていない。自分の疲労は脳と心だけだ…それこそ、どんな過酷な労働よりもある意味で人間を苦しめる最大の疲労だが…自分を哀れみ、労わっている暇は無かった。
自分達の未来を背負う、唯一の剣がその心の疲労で破壊されるかもしれないのだ。例え自分が壊れても、それだけは何としても阻止しなければならない。
…万一、計算式が存在して、民間人である大淵大輔と、権力者の一味である不動大洋…この二人を客観的にその計算式に当てはめた際、自分の方にこそ圧倒的な価値があるのなら、自分はどんなに国民や野党、マスコミから誹謗中傷を受けようと、自分の命を最優先に守る自信がある。
だが、今回のオペレーションルームで見た現実は、それを全否定する物だった。
あの青年だけは、何があっても失ってはならない。
オペレーションルームから続々と閣僚が帰路につき、自分の背後を通過していく。
どの顔もまるで、長きにわたる暗黒時代からの政権奪還直後…あの時の、恐怖を忘れ切った顔をしている。
これが不動にとって何よりも苦痛だった。
「貴方がたは核でも手に入れたつもりなのか? それともご自分がスーパーマンにでもなったおつもりなのか?」
…自分に度胸と、実力がもう少しあれば、そう怒鳴り、質してやりたかった。…だが自分は、先代…父親の威光七割、実力三割の青二才に過ぎない。
政権与党内においても、圧倒的多数は自分を客寄せパンダくらいにしか思っていない。それが政治の現実だった。
国民の誰もが共有できる政治理念よりは、重鎮議員の世情と実績…そして派閥の力学。
…これが憲政史以来、国民と政治家の乖離を生み続ける、何という事は無い…そして変え難い政治の癌…その核心だった。
今も、自分の背後で、10式戦車の製造に関わる各企業の歴史とその実績、日本の工業技術力が、戦国の時代から連綿と続く製鉄技術で、アメリカや欧州、そして中・露など及びもつかない、いかに優れたものかと豪語する草刈が通り過ぎようとし…満面のご機嫌顔で自分に声を掛けてきた。
「おう、不動君!やはり君を防衛大臣に推した俺と、それを承認した首相の眼に狂いは無かったな!やはりこれからの日本と世界をリードしていくには、俺達のワンチームでいかないとな!今後は中央クランへのキャンペーンで忙しくなるな!」
…お調子者め。どの口が言う?あれが10式戦車の戦果?自分達の勝負眼?
…全部、あの化け…大淵大輔一人の振りまいた狂気のおかげではないか。
確信があった。あの数千もの魔物を吹き飛ばし、その後はチマチマと…一体一体、大勢のギルド戦士を屠ってきた魔物を、娯楽のように拷問しながら処刑していた人影…あれこそが中央クランのエースにしてリーダー、大淵大輔なのだろう。
かつて、首相と共にエレベーター内であった時の、純朴で穏やかな好青年の姿は影も形も無かった。…代わりに、狂気に満ちた処刑執行人…いや、忌まわしい異端審問官となっていた。
それでも…その異端審問官が、あの終わっていた盤上を自分のものにひっくり返したのだ。
…アンタはその人物に罰則を与えようとしていた張本人じゃないか。…万一あれで大淵…或いは中央クランごと去られていたら、どんな恐ろしい結末になっていたか…ほんの五日足らず前の事すら覚えていないのか、この老害議員は!?
間違いなく、魔王軍が受けていた被害…いや、それ以上の被害が、現地攻勢部隊に降りかかり、あの美しい平原が、御自慢の10式戦車の部品と人間の血肉でクリスマスツリーのように飾り付けられていた筈だ。
…強いて今回の作戦で政権与党の成果を上げるなら、大淵大輔の罰則を「相殺・事実上黙認」した岩田の慧眼と手腕としか言いようが無い。あれで岩田が草刈に折れ、大淵を罰したなら言わずもがな最悪だし、逆に魔王救出を褒めていれば、それはそれで他のギルド戦士の不平・離反や、大淵大輔側の士気弛緩など、悪影響を及ぼしていた可能性もある。
まさか、岩田首相がそこまで未来予測していた訳では無かろうが…10式戦車とクルーの人選を手配した自分としては、今となっては肝が冷えるばかりだった。
…大淵がいなければ、30人の人命をむざむざ鋼鉄の棺桶に送り込んだ大罪人になる所だった。
だが…少なくとも、目の前のこの70手前の、健康と活力だけが売りの老人に笑顔でいる資格が無い事だけは言い切れる。
…しかし相手は同じ与党、それもご長老衆の一人だ。…間違ってもそんな事を口にする訳にはいかない。
…それこそ、自分が飛ばされ、代わりに都合の良いイエスマンが手配されては、この国の未来をみすみす滅ぼすことになる。
不動は、曖昧に口元を笑わせ、頷くに留まった。…ご機嫌な御長老には、それが緊張から解放された若手議員の精一杯の賛意と見えたらしい。気にするでもなく、ご機嫌なまま官邸を出て行った。
「…憎まれっ子世に憚るって言うけど、ああいう妖怪さんはいつまでも元気なものよねぇ」
背後から声を掛けられ、慌てて立ち上がった。拍子に紙コップを取り落とし、コーヒーで床を汚してしまう。…自分でも相当参っているようだ。これでも昨日は久しぶりに六時間、十分な休眠を取ったのだが…あのオペレーションルームは心臓に悪すぎた。
「お疲れのようね、ご苦労様でした。不動君」
「総理。…総理こそお疲れさまでした。」
不動がカップを拾う前に官邸スタッフが忍者のように駆けつけ、片付けを始めてくれた。
「ああ、申し訳ない…」
「少しデートでもしましょうか」
「意地の悪い記者に録音されたら、洒落になりませんよ…」
それでも岩田は愉快げに笑った。 滅多に感情を露わにする人ではない。自分同様、或いはそれ以上に胃の痛い思いをしているのは容易に想像がつく。
言うまでもなく、VIP…魔王は既に、Sを含む十二分な警護を付けた上で拠点へと送り帰していた。全くスケジュールに無い、第二小会議室に共に入室した。盗聴・盗撮の類はほぼ安全だろう。
「英雄さんのプライバシーの方は?」
「…申し訳ありません。ダメでした。…言い訳させて頂くなら…証拠は探りようもありませんが、ご協力関係機関からの流出かと…」
「でしょうね。…だからといって断る訳にもいかないしねぇ。ほら、あちらさん、そうでなくても今はあんな大統領閣下だし」
「…痛し痒し、ですね」
「…名前までダメだったの?」
岩田が鋭い眼でこちらを見た。不動はかぶりを振るしか無かった。
「…氏名は何とか。…さる知り合いにその手の技術に詳しい者がおりまして。顔格好も、ある程度抑えました。…あちらさんには、それら含めて協力員を通じて既に詳細な戦闘データごと渡っていると思って頂いた方が、精神衛生上よろしいかと」
要するに、動画やSNSで拡散される地獄はそれほど心配しなくていいが、この地球で最も厄介な国家に惚れられてしまったという訳だ。
「…本当に、可哀そうなことをしたわね…まだ22?…21か…」
岩田は沈痛な面持ちで若者のこれからの未来を悼んだ。…もう、地方に移住して脱サラ・スローライフ、などという、日本人なら誰しもが挑戦できる権利すら、永遠に失われた。そんな事をすれば、謎の夜逃げという形で失踪する事になる。…代わりに、アメリカに渡って永久にスローライフ、という選択肢なら大いに歓迎されるが。
あの国は決して諦めない。日本人なら「まぁいいや」で済ませてくれるところを、納得するまで…合理的に納得するまで解剖し、最終的には全て吸収する。
…伊達に世界最強の国家として君臨してはいない。その辺の暗部に関しては、民主国家である日本は無論、東の中露クラブとて、逆立ちしたって敵わない。…あれらの国には、ある意味微笑ましいまでの管理体制の杜撰さもあるが。
「…ただ一つ、気になる事が」
「何?」
岩田は憂鬱な目で不動を見上げた。
「…発信時刻が、あまりにリアルタイムなのです」
「…そりゃ、現地の留学生が発信すれば、そうなるでしょ」
「…いえ、現地は通信環境が悪く、仮設アンテナを立て、ゲート坑内、そしてゲート外をリレーして外部に発信しています。…その間にエージェントが居るのは仕方ないとして、それでも通信にラグが生じるのです。…私が見た最新発信時刻は、私達があの室内で得た情報とほぼ同時のリアルタイムでした」
「…」
岩田は、オペレーションルームへの隠し通路入口である、ダミーの喫煙室を見つめた。
「…人の口に戸は何とやらってね。…今回のオペレーションは、これはこれとして一旦無事成功。今後はまた、作戦に応じて人材を吟味して行きましょう」
「…はっ」
「…」
新拠点の執務室で一人、報告書に向かって時間を浪費していた。まだ、自分の分を終えただけだ。
悩んだ末、討伐数には20体と書き込んだ。魔物なら1体あたり、2000円の手当が支給される。…実際は桁が違いすぎて、申請するのに気が引けた。…少なく見込んで二万体…4000万円?…どうせ、上限額は十万円までだ。…馬鹿馬鹿しい。
しかもあれは、厳密には俺の戦果では無い。
…時間を潰しに潰し、今や午後七時。…今日は誰とも、飯どころか会話も…顔すら会わせていない。
…手っ取り早いのは黒島に聞きに行き…奴の脳内に保管されているメモ帳に頼る事だ。
…しかし、なんだか会い辛い。
いつもなら呼んでなくてもちょっかいを出しに来る黒島も、アリッサも、やってこない。
…拠点全体が、自分のご機嫌伺いをして静かにしているようで、すこぶる居心地が悪かった。
…だがそれも痛いほど分かる。
あの俺が…仲間達の前で見せた処刑劇は、あまりに残忍だった。巷の凶悪殺人犯とて、あそこまでしない。そんな情緒不安定な相手に、好き好んで関わりたい物好きがいるものか。
(そういえば、そんな奴が昔、職場にもいたっけか…)
まだ30代か…若かった頃だ。そいつは上司で60代の、親子ほど離れた上司だった。…とにかく情緒不安定で、自己中心的な男だった。
普段は人に高圧的な態度と、人の些細なミスを見つけては小馬鹿にしたような言動をとりながら、いざ自分が周囲に突っ込まれると、途端に機嫌を損ね、子供のようにいじけるのだ。…勿論、そんな時に誰も相手はしたがらない。…それでも仕事場にいる以上は誰かが相手をしなければならない。…それが自分の役割で…あやし係とか言われていた。その男はこどもおじさん…略して「真・こどおじ」などと呼ばれていた。
自分が相手してやらなければ誰も相手してくれないのだから、と自分に言い聞かせて、最後の最後まで相手してやったものだ…。ご機嫌伺いを。
(今の俺がそうだってのか…)
第二の人格?に乗っ取られたせいだが…。
しかし仮に…昔の自分が相手した「真こどおじ」が、『自分は第二の人格に操られて皆に迷惑を掛けていたんだ』…などと言ったら、信じるか? …少なくとも自分はNoだ。
「…なるようになるしかないか」
トトト、と足音がして、戸口に魔王が立った。
「むっ、陰気だな。こんな座敷牢に閉じ籠りおって」
「これが閉じ籠ってるように見えるか?仕事だ。し・ご・と」
「…まぁ良い。夕飯時だぞ。…何か食わせろ」
…朝も昼も、誰にも会っていなかった。
食堂に行っても、廊下や玄関で警官や自衛隊員に会っても、どことなくよそよそしかった。…触らぬ神に何とやら…ではないが、そんな雰囲気を感じずにはいられなかった。 …だから、売店で弁当を買ってここで食べた。 …魔王の言う閉じ籠りという揶揄は、あながち間違いでは無い。 あの平原での戦闘映像が、何者かの手によって流出していた。一つは地上から自分達を映した映像。オリジナルは全て削除され、モザイクが掛けられたモノだけが今も出回っているという。
…勿論、探す気は無い。二度と見たくも無かった。
もう一つは空撮ドローンからの映像。これはモザイクが掛けられず、オリジナル映像と同じ物が既に拡散しているが…まさか、あんな気付かない高度から自分の顔など…映っていないだろうか…? 政府機関が運用するドローンの性能がどれ程のものか分からないが、それが少し不安だ。
「…そら、さっさと支度しろ。我を待たせるな、このアホ面め」
魔王なりに気持ちに整理をつけ、自分を気遣って誘いに来てくれたのだろう。
…こんなチビ助に気を遣わせてどうする?しっかりしろ、リーダー。
「…そうだな。食堂…もいいが、どこか食いに行かないか?」
「ふむ。では目星をつけていた場所がある。ついて参れ」
魔王はジーンズにワンピース、その上にダウンジャケットと、今時の小学生らしい服装に、身体は勿論人間に化けている。
「畏まりました、姫」
自室に一旦戻り、戦闘服を脱いで私服に着替え、魔王に続いて正面玄関を出た。
「昨日の戦い、見事であった。あれだけこっぴどくやられれば、いい加減に我が軍勢も目が覚めただろう。…これで、和平への道筋も見通せるようになった」
「…何が見事なもんか」
あれは仲間を守るためだとか、和平の実現だとか、そんな崇高な精神の元で執行された力では無い。
むしろ…快楽殺人。若しくは強姦殺人。そんな最低最悪な行いに類するものだ。
…結果論として、その恐怖によって人類全体への利益に繋がるというだけに過ぎない。
「結果論、上等ではないか。…高邁な精神があっても力不足で結局何一つ成果を残せないなら、それは無意味だ。…どんな蛮行であれ、今のお前は今のお前だ。そして…決して綺麗な道では無かったが、和平への道筋を作った。それで十分だ。 …だから、いつまでもいじけていないで、いつもらしく前を向け。私はそんなお前だから好きなのだ」
魔王が慣れた仕草でタクシーに向かって大きく手を伸ばす。
「…まったく。こんな珍竹林のチビ助に説教されようとはな」
足を思い切り踏んづけられる。
「おゥッ!?」
「たわけ、この青二才め!私の方がお前の十倍は先達なんだぞ!もう少しは敬意を払わんか!」
先達のやる事か、コレが。
「あっ、やめろ、ヤメテ! お前こそ、もう少し淑女としてだな…」
止まらせたタクシー運転手が呆れ顔で奇妙な痴話喧嘩を見つめている。
「…申し訳ない」
乗り込み、魔王が場所を指定する。名前からすると居酒屋か?
大した渋滞にも遭わず、十分もするとその店に着いた。
「かくれが…か」
正に今の自分にピッタリだ。魔王にしては随分粋なセンスだな?
「むっ、失礼な奴め。まぁ良い。今夜は無礼講である。…だからといって、やたらとみだらな事を考えるなよ?」 魔王が頬を赤らめながら自分の体を隠す。
「誰が…」
かぶりを振りながら扉を開けると、前に宴会をした椿屋のような雰囲気の店だった。
「いらっしゃいませ!…ああ、ご予約の二名様ですね!三階・木の葉隠れへどうぞ!」
店の造りは椿屋より少々入り組み、迷いやすい。また、二階と三階は全室座敷部屋もしくは個室になっており、どう見てもただの障子戸だというのに、閉めると無人のように声一つ聞こえない。従業員が料理などを運び込む時だけ部屋の中から賑やかな騒ぎ声が聞こえる。…かなりうるさい。カラオケ店と勘違いしてるのではないかと思う程だ。再び従業員が障子戸を閉めると、再び廊下が静寂の空間となる。…なるほど、隠れ家だ。
「いくら何でも有り得ん…異世界素材か?」
「ふむ。確かに、その紙の戸から我らの世界と同じ匂いがするな」
「…そういや、俺達のギルドでそんな製品も作っているんだっけか。もう一階上だな」
途中、建物の中心部にあたる場所に小さなエレベーターがあった。一階の厨房から三階まで行き来するのは容易ではない。従業員用だ。
三階に登り切り、突き当たった部屋だった。
「よう、先に始めさせてもらってるぜ?」
障子戸を開けると、上座…幹事席の黒島が振り返った。…何故か鼻眼鏡をして、サンタ帽を被っている。…見ると、部屋の奥の藤崎と尾倉は頭に、その巨躯に全く似合わないトナカイ角を付けさせられている。
(ヘラジカの化け物共め…)
思考を隠しつつ、そんな事を思った。
「こいつは一体…」
「決まってるだろ、クリスマスパーティー兼反省会だよ。まぁ取り合えず、そこの特等席に座れよ」
見ると香山と斎城の間が空いている。斎城が手招きした。自分がそこに座ると、その膝上に当然のように魔王も座り込む。
(猫かよ…)
「猫はお前だろう、変顔め」
あの茶トラの変な奴の事か…
「さて、八時に全員集合した事だし、おっぱじめるか。とりあえずビールで良いだろ?到着するまで、先に嫌な事から終わらせるとするか。昨日の反省会からだ。…まずは悪かったな、大淵。昨日の事。全員を代表して先に言わせてもらう。…あれには流石にビビっちまってな。尾倉なんてさっきまでお前が来るのを怖がってたんだぜ?」
「…」尾倉が溜息交じりに鼻で笑う。
「確かに皆ビビっちまったが、もう大丈夫だ。それに、アレをお前の本性だと本気で思ってる奴はいねーよ。…本当にすまんかった。お前のお陰で助かったような物なのに」
「皆が気に病む事じゃない。どうも俺は…一度死にかけてから、おかしくなっちまったらしい」
フォローしようと口を開きかける香山を手を上げて制し、続けた。
「…俺は専門家じゃないから、主観的な主張になるが…精神的にイカれたとか、そういう事じゃない。…明らかに別の人格が入り込んで、同居しちまっている状態だ。…昨日見てもらってお察しの通り、ソイツは凶暴で、とにかく魔物を痛めつけるのが愉しくて仕方ないって奴だ。…かなり悪質な快楽殺人犯と思って良い。…いや、人には興味無いようだが」
斎城とアリッサを見た。
「…ただ、斎城とアリッサ…お前達にはかなり強い興味を持っていた。昨日の魔物より強いのが居るとしたら、下手するともうお前達くらいだからな。…それだけはよく留意…俺ごと警戒しておいてほしい」
「私は…」
何か訴えようとする斎城の声を圧し、アリッサが殊更陽気に反応した。
「ワタシは、あのワイルドな大淵とオテアワセしてみたいデスケドね~ …イロイロと、ネ?」
「…茶化すな、アリッサ。 あー、どういう感じなんだ?その…昨日みたいになっている時は?自分の意識やコントロールはあるのか?」
全員分の新しいドリンクが運ばれてきた。絶え間なく湧き上がる気泡と白い泡を見つめながら、大淵はその時の感覚をなぞった。
「…気力を振り絞れば、大声で妨害する事が出来る。聴診器相手に無理矢理大音量ハウリングを聞かせるようなもので、相当嫌がる。…だが、せいぜい一日に三回までしか使えない。…それを使い切ったら、もうアイツを止める術はない。気が済むまで続けるだろうな。…アイツにとっちゃ、満腹にならないコレと同じだから」
ビールを思い切り呷る。…その下で店員をちょろまかしたであろう、魔王も一緒に呷っている。星村が羨ましそうに喉を鳴らす。
「…昨日は、あと一回しか止められないという所になってしまった。…その時に香山が止めてくれたら…アイツは大人しく帰っていった」
「…香山に弱いのはお前と一緒か。だが、貴重な楔になってくれそうだな」
…毎回、香山を見る度に収まってくれれば良いのだが…
今にして思えば、魔王救出の際にもアイツは出てきかけたが、あれから徐々に自己主張が激しくなってきている気がする。 …昨日など、有無を言わせずに完全に乗っ取られた。
いつかアレに入れ替わられるのではないか…自分自身、この体を乗っ取っておきながら、その言い知れない恐怖が心の奥から染み出してきた。
「…ただ、腕は立つ。俺がペーパードライバーなら、アレは軽トラックでF1を余裕で優勝するようなチート野郎だ。…魔王軍一万の軍団相手にどれだけ優勢に立てるかは、昨日証明したと思う」
「…」
アリッサと魔王を除く全員が複雑な面持ちで黙り込んだ。
…証明などというレベルでは無かった。
大淵がたった一人戦場に立った途端、崩壊を秒読みしていた戦況は文字通りひっくり返され…中世の戦争をしている所にミサイルでもバカスカ撃ち込んだような、呆れるばかりのちゃぶ台返しだ。
「大量破壊…兵士ってトコロデスね♪」
大胆に胸元をはだけたサンタコスチューム姿のアリッサが、美味そうにレモンサワーを呷っている。
「…言い得て妙だな」
尾倉がハイボールを傾けながら呟いた。
「…よし、大淵に関する話題は一旦終了としよう。続いては昨日のリザルトだ。我らが中央クランの奮闘もあり、昨日の攻勢作戦は一人の死者も無く、大成功に終わった。 魔王軍は全線に渡って後退し、その結果、最も近い町…旧名でルーヴァリスという町を占拠し、ココを一大拠点化するべく現在、施設科と俺らの代理となる精鋭部隊60名が急ピッチで工事・護衛中だ。 …報告によれば魔王軍はじわじわと後退を続けるものの、反撃に移る気配は一切無しとのこと。…おかげでこうして呑気に息抜きが出来る訳だが」
「ふむ。それは安心して良い。私も城に置き土産を残して来てな。…伝令の使い魔だ。昨日の大敗を受け、兵達のゼルネスへの不満が爆発してな。…奸賊は城を追われた。 …ようやく目が醒めたという訳だ。だが今はまだ我が戻るには早い。もう一、二日、魔物達には私の残した言葉の意味を噛み締めてもらわねばならん。その後、我が統治の下、和平へと導くという筋書きだ」
「…ようやく、これまでに出てしまった犠牲者に報いることができるな」
「そういうことだ。もう一踏ん張りだ。今日はしっかり飲んで食って、また明日に備えようぜ」
次々と料理が運ばれて来る。
「そしてメリークリスマス! サンタさんから嬉しいプレゼントがあるぞ!全員、コースターに書かれている番号順に取りに来い」
「ほお!粋なサプライズだな!」
藤崎が嬉し気に一番のコースターを以て黒島の元へ行く。
「おお、力餅か!これまた粋な計らいだ!」
「…」 尾倉はトースターを引き当て、口元を微かに緩めた。
「やりー!」 川村は新型の空気清浄機。
「…大輔君が戻ってきてくれてよかった」
コーヒー豆セットを抱えた斎城に微笑まれ、大淵は照れ笑いを浮かべた。
「ここ以外に帰る場所を知らない。…そうだな、年金がある訳でも無いし、引退したら何の仕事に再就職すべきかね…」
「あ、あの、大淵君、身体も丈夫だし、運転も出来るし…農業なんてどうです?」
老舗高級包丁をゲットした香山が提案してきた。
「農業ねぇ… 知識は無いが、良いかもなぁ」
よく人付き合いが上手く行かなくて断念するネガティブな情報ばかり目立つのが気になるが…しかし、あの職場でもっとロクでも無い大人たちをあやして来た自分なら、何とかなるかもしれない。
…アリッサが小さく鼻で笑った。
背後では本格的なコードレス掃除機を引き当てた星村が、「シャツひっくり返しお化け」と化した黒島に追いかけられている。
「むむっ…ダイス、これは何だ?」プレゼントを引き当てた魔王がそれを大淵に見せた。
「ああ、これは自動で床を掃除してくれるんだ。お掃除ロボットだ」
「おお!下僕2号だな!」
「さぁ!残すはアリッサと我らがリーダーだけだ。余り物には福が来たる、だぜ!?」
「んじゃ、一応レディーファーストで」
「一応ってナンデスカ、一応ッテー!?」
そう言い募りながらもアリッサはプレゼントを引き当てた。
「んんン~?コレハ~?」
本格的な漆塗りの印籠。
「正義の味方には打って付けだろう?」
「イエッス!ベリー嬉しいデス! こんなクールな物モラッて、私も何かお返しした方が良いカナ~?」
「気持ちで返してくれれば充分さ」
二人の会話にどこか冷ややかな棘を感じながらも、黒島は人懐こい、にこやかな笑顔のままこちらに最後のプレゼントを差し出した。ちょっとした和菓子でも入っていそうな、お手頃な大きさの箱だ。
(美味いものだったら魔王や香山達と分けて楽しませてもらうか)
「…今回もそうだがお前にはいつも苦労掛けてばかりだからな。…コイツでしっかり疲れを取ってくれ」
照れ臭そうに苦笑する黒島からプレゼントを受け取った。
「…おう。ありがとよ」
早速包み紙を開けて見ると、高級入浴剤の詰合せセットが出てきた。
「本物の温泉旅館にゃ敵わないだろうけどな」
「…嬉しいよ。自宅で使わせてもらう…」
違和感に気付く。…箱の大きさが合わない。
「?」
包み紙を下ろすと、何やら大量の文字と数字が羅列された小箱が、入浴剤の下に隠されていた。
あんしんの… 0.01…
「!?」
顔を上げて睨みつけると…黒島は世にも満面の笑顔で鷹揚に頷いた。
「コイツでしっかり疲れを取ってくれ」
ニンマリと笑顔を浮かべる黒島と、額に青筋を浮かべながら引きつった笑顔を返す大淵を、魔王、香山と斎城、アリッサまでが、怪訝な面持ちで見比べた。
「おのれぇええ!」
魔物どころかモンスターも寄り付かない不毛の山…サベナ山を逃げ登り、ゼルネスは怨嗟の声を吐いた。高所に吹き付ける冷たく強い風がゼルネスを嗤い囃した。
バルべスめ!己の指揮能力の拙さと部下共の弱兵ぶりを、この自分に押し付けて…!自分を反逆者として城を追い出した。卑怯者の術士共も自分に全ての責を擦り付けて見捨てた。
「おのれェえ!」
声が枯れ、裏返る。
…あと一歩。あと一歩で魔王と、名声に満ちた未来を勝ち取っていたというのに!そのあと一歩を、あの人間に全て横取りされた!
「おのッ…ゲへッ」
無様に噎せ、その拍子に体勢を崩し、岩山を転げ落ちた。
「ヒィイイイイ!」
頭部ほどの石くれが転がる山肌で体は打ち据えられ、見すぼらしい襤褸布が更に破れて裸同然になる。体力も、魔力も、衣服さえも奪われ、何もかも失った。
体は偶然にも、洞穴の手前で止まっていた。せめてもの幸運だ…この洞穴で雨風を凌ごう。
「おの…れ…」
あの糞人間め…あいつさえ…あいつさえ居なければ今頃は…
…あの玉座に傀儡とした魔王を座らせ、その隣に後見人…摂政として立つのだ。…行く行くは魔王を妻とし、勇者が滅んだ魔界の全てを手に入れ、一族の栄光として魔界にその名を刻んでいた物を…
それが今は、この見すぼらしい洞穴で、独り半裸で這いつくばっている。
「……は…?」
闇に慣れた目が、洞穴の奥に安置された何かを捉えた。
力を振り絞ってそれに辿り着くと、それは数枚の石板だった。
古代…幻獣…?
アウターデーモンというお伽噺の存在…まさか…コレが…?
「…ふふ…ふふふふ…」
苔も生えないその四枚の石板が、黄金に光り輝いて見える。
「見ろ!やはり運命は私を選んだ!」
あんな弱兵共ではダメなのだ。今こそ、自分に相応しい、本当の力が与えられた!
長年の屈辱を晴らす時がきた!
ドス黒い狂喜が湧き上がってきて、狂ったように笑いが止まらなくなる。
そうだ…まずはあの人間を捕らえて、手足と臓器を削ぎ落した上で呪術によって延命させてやる。
そして魔王を捕らえて自分専用に躾け直し、目の前であの人間をじっくりと処刑してやろう。
二匹の犬が浮かべる絶望の顔を想像し、快感に打ち震える。
洞穴の奥で独り、高々と嗤い転げた。 その笑い声が洞穴の中で延々と響き渡り続けた。




