死神舞踏
12月19日
曇り空の下、午前6時を迎えた首相官邸は照明も最低限に抑えられ、冷え冷えとした空気に包まれていた。
…しかし官邸地下に設けられたその部屋は、高性能な空調によるソレとは別の、静かな熱気に包まれていた。
塚田詩帆はオペレーションルームのフロント…重要な席の一つを与えられ、緊張を隠せずにいた。内閣官房室に努めて三年にして、その実力を買われてこの任務に抜擢されたという自負があった。
見回すと他のオペレーターも同様で、緊張した面持ちで手元のマニュアルファイルを捲り、視線を忙しなく動かしている。
気付くと手元のコーヒーも生温くなっていた。…冷めてしまったコーヒーほど世にも不味いモノもない。暖かいか冷たいかでこれほど評価が変わるものも珍しい。
「塚田、あんまり気負い過ぎるなよ?」
隣のオペレータ席に座った小田清治が塚田に声を掛けた。
「はい。お気遣いありがとうございます、小田さん」
「ただ、そちらの担当は何かと話題の中央クランだ。きっと大暴れしてくれるだろうから、それは大変だろうけどな」
塚田は手元に置かれているファイルを拾い上げ、ページを捲った。
スキル保有者という存在がそれぞれどういう特性を持ち、どういった活躍を期待できるのかという基礎的な知識は、事前説明会を受けるまでもなく既に知っていた。自身の兄がそのスキル保有者であった。
…そして最初の殉職者…いや、戦死者の一人となった。
重くのしかかる憂鬱の気を振り払い、ファイルに目を戻した。
(すごい美人さんだらけのチームね…うわっ、すごいマッチョマン…あ、この人は何だか兄に雰囲気が似ている…)
さすが、世間で有名になりつつあるだけあって、個性的なメンバーだった。しかし若い…後方要員とは言え、中学生から上がったばかりの高校生までいる…。平均年齢は高くても21、2歳だろう。
こんな彼らが未だ命を賭けて前線に立たなければならない現状に、わずか31年で人生を終えた天国の兄は何を想うだろうか…。
最後のページで手を止める。
大淵大輔……魔王軍最高司令官であり、今はその指揮権をクーデターによって奪われている魔王…その魔王と絶大な私的パイプを持つ男…汎用騎兵…スキルは攻撃強化の中級…訂正…特殊強化…?…初めて見るスキルだ。
魔界にてクーデター後、幽閉されていた魔王を無断で追跡し、単身救出した出鱈目なクランリーダー。
彼の身勝手な行動を他のギルド所属者への戒めとして何らかの罰則を与えるべきという閣僚の意見を、首相は一蹴した。
「罰と功労を相殺し、何も無かった事とする」と。
発言したのは重鎮中の重鎮・草刈だった。その意見…いや、事実上の命令に抗命するとは、並大抵の事ではない。
事実、大淵の脱出劇が無ければどんなことになっていたか、想像もできない。最悪、和平派である魔王を亡き者とされ、主戦派が新たに台頭したら、日本と世界は6億五千もの魔物と地が果てるまでチキンレースをしなければならない。…それも、圧倒的に不平等なハンデをつけて。
そもそも、今の不景気が当たり前の日本で、これに加えていつ終わるか知れない戦費など耐えられるのか…少し考えれば誰でもわかる。こちらは戦争に勝つと共に、健全な経済を守らなければならない。
刀だけ残って鞘が無くなれば、その刀は持ち手に還るのだ。
彼がそこまで考えていたかは知る由も無いが、そんな状況に待ったを掛けたのが大淵大輔という一人の汎用騎兵なのだ。
彼が魔王との唯一最大のパイプであるため、その身を案じてギルド活動を停止させるべきだという意見もあったが、それは本人の拒否という形で終わった。自分一人がやめるなら、中央クラン全員を引退させる、と。
中央クランは最早、世界中を見渡しても戦力的に代替が効かない集団となりつつあった。 米国からの協力員であり竜騎兵でもあるアリッサ・ダーリングを除いたとしても、それは変わらないだろう。
そんな男が率いるクランチームのオペレーターを自分が務める。
そう思うと緊張は薄れ、逆に別の感情が湧き上がってきた。彼が率いるチームが、一体何を起こしてくれるのだろうか、という好奇心。
…彼らの戦いの行方を兄の墓前に報告したい。
「皆さん、今日はよろしくお願いいたします」
自動ドアの開閉と共に、活力の漲った精悍な声がオペレーションルームに響き渡った。オペレーター一同が起立して声の主に向き直った。
不動防衛大臣が中二階にあるフロアに現れた。…そこには上等な造りの座席が二つあった。不動はそれには座らず、オペレーションルームを一望できる縁まで歩いてきた。
スーツではなく、動きやすい活動服の上に防衛省最高幹部と総理大臣に支給される、緑系国防色の専用ジャケットを着込んでいる。左胸に防衛大臣とその名を、右胸には海老茶の地に桜五つのエンブレム。
「総理、魔王陛下入られます!」
再び自動ドアが開き、初老の女性と小さな少女…今、変身を解きその姿を現した魔王が立った。不動が深く一礼して脇に下がり、縁越しに岩田首相と魔王が立った。
「皆さん、おはようございます」
「お、おはようございます!」
馬鹿真面目に返事をしたのは、高校のソフトボール時代からの癖からだった。周りは…と言うと、魔王の登場もあり、この上ない緊張感の中で発された、あまりにリラックスしきった挨拶に豆鉄砲でも食らったように茫然としている。
自分に続き、どもりながら挨拶を返す声がちらほらと聞こえた。小田も面食らった様子で声を詰まらせている。
「…元気が足りませんね? …もう一度。 おはようございます!」
今度は全員がヤケになったように大きな声を張り上げて「おはようございます!」と返した。
「朝から元気で結構。…さて、本日は日本の戦後80年を前にして、ターニングポイントとなる一日となる事でしょう。…敗戦以来、他国に対しての本格的な攻勢作戦となります。ここにいる私も、皆さんも初めての実戦となります。…当然、想定外の事態が起きるでしょう。目を塞ぎたくなる事態も起きるでしょう。皆さんもミスをするでしょう。それは仕方がありません。間違えた時は、どうすれば元に戻せるか、もしくは失敗を広げないためにどうすればいいかを冷静に…時に冷酷に判断しましょう。…安心してください。その責任は全て私が取ります。今、内閣総理大臣の権限をもって貴方達全員にそう命令しました」
岩田は一呼吸置き、言葉を続けた。
「皆さんは、皆さんでなければならない理由があってここに呼ばれ、この任務を与えられています。それを重責に感じず、むしろ誇りと自信を持って任務遂行に当たって下さい。…そして忘れないで下さい。彼らだけが命を賭け、危険な戦場で戦っていて、貴方達は安全な場所にいる訳ではありません。ここも厳然たる戦場の一部です。…この戦いの如何によって日本の興亡が決まると言って過言ではありません。…最後に陛下、この度は御心労を推してまでご協力を賜り、恐縮至極でございます」
岩田は隣に立つ魔王に頭を下げた。
「良い。むしろ、無理を通してくれたこと、感謝する。今の我にできる協力など限られているが、遠慮はいらん。 今の我が軍勢はたった一匹の奸賊の甘言に酔い、己の肥大した自尊心に縋り、人類を絶滅せんと息巻いておる。その目の曇りを晴らしてやるが良い。然る後、我が再び統治し、和平に向けて歩み寄ろうでは無いか。…最早双方、血を流すことを厭う事はできぬ。我が身の不甲斐なさには嘆きようも無い。嫌が応にも戦いの運命に巻き込まれたそなた達人類には本当に申し訳なく思っている」
「遅かれ早かれ、魔界と繋がれれば起きていた事です。寧ろ、我々は陛下が居られる時代…和平の可能性がある運命に恵まれたのです。 …陛下の平和を愛される御心がある限り、人類には希望があります」
「…うむ。…後は好きに…いや、派手にやってくれ。人類の意地を、我が軍勢に眼に物見せてやれ」
「はい。 …それでは」
岩田は縁から全オペレーターを見渡した。ニコニコとした穏やかな顔とも、魔王への目尻が下がった慇懃な顔とも違っていた。
必要とあらば命の切り捨ても辞さない、冷酷にして強かな最高司令官の顔があった。
「作戦を開始してください」
全オペレーターが着席し、通信を開いた。
『全部隊に通達。現時刻をもって作戦を開始。繰り返す。全部隊に通達。現時刻をもって作戦を開始』
坑内陣地で無数の重低音が巨人の咆哮のように響き渡った。
既に先発していた偵察チームからはスロープ付近に敵影無し、と報告が伝わっていた。
十両の10式戦車が勇壮なエンジン起動音を響かせると、クローラーで地面を踏み荒らしながら前進していく。攻勢作戦の主役だ。十人の砲兵と十人の銃士、そして十人の重騎兵による操縦で、通常の10式と違い、敵に十二分に対抗できる戦車と化している筈だ。
続いてギルド戦士を十数人ずつ乗せた5台の73式トラックが進発する。そして黒島が運転する、幌を畳んだ高機動車に香山、川村、藤崎、尾倉が乗り込む。
助手席の香山と目が合った。親指を立て…とっておきの決め顔で「任せろ」と笑顔を返してやった。…それを後部座席で川村が爆笑している。…癪な事に藤崎まで笑いを堪えている。尾倉だけが無視を決め込む。
「アイツらめ…」
「それじゃ、行こっか」
「イエッス!大淵とレースしたいデスねぇ!」
「おう、ついてこい!」
エンジンスタート。快速で走り出す。
400ccクラスオフロードバイクに跨った三騎の騎兵が車列を追い抜き、風を切り裂きながら高速でスロープを駆け下っていく。
騎馬と化したバイクは無茶な運転を物ともせず、暴れ馬のように走り続ける。
異変に気付いたか、陣形を整えて進撃準備を進めていた敵の大軍団が300メートル前方で慌ただしく動き始めた。今まで攻勢一方だった分、出鼻を挫く逆襲に混乱しているようだ。
背後で10式が次々と腹の底に轟く咆哮を立てた。
300メートル先の大軍団の中で大爆発。榴弾砲が敵を容赦なく切り裂く。
ハンドサインで合図し、自分は敵軍団を迂回して別軍団の位置を把握しに移動を、他の二人もそれぞれ索敵に移動した。
今、戦車砲を喰らった正面の軍団はギガント数体を含む、せいぜい一万程度の軍団だ。他にまだまだ軍団が集結してきている筈だ。
「あれか…」
丘を越えた向こうに黒く蠢く森林に見える物…魔物の大群。これも一万規模か。首筋をガードする装甲に内蔵された無線機を引き延ばし、通信を試みた。
(まだダメか…)
今は司令部どころか現地部隊間ですら連絡が取れない状況だ。兵が伝令としてゲートと戦場を忙しく行き来している筈だ。今頃は自衛隊の通信科と施設科が協力して、間に合わせの簡易通信塔を設置している頃だろう。
この軍団が交戦中の味方を襲えば作戦は大失敗どころでは済まない。既に異変を察知したか、偵察らしきヘルハウンドが十匹単位で駆け出して来た。既にこちらの姿を認めているのは間違いない。
となれば、陽動あるのみ。
味方のいる方角から離れ、敵集団を挑発した。
敵も馬鹿では無い。自分が高速で逃亡する以上、自分を捕える為に追ってくるだろう。
丘陵の高低差を利用し、ヘルハウンドを一隊引き付けた。他のヘルハウンドがゲート方面に向かおうとする。
「こっちだ、こっち!」
追ってくるヘルハウンドに反転して逆襲。ツヴァイハンダ―で一度に6体、切り捨ててやると、ゲート方面に向かうのを止め、こちらに増援として向かってくる。
他の一隊がまた、ゲート方向に向かおうとする。ヘルハウンドの猛攻を切り払い、掻い潜りながら、健気に追随する鞘に向かってツヴァイハンダ―を放った。鞘が寸分違わず長大剣をキャッチする。
…見て居られない。なんという生温い戦い方だ。
手本を見せてやる。
「こっちだッつってんだろうが!」
騎兵銃を片手で構え、スキル発動。騎兵銃の黒一色の銃身が、大火傷を負って壊死した肉塊に走る血管のように、禍々しいドス黒い赤色に染まる。
フルオートで掃射。丘陵を越えたヘルハウンドの一隊が砲撃を浴びたように丘陵の表層ごと消し飛ぶ。
「ザマぁ見やがれ」
ようやく敵軍団は自分を最優先で潰すべき脅威と見做したらしい。軍団ごと自分に向かって動き始めた。
「遅ぇよ」
撃ち尽くし、銃身から凄まじい煙を放出する騎兵銃を背に戻し、騎兵刀を抜き払いながら軍団中に突進。ちょっとした「御馳走」の山だ。
抜き払った騎兵刀が美しい青みがかった、冷たい光を放っている。妖刀も咽び泣いて逃げ出すであろう切れ味。…喜べ、たっぷり喰えるぞ。
本当ならあの魔王を喰わせてやりたいが…あれは余りに小さすぎる。成熟したアレを味わえないのは余りに口惜しい…それならせめて、あの黒髪の女や金髪の女を本気にさせて喰わせてやりたいが…どれも到底許してもらえなさそうだ。
…その事になると、この出来損ないの魂が恐ろしいくらい断固として邪魔してきやがる。クソの役にも立たない、正真正銘の役立たずの分際で。
…ああ、畜生が! 物思いしていたせいで折角の快感を味わい損ねた!もう三分の一もやってしまった!!
ギガントが逃げようとしている。そんなデカい図体でどこへ逃げるってんだ? …片脚に簡易強化。地面を蹴り、バイクごと跳躍させて背筋に追いつき、柔らかい肉と骨に刃を滑らせた。ゾクゾクする手応え。
…これだよ、コレ…!
着地と同時にバイクを反転。あの世界はゴミみたいな人間と兵器ばかりだが、このバイクだけは楽しい玩具だ。お陰で敵を一体も逃がさないで済む。
ヘルハウンドが、ハヌマーンが、イグロスタイガーが、誰が捕食者で誰が被捕食者かを理解して…蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
…銃は便利だが、感触が無い上に、死に方がちっとも面白くない。…芸術には程遠い。
一旦騎兵刀を仕舞い、左手をかざす。その手元に鞘が剣の柄を差し出し、ツヴァイハンダ―を抜いた。それを空中で一回転させ、放り投げた。刀剣の類に強化はいらない。切れすぎて感触がつまらなくなる。
回転する長大剣が、丘陵を越えようとした魔物を面白いように殺し回り…偶然にも、逃げていたギガントの足に突き刺さり、巨体を転ばせた。
ギガントも飽きたが…可愛がり甲斐があって嫌いではない。再び騎兵刀を抜き、必死に這いつくばって逃げる巨体に向かった。悠々とツヴァイハンダ―を抜き、その巨体の背の上に乗った。
何をされるか理解しているのか、巨体が泣き喚いて暴れ出した。
「いい子にしろよ、痛くなるぞ?」
…と、耳障りなノイズ音がして、襟元の無線機が鳴った。
『…くん、…大輔君、聞こえる!?味方の方に敵の大軍が向かって…このままだと全軍が包囲される。戻って来れる!?』
『これはマズイデスねぇ…大淵?アーユゥーOK?』
「…悪ぃ、手が塞がっててな」
『え…?』
…いいから向かえ、できるだろう、だ? …ええぃ、うるさい奴!
「…ああ、今から向かう」
苛立ち紛れにギガントの脳天に大剣を突き立て、かき回してやった。
あれだけいて、たかが一万や二万の魔物を足止めすらできないのか、と呆れるばかりだった。
見た目が派手なだけだ…あの鉄の砲車はイグロスタイガーに張り付かれて装甲を剥ぎ取られ、中の乗員が今にも引きずり出されそうになって泣いていた。何か撃ってるようだがクソ程の役にも立っていない。
幌馬車から降りた雑兵たちも右往左往しながら取り囲まれ、次々と魔物に取り囲まれて死を待つだけだ。
何でこんなに弱いんだろうか、コイツらは…
これならルーヴァリスの兵達の方が余程使い物になる。…あぁ、あの女二人はやはりそこそこやっているな。何か力を隠しているようだが、一体何を躊躇っているのだろうか?
…あぁ、コイツの仲間が取り囲まれた。馬鹿みたいに盾と図体だけデカい奴が頑張っているが、じきに死ぬな。あのオークもどきが死んだら、残りの連中は背がガラ空きだ。猛獣の前に差し出した雛鳥のように皆殺し…
「さっさと行けッ!!」
耳元で怒鳴られ、頭をミスリルの原塊でかち割られたような頭痛…クソ野郎が! なんで貴様なんぞが所有権を! やめろ! やればいいんだろう!? …だがツケはデカいぞ。
バイクを走らせ、八つ当たりにハヌマーンの群れを引き裂いた。騎兵銃を引き抜き、強化。砲車に群がる敵団を血飛沫に変え、再装填。片脚をもがれて嗚咽する女弓士を見つけ、弓矢を拾い上げた。適当に強化。敵の大軍団中心部に向けて一発。数千の魔物が吹き飛ばされる。安物の弓矢は消滅し、ちょうど砲車も砲撃していたため、まるで砲車がやったかのように見える。
両手斧を持った男がこちらを凝視している。…なんだ、文句でもあるのか?…うるさい、誰がこんなのに手を出すか。俺が出したいのは…
バイクで駆け付けた黒髪の女と金髪の女…こういうのだよ。こういうの。
…もちろん。 今は手を出さないさ。
「大淵ィ、すまん!助かったァ!」
血塗れのオーク擬きが暑苦しく礼を言ってくる。二度と手を煩わすな、木偶の坊め。
「大淵…くん?」
振り返ると、怯えた表情の…例の女。 …体と顔は割と好みだ…アイツに…俺の女に似ている。
「…こいつを治してやった方が良い」
足元の弓士を顎でしゃくり、騎兵銃を見た。 …せいぜいあと一連射だろう。
雑音に紛れているからか、誰も気付いていないようだが、空中に羽音がする。魔物…ではないな。こいつらのオモチャの一つか?珍妙なハエが空を飛び、自分達の頭上をうろついている。何をやっているんだか知らないが、悠長なものだ…
ハエから目を離し、新たに丘陵を下って来る二つの軍団…二万程度の魔物達を見据えた。
…嬉しいことに、中には闘将軍の兵も居る。 …やっと少しは歯ごたえがありそうな料理が来た。
オペレーションルームでは、通信が繋がると共にドローンを飛ばし、衛星画像代わりにしていた。
…とはいえ、これでは15世紀以前の戦争だ。丘陵以外地形らしい地形など何も無い平原で、ささやかな人類軍を圧倒的な魔王軍が包囲殲滅しようとしている所だった。
不動の予想通り、初攻撃時こそ榴弾砲を魔物達の中にばら撒き、一気に多数の魔物を撃破した。しかし、すぐに体勢を立て直した敵軍団から様々な獣型の魔物が戦車に肉薄し…あろうことか、戦車の装甲版を段ボールでも解体するように剥ぎ取った。
事前の調査で、重騎兵と戦車の相性は他のどの職種よりも良いとはいえ、装甲や性能への恩恵は少ないであろうと推測されていた。それでもプロである機甲科隊員が登場するより、ある程度の防御力はあるとされていたのだが…
人類の技術と英知の結晶である最新鋭の兵器を、野蛮な素手でいとも容易く破壊される有様を目の当たりにして、改めてその絶望的な力の差を思い知らされた。
「砲兵を乗せた10式にあんな能力が…」閣僚の誰かが呟いた。
…そうだろうか?その少し前の映像で発砲した10式の砲撃とまるで威力も規模も違う。10式の砲撃で吹き飛ばされたのはせいぜい数十体。今のは数千体は被害を与えたはずだ。…戦闘機のミサイルと核ミサイルくらいの差がある。
「ダイスだ」
「は…?」
椅子に座った魔王が自信ありげに言った。不動が要領を得られずに魔王を見ると、魔王が画面を指さした。
「ほれ、あそこでこちらを見上げておる」
一瞬だが、確かにこちらを見上げているように見える人影が確認できた。
(…あの距離でドローンの位置を正確に察知できるものなのか…?)
戦場にいる他の戦士達はそれどころではないのもあろうが、誰一人ドローンの存在に気付いていない。
「…早く気付いてほしいものだ。こんな無益な殺生をしても意味が無いと…」
「…ご心中、お察し致します」
不動は心から魔王に同情した。
道理はどうあれ、自分の率いる者達が画面越しで大量に殺されている。…気分がいい訳がない。それでもこのオペレーションルームで戦いの行方を見守るのは、彼女の…王としての責務なのだろう。
「…良く分かっているではないか。そなた、戦いが終結したら我が軍の最高参謀にならんか?」
「は…はぁ…」意表を突かれ、不動はなんとも間の抜けた返事を返してしまった。
「魔王様、こう見えても彼は戦後にも私の内閣に必要な人材ですので、どうかご容赦を…」
代わりに、魔王の隣に座る岩田が魔王の冗談に応じてくれた。
「何という事だ…」
竜撃隊を率いる騎士が呻いた。
片脚を失いながら決死の伝令を敢行したヘルハウンドから軍団の危機を知らされ、急ぎ駆けつけた。
しかし、既に軍団は跡形も無かった。視界の端々に手足を失った魔物が這いつくばっているだけで、戦える魔物は死に絶えて皆無だ。
こんな事は……初めてではない。
記憶に刻まれた恐怖が克明に蘇ってきた。魔王軍の拠点を次から次へと食い荒らす殺戮の死神。
「勇者…」
自分の発した言葉に、配下の騎士達が息を呑む。共にこの惨状を目の当たりにして、同じ結論に行き着いたのだろう。
…しかし、例え相手が勇者だろうと、竜撃隊の二番隊隊長として戦わぬわけにはいかない。リザベルが先日敗北を喫している。魔獣軍がこれだけの被害を出して勇敢に戦っているというのに、バルべス様の顔に泥を塗るような真似はできない。
…それに、勇者はカロン様が滅ぼして下さったのだ。…もう存在する筈がない…!
人類の兵は珍妙な砲車、空飛ぶハエも含め、全てで六十…百足らずのささやかな部隊。…忌々しい聖気を放つ女が一人。強力な力を感じる女が二人……そして一人、明らかに違う殺気を放っている男がいる。それは殺気というより…狂気…こんな狂気を放つ者は人類に一人しか思い当たらない。
…勇者の猿真似をして魔物の士気を削ごうと言うのか…?
だが、その猿真似で軍団を一つ壊滅させたのか、この者達は…?
「…行くぞ!」
浮足立ち始めていた魔物達に喝を入れ、その男に向かって突進した。左右から女が男を庇うように割って入る気配。
…そちらを相手にしたい誘惑…恐怖を振り払い、男へと突進した。
「邪魔するなッ!」
大淵に怒鳴られ、斎城はビクリと身を震わせて立ち竦んだ。
「アララ~、大淵、チュニビョー…?…デスかぁ?ジャ、お手並み拝見~♪」
金髪の女を無視していると、足元に面白いものが転がっていた。
ナイフか?銃の先端に着いたそのナイフを取り外してつまみ上げた。
〈汎用騎兵は二つ以上の刀剣を所持できません〉
これまた珍妙な警告が浮かんだ。しかしそれを無視し、切りかかってきた魔族騎士を軽々といなしてナイフで首を掻き斬ってやった。
〈ペナルティ発動中。装備過多により全ステータス、60%低下〉
威力不足の銃剣で頸を斬られた魔族騎士は生き長らえる事も楽になる事もできず、苦悶しながらのたうち回る。
これはいい。こういう趣向も悪くない。
…やめろ、俺の仲間の前でそんな事をするな!
フン、だったら止めるか? …さて、今日、あと何回俺を止められるかな?…言っただろう、デカいツケになると。
視線の先には顔を青ざめさせた斎城。それにこちらを興味深そうに見ているアリッサ。
…やめろ…手を出すな…
切り札はせいぜいあと一回。大人しく見てるんだな。
足元でのたうち回る魔族騎士を掴み上げ、鎧の隙間からナイフを突き入れて拷問する。
不細工な音色を奏でる悪趣味な楽器が出来上がった。また別の隙間からナイフを突き入れ、絶叫を奏でさせる。
仲間達が怒りに我を忘れ、我勝ちに突っ込んでくる。勇壮な事だ。
一人の足を斬りつけ、二度と歩けなくした。なまじ斬り離されていない分、その苦痛は想像を絶する。
もう一人は兜のフェイスガードを抉じ開けながら膝蹴りを入れて顔を潰す。形の良い鼻の骨が脳にまで届いたか、痙攣しながら二度と動かなくなった。
足を斬られた魔物がこちらの足にむしゃぶりついて動きを封じた。 無意味…どころか好都合だ。
その隙にと組みついてくる一人の顔面にナイフを突き入れ、もう一人は手を取って引き寄せ、深々とナイフを鎧の隙間から突き入れ、なまくらのナイフが内臓を犯していく。
槍が飛んでくる。脚にしがみ付いている魔物を拾い上げ、盾に。見事に口を貫通する。
茫然自失する、その槍を投げた魔族騎士の前に記念の死骸をプレゼントしてやった。
「どうやら、俺が死んだ後、随分と平和に暮らしていたようだな」
もういい。…飽きた…
ナイフを捨て、手をかざすとツヴァイハンダ―が飛んできた。
「なんだ、お前も欲しいか?」
騎兵刀の鍔が、恋焦がれて切ながる乙女のように震えている。
仕方なく、それを右手で抜いてやる。鞘から抜き放たれた刀身が悦びの声を上げた。
魔族騎士が一歩ずつ後退していく。他の魔王軍が我先にと逃亡する中、背を向けて逃げないのだけは心からの賞賛に値する。さて、どれから可愛がってやろうか…女。…女の騎士。雄共の前で嬲ってやるか…雄の癖に牝を助ける事も叶わず、その意思すら折れていく惨めさを味わわせてから皆殺しにしてやる。
衝撃。
振り向くと、あの女が自分の背にしがみ付いていた。
「返してください!お願いですから!」
…まったく。アイツの生まれ変わりじゃあるまいし。
そういえば、アイツも底なしの馬鹿でお人よしだった。…俺があの骨野郎に始末された後、人類が滅ぼされていく中で…魔物共にボロ雑巾のようにされながらも、死ぬまでこんな俺を想ってくれていたな…
…だから、俺はこの体に…
二振りの剣が地面に転がり、音を立てた。落胆の声を上げるように。
「…ありがとうな、香山。おかげで戻って来れた」
「…良かった…本当に良かった…」
背中で香山が嗚咽を堪えていた。
「…斎城もごめんな。…その…もう正気に戻ったから」
「大淵君…」
斎城の顔から恐怖が消え、複雑ながらも安堵の顔を浮かべた。
仲間達は…複雑だ。黒島でさえも…誰もが目の前にいる、仲間の皮を被った人間離れした何かに…複雑な感情を抱いている。
(…もう元には戻らないかもしれない…)
これまでに過ごした仲間との日々を思い浮かべ、大淵は心で涙を流した。
「…」
アリッサは無表情で大淵を見つめていた。そっと、右肩のアーマーから出していたカメラを元に戻した。
オペレーションルームは静まり返っていた。誰もが息をするのも忘れかけ、フロントの大画面に映し出された異様な光景を理解できずにいた。
「…大輔…?」
累々と転がる魔物達の無残な死体。魔物達を次々と死に追いやり、虐殺の限りを尽くし…あの竜撃隊ですら逃亡させた…死神の姿がそこにあった。
自分の大好きな…あの馬鹿で優しい…愛おしい男の姿とは思えなかった。
隣の小田が言葉を失う中、塚田詩帆は報告を上げるのも忘れ、画面に見入っていた。
…死神の舞踏…
彼が手足を動かす度、必ず魔物の命が刈り上げられていった。
その死神が本当に人類の救世主になるのかは分からない。それでも…
自分にとってそれは、救世主だった。
この救世主なら、きっと兄の仇を討ってくれる。
椅子を巡らせ、頭上を見上げた。画面に映る救世主…彼女らにとっての死神を茫然と見つめる魔王。
彼なら、全ての魔物を討ち果たしてくれるに違いない。
魔王を見つめ、塚田は口元を歪めた。




