波紋
12月16日… 久々に拠点の執務室に足を運んだ。
坑内陣地で三日、魔界で五日…ギルドを合計8日間にも渡り留守にした代償は大きかった。自分の執務室のデスクには見たことも無い量の書類の山が積み重なり、早くも生還した事を後悔しかけた。
それでも、と一番上になっている封書から開いた。
「12月15日、クラン警備状況経過・撃破申請報告」
…これは黒島の協力が不可欠な書類だ。さもなくばメンバー一人一人に当日の行動やモンスターの撃破数を詳細に聞き取りする羽目になる。
ととと、と魔王が廊下を走り、執務室に入ってきた。そして飼い猫のように肩越しに書類を覗き込んでくる。
新拠点に戻るのに合わせ、魔王も自分達と同じ生活区域に一室を構える事になった。政府としても魔王のセキュリティと滞在に余計な出費をしないで済む事…何より本人の強い意向があり、この形に落ち着いた。
セキュリティとしては正面玄関に詰所を増設し、館内外の警備を務める警官の数を倍に増やす事、そして周辺に監視カメラの増設が行われた。
…どのみち、代々木公園の外周警備のために警官は十分な数が居たので、そちらからの転用となった。
…癪なのは、もう一つのセキュリティとして、調整官直々に…気まずそうな顔で、魔王に対して「できれば間違いだけは起こさないように」と頼み込まれた事だ。 …俺を一体何だと思っているのか…?
その書類を選り分け、次の封書を開けた。
「12月15日、クラン警備における備品破損、喪失報告書 及び備品補充要望書」
…これには自分が勝手に拝借し、小破したバイクも報告に上げなければならない。…いや、下手するとあれは賠償扱いになるのか…? 金額を想像し、身震いする。
「12月15日、クラン活動報告書」
…これはクランにおける営利活動の有無と内容だ。恐らく無いとは思うが、万一にも仲間達が活動をしている可能性を考慮し、確認しなければならない。…まずは星村に、それから黒島に。
この調子で他に数種類の、8日分の各種書類事務が滞っていた。この他にも使用した経費計上などの報告書があるが、流石にそれは黒島がこなしてくれてあった。本当に、ふざけた奴だが仏様かそれ以上にありがたい存在である。
「ほう。あのピエロがそんな凄い奴なのか?魔物と違って人は見かけによらんものだな」
「ピエロがどうしたって?」
戸口に黒島がもたれ掛かっていた。
「…ランプの魔人が欲しい」
「なんだ、その魔人は?」
「…魔王、少しの間だけ二人にしてくれるか?」
「むむっ、良かろう」
魔王が部屋から出ていくのを確認し、黒島は話を戻した。
「ランプの魔人は品切れだが、事務処理の魔人ならここにいるぜ?」
「…お力添えを願いたく候」
「いいだろう。だが物事には順序ってものがある…先立つものが必要だ」
コイツが金銭の類を要求して来るような小物で無い事は知っている。…タチの悪い大物だ。だが、その協力を得なければ手間暇を浪費する事になる。…面倒ごとはできるだけ楽に終わらせたいのが人の性だ。
「…条件は?」
「それはまだ言えない。だが、イエスと言えばそこに積もっている書類が綺麗になくなると約束しよう。なぁに、悪い取引じゃ無い筈だ」
確かに…魅力的ではある。自分ではどう頑張っても、全て片付けるのに四日間の徹夜が必要だ。…その間に出動があれば、その分新たに報告書が増える。
「再申請は受けない主義でな。契約はこの一度きりだ。…さて、選択してもらおうか?イエスかノーか」
一分後、大淵のデスクから全ての書類が綺麗さっぱり無くなった。まるで魔法のように。
(何とも実用的な魔法だ…)
…去り際にアイツが残した悪魔のような笑みが気がかりではあるが。入れ替わるように魔王が部屋に戻ってきた。
「何をしてやったのか知らんが、クロのやつ、良い取引ができたと思っていたようだぞ」
「…まぁ何にせよ、助かるのは事実だ。良い取引だろうな。いや、あいつには迷惑かけるが…」
「ふむ? そうは思っていなかったようだが」
「…根は良い奴だからな」
全く、お人よしもここまでくると表彰ものだ。
黒島は自室に戻ると、手に持っていた報告書を全てゴミ箱に放り捨てた。全てコピーだ。本物の書類はとっくに提出済みである。大淵が自分の提案を蹴って、クソマジメに報告書を書いても、最終的には総合担当の自分の判と提出が必要になるのだ。処分するタイミングの違いに過ぎない。それはそれでお互い当然の報いとなるだけだ。
自分にとってこれらの報告書類は何ほどの手間ではない。このクランで運用される程度の数字など、息をする事のように当たり前に把握できている。
強いて言うなら、実物の封筒を違和感なく再利用するのに手間暇がかかったくらいの物だ。…悪ふざけガチ勢を舐めてもらっては困る。
「さぁて、どんな罰ゲームを与えてやるか…」
椅子にもたれ掛かり、次なる悪戯の作戦計画を入念に練り始めた。
例の件以来、ゲートの守備で死人が出始めていた。
自分も、恐らく他の者達も、最初はちょっとした政府へのボランティア気分だったが、魔王軍との事実上の戦争状態になり、最早そんなレベルではなくなってしまった。
こんな時にこうして悪ふざけで遊ぶのは不謹慎だと言う者もいるかもしれないが、とんだお門違いだ、と思う。次は自分や仲間達かもしれないからこそ、やれる事はやっておきたい。
…少なくとも、ウジウジと陰気に悩んだまま戦死するなど、自分には到底耐えられない。死ぬ直前まで馬鹿騒ぎをしてから死んでやる。…他人様に迷惑を掛けない範疇で。
それに、こうして自分が手を出してやらねばあの奥手な馬鹿の事だ。死ぬまで朴念仁で終わるに違いない。…そう、これは悪ふざけなどでは無い、むしろ善行なのだ。
椅子にもたれたまま、天井を見上げた。
それにしても…大淵の変わり様はどうした事だろうか。これまでも戦闘の節々でその能力を発揮してきたが、魔界から帰って来てからの戦い振りは別人レベルだ。斎城やアリッサがようやく単独で倒せるギガントを、しれっと三体も倒してしまっていた。強力な武器で足を刈り払っての撃破とはいえ、あんな真似は大剣を使う重剣士にだってできるか怪しい。
その後も、中央クランの上位メンバーがようやく倒せた魔界の精鋭騎士を複数相手できる力に加え、連中の中から選ばれた最精鋭を一騎討で倒してしまった。…本来の実力を発揮したとか、運が良いとかそういうレベルでは無い。
そしてスキル…仲間達も困惑していたが、明らかに変質していた。執務室で見た時も、やはり見間違いでは無かった。
スキル(特殊強化(評定不能))
魔王に次ぐ評定不能スキルだ。異常である。
スキルはステータスと違い、決して成長しない。変化する事も無い。もしかしたら例外なのかもしれないが、そうだとすれば自分の知る限り、世界初の現象だ。
…何より問題なのは本人がその異常に気付いていない事だ。
まさか、シラを切っている訳ではあるまい。あの馬鹿が嘘とポーカーフェイスを苦手とするのはこちらの方がよく知っている。
(世界初の現象…?)
そう言えばアイツ、初陣の時、何か妙な事を…そうだ、勇者がどうのこうのとか。
勇者などという職種は未だ地球上で確認されていない。現在、全スキル保有者の中で最も珍しい竜騎兵の下にはかなり緩やかな…限りなく台形に近いヒエラルキーが存在するだけだ。竜騎兵の下に高位騎士、高位魔術師、高位弓士の三大レア職種を置き、そこから下は自分達や大淵のようなありふれた職種が混在する。…自分のように軽歩兵や軽騎兵のようなハズレ枠はあれど、あとはそう大差ない。
そう、その中のどこにも勇者などという物は存在しない。
自分は直接見ていないが、大淵の報告、そして斎城と香山からの聞き取りによれば、あのスタンピード時、公園内に十体のみ現れ、それ以降出現していないモンスター…確か対勇者魔造兵とか言っていたか…?
報告によればその対勇者魔造兵とやらは大淵からの一切の攻撃を受け付けず、大淵だけを狙い続けていたという。
「…まさかな」
何事にもイレギュラーはある。…ここで俺があれこれ悩んでも何も分かる訳がないし、大淵や周囲に悪影響があった訳では無い。憶測するだけ無駄だろう。
評定不能という怪しげなスキルとはいえ、魔界騎士達の武器をへこませる程度の威力強化だ。取り立てて騒ぎ、懸念する危険な代物でもない筈だ。
それよりもアリッサだ。一体何を狙っているのやら。
最初は大淵に興味があるのかと思わせていたが、状況の流れから見ると異世界…魔王を狙っているのか? 確かに現状、異世界の権利を巡る唯一の窓口となる存在だが…
かぶりを振り、目を閉じた。
「それにシテも、久しぶりデスねぇ、大淵!」
「そうだな。…しかしお前は本国に帰らなくて良かったのか?一人じゃ寂しかろうに」
「大淵や皆が居るカラ寂しくありマセン!」
都内のショッピングモールにて人の子に姿を変えた魔王を連れ、アリッサと並んで歩く。
都内はどこもかしこもクリスマス商戦で賑わっているが、その空気は明らかに最近の不穏な気配に影響を受けつつあった。
高級アパレルブランドの店頭…店の看板商品となる煌びやかな女性向け衣服の片隅に、欧州超一流ブランドが監修したというメイル・アーマーが堂々と鎮座している。その上にはモンスターの写真こそ無いものの、明らかにスタンピードを意識した脅し文句と共に、「インナーに近い着心地でありながら、いざという時にあなたの命を守る」と商品アピールがなされている。
実際、そのメイルアーマーは他のメンバーが装備している21式メイルアーマーよりも遥かに薄く、身体にフィットするであろうスリムさを誇っていた。中世の貴婦人が愛用したコルセットを想起させるような優美なデザインだ。
…これで十分な防御力があるなら、大したものだが。値札には六桁の数字。先頭には4の数字が踊っている。
「民間向けデスね。皆サンが装備する21式の超・軽量軽装甲版デス。プライベート用ならともかく、私達が装備する意味は殆どアリマセン。でも、民間人なら買う価値もアルでしょうネ。…お金サエあれば」
「…確か21式で一着…29万だったか」
「大淵ノ23式は超最新鋭で、あかりの試作品だそうデスガ、既に日本政府と共同開発して量産化の計画が進んでイマスね。因みに私達のメイルアーマーも名称コソ違いマスが、21式と同等品デス。…ジキ、私にも日本政府を通して技術供与された23式の同等品が先行配備されマスが。参考価格として日本製は76万円になる見込みデス」
「うぅむ…」
自分が超高級装備を優先的に与えられていた事を想い知る。あかりと黒島のラインがイニシアチブを取っていたからこそできたのだろう。…あの23式の防御力とパワー、機動性が無ければ、今頃は魔界で土に還っていただろう。
「ええぃ、小難しい話をしおって。お前達の鍛冶屋は酒を与えるだけでは仕事をしてくれんのか?」
「それをやってくれるのはヴェルンくらいだよ。俺達の世界では皆が皆、何か仕事をする代わりに必ず金を渡し合っている。…ああ、樽酒、忘れないようにしないと…」
結局、それも黒島が上手く経費計上してくれていた。既に通信販売で発注し、拠点に届く事だろう。歳の瀬も迫っているからか、品薄になりかけていて焦った。…まさか、あの巨体で9Lという訳にもいかないだろう。…あとは口に合えば良いのだが。
「案ずるな、酒を舌で味わうような連中では無い。ケチな真似さえしなければ文句は言わん」
「なら良かった」
「それよりダイス、私にもアレを所望する」
魔王が指さす先には親子連れの姿があった。父親が五歳ほどの娘を肩車してやっている。魔王の見た目は8か9歳くらいか。確かに背は低いが…
「まぁ、良いか…ほれ」しゃがみ、姿勢を低くする。
肩に魔王が乗った。見た目より遥かに軽い。これなら大丈夫だ。
「おお、良いぞ!さすがだ!」
「こうしていると親子見たいデスねぇ。ジャア私がオカアサン役やりましょうか?」
「そうしてくれ」
それにしても黒島のやつ…代償として、アリッサと魔王をショッピングに誘えなんて…一体何を企んでいる?…まぁまぁの小遣いまで渡してくれやがって。
「なんでも良いではないか。そろそろ昼だぞ、適当な食事処を見繕うがいい」
「りょーかい」
「リョーカイ!」
…さて、何を食わせてやろうか…
既に11時を過ぎ、モール内のどの飲食店も人が並び始めている。並び損なうと人の大渋滞に巻き込まれ兼ねない。いくら美味い食事の為とはいえ、並んでまで食べたくない人間である大淵は、館内を見渡そうとした。
「パパサン、お昼はメキシカンなんてドーデスか?夜はお寿司食べたいデス!」
「メキシカン?」
どんな料理なのだろうか。自分の元の人生では縁の無かったものだ。…名前から想像すると辛い料理なのだろうか?
「スパイシーな料理デス。…タコスとかモーレとか知らナイデスか?」
「モーレは分からんがタコスなら…聞いたことはある」
「心配しナイで下サイ。日本人の皆サンにも馴染みつつアルくらいデスし、スパイシーと言ってもそんな激辛のモノばかりじゃアリマセン。甘口のモノもいっぱいアリマス。何事もトライイット! 魔王サマもきっと気に入りマス」
「ふむ。ダイスよ、アリスに従え。私はメキシカンなるものが食べて見たくなった」
「そうだな。行って見よう。確か…」
「二階デス。運が良ければ東京湾が見えマスね」
「なんだか俺よりよっぽど東京に詳しいな」
「フッフッフッー! 大淵からデートのお誘いがあってから、ココのコト下調べしマシタ!アリッサは超・凄腕セクシーなエージェント!」
「これであと10センチも身長があれば問答無用でハリウッドの看板女優だな」
「ノ~! 大淵はノンデリ!そんなコトじゃ、香山サンや斎城サンをゲットしても、すぐにポイされちゃいマスよ?」
「か、香山と斎城は関係ない…」
「ダイス、デートとは何だ?分かりやすく説明してくれ」
幸い、殆ど並ばずに、しかも海を眺められる窓際の席に座る事が出来た。
昼の暖かな陽光に照らされたパールブルーの湾を望める。彼方で船が忙しなく行き交っていた。
注文は全てアリッサに任せていた。魔界での冒険譚をアリッサに聞かせているうち、料理が運ばれてきた。
「ほお、これがメキシカンか?」
「イエス。これはタコス。最もポピュラーな料理デスね。日本で言えばオニギリくらいポピュラー。具は敢えてセルフサービス。好きな具材をお好みでチョイス。それこそオニギリみたいデスよね」
「ダイス、私はまだオニギリなる物、食していないぞ」
「…すぐに食わせてやるよ」
「これはワカモーレ。チリ・セラーノ…唐辛子とニンニク、玉ネギを刻んだトマトとアボカドのペーストサラダデス」
「ふむ。見た目は魔界で私が食していたサラダに似ていない事も無い」
「…ポテサラにアボカドを混ぜてスムージーにしたような感じか。…このピザみたいなものは?」
「トラユーダデス。お察しの通り、メキシコ版ピザデス。ラードを引いて黒インゲンのペーストを乗せ、トマトと割いたチーズが乗ってマス」
「アリスよ、これはシチューか?」
「それはポソーレ。豚と鶏、トウモロコシの煮込みスープデス。」
アリッサに解説されながらメキシコ料理を堪能した。独特と言えば独特だ。そもそも自分にはアボカドを料理に使うという発想が無いため、アボカドの体験自体が新鮮だった。
「ライムも結構使われているんだな? 言い方が悪いかもしれんが、良い意味で食材の青臭さが料理全体の特徴になっている気がする」
「香草もイロイロ使われてマスからね。人によっては好き嫌いが分かれるとは思いマス。ケド、自分で具をチョイスする分にはノープロブレム」
アリッサはタコスにたっぷりとカルネ・アサダ…牛肉の細かいサイコロステーキとパクチー、バジル、そしてセロリまで山盛り挟み込み、グリーンのサルサソースをたっぷりとかけて満足そうに食べている。
「トウモロコシも多いな。具もそうだが、このタコスの生地もトウモロコシか?」
「小麦で作る場合もアリマスが、これはとうもろこしデスね」
魔王はデザートのフランに夢中になっている。そんな魔王を横目で見ながらアリッサは穏やかな笑みを浮かべ、大淵を見た。
「…そういえば大淵、こんな話知ってマス? トウモロコシって、ドコから来たかよく分かってナイって話」
「…いや。考えたことも無かった。原産国は…南米だろうか?」
「イエス。7、8000年前にメキシコ周辺で栽培され始めたとされマス。…一説にはテオシントというイネ科の植物が起源ともされてイマスが、断定はできてイマセン。…言わずもガナ、トウモロコシは今や食料としてだけではナク、家畜の飼料、バイオエタノール燃料にも使われる穀物の王様デス。…トウモロコシに限らず、私達の周りに当たり前に溢れる食物は、そのほぼ全てが少なからぬ歳月の品種改良を経て、今の便利な食物の姿になってイマス。ともすると、トウモロコシは八千年もの品種改良の時を経てきたワケデスね。…大淵が食べている筈のお米ダッテ、元は10000年前に起源を持ってイルでしょう?」
「ああ。…確か、中国の長江流域だったか。…ガキの頃、歴史のマンガ本で読んだ記憶がある」
「イエス。トウモロコシにせよお米にせよ…いえ、どんな植物や肉にせよ、起源となる物は…美味しさには程遠く、ダメになりやすく、量産に向かないモノばかりデシタ。…ソレを多大な時間と労力をかけて今の形に成った訳デス。…要するに悠久の時を超えたレベルアップ!デスネ!」
アリッサはどこかで聞いたようなメロディを口ずさみながら笑った。
「ふむ。進化…レベルアップねぇ…」
「デモ、中にはちょっぴりズル…チーティングしちゃう例外もアリマス。それまで甘味など無かった野生の果物がアル時、急に甘味を獲得して、それを人が更に品種改良シタ…とか」
大淵の眼を捉え、怪談の殺し文句でも言うように間近で囁いた。
「…人間でもあったりして」
「…まさか」
「言い切れマス?目の前にその突然変異体がイルかモ?」
そう言いながらスープの中からすくい上げたトウモロコシを口に運ぶ。
確かに、世界に三人にしか居ない竜騎兵など、その最たる例かも知れない。
「…だとしたら…万一の時は、そいつらが人類の希望になってくれるかもな」
アリッサは真顔で大淵を見つめていた。
…その視線に耐え切れず、テキーラのグラスにライムを絞り、一気に飲み干した。
昼食を終え、映画館で…何とも名状しがたいSFティックアニメ映画を見て時間を過ごした後、魔王とアリッサのリクエストでファンシーショップに寄った。
「見ろ、ダイスが居るぞ!」
魔王が指さす先には…何と秋田の宿で香山に取ってやった…あの人相の悪い茶トラ猫の、一メートルクラスのキャラクター抱き枕があった。…相変わらず、あのマニピュレーターにガッチリと体を引っかけたΨポーズで、こちらをジト目で見上げている。
「…一体、アレのどこをどう見たらこの優しい男前と見間違えるんだ?」
「イエッス、魔王サマすごくセンスアリマス!」
「きひひ!そうだろう、そうだろう!?」
「…」
「じゃあアレはクロだ!」
そのジト目の茶トラの隣で…何を企んでいるのか…なんともいやらしい顔つきに上目遣いの黒猫がゴマすりポーズをしている。
「ああ、あれは黒島そのものだな」即、断言する。
「ダイス、あのお前の分身が欲しい」
「イエッス。私は黒ちゃん欲しいデース!」
「わかったわかった…」
二人のぬいぐるみを買ってやり、配送サービスがあったので自分の自宅住所を書き込んだ。
その後、回転寿司チェーンで夕食を済ませ、揃って拠点へと戻った。
珍しい組み合わせにも拘わらず、最後まで楽しめた事が驚きだった。
…アリッサも魔王も終始笑顔で、本当に家族になったような気分だった。
自室でお気に入りの音楽を聴きながら、スマートフォンで終値を確認していた。風呂も飯も終わり、一日の日課と楽しみは殆ど終わっている。後は、就寝するだけだ。
黒島は画面をスワイプしながら数字に目を走らせていた。
と、首筋に冷たいものが当たる。
「トコロで…何を思ってワタシ達をデートさせたんデスかぁ? ク・ロ・シ・マ・サァーン…?」
背筋は総毛立ち、心臓が縮み上がる。
「…ッ、ど、どうやって…入って…」
冷たい物を押し当てられ、頸動脈の脈動を嫌が応にも感じさせられる。…カミソリか?ゾッとするような、皮膚に吸い付く感覚。…これを少しでも横に引かれるか、自分が下手に動けば、悪趣味な噴水の出来上がりだ。
「不用心デスネェ、開いてましたよォ?怖~イ泥棒が入っちゃっタラどうするんデスかぁ?」
苛立たしい程甘ったるい、とぼけた声。
「…鍵は…掛けてたと思ったんだがなぁ…?」
その言葉を無視し、アリッサは続ける。
「気を遣ってくれるのはウレしいのデスが、ゴテイネイに魔王ガールまで同行させて…私もう、デート前からすっごく頭にキちゃってたんですよ?…どうしようかなぁ、黒島さん?」
「何だよ…普通に喋れるじゃねーか?」
既に自分の命は終わった物として覚悟していた。
…せめて少しでも情報を引き出したかった…引き出せたとして、大淵達にそれを伝える方法も思い付かなかったが。
…ダメだった。アリッサはベラベラと自分の目的を話してくれる悪党では無かった。無言の時間が続き、目を瞑って歯を食いしばった。
フッ、と首筋から金属が離れた。
「…ナーンテね。冗談デス」
恐る恐る振り返ると、冷たい笑みを浮かべたアリッサが立っていた。右手はポケットに入れ、左手に何かを持っていた。
「これ。お土産デス」
ドッ、と自分の膝に予想以上の質量物が放り投げられ、身体がビクリと反射してしまった。
「お休みナサ~イ♪」
膝の上には黒猫のキャラクターがあった。
…その首は綿を噴き出していたが。




