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転生先はパラレルワールドだった  作者: こぶたファクトリー


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偏窟爺

 夜明け前に魔王を起こし、簡単な朝食を済ませてから移動を開始した。

 篝火は消えていたが、ゲート前の魔物達が行動を起こす様子も今の所無かった。

 こちらのオルド山脈も長大だが、魔王の城を隔てていたあのヒュバラ山脈ほど険しくない、登山に向いた山のように見える。

 

このどこかに住むという鍛冶屋の魔物を探すべく、山脈沿いにバイクを走らせていた。山脈の所々には木が生え、大小の岩石があり、下手に落石などしようものなら一溜りもない。現に今も、山側の地面に岩が深々と突き刺さっている。その為、山の斜面を見ながら前方にも気を配らなければならなかった。

「中々見つからんな」

 夜が明け、曇り空が広がった。

「ん?」

 前方の地面に食い込んだ巨岩。避けようとバイクの進路を膨らませた。

 すると…その岩が動き出した。手足らしきものが生え、一頭身の珍妙な怪物が現れる。

「オールドロックか…構うな。時間の無駄だ」

「構いたくも無いがな」

 オールドロックがその手を振るい、バイクを捕えようとする。

「おっと」

 余裕で避けたが、万一捕まればバイクが破壊され兼ねない。

 というのは、自分が跨っている間はバイクにもスキル効果が発動しているようなのだ。これは車よりもバイクの方が恩恵が大きいように感じる。

 

 とはいえ、余計なリスクを負うつもりは無い。一撃で壊されないにしても、ダメージを蓄積する車両である事には違いないし、なにより事故が怖い。

「悪意は無いのだが、いかんせん知能が無さ過ぎてな。通りかかる生物を待ち伏せして捕えて喰らう低級モンスターだ。とにかく硬い。我が軍の重装クラスか、中高等魔術でもない限り、魔物でも一苦労するだろうな」

「参ったな。あんなのが居たら思うように探索できない。…もう少し斜面から距離を取るか」

 ハンドルを切り、山から距離を置いた。

「むっ?あの辺、道が見えぬか?」

 遠くの山腹に獣道にも見える、踏み均されたような山肌が見えた。

「…あそこまで、他に道らしい物も見えないしな。この山脈は木も少ないお陰で見やすいな」

 その道らしい場所があった麓まで走り、バイクを適当な茂みに隠した。


「それじゃ、ハイキングといくか」

「なんだ、それは?」

「山を登ることだ」

 テント・シュラフセットと水・食料の詰まったバックパックを背負い、更に騎兵銃を背負う。左腰のバスタードソード、左腕の西洋盾を検める。…問題は無い。

 どうやら、この世界の装備は騎兵刀や騎兵銃よりもスキルとの相性が良いらしい。…となると、欲を言うならどこかで弓矢も欲しい所だ。使い勝手は劣るだろうが、威力はそこそこありそうな手応えがあった。スキルと組み合わせれば、困難な状況を打破するのに役立つかもしれない。

「ふむ。臆病熊の弓ならお前に合うかもな」

「…なんだ、その聞くからに弱そうな弓は?」

「月の女神と愛し合ったとされる大勇者が使っていたと云われる弓だ。どんな怪力自慢の魔物達でも弦を引くことも、弓を破壊することもできなかった。…それこそ、私が幽閉されていた部屋のようにな。この世界の勇者は何かしら、天から与えられた武具を一つは持っていたとされる。…勇者一族の抹殺と共に、勇者一族の里にあったそれらの武具を我が王城の宝物殿に封印したのだ」

「…なるほどな」


 それがもしかしたら、勇者と人類を滅ぼしながら歴代最も平和的な魔王を救うとしたら、あまりにも数奇な因縁と言えるだろう。…しかし残念ながら、魔王城に戻る訳にもいかない。

「もっとも、人間の猛者であっても、勇者一族でなければ扱う事は出来ないとされるが」

「なら、諦めるしかないな。そのヴェルンに刀剣を打ってもらえるといいのだが」

 魔王と雑談しながら山肌を登る。

「ふむ。お前の愛用するあの小さな片刃剣の事か。お前達の国はどうしてあんな形状の剣を使うのだ?美しいが、いかにも繊細で折れやすそうだ」


「いい質問だ。お前のように日本刀に惚れる人は国内外問わず多くてな。俺も昔、剣道にハマっていた頃はよく調べた物だ。あれは斬りつけに特化する半面、言う通り繊細で扱いが難しい。同じ切れ味を持つ日本刀が溢れている日本や、強靭な西洋剣…このバスタードソードなんかを素人の使い手が相手すると、俺のようにすぐ壊してしまう。あれは防御を最低限にしつつ、体術と組み合わせて使う事で抜群の威力を発揮する物なんだ。斬りつけに特化と言っても、刺突も恐ろしいほど効果がある。反りがあるから傷口が広がるし、レイピアの次くらいに刺突に向いている重量バランスなんだ」

「ふむ。 …お前、こういう話をしている時は年相応の顔になって可愛らしいな?」

「…」

 中身は50のオッサンが可愛いと言われても嬉しくない。

「?」

「いや、何でもない…」

 溜息を吐いた瞬間、ゴロ…と岩の動く重低音。


 ハッとして魔王と自分が振り返ると、オールドロックがその手を最大に伸ばし、振るっていた。

「ぐぁっ!?」

「魔王ッ!?」

 引き戻そうとするが間に合わず、魔王が捕らわれた。

「は、放せ!我を誰と心得るか!」

「知能が無さすぎるって自分で言ってただろう! 今行く!」

 魔王のか弱い外見に違わず、全く抵抗できそうもない。

「ええい、魔力さえあれば…!や、やめろ、放せ!」

 オールドロックが一メートルもあろうかという岩だらけの口腔を楕円形に開いた。


 バスタードソードを抜いた。

 スキル、発動。 剣が深紅に染まる。輝く、というレベルではなく、実体化…真っ赤なペンキを一瞬で染め上げたような生々しさだった。

(俺のスキル…こんな感じだったか…?)

 もっと柔らかい燐光が全身を包む感じだった筈だが…

 捕えた魔王を頭から巨大な口に運ぼうとしている。脚部筋力アシスト。超高速で跳ねて割って入り、その腕を斬り上げた。


「オ゛オ゛オ゛オ!」

 ズドン、と大地を揺るがして巨腕が落下し、魔王が解放される。巨岩が腕を振りながら暴れている。出血こそ無いが、岩を連ねたような腕部には鋭利な切断面。腕なら何とか切れるか。バターを斬る程度の手応えしかなかった。見た目に依らず、相当切れ味のよいバスタードソードなのか。これならスキルを無駄遣いせずとも、スーツの筋力アシストだけで済むかも知れない。

「大丈夫か?」

「お、お前、オールドロックをいとも容易く…」

「俺の攻撃強化スキルは中クラスらしいからな。運が良かった…離れよう」


 魔王を抱きかかえ、オールドロックから離れた。あんな口…重量の岩石に圧し潰されたらと思うとぞっとしない。

「こういう一瞬の斬り合いには精度と速度で負けるが、多少乱暴に扱っても平気なタフさが西洋剣の良い所だな。俺の世界のAK、AR論争に通ずるものがある」

「なんだ、そのエケイだの、えーあーるというのは?あのエールの事か?」

「あー…何でもない。あれはビールと言う。俺も最近好きになった酒さ。帰ったらまた飲ませてやるよ」


 踏み均された道に辿り着いた。魔王を下ろし、道を検める。

「…獣道か誰かが通った道かは分からんが、他に手掛かりも無い。取り合えず辿ってみよう」

「うむ。…待て、また捕まっては敵わん。エスコートせよ」

「ん。そうだな」

 空いた左手で魔王と手を繋ぐ。

 …自分に妹でもいて…勇者ごっこでもしていたならば、こんな感じだったのだろうか。

「…ふん、子供のくせに、物騒な遊びだな」

 そう言いながらも魔王の表情は穏やかだ。

「確かにな」


 道らしきものを辿ると、麓からは死角になっている洞窟を発見した。驚いたことに水脈があるのか、遠くから微かに水音がする。

「こっちだ。足元に気をつけろ」

 幸いにも、探照灯が取り付けられた肩部アーマーの方は無事だった。可倒式スタンドを起こし、足元を照らす。ソフトボール大の岩が幾つも転がっている。

「おーい、偏屈爺よ、おらんかー?魔王自ら慰問に来てやったぞー」

 洞窟内に魔王の声がこだまする。

 やがて、ざわざわと足音が聞こえてきた。

「…ヴェルンってのは弟子でもいるのか?」

「…いや、独り者の筈だ」


 騎兵銃を持ち、ポーチからフラッシュライトを取り出して銃と共に構える。

 照準の先にゴブリン。石斧や石器のナイフを持っている。人間から奪ったものか、ショートソードも見えた。

「魔王、入り口まで下がって、周辺を見張っていてくれるか?」

「わかった」

「そこで止まらんと撃つぞ」

 念の為、警告をしたが、足を止める気配は無い。引き金に指を掛けたその時、ショートソードが空中に舞った。ゴブリンの腕だけが黒い物体の中から藻掻いている。

「何だ…?」

 四足歩行の巨大トカゲ。現世にいるコモドドラゴンを更に巨大化させたような大きさだ。…ちょうど、懐かしのコドモドラゴンをスリムにして這いつくばらせたらこんな感じか。口はこちらの方がワニのように巨大だが。


「ベビードラゴン!コドモドラゴンの幼体だ!」

 コドモドラゴンの下位互換か。ならば弾を使うまでも無いか。

「侮るな。装甲はコドモドラゴンより薄いが、俊敏さと獰猛さは成体以上だぞ。凶暴な個体などは成体を襲って喰らうものもいる。そういう奴は時に共食いまでして貪欲に成長し、成体になると魔物級のパワーと戦闘能力を獲得する」

 …初陣の時、自分の騎兵刀を曲げたアイツか…

「知能も成熟していない為、我の命令も聞かぬ。そう言った意味ではコドモドラゴンより危険な相手だ」

 それを証明するようにベビードラゴンが続々と突進してきた。五匹…

(弾は惜しむな命こそ惜しめ…ただしセミオートで)

 どうせあの世に持っていく価値の無い鉛玉だ。引き金を引く。放たれた30‐06弾がその未熟な装甲…鱗状の皮膚を突き破り、ズタズタに引き裂いていく。

 射撃訓練も実戦も散々こなしてきた。そのつぶらな眼球を撃ち抜く事は造作もない。眼球を撃ち抜かれたベビードラゴンが地面にへばり付き、二度と動かなくなった。

(使用は7、8発…残り12…いや13発か?) 残弾孔を見ると、その通りだった。


「うむ。結構な腕だ。先へ進むぞ」

「了解」

 洞窟探検を再開する。出入口の光は届かなくなり、探照灯によって照らされた濃い灰色の狭苦しいトンネルが続く。ゲート内にあった横穴と同じようなサイズか。

「…またか」

 ざわざわと迫る足音。

「ゴブリン共か…あいつら、私を下賤な目で見るから嫌いだ。こちらが弱っているからと…」

「なに、コイツで追い払ってやる」

 騎兵銃を構え、通路の角を警戒する。

(…しかし厄介だな。この地形、味方にもなるが敵にも豹変する)

 狭い通路ではゴブリンも身を隠しようが無い。この通路なら前のように左右に別れられてもどうという事は無い。 …跳弾にさえ気を付けていれば。

 厄介なのは音が響き、その音源が背後なのか前方なのか分からなくなることがあるという事だ。

 と、角からゴブリンが頭を覗かせた。…しかし銃口を下げる。

「…ふん。こっちの銃撃を警戒してやがる。情報伝達の速さもピカ一だな」

 こうして時間を稼いで、こちらの精神的・身体的消耗を図ろうというのか。それで退けば付いてくるのだろう。…こういう、嫌らしい距離を取って来る手合いは確かに苦手だ。直接戦闘に特化した者にとって最も相性が悪いタイプだろう。


「ふむ。ならばこうしてくれよう」

 魔王の片目が妖しく光った。と、通路の角に火球が現れ、隠れ潜むゴブリン達に向かって飛んで行った。耳障りな悲鳴が響き渡る。

(MP:25)

「…魔王、ありがたいが魔術は控えよう」

「む。…そうだな」

 

 足元で水音。水たまり程度の水の流れがあった。

 もしや、と思って水の中を照らすと、薄らとだが金属の細かい粒が確認できた。

「…この水を辿ろう」

 水の流れを辿り、途中でさらにゴブリンの小集団、そしてベビードラゴンからの奇襲を受けるもこれを撃退し、ようやく通路が開けてきた。探照灯を一旦消して見ると、自然にできた水路の周りに発光するキノコやコケが生えており、それが道標のように目的地へと続いている。モンスターさえ居なければ幻想的な光景なのだが。

「お前達の世界ではこんな所で番の絵を描くのか?」

「ん? ああ、こんな風にな」

 スマートフォンを取り出し、自分達を撮って見せた。光のせいで弱く発光している苔の水路を背景に、気の抜けた自分と、レンズを見て呆けた顔の魔王が映っている。

「むむむ!? なんだこの顔は!?もう一度やり直せ、もっと凛々しい顔で描かせろ!」

「ははは、良いじゃ無いか、俺達らしくて」

 スマートフォンをポーチに戻し、再び歩き出した。


「ダイスよ、お前、あの世界ではどんな役目を果たしていたんだ?やはり武人か?」

「…お前も見たと思うが、元の俺は…あー、この話は勝手に誰かに話すなよ?…話したら絶交だからな」

「むっ、誰にも言うものか!」

「よし。 あー、この体の元の持ち主の事は分からん。 …元の俺は…歳食った普通のサラリーマンだった。所謂…社畜って部類にしてはかなりソフトな方かな」

「む?サラリー?社畜?…ふむ、苦労自慢をするとキリが無い?人間の世界は世知辛いものなのだな」

「…だな。まぁ、完璧な世界なんて存在しないと俺は思っているが。…とにかく、そんな底辺の一人だったよ」

「お前の国ではそんな職農奴が、お前のように戦えるのか?」

「どうだろうな。俺にも武術の経験はあるが、どちらかというとこの体のおかげなんじゃないかな。…ただ、どうもこの体と自分だけのお陰じゃない気もする」

「どういうことだ?」

「…良く分からん。何か、別の意思を感じる時がある。…お前の配下を殺した時、何かに酔ったような…元の世界の俺は小心者で、いくらなんでもあんな事は…」


 殺戮の中で意識が曖昧だった。だが、追憶していくうちに…朧げなイメージが浮かんできた。自分の体が殺戮に特化したマシーンにされて、その体を誰かがゲームのキャラを動かすように、自分()より遥かに…真似のしようも無い程…芸術的に操っている。…自分はそれを後ろの席から呆けながら見ている。手足をその殺戮マシーンと同化させられながら。

「ロボット…コンピューター…パイロット…」

「なんだ、それは?」 魔王が怪訝な顔で覗き込む。

「…いや、俺にもいまいち整理がつかん。…多重人格みたいなモンかね?…もう一人の俺、的な」

「…ふむ。確かにあの時、扉の向こうでお前の気配が大きく変わったのを感じた。…だが、扉を開けた時には今のお前だった」

「…ん?」

 

 探照灯を消した。暗闇の向こうに明かりが差している。

「行こう」


 再び探照灯を点けると、視界に違和感。背筋が粟立つのを感じながら上を見上げる。

 水平方向ばかり気にして、垂直方向への警戒を怠った。空間の広がりと共に上方向への空間も広がり、そこに無数に張り巡らされた白いホース…糸があった。

 それが糸だと分かるのは、その上に自分のよく知る白い蜘蛛が居たからだ。…サイズは自分の知らない、全高1メートルサイズだったが。脚を広げた幅は2メートルサイズになるだろう。昆虫の蜘蛛と違い、体節部にまで不規則にびっしりと張り巡らされた体中の無数の赤い眼が、こちらを捉えていた。

「ホワイトタランテラ…糸にっ…!」

 魔王の警告を遮り、矢のように糸が射かけられた。


「ッ!」

 反応しきれず、左上のシールドが糸に絡まれる。危険を感じ、盾を放棄。引き上げられた盾が空中で他のホワイトタランテラに更に糸を射かけられ、結わえ付けられ、吊られている。ものの数秒で引き上げられ、空中で巨大な「くす玉」にされてしまった。 あれではたとえ人体でも、一分もかからずに宙吊りの繭にしてしまうだろう。

「クソ…」

 今ので満足しただろうか…? 自分の知る限り蜘蛛は、張り巡らせた糸を神経代わりにする知覚タイプと、ハエトリグモのように視角に頼ったタイプに別れている筈だが…。

 赤い眼は自分達を捉え続けているように見える。

(何故だ…我を魔王として認識せぬ…まさか、魔力が低すぎるから、魔族の子くらいにしか思われておらんのか…!?)

 無言でいた魔王に向かい、糸が伸びた。視角もあるとみえる。

「させるか!」

 魔王を庇い、騎兵銃を連射して牽制しつつ糸をやり過ごす。

「止めよ、我は魔王である!」 思わず魔王が叫んだ。しかしやはり、蜘蛛達は捕食者の眼でこちらを見続けている。

 弾倉を交換し、再装填。残る白蜘蛛はあと4体…いや、続々と集まって来る。…数十体にまで増えた。

「弾はあるが、一度でも捕まったら終わりだな…」 未だ空中で揺れるくす玉を見上げて呟く。あの糸をバスタードソードで切れるかは正直、微妙な所だ。だからといって、この精度の糸を超人的に避け続ける自信はない。 …魔王だけでも確実に逃がさねば。

「魔王、ゆっくり下がれ。俺の銃をやるから、出口まで…」


「おやめなさい!」

 鋭い声が響き、蜘蛛達が立ち竦んだ。蜘蛛達が道を譲り、奥の暗闇から何かが降り立った。蜘蛛に乗った人…?いや、下半身が蜘蛛の身体となった女が姿を現し、魔王の前で恭しく体と頭を下げた。

 白い銀髪が垂れる。ふくよかで母性溢れる身体もやはり全体的に白く、下半身が蜘蛛であることを除けば普通の女性となんら変わらない。これも獣人の一種か?

「申し訳もございません、魔王様。御仕置はこの愚母めが受けますので、愚かな子らの無礼、どうか御赦し下さい…」

「白のアラクネか。良い。…あの玉に入っている盾だけ返せばな」

「嗚呼、何と寛容なお言葉… しかし、どうして人間を?絶滅したのでは?」

 上に居た蜘蛛達が動き、くす玉を解きに掛かっている。

「ゲートなる洞窟から彼の世界に繋がってな。そこにはまだ人間達がおり、その一人だ」

「そうでしたか。それにしても…とっても美味しそうでございます」

 白のアラクネと呼ばれた女が物欲しそうにこちらを見る。思わず剣の柄に視線を移す。

「未来の我が夫、ダイスである。故あって我が護衛として共に行動しておる。滅多なことをしたら子蜘蛛諸共焼き払うぞ。…ヴェルンを尋ねてきたのだが」

「これは大変失礼いたしました…ご容赦を。…岩窟爺…ヴェルンはこちらでございます」


 蜘蛛が一匹、盾を抱えて糸を伝って逆さに降り、アラクネが受け取り、大淵に盾を返した。

「ダイス様、大変失礼いたしました」

 そう頭を下げながらも、口の端には舌を舐めずり…その視線は自分の体に向けられているような気がしてならない。…あの声には魔王に相伴をねだるような甘い響きがった。

「…いいんだ」

 …自意識過剰だろう。かぶりを振り、アラクネと魔王に続いた。


 先ほど光が差していた空間…そこを見上げると、天然のホールになっていた。

 光は直接地上から差し込んでいるのではなく、潜水艦や戦車のペリスコープのように、鏡の反射を利用した物らしい。換気孔の役割にもなっているようだ。

巨大な岩壁はほとんどが剥き出しだが、よく見ると炉があり、薪棚もあり、大きな棚も彫ってある。軒並み巨大で、主は三、四メートルの巨人だろう。掘り抜いた洞には燃料か、干し草がたっぷりと積まれている。どこからか流れて来る水が水受けに流れ込み、その下に流れていく場所には段々と深い風呂穴のように水が溜まった穴が四つある。最後の一つには木を括った桶もある。

(…もしかして、最初の水受けが飲用で、後は鍛冶の焼き入れ用、最後が風呂か?)

 アラクネが八対の足を優雅に動かし、部屋の奥へと無遠慮に進む。洞に積まれた大量の干し草の下で立ち止まる。

「岩窟爺、起きなさい。お客様です」


「…今度は誰だ。ギガントか、ミノタウロスか?」

 干し草が崩れ、四メートルの巨人が起き上がった。その無関心な三つ目が大淵を捉え、益々興味を失ったように大欠伸をした。

「…アラクネ、勘弁してくれ。男は喰わん。臭いしマズい。あれならベビードラゴンの方が百倍美味い。お前を人間にしたようなのが最高なんだが、もう三年は喰ってないな…」

「目を覚ましなさい。魔王様がお見えです」

「また冗談か。今日はやけにはしゃいでるな…」

 と、大淵の隣にちょこんと現れた魔王に釘付けになる。

「おい偏()爺、この男に剣を鍛えてやってくれ。我が命である」

「ま、魔王様ッ!?なんとまぁ、こんな牝蜘蛛と老いぼれしか居ない、薄汚い場所へわざわざ…」

 男は慌てて居住まいを正し、寝床から転がり落ちてきた。

「良い。故あってな。そんな事よりそら、一仕事頼むぞ」

「ははっ…しかしながら、俺も鍛冶神に仕える末端者でして。…こちらの流儀でよろしいでしょうか?」

「無論だ。鍛冶場はお前達の仕事場であり神域である。これ以上は我も侵すものか」

「それでは…」

 

 再び大淵に向き直る。…無関心から面倒くさそうな顔くらいには関心を持った顔を向けて。

「そこにある剣で、あの岩を切って見せろ」

 示された方向には数振りの剣があった。装飾の煌びやかな物から見るからに安そうな、装飾も施されていない剣まで。 その先には直径一メートル程の岩があった。

「どれを使っても構わん。結果は同じだ」

 そう言われて半ば投げやりにごく平凡な一振りを掴み、鞘から抜いて岩に向き直った。

 スキル…

「スキルなどは使うな。自力だけでやって見せろ。お前が剣士の端くれなら出来るはずだ」

 釘を刺され、スキルをキャンセルした。

(スキルも筋力アシストも無しで岩を…出来るのか…?)

 直径一メートルの岩が、途轍もなく頑丈な鋼材に見えて来る。間違いなく、あのオールドロックの巨腕より極太だ。 一呼吸し、剣を力任せに思い切り振りかぶる。


(…どれを使っても結果は同じ…?)

 …失敗するにせよ成功するにせよ、なんで結果が同じなんだ?


 本能的に掴んだ剣を手放す。腰からバスタードソードを抜き払い、遠心力をたっぷり乗せて振り抜いた。

 かなり厳しい手ごたえ。岩がゆっくり崩れ落ちる。 鋭利な切断面は七分までで、後は遠心力と衝撃による乱暴な破壊だった。 


 アラクネは手で口を押えて目を瞬き、ヴェルンも三つの目を剥いて口を開けている。

 魔王だけが腕を組み、当然と言わんばかりに不敵な笑みを浮かべている。


 大淵は剣を検めた。…やはり、大分刃毀れしてしまった。


「…すまん。負けず嫌いなもんでな。あの剣じゃどれを使っても切れないんだろう?」


 高笑いが返ってきた。

「こっちこそすまんな。俺たちなりの親睦の冗談なんだが、これは良い。まさか本当に斬るとは!そう、そこにあるのは人間の武器屋で売っていた物だ。まず切れん。…次は冗談無しだ。次の岩に置いてある剣を握って、お前のスキルや力を解放して見ろ」


 今度は言われた通り、素直に剣を握り、まずは筋力アシストをフルに。限界にパンプアップさせると、人工筋肉を制御しているマイクロモーターの焼き付きを警告される。

 更にスキルを発動。全力解放。

〈注!アーマーが異常なエネルギー負荷を感知! 直ちにスキルを中止してください!〉

 例の警告が鬱陶しく表示される。

 

 と、ガラス細工のように剣が砕け落ちた。


「ふぅむ…こいつは骨が折れる客だ」

 ヴェルンは厄介そうに唸ると、おもむろに立ち上がり、炉のそばにあった薪を拾い上げ、暫く棚の中を覗いた後、薪と共に一本のナイフをつまんで大淵に放った。

「それでお前の作りたい剣を彫ってみろ。…扱い方からして、大剣じゃないんだろう?…ああ、その間にさっきの剣を鍛え直しておいてやるからよこせ」

「あ、ああ…」

 大淵からバスタードソードを預かると、ヴェルンは四メートルの巨体を揺らし、炉へ向かった。石炭を無造作に炉の中に放り込み、火を起こした。

 魔王はアラクネに椅子を勧められて寛いでいる。


 木刀を彫れと言うのか?素人に出来る訳がない… そう思いながらナイフを木に通すと、それこそバターを切るように硬い木が削れていく。それだけではなく、素人には出来る筈の無い精緻な造形まで完璧に、思った通りに刃が彫ってくれる。これなら、自分でも豪華絢爛な装飾や精巧な仏像だってすぐに彫れるだろう。3Ⅾプリンターナイフと勝手に命名した。

 やや幅広な刃。肉厚で、刃長も通常の打ち刀より長い85㎝に。自分の体格に合わせた、専用の騎兵刀だ。迷ったが、ナックルガードも追加した。仕上げて、完成した騎兵刀を諸手、片手でそれぞれ振り、突いてみた。バランスは…完璧だ。


「できたか?」

 返事をする間もなくヴェルンに木刀を取り上げられる。代わりにいつの間にか打ち直された剣を返された。

「ふん…ナックルガードに迷いがありやがる…着脱式にしてやるか」

 相変わらずこちらの返事も聞かず、炉へと向かっていく。

「…ん?」 剣の違和感に気付く。

「な、なんだこりゃ!?」

 バスタードソードがロングソード…いや、ツヴァイハンダ―になっている。汎用が売りであった刃渡りは倍近く…180程にまで伸ばされ、これでは自分の身体では…人の身ではまともに鞘から出し入れできない。第一、自分の身長では背負う事も困難だ。

 

「ハハハ!さっきの冗談ついでだ。まぁ、握ってみりゃいい」

 そして、大淵から受け取った木刀を入念に検めた後、それを無造作に炉の火の中に放り込み、その上で作業を始め出した。木刀を彫っている時には気が付かなかった金槌と炎の音が聞こえてくる。

「企業秘密だ、人間はこっち見んじゃねぇ」

 その間に試しに剣を抜こうとすると、ツヴァイハンダ―のロイヤルレッドの鞘は勝手にすっぱ抜け、自分の傍らに従者のように浮かんでいる。

(本当に何なんだ、こりゃ…)

 しかし長大な剣はその圧倒的なリーチにもよらず、見た目よりも遥かに軽い。バランスは…切っ先三寸に500gの重しを巻いた竹刀…ちょうどそのくらいか。

 …と、持て余した長大な剣先が、岩壁を切り裂いて食い込んでいるのに気付く。

 …我が目を疑う。刀とて、こんな妖刀めいた切れ味はしない…。鞘を探そうとすると、ササッ、と自分の傍らに来て長剣を受け入れてくれる。また、鞘は自分の意志と連動するらしく、背負う必要もなく常に傍らに付いてくる。置いて行けば大人しくその場に在り続ける。また来いと思えば手元に素早く飛んでくる。…まぁ、これなら大丈夫か?

 上を見上げると、差し込んでいた光は弱まり、夜が近いことを示している。


「ダイス様、よろしければ…」

 アラクネが盆に乗った紅茶を差し出してくれた。少し離れた場所で魔王も椅子に座り、同じ紅茶を啜っている。

「ああ、これはどうも…」

 受け取り、啜ってみた。 …味は日本で一般的に手に入る紅茶とそれほど変わらない。不思議な風味はするが、決して嫌ではない。表現しにくいが、癖になりそうな類の…スパイスの風味だった。強いて言うなら…確か、ナツメグだったか…あれに近い。


「それにしても、お見事な剣技でございました。闘将バルべスの龍撃隊の猛者を彷彿とさせます。いえ、武勇比類なき一億の竜撃隊にも、これほどの猛者は私の足の数ほども居りませんでしょう」

「はは…煽てるのがお上手で…」

 正直、悪い気はしない。自分を捕食対象として見た事さえ忘れ、その下半身を見なければ、儚い未亡人を思わせるような美しい淑女だ。こんな女性になら喰われても仕方ないか、と思ってしまう。…いや、やっぱり喰われるのは嫌か…。

「お暇があれば是非、また来て下さいね? ……今度は是非、お一人で」

「…考えておきます」


 ヴェルンが二人の脇を通り過ぎ、刀を水に浸けて焼き入れした。凄まじい音が響く。

「お陰でこの地最後のミスリルも品切れだ。もう少し待ってな」

 どこからかゴブリンでは無い小人が二人現れて、ヴェルンの作業台に駆けあがっていった。金属と何か木材を忙しく削る音が響く。

「細かな装飾や細工はさすがにこいつらの協力が不可欠だ。…外部委託費だ。高くつくぜ」

「…酒で良かろうか?」

「大歓迎だ」

「いずれ持ってくるよ。魔王の名に誓って約束しよう」

「いいだろう。…どれ、できたようだな。おい、持ってこい!」


 石台の上から小人たちが身軽に飛び降りて来る。片方の手には仕事道具一式の詰まった袋が、もう片方の手には控えめな金の装飾が施された瑠璃色の鞘…それに収まる騎兵刀があった。ヴェルンがその刀を鞘から抜き払い、刀身を検める。

「…よし」

 鞘に戻し、大淵に突き出した。

「俺の鍛冶歴の集大成だ。コイツを超える物は神造武具しかねぇ」

「…ありがとう。こいつならその神造武具にだって敵いそうだ」

 それを受け取った。あの木刀がそのまま真剣に変わったかのような精巧さ。圧倒的なリーチと強化にも関わらず、その握り心地と刀の重心は、手足の様に使い慣れた騎兵刀のそれと全く変わらない。

「ふん。使い手次第だろうな。…夜になった。とっとと行きな」

 次に来るときは樽酒を持ってこなければな… アレは十万くらいで買えるものだろうか…?


 アラクネに送られて洞窟を出る。HP10000、MP1500、その他軒並みステータスが魔王城に居たあの将軍の半分近いというアラクネの姿を見ると、ゴブリンも流石に性欲より恐怖が勝るらしい。すごすごと自分達から離れて行った。途中、獰猛なベビードラゴンが迫る。しかしアラクネの下半身から放たれた糸に絡められて動けなくなり、手刀で難なく首を落とされている。

(…あの糸の早撃ちと精度は、世界選手権レベルのガンマン並だな…) 

 

 尾部を体の下から敵に向けて撃つのだが、ほぼノーモーションの動作…予備動作が見えづらい為、初見なら間違いなく自分も捕らわれてゲームオーバー…良くてシールド損失だろう。さて、運よくシールド損失で済んだとして、この狭い通路で次弾を発射される前にどこまで詰められるか…或いは最初から銃撃が正解か? しかしコドモドラゴンで2000、スキルを使ったとして、HP10000ものアラクネを、糸に掴まらず削り切れるのか…

 アラクネを見ながら、そんなシミュレーションをしてしまう。

「…ダイス様、そんなに見つめられては困ります」

 アラクネの純白の肌が朱に染まり、目を伏した。

「いや、コイツは今、お前と対峙した時にどう対処するか脳内演習しておったのだ」

 朱は薄れ、アラクネの顔が元の白より青褪める。

「あー…すまない。あんまり見事な腕前なものだから、もし自分ならと思うとつい、な」 

 そう弁解するとアラクネは笑顔で応じた。

「お手合わせでしたらいつでも喜んで。お互いに殺傷無しで切磋琢磨できます」

「…それも考えておくよ」


 洞窟出口でアラクネと別れ、魔王と共に山を下った。既に夜になっているが、下山は登山より遥かに楽に済み、やがて麓のバイクを隠した茂みが見えてきた。

 昼食も食べ損なっていた。魔王と共に夕食のレーションを食べ、腹拵えを済ませてからバイクに乗り、山脈に沿って戻った。

 しばらく行くと、ゲートが見えて来る。相変わらずゲート前の平原には軍団が陣取っている。

 …朝と様子が違う。

 篝火が大量に焚かれ、軍団が幾つかの隊に別れ、続々とスロープを移動していた。

「侵攻が再開されたか…!?」

 

 自分が置き去りにしてきた仲間達の顔が浮かぶ。黒島…星村…川村…尾倉…藤崎…アリッサ…強面だが気の良い留学ブラザーズのケビン、マック、ワーナー、オルドーレン。

 

 香山…斎城…


「行くぞ、大輔」

「…魔王?」

「今行かずして何の為の力だ? 何の為の約束だ?」

「…そうだな…ビビってる場合じゃないな」

 アクセルを吹かし、一気に速度を上げた。平原ではなく、山の険しい斜面をフルスロットルで駆け上がる。

 …バイク自体も騎馬としてスキルによる強化を受けているなら、多少の無茶も利くはずだ。…地形は鵯越の逆落としより遥かに酷いが、スキルとアーマーで守られている分、俺は安全だ。

 …スキルよ…神々よ…あんた達がそんな便利屋ではないのは百も承知だが、叶うならば…この背にある命を守ってくれ…

「…魔王、お前にも腹を括ってもらうぞ」

「望むところだ。魔力も幾分か回復した。自分の心配だけしていろ」

「なーに、ジェットコースターと同じさ…俺は苦手だが…!」


 ゲートが見えた。相変わらず通信塔は破壊され、重機は血祭りに上げられた死体のようにバラバラにされ、出入り口は魔物達によって広げられていた。


 ほぼ90度近い絶壁を、バイクが駆け下っていった。…大嫌いなジェットコースターのように。

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