月語り
赤い夜空と月が浮かんでいた。
虫の鳴声に交じり、金属を打ち鳴らし合う音が響く。
破壊され、開け放たれたままの城門の下で、甲冑を纏った騎士に銃剣を突く。
繰り出された銃剣は騎士の眼窩を貫き、その活動は停止した。既にその役目を終えていた白骨は再び眠りについた。
大淵は遺体に合掌し、その剣と西洋盾を拝借した。上級の騎士だったのだろう。かなり状態の良いバスタードソードだった。盾も装飾こそシンプルだが、木の上に革を張り、その上から鉄甲を施した本格的な造りだ。
背後に気配。拾ったばかりの盾を左手で反射的にかざし、左半身にだけ筋力アシストを集中。
軽い衝撃。逆に相手の体が岩にでも衝突したように弾かれる。すかさず突進。突き飛ばし、倒れた骸骨の騎士をバスタードソードで両断。
…弦を引く音。後ろか。
「ダイス!後ろだ!」
既に身体は動き、反転しながら矢を掻い潜って距離を詰める。弓を捨てた骸骨騎士がショートソードを抜き払うが、遅い。剣ごと叩き斬るまでもなく首を薙ぎ払う。
静寂を取り戻した城内に幾つもの骨体が転がっている。なるべくそれを整え、遺体に手を合わせた。
「それは弔いの祈りか?」
瓦礫の陰に立つ魔王が訊ねた。
「そうだな。多分宗派は違うが…」
銃剣を外して騎兵銃を背負い、バスタードソードを左腰のウェポンホルダーに装備した。
「…ゲートの前に陣取っているあの大軍団…あいつらはお前の言う事を聞くだろうか?」
遥か遠くに幾つもの篝火が祭りの灯のように暖かな光を放ち、揺らめいていた。
「…無理だろうな。今、動いている者はゼルネスの甘言に騙されている者が殆どだ。まだ近寄らぬ方が良い」
「そうか…」
「ふっ…6億5000万の栄光ある軍を率いる魔王がこの有様だ。笑えるだろう?」
しかし、何故魔物達はあんな魔物の言いなりに…?
「…私が女だからだろう。常々、城の中で私を面白く思わない者達とすれ違った。あのゼルネスなどその代表のようなものだ。…日頃から私を下賤な目で見つつ、王座から引きずり下ろし、乗っ取りを考えていたようだ」
「知っていて見逃していたのか?」
「…私は確かに目の前の相手の考えが読める。だが、できれば配下達の思考は読みたくなかった。だから、知らぬ振りをしてきた。…お前は自分の主…上官がお前の思考を見通せるとしたら、どうだ?」
…それは、超絶嫌だな…逃げ出すか、怯え、思考を隠しつつ媚び諂うだろう。
「だろう?私は周りがそんな者達で溢れるのが嫌だったのだ…しかし、よもやここまでとはな。甘かったと言わざるを得ない」
「…悔やんでも仕方ないさ。後悔役に立たずってな」
「?…先に、では無いのか?」
…そうだった。まぁ、結果的に似たようなものだろう。
「ふむ…?それもそうか」
「まぁ、そうなるとやれることは限られてくるな。今はまだゲートに戻れないし…なぁ、どこかに強力な武器…伝説の剣とか武具なんかだと最高なんだが、ありそうな場所に心当たり無いか?」
騎兵刀は自分の手に最高に馴染むが、いかんせんリーチの短さによる威力不足と、スキルを使用するごとに激しく消耗する。今回も壊してしまった。自分の使い方の問題なのかもしれないが、この世界の特殊な武器なら自分のスキル使用にも耐えられるかもしれない。
そもそも、初陣の頃はスキルで刀を壊すなんてしなかった筈だが…敵も硬くなったのか?
「ふむ…我が王城の宝物殿を除くとなると…私の知る限り、あそこしか思い浮かばんな」
魔王はゲートがある山脈を見渡した。
「ちょうど、このオルド山脈のどこかにヴェルンという偏屈な魔物の鍛冶屋が居るそうだ。どんなに魔法石を積もうとも、気が乗らなければナイフ一本鍛えてくれぬそうだが。探してみるのもよかろう」
「よし。明日、探してみよう」
比較的状態の良い廃墟の一つに入り、ガスストーブで二人分のレーションを暖め、夕食にした。
ハンバーグと白米セットを食べる魔王のステータスを確認する。
(HP:100)(MP:30)
やはり、食事をしたり睡眠を取っても、自分達人間と違って殆ど回復はしない。力が戻るには時間が経つのを待つしか無いようだ。
それでもあの瀕死状態から回復してくれたのは良かった。数値上はかつてのステータスに程遠いが、元気の良さは元通りだ。…あのまま、この小さな体が息絶えてしまうのではないかと思った時は胸が締め付けられた。あんな思いは二度としたくない。
「なんだ、そんなに私が心配か?」
ニヤニヤと愉快げに顔を覗き込んでくる。
「…それもあるが、平和条約にはお前の存在が大前提だからな」
「きひひ!ダイスは嘘が下手だ。今、和平条約など頭に無かったくせに」
…まぁ、嘘が下手なのは認める。だが、和平も大事なのは本当だ。
「うむ。わかっている。案ずるな、お前の命を賭けた努力…必ずや報いてやる」
家屋の二階にあった寝室にシュラフを敷き、魔王を寝かせた。
「それではごゆっくり」
「…大人しく寝て欲しければ何か夜伽話をするがいい」
夜伽話…?あれか? 子供にする昔話的な。
「うーむ…そうだな…昔、竹を刈って商売にする翁…爺さんがいた」
大淵は竹取物語を、自分なりの…ユニークな解釈を交えて魔王に聞かせてやる事にした。
「爺さんと婆さんも老い先短い人生の中で得た、願っても得られなかった子を思いがけず授かったモンだから、これがもう溺愛でな。世間の人々もそんなかぐや姫を一目見たくて…求婚したくて、ストーカー紛いや迷惑系配信者のように夫婦と姫の家を取り囲むが、どうしてもお目見えすらできない。人々が諦める中、それでも諦められない五人の若い貴族が爺さんに泣き落としで頼み込んで、ようやく面会が叶った」
「ほぉ、珍妙かつ得体も知れない一家の令嬢の分際で、随分と小生意気な娘だな?」
「なんだかんだ言って最初は爺さんと婆さん以外の人間に興味が無かったのかもな。どう見ても生活能力無さそうだし、或いは引き籠りか…まぁ現代にして、俺も身につまされる所が無くも無いが…」
「ともすると為になる話だな」
「…とにかく、五人の貴族は自分こそ、この美しい令嬢を一番愛していると、愛のバーリトゥードが始まる訳だ。そこでかぐや姫はそれぞれに難題を出して、そのお題を解決した者の妻になる、と約束した」
「ふむふむ、それは何だ?」
魔王もすっかり興味津々である。自分の思考を読む暇も無いらしい。
「貴族Aは仏の御石の鉢、Bは蓬莱の玉の枝、Cは火鼠の裘、Dは龍の首の珠、Eは子安貝を…それぞれ持ってくるように言ったのだ」
「…それはどんなものだ?」
「…例えば、根が白銀でできていて、茎は黄金の木とか。ありえないだろ?」
「ああ、それならあるぞ?スフィアゴの木だ。枝からは金剛石が咲く希少種だな」
「…じゃあ天空へ至りし大賢者・ヒッポポタマスの愛用した虹色発光するゲーミング聖杯とか」
「な、何だそれは!?そんな物がお前らの世界にはあるのか!?」
「無い。 だから、五人の貴族はそれを馬鹿正直に探す者、贋作を偽造する者とで別れ、偽物は全て見破られ、馬鹿正直に探した者も全員、結局は諦めざるを得なかった」
「ありもしない物を探させるとは、中々見所のある性悪女だな?」
「お前は魔王にしちゃあ、ちょっと良い子過ぎるからな。まぁ、あんまり参考にしないで欲しいが…」
「しかし、そうなるとダイスの言った通り、最初から他人になど興味無かったのか?」
「…そこが分からんところでな。どうも後々、意地悪が過ぎたと後悔しているような節もあった。まぁ、話によっては五人のうち二人、その難題が元で命を落としてしまったらしいからな」
「…」
「そしてその騒ぎと噂を聞きつけた帝…この間の会談でも出たが、時の天皇が、かぐや姫に興味を持って使者を送るが、追い返されてしまった。それで逆にバーニングハートした帝は狩遊びのどさくさに紛れてかぐや姫の邸宅を通りかかって直接会うという大胆な作戦に出て、バッチリかぐや姫を見る事ができた」
「豪気だなー! まぁ、魔王城に一人忍び込んで来て大立ち回りした出鱈目者に比べれば紳士だが」
「…ともかく、二人はそれですっかり惚れ合っちまった。そこからは三年ほど、シックなラブロマンスって事で、恋文じみた歌を交わし合う仲になったが…そんな二人にも別れの時が迫っていた」
割れた窓の外には赤い夜空が広がり、地球で見るよりも遥かに大きな月が浮かんでいた。
「ど、どうなるんだ…?」
「…結論から言えば、かぐや姫は故あって月の都から来た異界人だった。そして、自分の世界に帰らなければならない期限が来ていた。爺さんも婆さんも悲しみ、帝はかぐや姫を渡すまいと、異世界からの迎えの使者を迎撃する為2000の兵を…魔王軍で言うなら一億の兵を一人の女の為に派遣した」
「ば、バルべスの龍撃隊をか…!なんという気前の良さだ…だがそれなら…勝ったな」
「しかし月の都からやってきた軍隊は不思議な術を使い、指一本触れられず、兵達は皆動けなくなってしまった。そしてかぐや姫は泣く泣く爺さん婆さん、帝と別れさせられ、月へ連れ去られてしまった」
「な、なんと…」
「帝はかぐや姫が残していった不死の薬を受け取ったが、「かぐや姫のいない世で生き続けて何になる」と言って不死の薬をとある山で焼いてしまった。 …その山だけは今も、俺の国にある」
「…誰も報われんのだな」
「ああ。誰が作った話か知らんが、そいつは性根がねじ曲がった天才だな」
魔王も月を見上げた。
「…爺さん婆さんと、帝は辛かったろうな」
「…かぐや姫もな」
…どんな想いだっただろう。その美貌の為に沢山の人を惑わせ、苦しませ…死にまで追いやってしまって…その末にようやく老夫婦以外への愛情を理解した矢先に連れ戻されたかぐや。…確か、かぐや姫は月の世界では罪人とされていたそうだが…それはかぐやに科された贖罪…救いの無い異世界転生だったのか?
…そして帝。ただ一人愛した女を守り切れなかった無念。…美しい月を見上げる度に何を想っただろう。
…そういや、あの時、斎城と約束したんだったな…どこへも行かないって。クソっ…早速破ってるじゃねーか…香山を泣かせるなって約束も… 約束破ったまま死に別れるなんて冗談じゃねぇ。
「必ず戻ってやれ」
魔王と視線が合った。
「ミカドやカグヤのような思いをすることも、させることもあってはならん」
「…ああ。ありがとな」
「うむ。まぁまぁ面白い話だった。…ただな、読めなかった訳では無いぞ」
「?…なにが」
「お前の思考。 お前の声で聴きたかっただけだ」
…ふん。何を生意気な…
仔牛のようにまだ丸く小さな角と髪をわしわしと撫でてやった。




