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転生先はパラレルワールドだった  作者: こぶたファクトリー


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23/68

Local Battle

「嫌だねぇ」

 防壁の上で、バナナミルクを音を立てながらストローで啜り、黒島は気の抜けた声でぼやいた。

 騎兵刀と、新たに申請した.50口径対物ライフルを装備している。元は大淵に装備させようと試験的に取り寄せた物だが、当の本人が自分探しの旅ならぬ…魔王探しの旅に出てしまったため、自分が代わりに装備してきたものだ。 警備部隊の自衛隊員やギルドメンバーに照会した所、ここに滞在し、宣戦布告の直後から消息を絶っている事が分かる。…そして、公園内の監視カメラにも、大淵がここに入って以降、出てきた記録は無かった。

 となれば行き先は決まっている… 黒々とした異世界方向の横穴を見つめた。

 依然として補充が間に合っていない砲兵・銃士の穴埋めに、今は重歩兵が重宝されていた。彼らなら砲兵や銃士に比べれば適正は劣るものの、その次に敵にダメージを与えられる。

 まさか、戦闘系最弱のハズレ職種と言われた自分達にこんな役が回ってこようとは。


「嫌だねぇって言われても…まぁ、俺だって嫌ですけど」

 機銃座に座る重歩兵が応じた。今、自分達が立っている壁上銃砲座で、銃・砲のスキルを保有していた自衛隊員が全員虐殺されている。見晴らしはいいが、気持ちのいい場所では無かった。

「だろ? これから先の人生、死ぬ機会なんて嫌と言うほどあるんだ。病気に事故…自殺に事件…そしてランダム確定死の寿命。それにわざわざ戦争なんか起こさないでくれよ、っての」

「本当ですよね…」


 先日の強襲と昨日の宣戦布告を経て、城壁は緊急改修され、今はどちらかというと二つの意味で「防波堤」だった。

 一つは、沿岸部にある高波への備えである防波堤のように城壁の上に一メートルの防壁を追加した上で、壁内に向けてスロープ…とまでは行かないが、幅広な階段ステップを追加して、壁内へ即時撤退できるようにした。その形状の事だ。

 もう一つは、この防波堤が日本政府の公表した「限定的戦闘状態」を事実とする防波堤である事。この防波堤が破られれば、敵は東京のど真ん中に溢れだし、世界トップクラスの経済活動拠点である首都を戦場とした、凄惨な市街戦になる事は免れられない。そうなれば「限定的戦闘状態」など、悪い冗談では済まない。


(まぁ、株価や世界経済を心配している場合でも無いが…)

 それよりも、東京に溢れ出した魔王軍が起こす被害…虐殺の狂宴こそ考えるだけで恐ろしい。一体、どれだけの民間人が巻き添えになるのか。ここから目と鼻の先には皇居や国会…政財界の要人たちの生活拠点が集中している。 …皆さん、逃げ時が難しいだろうな、と黒島は皮肉に笑った。

 何もない内から逃げ出してその馬脚を現すか、逃げ遅れて最悪死ぬか…何れにせよ、国民を置いて逃げれば多かれ少なかれ後々後ろ指さされる事は間違いないが。…まぁある意味、彼らの願望の一つである「歴史に名を遺す」事はできるだろう。


 そう言う自分にとっては他人事だ。少なくとも自分は、親友が帰ってくるまではここを離れるつもりはない。…そのせいで死んだら、あの世で待っていてやろう。そして奴が来たら、生き損なった残りの寿命分…80回だけ殴ってやる。

 壁内を振り返ると、自分と似たような奴らが居た。

 香山、斎城…まぁ、あの二人は魔王同様、大淵にぞっこんだからな…あの多角関係は野次馬として見ている分には面白いので、大淵には何としても生きて還ってきて欲しいものだ。

 川村、藤崎、尾倉…そして星村。こんな危険なミッションに、死んだら遺族へのささやかな補償しか出ないというのにしぶとく付いてきた。仲間に死なれて生きていくくらいなら、死んだ方がマシだと口を揃えて。

 なんと、戦闘ステータスほぼ皆無の星村が付いてくると言った時には、流石に厳しい顔と口調で拒否した。すると星村は手首を捲り、カミソリを当てて食い下がった。連れて行かないなら死ぬ、と。

 仕方なく黒島も折れ、条件として壁内にある管理棟屋上から壁外への狙撃を命じた。あの場所からなら、射角的に味方を撃つことも無いだろう。…最悪、目の前で仲間が死んでいく惨劇を目にすれば、気が変わって逃げ出してくれるかもしれない。

 

 できる事なら、このまま何事もなく終わってくれれば良いのだが…


 そんな願いも虚しく、第一サイレン…耳障りな警報が鳴らされた。…そりゃそうだよなぁ。

「敵の大部隊が接近中! 味方が後退してくるぞ!各銃砲座、撃つなよ!」


 ゲート先の通信塔を修理しようとしたり、スロープ下に簡易砦を建てようとしていた施設科・通信科と護衛部隊が引き上げて来るのだ。

 憎いことに…スロープを設置した事で、敵の大軍も容易にここへ来れる様になってしまった。スロープを爆破すべきという意見もあったが、1、2日の時間は稼げても、最終的にはギガントらの重機知らずのパワーなら、スロープを作り直すことも容易だろう。ならば無駄だ。ギガントは魔物達と意思疎通ができ、準魔物という位置づけらしい。…それでいて戦力に数えられていない、ボランティア扱いというのが泣かせる。


 横穴から、トラックが次々逃げ戻ってきた。その次に比較的足が速い重機群が必死に続く。足の遅すぎる重機は何台か置いて来たらしい。

 全ての車両が城内に逃げ込み、門が閉じられた。…当然ながら、大淵は戻ってこない。


 代わりに、不吉な地鳴りが響いてきた。

「まーた門が壊されちまうな。…いっそ、開けておくか?」

「…」重歩兵の青年が苦笑を向けた。

 これまでの経緯からして、ギガント相手に門を閉じておいても無駄だろう。しかし、だからといって敵襲時に門を開けておくのも心理的に憚られた。


 やがて、巨大なギガントが現れた。小賢しいことに、巨木を連ねた盾を構えて突進して来る。

「撃てーッ!」

 全ての砲門が猛烈な集中攻撃。更に、重歩兵達が84㎜無反動砲を次々放つ。

 盾は粉砕し、ギガント本体に壮絶なダメージを与え続ける。だが、それでも死力を尽くして突進して来る。もしかしたら既に死んでいるのに動いていたのか、門にもたれ掛かって動かなくなった。


 既に後続のギガントが続々入って来ている。再び84㎜無反動砲が次々放たれたが、例の盾によって浪費させられる。ギガント3体…だが、巨人にばかり気を取られている訳にはいかない。巨人の足元を駆け抜ける黒い狼達…ヘルハウンドの大群。そして怪力のハヌマーン、更に…レプティリアン戦士。オンパレードだ。ヘルハウンド以外は、門を破壊されない限り進入できない筈だが…とにかく、この壁上で大惨事を引き起こしたヘルハウンドは要注意だ。 

 

「さて…」

 防壁に設けられた銃眼代わりの隙間から下を覗き込み、対物ライフルでヘルハウンドを狙う。重騎兵の騎兵銃さえ防いだ相手だ。軽歩兵の対物ライフルが通用するか微妙だが、その頭部を狙い、引き金を引いた。

 激しい轟音の後、ボシュ、と湿った音。壁に取りついていたヘルハウンドが血しぶきを噴いて落下する。自分に倣い、他の軽歩兵や汎用歩兵も銃撃でヘルハウンドを落下させる。


 オオオオオ

 

 不気味な叫び声と共に二体目のギガントが門の手前で倒れる。残り二体。二班に分かれて無反動砲、40㎜機関砲、てき弾がひっきりなしに攻撃を加え続ける。

 下手をするとちょっとした戦争の数ヶ月分は砲弾を消費したのではないか、と思う。使い終えた無反動砲が壁上や階段ステップにゴロゴロと転がっている。まるで大宴会後の空き缶や空き瓶だ。


 大淵め…俺にリーダー役まで押し付けやがって…次の宴会では覚えているが良い。

 …あの漆器細工の器を使って、嬉し恥ずかしのイベントをイカサマプレゼントしてやる。


 次のヘルハウンドを狙撃仕様とした所で、壁上で大爆発が起こった。

「ギャアアアアア!」

 何事かと振り向くと、隣でも爆発。吹き飛ばされ、ステップを転がり落ちていく。三段ほど転がり落ち、頭を擦りながらやっとの思いで上体を上げ、壁上を見た。

 火だるまになった人間が踊っている…やがてそれは苦しそうに倒れ込んだ。火を免れた味方が駆け寄るが、火を消そうにも方法が無く、グローブを嵌めた手で払うくらいしかできない。

「黒島君!?」

 香山が駆けつけた。藤崎と尾倉が水を溜めたバケツを手にステップを駆けあがっていく。他の味方も水入りバケツを用意する組とそれを運ぶ組に別れ、消火に当たっていた。

「俺は大丈夫だ!火傷した奴らを頼む!…ちとキツいかもしれんが」

 大火傷を全身に負った人体が容易に想像できた。

「わ、わかった!」

 香山他、術士、そして医官と看護官も駆けつけた。


 体を起こし、ライフルを取り直して壁上に戻ると、自分の上を火球が飛んで行った。

「あれか…!」

 敵の戦列後方にローブを纏ったゴブリンサイズの魔物。いかにもそれらしく杖を持ち、再び杖の先に光が灯り始める。


「くたばりやがれ…」

 ライフルを照準…発射。胴体からミンチにして始末した。

 あの火球が直撃し、84㎜かてき弾に引火したのだろう。…少し前に言葉を交わした重歩兵の姿はなく、何か嫌な…香ばしさが漂っていた。思わず吐き気を催しかけるが、今の隙にギガントが門に迫りつつあった。まだ無事な84㎜を取り上げ、他の生き残りと共にギガントに撃ち込む。集中攻撃を浴び、ギガントが倒れる。 残り1体…だめだ。多くの味方が死傷し、火力が足りない。最後のギガントが仲間を盾にしながら辿り着き、棍棒を振り被った。


「来るぞォ!備えろ!」

 と、斎城がステップを駆けあがった。城壁を飛び越え、ギガントの首に取りつく。

 

 ギギィイイイイ


 ギガントが悲鳴を上げ、首周りを払いながらその場で暴れ出した。それでもやはり斎城を捕えられず、首を切り刻まれ、やがて膝から崩れ落ちた。崩れ落ちる前に斎城は再び跳び、辛うじて城壁にしがみ付いた。慌てて駆け寄った周りの兵が斎城に手を貸して引き上げる。

 城壁の下を覗くと、ヘルハウンド達が上って来るが、銃撃で難なく撃ち落とせる。

 ギガントを失い、突破力を失った魔物達は唸りながら撤退していく。全ての銃、砲がその背に容赦なく追撃を加える。


「これなら、敵が幾ら来ようが何とかなるんじゃないか?」

 誰かがそんな楽観的な言葉を口にした。


「…だといいがな」溜息交じりに呟く。

 正直、緒戦に一度や二度の勝利を得た所で黒島にとっては何でも無かった。

 戦争というのは国と国の根気比べという側面もある。

 計算高い自分は、この戦闘を損得勘定の面でも見てしまう。この一戦で、一体どれだけの砲弾薬を消費したのか…しかもギガントは、魔王軍の員数外だ。

 それにこちらの損害は…

 

香山が後ろに立った。振り返ると、首を横に振った。

「一人はなんとか助かったけど、他の人は…」 

 火球やその引火による爆発で、3人が死亡。一人が重傷。

 少なくとも、黒島の冷淡な損得勘定から言えば、大損害の上での撃退…せいぜい辛勝だ。戦いは戦果も大事だが、同時に、それに対してどれだけの資源を失ったかも考えなければならない。

 ましてや、まだ今日の戦いでは敵の一千万分の一も削っていないのだ。この調子で資源と限られた人員…スキル保有者を失って行けば、先にこちらが根を上げることになる。魔物達はすぐにでも替えが効くし、資源を気にすることもない。

 こちらは戦えば戦うだけ、じわじわと資源と人員を失う。 短距離選手が長距離選手とマラソンで戦うようなものだ。一瞬の勝利に酔っても意味は無い。…今夜か明日あたり、財務省の役人が今日一日の戦闘でどれだけの武器弾薬を消費したか算出し終えるだろう。殉職者への補償もある。


「お疲れ。…一人でも、助かって良かった」

 それでもヒールは生命が完全に絶たれていなければ…弱くても呼吸さえしていれば、そのスキルレベルに応じて外傷をある程度回復させられる。

 このため、ヒールスキルを持ったスキル保有者は各医療機関で争奪戦となり、手厚く迎えられる。香山のように中レベルを保有しながらギルドで活動する者は極めて異端だ。中レベルなら、例え臓器が深く損傷していても、手をかざすだけで時間をかけて修復させることができる。夢の外科医だ。

 逆に、今治療に加わっていた術士のように、術士には稀にヒール持ちがいるが、得てしてレベルが微弱なため、本人に本格的な医療知識や専門性も備わっていない限り、そこまで医療機関で重宝される事は無い。むしろ、強力な魔術による大規模攻撃がギルドで重宝される。


「…」

 香山が切なげに敵の去った穴…ゲートの向こうを見つめる。

「…心配か?」

「…うん…」

「大丈夫だって。アイツは偶に無茶するが、死んで英雄になるより、仲間と生きていく事を大事にする奴だ。何より、不死身の男だしな」

「そう…そうだよね!」

 自身に言い聞かせる様に香山も大きく頷く。

(…全く、大馬鹿野郎め、女を心配させるんじゃない。さっさと帰ってこいよ、相棒)


 



「なんだ、風邪か?」

 リアシートに座り、自分にしがみ付く魔王が言った。

「いや、何だろうな…最近くしゃみが多い。…仲間達に愚痴の一つも言われてるかもな。帰ったら謝らねーと…」

「うむ。猛省するんだな」

 コイツ…まぁ、無事で良かったが。

 

 バイクを走らせ、ベース1まで辿り着く事が出来たのは幸運だった。一昨日、大量の魔物を葬った場所だが、その死体は片づけられていた。

 …敵だったとはいえ、魔王の部下だ。できれば死体を見せたくは無かった。

「ここで少し待っていてくれ」

 バイクを停め、ベース1で各種補給に取り掛かる。食料・水、弾薬、魔王のテント・防寒着等々…この先、まっすぐゲートに帰れる保証もない。

 生憎と、予備武器は銃器類と銃剣ばかりで、刀剣の類は無かった。

 念の為、長距離無線機を試してみたが、やはり通信塔が破壊されたままらしく、味方との連絡は取れなかった。

 …騎兵銃と銃剣だけではあまりにも心許ない。可能な限り戦闘は避けたい…


 とにかく燃料だ。これが無い事にはとんでもない苦労をする羽目になる。既に携行缶の分は全て使い切っており、ここに辿りつけなければ大ごとになるところだった。携行缶にも詰めておく。

 …敵さえ居なければ、だだっ広い平原で二人仲良く歩くのも悪くないのだが。

「うむ、全くだな」

「それに、じき夜になるな…」

 このベース1に泊まるという手もあるが、一度騒ぎを起こした場所でまた夜を過ごすのも気が引けた。


「…あの町まで行くか…」

 ポーンゴーストに襲われた街。…だが、また出るかもしれない。それとも町や集落に拘らず、どこかの森林にでも隠れ込むべきか…

「きひひ、迷ってる迷ってる」

 魔王が愉快げに顔を覗き込んでくる。

「お前こそ、この辺におあつらえ向きな場所を知らないのか?」

「むっ。私とて城の外に出るなど滅多に無かったのだ。こんな辺鄙な場所に来たのは、お前に攫われたあの時が初めてだ」

「誰が攫われただ、誰が?」

 

 …仕方ない、先ずはこの先の様子見がてら、あの町へ向かってみるか…あの骨、結構厄介なんだよな…銃剣と打撃で何とかなるだろうか?それともバスタードソードでも落ちてるか?

「ああそうだ…そら、これを着ておけ。寒かっただろ?…少しデカいが」防寒着を手渡す。

「む。 気が利くな?…着せてくれ」

「ん、わかった」

 魔王の前に屈みこみ、防寒着の袖を通させてやり、ジッパーを上げた。

 …と、不意に頬に柔らかな感触。

「きひひ!私を助け出した褒美だ!…こら、呆けてないでもっとこう…全力で喜びを表現せんか!」

「…はいはい光栄です。…ほら」

 手を貸し、小さな体をリアシートに跨らせる。





 

 舞い降りた幸運は、一瞬で手の中から消え去った。

 …たった一人の、人間如きのせいで。


 行方不明だった魔王の小娘が城に帰還し、エントランスホールに飛び込むなり「彼の世界への侵攻を中止せよ」と命じた際、全ての魔物が動揺したものだ。

 誰もが、魔王が何らかの方法で彼の世界に連れ去られたものと思い、その救出に向かうつもりでいたのだ。そこへ水を差すような…魔王本人の帰還と停戦命令。

 どころか、次には「彼の世界の人類と平和条約を結ぶ」などと言い出したものだから、魔物達は一層混乱した。

 それまで呆気にとられて成り行きを眺めていた自分の中で、電流が走った。


 これは一世一代の好機だ。


 これが歴代の魔王…そのいずれかであれば、魔物達も多少の混乱はあれど、命令にただ忠実に従った筈だ。


 だが、当代の魔王は歴代初の女魔王だった。

 それ故、魔物の中にはその絶対の忠義心が揺らいでいる者も少なからず居た。

 その女魔王が、人類と和平を結ぶなどと血迷ったような戯言を言って、魔物達が浮足立っている。

 

 賭けに失敗すれば命を失う…

 …だが、成功すれば、全てを手に入れる。


 わずか百万の術士隊を率いるゼルネスは、その身に深いコンプレックスを抱いていた。


 まず容姿が醜く、小さい。そして白兵能力はゴブリンと同等かそれ以下…これは魔界の中では救いようの無い程に惨めな事だった。…時にはゴブリンメイガスなどと聞くに堪えない陰口を叩かれ、この上ない屈辱を味わっていた。血の滲む努力の末、術士隊幹部になったはいいものの、自分が幹部会合に呼ばれる事は無かった。他の幹部より百年だけ年長であるにも拘らず。

 代わりに幹部会合に呼ばれたのは、他の三者の意向により、たった一人の部下も持たない…あのカロンだった。

 確かに奴は魔界の中でも最高齢で、その呪術は術士達の間でも歴代最強と囁かれていた。カロンだけは同じ呪術士族でありながら、自分達と一線を画す容姿と能力を持ち、魔物達もカロンを蔑む者は少なかった。癪な事に…むしろ、カリスマとして見る向きがあった。

 ましてや、不可能とされた勇者抹殺を果たしてその地位は不動となっていた。

 カロンこそ、自分のコンプレックスの最たる…最も憎く忌々しい相手だった。自分との接点は少なかったが、どうせ奴こそ内心で自分達を見下していたに違いない。


 そのカロンが人間に殺された事は最大の幸運だと思っていた。おかげで自分は幹部としてようやく会合に呼ばれるようになった。 

 次に面白くなかったのはあの小娘だ。

 女のくせに、歴代最弱の生まれ損ないのくせに、自分を見下ろす立場にある女魔王。

 何とかして、この小娘を引きずり下ろし、正統な実力を持つ自分こそが魔王になれない物か…常々、あの小娘を見る度に憎々しく妄想したものだ。

 

 …そして好機は来た。今更惜しむ命でも無い。

 こうして、ゼルネスは賭けに乗り出し…勝利の女神は微笑んだ。

 上階から声を張り上げ、「魔王様は人間の呪術により操られている」と言い放った。それは魔王の言動に困惑していた魔物達の心の隙間に、液体のように入り込んだ。

 言葉を失う魔王に畳みかけ、「我が術で何としてもお助けして見せる。それまで私室へお連れしろ」と全軍に命じた。

 元より自分に忠実だった術士隊がこれに真っ先に応じ、一斉に魔王の魔力を吸い上げ、力を奪った。

 まだ幼すぎる魔王相手であればこそ通じる手段だった。成熟した魔王ならばこの程度で拘束はできまい。

 術士隊も女魔王を内心で蔑む者達だった。全魔王軍中、わずか百万と最も数が少ない術士隊はその影が薄く、白兵戦闘による武勇を尊ぶ傾向にある魔族の中にあって、自分同様蔑まれる者も多かった。それ故、他にやり場のない不満…憎悪を歴代最弱の女魔王に向けていた。


 無力化され、侍女たちに運ばせ…私室に監禁…幽閉した。自分以外誰も近付けぬよう、得意な空間遮断の術を部屋に掛けて。

 

 それを…あの人間に破られた。 空間遮断の術…遮断範囲こそ魔王の私室程度が精一杯だが、この特殊高等魔術こそ自分を今の地位にした根幹の力であり、究極の力であったというのに。

 

 そして…あと一夜で、高等洗脳によって手中にできた筈の魔王を…逃がされた。


 自分に都合の良い傀儡とし、自分を後見人にさせ、行く行くは自分の妻とさせ、自分が魔王となる計画は、呆気なく頓挫した。


 だが、まだ終わってはいない…。魔王は逃がしたが、まだ魔王の軍団は取りあえず、自分が手綱を握っている。

 ただし、自分の旗印であった魔王が手中に無い以上、長くは支配権を握っている事は出来ない。

 魔物達の中にも自分が全軍への指示を出している事に疑問を抱く者が出始める筈だ…。

 そうなる前に、何としてもあの人間を始末して魔王を取り戻し、今度こそ自分のモノにしてしまわねばならない。

 …さもなければ賭けは失敗となり、今度こそ自分は何もかも失う事になる。最早引き返せない。

 空に美しい月と赤い夜空が浮かぶが、それが今の自分には不吉な予兆に見えた。背筋に寒気を覚えながら、次の手立てを必死に考えた。


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