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転生先はパラレルワールドだった  作者: こぶたファクトリー


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閣僚会議

 不動大洋防衛大臣は、総理到着前の閣僚会議室で、暗澹と考え込んでいた。

 スーツの似合う長身。44歳という若さであったが、その顔は三十代にも見えるほど若々しく、なにより容姿端麗だった。

 しかし今は、その顔に深い皴を刻み付け、四十代相応の苦渋が滲む顔だった。手元の経過資料から目を離し、窓の外を見やった。沈みゆく夕日の残照がビルの影を映しながら闇夜へと引きずり込まれていく。

 

 6億5000万の戦力を有する異世界勢力…その元首…魔王なる存在が、この東京にいる…。

 情報は既に閣僚全員が共有していたが、どの顔もその事態の深刻さを理解しているようには思えなかった。隣同士で談笑している者も、その顔に緊張の色は無い。

 確かに途方もない数字ではあるが、害獣駆除と同じだろう、くらいに考えている者もいるだろう。これだけ連日ワイドショーでその脅威を報じていても、自分事と捉える人はごくわずかだった。


 とはいえ、自分達がテレビや国民の前に出る時は、例え目の下に隈があろうとそれをメイクで隠し、疲れた顔を見せる事は禁物だった。 恐怖…不安…怒り…そういった緊張を露わにする事も、()()()()()()()()以外では慎まなければならない。

 経済的にもセキュリティ的にも保護され、日本で最も安全な場所にいるとされる自分達は、言わば日本の「平和度パラメーター」であると、自認していた。

 国会で居眠りをするのは、全ての者が惰眠を貪っている訳では無く、夜遅くまで官僚と方策を詰めたり、他議員への工作や説得、そして日本の経済を支える各種団体との「お付き合い」による疲れからなのだが、それも大っぴらに認めて言い訳にする行かない。

 結局、自分達が不安に怯えていたり、すれば、それは国民に直帰してしまうのだ。

 国会議員が居眠りしている間は…取り合えず平和なのだ。

 

 例えばこれから自分が「日本…いえ、世界は終わりです。残念ながら全世界、東西が手を組んで逆立ちしても、到底勝てる相手ではありません。平和な内に愛する人々と共に自決するか、戦争に志願して戦って死ぬか、巻き込まれて死ぬか、三択から選んでください」などと言えば、日本は経済的にも治安的にも未曽有の大パニックに陥るだろう。


 政治家には実力と同時に嘘…ブラフが必要だ。ちょうど、ギャンブル…ポーカーに似ている。


 軍資金の無いギャンブラーが、たっぷりと軍資金を持つギャンブラー…大国相手に、時には卑屈に振る舞って油断を誘い、チンケなハッタリを効かせ、或いは大国同士をいがみ合わせ…そんな小癪な策を弄しながら、老獪に相手のポケットからはみ出た財布を掠め取るような政治力が必要になる。


 だが…今回ばかりは例外かもしれない。

 この会議室にあって、閣僚たちがこの危機に際して楽観的なのがその最たる証明だ。

 現場からは既に、「モンスター」に対して、職種及びそれに付随するスキル・ステータスを持たない現代兵器と兵士がいかに無力かを聞かされていた。その内容は、あまりにも衝撃的だった。


 その最たるものが、スキルを保有しない16式の105㎜ライフル砲の徹甲弾が、全く通用しないという七メートルもの巨人だ。

 これが、魔王軍の正規兵だというなら…それも絶望だが、これがモンスター…自分達で言う害獣であり、これとは別に魔王軍の戦力が存在するという。

 とても、信じられない内容であり、ここにいる閣僚たちもこれを荒唐無稽なおとぎ話と決めつけ、楽観的な…自分の見たい現実を見ているのだ。彼らの頭の中では、自衛隊が機関銃と大砲を乱射し、日本全国のギルド会員…民間ボランティアがRPGごっこをしてくれれば、数年掛かりにはなろうが…いずれは解決できるだろうと考えている。


 …或いは、これ以上の戦争など起こらず、このまま魔王軍と和平条約を結んでゲートを封鎖すれば良いという考えが大勢だろう。 …だが、そんな強大な軍事力を持つ異世界勢力と、そう簡単に和平条約など結んで貰える保証…せめて算段でも彼らにはあるのだろうか?

 会議室の椅子に身を預け、不動は悶々と悩み続けた。この会議室でこれほど苦悩を露わにしているのは自分だけに思える。


 自分の取り柄の一つが、この「固定観念に固執しない」事であった。

 「こうでなければならない」「常識的に考えてこうなる」「そんなことがあるわけない」という他者からの圧力を、まるで無視できるのだ。

 「いざ」という時に、それら固定観念がいかに役に立たないか、嫌と言うほど知っているからだ。

 誰もが過去の大災害を忘れている。

 いざという時に頼れるのは自分と、この身体だけなのだ。 …なんとも頼りない武器。


 …だが、国民の保護を預かる職責にある以上、我が身の無力を嘆いてばかりも居られない。少なくとも今、自分にはささやかながら防衛大臣という権力がある。


「総理、入られます!」


 一同が起立し、姿勢を正した。間もなく、戸口に小柄な60代の女性が現れ、全員が一礼を交わした。

 岩田弓子内閣総理大臣…63歳にしては若く見えるのは、まっすぐに伸びた姿勢と、どこか自信を感じさせるビジネススマイルもあっての事だろう。野党からの執拗な野次にも穏やかに対応し、マスコミ受けは良くないようだが…茶目っ気あるジョークを披露する事もある。

 

 一同が総理に続いて着席する。岩田の口元には挑戦的な笑みがあったが、その視線は窓の先にある、漆黒の闇を見据えていた。 そこに、この国がかつて経験した凄絶な国難…それを遥かに超える物を見ているように。


「初めにゲートの封鎖状況についてご報告をお願い致します」

「はい。ご報告させていただきます」

 大洋は立ち上がり、おさらいも含めてこれまでのゲートを巡る経過を報告した。

「…現状として、自衛隊と民間のスキル保有者…ギルドチームとの混成守備隊はゲート坑内の広場に防壁を築き、…現時点ではモンスターを撃退し続けています。以上です」

 敢えて現時点では、と付け加えた。だが、そこに鋭い眼で反応するのは岩田だけだった。 

 このゲート防衛に関する方面も問題が山積していた。

 一般人であるギルド会員を、いつまでもこの曖昧な身分のまま最前線に立たせて良いのか。

 16式だけでは火力不足では無いのか。10式も手当てすべきでは無いのか。

 しかしそれらは既に総理の耳にも入っており、今ここで議題に上げる優先順位では無かった。


「…ありがとうございます。…それでは本題に入ります。既に皆さんのお手元にもございますが、ゲート先の異世界に存在する勢力…魔王軍について」

「はい」

 総務大臣…吉田幸雄が立ち上がった。


 日本ギルド連合を通し、全ギルド会員にはささやかながら国から毎年25000円の年報酬が支払われている。総務省消防庁の消防団と同じ位置づけだ。

 ゲートにおける活躍を見れば、誰がどう見ても自衛隊側の性格を持つ戦闘組織なのだが、彼らの本来の業務はゲートの管理と警戒、そして収容物の営利運用である。 営利団体が企業活動の傍ら、害獣駆除もしているという図だ。よってギルド及びギルド会員は、消防庁…総務省の隷下組織となる。

 …とはいえ、消防団のように訓練や式典がある訳でもなく、「他に適当な位置づけ」がないからそこにある、という、何とも曖昧な存在であった。よって、彼らが死亡した際の責任問題、補償など、その責任の所在がハッキリしていない点も多かった。…猟友会問題同様、ギルド会員の「ボランティアの意思」に頼り切ってなぁなぁで済ませてしまっているのが現状だ。

 かといって彼らがギルド…非常勤公務員で無くなると、ゲート対策に充てる戦力が消滅してしまう。

 その為に彼らに25000円と細々とした追加報酬を与える事で戦力維持しているのだ。

 それらの議論が進まない事の一つに…幸か不幸か、ゲート出現以来、ギルド会員が死亡する事例は存在しなかったという事が理由に挙げられる。


 物思いから返ると、吉田が「魔王軍首領の極秘来日」についての経緯を報告している所だった。

「…そこで、日本ギルド連合東京本部より、正式に我々の方に情報提供があった次第です。現在、この…魔王は、当該ギルド会員の自宅にて保護されているとの事であり、既に関係省庁と共に事実確認済みです」

「長官?」岩田が警察庁長官に目を向けた。

「はっ。所轄署員を向かわせ、確認した所…たしかに既存のスキル保有者と明らかに異なる存在を確認したと報告を受け、現在は警護員を周辺警備に当たらせて監視しております。機動隊も即時対応できるよう…市街地に適応させて待機させております」

 私服姿、或いは周囲から中が見えないようなバス…若しくはワンボックスカーに搭乗させて、対象を監視、護衛しているのだろう。


「その、魔王と当該ギルド会員の関係は?」

 外務大臣の大川時臣が質問した。五十を過ぎたばかりの顔は幅があり、大学時代にはラグビー選手として活躍したというがっしりとした体つきも相まって、頼もしい印象を受ける。


「ギルド東京本部からの情報によれば、ゲート先の世界…異世界を探索中に当該ギルド会員が保護したと聞いています。救助者と被救助者の関係ですね」

「おい待て待て、そんな得体の知れない存在を、どうしてホイホイ連れ帰って、しかも、どうしてその魔王がいつの間にか外に居るんだ?何も聞いてないぞ?」 


 財務大臣の草刈一郎が口を挟んだ。七十を前にしても顔色も良く、活力に満ち溢れている。短気で粗暴、本心がすぐ顔に出る、単純過ぎる嫌いはあるが、政権与党の重要な屋台骨の一人だった。

「対象…魔王は、我々と同じ姿に擬態する事ができ、人間に対して一種の洗脳操作ができるようなのです。当該ギルド会員、及びそのメンバー、そしてゲート内で魔王を隔離・検疫していた自衛隊・対特殊武器衛生隊のスタッフは、人間に化けた魔王の擬態、あるいは洗脳によってゲート外への通過を許してしまいました。ゲート内や公園を警備していた部隊も同様です。…当該ギルド会員からの情報提供によれば、特定女性への洗脳はできず、男性への洗脳に長けている、と…」

「検疫って…病原菌は大丈夫なのか?」

「その危険性は完全に否定されました。ご安心ください」

「ご安心って…言ってもなぁ」

 確かに、相手を洗脳できるというのは恐ろしい。聞いたこともないスキルだ。そんなスキルがあれば、世界征服…とまでは行かなくとも、政治の場で有利に立てるのは間違いない。


「草刈さんや皆さんも気を付けて下さいね。そういえば私はかからないんでしょうかね?」

「総理を化かせる狐は居りませんよ」草刈が苦笑しながら応じ、室内の緊張が和らいだ。

 

「ん?そのギルド会員というのは、例の中央…クラッチだかの?」

「はい、中央クランです。ここ最近、ゲートで起こった騒動の全てに関わっている、日本の全ギルド中最精鋭…トップクラスのチームと言って間違いありません」吉田が答えた。

「…この際、ここだけの話ですが…これまでにゲートを二度、突破されかけました。そのモンスターの破壊力は凄まじく、突破を許していれば、少なくとも半径3キロ圏内のエリアが最短12時間に渡って人命・物損を問わず…致命的な被害を被っていたと考えられます」

 不動は思い切って口を挟んだ。

「な…」 せっかく和みかけた室内の空気が、零下まで下がった。

 そもそも、代々木公園にあるゲートから皇居、そしてこの永田町までは目と鼻の先だ。

 ここで起きていたかもしれない惨事を想像し、全員が沈黙した。


「その惨劇を阻止したのが米国…米国ギルドから派遣された派遣クランと、中央ギルドに属するクランなのです。勿論、現地防衛部隊の奮戦もありますが、この二つの主力クランなくして、ゲートは防衛できませんでした」

「…そうか…民間人が…」閣僚全員が、沈黙して名も顔も知らぬ若者たちへ感謝した。

「…国民栄誉賞も検討したい所ですが、残念ながらその余裕は無さそうですね。事前の報告と資料によると、その突破を試みたモンスターとは別に、魔族なる物が存在するようですが?」


「はい。これも東京ギルドからの情報なのですが、現地部隊がこれまでゲートで攻防してきた敵は、モンスターと呼ばれる存在で、保護された魔王とは別の存在…人間で言う所の熊やライオンといった、獣のような位置づけとの事です。…これと別に、資料にあるように魔王軍が存在し、これが…6億5000万の、天文学的な大軍だという事…です」

 

 口にして、自分でその数字の途方もない恐ろしさに気付いたのだろう。…まるでコズミックホラーだ。

「…これが何かの予算だったらなぁ…」草刈が溜息交じりに呟いた。

 確かに、これが国家の運用する予算なら可愛い数字だが、軍の兵数となると怖ろしい。

「…不動君、たしか…自衛隊は22万人だったよな。米軍は何万だったか?」草刈が自分に話を振った。


「米軍がおよそ138万です。補足いたしますと中国が200万、ロシアが150万です。また、これらの数字には各国の軍事機密上隠された兵力…隠し玉が存在する可能性はありますが、戦力として大きく変わる事はありません。また、自衛隊にも当てはまる事ですが、この数字から後方支援部隊…戦闘部隊が戦うための食料や燃料、武器を運び、基地を運営する部隊…これらを引きますと、極端ではありますが、皆さんが想像する、純粋な戦闘組織としては三分の二…より半分に近い程度になると考えて頂いて結構です。


「…」

「…さて、絶望的な状況はよくわかりました。それではパンドラの箱の奥を覗いてみましょう。具体的には、その魔王様に会ってみます。吉田さん、その魔王軍と自衛隊・ギルドの混成部隊は、直接戦闘は行っていないんですよね?」

「はい。魔王もそれを認めているとの事です。また、魔王は平和条約の締結に前向きとの事です」

 部屋の空気が若干温まり返った気がした。

「…ただし、ゲート向こうの異世界において、異世界人類を絶滅させているという事も付け加えなければなりません。ただし、虐殺が狙いではなく、あくまで自分達の生存戦争との事ですが…」

 再び部屋が、零下の極寒に襲われた。それこそ、自分達が辿る末路になるかもしれないのだ。 

 しかし今は魔王の平和への理念に縋るしかない。どの道、戦争などして勝てる相手ではないのだから。

「…となると、今度は各国の反応と折り合いか…」

 外務大臣が顔を曇らせた。


 和平条約の締結は見方を変えれば、日本が余りに強力な虎とお知り合いになるということだ。勿論、日本単独で締結する事は出来ない。何とか各国と折り合いをつけ、日本単独ではなく…最終的には「国連と魔界の平和条約締結」という形に漕ぎつけなければならない。

 

「…いずれにせよ、先ずはその魔王様に会ってみなければ始まりませんね。…こちとら、若い頃は永田町の魔女と呼ばれた女ですからね。必ずや渡り合って見せますよ」

 総理の軽口に付き合い、室内には和やかな空気が戻ってきていた。

(この人なら、本当に実現できるかもしれない) 不動は笑わず、漠然とそう思った。


「ところで、その魔王様を保護したギルド会員の方。その民間人の元に魔王様がご一緒しているという事ですか?」

「はい。所轄署員の報告では、身体の外見こそ我々と大分異なりますが、十代前半の幼い少女の姿をされているとの事です」

 夏間が請け負った。


 これでその魔王や魔王軍が冗談であれば、笑い話では済まない。一発で政権崩壊もあり得る。本来ならもっと厳重に吟味し、見極めるべきだ。

 …だが岩田には予感があった。その魔王に対して一つでも無礼があれば、即座に破滅が訪れるであろうと。この直感に何度、政治生命を救われてきたか分からない。その直感が今、最大級の警告をしている。


「魔王様はそのギルド会員さんにご執心なのかしら?」

「…は。所轄署員の報告によると、引き離せば即座に会談を終了する、と」

「…余程の男前さんなのね!私まで本気になっちゃったらどうしようかしら」

 …笑うに笑えず、不動と閣僚達は引きつった笑いで応じた。


「わかりました。そういう事でしたらこの際、彼らのこれまでのゲート防衛の慰労も兼ねて、ゲート警備部隊の要員全員を会談会場にご招待します。大急ぎで手配をお願いします」

 ゲート警備部隊まで…? いや、遠謀深慮があるのだろう。

 不動は目の前の初老女性の、溌溂とした表情を見守った。

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