ジャックポット
ラガベリの街並みを眺め、アランは感嘆の溜息を吐いた。
「…驚いたな、まさかこんなに栄えた街があるなんて」
アルダガルドには到底及ばないが、アースァルやブレメルーダに迫るものがある。 人口規模で言えば日本コミュニティより圧倒的に上だ。
…元の日本人の数が少なく、積極的に外界からあらゆる人々を呼び込まねば…将来的に人口が緩やかに減っていくしかない日本コミュニティと比べるのも違うかも知れないが。
アランは目を輝かせながら初めて見るであろう、異国の景色を眺めている。
…既に自分達の目的は達成されていた。…どうせなら、アランにできるだけ色々なものを見せてやりたい。…このラガベリの更に南東には海も見えるらしい。…海を渡れれば氷の大陸なる未知の場所もあるが、それは船が無い限り…ましてや実習中には彼に見せられそうにない。海辺で諦めよう。
だがまずはこのラガベリで一泊する必要があった。
「…ここは結構町の内外の巡回が厳しいな。…今度は野営はダメか」
「んじゃあどっか安い宿でも探そうぜ。…そろそろ食料も買い込まねーとな。歩いていける距離に森とかもねーし、この辺じゃ食料調達もできなそーだし」
寺田がのんびりと言った。
「そうなると、そろそろ金策も考えないと後が苦しくなるかもね」
瑠衣が首を傾げながら唸った。
その都市が余程人件費の良い土地ならまだしも、のんびりと皿洗いのバイトで稼ぐのは限りなく無駄に近かった。高が知れている。
「カジノでもあればなぁ」
寺田がぼやく。
「まぁ、自分の体を賭ける様な危険なものでなければとりあえずOKだけど、どう考えてもカモにされるのがオチだよね」
マキが苦笑するが、ふと目の前の看板を見てそのままフリーズした。
…待ち構えていたかのように賭博場に差し掛かっていた。
「…なぁ、ものは試しだし、占いだと思って一回だけやって見ねーか?百ベルだけ賭けて、負けたらそれで損切りって」
占い、という言葉にミサとマキが微かに興味をひかれたようだった。…そういえば二人とも、寮の談話室やロビーの共有ラックに置かれた雑誌の占いコーナーを好んで見ているのを度々見かけていた。
「…よしなさいよ、どうせ無駄になるだけでしょ」
水原が呆れたように寺田を見た。
「100ベルなら失っても高が知れているだろ?でも、上手く行きゃ夢の一攫千金だぜ!?」
…ちなみに殆ど前例は無いが、もしも支給された金銭を越える収入を得た場合、当然ながら支給額分は学園に変換させられるが、あとの差額分の使途はパーティーの意思決定次第である。議事録と帳簿さえつけて、第三者から見て著しく不平等…独善的な差配でなければ山分けできる。
…もっとも、水原や瑠衣は特に金銭的な不自由は無い上に、遊ぶ金が欲しい訳でもないようだが。
「…まぁ、面白そうだしいいんじゃないかな。どうせすぐ終わるから、興味無かったら先に宿で休んでてもいいしさ」
大樹が取り成した。
「…大樹君も行く訳?」
呆れたような、焦れたような目を向けられ、大樹は気弱に視線を逸らした。
「…いや、当たったら面白いというか…夢があるな、と思って」
「だよなぁ、ダイキチ!…おっ、そういやお前のあだ名、大吉じゃん!?縁起MAXじゃねーか!勝ったわ、これ」
「…そのあだ名、寺田とヤンキー軍団が勝手に呼んでるだけだろ!?」
「行くぜ、野郎共!一攫千金だ!」
寺田が大樹とアランの肩を抱き、半ば押しやるように賭博場の中へと入って行ってしまった。
「あっ、その、血の気の多い人もいるだろうから、皆は宿で待ってた方がいいかもっ」
大樹がそう言って水原らへ振り返るが、瑠衣は里香の手を引き、とミサとマキはマリーの手を繋いで…保護とも連行とも言える体で賭博場へと入って行った。
…残された水原は周囲を見回し、教官の存在を探すが…諦め、自らもその後を追いかけた。
「…おお、良いねぇ!雰囲気あるぜ」
寺田が鋭い歯をぎらつかせながら店内の空気を楽しむように笑った。…大樹は気後れするが、寺田はこういう場所を自分の古巣のように感じるらしい。
卓に座ってディーラーと勝負をする男達が自分達を一瞬だけ見るが、せせら笑って再び勝負事に熱中し始めた。
薄暗い店内。…見たことも無い…魅力的な格好をした女性がアルコールの載った盆を手に、優雅な足取りで卓を回る。 こちらに向かって来た店員の女性がすれ違いざまに…大樹と寺田を小馬鹿にするように眺め…更に、女性の胸元程の背丈しかないアランを見下ろして、からかうように微笑んでいった。
…アースァルではそもそも女性があまり外を出歩いていないようだった。見た限り、兵士も男性ばかりだった。…尚更免疫が無いからか、アランは視線を逸らしたまま頬を赤らめている。
「…アラン君を連れてきたのはまずかったかもね」
瑠衣が自分達の行動を悔いるように言った。
「社会見学だって、社会見学。よし、アラン。このファントムナイツの客員冒険者であるお前に、この一発を授けよう」
仰々しく寺田が100ベル銀貨をアランに手渡した。
周りから嘲笑が漏れ聞こえる。 そんな一口でどうにかなる世界では無い、と分かり切った様子だ。
…ギャンブルなどしに来ておいて、自分達を投資家か何かだとでも思っているのだろうか…?
寺田がアランを連れ、妖艶なブロンド髪の女性ディーラーが待つ卓に座らせた。…椅子にちょこんと座った姿があまりに場に不釣り合いだ。
「あら、ぼうやが遊んでくれるの?…負けちゃったら特別にアイスミルク奢ってあげるね」
別の卓の男達が悪意のない笑い声を上げた。
…ポーカーか。いくらディーラーでも舐めてるだろうから少しは有利かな?…それとも珍妙な客に、逆に警戒しているか?
「…寺田、俺達は見ない方が良いんじゃない?」
「えー?けどよぉ…」
自分達の反応が相手に読まれる事を懸念している旨を説明し、大樹と寺田はアランの手札を見ないように、両脇にボディーガードよろしく立った。
瑠衣達も店内に突っ立っている訳にも行かず、バーの片隅に固まって腰かけ、ソフトドリンクを注文してこちらを見物している。
「…コール」
アランの小さな声が聞こえた。ルールは知っているようだ。
パチ、パチと、互いにチップを積み増していく音が聞こえる。
たった100ベル…上等な旅用マントを一着買える程度の軍資金が全て次ぎ込まれた。
オープン。
…ごく僅差だが、アランが勝っていた。
「…おめでとう、いいお小遣いになったわね」
ディーラーが愛想よく笑った。
周りで笑っていた客たちも小さなビギナーズラックに口元を歪めている。
アランが倍に増えたチップをいそいそと寺田に渡そうとするが、寺田は「ノンノンノン」とチップを戻させた。
「そんなはした金はいらねー。アラン、無くなってもいいからもう一回行ってやれ!」
「で、でも…」
「どうせ無くなっても100ベルだ。ドンと行け」
「…わ、わかりました」
…まぁ、それもそうか、と思いながら大樹も引き続きの勝負を見守ることにした。
ぼんやりと、ここで失敗した後の金策について考えておいた。…ダンジョンを見つけられさえすれば、それも手っ取り早い解決への道ではある。…命懸けだが。
…やはりセオリー通り、コツコツと街中でクエスト…人々の依頼を叶えてお使いをするのが一番か。
…気が付くとどよめきが上がっている事に気付く。…いつの間にかチップが…掛金が十倍にまで膨れ上がっていた。 アランはもそもそと鈍いリスが木の実をかき集めるように高々とチップを書き集め、几帳面に均してから更に積み増して行く。
…日本コミュニティのレートでいえば…約二十万円を賭けた勝負か…流石に寺田もああ言ってしまった手前、早々に「もう十分だ」と言うに言えず、引きつった笑みを浮かべて「このくらい当然だ」アピールしている。
アランは奥手に、しかし断固としてディーラー相手にインファイトを繰り返している。…チェックやコールする事はあれ、フォールしようとはしない。一度ディーラーがベットを始めれば必ずレイズで応じ、どんなに脅されてもオールイン対決まで持ち込み…不気味なほど勝った。…とうとうディーラーの方がフォールが目立つようになってしまった。
…そういう新種スキルなのかと思ってステータスを覗くが、アランはいたって普通の、職業スキル無しの少年だった。…神業がかったイカサマで無いなら、見えない女神がついているとしか思えない。
最初は嘲笑していた客たちも今では呆気に取られ、周囲のテーブルが皆、この小さすぎるジャイアントキラーを注視している。
「…降参。悪いけど他のテーブルに回ってくれる?」
「…アイスミルク、いります?」
嫌味ではなく、邪気の無い顔でアランが女性ディーラーを見上げた。…勝っておいて申し訳なさそうに上目遣いで見上げている。
「…ありがと。…でも、今日はもう帰った方が良いかもね。そろそろ怖ぁいおじさん達が出て来るかも」
「…それってあいつらかな?」
大樹がげんなりした顔で、どこからか現れ始めた体格のいい男達を見て呟いた。
…勝った額など…まぁ大金だが、店が傾くほど大袈裟なモノでは無い。 …が、あまりにイカサマでもしたかのような無双っぷりに威嚇してきた、と言う所か。…もう十分すぎるほど稼いだ。忠告通り、さっさと出るべきだ。
「アラン、寺田。お姉さんの言う通りだ。…皆を連れてお暇しよう」
「…だな。揉め事は得点にはならねーだろうからな」
…帰り支度をするが、男達はずいずいとこちらに近寄ってくる。換金された貨幣を几帳面にバッグに詰めていたアランが大樹と寺田の背に隠れた。
「よぉ、兄ちゃんたち。俺達ならもう帰るからお構いなく」
寺田が陽気に笑った。…獰猛な笑みで。
「そう慌てるなよ。…そのガキをボティーチェックして、何も出なけりゃ帰って良いぜ」
「あ?」「は?」
大樹と寺田が同時に、それぞれ凄み、呆れた。
「…この店じゃ勝った客を一々ボディーチェックするカンシューでもあんのかよ?」
寺田が凄もうと、男達は引かなかった。
「…ちなみに、拒否したらどうします?」
大樹は冷静に周囲を囲む男達を品定めした。…まぁ、武器無しでも何とかなるだろう。流石に寺田も分かっており…というか本人が拳闘士でも無いのにステゴロを好むこともあり、武器を抜く気配は無い。
「強制的にやるまでだな」
…話すだけ無駄そうだ。
「じゃあ拒否で」
振り下ろされた鈍器を避け、相手の手首を捻り上げ…父から教わった「ツボ」を突いた。
男が何とも言えない悲鳴を上げながら、痺れたように床の上で悶絶する。
痛みとも違う、体に力が入らなくなる強烈な痺れに襲われている筈だ。
「殴るなよ、寺田! 俺がこうやって無力化するから、関節技で締め上げるか逃げてくれッ」
「すげーな、それ!どうなってんだ!?」
「今度教えるよっ」
相手の突進をひらりと躱し、同じように捻り上げた手のある一点を強く押し込む。
「あぁああああっ!?」
その男も床に転がって死にかけの芋虫のように悶絶する。
「オラッ、お前もダイキチ先生のツボ治療を受けなッ!」
寺田が襲い掛かって来た相手の背後に楽々と回り込み、羽交い絞めにしていた。
「は、放しやがれクソガキ共ッ…がああああッ!」
その男も倒れた。
…ものの十分足らずで店内の用心棒らしき男達は全滅していた。茫然と足元の男を見下ろすアランの手を取った。
「…よし、もう用は無い。急いで行こう」
(…一人も傷付けてないし、騒ぎにはならない…よな?)
呆気に取られる瑠衣たちを促し、大樹らはカジノを逃げ出した。




